「お、吸血鬼の子だ」
「こんなところでなに突っ立ってんだ?」
「大島酒蔵の売り子だってよ」
「へぇ」
先日、冷やかしに来た町民とはまた別の町民が数人、フランの前にやってきた。
今まで怖くて近づくことすらできなかった存在が、今は力を失いすぐ近くで見れるとあって町民達はしげしげとフランを眺めている。見慣れない洋服に金髪、更に紅の瞳なのだ。興味を引かれないわけがない。
フランはまた前のように冷やかしに来たのだろうと構えて睨んでいたがそれは取り越し苦労だったようだ。町民達はすぐにフランから興味を他のものに移したのだ。それは町民数人が持参した新聞だった。
「そうだ、あんたこれ知っとるかね?」
そう言って構えていたフランに呈示してきたのは手に持った新聞だった。
意外にも普通に話しかけてきた町民。フランは睨みを解かずに新聞の記事に視線を向けて続いて顔を近づけてじっと見る。
記事の見出し
『犬走椛、将棋大会で優勝!』
前に椛がしつこく取材してくれと文にすがって依頼していた記事だ。あの後、フランの取材をすることができなかった文は椛の記事を書いたらしい。
「人間はやはり妖怪に劣ると上から目線!? 人間と妖怪の関係に亀裂か!? 苦情は犬走椛まで」
記事の内容をフランが読み上げると町民が手を振ってフランの視線を散らした。
「違う違う。ここ、ここ」
町民はフランが見ているところとは違う記事を指で示す。そこには大島酒蔵の記事が載っていた。
それは前にフランが文の取材を許可する代わりに提示した条件がこれだ。自分のせいで血のように赤いと形容された酒を売れるようにして欲しいと。
フランは大島酒蔵の部下の言っていたことを気にしていた。自分のせいで売れ行きが落ち、新之助に迷惑をかけてしまっていることを。自分がいることで酒に血が入っているのではないかと疑われたことを。
酒が赤いこともあり、うわさの効果は思いのほか強く広まってしまっていた。
それを払拭するために文に頼んだのだが、フランはその記事の見出しを見てぎょっとしてしまう。
見出し
血のように赤い酒
と書かれていたのだ。
その後に写真やら口当たりやらが書かれているが、フランはもうその見出しにしか目が行かなかった。
フランは驚きの表情から次第に怒りの表情へ変わっていく。血のようになどと書いたらますます血が入っているように見えてしまうではないかと。
文を焼き鳥にしてやろう、と思っていたその時、
「ここに血のように赤い酒と書かれているんだが?」
町民の一人が文への憎悪をたぎらせるフランにそんなことを聞いてきた。
「あ……えと……」
このままではまずい、どうにかしてごまかさないと。と、思案していたフランの耳にまたしても町民から意外な言葉が放たれた。
「血じゃないなら何でこんなに赤いんだ?」
「え?……何でだろ?」
てっきり「本当は血が入ってるんだろ?」だなんて質問されると思っていたフランは一安心だが新たな問題が浮上してくる。
なぜ酒は赤いのかなんてフランにわかるわけがない。間違えても「血かな?」などとは言わないだろうがこのまま黙っていると「血」だと疑われてしまう。
何とかしようと口をパクパクさせて孤軍奮闘するフランだが何も思い浮かばない。
「それは葡萄です」
そんなフランの後ろから新之助が助け舟を出す。
「葡萄?」
「そうです。原料は葡萄を使用していまして、ここら辺では珍しいですが西洋の方では普通に飲まれています。それを――」
初めて目にする赤い酒の説明に、町民達は熱心に耳を傾ける。
するとそこへまた別の町民達が寄ってきて新之助の説明に聞き入っている。次第にその塊は大きくなっていき、ついには店の前の通りを埋めてしまっていた。通行人にはいい迷惑だろうが何の騒ぎだろうかと、野次馬になってちょっと聞いていく、という者まで現れる始末だ。その町民のほとんどは手に新聞を持っている。
どうやら文が載せた赤い酒の記事は大成功だったらしい。
その光景を気後れ気味に呆然と見ていたフランを新之助が突然振り返る。
「こちらでそのお酒を試飲できますので、よろしければどうぞ」
と、新之助はフランに軽く微笑む。そしてその合図を分からないフランではない。ごくりと生唾を飲み込み、心得たとばかりにフランも頷きかえす。
「え……えと、よ、よろしかったらどうぞ」
フランはその小さな手でグラスを持ち、身長差から掲げるように町民に差し出す。
それは小さい子ががんばって仕事している、周りから見れば何とも微笑ましい光景である。新之助はもちろんの事、町民達も男女を問わずやはり心が温かくなる光景だ。
町民の一人がフランからグラスを受け取り、少し匂いを嗅いだ後ゆっくりと口に運ぶ。
「ん~……」
その町民は口の中で少し弄ぶように転がしてごくりと飲む。
フランと新之助もごくりと生唾を飲む。緊張の一瞬だ。
「こりゃ美味い!」
その瞬間、町民達のざわめきが起こる。
町民の様子にフランは声の大きさに驚き、新之助にはほっと一安心の笑顔がこぼれた。
しかし、それが幸か不幸か、自分もその酒を飲もうと、町民達が一斉にフランに詰め寄った。町民達は我先にとフランに試飲を求め、手を伸ばす。
「お譲ちゃん! ワシにも一つくれや!」
「あたしも!」
「可愛いお譲ちゃん! 先にワシにくれ!」
「お、落ち着いてください! まだまだいっぱいありますので!」
フランはその殺到する町民達に試飲用の酒を渡すがきりがない。しかも次から次へと手が伸びてくるので若干困惑気味だ。新之助も手伝うが手に負えない。
「どけどけえええええ!」
とその時、地響きに似た震動とそんな叫び声が聞こえた。かと思うと、密集していた町民達が鈍い衝撃音の後、縦回転にひねりを入れながら、あるものは横回転で、宙高く舞い上り、散り散りになって地面に叩きつけられたのだった。
「この馬車に轢けないのもはあまりない!」
たいそうな牛車の上で仁王立ちし、そう豪語するのは魂魄妖夢。
白い髪に黒いリボンを頭につけ、腰には刀をそなえている少女だ。その髪とリボンをなびかせて、漆黒の漆塗りの牛車から飛び降りた。
「血のように赤い酒があると聞いたのですが、こちらでよろしかったでしょうか?」
どうやら妖夢も同様に例の酒を買いに来たらしい。手にはやはり町民と同じ新聞が握られている。
「おや?」
フランに気づいた妖夢は少し驚いたようだ。
紅魔館の地下で暮らしていてほとんど見たことがない珍獣的存在のフランが昼間に大島酒蔵の店の前、という妙なところにいるのだ。妖夢の反応は当然といえる。
「これはこれはフランさん。みょんな所にいますね。何してるんですか?」
「お手伝いしてる」
「お手伝い?」
「これ売ってるの」
と、妖夢の顔色が変わる。宝物を見つけたと言わんばかりにパーッと顔が明るくなった。
「それです! それを買いに来たんですけど」
「よろしかったら試飲できますよ」
町民達の舞い上がりに未だ呆けている新之助を尻目に、フランはいつもの定型文を読み上げ仕事をする。
そのフランの振る舞いにまたもや驚いてしまう妖夢。というよりも感心してしまったという表現がしっくりくる。妖夢にはもっと幼く、わがままし放題のイメージがあったのだ。
しかしそこは真面目な妖夢、こんなにしっかりした子だったのかと素直に感心し、今までのフランに対してのイメージを塗り替える。
そしてフランの掲げるように差し出された酒の入ったグラスを手に取った。
「では少しいただきますね」
妖夢は口にグラスをつけて飲もうとするが、その唇が空をきる。
「あらぁ、これは美味しいわねぇ」
唐突に妖夢の隣に現れた、ゆったりとした口調で喋る女性。その女性は桜色の髪を、ドリキャスのようなマークがついた青い帽子で覆っている。
「幽々子様!?」
妖夢の主である西行寺幽々子だ。
幽々子はいつの間にか牛車から降り、妖夢の試飲用の酒を奪い取っていたのだ。
「何で飲んじゃうんですか!」
「いいじゃない~、妖夢のけちぃ」
「毒が入ってたりしたら危ないじゃないですか!」
「もう~心配性ねぇ~、あら?」
幽々子がフランに気がつく。
「あらあら、もしかしてフランちゃんが呼子をやってたのかしらぁ?」
フランは頷く。
「そう~、かわいいわねぇ~」
そう言ってフランの頭をよしよしと撫でてやる。まるで母親に褒められている子供のようだ。
フランはフランで特に嫌がる様子もなく、なされるがままにしている。少し顔が赤くなっているところを見ると多少照れがあるようだ。
「あらあらまあまぁ、この子は幾らかしら?」
「売り物ではありませんよ!」
そう言って幽々子の暴走を収め、ため息をつく。毎度毎度こんな事があるのだろう。そんな妖夢はもう一度酒の入っているグラスを手に取り飲もうとする。
が、またしても幽々子に掻っ攫われ、妖夢の唇が空気だけを飲むことになる。
「はぁ~、これは美味しいわねぇ。お肉が食べたくなるわぁ~。少し渋めなのかしら?」
と、何故取るのかと抗議する妖夢を尻目に、頬を赤らめて片手でその頬を覆う幽々子。その様子はレミリアとはまた違う柔らかな気品を感じる。
その言葉にさっきまで呆けていた新之助が即座に反応する。
「そうですね、ご女性には少し渋めかもしれません。渋めと感じるのでしたらもう少し飲みやすい白ワインもございます。更にあなた様の美しい髪の色のように桜色のピンクワインもございます。こちらなどはご婦人方でも飲みやすいかと」
「あらぁ、私桜色は好きなのよねぇ……うん! おいしい!」
先ほどとは違い、ピンクワインはよほど美味しかったのだろう。思わず声を上げる幽々子。
「とりあえず百本くらいもらおうかしら?」
「百本!? また後先考えずに!」
「紫にも分けてあげないといけないでしょう? 霊夢ちゃんや魔理沙ちゃんも」
と次から次へ幻想郷にいる人物の名前をあげていく。妖夢はそんな幽々子に渋々従い、結局ピンクワイン百本と赤白を五十本ずつのお会計を済ませる。そしてそそくさと馬車に乗り込み、大島酒蔵を後にしたのだった。
「ありがとうございました!」
後に残ったのは満足げの新之助と、頭をなでられ微妙な表情をしているフラン。そして馬車の砂埃から出てきた、地面に倒れている多数の町民達だった。
その町民の一人が新之助のところに芋虫のように這って行く。
「わ、ワシにもワインをくれ……」
と、幽々子が大量に買っていっていたのを見ていたのか、焦って次から次へと 新之助の方へワインを買い求める町民で溢れていく。それはまるでゾンビが新之助にたかっているようにも見える。
フランは疑惑の目で、その町民達のゾンビみたいな光景を見つめていた。それは霊夢が言った人里の町民に危害を加えたら閻魔様のところで一生暮らす、と言った事を思い出したからだ。妖夢は馬車で盛大に轢いて行ったがこれはいいのだろうかと。
少し理不尽だなと思いながらも、まだまだ殺到する町民に試飲用のワインを渡さないといけないので段々と頭の中からその考えは忘れ去られていった。
「ふふん、どうでしょうかフランさん? 私が書いた記事はお役に立てたでしょうか?」
ふと気付くと後ろにどや顔の文が立っていた。
「ふ、ふんっ……まあまあねっ」
その文に唇を少しだけ尖らせてそっぽを向きながらそんな事をいう。
この記事のおかげでワインが売れたことは事実だ。文が来たら素直にお礼を言おうと思ったフランだが、どや顔の文に思わずそんな態度をとってしまう。
「いいんですよ~? もっと褒めてくれても~。ほらほらそんな顔してないで~」
そう言いながらしゃがみこみ、フランのむすっとしている頬をつまんで引っ張ったり回したりしている。
(うぜぇ丸……)
顔を左右に振って文の指を振り払う。
「あ、ありがとう……」
「あはは、どういたしまして」
文は白い歯を見せてニコリ。
「血のように赤いって書いてた記事を見たときはブチコロソウと思ったけど。」
などと悔しかったのかフランは負け惜しみ発言をする。
「ああ、あれですか? あれはですね、町民達の心理の裏をついたんですよ。いいですか?血のように赤いお酒と書けば町民の関心はその赤いお酒の原料に目がいくでしょう?」
「う、うん」
そしてその原料をあえて書かない事で町民の興味をそそり、現地でその詳細な説明を新之助に聞くしかない。これにより血が入っているという噂を払拭できつつ、周りの町民に大島酒蔵の集客率が高いという印象を植え付けることができる、という事だった。
更に文も飲んでみたがそれは美味しかった。これで売れなければ嘘と言うものだ。現にそのお酒は歯止めがかからないほどに売れに売れた。
「いや~我ながら惚れ惚れする程の記事でしたねぇ~。と、いう事でこれだけ売れれば文句は無いはずです。取材に応じてもらいますよ! フランさん!」
張り紙
本日の営業は終了しました。
「あやや……」
店内
営業は終了してもすることはまだまだある。大島酒蔵の従業員が朝と同じく忙しく動き回り店仕舞いをしているのだ。
フランはテレビのある部屋でのんびりとジュースを飲んでいる。呼子の仕事は終わり、後は従業員たちの仕事だ。フランはもう休んでいいと言われたのでジュースをもらいくつろいでいる。
吸血鬼の体力は人間の何倍もある。体力的には疲れてはいないようだが一日に色々な人達と接した為か気疲れしたのだろう。店内に通じる戸を開け、せこせこと働く従業員達をジュースを飲みながらただぼ~っと眺めている。
そんな慌しい店にはある変化が見られた。前を通り過ぎる従業員やバイトがたまにフランに「お疲れ!」と声をかけてくるのだ。
フランはどうしていいか分からず、更に疲れているためか反応できない。ただ目をしばたかせるだけだったが、声をかける従業員も反応を待たずにフランの視界から消えていくので問題はないだろう。
中にはお菓子を渡してくるものまでいる。そこは素直なフランの性格から自然に笑みがこぼれてくるので問題ないはずだ。
そんなフランは変な気分だった。あんなに毛嫌いし、フランを見ると小さな悲鳴を上げるほど恐怖していた従業員達がそんな言葉をかけてくるのだ。
人間とは不思議な生き物だな、と思いながらもフランの表情は笑顔だった。
ボーっと、忙しそうに動き回る従業員を見ていたフランにまた話しかけてくるものがいた。それはこの大島酒蔵の当主新之助だった。とてもにこやかな表情でフランのいる部屋の中に入ってくる。
「ありがとう、フランちゃん君のおかげで売り上げもうなぎのぼりだよ」
「う、うん……」
文に頼んでやってもらったため少し後ろめたさがあるのかフランの表情は喜びにも困っているようにも取れる。
しかし自分が頼まなければこんな事にはならなかった。とフランは自分に都合のいいように解釈して納得し、微妙な表情もつかの間、もう笑顔だった。
それは人間と妖怪との違いなのかもしれない。
「何かお礼がしたいんだけど、何か欲しいものあるかな?なんでもいいよ?」
「なんでも?」
新之助が嬉々として、何かお礼がしたいとフランに申し出る。
「なんでも?」
新之助は未だにフランの可愛さで酒が売れたと思っているのだろうか。それともあの記事の裏にあった事を知ってこんな事を言ってくるのだろうか。
しかしそんな事フランはどうでもよかった。何かくれるのなら遠慮なくもらうのがフランだ。その申し出にフランはとんでもない要望を持ちかけた。
「ぎゅってしてほしいな!」
「え?」
フランは嬉しそうに机にのぼり自分の身長を高くする。そして自分の肩を、腕をクロスさせてぎゅっと握る。
「ぎゅって」
前にフランが泣いた時、新之助に抱きしめられた感覚がとても気持ちよかったようだ。あの感覚が今でも忘れられずもう一度味わいたいと言う事だった。
新之助は机の上に上った事をとがめるような無粋な事はしない。机の上にトンと飛び乗るフランのしぐさがあまりにも可愛かったからだ。常識を教える立場としてこれはどうかと思うがフランはきっと大事な事はうすうすと分かってはきているだろう。
新之助は机に上ったフランに困惑気味に近づいてぎこちなく抱きしめる。
「ぎゅって……こ、こう?」
「うん」
フランは気持ちよさそうに目を閉じる。
普段ならばこの身長差なら大人と子供だろう。しかしフランが机に上っている事もあり、上半分だけ見ると恋人同士にも見えなくも無い。
新之助は照れもあってかおどおどしながらあらぬ方向を見ている。
「ど、どうかな?」
「気持ちいい」
目を閉じながらそんな事をいうフランは本当に気持ちよさそうだ。
それに少しほっとしたのか新之助はフランの方を見る。
「フランちゃんはこれが好きなのか」
「うん。大好きっ」
そう言ってフランも新之助の方を見て微笑む。間近で見るフランの笑顔はこの世とは思えないほど可愛らしかった。
「そっか」
新之助は少し顔が赤くなる。それを隠すためかフランをもっとひきつけて強く抱きしめる。
しかし幸せは長くは続かないものである。
新之助が強くフランをひきつけた事によってフランの目の前には新之助の首筋が青いはっぴから覗いていたのだ。
屋内での作業が多く、白く華奢な新之助のその首筋はいかにも吸血鬼が好みそうなそれだ。
フランの鼓動が段々早く、強くなる。血がざわざわと視界を揺らし、紅の瞳は赤みが増していく。
それは吸血鬼としての本能なのだろう。二つの紅の瞳は真っ直ぐに新之助の首筋に向けられている。
ガブッ
果汁たっぷりの果物にかぶりついた時、そんな音がするのだろう。そういう音を鳴らして新之助の首筋にフランの幼くも鋭い牙が食い込んだ。
「いだっ!?」
そして新之助の叫び声が大島酒蔵中に響き渡った。