「うおー、すげー! キグルミがいっぱいでごぜーます!」
店内のキグルミコーナーを見つけるや否や、仁奈は全速力で走り出した。
仁奈が私の家に来て、一週間ほどが経過した。
傷が治るまではきらりに仁奈の身体を見せてはいけない。
だから、しばらくの間は私が積極的に面倒を見なければならない……と、思っていたのだが。
子供の再生力とは恐ろしいもので、あれだけあった無数の傷は、ものの数日で完治してしまった。
身体が真っ白に戻ってしまえば、仁奈も私以外との風呂や着替えを拒否する理由は無く。
きらりの子供の扱いが、やはり上手なことも相まって。
仁奈はすっかり、年相応の元気さを取り戻していた。
「仁奈ちゃん!? 危ないよぉ!?」
きらりが両目を不等号にして仁奈を追いかける。
一週間の月日は以上のようなプラスを生み出したと同時に、現実的な問題点を浮き彫りにした。
仁奈の着る衣服の問題だ。
仁奈は極力、元々着ていたウサギのキグルミ以外を着たがらなかった。
仮にキグルミ以外を着せるとしても、箪笥の中にはきらりが買ってきた私のパジャマと。
後は私が前にふざけて一筆したためたダボダボのTシャツしか選択肢が無かった。
余談だが、このTシャツは何故かグッズ化され、何故か売れに売れた。世の中何がウケるか分からない。
「きらりおねーさん、早く来てくだせー!
キグルミしかねーですよ!」
一方仁奈は目をキラキラと輝かせ、大きく手を振り、軽くジャンプまでしてきらりを呼んでいる。
とまあ以上の理由により、今後の生活において、仁奈の衣服が複数必要であると判断。
仁奈の希望を汲み取り、こうして店へと足を運んだのである。
キグルミを売っている店なんて、通販くらいしか無いのではないかと思ったが。
流石、風車に単身突撃する狂った男の名を冠した何でもショップ。キグルミまで完全網羅だ。
キグルミが所狭しと並んでいるコーナーの中に、3人も入るのは窮屈そうだ。
微笑ましい二人のやり取りを眺めつつ、仁奈がキグルミを選び終わるまでの暇潰しを考える。
安直に店内を見て回ることにすることにし、きらりにその旨をメールで告げた。
ジョークグッズ、筋トレ器具、スマホの周辺機器。
まるで関連性のないものが雑多に並んでいる細い道を、ゆっくりと歩く。
1つのフロアを、半周ほどしただろうか。
ふと目に留まるものがあって、私の足は自然とその動きを止めた。
仮装コーナー。
その一角に、鮮やかな白と黒。
パッケージには、タキシード姿に男装した綺麗な女性の写真が貼り付けられていた。
「……。」
つま先立ちし、それを1つ手に取る。
一番小さいSサイズ。
しかしそれでも当然、139センチは対象外で。
分かっていたことだけれど、少しだけ肩を落とした。
別に、明確な出来事があったわけじゃない。
可愛い衣装が嫌いなわけでもない。
ただ、自分では手の届かないものだから。
だから少し、憧れる。
それだけの話だ。
「……そう、それだけ。」
それだけのことに、今もまだ、悩まされる。
いい加減、諦めてしまえばいいのに。
人には向き不向きがあって、私に綺麗は向かない。
だから、その憧れは捨てる。
それだけ。ただ、それだけ。
そう言い聞かせる度に、それだけが積もっていく。
ぼうっと立ち尽くしていると、携帯に着信。
ポケットの振動で、私は我に返る。
もう選び終わったのだろうか。
そう思って通知を見ると、しかしメールの送り主はプロデューサーだった。
『件名:市原仁奈の件について
内容:こちらで作れる書類は作ったんだが、よく考えれば今夏休みだ。事務員が居ない。
暇な時にでも市原を連れて事務所に来てくれ。』
「アホか。」
思ったことをそのまま送りつけてやろうとして、続きがあることに気付く。
『追伸
記載されていた彼女の情報を載せておく。』
その文章の後に、仁奈に関するデータが羅列されていた。
丁度いい。身長が分かれば、わざわざ試着しなくて済むだろう。
彼を罵倒するのはその後だ。
データを読み進め、身長の箇所を探す。
「……え?」
しかし。
身長の項目まで行き着く前に、スクロールする指が止まる。
「年齢……9歳、って、」
市原仁奈の年齢は、9歳。
それは、今までの認識とあまりにかけ離れていた。
初対面のとき、私は何と推測した?
「小学1.2年か、あるいは幼稚園の年長」だ。
つまり、今年で5~7歳だと。
仁奈の言動は、私にそう思わせた。
それが、9歳?
言ってしまえば、たった2年の差だ。
しかし子供は2年あれば、驚くほど成長する。
成長する、はずだ。
少なくとも、キグルミを着て外出し。
あの不完全な敬語で話し。
誰かと離れることを極端に恐れることは。
そばに居てくれだなんて、震える声で言うようなことは。
無くなっている、はずなのだ。
居たか?
私があの子の年齢のときに。
あの子のように行動する、同い年の人間は。
1人でも、存在していたか?
まさか。
医者に言われた言葉を思い出す。
私は、身体に現れた。
でもあの子は、肉体的には年相応に成長している。
では、あの子は。
「精神、に……?」
そんな馬鹿な。考え過ぎだ。
周りより少し遅いだけだ。
そう自分を説得しようとする度に、脳裏に鮮明に蘇る。
初めて会った日の、仁奈の身体。
否定できない。
私には、否定できない。
それが正しいという確証はないけれど。
間違っていると言えるだけの確証も、無い。
携帯を握りしめていると、再び振動。
送り主は、きらり。
彼女らしく星やハートが散りばめられた文面を要約すると、買い物が終わったから出口で待っているらしい。
きっと、仁奈に見せられる顔をしていないから。
頬を叩き、頭を切り替えようとする。
ぺちぺちと情けない音が出たのが腹立たしくて、深呼吸に切り替えた。