「おい……どうするんだ?」
「今すぐ追いかけねぇと……」
拳銃二丁とフランの姿が見当たらない。更に小島酒蔵の場所を聞いたということ。
フランは新之助をとても慕っていた。そのことから向かう場所はもう分かっている。
だが皆黙り込む。
従業員の中で誰かがフランを止めに走ろうというものはいなかった。
いつもなら真っ先に走っていくであろう新之助は危篤状態。新之助同様、従業員達も仲良くはしていた。しかし、少し仲良くなったからと言っても実際はありとあらゆるものを破壊する、手の付けられない悪魔だ。
更に今は銃を持っている。新之助ならまだしも従業員が止めに行ったが最後。聞く耳を持たずに襲ってくるかもしれない。
皆フランが怖かった。どうすることもできず従業員達が皆その場でたたずんでいた。
当主とマスコットガールが不在の大島酒蔵はすでに御通夜状態だ。更に、女将もである祖母も布団の上でうなされている。大島酒蔵はこれからどうするのだろうかと従業員の顔に憔悴の色がにじみ出てくる。
その時、店に誰かが入ってきた。
それは従業員達がいつもの事と、そのまま見逃してしまいそうな違和感の無い自然な入り方だった。
「皆? どうかした?」
「若!?」
大島酒蔵の当主、大島新之助だった。
新之助は心臓を撃たれて危篤状態ではなかったのか。その新之助がケロッとした顔で戻ってきたのだ。驚かないわけが無い。
従業員がそろいもそろって憔悴しきった表情をしていたので新之助が不思議そうな顔をして問う。そして不思議そうな顔をしなければならないはずの従業員達は皆が皆安堵の表情を浮かべ喜びもあいまって涙ぐむ者までいる。
追い詰められた精神状態から一気に開放された時このような状況になるのだろう。
そしてその新之助が幽霊ではないと確信するに値する人物が新之助の後ろにいた。青と赤のツートンカラーという不思議な衣装を身にまとった名医、八意永琳だ。
「こんばんわ」
紅魔館
「お嬢様。もうすぐ妹様の計画も終了しますね」
そこはいつかレミリアがフランの過去を語っていた月の光が差し込む場所。
いつものように紅茶を飲み、いつものように月に照らされる変わらない景色。そこがお気に入りの場所なのか、外の景色をボーっと眺めるレミリア。
唯一違う事と言えば月がもうすぐ満月になると言う事だろうか。
フランが出て行った時は満月だった。その月が満ちて満月になる、と言う事はフランの計画が終了することを意味するのだ。
あれから一ヶ月、地下から出てきて遊ぶようになった元気一杯のフランがいなかったので寂しかっただろうか。それとも静かですごしやすい一ヶ月だったのだろうか。
「何事もなくてよかったです」
少なくとも昨夜は前者らしい。だから笑顔で嬉しそうに笑う。
フランは脱走する事も無く、怒りに任せて人を襲う事も無く、逆に人里の恩恵を受け、色々な事を学び、常識を学んでいるだろう。
文の新聞を通してフランの人里での動向は紅魔館に、と言うよりも幻想郷全土に伝わっている。
この計画は大成功だ、と咲夜は確信していた。紅魔館の住人も、更には幻想郷に住むフランと縁のあるものは全員そう思っていただろう。
しかし唯一人だけ計画の成功を危ぶむ者がいた。それは運命を操る程度の能力を持つ、フランの実の姉であるレミリア=スカーレットだ。
「そうかしら?」
「え?」
レミリアは月の光に照らされた景色をボーっと眺めながらさらりと爆弾発言。
その一言で安心して緩みきっていた咲夜の胸の奥が急にざわつき始める。
こちらを振り向きもしないレミリアに、昨夜はもうやきもきすることはないが、その一言に胸のざわつきを抑える事ができないでいた。
少女の姿でありながら何百年の時を生き、更には運命を操るなどと言うたいそうな信じられないような能力を持っているのだ。その一言がどれだけの重さを持つのか、昨夜には痛いほど分かる。
「……どういう……ことでしょうか?」
咲夜は今にも喉で詰まってかすれてしまいそうな声でレミリアに問う。それは自分で問いかけた質問にもかかわらずその返答を望んでいない問い。逆に拒んでいるかのような声音で。
レミリアはそんな咲夜を心配する様子などかけらも見せず、この計画において明暗を分ける言葉をさらっと言い放つ。
「あの子は人に危害を加える運命にあるわ」
それはまさしく咲夜の聞きたくなかった答え。
咲夜の目がまん丸に見開かれ、胸のざわめきが更に大きくなる。
フランにとってこの計画はとても過酷なもの。咲夜はそう思っていた。この三十日間、計画の成功を祈り、フランがこの紅魔館に無事に帰ってくることだけを願っていたのだ。
「そ、そんなこと……わかるのですか?」
信じたくない。嘘だと言って欲しい。
自分の何十倍も生きている吸血鬼で主でもあるその少女の言葉で。
しかし、更にその主の小さな口から出てくる言葉は冷酷なもの。
「運命を操る、ということはどんな運命が起こりうるかを把握しておかなければならないわ。知っていて当然でしょう」
少し震えている咲夜をよそにそんな言葉を無表情な声で淡々と喋り続ける。更にすまし顔で紅茶をすする。
レミリアには焦りも不安も無いのだろうか。フランを心配するそぶりも見られない。いつもと変わらない様子。
人に危害を加えること。それはつまりフランの事実上の死を意味する。
だからそんなレミリアの無関心な態度が咲夜の気持ちを逆撫でした。
「お嬢様は心配ではないのですか!?」
人に危害を加えると分かっているのならその前に止めなければならないのではないか。こんなにのんびりとしていてもいいのか。
昨夜は気ばかりが焦り、主であるレミリアに対し怒鳴る形になってしまう。
レミリアは人里に自ら赴き、頭を地につけて土下座をし、茶飲みを投げつけられようとも我慢して、あまつさえ涙を流して実の妹であるフランの許しを請うたのだ。あの姿は、昨夜が見た主の雄姿は幻だったのかと。レミリアはフランに対する思いを謝罪と言った。では謝罪以外の思いはレミリアには無いのだろうか。
咲夜には信じられなかった。あの人里で見せたレミリアの姿は謝罪などと言うちんけな理由だけから来るものではないと。
それにレミリアが言うように謝罪のためだけと言うのなら、フランがもし危害を加え天界に一生幽閉される事になった時、できる謝罪もできなくなってしまう。
それについてはどうなのか。それとも謝罪をする必要などなくなって内心ではほっとしているのだろうか。
咲夜はそんな邪推に自己嫌悪が生まれ出ようとしたその時。
「あなたの目に私がどう映っているのか疑問だわ」
レミリアはそんな事を言うのだ。
質問を質問で返されると人は何とも小馬鹿にされているようで腹が立つのだろう。歯軋りが聞こえてきそうな程に昨夜の口が噛み締められる。
「私達が今あの子にしてやれる事はここでこうして、紅茶をただすすりながら、馬鹿みたいにぼけ~っと外の景色を眺めることだけよ」
続けてフランの危機にもかかわらずそんな能天気なことを言い放つのだ。
しかし不思議な事にレミリアの質問を質問で返したその目は咲夜を小馬鹿にしたものではない。だからと言って怒っているわけでもない。ただ咲夜を見つめているだけ。
咲夜は自分達の為に必死になってくれている。レミリアはそれを分かっているからこそ怒りもしないし馬鹿にもしない。
だがそれはレミリアの内に秘める想いを押し込めて。
内に秘めた想い、裏に隠された想いというものはただでさえ伝わりにくい。そしてそれを肝心の咲夜はわかっていなかった。
咲夜はそれ程気が長いほうではない。それは人里でレミリアの言いつけを無視して町民を斬りつけようとした事で証明されている。
咲夜の中に自己嫌悪はもうない。あるのはそんな事を淡々と言い放つレミリアに対しての怒りだけ。
だが咲夜はそんなレミリアの様子にそれ以上怒る事もできず言い返すこともできずにいた。しかし拳はギュッと握り絞め、ささやかな抵抗と、レミリアの瞳を睨むように見つめている。
その咲夜の瞳をレミリアは月の光に染められた紫色の瞳で無表情に見つめ返す。
それは二人がまるでその中に写っている自分自身を見ようとしているよう。相手の目には自分はどう映っているのか理解しろとでも言うように。
熱い視線と冷たい視線で両者何か感じ取ったのか同時に目線を外す。
そして先に動いたのは咲夜だった。
「私は今から妹様の所へ――」
そう言い残し、背を向けてフランの所へ向かおうとする咲夜をレミリアの一言が止める。
「青いわね」
咲夜が振り返るとレミリアはもうすまし顔で紅茶をすすっている。
自分の従える主であり、更に自分よりも多くの時を生きている少女に、質問を質問で返され青いなどと見下されながらも咲夜はそれが仕方のない事で更には自然な事だとさえ思っている。
「これが青いというのなら私は青いままで結構です!」
だから堂々とレミリアに振り返り、全てを肯定してそう言い放つ。咲夜の顔にはどこか吹っ切れた雰囲気が漂う。
従者である咲夜をいつも見下してきたレミリアに一矢報いてやったとでも思っているのだろう。
「どこかで聞いたような、有象無象の陳腐な文句でそんな顔をされてもね。あなたのユーモアのセンスに嫉妬しちゃうわ」
レミリアのほうが一枚上手だった。そんなどこにでもあるような安い言葉ではレミリアはなびくことは無い。
そして言い負かされた咲夜はうなることしか出来ず、もちろんフランの所へなど行けやしない。
「わ、私は……私はこのまま黙って見ているなんてできません!」
どこまでも青い咲夜。言い負かされて後は情に訴えかけるしかないとでも思ったのだろうか。
青臭さに嫌気がさしたのか、レミリアはひとつため息をついてカップを置く。
「あなたはこの計画の本質を分かっていないようね」
「本質?」
「これはあの子が一人で乗り越えないといけない……いえ、そうじゃないと意味が無いの。あなたにだって分かるでしょう?」
フランを身内の誰かが出向いて手を貸すような事をすればフランはそれに甘えて、何が起こってもどうせ誰かが来てくれると思うだろう。だから今後も何をやっても大丈夫。誰かが助けてくれるのだから、と。
そうならないためにわざわざフラン一人を人里に送り込んだのだ。そこで咲夜などがでしゃばっていけばその計画は水の泡となる。
ここで行って水の泡とし、またこの計画を立ててまた人里へ送り込むと言う事もできるだろうが、成功するまでセーブポイントからやり直すゲームのような計画に価値などないのだ。
だが咲夜にも譲れない理由がある。
「しかし……このままだとオセロマニアの所で幽閉されるんですよ!? それでもいいのですか!?」
フランが天界に連れて行かれて一生過ごすくらいなら、今からフランを止めてこの計画を水の泡に帰した方が何倍もましだ。それが昨夜の考えだった。
「それがあの子の運命というのならそれは仕方のないことよ」
レミリアはまたしてもそっけなくそんな事を言い捨てる。
「そんなっ……」
先程からフランの実の妹の運命が左右される大事な時だというのにレミリアはドライだ。昨夜の熱い視線もさらりとかわされてしまう。
「ではもし妹様が人に危害を加え、天界に連れて行かれることになったらどうするのですか!?」
先程昨夜が危惧していたことだ。そこのところはレミリアはどう考えているのだろうか。
だがそれはレミリアにはたいした質問ではないらしい。青い咲夜の言いそうな事だと、そこでレミリアは初めて頬を緩め、目を細めてふふっと鼻で笑う。
「決まっているでしょう?」
そしてその言葉は青い咲夜にはいい肥料になったことだろう。
「フランを強奪して幻想郷を去るわ」
「なっ」
レミリアは覚悟を決めていた。幻想郷を捨てる覚悟を。
レミリアは大昔、フランを背負って吸血鬼の町から逃げ出した時のように、また二人でどこか遠くへ行こうとでも言うのだろう。
目を丸くしながらも咲夜はレミリアの目を見る。それが嘘か本当か見極めるために。
レミリアの目は細められて笑っている。その視線はうつむいてどこか恥ずかしそうで寂しげだった。
実際その事を考えると寂しいのだろう。二人で幻想郷で暮らし始め、長い時間をかけてゆっくりと築き上げた幻想郷での友好関係。それは毎日が楽しく輝いていたことだろう。その楽しい毎日が過酷な日々に変わるのだから。
だが孤独ではない。実の妹であるフランがいる。レミリアはそれだけでよかったのだ。
だからレミリアは寂しげに言うのだ。
「仕方ないでしょう? ここにいたらフランが幽閉される。ならそうするしかないじゃない?」
レミリアは罰が悪そうに笑っている。まるで軽いいたずらをして叱られている普通の女の子のように。そのしぐさはあまりにも子供っぽく、そして儚げだった。
しかしレミリアの言うことを鵜呑みにし、もうすぐ消えていなくなってしまうというのであればそれはあながち間違いではない。
そんな寂しい運命を、レミリアは受け入れるようだ。つまり咲夜が考えていたようにレミリアはフランを見放したのではなかった。
獅子は我が子を千尋の谷に落とすということわざがある。
親は子を谷に突き落とした後、もしもその命に危険が迫ったならどうするか。そのまま放置するか助けるか。
どうやらレミリアは後者だったらしい。攻め際と引き際をちゃんとわきまえていた。
レミリアはフランの事を心配してないような態度をとっていた。今フランに手助けをしても意味が無い。ならば最後まで、どんな運命が待っていようとその結果を受け入れる。
それが失敗したとしても成功したとしてもだ。そしてフランに、本当の危険が迫った時、手を差し伸べてやるのだ。一緒に幻想郷を去るという形で。
それがレミリアの厳しさであり優しさであり、覚悟だった。
だからレミリアは自嘲気味に笑いながら咲夜を見て、すまなさそうに問う。
「あなたはこんな私を青いと笑うかしら?」
先程散々昨夜を罵倒し、挙句青臭いと言う照合を授与したレミリアがフランと共に幻想郷を去るなどと青臭い考えを抱いていたのだ。それはやはりレミリアとしても恥ずかしく思うところなのだろう。
だから昨夜は、そんな主の考えを聞いて嘲笑う、そんな愚かな行為をするメイドではない。
「申し訳ありませんでした」
腰を綺麗に曲げ、膝に手を重ねて頭を垂れた咲夜の口から出てきた言葉はそんな謝罪の言葉だった。
表面上ではかみ合わないこのやり取りも二人の間ではちゃんと会話になっている。
「いいのよ」
と、レミリアは一言だけ。それだけでこれまでのやり取りのかたがつく。
ここでこの話題は一区切りついた、とレミリアは話をする前と同じく、月の光に照らされた景色を寂しげに眺める作業に移る。それは見納めになるからなのだろうか。その作業を「馬鹿みたいに」、と比喩したのは皮肉をこめてだったのだろう。レミリアの瞳がこれ以上ないくらいに月の光に染められていく。
しかし咲夜はまだかたがついていなかった。これは咲夜にとってとても大切な事だ。
「あ、あのっ」
「ん?」
「もしも……いえ、万が一妹様の計画が失敗して、お二人が幻想郷を離れる事があればなのですが……」
そんな弱気な咲夜が恐る恐ると言った感じで顔をあげてレミリアを伺うように見る。
「続けて」
「わ、私も……ついて行ってもよろしいでしょうか?」
そんな問いにレミリアは驚かされる。幻想郷の人間が追ってくる事はないだろうが吸血鬼二人が、しかもまだ小さい子供が平穏に暮らせる場所などそう簡単に見つける事はできないだろう。
そんな二人に紅魔館を離れてまでついてくるなど。と思ったがレミリアは何となくそんな気はしていた。それはスカーレット姉妹が咲夜の大好物だからと言う理由だけではないだろう。
だからレミリアは目を細め、意地悪な笑みを浮かべてこう言うのだ。
「非常食としてなら」
と