町民達の会議とレミリアのフランに対する思いが明かされ涙し、新之助に抱かれながらなき疲れて眠ってしまったフラン。
翌日、フランが目を覚ます。フカフカの布団にいつの間にか寝かされていたフランは体を起こす。未だ眠り眼でピクリとも動かない。
フランは自分が今何故ここに居るのかを思い出してみる。
レミリアが自分の為に土下座してくれた事。普段は優しくもないが冷たくもなく、いつからか、余所余所しささえあった姉がだ。
フランはそれを思い浮かべると何故か心が温かくなる。それが表に漏れ出し、笑みとしてこぼれだす。自分の為にそこまでしてくれる事が他愛なく嬉しかったのだ。
更にこの大島酒蔵の当主、新之助は紅魔館の皆がフランの事を大好きだと明言してくれた。それが嘘でも本当でも新之助は自分の味方でいてくれるということがやはり嬉しかったのだ。
あまつさえ後悔で涙するフランを優しく抱きしめてくれた。今まで地下で人と接する事がなかったフランに精神誠意尽くしてくれるのだ。これほど嬉しい事はないのだろう。
「はぁー」
フランはそんなため息をつきながら、せっかく起こした体をまた倒してしまう。
べつに二度寝するというわけではない。新之助に抱きしめられたその感覚が気持ちよく、しかし気恥ずかしさからフランは意味の無い行動をとってしまったのだ。
フランは抱きしめられた感覚を思い出していた。自分より太く、大きな腕で優しく抱きしめられるその感覚を。少しきつく、息苦しいが何故かとても安心でた。そして暖かかったのだ。
恥ずかしい事を思い浮かべていると心がやるせなくなってしまう。だから今度は他のところへ思考を逃がしたのだが、今のフランに逃げ場所は少なかった。
天井を見上げたフランは紅魔館で皆に罵声を浴びせてしまった事を思い出したのだ。
「大嫌い……か……」
更に死ねと言ったことも思い出す。何度も何度も。
そんなことばかり考えていると先ほどまで暖かかった気持ちも急に冷めてくるというもの。
続いて胸に湧き上がるものは言いようの無い不安。
思わず仰向けだった体を横に向ける。そして一言。
「緑の名前が未だに出てこない……ん?」
フランは耳を床につけたせいで足音が聞こえた。床を歩くより早く走るよりも遅い間隔で刻まれる足音。
しかもそれはひとつではない。何人かが入り乱れるように遠くなったり近くなったりを繰り返している。
今気付いたが少々外が騒がしい。
朝、店では開店の準備が行われているようだ。
フランは前と同様に、四つん這いになって店に繋がる引き戸を少し開ける。前と同じく顔を不気味に半分だし、店の様子を伺う。
そこには従業員と思わしき者達があちらこちらを行ったり来たりしている。
唯一止まって何やら立ち話をしている人物は若くしてこの大島酒蔵の当主、大島新之助だった。青いはっぴを着て眼鏡を掛け、何やら部下と思われる男と話している。
「若、最近売れ行きが落ちてきていやす」
「そうか……う~ん、小島酒蔵の方へ流れていってるのかな?」
新之助は少し困ったような顔をして、更に真剣な表情で部下と話し合っている。そんな会話にフランは興味津々といった感じで耳を澄ます。
「それもありやすが、その……あの吸血鬼が来る事が決まってからお酒に血が入ってると噂も出始めまして……恐らくそのせいかと」
「これは僕達の商売がへただからだっ! フランちゃんのせいにするなっ!」
「す、すいやせん!」
その部下は新之助よりも年上だろうか。
それなのに新之助には頭が上がらないらしい。
若くして大島酒蔵のトップになった男だ。絶大な信頼があるのだろう。
それから次から次へと他の従業員やってきて質問を新之助に浴びせかけている。それをてきぱきと受け応え、従業員を誘導する。店の中は徐々に騒がしくなり、どこからともなく聞こえてくる叱責と怒号がより一層活気づかせる。
そんな中、何を思ったのかフランはその朝から賑やかな場所へ入っていく。
フランに驚いて小さな悲鳴を上げる従業員を無視し部下と熱心に話し合っている新之助の後ろに立つ。
「お、おい、おまえっ」
何ともぎこちなく、新之助を呼ぶフラン。まだ少し気恥ずかしさがあるのだろうか。
「あれ、フランちゃん? おはよう。どうしたの?」
その声に気づき、少し驚いたように振り向く新之助。
新之助は優しく微笑み、名前も挨拶もしないお嬢様なフランに挨拶をする。
見るとフランは腰の後ろに手を回して組み、もじもじしながら顔を俯けている。
「私も……何か……」
「何か?」
「手伝おうかなぁ……なんて」
「え? フランちゃんが?」
もじもじしていたフランが今度は不貞腐れたように顔を背けて口を尖らせる。
しかし目だけは新之助を捉えて反応を見ている。
「暇だから」
そのフランの申し出がよほど嬉しかったのだろう。新之助の表情は一変する。驚いた表情から満面の笑みへ。更にレミリアを見る咲夜のように目を輝かせる。
「な、なら軒先で呼子をやってくれないかな? 新しいお酒も売れるかもしれない……いや、君の可愛さならどんどん客が来るに違いない!」
そんな新之助の口から出てきた言葉はそんな事。何を根拠にそんな事を言っているのかは分からないが注目を引くことは間違いないだろう。
フランの見た目は人里に住む人々とは異色。金髪に白い肌に赤い目だ。
しかし注目は受けるだろうがそれは恐怖の対象として、が大半だろう。
だからそのやり取りを見ていた部下が新之助に信じられないと抗議する。
「若っ! そんな事したら、普通の客ですら来なくなっちまいやすよ!」
それはフランに背を向けるようにして、聞こえぬよう、小さな声を張り上げて言う。
それも当然だ。恐怖の対象になっていた、町民に忌み嫌われていたフランが店先で呼子をするのだ。力を使えないとは言えそんなところにわざわざ近づいていく町民がいるわけがない。
しかし新之助はそれを否定する。
「僕の目に狂いがなければあの可愛さだ、どんどん客が来るに違いない!」
(狂ってますよおおおお!!)
などと部下は思っている事は言えず、渋々といった感じで小さなはっぴをフランに渡してやる。更にフラン用に日よけ用の大きなパラソルを立てて準備万端だ。
パラソルの下でフランはぽつんと突っ立っていた。
横には丸い机が置いており、その上に透明なグラスが十数個、綺麗に並べておいてある。中には血のように赤い試飲用のお酒が入っていてとても綺麗だ。
それはいわゆるワインやブドウ酒と呼ばれるお酒だった。
血を好む吸血鬼にそれに似た色のお酒を売らせるとはこれいかに。確かに吸血鬼が飲む酒と銘打って売るのもいいが本当に血が入っているんじゃないかと疑われたらそれまでである。なぜなら商売は信用第一だからだ。酒蔵のように食品を売買する商いは特に。
そしてその心配は的中する。
「おや、例の吸血鬼の娘がこんなところでなにやってるだ」
「あれだっぺ、そこの赤い酒売ってるんだっぺ」
「何だその酒? 真っ赤じゃねぇか。きっと血が入ってるっぺ」
「はいってないっぺよ!」
「おお、怖い怖い、逃げるっぺよ」
複数の町民達はフランが力を使えない事をいいことに、冷やかして笑いながら逃げていく。
フランはパラソルの下で不満そうな表情を浮かべて「二度とくんな!」と叫んでいる。
そしてまた誰もいなくなる。
暇だからと言って申し出たはずがまた暇になってしまった。
しかしそんな暇なフランの所へカメラを持った男が一人。ムキムキの体にタンクトップを着て軍人用のズボンにブーツ。頭にはキャップをしている。
フランの前に立ち止まる。そして
「やあ僕は富竹プロのカメラマンさ」
「……」
と、声をかけられたフランは固まってしまう。
口をぽかんと開けて富竹と名乗るそのカメラマンをボケッと眺めている。
「な~んちゃって」
そう言いながら後頭部をガサゴソと探ると、まるで脱皮するようにその男の皮膚や服が剥がれて行く。それは赤く四角い変な帽子に黒髪、更にどこかの会社員のようなシャツでビシッと決めた記者でもある射命丸文だった。
「あ、驚きました? これは取材前の一種のパフォーマンスでして、取材する相手が緊張しないようにといった目的があるんですよ」
聞いてもいないのにぺらぺらと笑顔でそんな事を喋りだす文。取材前のパフォーマンスで取材対象を絶句させる事は成功なのだろうか。
そして何処で知ったのか、さすが新聞記者。計画開始二日目にしてフランを直々に取材しに来たらしい。
「それでフランさん。こんなところで何してるんですか?」
「え、えと……」
フランは何か思い出すように考え込んでいる。文はウンウンと笑顔で頷きながらペンとメモ帳を持ち臨戦態勢だ。
「大丈夫ですよ~、ゆっくりでいいですからね」
と優しく声をかけてやる。フランも頷く。
「あ、あの」
「はいはい、何でしょう?」
身長差からフランは上目遣いになり、困ったような顔をしてフランが口を開く。
「パパラッチには近づいちゃ駄目って、おねぇさまが言ってた」
「なっ」
と、可愛らしい体勢から放たれた言葉は文の新聞記者としての誇りを殴り飛ばす。
「何ですか! その不審者みたいな扱いは! それにあんな下賎なものと一緒にしないで下さい! 私は正真正銘のプロの記者です! そう! 私は清く正しい」
「音速丸」
「射命丸です!」
フランはケラケラと笑っている。恐らく先程の困った表情も演技なのだろう。文を弄って遊んでいただけらしい。
その時、店先を誰かが通り過ぎた。
フランは新之助に言われた事を思い出す。入るつもりがない人にも声をかけるのだと。
だから「いらっしゃいませ~」と声をかける。が、そのまま行ってしまった。
「あ~あ、行っちゃった」
「む、無視しないでくださいっ」
「……なんか用? パパラッチ。私今忙しいんだけど?」
と横目に文を見ながら面倒くさそうに言う。
「どう見ても暇そうじゃないですかぁ、そしてパパラッチはやめてください」
「あ、お酒試飲できますよ、よ、よろしかた、かた……かったらどうぞ」
フランは何か思い出したように手に持っている紙を見ながら、今度は文に酒を勧める。フランの手には血のように赤いワインがゆらゆらと揺れている。
「あ、私勤務中なのでお酒はちょっと」
文の言い分は最もだ。
勤務中にお酒など飲んでいたら上司になんと叱咤されるか分かったものではない。
しかしそんな事フランは知った事ではない。
「私の酒が飲めないっての?」
「なっ、何処でそんな言葉を!?」
恐らくはレミリアか魔理沙が酔っ払って発した言葉だろう。フランにとって魔理沙は当然、レミリアも教育上よくないかもしれない。
「飲めないなら取材なんか受けないもん」
「え」
フランはどうやらワインという条件を飲まないと取材に応じてくれないらしい。
プイッと顔を背けるフランだが、文の前にはまだワインが差し出されている。
(くっ……私が勤務中にお酒を飲むだなんて……しかし取材はしたい……)
文は世間体と取材魂のジレンマに挟まれ、唸っていた。
文が取材したいのはフランであって大島酒蔵のお酒ではない。なのにお酒を飲むなんてと。
どちらをとるかフランはまだ文で遊んでいるようだが、何を決心したのか、文は差し出されたワインを手に取った。
どうやら取材を選んだようだ。
「一杯だけですからね!」
フランは文の判断にご満悦の顔をして頷く。
文はそのワインの匂いを嗅いでみる。
意外にもいい匂い。
続けてぐいっと一に飲み干した。
「おお~、これはおいしいです。後でこれも取材してもい――」
文の言葉が止まる。
文の目にとまったフランの手に持たれているものが原因だった。
黒く四角い物体。それは文が持っていたいつでも編集部と連絡が取れる通信機だった。
いつの間にかフランに掏り取られていたのだ。
「あの~もしもし、どちら様?」
『あ? 私は編集長だが』
「編集長?」
『ああそうだが? そちらは?』
「私フラン」
『フラン? あれ? 射命丸が取材に行っていた筈だが』
「勤務中なのにお酒を飲んで卑猥な取材ばかりしてくるんですけど?」
『な、なんだって!?』
「ちょ! フランさん!?」
文はフランから通信機を掻っ攫う。
「へ、編集長! 今のは嘘ですからね!? 決して酒など飲んでいませんからね!?」
『おい射命丸』
「はい?」
『この通信機は相手が酒気を帯びているかどうかも分かるようになっている』
「げっ! まじで!? ヤバッ」
『嘘だ』
「……あ、あははは、もうっ、編集長ったら、人が悪いんですからぁ」
『……』
「あ、あの……編集長?」
『プツッ……ツーツーツー』
「編集長ぉおおおお!?」
その光景を見てフランは腹を抱えて笑っている。
「くっ……また来ます!!」
「ばいば~い」
文は急いで編集部に戻っていった。
そこで思いっきり絞られた事は言うまでもない。
そして数時間後、
「また来た」
「ええ、何度だって来ますとも! さあ、今度こそは取材受けてもらいますよ!?」
「文様?」
その時、文は不意に後ろから声をかけられた。
「え?」
振り向くと白髪の少女が一人文を見ている。
「ああっ、やっぱり文様だ!」
「椛? 何してんのよ、こんなところで」
頭に白い獣耳を生やした少女。狼の妖怪、犬走椛
もちろん人間ではなく妖怪で文と同じ天狗だ。
「それがですね、休暇を利用して人里で開催された夏の将棋大会に参加しまして。それで優勝しちゃったんですよ」
そういう椛は嬉しそうに優勝で貰ったであろう盾を文に見せ付けてくる。
「……で?」
「前は忙しくて取材断っちゃいましたけど、今ならしてあげてもいいですよ」
ふふんっ、と胸を張って上から目線の取材スタンバイ状態をつくるが文はさほど興味はないらしい。
「ああ、今忙しいから」
将棋マニアの椛が人里で優勝した。記事にはなるだろうが何の面白みもない。今は旬のフランの記事が最優先だ。
「文様」
だが浮かれている椛はしつこかった。フランの方へ向き直ろうとする文の腕をがっしり掴んで離さない。
「な、何よ」
「取材、受けてもいいですよ?」
「いや、あのね、私、今超忙しくて――」
「お忙しいなら別に今すぐにじゃなくてもいいですよ?」
「なら、あの引きこもりにでも頼んで――」
「文さまぁっ」
「な、なんなのよっ」
「取材、して下さい! お願いします! 将棋について熱く語りたいんです!」
「……ああ」
椛の顔は嬉しさのあまりキラキラ輝いている。
椛は真面目な正確だ。真面目な者に趣味を語らせれば専門用語のオンパレードと予想はつく。しかもそれは文にとってさほど面白みもない。
が、椛の攻めを止めることは難しい。
文は逆取材を求められる事も少なくない。だからその対策も文は持っていた。
「もうっ、分かったわよ。じゃあ~……」
サラサラっと持っていたメモ帳になにやら書いて四回折って椛に手渡した。
「二時間後この場所であいましょう」
「分かりました! お忙しいところお邪魔しました! ではっ」
椛は意気揚々とメモを掲げ、スキップしながらワンワン吼えて町の中へ消えていった。
「ふぅ……では、フランさん! 取材を」
張り紙
本日の営業は終了しました
「……まじか」
次の日
「しつこいなぁ……」
「お願いします……なんでもします……だから」
文は両手と頭を地に着けて懇願している。レミリアもしたという土下座だ。
フランは思ってしまう。土下座ってそんなにたいした事ないのではないかと。そんなことを思っていると顔を上げてフランを仰ぎ見る射命丸。
「お願いしますフランさん! もう後が無いんです! 飲酒がばれて編集長にこっぴどく叱られて……もう……」
と言うだけ言うと射命丸はうつむいてしまう。震える肩に泣き声。完全に芝居だ。
少し可哀想になったのか、フランはため息をつき、片膝をついて文の震える肩に手かけてやる。
文が顔を上げて潤んだ瞳をフランに向ける。
そのフランはにっこりと笑う。まるで天使のような笑顔。
文は心が洗われるようだった。
「フランさん……」
「だが断る」
フランの天使のような笑顔が悪魔のそれに変わる。そして呆然としている文を見てまたケラケラと笑う。
「ひとでなしいいいいいい! うわあああああん!」
フランは人ではないということは置いておいて、文はいい年をして人目をはばからず声を上げて泣き喚く。小さなフランの足にすがりつきながら。まるで大きな子供だ。
「ちょっと!?」
さすがのフランも周りを見回しながら文を引っぺがそうとするが、フランの足にタコのようにまとわりついて放さない。
「お願いしますううう! ふらんさあああん!!」
「も、もうっ……しょうがないなぁ……」
「本当ですか!?」
足にすがり付いていた文が顔を上げるとそこはフランのスカートの中だった。
「暗い? いや白い?」
「ちょ、ちょっと! エッチ!」
フランはスカートごと文の頭を殴り飛ばす。
「がはっ」
吸血鬼に殴り飛ばされたにもかかわらず、よろよろと立ち上がりペンとメモ帳を持つ。許しは出た。攻めるなら今だ。
文はフラフラとフランに迫る。
「で、では……取材を」
「でも条件があるわ」
「条件?」
ちょいちょい、と手をヒラヒラさせて文を呼び寄せるとフランは文になにやら耳打ちしている。
「え……それは、ちょっとぉ……」
フランが出した条件が厳しかったのだろう、少し渋い顔をする文。
しかしフランは引き下がらない。なぜならフランは切り札を先程作ったばかりだ。
「パンツ……」
ぼそりと一言。
「へ?」
「パンツ、見たでしょ?」
「み、見ましたが……ま、まさかっ」
「可憐な女の子のスカートに顔をつっこんで、ハアハア言う記者」
「あなた盛りすぎですよ! それにハアハアだなんて言ってないですし!」
「警察に」
「へ?」
「警察に言ったらどうなるかな~?」
とそっぽを向きながら唇を吊り上げまだ幼い牙を見せていたずらに笑う。
文をゆするつもりだ。
文の目には憎たらしくも可愛らしい、小さな悪魔が映し出されていることだろう。
「あわわわ……」
「幻想郷の皆はどう思うかな~?」
「わ、わかりましたよ! やればいいんでしょ!? やれば!」
「うん!」
フランはとてもご満悦だった。
そしてこの後の出来事がフランの人里での生活を、町民のフランに対する考え方を変えるきっかけとなる。
おまけ
文のメモ「馬鹿犬」
「文様……うましかいぬってどこですか……」