フランは成長するのか?   作:天澤星三

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第十三話 ~パーティのお誘い~

 

 フランに噛み付かれた新之助は、その激痛から店全体に轟くような叫び声を上げてしまう。

 まだ幼いとはいえ鋭い吸血鬼の牙、それが二本も新之助の首筋に突き刺さっているのだ。その痛さは強烈なものがあるだろう。

 

「へっ? あ、つい……」

 

 しかし幸いにも新之助の首筋からすぐに牙が抜かれた。フランが新之助の悲鳴に体をびくつかせて驚き、口を離したのだ。

 そのフランの口からはよだれでも垂らしているかのように唇から血がしたたる。そのフランは困った様子で傷口と痛がる新之助を交互に見ていた。

 フランは霊夢が紅魔館で言っていた事を思い出す。人里で人に危害を加えたらどうなるか。皆と放れ、一生孤独に暮らすのだ。

 フランは震えていた。

 昔は地下で軟禁されていた時は平気だった孤独。しかし今となってはその孤独がとても怖いものになってしまった。それは少し手荒いが、遊んでくれるものたちの存在があるから。それがとても怖かったのだ。

 その時、新之助の悲鳴を聞きつけてかばたばたと慌ただしい足音が近づいてくる。

 それにフランはびくつき首を振って入り口を見る。続いて表情が困った色から恐怖の色に塗り替えられていく。

 このまま行けば霊夢の言ったとおり閻魔様のところで一生暮らす事になってしまう。

 その事を考えるとフランの体が更に震えて止まらなくなってしまった。

 

「や、やだ……いやっ」

「フランちゃん?」

 

 そしてその足音はフラン達がいる部屋の入り口で止まる。そして中を覗き見る従業員。

 フランは祈るように力いっぱい目を瞑る。

 

(誰か……助けて!)

 

 その時、フランはまたあの心地よい安心感に身を包まれた。

先日涙を流した時と同じ。

 それは新之助だった。震えるフランを先ほどよりも強く、新之助が抱きしめたのだ。それは入り口に背を向けるようにして、更にフランの口元を隠し、そして首筋の傷が見えないようにはっぴで隠しながら。

 

「若どうかしましたか?」

 

 その中を覗き見た従業員はあっと驚き、見てはいけないものを見てしまったとばかりに顔を背ける。その中では新之助がフランを抱きしめているのだ。無理も無い。

 その従業員は恐らく変な想像をしているだろうが新之助とフランはそんな誤解を解くような余裕も無い。

 フランは新之助の胸に顔をうずめて困ったような目をしているし、新之助は新之助で苦痛で歪む顔を何とか必死に変えて微妙な表情をしている。それは従業員に見られて気まずいと言う表情と見えなくも無い。

 

「なんだ?」

 

 新之助はあたふたしている従業員にそう言うだけで精一杯だ。

 

「い、いえ。若の悲鳴が聞こえたので」

「机に足をぶつけてしまっただけだ。でも大丈夫」

「そ、そうですか」

「まだ何かあるのか?」

「あ、はい……それがワインがもうほとんど売れてしまっていて……発注数を検討し直して欲しいとのことです」

「わかった後で行く」

「では……その、ごゆっくり」

 

 そんなことを抜かして従業員はご丁寧に扉を閉めて何処かへ行ってしまった。

 足音が聞こえなくなると、その間ずっと息を止めていたかのように、新之助が大きなため息をつく。

 そして目線をドアから、抱きしめているフランの方へ移す。そこには口に血をつけて困ったように新之助を見上げるフランの顔があった。

 

「私……」

「大丈夫、もう行ったよ。」

 

 フランを安心させようと優しく言う新之助。

 そう言われてフランは初めて閻魔様の所で一生暮らすことを暫定的に免れた事を認識する。

 しかしその新之助の表情は痛みで半分歪んでいる。

 そしてその表情を見てフランは自分の心配ばかりで新之助の心配をかけらもしてない事に気がついた。

 

「新之助……」

「ん?」

「……痛い?」

「ちょ、ちょっとね」

 

 と顔を引きつらせながら笑う新之助。いつも大丈夫と言ってくれる新之助もさすがにちょっと痛過ぎたのか、大丈夫とは言わない。

 その言葉にフランの曇った表情は、雨が降ってきそうなほどに更に曇ってしまう。

 

「名前」

「え?」

 

 その時その曇った表情に風が吹く。

 

「はじめて名前呼んでくれたね」

「……?」

 

 フランの表情は未だ曇ったままだがそれに困惑の色が加えられた。

 

「新之助って呼んでくれたよね。ありがとう」

 

 とフランのやわらかい唇についた血をぬぐいながら笑顔でお礼を言う。

 フランは今まで新之助を名前で呼んだことが無かった。それが新之助はとても嬉しかったのだろう。だからフランに「ありがとう」と言ったのだが、フランはそんな事でなんでお礼を言われるのか分からなかった。

 先ほどの文がやった事でお礼を言われたのではなく今度は本当に自分にお礼を言われたのだ。

 人間は本当に不思議な生き物だとそしておかしな生き物だとフランは思った。名前を呼ばれただけで嬉しいなんて、と。

 そしてそれがフランの顔にかかっていた雲を徐々に散らしていった。

 

「うん!」

 

 その言葉にフランは元気よく返事するのだった。

 

 

 

 

 

 フランは新之助の首筋にぽっかり空いた穴を消毒しようと綿に消毒液を染み込ませる。全て新之助の指示通りなのだが。フランは新之助が自分でやるからと言っても聞かず、自分がやると言い出したのだ。

 自分がやってしまった事だから、せめて自分の手で手当てしたいと言う事なのだろう。

 そこで断るほど新之助は人の気持ちに鈍感な人物でもない。新之助は首筋と言う事で手当てしにくい事もあり任せたが、それがいいところのお嬢様であるフランと言う事で少し不安だった。

 トントンと消毒液を染み込ませた綿で叩くと新之助は思わず痛みで声を出してしまう。しかしそれをフランは

 

「それくらい我慢しなさい」

 

 などと自分がやった事ではないかのように笑いながら言う。恐らくはレミリアの受け売りなのだろうか。

 無神経なようだがそれで新之助も気を遣わないで済むお互いに楽なのかもしれない。だから新之助はそれを聞いて楽しそうに笑う。

 ガーゼをテープで目も当てられないほど汚く貼るフラン。中々うまくいかないから何度も何度も貼り付けたせいでこぶみたいになっている。それには新之助も苦笑いだ。

 苦戦しながらも粗方手当てが済むと、新之助がフランにある提案を申し出た。

 

「そうだフランちゃん」

「ん?」

「もう少ししたらパーティがあるんだけど」

「ぱーてぃ?」

「そう。ワインの事を聞きつけた町長さんがワインをパーティで使いたいって言ってきてくれてね。それで大島酒蔵も参加しないかって」

「へ~」

「煌びやかな衣装を身に着けた人たちが集まって皆で踊るんだ。おいしい食べ物も色々用意されているらしいよ?」

「ふ~ん」

 

 フランはあまり興味なさげにそう言って失敗したテープを丸めて遊んでいる。新之助もそんなのれんに腕押しのフランに苦笑いで頬を掻く。

 実はフランは昔、吸血鬼であり貴族でもある父親によくパーティにレミリアと一緒によくパーティに引っ張り出されていた。そしてパーティの度に自慢の娘だと見せびらかせられていたのだ。

 レミリアのように礼儀正しくなどした事がないフランはいつも父親のそばに引っ付いているか、陰に隠れながら離れてパーティを見ているしかなかった。

 だからパーティなど飽き飽きしていたし、あまりいい思い出も無かった。

 

「よかったら……その……」

「新之助」

「ん? 何?」

 

 このままでは新之助はフランを誘ってパーティに行こうとするだろう。そしてそれを分からないフランではない。フランは過去のこともあり、パーティは正直行きたくないと思っていた。

 しかし新之助に誘われたら断る事は難しい。傷の事もあり、恩をあだで返す事になってしまう。だからそうなる前に手を打っておく必要がある。

 

「私もワインのみたいな」

「だめだよ。お酒は20歳になってからなんだよ?」

「私500歳超えてるもん」

「なるほど。じゃあパーティでもでるから……その……僕と一緒に」

「あ! そういえば前にいた子猫が見あたらないんだけど、どこ行ったんだろ?」

「ああ、あの猫はたまにくるんだよ。いつも二本尻尾が生えた猫と一緒に遊んでるけどね」

「ふ~ん。そこって何処? そこに連れて行って欲しいな」

「いいよ、そこは今度のパーティの会場なんだパーティに行く時に一緒に」

「そ、そう言えば昔、おねぇさまのお腹に穴が開いて、飲んだ紅茶が」

 

 とその時、新之助が何か決心したような表情でフランの両肩を掴む。フランはその迫力におっかなびっくりといった感じで目をぱちくりとさせている。

 

「し、新之助?」

「僕と一緒にパーティ行かない?」

 

 ついに言われてしまった。

 

「えと……その……」

「僕とじゃ嫌かな?」

 

 必死な新之助に戸惑い、なかなか言葉が出てこない。そんなフランに新之助が追い討ちをかける。

 フランは目を背けて黙り込んでしまう。新之助はフランの答えをじっと待つが反応はない。

 その沈黙が長くなったせいか新之助のフランの両肩を掴む力が段々弱くなる。それと同時に新之助の表情にも諦めの色が次第に濃くなっていく。

 面と向かって断れなければただ黙っていればいい。そうすれば暗黙のうちに断る事になる。

 しかしそうなると先程あった事に申し訳が立たなくなる。

 新之助はそれを狙って言ったのではないだろうがこの状況でフランがする返事はもう決まってしまっている。

 

「嫌じゃないけど……」

「けど?」

 

 新之助は希望の光を見たのか、ずいっとフランの方へ身を乗り出す。

 フランはそんな新之助を牽制するかのように先程丸めていたテープの塊を、ぴっと指ではじき新之助の顔に当てる。

 

「あたっ」

 

 そんな声を上げて思わず目を瞑る新之助。

 トンネルを抜けた先は銀世界だったと言う事がある。

 しかし新之助が目を開いた先にはそんな寒々とした光景が広がってはなかった。春のように暖かく柔らかい、そんな光景でもない。

 それはツンと唇を尖らせた表情で頬を膨らませ、しかし目は笑っているという高等技術を組み込んだフランの表情。真紅の瞳は新之助とは無縁のあらぬ方向を向いている。

 そしてその口からでてきた言葉は

 

「ちょっとだけなら……いいよ……」

 

 そんな短い言葉。

 しかしそんな短い言葉の効果は新之助には抜群だったようだ。新之助の顔がパーッと明るくなる。

 

「ほ、本当!?」

 

 フランはあらぬ方向を見ながら小さく頷く。

 

「ありがとう! フランちゃん!」

 

 そう言って新之助はまたお礼をいって、またフランを抱きしめる。

 心地よい包容感に包まれたフランは感謝された事もあいまって心が温かくなっていく。それはフランの頭にパーティに新之助と一緒に行くなら別にいいか、という考えが芽生えてくるほどだ。

 そしてすぐ引き離すとこうして入られないとばかりに立ち上がって

 

「じゃあすぐに準備してくるね!」

 

 そして慌てて扉の方へ走っていく。

 しかしフランのことで浮かれ、仕事のことを忘れていた新之助に天罰が下った。

 机の脚に思いっきり小指をぶつけて本日二度目の悲鳴を店中に轟かせる事になったのだった。

 

「ん? また若の悲鳴が聞こえる」

「見に行くんじゃねぇぞ。二人に失礼だからな」

「え?」

 

 

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