「フランさん」
宝物を守るように新之助を抱きかかえているフラン。
そんなフランに永琳が優しく声をかけてやる。永琳の手には先程銀の弾丸を打ち込まれて吹っ飛ばされたフランの腕が握られていた。ちぎって離された様な断面はグロテスクだが、腕は先程吹き飛ばされたばかりでまだ血の気がある。
「片腕じゃ抱えにくいでしょう?」
永琳はフランにその腕を差し出すがフランは首を横に振るだけ。
フランは新之助が生きていて本当に嬉しいのだろう。永琳が話しかけても振り向きもせずに新之助を抱きかかえている。
しかしそれは嬉しさという明るい気持ちからだけではない。まもなくして起こりえるであろう、新之助との別れの悲しみからも来ている。
フランは約束を破った。人を傷つけ、この計画の大原則である誓いを破ってしまった。だからここにいれる時間はもうあまりない。 ならば大事な人と、少しでも長く、少しでも近くにいたい、というフランの素直な気持ちが首を振らせたのだろう。
腕がくっつくまでは少しだが時間が掛かる。フランはその時間さえ惜しいらしい。それはいくら不恰好でどれだけ抱きしめにくい姿であっても。
そのフランの胸中を察する事ができない永琳ではない。こうしてずっと片腕で懸命に抱きしめている健気なフランを見守ってやっててもいいのだが、騒ぎを聞きつけて人が押し寄せてこないとも限らない。
祭りの花火の音で銃声は打ち消せているだろうがフランの放ったレーヴァテインのせいで壁という壁が壊れている。更には霊夢の夢想封印のせいで天井が吹き抜けになってしまっているしまつ。
幸い祭りのおかげで人はあまりいないものの永琳としては騒ぎが大きくなる前に小島酒蔵から引き上げたいところだった。
この強情な娘をどうやって動かすかだが答えは簡単だ。フランにとって大事なものを利用するだけでいい。
永琳は急に困った顔をして肩をすくめる。
「新之助さんが起きたらどんな顔するかしらねぇ~? また気を失ったりして」
そんなフランに話しかける永琳の言葉にピクリとしたのかしないのか分からないがサイドテールがゆらりと揺れた。
「ショック死するかもしれないわねぇ。心の病は人間も妖怪も共通だから心配だわ。せっかく拾った命なのに」
人の体を治療する事を得意とする永琳のそんな戯言は効果抜群だったようだ。先がなくなっている断面と永琳が持っている腕の断面を交互に見るや否やフランは片腕で新之助を抱きしめて引きずりながら永琳に這いよった。
「腕返して!」
フランは新之助を抱えたまま永琳の方を振り返る。それに永琳は笑顔で答えてやる。
更にフランの取れた腕から見えている骨をコンと指ではじいた。
「骨密度よしっ肌年齢よしっ吸血鬼にしては良好よ」
と、ちぎれた腕でマッドサイエンティストさながらのジョークを飛ばす永琳。
フランは全く笑っていないが腕だけはしっかりと受け取った。霊夢に至っては眉をひそめて横目に永琳を見る。あの竹林にある永遠亭でどんな惨劇が行われているのか一度検査しに行かなければ、と胸中で呟いているのだろうか。
「ずっと傷口同士を合わせていたら数分でつなが――」
と、そこで永琳は妙な感覚に襲われる。
永琳はフランに腕輪を付けた日の事を思い出したからだ。今持っているのは計画の初日にリングをつけた左手ではなく右手だった。 ならばリングは今もフランの体にくっついている左手にはめられているはずだ。なのに能力を使えている。これは一体どういうことか。
「あなた……リングを壊したの?」
驚きの表情を見せる永琳に対し驚きの表情で返すフラン。それも一瞬のことですぐに罰悪く顔をして顔を背けてしまう。
その町民を危険にさせるような行為に霊夢が黙ってはいない。フランの方へずかずかと歩み寄る。
「あんたいつから――」
「ち、違うよ!」
先手を打とうとする霊夢の出鼻をくじくフラン。
「私が壊したんじゃないもん!」
「じゃないもんじゃなく――」
「確かに!」
霊夢の砕かれた出鼻の上を突如現れた文の言葉が更に殴りつけた。
「少なくとも新之助さんが入る前まではリングはついていたはずです! あの時フランさんは小島当主を殺すつもりでした! しかし能力を使わず銃で対抗していました!」
文は誰も聞いてもいないことをぺらぺらと、さも探偵が推理するように喋り倒す。
「出たなパパラッチ」
「やだなぁ二人とも仲がいいんですね。服の色合いも似てますし」
計らずもフランと霊夢ははもってしまい、文を牽制するつもりがそこを漬け込まれてしまうしまつだ。
「……で、リングの話は?」
「テレビから出てくるやつですか?」
やれやれとばかりに話を逸らそうとする霊夢だが文のお茶目さが追撃する。
「え? 何? 死ぬの?」
「あやや、そんなに怒らなくても……」
そのお茶目さが霊夢の札を数枚逆立てたところで文が引いたのだった。
「あの虫が私に数十発撃ち込んだ時に壊れちゃった」
あの虫とは小島当主のことだろう。話が進まないのと、ばれては隠しても意味が無いのでフランがさらっと応えてしまう。
しかしそれにわざとらしく困惑の表情を見せる文。
「あれれぇ~おかしいですねぇ」
「何がおかしいのよ?」
「小島当主が銀の弾丸を撃つ時に力を使っていればそんな傷を負わずに済んだのでは?」
銀の銃を持った時に弾幕なり能力なりを使えば簡単に殺せたはずと言うのが文の主張だ。
「だって……まだ手加減がよくわからなくて……殺しちゃうかもしれなかったし」
新之助が殺すなと言ったから殺さなかったとフランは言った。だから普通の人間に能力を使えば殺してしまうと、フランは思ったのだろう。ただそれだけのことだった。
「へぇ~、あんたでもそんな事考えるのねぇ」
ただそれだけのこと。それが周りから見ればどれ程目覚しい成長を遂げた事か、フラン本人は知る由もないだろう。
「ほほぅ、と言う事は妖怪だということが分かったから安心してぶっ放したと?」
フランは黙ってうなずいて、それを見て文は手帳へものすごいスピードでメモしていっている。
どうやらこれは文の巧みな話術でフランはいつの間にか取材受けさせられていたらしい。文の探究心は底が知れない。霊夢はそんな文のパパラッチ魂にもう呆れ顔だ。永琳はといえば捏造取材に我関せずといった様に側近の容態を見ている。
一応そんな側近を心配していたフランもそれに気付き視線を向ける。
「ん? ああ、大丈夫よ、急所は外れてるから」
フランの視線に気付いた永琳が安心させるように言う。
「これで死人は0人ね」
「死者数0と」
「ここにくるまでに何人か倒れてるの見たけど?」
「全員急所を外れていたわ、命に別状無しよ。フランさんはわざと外して撃ったのよね?」
「わ、わかんない」
「フランさん、そこは当たり前よ! とかもっと強気に!」
「あ、当たり前よ!」
と煽る文に吹かれてフランもなびく。言った事実も無く記事にするのでは罪悪感があるのか、満足げに捏造した事実を書き上げる文。
文のような者をパパラッチと呼ぶ、と霊夢がフランに教えてやる。フランは素直にうなずいて心に刻む、その様はまるで仲の良い姉妹のようだ。
霊夢とフランが姉妹なら母親は永琳だろう。そのカラスを突いて遊んでいる姉妹にもうゴハンだと気付かせるように永琳がパンパンと手を叩き鐘を鳴らす。
「さ、早く負傷者を診療所へ運ぶわよ。人が押し寄せてきたらまずいわ」
永琳は負傷している小島当主の側近を肩に担ぐ。
「それもそうね。文! あんたも手伝うのよ!」
負傷者は多い。言って霊夢は縄で縛り上げた小島当主を引きずっていく。
「えー……私は記者ですよ!?」
「あぁ、そうだったわね、そこに倒れてる人がいても助けずに、写真ばかり撮るのが記者なのよね?」
「そんな何処かの国の事件を連想させる事を言わないでくださいよ……あれは記者として最低だと思います!」
「なら今やることは?」
「あやや……」
そうやってカラスを突っつきまわして腕が使えないフランの代わりに新之助を咥えさせる事に成功した。
霊夢達は店から出ようと小島酒蔵の中を進んで行く。店の中には応急処置を施されたと思われる従業員達が壁にもたれかかっていて、うずくまるように座っている。
しかしフランを見ると体をびくつかせて物陰に隠れたり身を縮めたりしている。永琳がそんな従業員に、すぐ人を連れてくるから少し待ってろと言ってやると安堵の色を浮かべていた。。
フランに至っては罰が悪そうにうつむいて3人の後を付いていっている。
すると店の前から足音が聞こえてきた。それに霊夢が気付く。
「まずいわね」
「そうね、騒ぎが大きくなってしまうわ」
「記事は新鮮さが命だと言うのに!」
記事を書こうとその場から逃げようとする文を霊夢が取り押さえても見合っているその時、小島酒蔵の店に入って来た者は大島酒蔵の従業員達だった。そのもの達は店の中の惨状を見て皆一様に目を丸くし口をぽかんと開けている。
「うわっ、戦争でもあっただか!?」
「ん? 霊夢さんに永琳さんまで? 何でこんなところに?」
「パパラッチもいるべ」
「お、お嬢!? まさかお嬢が!?」
そして文に背負われて気を失っている新之助を見てまた驚く従業員達。
従業員達が驚くのももっともだが霊夢たちも驚いたことがある。それはその従業員達の手は鈍器やら刃物やらが握られていることだ。
新之助の復讐に来たのか、はたまたフランを助けに来たのか、もしくは病み上がりの新之助を心配してかは分からないが、そんな従業員達にもろもろの説明が面倒になったのか永琳は軽くため息をつく。
「あなた達、とりあえずちょっと手伝ってくれる?」
負傷者は多いのだ。説明よりも人手が増えることの方が今は喜ばしいこと。
永琳は大島酒蔵の従業員達に負傷している者達を運ぶよう指示した。
いつ聞いたのか今回の事件の事は小島酒蔵の従業員達は知らなかったらしい事を文が説明してやる。その後、大島酒蔵の従業員に新之助を任せた文が説明し負傷者を運ぶように促していた。説明しながらも巧みに取材も行っていたことは言うまでもない。
だからかその負傷者達にやれやれという視線を向けて運んでやる従業員達。
小島当主はというと霊夢が縄で縛り上げているがそれをいいことに大島酒蔵の従業員がリンチする、なんて事がありえるので何故か都合よく持っていた姿が見えなくなる札を小島当主に張ってやり過ごした。
その札で小島当主が突然消えていたので永琳とフランも首をかしげていたのだが、これだけは文の取材にもノーコメントだった。
診療所
「これで全員ね」
「全員で負傷者二十一名、死者無しっと」
永琳が時々出張で出向く小さな診療所は負傷者で一杯になってしまった。
「しかし疲れましたね~、私に永琳さんの手伝いをさせた霊夢さんはいずこへ? フランさんにも色々聞きたい事があるのですが」
と色々手伝わされてさすがに疲れの色を見せる文。ぐにょりと体を椅子の形どおりにうねらせてげんなりしている。
永琳はというと豆電球の下で忙しそうに大量のカルテに筆を走らせていた。
「霊夢さんは新之助さんが眠っている病室でフランさんが暴れないように見張っているはずよ。リングが壊れちゃったから」
永琳は文の方を見もせずにカリカリと音を立てながらおざなりにいう。それを聞いて文は「ずるい」と一言だけいって更に体をうねらせる。
夏の終わりの夜の病室には鈴虫の鳴き声が響き、さらに窓から入ってくる風が窓に引っかかっている風鈴を奏でる。
風はやがてカルテをめくり上げ、それを永琳の手が押さえると同時にやんだ。そしてふと永琳が手を止めて上の空になる。文もそれに気づいて顔を上げた。
「そう言えばフランさんはどうなるのかしらねぇ」
独り言のようにボーっとして呟く永琳の横顔はどこか哀愁に満ちている。
「どうでしょうね~、少なくとも霊夢さんは罪を咎めるということはないでしょうが」
文は肩をすくめて両掌を天井に向ける。そしてすぐそばにあった椅子に腰掛けため息をつく。永琳は未だ上の空。
鈴虫と風鈴の音が、そのたった今できた沈黙を舞台にデュエットを始める。
夏の終わり、もうすぐ秋がやってくる。秋の心と書いて愁。
「そうね」
夏の別れと共にフランは幻想郷を去ることになるだろう。
フランは人を傷付けた。それを霊夢が咎めなくとも頭の固い聞き分けの悪い閻魔様が天界から睨みを効かせている。
二人ともフランと仲良しでも良く話す中でもない。しかし一度や二度話したりしたことがある幻想郷の住人が幽閉され二度と会えなくなると言うのは後味が悪いし切ないものなのだろう。フランのような元気な娘ならなおさらだ。
「さて」
そう言ってデュエットをぶち壊して永琳が立ち上がる。
「一区切りついたしフランさんの所へ行きましょうか」
文は今まで手当てで忙殺され、フランを取材できなかったためか元気よく立ち上がる。
「行きましょう!」
二人がフランたちがいる病室に入って行くと長椅子に腰掛けた霊夢が腕を組んで座っていた。扉を開けた永琳と文に気付き首を振って二人を見るや否や人差し指を天井にむけてしぃーっと口の前で立てる。
「あやや」
「まあ」
その病室のベッドには新之助が眠っていた。そしてそのすぐ傍で椅子に座り、新之助のお腹の辺りを枕代わりにして眠っている天使がいた。
その金髪の天使は気持ちよさそうにすやすやと寝息を立て、長い上下のまつ毛を重ね合わせて瞼を閉じていた。咲夜が見たら卒倒してしまいそうなほどに可愛らしい天使の寝顔に、文も思わずカメラを握るのを忘れてしまうくらいだ。開け放たれている窓から入ってくる風がフランの髪をなでるとくすぐったそうに顔を新之助のお腹にうずめた。
「取材なら後にしなさい」
そんなフランを気遣ってか霊夢が小さな声で文にささやく。文もそんな無粋な事などしないと、しかし取材ができないからか残念そうに笑いながら霊夢に反抗の視線を向ける。
「一言二言聞きたかったのですがこれでは仕方ないですね。私の独断と偏見で記事を書いてきます」
そう言って窓の方へ向かう文。
「もう行くの?」
「この光景は少しもったいないですけどね」
「ならもう少し見てたらいいんじゃない」
永琳が冗談めかして言ってやると文はふふっと鼻で笑って窓に足をかける。
「いったでしょう、記事は鮮度が命だって」
そして軽くウィンクをして開け放たれた窓から静かに飛び立って行った。
「変な事書かなきゃ良いけど……」
「どうかしらねぇ」
飛べるとはいえちゃんと扉から出て行けという指摘は誰もしないのは二人とも飛ぶことが出来るからだろうか。
「あの~わすれてました」
と、そんな間の抜けた声が聞こえてきたので二人が振り返る。そこには頭をぽりぽりと申し訳なさそうに書きながら笑う文の姿が。恐らく高速で引き返してきたのだろう。今度は窓からではなく扉から入ってきたらしいが。
「どこからでてくるのよ……」
「何か忘れ物?」
「はい、この寝顔を撮ってからい――」
「だめ」
霊夢は本日二度目のハモリだった。