フランは成長するのか?   作:天澤星三

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第十話 回想偏 ~レミリアの夢~

 

「はぁはぁ……」

 

 一体どれだけの時間歩いただろう。どれだけの距離を歩いただろうか。

 あの戦争で生き残ったのは吸血鬼であるフランとレミリア、二人だけ。

 レミリアは追っ手の来る可能性を考慮して町を離れていた。

 気を失ったフランを満身創痍の体で背負って歩くレミリア。その体でもう何時間歩いたか分からない。そこは見渡す限り草原の、木など一本も生えていないような平原。前方は景色がひらけ、地平線が見えるくらいに何も無い。

 レミリアは無心に逃げていた。

 町から離れられればそれだけでよかった。

 何も考えず、ただひたすらにフランを背負って歩いていた。

 その時、背負っているフランが動いた気がした。 

 レミリアは少しドキリとする。ダリスを自らの手で殺してしまい壊れたフラン。町であったように、もしもまた狂ったように笑い、襲ってきたらどうしようかと。

 しかしそんな心配は無用だったようだ。

 

「ん……? おねぇ……ちゃん?」

 

 それはいつものフランの声だった。気味の悪い笑いもなく、普段の寝起きのフラン。

 ほっとレミリアは安心したようにため息をつく。

 

「フラン、気がついたのね」

「ここ……何処? 私、なんでおねえちゃんに背負われてるの?」

 

 レミリアは歩を止めてフランの様子を伺う。疲れきっているのか、フランは全体重を預け指一つ動かさない。

 

「フラン……あなた何も覚えてないの?」

「へ?」

「私達はハンターに……ダリスに殺されかけたのよ!?」

 

 寝ボケているのか、それともただ混乱しているだけなのだろうか。

 レミリアはフランが先程まで何をし、今どのような状況に陥っているのかを説明してやろうと口を開く。これが気付け薬になり、フランの混乱も直るだろう。

 しかし、そんなレミリアの口を突いて出たフランの一言が弾き飛ばした。

 

「それをあなたが――」

「ダリスって誰?」

「……え?」

 

 フランは以前の記憶を忘れていた。

 

「うぅ……なんだか……まだ眠い……」

「……」

 

 そんなお休みの挨拶を交わしたフランは頭をレミリアの肩に預け、また眠りに落ちる。

今まで起こった事を全て無かったことにするように深く。

 あれほどの事があった後なのだ。

好きな人を殺し、更には人間と吸血鬼の平和を心から望んでいたフランがその人間を殺しに殺した。レミリアと同様、フランもまた心身共に疲れ果てているのだろう。

 その激動の記憶をもし失っているのだとしたら無理に言う必要もない。それはレミリアが今フランに出来る、精一杯の子守唄となるだろう。

 レミリアはフランを起こすこともせずまた歩みを進める。

 

 

 

 

 夜風が草原をなで、草の波を作る。

 その波がレミリア達を追いかけ抜いていく。

 同時にその風が二人を優しくなでて、草がレミリアの足に戯れてくる。

 波と風の戯れが終わると、また辺りが静まり返る。聞こえるのはレミリアが草をくしゃくしゃと踏む音とフランの心地よさそうな寝息だけ。

 涼しい夜風は寝るには少し寒いだろう。しかし大好きな姉の背中は温かく、歩いてほどよく揺れるそれは、フランにとっては最高のベッドとなっているに違いない。レミリアは耳にフランの前髪が当たって少しくすぐったそうだ。

 二人は闇を照らす月に導かれながらゆっくりと歩を進めていく。

 しかし、今後二人が歩む道は闇であふれかえっていた。

 満天に輝く星空の下、レミリアは未来のことを考える。

 これからどうするのか、どうやって生きていけばよいのだろうか。

 二人がこの先、生き抜いていくにはまだ幼過ぎる。ただでさえ二人は吸血鬼で生きていく事が難しい世の中。更に片割れは七色の羽根を有している。 綺麗ではあるが不吉の象徴とされる、戦争の火種になるような羽。

 人間にとっては災厄をもたらす悪魔なのだ。見つかったが最後、ダリスの言ったとおり、惨たらしい人生を歩むことになる。

 そんな人間にとっての悪魔は今、天使のような寝顔で眠りこけている。レミリアの背中をベッド代わりにすやすやと。全く、暢気なものである。

 レミリアはそんなことを満身創痍の体で考えながらフランを背負い、ただ、ただ無心に歩いていた。

 一歩歩むたびに浮かんでくる『絶望』という文字。

 満身創痍の体と今の状況から悔しいほどに相応しい言葉がレミリアの脳裏に見え隠れする。

 フランを起こさぬよう、小さく首を振って、そんな呪いのような言葉を頭の外へ放り出す。

 今まで平和に暮らしていた町はもうないのだ。戻る事は許されない。だから進むしかない。

 しかし、そんなレミリア達に追っ手がかかった。それは教会の中で最高の権力を誇る神。神は大罪を犯した吸血鬼二人を許しはしなかった。

 辺りがゆっくりと明るくなる。

 

「なっ……」

 

 朝日だった。神の象徴と称される太陽が二人を追ってやってきたのだ。

 レミリアは慌てて辺りを見渡した、が何処にも影ができるような大きな岩も木も生えていない。見渡す限りの草原。はるか彼方に生い茂る森林があるが、満身創痍、さらにフランを背負っているせいで走る事もできない。

 

「くっ……」

 

 どこにも隠れるところがない。

 レミリアは考える、森林に向かって全力で走ればどうにか満身創痍の体でもぎりぎりで間に合うかもしれない。

 しかしそれは一人の場合。フランを置いていく、そんな事レミリアにはできるはずが無い。

 今更ながら森林の中を進めばよかったと後悔した。レミリアはそんな事にまで考えが及ばぬほどに心身共に疲れていたのだ。

 だが今更後悔しても遅すぎる。いつ、どんな状況でも日は昇るのだ。

 

「これが私達の運命だというの……?」

 

 レミリアはフランを背負ったままガクリと膝を折り、地面に両膝を突く。

 

「私達はただ……平穏に暮らしたかっただけなのにっ」

 

 憤りとも悲しみとも取れる声音でそんな言葉を吐き出す。だがやはりそんな事を言ってみても何も起きるわけがない。自己満足にもなりはしない。

 レミリアはふと横を見る。そこにはフランの可愛らしい寝顔が。

 レミリアは猫がするように、フランの頬に自分の頬を擦り付け、撫でる。 好きな人を自らの手で殺し、心を壊してまでハンターを殺しに殺し、結果的にだがレミリアを守ってくれたフラン。

 レミリアはそれが愛おしくて愛おしくて仕方なかった。それが実の妹ならば尚更だ。だから、フランだけは守る、フランだけは自分の命に代えても守り通してみせると誓う。

 レミリアは最後の力を振り絞り、弾幕で大地を削る。

 だが大きな音を立てて空いた穴はあまりにも小さい。子供一人入れるかどうかも疑わしい。

 レミリアはそこにフランをゆっくりと寝かせてやる。そして優しく土を被せていく。

 少しはみ出している足に自分の着ているものを破り、かけてやる。

 土の中に埋めて日光をやり過ごそうというのだろう。

しかし、もしも途中で起きてしまったらどうするのだろうか。寝返りをうっ ただけでその身は太陽に焼かれてしまう。

 フランが助かる可能性はあまりにも低い。しかしゼロではない。少しでも助かる可能性があるならばそれにかけるべきだ。

 だがそうなればレミリアが助かる可能性は消え失せる。

 レミリアは死を覚悟していた。レミリアの意思はとても固い。 

 フランの体が外に出ないように丹念に土を被せていく、とその時、背後から突き刺すような痛みがレミリアを襲う。

 

「ぐっ……」

 

 太陽の光。吸血鬼にとって最大の敵である日の光がレミリアの、先程までフランのベッド代わりだった背中を焼き尽くそうとする。

 

「……おねぇ……ちゃん?」

「ふらん……」

 

 そんなレミリアの悲痛なうめき声に、フランが気づき、目を覚ます。

 しかし、未だ眠り眼で目を細めている。

 

「おねぇちゃん……どうしたの?」

「どうも……しないわ。もうすこし眠ってなさい」

 

 まるで母親が言うようにそう言って、顔には笑みを貼り付けて、フランの頬を優しく撫でてやる。

 

「うん……おやすみなさい」

 

 フランは気持ちよさそうにレミリアの柔らかい手に顔を預け目を閉じる。

 その間も日光は強くなり、徐々にレミリアの体を焼き尽くしていく。

 

「フラン……うぅっ……ごめんね……おねぇちゃん、あなたに助けられたのにもう……これ以上あなたを……助ける事ができそうにないの」

 

 最後にレミリアは帽子を取ってフランの顔にかけてやる。そしてその上から土を被せていく。

 

「ぐぅっ……フラン……ごめん……ごめんね……つよく、いきてっ……この不甲斐ない姉をどうかっ……ゆるして……ほしい……」

 

 涙ながらにそう言って許しを請うレミリア。

その涙は日の光の痛みだろうか、それともフランと共に明日を歩む事ができなくなった事か、はたまた自分のせいでフランをそんな風にしてしまった事へだろうか。

 そんなことを考えてもきりがないといったように、レミリアの目からは涙がこぼれ落ちてくる。その間も日光によってレミリアの体は炎に蝕まれていく。

 その時、地が揺れ、続いて足音が聞こえた。

 即座に「ハンター」という言葉がレミリアの脳裏に過ぎる。が、レミリアは火に包まれ、苦痛で動く事もままならない。

 心残りは、そのハンターにフランが殺されてしまうかもしれないという事だけ。

 だがもう本当にどうする事もできない。フランの為に何もしてやれる事がないのだ。

 薄れゆく意識の中、振り返る。最後のあがきか、睨みつけるために目を見開き、そして

 

「お嬢様、おはようございます」

「……咲夜?」

 

 気がつくとレミリアの前に咲夜が立っていた。

 

「朝日が出てきたので。灰になりますよ?」

 

 咲夜は朝日を遮るようにレミリアの前に立っていた。そこはくしくも、夢で見た最後に向かってきた人物と同じ位置。

 

「もう……朝……?」

 

 

 

 

回想 

 

 

「……ん」

 

 レミリアが目を覚ますと暗い夜に無数の星がきらきらと光り輝いていた。更に少し欠けた月が夜空に咲いている。

 辺りはもうすっかり夜だ。

 レミリアは起き上がり、ふと横を見るとフランが毛布を被り、気持ちよさそうに眠っていた。これにはほっと一安心のため息をつく。

 レミリアが絶命する直前、迫ってきたあの足音は一体誰だったのだろうか。

 生きている、そして縛られていない事からハンターではない。

 

「あ、大丈夫? よっぽど疲れてたのね。半日ほど寝てたよ」

 

 と、すぐ傍で女の声がする。見ると、まだ十代半ばといった顔立ちの銀色の髪の娘が木に背を預けている。

 

「あなたは誰?」

「あ、私はダリスの娘のアイリス」

「そう、私はレミリア、そっちのはフランよ」

「よろしくね」

 

 アイリスと名乗る少女はレミリアにそう軽く挨拶し、ニコッと笑う。

 確かにアイリスという名前にダリスの名前の一部が含まれている。更に、それでレミリアとフランが助けられた理由には納得がいく。嘘はついていないだろう。

 しかし家族は殺されたのではなかったのか。その疑問をアイリスにぶつけてみる。

 

「ああ、それは私の母と兄が……」

「そう……謝罪はしないわよ」

「いいのよ、もう……それにあなたが謝ると私もあなたに謝らないといけないでしょ?」

 

 人間が吸血鬼を殺せばアイリスはレミリアに謝り、その逆ならレミリアがアイリスに謝らなければならない。そんないつ終わるかも分からない謝罪合戦など無意味な戦いだ。

 

「でもお礼は言うわ。助けてくれてありがとう」

「どういたしまして」

 

 とアイリスはにこりと笑う。愛嬌はいいようだ。

 しかし何故あんなところにいたのだろうか。その疑問もアイリスにぶつけてみた。

 

「父に言われたの。吸血鬼二人が逃げてきたらその手助けをして欲しいって」

 

  しかし町で狂ったように暴れるフランを目の当たりにし、怖くて話しかけられなかったと言う。だから町から出てきたレミリアとフランの後をずっと隠れながらつけていたらしい。

 そこで朝日が二人を襲い、レミリアがフランを埋めるのを見て慌てて森から走ってきた、という事だった。

 

「そう、でも吸血鬼を助けてもよかったの? あなたも追われることになるのよ?」

「そうだね……だからこの戦いが終わったら父も一緒に逃げる予定だった」

「え?」

 

 アイリスの顔はうつむきがちになる。

 アイリスだけ逃げてダリスが逃げない、となると吸血鬼に加担したとしてダリスは何らかの罰を受けるだろう。逆もまた然りだ。

 しかしレミリアが一番驚いたのは一緒に逃げるという事。一緒に逃げるとはつまりダリスは死ぬ予定ではなかったという事だ。

 レミリアは思い出す。ダリスは言った、二人で一緒に逃げろと。それをアイリスに手助けしろと言いつけ、その後隙を見て合流し、一緒に逃げる。それがダリスの意図だったのだろう。

 しかし、そんなダリスと「すぐもどる」と約束したフラン。フランを安心させるためについた嘘が逆に鎖となって二人を城へ縛りつけた。不幸にも城で鉢合わせてしまったダリスとフラン。いや、フランはダリスに会うまで城からは出なかっただろう。

 

「なんて……こと……」

 

 運命のいたずらか。全く、悲劇としか言いようが無い。

 レミリアはフランを見る。

 そんな事で、簡単に避けられた事でフランは心を壊してしまった。更に平和を願っていたにも関わらず多くの人間を殺し、更には恋していた男を殺してしまった。しかも自らの手で。

 そんな悲劇のヒロインに相応しいフランは何事もなかったかのようにレミリアの隣ですやすやと眠っている。いや、何事も無かったのかもしれない。フランはそのことを忘れているのだから。

 レミリアはそんなフランの頬を軽くなでてやると、くすぐったそうに身を縮めてそっぽを向いてしまった。

 

「そ、それで……ちょっと聞きたい事があるんだけどね……そのぉ」

「ダリスは死んだわ」

 

 レミリアはアイリスが質問する前にそうきっぱりと言い放つ。

 アイリスは言い出し辛い顔をしている。そして聞きたい事といえばそれくらいしかない、とレミリアでも分かる。

 

「そっ、そう……だよね。たぶんそうじゃないかと思ってた」

 

 アイリスは恥ずかしそうに俯いてレミリアから顔を背ける。

 

「ずいぶんあっさり信じるのね」

「覚悟は……してたから……だって戦争だもん、仕方ないよ。それに」

 

 と、アイリスは眠っているフランのほうに視線を向けて話を続ける。

 

「城は崩れちゃうくらい激しかったし、ハンターの人たちも皆その子に――」

「ダリスは私が殺したわ」

「え?」

 

 レミリアの思いがけない発言にアイリスは目を丸くする。続いて顔を俯けて黙り込んでしまう。

 少し震えているようだ。表情が読めないがきっと怒っているのだろう。ダリスの仇と、急に襲い掛かってくるかも知れない。

 レミリアは思案をめぐらせながら警戒し、片方の手をアイリスに見えないように隠す。いつでも槍を出せるように手を空けるため。

 しかし、それは間違いだったようだ。

 

「父は」

「ん?」

 

 唐突にアイリスが俯いたまま口を開く。

 

「父は、笑っていたかな……」

「……どういうこと?」

「父は言ってた。あの町には死んではけない吸血鬼姉妹がいる……自分の命を犠牲にしてでもって。その二人の名前は……フランドール=スカーレットとレミリア=スカーレット」

「……」

「父はいつもあなた達の話をしてた……私にね……嬉しそうに話すんだよ……人間に懐く変な吸血鬼がいるって……いつも……とても……楽しそうで……」

 

 レミリアは今気付いた。

アイリスは泣いている。しかし涙はこぼさず、手でこすりながら、地面に落ちないよう。

 

「時々何か考え込んでいたけど……けどっ、本当に嬉しそうに話すんだよっ……自分の娘のように」

 

 アイリスの声は震えている。父親であるダリスの事を思い出しているのか、目からは涙があふれ出てくるにも関わらずその表情は笑顔のままだ。

 だがその笑顔が逆に痛々しかった。

 

「娘の私が……私が嫉妬しちゃうくらいなんだよ? 笑っちゃうでしょ? 家族も殺されて――」

 

 アイリスの涙を流しながら、震えながら語る言葉が止まる。

 それが遮られたのはいつの間にかアイリスのすぐ傍まで近寄っていたレミリアが震える体を抱きしめたからだ。

 

「ごめんなさい」

「……」

 

 しないといった謝罪をレミリアはアイリスの耳元で囁いた。

 その謝罪はダリスを殺してしまったということに対してではない。ダリスの死を覚悟していたアイリスに対して失礼な振る舞いをしたからだ。

 レミリアはアイリスの、その泣いてうつむいている顔を両手で優しく持ち上げる。そして目からあふれ出す涙を親指で拭ってやった。

 目線を合わせ、そこにレミリアは優しい声で言うのだ。

 

「ダリスは笑ってたわ」

「……そう……よかった」

 

 アイリスはそう応えると涙をまつ毛に滲ませながらレミリアに微笑みかける。それがやはりあまりにも痛々しかった。

 だからレミリアはそんなアイリスを見ていられなく、顔を交差させてぎゅっときつく抱きしめてやったのだった。

 

 

 

 

 アイリスは泣き止み、レミリアはフランの横に戻ってボーっと空を眺めていた。

 静かな夜だった。空には少し欠けた月がいつもと変わらない様子で輝いている。

 泣き止んだアイリスも何を考えているか、夜空を眺めている。

 そしてふと

 

「綺麗な月だね」

 

 と呟くようにレミリアに語り掛けてきた。

 

「そうね。でも昨夜が満月よ。少し欠けちゃったわ」

「いわゆる十六夜ってヤツね。私はまん丸より少し欠けた方がいいなぁ」

 

 さっき泣いたカラスがもう笑ったとはこのこと。まだ少し涙がまつ毛に滲んではいるが声に震えはなく、明るい声が静かな夜の森に響く。

 

「そう?」

「真っ暗な夜に咲く欠けた月ってよくないかな?」

 

 その言葉にレミリアは思わず笑ってしまう。

 

「人間の考えそうなことね」

「というと?」

「完璧を求めるくせにず~っと欠けたままなんだもの。しかもそれを美徳としている」

 

 とあざ笑うように欠けた月を見ながら吐き捨てる。更に「愚かだわ」と付け加えて。

 

「少々の不満くらい我慢すればあんなことにはならなかったと?」

 

 あざ笑われた人間であるアイリスは挑発に乗ることなく冷静に返してくる。

 アイリスの言うあんな事、とは昨日起こった戦争の結末。そして人間で言うところの不満とは血の供給。人間が目指す満月は吸血鬼の絶滅といったところだろう。

 かくして、アイリスの推察はレミリアの意図を的確に突いていた。

 あの一瞬でその考えに至ったアイリスにレミリアは少し驚いてしまう。自分の思っていた事、言葉の裏に隠した思いを簡単に言い当ててしまうのだから。

 そんなアイリスを横目に睨みながら少し口を尖らせるレミリア。アイリスはアイリスで笑顔を浮かべて首をかしげている。

 

「……あなた、これからどうするの? ダリスは死んじゃったけど」

「え? そうねぇ……父の言いつけを守って貴方達と一緒に逃げようかな、と」

「非常食としてならいいわよ」

 

 さっきの仕返しとばかりにレミリアは薄ら笑いを浮かべて物騒な言葉をアイリスにぶつける。

 

「そ、そんなぁ……」

 

 角の尖った言葉をぶつけられたアイリスはそれはたまらないとばかりに呻く。

 

「ふふっ、冗談よ。一応吸血鬼にも義理と情はあるわ」

「そ、そう……で、何処かへ行く予定はあるの?」

「そうねぇ……とりあえず東へ向かおうと思ってるわ」

「東? 何故?」

「城の地下にある図書館で読んだ事があるんだけど、ここからずっと東の方に幻想郷というところがあるらしいの。そこでは人間とは違う異形の者達が普通に暮らしているらしいわ」

「へえ、じゃあ私はそこにはいけないなぁ」

「そうね。まあ近くまでは連れて行ってあげるわ。だから気が向いたらいらっしゃい。世話役にならしてあげるわよ」

「あはは、考えとくよ」

 

 

 

翌朝

 

 

 気持ちいいくらいに晴れた朝。小鳥がさえずり、木漏れ日が刺していた。

 

「紫様! やっぱりやめましょう! 吸血鬼とハンターの戦争を見に行くなんて! 人としてどうかしています!」

「藍。あなたはもっと主観を捨てた方がいいわ。私は戦争なんてものに全く興味はないけどそのことを後世に伝えて、それが愚かなことだと教える義務がある。そう思わない? 長く生きつづける者として」

「そんなの戦争した本人達が教えますよ!」

「誰が自分達のした戦争を愚かなものだと伝えるのよ? 自らが望んだ戦争を英雄嘆のように語られちゃ困るでしょ?」

「そうですが……ていうか紫様」

「なによ」

「やっぱり面白がってるでしょ?」

「馬鹿なこと言ってないで行くわよ。もう終わっちゃったかもしれないわ」

 

 そんな会話が聞こえた。レミリアは未だ眠るフランを背負い、アイリスはその二人に日傘をさしてやっている。

 その方向へ注意深く歩いていくとなんと信じられない事に空間に穴が開いていた。

 

「……この穴」

「不気味ね……」

 

 レミリアはその穴に躊躇なく入ろうとする。

 

「え? 入るの?」

 

 アイリスは当然の立ち止まる。傘の陰から出てしまいそうになるところでレミリアも止まる。こんな怪しげな穴に躊躇なく入るなんてどうかしているとアイリスが怪訝な視線をレミリアに送れば返ってくるのは悪戯に笑う笑顔だけ。

 

「ええ、これが私達の運命だということよ」

 

 そしてそんなわけの分からないことを口走る。

 

「運命? そんなの分かるの?」

「何となく、ね」

 

 アイリスはまだ警戒しているように穴をまじまじと見ている。

 

「ここに入れば貴方と私は別れて暮らすことになるだろうけど」

「え?」

 

 不意を突いて後ろを振り向きもせず、そんなお別れの宣言をするレミリア。アイリスは急にそんなことを言われたものだから若干ビクついて首を振り、しっかりとレミリアを視界内に入れる。そこにはやはり悪戯に笑うレミリアの顔が。

 

「また会いましょうね」

 

 と一言。

 お別れといいながらまた会おうと投げかけられる言葉にアイリスの表情は自然に笑顔になる。

 

「ふふっ、また……会えたらね」

 

 そう言ってレミリアにニコリと微笑みかけるアイリス。

 だがレミリアはそれを即座に「いいえ」と否定した。

 

「これは決まっていることよ。運命なのだから」

 

 アイリスは少し驚いたようにレミリアを一瞥し、また微笑んで頷いた。レミリアもまた優しく微笑み返す。

 そしてレミリアを先頭に三人は空間に開いた隙間に入っていった。

 

「行ったわね」

「何がですか?」

「何でもないわ」

 

 

 

 こうしてレミリアとフランは幻想郷でアイリスは人里で暮らす事になる。

 フランは少しかんしゃくを起こすと破壊衝動に襲われ、あたりかまわず破壊しまくるようになってしまう。

 レミリアはそんなフランを地下に閉じ込め、他人と接する事を遮断した。

フランも破壊を自らが望んでいなかったためすんなりと受け入れた。

 それからそんな珍しい幻想郷のニューフェイス、吸血鬼姉妹を訪ねて色々な人物が訪ねてくる。

 それは攻撃をしかけてくるもの、いつの間にか城の地下から持ってこられた本を盗み読む魔女、行くところが無いからと行き倒れのドラゴン、様々だった。

 長い時を経て、二人は色々な人物と知り合いになり、喜怒哀楽を共に過ごし、掛け替えのない大切な仲間になっていった。

 そんな楽しい時はゆっくりと、ゆっくりと過ぎていった

 

 

 そして……

 

「お嬢様。モーニングティでございます」

「ありがとう。咲夜」

 

 

 レミリアはいつものように、朝のテラスで咲夜の入れたモーニングティを飲むのだった。

 

 

(回想偏)おわり

 

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