フランは成長するのか?   作:天澤星三

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第十五話 ~レッツダンス~

コトリ

 

 フランは最後のミニケーキを頬張るように口に含み皿を置く。そしてそれを飲み下した直後、丁度ピアノの音が鳴り始めた。

 久石嬢による二曲目だ。それは独奏なのだろうか。ピアノの音しか聞こえない。それはどこか悲しく哀愁漂う曲調。

 その曲が始まるとフランの周りで囁き、ざわめいていた町民達が久石嬢の方へ視線を向け始める。新之助がファンになる程だ、とても有名な音楽家なのだろう。町民達全員が皆黙りこんで耳を傾けている。

 そしてフランはというと、テーブルに置かれた何も乗せられていない皿の傍、そこにはもういなかった。

 久石嬢による曲が始まると同時に、女の手を男が手に取りダンスを申し込む光景があちらこちらで見て取れるようになる。受け入れられる者もいれば断られる者もいる。受け入れられれば中央の広く空いた場所へ移動しダンスを踊るのだ。

 そして段々ペアを組んだ町民達が中央へ集まってくる。

 その時フランは外に出るためのいくつかある開け放たれた扉から外へ出ていた。その扉の横で背を壁につけ、浮かない顔をしてたたずんでいた。

 

「やっぱり人間って分からない……」

 

 そう独りつぶやいてため息をつき、無駄に光学迷彩を付けられた腕輪を探り当てる。忌々しそうな視線を送った後、無理やりに取ろうとする、がやはり取ることはできない。そこで二度目のため息。

 

(やっぱりパーティなんか来るんじゃなかった……新之助もどこか行っちゃうし……)

 

 乗り気ではなかったパーティに無理やり誘ってきた新之助はいない。フランは嫌なことは嫌だと言えばよかったと軽く後悔した。しかし噛んでしまったことへの謝意が邪魔をして結局断りきれなかっただろう。結果フランが思っていた以上に酷い有様になってしまったが。

 

「新之助のばかっ」

 

 そんなやるせない気持ちが吐き出された直後、先程まで悲しい曲調だった曲が陽気な曲調に変わる。演奏される楽器も増えて音量が上がった。

 フランがそれに気付いて大島酒蔵の店を扉の影から不気味に覗いた時の要領でまた顔半分を出す。

 そこにはまだダンスを求め求められる町民が多くいた。

 そのうちの一人の女。多数の男に囲まれてダンスを求められている。誰と踊ろうか決めかねているようだ。

 

(あの時もこうだったな……私は柱に隠れて……)

 

 フランは昔、パーティに連れてこられた事を思い出す。

親は二人してダンスを踊り、レミリアもまた、複数の男達からダンスを求められていた。

 もちろんフランにもダンスを求める男はいた。

 しかしフランはそれがその時は怖かったのだろう。柱に隠れてダンスを求めてくる男達から逃げていた。そして多くの男からダンスを迫られるレミリアを影からこっそり見ていたのだ。

 

(おねぇさまと……誰だか知らないロリコン共が……踊りを申し込んで……)

 

 丁度このようなセピア色のシャンデリアの照明で照らされて

 

『お嬢様』

 

 男はレミリアの手を取り、目の高さまで持ち上げる。

 

 そしてこう言うのだ。

 

『私と一曲踊りませんか』

 

 と、

 

(そう、こんな風に)

 

 手を持ち上げて

 

「僕と一曲踊りませんか?」

 

 レミリアにかけた言葉と同じ文句が自分に投げかけられ、想像の中から現実へ引き戻される。しかし急で、更には同じ文句が投げかけられたことでフランの頭の中が想像の中に置いてきぼりにされてしまった。

 懐かしくも苦い思い出の中でその文句に楽しそうに答えるレミリアのような振る舞いはフランにはできず固まってしまう。

 然るべく、フランはぽかんと口を開けているが声がでない。

 フランは気付くと目の高さに手を持ち上げられていたのだ。そして目の前には見慣れた眼鏡をかけ、見慣れた黒髪、更に黒いスーツを着た人物。

 

「しんのす……け?」

 

 新之助がとても柔らかな笑みを浮かべてフランの目の前にいる。

 

「行こう! フランちゃん!」

「うぁっ、ちょっ!?」

 

 フランは手を引っ張られ、また会場の中へ連れこまれる。それはこけない為に足を出さざるをえない歩みで。フラン自らが進んで会場に入っていこうという歩みではない。

 するとそんな二人を見て周りからまたざわめきが生まれる。そのざわめきの内容は言うまでもなくフランへの侮蔑や嫌味などのわずらわしいもの。

 フランは目だけで周りを見る。

どの町民もフランを厄介者を見るような目で見ている。その目はせっかくのいい曲をぶち壊してくれるなと、それよりも早くこの会場から出て行けと、言うような視線。

 その視線はフランの顔をうつむかせた。

 しかし新之助はそんな事関係ないとばかりにぐいぐいとフランの手を引いて会場の中央へ連れて行こうとする。

 フランはまたこんな居心地の悪い場所に行かなければならないのかと軽く頬を膨らませる。

 

(もう帰りたい……)

 

 ただでさえ嫌いなパーティで今度はダンスの誘い。しかも雰囲気は最悪。

 約束ではちょっとだけの参加ということだった。

フランは思った。噛んでしまった事への謝罪としてはもう十分だろう。吸血鬼を見せびらかせて満足したかと、皮肉をこめて新之助に不満をぶちまけてさっさと帰ろうと。

 だからフランは頬を不満でいっぱいに膨らませて顔を上げる、とそこには真剣な顔をしている新之助の横顔がセピア色のシャンデリアに照らされていた。その真剣そのものの顔でフランの手を握り、会場の中央へ連れ出そうとしている。

 それを見てフランは不思議な感情に襲われた。

 一言二言文句を言って帰りたいと言えば新之助は帰らせてくれたに違いない。普段あんなに優しいのだから嫌がっているフランを無理やりに踊らせたりはしない筈だ。断られたとしても吸血鬼であるフランの力は人間の倍はある。力ずくで新之助を引き止めれば簡単に帰ることができた。

はずだった。

 フランはそうしなかった。

 そうすると何故かもったいないような気がしたのだ。

 フランは自分でもよく分からなかった。何故そんな事を思ってしまったのだろうかと。

 いつの間にかフランの頬からは不満の膨らみは消え失せていた。しかしそれは笑顔でもなく怒るでもない。フランは不思議そうな顔をして、ぽかんと口を開けて新之助を見ていた。

 そしてふと新之助が振り返る。その顔は先程の真剣な顔とは違いまた柔らかな笑顔。

 

「僕の肩に手をかけて」

 

 と一言。

 フランは黙って頷き、新之助に言われるままおずおずと肩に手をかける。 普段はまっすぐに手を伸ばさないと手は届かないが、今はハイヒールを履いているせいで軽々と手が届く。

 新之助がフランの細い腰を支え、もう片方の手でリードしてゆっくりステップを踏み始める。フランも突然のダンスに戸惑いながらも新之助にあわせステップを踏む。

 実はフランがダンスを踊るのは初めてだった。パーティ嫌いのフランには無縁だったからだ。

 だからゆったりな曲調は初めてダンスを踊るフランには安心できる速さだったようで、何とか踊れている。いきなりフランを連れ出してしまったため、新之助はそんなフランを見て一安心だ。

 しかしそれはフランが隠れてしまい、すでに曲が演奏されてしまっていたから。だからそのフランを探し出すために使われたBGMの付けが今回ってきた。

 

曲調が段々と速くなる。

 

 さらに速くステップを踏み、曲に合わせて踊り始める。初心者のフランには無理かと思われたが意外にも右へ左へ華麗にステップを踏んでいく。

 フランは見よう見真似でダンスを踊っていた。その見よう見真似とは昔踊っているレミリアを見て。

 短く結われた色素の薄い黄金のサイドポニーが小刻みに揺れ、赤いドレスは大きな波を生んでうねりを上げる。

 すると周りからまたざわめきがおこる。それはフランへの恐怖や不服不満ではない。意外にも上手に踊る二人に感嘆の意を示すざわめきだ。

 先程は負に働いたフランの洋風な顔立ちと真っ赤なドレス。それが今、華麗にダンスを踊っているのだ。目を引かないわけがない。

 その全てが調和した二人の華麗なダンスに町民達の視線はまさに釘付けだった。

 それは周りで踊っているもの達も止まって注目してしまうほど。更には邪魔にならないように場所を空けるものまで出る始末。

 しかし新之助とフランはそんな事には全く気付かない。というよりも気づけない。踊りに集中しているのだ。

 くるくると二人は舞う。

 セピア色のシャンデリアに照らされて、二人の表情はセピア色の月のようにめまぐるしく満ち欠けする。

 

「上手いじゃないかフランちゃん」

「そ、そうかなぁ、えへへ」

 

 意外にも上手に踊るフランに新之助が微笑みかけるとフランも恥ずかしそうに微笑んで返してくる。だからか、それともダンスが激しいからか、先程まで膨らんでいたフランの白い頬は桃色に染まってきている。

 フランは思い出していた。

 

(あの時と同じだ)

 

 あの時とは柱の影からダンスを男と踊るレミリアを見ている時。

 

「フランちゃん、楽しい?」

(おねぇさまの時と……同じ)

 

 あの時は自分がこうなるとは全く思わなかった。楽しそうに踊るレミリアを見ていたあの時とは違う。柱の影からただ眺めていたあの時とは違うのだ。

 フランは顔をうつむける。

 今、新之助とダンスを踊っている事で、昔の自分では絶対に分からなかったであろう事が今分かった。

 

「フラン……ちゃん?」

 

 それはとても楽しいと言う事だ。

 

「めっちゃ楽しい!」

 

 満面の笑みを浮かべ、ニッと白い歯を出し両側の唇を吊り上げて両牙を見せるほどに頬を吊り上げる。

 それはとても気持ちのいい、そして幼くして男を虜にするそれだった。もちろん新之助はそのとても可愛い天使スマイルのフランにメロメロだ。

 嬉しさのあまりか、フランの笑うために細められた目から涙がほろりと、流れる。

 

「え?」

 

 それに新之助が気付くか気付かないかの間にタイミングよくセピア色の照明が落とされる。

 フランは今の内に涙を拭いておく。今の場面で涙は相応しくないと感じ取ったのだろう。こんな楽しい場所に涙など無用の長物だ。

 暗くなった会場はすぐに照明がつけられ、ぱっと明るくなる。

 しかし何かおかしい。自分達がいる場所以外はまだ真っ暗だ。更におかしいことに先程まで交互に満ち欠けしていた二つの月は双方共に満月だということ。

 スポットライトだった。つまりこれは新之助とフラン、その二人にのみに与えられた舞台だったのだ。

 不意にシンバルが叩かれ、それを合図に更に曲調が速くなり、音量もこれでもかとばかりに増していく。曲は最大の盛り上がりを見せ、会場を何枚もの振動で厚く包んでいく。

 

「な、なにこれ?!」

「フランちゃん! 楽しもう!」

 

 スポットライトに困惑するフランを新之助がリードする。

 二人の顔はずっと満月に輝き向き合い、そして笑顔だった。

 周りを暗く、そして厚い振動で包まれた心地よいそれはまさに二人の独壇場。

 二人はそれに応えるように、さっき程よりもピッチを上げて、華麗さに激しさを加えて乱舞する。その激しいダンスの間も二つの月は欠けることなく、笑みも欠けることはなかった。

 そして高い位置にある月が低い月に向かって倒れこむようにしてフィニッシュ。

 新月と満月が向かい合ったまま音楽がやんだ。

 少しの静寂のあと消されていた照明が灯され、辺りがまた明るくなる。

 中央にはまだフランが新之助の腕に支えられ上半身が仰向けになる程仰け反った格好で固まっていた。新之助が覆いかぶさるような形になっている。

 新之助の息は上がっている。そしてさすがのフランもその緊張と激しいダンスからか白い頬が赤く上気し、息も上がっていた。

 するとまた周りが振動に包まれていく。それは町民達のざわめきによって。続いて拍手が、そして会場が吹き飛ばんばかりの歓声があたりを猛烈な勢いで包んでいく。

 上空かはらきらきらと光る紙吹雪が、周りの視界を遮らんとひらひらと舞い落ちてくる。照明に照らされ、それに反射した紙吹雪がセピア色に輝いてフラン達を祝福しているようだ。

 フランは新之助に体勢を起こされそしてその綺麗な紙吹雪をぼんやりと眺めている。その紙吹雪が入ってしまいそうなほどにぽかんと口を開けて。

 もうフランはわけが分からなかった。

 その二人を取り囲む用に町民達が近づいてくる。

 

「感動したぞ吸血鬼の娘!」

「今度は私と一曲!」

「いや私とだ!」

「ちょっとどいて! よく見えないじゃない!」

「ほらケーキ食べる?」

「私の血を吸うかね?」

 

 などとわけの分からないことを言うものもいる。今までフランを忌み嫌っていた町民達とは思えないほどの心変わりようだ。

 フランは迫ってくる不思議な言葉を口々に叫ぶ町民が少し怖いのか、新之助にしがみ付いて隠れてしまっている。

 しかしそこでフランはまた心の中で呟くのだろう。

 

(やっぱり人間って分からない……)

 

 と。

 その顔には憂いでなく、笑みを浮かべて。

 その時、真上から紙吹雪ではない何かが降ってきた。それは人の形をしたもの。

 

「今期のMVPおめでとうございます! フランさん! 新之助さん!」

 

 新聞記者の射命丸文だった。

 

「MVP?」

「そうだよ。ここで一番上手くダンスを踊って皆を盛り上げたペアって事だよ」

 

 あの会場を真っ暗にし、スポットライトが当てる演出はそういうことだったようだ。そしてそれを決めるのはこの町の長だ。

 先程の老人が二人の方を見てウンウンと腕を組みながら頷いている。

 

「では写真を撮りますよ! 笑ってください!」

 

 いつの間にか自前の少し古風なカメラを構えて中腰になっている文。その表情はカメラでよくは見えないが楽しそうだ。

 文だけではない。二人のダンスを見て町民のほとんどが笑顔でうきうきしている。

 もちろん新之助とフランも例に漏れず、だ。

 

カシャッ

 

 その時撮られた写真は翌日、人里と幻想郷に文の手によってばら撒かれた事は言うまでもない。

 そこには町民に囲まれて、照れるように笑う新之助と、その新之助にしがみ付きながらも恥ずかしそうに横目でカメラを見るフランが写っていたという。

 

 

 

帰りの馬車

 

 二人はワインが無くなって広くなった馬車の中にいた。ゴトゴト揺れる際のビンが当たって出る無粋な音もない。

 新之助は背もたれに背中を預け、窓の外を興味心身に眺めているフランを横目で見つめていた。そんなフランと新之助の間には会場でもらったケーキがぎっしりとつめられている箱が鎮座している。

 二人は無言だった。

 それは気まずさからではない。

 あれほど感動的な出来事が起こった後だ、楽しさと喜びと少しの疲れがこの沈黙を生んでいた。この心地よい沈黙は滅多に味わう事はできないだろう。その雰囲気を味わっていたのだ。

 それは新之助だけではなく、おそらくフランも同じだろう。

 

ゴトリ

 

 と小石でも踏んだのか、馬車が少々大きく揺れた。その拍子にケーキの箱が座席からずり落ちそうになる。それを新之助が受け止める。と、気付けばフランが振り返り新之助の方を見ていた。

 

「……食べる?」

 

 と新之助が聞くとフランは首を振る。そして今まで外を眺めていたフランは前に向き直って座る。

 

「きょ、今日は楽しかったね」

 

 新之助は今まで黙っていたので、少しぎこちなくそんな事をフランに問う。

 するとフランは何故か少し不満そうなに口を尖らせ、新之助を睨みつけるのだ。

思いもしないフランの反応に新之助は驚きを隠せない。新之助は可愛く頷いてくれると思い込んでいただけに次の反応ができないでいる。

 すると新之助との間に置かれているケーキの詰まった箱をフランがひったくるようにして自分の膝の上に置く。

 ケーキを取られるとでも思ったのだろうかと新之助は思ったが、フランの口からはこんな言葉が飛び出してきた。

 

「見せびらかさないでっていったのにっ」

 

 フランは昔のことでパーティは嫌だと宣言している。見せびらかされ自慢されるような事が嫌だと。

 今回のパーティでは盛大に見せびらかされ、あまつさえ文に写真を取られ周りにばら撒かれる事になってしまった。

 ではフランは今回のパーティはやはりそんなに楽しくは無かったのだろうか、と新之助は考えてしまう。

 

「ご、ごめん……」

 

 そう一言謝って新之助はさっきまでのしんみりとして余韻に浸っていた自分が恥ずかしくなってしまう。だからフランから顔を背けて少しうつむいてしまう。

 そんな新之助にフランは一言こんな事を言うのだ。

 

「でも楽しかったから許してあげるっ」

 

 ケーキを二人の間からひったくるように奪い取ったのはそのためだったようだ。新之助の頬に柔らかいものが押し付けられ続いて甘い匂いがした。

 

「へ?」

 

 隣を見るとフランは箱の中のケーキをつまんでぱくりと食べむぐむぐしている。

 

「うん! おいしい!」

 

 そのフランを新之助は見ていたか見ていなかったのか分からない。

 

 悪魔と言われるフランの行いで目の前が真っ白になってしまったからだ。

 

 それは小悪魔なフランのキスによって。

 

 

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