「し、しんのすけぇ~……」
そんな情けない声で更衣室の扉から顔を出すフラン。しかし今は顔半分どころか顔の二割ほどしか見えていない。
「あ、フランちゃん着替え終わった?」
そこは従業員が着替える時に使う更衣室の前。
先日、フランをパーティに誘う事に成功した新之助は更衣室の前で待っていた。まだかまだかとうろうろしていたのだ。
その新之助は黒いスーツに蝶ネクタイで決め込んでいる。
つまるところ、これからそのパーティに行くのだ。
「これ、すごく恥ずかしいんだけど……」
未だに恥ずかしがって扉から顔しか出せないでいるフラン。そんな姿を見てか、フランの後ろからしわ枯れた笑い声がする。
それはフランの頭に頭突きをかました新之助の祖母だ。
「あんた本当にメンコイよぉ! 自信もちなぁ!」
「いたっ」
そう言ってフランはドアのカーテンから叩き出される。
そこにはラッピングされたプレゼントがあった、ように新之助には見えただろう。
新之助の祖母によってラッピングされたフランはもうこれまでの幼い少女ではない。細い首、肩、健康的な鎖骨を露にし、胸を取り巻くように巻かれた白い襟。胸にはオレンジ色のチーフが真っ青な宝石のブローチで止められている。その下には真紅なドレスがフランを取り巻いている。
フランが着ている普段の洋服の色に合わせた特注品だ。
髪型もパーティ用のそれになっており、サイドテールはそのままでその片方の前髪をなで上げてヘアピンで留めている。
フランの可愛らしいおでこが顔を覗かせて、首や耳にはネクレスとイヤリングが控えめといった具合に光っている。
そんなフランは自分を叩き出した祖母に非難の声を上げるが目の前にいる新之助にその姿を見られて急にもじもじし始めていた。おでこを出すのが恥ずかしいのか片方の髪でおでこを隠そうとしている。
そんなフランに新之助は無反応だった。それは驚きのあまり声が出ないから。
フランは何も言ってくれない新之助に不満の視線を向ける。更に、その不満が頬に段々と注入されて膨らんでいく。
フランの着ているドレスは普段着よりも露出が多い。普段隠されていた胸より上が丸見えの状態になっているのだ。ただでさえ恥ずかしい格好に、何も言ってくれないものだから余計恥ずかしくなってしまったらしい。だからフランは顔を真っ赤にして不満でいっぱいの頬を爆発させた。
「何か言ってよ!」
新之助は恥ずかしさのあまり大きな声を上げるフランに気付き現実に引き戻される。
「あ、ああ、すごく……綺麗だよ」
「ほ、本当?」
「うん、本当に」
それを聞いたフランの表情は満足そうなそれに変わっていた。あまつさえ無い胸を張って「よろしい!」などというフラン。新之助に太鼓判を押されたので先ほどとは違い、堂々たる振る舞いに変わっている。
新之助もそれを見て笑っていると店の前から新之助を呼ぶ声がした。
「若! 準備できましたらいきやしょう! これが最後の便です!」
それはワインをパーティ会場まで運ぶ用の大島酒蔵の馬車だった。中にはいくつかのワインが詰まった箱がおいてある。
従業員の言うとおりそれが最後の便なのでワイン箱は少ない。は新之助とフランが十分入れるほどのスペースがあった。
「フランちゃん、行こう。」
「うん!」
新之助は白いロンググローブで包まれたフランの手を取ってエスコートする。
両脇を従業員に見守られて二人が馬車へ向かっていく。
「フラン御嬢、お綺麗ですよっ」
フランはそう言う従業員に満面の笑顔で「ありがとう」と返す。言った従業員も言われたフランもご満悦の顔だ。
二人は馬車に乗り込むと鞭が叩かれる音で馬車が走り出す。
ゴトゴトゴトと音を立てて揺れ、走る馬車。
フランは大島酒蔵以外に人里を見た事がなかったのか、ワインの箱に体を預け、興味津々と言った具合に窓から外を眺めている。
外は真っ暗で街灯が灯っている。商店街を通ると店じまいを始めている町民達が。
銭湯にはタオルとオケを小脇に挟み親子で入っていく町民達と、様々だ。
そんなフランを新之助は笑顔で眺めている。
その視線に気付いたのか、フランは首を傾げてくる。何とも子供っぽいその仕草で。
「どうしたの?」
「楽しそうだなってね」
と新之助が笑いながら言うと何故だか頬を膨らますフラン。
「だって人里ってあんまり見た事無かったんだもん!」
恐らく、そんなたいしたことが無い風景で楽しそうにしている様子を馬鹿にされたと思ったのだろう。もちろん新之助はそんな事は思っていない。しかし新之助はそんな濡れ衣をすぐさま違うと否定するようなことはしない。
「じゃあさ、今度案内するよ。町の中を」
「本当っ?」
新之助は無言で、そして笑顔で頷く。
先日とは違いこれには乗り気のフランに少し疑問を持つ新之助。
「フランちゃん」
「ん? 何?」
フランは顔だけを新之助に向けて問う。
何故あの時フランは嫌がったのか。それを新之助はフランに聞いてみた。もしパーティの何が嫌なのか事前に分かっていれば新之助はそれを防ぐ事ができる。
「ああ、それね……」
フランは外に向いている体を新之助に向ける。そして新之助に先日誘われた時に思っていた事を全部話した。パーティであった思い出を。
フランは悲しそうな表情ではなくどこか懐かしむように話していた。今はなき両親のことを思い出しているのだろう。
それを何故かウンウンと頷きながら話す新之助。
「それは辛かったね」
と全て話し終えるとそんな感想が返ってくる。
フランはそんな新之助を目を細めていぶかしげに見る。自分の気持ちが本当に分かるのだろうかと。
その疑問を抱くのとほぼ同時。馬車が止まり馬を操っていた従業員が窓をコンコンと叩き「つきやした!」と一言声かけてくる。
そこはパーティ会場の裏口だった。ワインや食料を運搬する用の大きな入り口が空いている場所だ。
「ありがとう。助かるよ」
「いえいえ、この方がいいと思いやして。ここで待っていやすのでお帰りの際はまたこちらへお寄り下せぇ」
「分かった」
どうやらフランが正面から行くと、騒ぎがでかくなりそうだからと従業員が気を利かせてくれたようだ。
「行こうフランちゃん」
「うん」
フランは新之助に手を引かれ馬車から降りる。そして裏口から入ると不気味な廊下が一本伸びていた。一応照明はついているものの間隔が広いせいで薄暗い。廊下の床も微妙に光沢があり、怪しい光を放っている。
フランにはいつも暮らしている地下よりかは明るいので特に何とも思わないが、新之助はフランを怖がらせないようにしようと一生懸命リードしている。フランは後ろを歩いているので知る由は無いが表情は一生懸命だ。
すると徐々に人々の声と心地よいリズムの音楽が聞こえてくる。見れば突き当たりには大きな扉がありその隙間から光と人々のざわめきが漏れ出している。
新之助が突き当たりの扉を押し開けると
「ふぁっ……」
そんな間抜けな声を出してしまうほどにフランは驚いた。
薄暗く不気味な廊下を抜ければそこはセピア色で染められた世界だったからだ。
上からつるされているどでかいシャンデリアがそこにあるすべてのものにセピア色のフィルターをかけているらしい。机の上には銀色の食器が並べられその上には豪華な料理やデザートがところ狭しと並べられている。それらもすべてセピア色に染められて。
しかしフランが驚いたのはその規模だった。昔はそれほど広くはなかったのだろう。今はフランの背が小さいこともあるが端が見えないほどに広い。
更に中央には床が競りあがった舞台が用意されていた。その上には楽器を持った人々が綺麗に並んで座っている。その目前にはピアノがひとつ。そこに置かれたピアノの横に立っている指揮者の持っている指揮棒に合わせて楽器を演奏している。
それは女性だった。指揮者で女性とはなんとも珍しい。
その前には様々な鮮やかな色のドレスで着飾った女性とスーツを着た男性が一組になってゆったりとしたリズムでダンスを踊っていた。
その他に、あるものは皿にスイーツを乗せて喋っていたり、あるものは食べ物をがっついているものもいる。
「よぉお! 坊主! 久しぶりだな!」
と予想外の光景に呆けていたフランがびくりと体をすくませる程の大声を上げて、新之助に喋りかけてくるものがいた。それは頭を白髪で覆い、顎にも真っ白な髭をたっぷりと蓄えた老人だった。
老人にしては恰幅のいい体躯をしている。この人物はこの町の町長だ。
「町長。こんばんは。いつもお世話になっております」
「はっはっは。いやぁ、いつの間にこんなにでかくなりやがったんだ?」
二人は握手を交わしてそんな挨拶をする。
なにやら何処かの輩みたいな喋り方のこの男。その恰幅のよさから見て町長よりも何処かの山賊の長と言った方が似合いそうだ。
「ご無沙汰してます。しかしなんだかずいぶん賑わっていますね」
「ああ、今年は大物指揮者が来てくれてな。お前も聞いた事があるだろう! あの女指揮者でもあり作曲家でもある久石レミだ! 皆は親しみを込めて久石嬢と呼んでいるがな」
新之助は驚いたように演奏している人々の前で指揮棒を振っている女性を見る。それは紛れもなく久石嬢だった。
新之助は新之助で偉く興奮して見入っている。恐らくファンなのだろう。
新之助の服を掴みながら隠れるように後ろについてきていたフランもその方向を見る。
「おい大島! そいつぁもしかして」
するとそのフランに町長が気付いた。フランもその声に気づいて新之助の後ろに隠れながら、またもや顔を不気味にのぞかせる。
「ちょっと待って下さい……よく見えないなぁ……」
「吸血鬼の娘じゃないか?」
「あたたたたっ」
そんな新之助の耳を引っ張りながら町長が隠れているフランを見ながら問う。フランは横目に長老を見つめている。
「ええ……そうですよ。可愛いでしょう?」
耳を引っ張られた新之助は町長の方へ向き直り耳をさすりながら言う。その言葉ではっと向き直り頬を膨らませ新之助を睨むフラン。
フランは見せびらかせられるのが嫌いでパーティに行きたくなかったのだ。それを新之助が思い出した時にはもう遅く、更に新之助の後ろに完全に隠れてしまう。
「がっはっはっは! お前の若い頃を思い出すな! お前も両親に連れてこられてはずっと後ろに隠れてたなぁ」
「ちょ、町長! 変な事言わないでくださいよ!」
その言葉で不機嫌になったフランは顔をひょっこり出して新之助の顔をうかがう。新之助は恥ずかしそうに笑い、頬を掻きながらフランを見ている。どうやら先程、馬車の中でウンウンと頷いていたのは本当に気持ちが分かっていたらしい。
「新之助も恥ずかしがってたの?」
先程の仕返しとばかりに新之助の触れられたくないと思われる過去をフランは突っついた。
「そうさ! こいつときたらずっと親の後ろに引っ付いていてなぁ、二人がダンスを踊っている時なんざ、柱に隠れて泣きそうに――」
「町長! 他にも挨拶しないといけない人がいるのでこれで失礼させてもらいますよ!」
「がっはっは! 全く、恥ずかしがりは直っとらんのか!?」
「勘弁してくださいよ……」
フランはそんな新之助を見て意地悪く笑い、町長はそんなフランを見て更に豪快に笑う。新之助は肩をすくませるしかない。
「では、失礼します」
「ああ、ワインありがとな!」
新之助は誰かを探すように首を振りながら歩いている。フランは新之助の服を掴みながら人ごみの中を掻き分けて進んでいく。
「あ、小島さんがいた」
新之助の目線の先には頭を白髪で埋め尽くし、顔には多くのしわを刻んだ小島酒蔵当主の姿があった。前の会議で霊夢を追い詰めた人物だ。
「ちょっと挨拶に……」
「私も行くの?」
と、フランは不満げな顔でいきたくないと無言で訴える。
その言葉に新之助は驚き、続いて残念な表情を見せた。フランは先程の事を根に持っているのだろう。人前で自分を自慢した事を。
「じゃ、じゃあ……そこに食べ物あるから好きなの食べてて」
それは自分の失態だったためあきらめたようだ。
「わかった!」
新之助は残念そうな顔をして小島当主の方へ歩いていく。フランはそれを笑って見送ったのだった。
その時、小島当主が新之助を見つけそのすぐ後フランを見た気がした。
それはどこか睨んでいる風でもあったがすぐに視線は新之助に向けられた。
フランは首をかしげ、特に気にする様子もなく、フラフラとスイーツがずらりと並べて置かれているテーブルに吸い寄せられるように近づいていく。そこにはプリンやらミニケーキ、フルーツなどが置いてある。
「うわぁー! おいしそう!!」
フランは今にもよだれが垂れそうだが、そのテーブルの横に置いてあったワインに目がいった。
(おいしいのかな……)
フランは一つ手にとり、皆が皆匂いを最初に嗅いでいたからか、匂いを嗅いでみた。
それはフランにとってはいい匂いではなかったらしい。それに眉を潜める。
嗅覚はそれが自分にとって毒か毒ではないかを見極める一種のセキュリティ装置を担っている。だからフランはそれが腐っているのではないかと疑いの目で睨みつける。
「むー……」
しかし周りを見ると皆平気で飲んでいる。ならば大丈夫だろうと一気に口に含むフラン。
「うぐっ」
フランの嗅覚は正しかったらしい。フランの幼い口にはワインは合わなかったようだ。口をパンパンに膨らませながら震えて悶えている。それから手に持った空のグラスにワインを吐き出した。
「うぇ……不味い……」
そう一言言い残し、吐いたワインが入ったグラスを元あった場所に戻し
「よし!」
と、一言。
何が「よし!」なのかはわからないが、よい子は真似してはいけない。
今度はお口直しとばかりにお皿を手に取り、ミニケーキやらフルーツを積み上げてフォークで串刺しにしてパクパクと食べ始めた。
「おいしい!」
こちらはフランの幼い口にも置きに召したようだ。そのスイーツはパクパクと開くフランの小さな口の中に消えていく。それはとどまるところを知らないといった具合に。
その時、久石嬢による音楽が一曲終わったようだ。拍手が起こり、一瞬騒がしくなった後少しの間静まり返る。
その間もフランは拍手もせずにお構いなしに食べる食べる。
しかしそんなフランの周りだけ、新たにざわめきが起こり始める。
それもそのはずだ。ドレスは西洋のものでフランも西洋出身者だ。まず顔立ちからして良い意味で違う。ドレスに似合う顔立ちをしていて周りからは群を抜いて目立つ。ドレスは西洋の顔立ちに合わせて作られているのだから当然だろう。
更に髪の色、目の色、肌の色。全てにおいて人形のようなフランに町民が注目しないはずが無い。
そして、フランは吸血鬼だった。
「おい、吸血鬼の娘だ」
「本当、怖いわ」
「何しにきたんだ?」
「出ましょうよ、ぜったい暴れだすわ!」
「あんな格好してまさか踊る気?」
「早く閻魔のとこ言っちまえばいいのに!」
「何で霊夢さんは殺さないんだっ」
そんな声がざわめきとなってフランの周りから聞こえてくる。そしてそれは次第に大きくなっていく。
「……」
フランは口をむぐむぐしながら目だけで周りを伺うと皆奇異な目で自分を見ている。
(うざいなぁ……皆……殺してやろうか……)
そしてまた一口フォークに刺したケーキをパクリ。その頬は少し釣りあがっている。
むぐむぐしているせいでよく分からないが、もしかしたら薄ら笑いでも浮かべているのかもしれない。
(この腕輪なんか無かったら皆殺しなんだからっ)
腕輪がなければいつものように暴れだし、皆殺されているだろう。
しかし今は力が使えない。フランは力が使えない時、この不快な感覚を払拭するすべを、物を破壊する事意外では知らなかった。
「死んでしまえばいいのに」
その時、ざわめきの中からそんな言葉が聞こえた。