。自ら出る意思もなかったが紅魔館の住人のおかげで少しずつ外の世界に興味を持ち、少しずつ出歩くようになった。ありとあらゆるものを破壊する程度の能力を持ち恐れられている。
「んっ……」
フランは目を開くとそこには木造の天井があった。フランの寝ぼけた視線は人の顔のような木の目と視線があう。
その横には取り付けられた和式の丸い2重の蛍光灯がぶら下がっている。
フランははフカフカの布団にはさまれて寝かされていた。そこはい草のいい匂いが漂う畳が敷き詰められている和風の部屋。
「ここは……っ」
そこはフランが住んでいた紅魔館ではない。今まで見たこともないような場所。
フランはゆっくりと体を起こそうとするが頭痛がし、あまりの痛さで体を句の字に曲げて飛び起きた。
「いったぁ……」
額に触れると少し腫れている。
(そういえば、誰かに殴られたような……)
「あ、気がついた?」
隣でまだ若い男の声が聞こえる。
しかしフランは寝起きだからだろうか、ボーっと目を細めて声の方を見向きもしない。テンションも低く、気付く素振りもない。と言うよりも気づいてはいるがそれに対する挙動が面倒で見せていないというほうが正しいだろう。
「ここはどこ? 何で私ここにいるんだっけ……」
と自問自答する様にうつむきながら目を瞑って考える。
「ここは大島酒蔵。この町で一番大きな酒蔵だよ」
「……町」
その瞬間、フランの頭に今何が起きて自分がどういう状況に陥っているのか、そして何故こんな所にいるのか、その記憶が鮮明に蘇る。
それと共に紅の目は見開かれ、白い肌は見る見るうちに青くなる。
顔面蒼白とはまさにこのこと。
「夢じゃ……なかった……」
約三時間前……紅魔館
『危険』『DANGER』と物騒な文言が書かれた紙が張られた丈夫なレンガ造りの壁。そしてその奥の暗闇。地下へと続く階段から珍妙なリズムを鼻歌で
刻みながら、意気揚々と軽くスキップを踏んで出てきたのはここの主、レミリア=スカーレットの妹、フランドール=スカーレットだった。
「今日は何を壊して遊ぼうかな~♪」
フランは地下に繋がる暗い階段から廊下に跳び出る。その廊下は左に折れるとすぐ広場だ。フランは左に折れ広場へ。するとそこで女二人の話し声が耳に入ってくる。一つは幼く、よく聞き慣れた声。更にもう一人は前に自分と遊んでくれたとフランが勝手に勘違いをしてる少女の声。
レミリアと霊夢だった。
桃色の洋風の服で身を包んだレミリアと、異変が起きた時にしかでてこない守銭奴で有名。修行もろくにしない怠け巫女の霊夢が紅魔館にやってきていたのだ。
(何で霊夢が?)
フランが壁から顔をひょっこり出して見つめていると霊夢がそれに気付く。続いてレミリアも横目に気付いて更に首を振ってフランを見る。いつも微笑んでフランを迎えてくれるレミリアだが、今日はその微笑みはない。しかし怒りもない。フランを迎えたのは無表情のレミリアだった。
好奇心旺盛なフランは特にそんなことは気にせずルンルン気分で霊夢達のほうへててててと駆け寄った。
「何話してるの? 面白い話?」
それにレミリアは答えず表情は先程のまま。それを一瞥した霊夢が変わりに口を開く。
「……どうかしらね。面白いかどうかはあんた次第よ」
「え?」
また遊んでもらえるとでも思ったのだろう。しかしこの怠け巫女がフランとわざわざ本気の弾幕ごっこをするために紅魔館に来るわけがない。フランはこの後、衝撃の事実を告げられることになる。
「えぇ!? なんで私が人里で!?」
「レミリアに頼まれたのよ。あなたに常識を叩き込んで欲しいって」
「おねぇさま?!」
そんな霊夢の言葉に、フランは信じられないといった様にレミリアに抗議の目を向ける。
「あなたはもっと常識を学ぶべきよ。だから霊夢に頼んだの。人里で一ヶ月くらしなさい」
レミリアは机の上に置かれた紅茶を飲みながら椅子に座ってすまし顔だ。
「ということよ。私は人里との仲介役ね」
霊夢の言う面白い話とはフランを人里に一定期間住まわせると言うプチホームステイだった。
そしてどうやらフランは人里で常識を学んでこないといけないらしい。期間は一ヶ月。
「分かったら早く準備しなさい」
「や、やだ! 私いかないから!」
人里なんかに行ったらフランが大好きな弾幕ごっこができなくなる。そんな事ぐらいまだ幼いフランにだってわかる。フランにとって弾幕ごっことは唯一の楽しみだった。霊夢や魔理沙が着てからというもの完全にはまってしまったらしい。
「まあ、そうよね」
「だいたいっ、何で霊夢はそんなことに協力するのよっ!」
確かにいつも非協力的な霊夢がこんなことをするのはおかしい。フランに常識を教えて欲しいなんてくだらない、面倒事は断るはずだ。レミリアがじかに言ったところで結果は見えているだろうに。
「私も面倒くさかったんだけどレミリアにどうしてもっていうし、それに普段のあんたの行動は目に余るものがあるわ」
「ええ!? どこら辺が!?」
「目を瞑って、その胸に手を当ててよーく考えて見なさい」
霊夢は自分の胸に手を当てる。それを真似するようにフランはふくらみのない自分の胸に手を当てて目を瞑り数秒沈黙する。その後、フランの小さな口から発せられたのは
「なんにもなかった」
だった。
いけしゃあしゃあとそんなことをぬかすフランはとても笑顔だった。
そんなフランに少しイラッときたのか、霊夢もすぐさま言い返す。
「は? 私は今あんたの胸の話をしてるわけじゃなくて――」
「違うよ! 私の行動の話でしょ! 目に余る物なんか何処にもないじゃない!」
「余る胸もないのね、可愛そうに」
「可愛そうなのは霊夢の頭でしょ!?」
「そんなことより」
「そんなことじゃないよ!」
フランをいじりたいだけいじった霊夢は本題に入る。
「これはもう決まった事よ。大人しく私についてくるのね」
といいながら、霊夢はフランを軽く睨みつける。さらに少し距離をとって足を曲げ両手を空けている。
フランが大人しくくるわけがない。そんなことは霊夢も分かっている。
そんな霊夢の雰囲気を感じ取ったフランも同じように臨戦態勢をとる。人里で常識を一ヶ月も学べとはここの生活になれたフランにとってはたまったものではないのだ。フランはすぐさま反撃に出る。
「で……でも人里なんかに行ったら私何するかわからないよ?」
そんな事をすればどうなるか分かるだろう、とフランは不敵な笑みを浮かべる。
情緒不安定、一度かんしゃくを起こせば自分でその破壊衝動を押さえつけることの出来ないフラン。皮肉にもその言葉は自分を貶める事で難を逃れようとしているフランにとってうってつけの逃げ文句だった。
実際問題、フランの言うことは正しい。人里に連れて行ったが最後、その破壊衝動を気の向くまま、赴くままに自分の満足するまで行使するだろう。人を傷つけ、血をすすりつくしてしまうに違いない。
それを霊夢達が分からないはずがない。なのに何故こんな事をするのだろうか。その意味がフランには分からなかった。
それはニヤリと悪魔のような笑みを浮かべるフランの左腕をひねり上げた永琳の存在が在ったからだ。
「あうっ」
「はいこれ」
カチリッ
とフランの細い手首に何やら聞こえてくる金属音。
「へ?」
「そんな心配なあなたにお勧め。妖力を抑制する働きがある腕輪よ。これをつけていれば人里で暴れても大丈夫。弾幕は打てないしあなたのキュッとしてドカーンの能力も使えないわ。そして光学迷彩! 無駄に」
「え!? ちょ! 何これ!?」
フランはすでに消えてしまった腕輪を探り当て、全力で外そうとするが腕から抜ける気配がない。
「ぬ・け・な・いいいいっ……能力が使えないって……何でできてるのよ!?」
「確か、かいろうせ――」
「フラン、一応言っておくけど人里で人に危害を加えたり逃げたりしたらあなたはオセロマニアのところでずっと暮らすことになるからね」
霊夢の言うオセロマニアとは天界に住む四季映姫のことだ。罪を犯したものを投獄し罪を償わせる場所の筆頭。いわゆる閻魔様みたいなものだ。そんなところでずっと暮らすなんてことはフランにとって死を意味することと変わらない。
「そんなっ」
フランは驚きの声を上げるがそれに追い討ちをかける様に永琳が目にもとまらぬ早業を見せる。
「それとこれは預かっておくわ」
今度は背中から何やら果物でも着るような音。永琳がいつの間にか用意したメスを片手に「サクッ」っという軽い音と共にフランの七色の両方の羽を付け根から切断したのだ。
「ああああああっ、ちょっと! 返して!」
「一ヶ月我慢できたら返してあげるわ。」
「私の羽!」
永琳とフランの身長差は結構ある。それは傍から見たらまるでお預けしている母親に必死に抵抗している子供だ。母親は、手を伸ばして必死に七色の羽を取ろうとする子供の可愛さにとても楽しそうだ。
「な、なんで永遠亭のやつまで!」
フランは半泣きで自分の羽を弄ぶ永琳を睨みつける。
「しょうがないでしょう、人々の安全無しにこの計画は成り立たないし、そのままじゃあなたをそのまま泊まらせてくれる人なんていないでしょう。それとなんとなく姫様に似たニート臭が……これはあなたの将来のためでもあるのよ。あとおまけで実験とか実験とか実験とかね」
実験とはフランの羽で色々な実験をするということだろう。フランの羽は7色のランタンがついたような世にも奇妙な羽だ。だから皆珍しがる。だからそれで実験したいということで永琳とは話が付いたようだ。
「霊夢! 霊夢も何かもらったでしょ!」
「失礼ね。お金以外もらってないわよ」
「!」
「全く、往生際の悪い奴だな」
そう笑いながら入り口から入ってきたのは魔理沙だった。
「人里も結構楽しいぜ? 一回行ってみろよ」
「魔理沙!」
図書館で一緒に何かしていたのだろう。魔理沙の後ろにはパチュリーもいる。
見たところ魔理沙もパチュリーもこの計画を知っているし、賛同しているようだ。そして頭にナイフが刺さった美鈴と昨夜が姿を見せる。紅魔館の主の妹の門出だ。紅魔館総出で見送りなのだろう。
「くぅ……魔理沙の裏切り者!」
「はぁ? 裏切り?」
フランの味方はどうやら一人もいないようだ。ならば三十六計逃げるに如かず、だ。
永琳の背後に外へ続く扉が見える。幸運にも永琳の背後には誰もいない。
「たーっ!」
「きゃっ」
フランは今しかないとばかりに永琳の豊満な胸を両手で鷲掴みにする。一瞬、永琳が怯む。その隙にフランは床を蹴って永琳の脇をすり抜けた。
「フフン! ばーかばーか! 絶対に人里なんかに行かないからねーっだ! 皆死んじゃえ!」
フランは首だけをまげて皆を見ながら、更に暴言を吐いて逃走していく。ほとぼりが冷めるまで逃亡者を決め込むつもりだ。
「べーっだ!」
余裕を見せてあっかんべーと悪態を尽く始末。しかしいつまでも後ろを見ていた事が裏目に出た。
「いたっ!」
フランは誰かに突き当たってしまった。前をよく見ないからそうなるのだが、扉まではまだ距離がありそこには何もないはずだった。それくらいの距離感はフランにもある。
尻餅をついたフランが顔を上げるとつい先程まで目を放さず見ていたはずの霊夢がいた。
「痛いじゃない」
霊夢がワープでもしたのかとフランは疑ったがそうではないようだ。周りを見渡すと先程まで後ろにいたレミリアや意地悪そうにクスクス笑う魔理沙まですぐ傍にいた。つまり霊夢ではなくフランがワープしのだ。
「……ご、ごめんなさい」
フランは深々と霊夢にお辞儀をして今までの非礼を謝罪する。
「あらあら、ご丁寧にどうも」
「じゃっ」
深々とお辞儀したフランは頭を上げるとすぐに逃げ出そうとする。しかし今度は霊夢が逃げようとするフランの金髪のサイドーテールを鷲掴みにした。
「うぎゃっ」
ゴキッと鈍い音を立ててフランの逃走が止まった。人間だったら心臓が止まっていたかもしれない。
「じゃ、じゃねぇのよ。ほら、いくわよ」
「こ、この馬鹿霊夢! 人間だったら死んでるよ!」
「だからやったんだけどね」
「うう、はーなーせえええ!」
フランは髪を引っ張られ、首を曲げたまま自分が逃げた方向を目で追う。そこには信じられないことに空間に隙間が開いている。どうやら空間に隙間を生み出すという能力を持つ八雲紫もこの計画に加担しているらしい。
「さあこれに入って」
霊夢が入れと、手に持っているそれはなんともお粗末な分厚い袋だった。光を完全に遮断できるような、そして幼女一人が軽く納まるくらいの袋。その袋にはでっかく『フラン専用』と書いてあった。
その袋を見てさすがに血の気が引いたのか、いつも青白い顔がより青白くなる。
「嫌ぁっ!!」
フランは自分のサイドテールを掴んでいる霊夢の手を振り払う。
「いっつ! こら!」
「おねぇさま! お願い! もう暴れたりしないからっ! だからっ」
フランは追いかけてくる霊夢を尻目に両手をついてレミリアに懇願する。
こんなくだらない計画、フランはまっぴらごめんだ。この計画を止めさせるには事の発端のレミリアを説得するしかない。
いつも困ったフランを優しく助けてくれるレミリア。だから今回もきっと助けてくれる。フランはそう思っていた。しかし驚いたことにレミリアは懇願するフランから顔を背けてしまった。
実の妹が人里で暮らして常識を学ぶ、とは名ばかりの、ほぼ天界行き決定の計画で連れて行かれようとしているのに助けようともしない。フランは困惑の色を隠しきれないでいる。
首をかしげそんな、理解し難い行動をとるレミリアをしばし見つめるものの相変わらずレミリアはフランを見向きもせずうつむいて、目は気まずそうに泳いでいる。
「おねぇ……さま?」
レミリアはどうやら味方にはなってくれないようだ。
フランはレミリアがダメならばとばかりに隣にいる咲夜に目をやる。
「咲夜! お願い! たすけて!」
「妹様……うぅ……私は……私にはっ……くっ……なんて嘆かわしい……」
ハンカチーフで涙をぬぐいながら懸命にこらえる咲夜。
「もうお屋敷を燃やしたりしない! パッドだって隠したりしないから!」
「……」
「ふぷっ」
「……何笑ってるの? 魔理沙」
「え、いや……わるかったんだぜ……」
そのドスの聞いた声を最後に咲夜は泣きまねしながら沈黙した。これはもうだめだと思い次は魔理沙へ。
「魔理沙! お願い! 私人里なんかにいきたくない! 魔理沙ともっと遊びたいよ!」
魔理沙はとても困ったような顔をして頬をかく。普段霊夢が全く遊んでくれないためフランと互角に遊び合えるのは魔理沙くらいだった。
だからほとんどフランの弾幕ごっこの相手を魔理沙が請け負っていた。それを通して魔理沙とはよい交友関係になれたと思ったフラン。だから魔理沙なら助けてくれると思ったのだ。
「そ、そのさ、一度一度行ってみろって。何事も勉強だぜ?」
しかしそのよい友好関係にも関わらず魔理沙の反応は冷たいものだった。
「ちっ」
「し、舌打ち!?」
冷たい反応には冷たい反応しか返ってこない。
だからもう用済みとばかりにフランは魔理沙を冷たくあしらう。
「性悪幼女め……」
そしてフランの次の標的はこの紅魔館のゲートキーパー美鈴に向けられた。フランの視線がじっと美鈴に向けられる。
美鈴は自分の番がやってきたとばかりに体をこわばらせ、なんと言い訳しようかと考えていたのだが無駄な努力だったようだ。
「……」
「……」
「……」
「……」(あれ?)
いっこうにフランからのSOSが来ない。
「……あの」
「……」(え?まじで?)
「……えと……そのぉ」
「……」(ちょっとおおお、この子私の名前忘れちゃってるよおおおおお!!)
「そのぉ……ね?」
「……」(何が、ね? だ何があああ! 上目遣いつかったってダメだからねえええ!? 咲夜さんじゃないんだしぃ!! 名前を言え名前を!)
「……あれだよね?」
「……」(そうあれだ。めっ、めからはじまるぞぉ! みとか言ったら私ないちゃうよおお!? 本当に泣い――)
「み?」
ブワリ、と涙があふれてくる美鈴。フランは美鈴を一瞥し最後の砦、この紅魔館でレミリアの次に発言力があるであろうパチュリーに懇願することにした。
「パチュリー! 人里に行きたくないの! 魔理沙だって独占しない! 図書館戦争ごっこだってしない! 誓うからお願い!」
庇護欲に駆られるような表情でパチュリーに訴えかけるフラン。咲夜ならばかかったかもしれないが生憎相手はパチュリーだ。
それでもなんとかいい答えが返って来ないかと期待していたフランだが、その結果はフランに信じ難い言葉だった。
「私はこの計画には賛成よ」
「……へ」
ため息をつきながらパチュリーはじっとフランを見つめて毅然とした態度で言い放った。そんなにはっきり言うとフランが暴れだしそうだと、その発言に魔理沙もハラハラしながらパチュリーを見やる。
「これは貴方にとってプラスになると思うの。だから私は貴方が人里に行く事を止めはしないわ。逆にに人里に行ってほしいと思ってる」
「そ……そんな……」
この家の客人として迎え入れてはいるが寝食を共にしているパチュリー。パチュリーに大事な図書館の管理を任せているあたり一番信頼を置いている人物。そのパチュリーにはっきりとそう宣告されれば普段陽気で無邪気なフランでもショックを隠しきれないだろう。
フランは表情が見えないくらいに俯いてなにやらぶつぶつと呪文のように呟き始めてしまった。
「さあ、わかったでしょ? さっさとあきらめ――」
「……でよ……なんで?」
さっさと袋詰めしたい霊夢を尻目にフランがなにかつぶやいた。
「ん?」
「何で誰も助けてくれないの? ……私何も悪い事してない……誰にも迷惑かけてないじゃない」
フランは俯いたまま頭をフルフルと振りながらそんな事を呟くように口にする。
霊夢や魔理沙が現れてからフランの凶暴性は少しずつ薄れつつある。紅魔館の皆とも楽しく話したりする機械も増えていった。
周りから見ればもう少し様子を見てからでもいい気がする。
「なのに!」
何故こんな仕打ちをするのかと、不満をぶちまけようとするフランの紅の目には涙が溜まって揺れていた。
「なのになんでっ……何でよ! 何で私がこんな目にあわないといけないのよ!」
両手、両膝をついたまま胸を張って仰ぎ見るその先には実の姉、レミリアの姿が。
助けを請う、というよりも自分をこんな目に合わせる目の前の悪魔を睨みつけているといった感じだ。紅の目からは涙が溢れ出し頬は赤く蒸気している。
「おねぇさまだって言ってたじゃないっ……地下から出てもいいって……だから外に出たのにっ」
「……」
そう、元はといえばレミリアがフランの狂気から周りを守るために地下に軟禁した。しかし本心は実の妹に地下室にこもって欲しくない。逆に外に出て欲しいと願っていた。
都合のいいことに紅魔館にやってきた魔理沙、霊夢との出会いによって外へ出て遊ぶことの楽しさ、すばらしさをフランは知った。狂気も薄れ始め、徐々に外に出て遊ぶ事もできるようになってきた。
それをレミリアはまた規制し、更に人里で一ヶ月暮らすという罰ゲームまでつけてフランに指示した。それにフランは納得がいかなかったのだ。
「私分かったよ? 外の世界はおもちゃがいっぱいあるし、面白いところだって!」
フランの声音が少しずつ強くなる。
「ねぇさまも喜んでくれた! だから私……だから……私……」
フランはぼろぼろと涙を流しながら滲んで見えないであろうレミリアを一生懸命に見つめる。
「嬉しかった……のに」
「……」
そんな自分の中で抱いていた気持ちをフランは泣きながら、かすれた声でレミリアにぶつける。
レミリアに自分を助けさせようと演技している様子ではない。誠心誠意、純粋にレミリアに自分の気持ちを理解してもらい、助けを求めているのだ。
しかしもうレミリアはフランの顔すら見てはいない。顔を俯けて、目は開いているもののフランの目と目が合うことはない。フランはその俯いてそらされている目線を手繰り寄せるように更に言葉を放つ。
「なのに……なのになんでまた閉じ込めるの!? なんで私を人里なんかに閉じ込めるのよぉ!」
「フラン――」
「ぐすぅ……おねぇさまぁっ!」
最後に何か言えと、霊夢ではなくレミリアに訴えかけたフランは声を上げて泣き出してしまう。
「霊夢」
しかしレミリアの口から出た言葉は
「フランをお願い」
そんな残酷な言葉。
「っ……」
「え、ええ……」
霊夢は横目にさっきまで大泣きをしていたフランを見ながら渋々承諾する。フランの目と口はぽかんと開けられて塞がらない。泣くのも忘れてレミリアを見つめている。レミリアは相変わらずの視線を何処かへ送っている。
突然ガクリとフランの頭が垂れる。そのフランにレミリアは反射的に視線だけ向けるとフランは信じ難い言葉を口走った。
「……ねぇさまなんて……嫌い……」
それは今まで聞こえていたフランの可愛らしく幼い声ではなく、暗い闇にずっと浸っていたような、まだその闇が付いてぽとり、ぽとりと垂れてしまいそうなほどに暗い声。
その暗く小さな声はレミリアにははっきりと聞こえた。『嫌い』と。
嫌い、とは実に便利な言葉だ。今まで築きあげてきた友好関係や恋愛関係などといった絆を全て破壊することができる便利な言葉。
しかしそんなものは口先だけで本当はそんなこと思っていない。
傍から見ればそんな誰でもわかるような状況がこの場所には恐ろしいほどに当てはまらない。
軽い信頼関係ではたやすく崩れ去る。フランの言葉にはそういう要素が存分に含まれていた。
「ねぇさま……なんか……」
人の気持ちなど目では見えないし、本当の気持ちなど相手にはわかりはしないのだ。
「おまえなんか……おまえなんかだいっ嫌いだ!」
「フランっ?」
そして急に『ねぇさま』から『おまえ』へ変わる。更に大声を上げて回りに叫び散らす。自分がレミリアを嫌いだという事をアピールするには十分効果的でレミリアには相当の効果があった。
更にそのアピールはそこにいた全員に感染する。
「咲夜も! 魔理沙も! みりんも! パチュリーも! 霊夢も! 皆……皆だいっ嫌い! 皆死んじゃえ!!」
広場にフランの暴言がこだまする。
「死ね! 死ね死ね! 死ね死ね死ね死ね!」
フランは狂ったように頭を抱えながら嫌いを連呼している。能力を遮る腕輪をしながらフランは全ての絆を破壊していったようだ。全員完全に引いてしまっている。
「フラン! いい加減にしなさい!」
見かねた霊夢がフランの肩をつかむ、とフランは何も言わなくなった。
「……」
犬が威嚇する吼える行為、それを超えると犬は黙りそして噛み付くのだ。
「うがぁ!」
「うぁっ!?」
しかし、さすがは霊夢、弾幕で鍛えた瞬発力で間一髪フランの噛み付きをかわした。
「このっ! やろうっての!?」
喧嘩っ早い性格の霊夢。売られた喧嘩は買うのが霊夢だ。
遊びを作っておいた腕を伸ばすと手に備え付けられていた白い袖から多数の札がごっそり出てきた。一気にフランを地に伏せるつもりだ。
「おい霊夢!」
止めようとする魔理沙の足元へ札が一枚飛んでいく。
「あぶっ」
「どいてなさい魔理沙! こいつにはこれが一番なのよ!」
一度魔理沙を睨みつけすぐさまフランに視線を戻す。するとすぐさま起き上がったフランが牙をむき出しにして霊夢に襲いかかってくる。霊夢はそれを避けざま、一瞬フランを睨みつける。フランも負けじと霊夢を真っ赤に燃える瞳で睨みつけてくる。
「覚悟なさい!」
「うあああああああああ!」
噛み付きかわされたフランは急いで体勢を立て直すがもう間に合わない。霊夢は超近距離でありったけの札をフランに投げつけた。フランの小さな体は面白いほどに吹き飛ばされ壁に頭から突っ込んだ。
力を失ったただの少女に成り下がったフランに勝ち目はない。その少女に成り下がったフランに霊夢は容赦はしなかったようだ。
フランは小さくうめき痛みをこらえるために丸まって震えている。そのフランへ黒い影が迫りくる。
「おわりよ」
霊夢は最後の宣告、と手にセットされている多数の札を振りかぶる。
「みんな……きらい……みんな……死んじゃえっ……」
「まだそんなことをっ」
「死ね! ……死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねええええええ!!!!」
最後の足掻きとばかりに吼えるフランに躊躇無く霊夢は手を振り下ろした。腹を突く爆音が紅魔館に響き渡る。
数瞬後、ぱたりと一人の少女が横たわる乾いた音がその場に静かに響き渡った。札の強烈な爆発と壁に挟まれてフランは気を失ってしまった様子。
「……全く、手間のかかる子ね」
霊夢は倒れているフランを大事そうに抱えて丁寧にフラン専用の袋に詰めてやる。
「ふぅ……」
「霊夢」
「ん?」
その声に振り向くとさっきまで座っていたレミリアが霊夢の傍に来ていた。
「嫌われ役、ありがとう」
そう言って霊夢をそっと抱きしめる。身長差があるため霊夢の胸に顔をうずめる形になるレミリア。
「いいのよ。あなた泣きそうだったから」
その肩をポンと叩いてやる霊夢。
「フランのこと、よろしく頼むわね」
顔は上げずそのまま呟くように言葉を吐き出す。顔を霊夢の胸からうずめたまま放さないのは泣いているからか。
だから霊夢は困ったように笑って言葉を選んで眼下のレミリアに落とす。
「うまくいくとは思えないけど、やれることはやってみるわ」
レミリアは満面の笑みを浮かべて霊夢を見上げる。
「頼りにしてるわ」
「ええ」
「ではおいきなさい」
「……なら放してくれないかしら?」
「うー」
「おぜう……」
少女運送中……
そして今に至る。
「誰がオセロマニアだ……」