フランは成長するのか?   作:天澤星三

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第二十話 ~フランVS小島~

 

「へ?」

 

 間抜けな声を上げるフランの横で新之助が倒れていく。

 涙でにじんだ真紅の軌跡がフランの目に浮かんできえた。

 眼前には新之助ではなく、硝煙がモクモクと立ち上がった銃を握る小島当主が悪魔の笑いを浮かべて立ち上がっている。

 小島当主が背後から新之助の心臓を撃ちぬいたのだ。しかし、あまりの予想外の出来事にフランの頭が追いつかない。ただ間抜けな声を上げて呆然と立ち尽くすだけ。

 ついさっきまで自分をきつく暖かく抱きしめてくれていた新之助が床にうつぶせになって倒れ、ピクリとも動かない。

 

「まさか生きていたとはな。大金を払って伝説のスナイパーを雇ったというのに」

 

 硝煙の後ろからでてきた小島当主の顔は悪魔そのもの。

 しかしフランはそんな言葉聞いてはいなかった。

 

「しんの……す……け?」

 

 フランは目を丸くして倒れている新之助をただ見下ろしている。

 新之助の背中には小さな穴がぽっかりと口を開けている。あいた穴は暗く赤い。その位置から心臓に当たっているだろう事が分かる。そして倒れた衝撃で新之助の眼鏡が外れ、顔の近くに転がっていた。

 そんな眼鏡などもう不要と明示するように新之助の目は閉じられ開く気配が無い。

 

「どう……したの?」

 

 フランは両膝を折って床を叩く。それにあわせてフランのサイドテールがフワリと踊る。

 目を見開いたまま、新之助の背中にフランの手が恐る恐る伸ばされる。そして朝、ネボスケの新之助を起こすようにゆっくりと体を揺さぶるフラン。

 

「ねぇ……新之助……どうしたの? 何でねむってるの?」

 

 新之助の反応は無い。

 

「さっき……なんて……言おうと……して……」

 

 状況がいまだ理解できていないフランは新之助の体を揺らし続けている。

 新之助に触れればまだ体温を感じることが出来る。

 それは普通のこと。

 ならば揺らし続ければ間抜けな声を上げて目を覚ますことも普通のこと。フランにとって、そうでなければならないのだ。

 そんな当たり前の事が起こらない。更に普通であれば付くはずのない、赤い液体がフランの掌にしみこんでくる。

 

「フン、まあいい、これで目的は達した」

 

 そんな非日常とフランを見下すように鼻で笑った小島当主の一言でフランの頭が急速に状況を理解し始める。

 

「ねぇ……しんのすけぇ……起きてよぉ……しんのすけぇっ……ぐすっ」

 

 いまだ新之助の体を揺さぶってはいるが、フランの目は細められ、また大粒の涙が溢れ出してきてしまった。

 涙を溜めに溜めていた大きく見開かれた目が急に細められたものだから、大半がフランの白い頬を伝いもせずこぼれ落ちてしまう。 フランの頭はようやく状況を理解したようだ。先程まで暖かく自分を抱きしめてくれた新之助が今どういう状況にあるのかを。

 それでもフランは新之助の体を狂ったように揺らし続け止めようとはしない。もしかしたら起き上がるかもしれない、生き返ってまた自分をまた抱きしめてくれるかもしれない、といういちるの望みを込めて。

 だが新之助は起き上がるわけも無く、そんなフランの茶番を冷たい視線で一瞥した小島当主がフランに銃口を向けた。

 

「後はこのお前を片付けるだけだな」

 

 小島当主は悪魔のような顔で片頬を吊り上げ、新之助の体を狂ったように揺らす無抵抗のフランの体に一発打ち込んだ。

 発砲音とそれに続くフランのうめき声。最後に体が軽く宙を舞って回転し床に叩きつけられる。

 

「怖気の走る再会はもう十分だろう?」

 

 倒れたフランの顔の前にはもう目を開ける事のない新之助の顔があった。弾丸を受けたにもかかわらずその視線は新之助から離れはしない。

 

(新之助……私のせいで……)

 

 だからといってフランはいつまでも過去をひきずって泣き喚き、ただ思いにふける、少女らしい少女ではない。

 目の前には人里に来て初めて親密になった男を殺したにっくき悪魔がいる。

 今自分にできる事は何か、今するべきことは何なのか。

 それは祖母にも言ったことだ。もう決まっている。

 目の前の本物の悪魔を駆逐することだ。

 

「……なんで?」

 

 フランは両の手を床に押し当てて体を起こし、小島当主に疑問を投げかける。

 

「ん?」

「新之助は……も……した」

「あぁ?」

 

 ブツブツ言っているフランの聞き取りにくい声に方眉をつり上げて苛立ちを見せながら聞き返す小島当主。その小島当主が次の瞬間びくりと体をすくませた。

 

「新之助はおまえも救おうとした!!」

 

 フランは瞼を力一杯に閉め、体が折り曲がるほどに思いっきり叫ぶ。

 

「なのに何で!!」

 

 何故自分を助けてくれた新之助を撃つのか、何故そんな酷い事ができるのかと、眉間にしわを寄せ小島当主を潤んだ紅の瞳で睨みつける。

 新之助は小島当主を守った。しかしその守っている新之助の背中を小島当主はためらいもせず、しかも的確に心臓を撃ち抜いた。

 その行いは人であって人にあらずといった表現があまりにも当てはまりすぎる程に冷酷なもの。人間からは冷酷と称される吸血鬼であるフランでさえそう思う程人情味に欠ける行為。

 

「はっ、何を言うかと思えば……知れたこと。邪魔なんだよぉ、大島酒蔵がなぁ。先代を殺した時に店を閉めておけばよかったのになぁ」

 

 そんな事を言い捨て、悪魔の形相でヒッヒッヒと笑う小島当主。

 

「今、なんて……」

 

 フランはぽかんと口を開けて信じられないといった様子で目を丸くしている。

 フランの耳はその小島当主の言葉を聞きのがさない。小島当主は確かに「先代を殺した」と言った。

 大島酒蔵の前当主である新之助の両親達は、新之助が言うには「事故」で死んだと、フランはそう聞いているのだ。

 だが新之助の祖母は「殺された」と。

 

「おっと、こいつは口が滑ったな」

 

 小島当主はそんな滑った口を隠しもせず、両手を突いたまま呆けているフランを見下ろしている。

 

「まあいいどうせ死ぬんだからな……そうだ、ワシが命令してあいつの親を殺させたのさ」

 

 この世にもし神に対峙する悪魔がいたとしたらこの男の事を言うのだろう。自分の利益のために新之助だけではなく、先代も殺したのだ。更に悪びれることも無く、平然として笑みまで浮かべる始末。

 フランは祖母づてで新之助が言った事を思い出す。

「そんなことしたって無駄だとわからせてやる」

 それは新之助流の小島当主に対する復讐だったのだろう。新之助はフランや文のおかげで新しい酒を売る事に成功した。それによってある意味では小島酒蔵に復讐は果たせたのだろう。

 パーティで小島当主に挨拶をした新之助がどんな顔をしていたか、逆に小島当主がどのような顔をしていたか。フランが間近で見ていればさぞや面白い光景になっていたことだろう。

 だが小島当主はまた繰り返した。こんなにも酷い事を。それが小島流なのだろう。

 ならばフランはどうするか。決まっている。祖母に似ているといわれたフラン流で挑むのだ。

 

「このおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「ひっ!?」

 

 フランは雄叫びを上げる。ビリビリとその衝撃が小島当主にも伝わったのだろう、その威圧感に耐え切れずに一歩後ずさる。

 それはフランの小島当主に対する宣戦布告。

 だからか、その雄叫びをかき消すように銃声が十数発。それはフランの全身に全て命中した。

 それはフランの雄叫びに恐れ戦いた小島当主が反射的に撃ったもの。

 フランの小さな体がゆらゆらと揺れてバランスを崩す。

 だがフランは倒れはしない。普通の人間なら死んでしまっているであろう数の銃弾を受けてもフランは床に両足をつけてしっかりと立ちあがる。

 

「ぐっ……許さない……絶対に」

 

 フランはよろよろと立ち上がり床に落ちている銃を拾い上げる。

 

「ちっ、やはり吸血鬼はこの程度では死なんか!」

「当主! 持ってきました!」

「むっ、でかした!」

 

 そこにばたばたと小島当主の側近が何かを大事そうに抱えてやってきた。

 小島当主が側近に持ってこさせたものは新しい銃だった。それを側近の手から掻っ攫う。と、すぐさま引き金に指をかけ、銃口をフランに向けた。

 

「許さない!!」

 

 フランも先程落とした銃を拾い上げ、銃口を小島当主に向ける。

 それはほぼ同時だった。フランの視線と小島当主の視線が交差し更にその銃口互いに向けられた。

 

パァアン!

 

 一発の銃声が鳴り響き、二発の弾丸が互いの銃口から発射された。

 

「ぐぁっ」

「ぐっ」

 

 互いの弾丸は互いの体に命中したようだ。双方小さなうめき声を上げる。

 しかし勝った負けたで言えば負けたのはフランだろう。小島酒蔵はその場で踏みとどまり、フランは衝撃で地面を這いつくばっている。

 小島当主は撃たれた肩を押さえもせず、地を這いつくばるフランを見てニヤニヤと笑っている。

 

「どうした? 肩など狙って、人間に哀れみを持つなど妖怪の名折れじゃないか」

「ぐっ……このっ」

 

 フランはまた床を両の手で突き体を起こそうとする。しかし

 

「っ!?」

 

 起き上がろうとするフランの視界がガクリと傾いたのだ。

 それも当然だった。床を突く両の手の片方が無いのだから体勢を崩すのは自然なことだった。

 小島当主の側近が持ってきたものは銀の弾丸が込められた銃だった。恐らくフランが来ることも予想していたのだろう。その銃弾がフランの肩付近に当たったのだ。

 吸血鬼は体を何度貫かれようと頭に銃弾を打ち込まれようと死にはしない。

 しかしそれはその素材が銀ではない場合だ。

 吸血鬼にとって銀の弾丸はすさまじい威力を発揮したらしい。腕が肩の付け根からなくなっていてその断面は袖によって見えないがその白い袖が少し赤く染まっている。さらに控えめといった具合に床に血が滴り落ちている。

 

「ふぇ……う……あ……」

 

 フランの紅の瞳が段々見開かれていく。そして

 

「うわああああああああああ!」

 

 フランは銀の弾丸で腕を吹き飛ばされた痛みとショックで悶え苦しんでいる。

 一方、肩に弾丸を受けた小島当主は痛がる様子も無く、未だ地べたを這いつくばっているフランを見てニヤニヤしながらゆっくりと歩み寄ってくる。

 フランはそれに気付くが、腕が無いせいで上手く体が起こせない。せめて顔だけを上げて小島当主を睨み付ける。真っ赤に染めた真紅の瞳で。

 しかしその顔は激痛に歪められ、威圧感はまるで無い。小島当主は悠然と歩み寄ってくるが、そこでその威圧感の無い視線があるものに気づく。

 フランの表情が次第に驚きのものに変わっていく。

 

「ひぃっ」

 

 それに気づいたのはフランだけではない。側近の者も顔を引きつらせて小さな悲鳴を上げている。

 

「ん? おっと、こりゃいかん」

 

 それは信じられないことに小島当主の頭から二本の触覚が生えているのだ。

 

「と、当主!? これは一体!?」

「傷を治すために力を使ったからか」

 

 小島当主はそう呟くと、銀の弾丸を撃ち込まれたことによってフランの手から放れた銃を拾い上げる。更に信じられないことにその銃口を側近に向けた。

 

「え?」

 

 はとが豆鉄砲を食らった顔をしている側近の胸に風穴が開いた。

 

「なっ」

 

 側近はよろよろと壁に背中を押し当てて全体重をかけると、壁に赤い線を引いて座り込んでしまった。気を失ったのかもしくは息絶えたのか、新之助同様動かない。

 

「ふん、いけない子だ吸血鬼の娘ぇ。人を撃ってはいけないと教わらなかったのか?」

「私撃ってない!」

「ああん? これはお前が持ってきた銃だろう? 違うか?」

「あ……」

「ふんっ、ここまでくるのに何人も撃ったんだ、一人くらい変わりはしないだろう」

 

 そんな小島当主の言葉に何も言い返すことができないフランは苦し紛れに対抗できる言葉を見つけた。そしてそれは悪い事に小島当主の怒りのつぼを刺激したらしい。

 

「何で!? あいつは、あんたの仲間じゃない!」

「仲間だと!?」

 

 そのフランの言葉にいきなり鬼の形相でフランのサイドテールを鷲づかみにした。そして鬼のように怒った悪魔の顔を近づける。フランは片腕が無いせいで抵抗できない。

 

「あぐぅっ」

「馬鹿かおまえは!?」

 

 小島当主の怒涛の怒鳴り声と、吐く息、更につばがフランの顔を襲う。

 

「妖怪の癖に人間を仲間だと!? 奴らは駒だ! わしのために働くただの駒だ! そうだろう!?」

 

 妖怪らしい妖怪とはこの事だろう。妖怪らしい考えで人間を妖怪らしく扱い、考え、見下す。フランの住んでいた町の吸血鬼のように。

 

「妖怪の癖に何を駒の心配をしているのだ!? 駒の代えなどいくらでもいる! 違うか!?」

「ぐぅ……」

 

 怒りで我を忘れているのかフランの髪を鷲づかみにしている腕を震えるように揺らす。いくら吸血鬼でも痛いものはいたいのだろう。フランは揺らされるたびに小さくうめく。

 だがその問いにフランははっきりと答えることができる。

 

「……かえなんか、無い」

「あ?」

 

 一言そういうと小島当主の目が先程よりも大きく見開かれ、悪魔のような顔を更に近づけられる。

 しかしそんな脅しに屈するフランではない。

 

「代えなんか無い……あんたを守ろうとした新之助も、あんたの仲間も、あんたも」

 

 フランは顔から怒りの感情を消し、妖怪である小島当主を諭すように語りかける。むしろ質問された答えが自分には明確に分かった時にする笑顔すら貼り付けている。

 

「もうその人と喋ることもできないし……触れることもできないんだ……」

 

 それはフランが人里へやってきた日、新之助がフランに言った言葉だ。だからフランは明確な答えを用意することができた。

 

「ふん、何を馬鹿な――」

「人は死んだら……」

「もういい」

 

 そんなフランの優等生ぶりが気に入らないのか小島当主も怒りの表情を消す。それはフランとは違い無表情。

 だがそんな優等生の応えはまだ続く。

 

「死んだらね……」

「もういいといっているだろう!」

「コンティニューできないんだよ!!」

「黙れ小娘!」

 

 小島当主はフランのサイドテールをなぎ払うように投げ捨てる。それに連動しフランの小さな体が床に叩きつけられた後宙を舞う。 そしてそのフランの頭に硬いものが殴りつけられるように押し付けられる。

 

「あぅ……」

「お前は何回コンティニューできるのだ!? その回数だけ銀の銃弾を撃ち込んでやろう!」

 

 いくらフランが吸血鬼でも頭に先程の銀の弾丸を受ければひとたまりも無い。もちろんゲームではないのだ。コンティニューなどできやしない。

 

「しねっ! 吸血鬼の娘!」

「ぐっ」

 

 

 

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