少し前
天界
「今なんと?」
天界では小町と四季がフランの処遇について話していた。
「フランドールは黒だと言ったんだ」
小町はそんなフランへの判決に先程のフランを罵倒していた時とは全く逆の感情を顔に表す。更に口をぽかんと開けて呆然としている。
「何かおかしいか?」
不機嫌に言って四季はただ目を瞑り、椅子に座って腕を組んでいる。
静かな四季の威圧感に小町の開いた口は、のどまで来ている言葉を出すか出さまいか迷った挙句、完全に閉じられてしまった。
フランは契約を破りはした。しかしその成長には目を見張るところがある。一度の失敗で黒として済ますにはあまりに惜しい成果なのだ。だが目の前にいるお方は約束や契約に忠実で、それを正義として判決を下す。例外は認めず、融通が利かない固い御方だ。
それ故に閻魔と言う役職に即位しているのだ。
「奴は契約を破った。契約を破ればどうなるか忘れたわけではないだろう」
四季はやっと片方の目だけを開け小町を睨む。しかしそれは小町を説き伏せる、と言うよりもただ単に小町を睨みつけただけのような視線。
「で、でも、少しはフランドールの努力を考慮して――」
小町も天界から仕事の合間に見ていたであろうフランの所業。たとえ話したことが無くとも同じ幻想郷に住まう者同士、しかも見た目小さな子供であるフランが一生懸命に契約を果たし、成長しようと努力している姿はなんとも健気で応援してやりたくなるもの。
「甘いな、小町」
何とかフランを天界送りにさせないよう、四季にびくつきながらも、先程まで塞がって開かなかった口をこじ開け、抵抗しようとしたところでまたしても四季の有無を言わさぬ一言で釘を刺されてしまう。釘は口を塞ぎ、出かけた言葉はまたしても押し戻される。
「白は白、黒は黒だ」
「……」(相変わらず――)
塞がれた口から出ることの出来ない言葉は心の中で不満を爆発させるしかない。きっぱりと言い放つ四季に何も言えず愚痴を心の中で叫ぼうとするが、心の内に秘めた言葉というものは反響し顔に出てしまうもの。それを長年上司をしている四季が気付かないわけがなかった。
「頑固だな、なんて思っている顔だな、それは」
「げっ、あ……いやっ」
それを言い当てられた小町はもうどうすることも出来ず、縮こまって沈黙するしかない。
しかし部下を威圧することだけが上司の仕事ではない。縮こまる小町を一瞥すると両目を瞑って深く長いため息をする。と同時に先程の不満に似た怒りも吐き出されたようで、机に片肘を突いて頬杖を突き、気の抜けた態度をとる。
「別に私も鬼ではない。今回の件、少しは奴の努力を考慮して懲役一万年くらいにしてやってもいいと思っている」
契約に従順に従う事は大切だ。だがそれだけが閻魔の仕事ではない。頑固者とはいえその過程を全て考慮せず、結果を出すだけなら誰にでも出来ること。閻魔とはそれらを全て考慮し、柔軟に判断、対応出来てこその位だ。
「は、はぁ……」(この方は本気でこんな事思ってるからなぁ)
だが懲役一万年とはフランが生きた年数の約二十倍。四季は妥協案を提案しているのだろうが妥協案になっているとは言い難い処遇だ。
四季に小町が何を考えているのか表情でわかるくらいの長い付き合いならばその逆もまた然りだ。小町の予想通り四季は本気でそんなことをぬかしているのだ。
「ただ……」
「ただ?」
「上の連中にごねられてな」
その妥協案のようで妥協案ではない案すら通すことが出来ない理由がある。
小町にもなにか心当たりがあるのだろう。「ああ」という残念そうな言葉が思わず漏れてしまう。
小町に上司がいるように四季にも上司がいる。四季でさえこれだけ頑固だというのに、その上司にごねられては小町ではもうお手上げだ。その上司である四季でさえ頭が痛そうに眉をしかめている始末。
「察しがよくて助かる」
小町の哀れみの視線に四季が残念そうに鼻で笑ってそんな事を言う。
数百年前フランの羽は戦争の火種となった。戦争を起こしてしまう程の大義名分を与えてしまった。それはそれ程の意味がフランの七色の羽には込められていたからだ。
では今はどうか。幻想郷に移り住んだフランは長い間地下に閉じ込められていたせいで周りに迷惑をかけるということはあまりなかった。それで均衡は取れていたのだ。
ところが最近になってフランが徐々に外で遊ぶようになった。
その事象が幻想郷を管理する四季、更にその上の者達に危機感を与えていた。それは他の何者でもない、フランの『ありとあらゆる物を破壊する能力』が原因。
霊夢や町民も気付いたようにその力は人里と幻想郷を隔てる博麗大結界を破壊してしまう恐れがある。そうなれば幻想郷と人里がつながる事になってしまうのだ。そしてこれを好機と、押し寄せる妖怪がいないという保障はどこにもない。またその場合の被害は計り知れないものになるだろう。
天界も前々から幻想郷にいい影響を与えない、目障りなフランを排除し、危険因子を消そうと考えていたのだ。そして危険な能力を持ったフランが幻想郷で暴れていればいずれ町民が気がつき、このような事が起きる。それは天界も予想していたに違いない。
案の定、天界が待ち望んだ今回の計画が浮上した。
そこでさりげなく、フランを天界に幽閉してみてはどうか、と提案すれば「フランにとってそれ程身にしみる罰はない」と皆飛びつくだろう。その奥には天界のどす黒い思惑が渦巻いていた事など知る由もなく。
そんなどす黒い色で背景を塗り潰されればどうなるか、その背景で少しでもフランが罪を犯せばどうなるか。結果は火を見るよりも明らかだ。
今の状況は天界にとっては棚から牡丹餅、フランにとっては寝耳に水だっただろう。
その力ゆえ、地下に閉じ込められていた。外で遊ぶになったと思ったら今回の計画。その計画も完遂目前で最悪の事態。
くしくもその事態とは天界が待ち望んだ状況と相成った。
たとえ小町や四季が何を言って対抗しようと余程のカードが無い限り四季へ下される命令は覆らないだろう。
いつの時代もフランにとって住みにくい世界のようだ。
「お前が思っている通りだ。上も奴の能力には前々から目をつけていた」
もうどうにもならないと吐いた息を推進力にして四季は椅子に寄りかかる。
そして判断を下すのは幻想郷地域の死者の管理を任されている四季。天界から何を言われたのかは言うまでもない。四季の苛立ちはそこから来ていた。
「だからフランドールを上に言われるまま閉じ込めようと?」
諦めムードの四季に部下ながらに不服の目で睨み付ける小町。
「ふん、私とてそんな事に甘んじる気はさらさらないんだがな」
四季は四季でそんな視線をうざったそうに鼻で払い、背もたれに体重を預け暢気に天を仰いで何か考えている。
「だったら上に言い返してやればいいじゃないですか!!」
そこへ小町が暢気に天を仰ぐ四季に提案をする。その語気は強められ更には上司を睨みつけるような視線で。しかしそれは何の効力も持たない青臭い提案。
「どうした小町、いつものお前らしくないな。何処かのメイドみたいだぞ?」
「あ、あたいのは本物ですからね!」
「私へのあてつけか?」
上はフランが契約を破ったと大義名分を掲げ、フランという危険因子を排除する、という目標を遂げようとするだろう。それを防ぐならば、それに見合うカードが必要なのだ。
それにぶつけるにはフランが努力をしているという事など余りにも小さすぎる。町民を傷つけた罪はそれ程重いのだから。
「あやや? どうしたんですかお二人とも」
そんな真剣に話し合っている場面で笑顔、更にひょうきんな声で二人の後ろに立っているものがいた。
「特に小町さん、あなたが真剣な顔するなんてお米でも降るんじゃないですか?」
新聞記者の射命丸文だった。
「あんたかい……今取り込み中だよ」
「あややっ、私は別にい・つ・も、のように世間話をしにきたわけではないんですよ?」
ニヒヒといたずらに笑う文に小町は冷や汗たらたらだ。いつも仕事をサボり、文と世間話していると四季の前で言われたのだ。小町にはたまったものではない。更に四季の「ほう」、という威圧感が小町の冷や汗を脂汗に変えていく。
「山に帰れ天狗。お前の口には災いが満ちているっ」
「言われなくてもすぐ立ち去りますとも。これをばら撒かないといけないですから」
文の手には新聞の束が握られていた。その一枚を小町に手渡す。
「はい、どうぞ」
「新聞?」
「では私はこれで」
文はそれだけ渡すとさっそうと飛び立ち、わずか数秒で見えなくなってしまった。
「これは……」
「ん? どうした」
小町が手渡された新聞にはフランの記事が書かれていたのだ。小町はそれを四季に見せる。
見出し
お手柄! 正義のヒロイン登場!? 町にはびこる妖怪を見事に逮捕! 天使の悪魔フランドール=スカーレット!!
と書かれ、フランの写真が何枚か貼られていた。そして霊夢が小島当主を半殺しにしている写真、更にその下にはけが人の人数や名前が丁寧に記載されていた。
「しかし物事も捉えようですね。これってもしかして上に対抗できるネタに――」
「ならん」
四季は即座にそう吐き捨てる。
フランが行った暴挙が正義の名の下に行われたというだけで、そんなもの表現を変えただけの暴力となんら変わらない。フランが危害を加えた事実を無効化することは出来ないのだ。
「即答ですか」
「こんな紙切れ、上に持っていっても鼻紙にされて終わりだ」
「鼻を噛んでいるときに顔面パンチを食らわせて黙らせるというのはどうでしょう?」
「名案だがこちらは断頭台の露と消えるだろうな」
「安心してください。あたいが責任を持って地獄へ連れて行きますので」
「露と消えるのは私だけか? しかも地獄?」
「あたいは何も知らなかった」
「……知らない者と死んだ者は同じ『ほ』の付くものになるらしいな」
「ほ?」
「知らぬがほ」
「ほ、ほととぎす!」
「信長は言った、鳴かぬなら、殺してしまえっ」
「家康でお願いしますっ、てそんな事ではなく、一度くらい試してみましょう」
「ダメだ、小さすぎる。こんな事じゃ上は見向きもしてくれんだろう」
「そんなぁ……ん?」
小町が何かに気付いたようにその記事の一つをじっと睨みつける。そして慌ててその豊満な胸に仕舞い込んだであろう折りたたまれた紙を取り出す。
しかし取り出した時に慌てた為か着物がはだけて大事なところが見えてしまいそうだ。
「これを見てください」
「別にうらやましくなんかないぞ! 断じて私は」
「違いますよ、こっちです、これを見てください!」
「ん?」
小町は新聞に記載された記事の一つを指差す。それと小町の胸から取り出された紙に書かれているものを見比べる四季。
「これなら上も黙らせる事は可能では?」
「……成程な、これならばいけるかもしれん」
人里
「で? その上を黙らせようってネタはなんなのよ」
小町によって遠くへ移動させられていた霊夢が小町を座布団代わりににしてそんな事を問う。
「ならそこをどきなよ!」
遠くから必死に走ってきた霊夢に札を投げつけられ、床に倒れたところを霊夢に上からのしかかられていた。そしてフランへ行った鬼のような言葉攻めの真意を白状させていたのだ。
霊夢は渋々といった感じで小町の上から退き、更に手を貸してやる。
小町は着物に付いた汚れを払い、更に胸の隙間から紙切れを取り出す。
「まずはこれを見な」
「何? 四季へのあてつけ?」
「なぜ私……」
またしてもはだけた小町の着物に今度は霊夢が茶々を入れる。
「ち、違うからっ、さっさと読みなっ」
「文が書いた新聞じゃない。こんな鼻紙でどうにかなるとでも?」
「ここを見な」
小町が指差したのは新聞に書かれていた負傷者のリストだった。
「これが何だってのよ?」
「これと見比べてみなよ」
小町はもう一枚、胸から紙を取り出して霊夢に提示する。
「う~ん?」
首をひねる霊夢の横から永琳も顔を覗かせる。
「同じ名前が二十人くらいいるわね」
先程カルテを書いていたからか、見覚えのある名前が文の記事と二枚目の紙切れ両方に記載されていたのだ。二枚目の紙切れに書かれた人数の方が二倍くらい多いが。
「確かに……それに大島……新之助?」
「え?」
皆が新之助を見る。その新之助はフランと顔を見合わせる。
何がなにやらわけがわからない。上を黙らせるカードとはなんだというのだろうか。
「ああこれって」
小町が持っていた紙は何か、どうやら永琳は気付いたようだ。
小町の取り出したリストと文の作った負傷者のリスト、更には昨日何が起ころうとして代わりに何が起きたかを考えれば分かるはずだ。
そして小町は死神だった。
「そう、これは昨日死ぬはずだった人間の名前だよ」
昨日、新之助は撃たれて死ぬ運命だった。それで小町も新之助の寿命が延びていると言ったのだろう。
更に新之助が撃たれた事で大島酒蔵の従業員達が敵討ちに小島酒蔵を襲い双方かなりの死者がでた事が小町のリストでわかる。そのリストには大島酒蔵の従業員も大勢載っていたのだ。
「そうだったのか……」
さすがに顔から血の気が引いてく新之助。
「よかったね、皆死ななくて」
死ぬ予定だった新之助の隣ではフランが一言そうぬかして無邪気に笑っている。
フランは分かっていないだろう。何故その人たちが死ななかったか、自分のした事がいかに重要な事か。
フランが新之助に噛み付き、更に新之助の回復を大島酒蔵の従業員が待っている間に小島酒蔵を強襲した事によって双方に死人が一人も出なかった事を。
フランが噛んだ瞬間に新之助の運命は変わったのだ。フランは新之助の死という運命をぶち壊したのだ。更には両親を殺された悲しみと憎悪という名の鎖さえ破壊した。
ニコリと笑うフランがとても愛おしく感じたのか、また新之助はフランを抱きしめる。
フランはまたキョトン顔だが、新之助の顔にはフランにもらった暖かい言葉で血の気が戻る。更には笑顔が戻っていく。
そしてこれならば上を黙らせるに十分すぎるだろう。フランが人を傷つけた為に数十人の命を結果的にだが救ったのだから。
「成程。これをネタに上を黙らせようってわけね」
「そうだ。もう報告は済ませてある」
しかしそう言う四季の顔は険しい。
「ただ、上もこのままでは引き下がれないらしい」
「?」
「さっきの小町さんの言動と何か関係が?」
「その通りだ」
そう言って四季がフランを睨みつける。
「フランドールに危険がないことを証明しろ、だそうだ。だから小町を奴への当て馬にしたわけだが、少々やりすぎたらしい」
「ええ!? 四季様が怒らせろって言うから、じゃないとクビにするって言ったからあたいは仕方なくそうしただけなんですよ!?」
「じゃあ失敗って事?」
「いや、このネタはよほどの効果があったらしくてな、『フランドールが破壊行動を行う事』という上にしてはかなり弱腰の条件を提示してきた」
フランが人を傷つけ、その過程を顧みず、結果だけでフランを天界へ隔離しようとした四季の上司。だからいまさらフランが破壊衝動をしようとしたから天界へ、などという戯言は言うことはできないだろう。
しかし四季の上司がそんな弱腰の提案をするにはフランを天界へ隔離することを強行しようとした者たちにしてはあまりにも不自然だ。
だがその理由もしっかりあった。
「何言ってんですか? 四季様が掛け合ってそこまで条件を引き下げ――」
ということだった。
言うのを遮って四季が小町の頭に拳骨を食らわせる。小町は「きゃん」などと普段の言動からは想像しがたい声を上げて悲鳴を上げた。
フランの為に自分がそこまでしたことが恥ずかしかったのだろう。普段はお堅いというイメージがあるが四季もまた心優しい人物なのだ。
そしてフランはその心優しい人間、新之助に止められて上からの条件は棄却された。
そこで一つ咳払いをする四季。
「でだ」
四季が小さな歩みでゆっくりフランの前まで歩いていく。そして手に持った笏のような鏡を体の前に立てる。どこか儀式がかったその行ないにはどこか神々しさがあり、周りの空気をきゅっと引き締める。
その雰囲気に皆その四季をただ見つめるだけだ。
「フランドール、お前が人を傷つけた事は事実だ。小町が人の寿命を知っていたから今回の事は水に流してやっても良い、という事にはなった。が、小町に挑発されてお前はレーヴァテインを握り締めた。お前はあの時一体何をしようとした?」
それは問いでは無く確認。
過程を一切合財無視して結果だけを重視することは誰にでも出来ることは前述したとおり。それは良くも悪くもだ。それが四季が閻魔である所以。
あの時フランは自分の激しい感情を抑えきれずレーヴァテインで周りを破壊しようとした。それは四季にも分かりきっている。新之助が止めなければ一大事だっただろう。
「こんな所であんなもの振り回せばどうなるか、お前にもわかるはずだ」
「……ごめんなさい」
そのフランも怒られていることは分かる。だから素直にそう言ったのだがそれはもう意味を成さなかったらしい。
「謝罪などいらん。これからお前に下す判決はお前がレーヴァテインを振りかざした時、既に決まっていたのだからな」
「え?」
その確認とは何かを決める為に行われる前段階だったらしい。
「フランドール=スカーレット! お前に判決を下す!」
突如四季は小さな口を大きく開けて更に声を精一杯張って言い放つ。その突然の判決宣言にごくりと唾を飲む暇さえなく、皆一様に体をびくつかせる。
そして
「判決! 黒!!」
有罪だった。
当然周りはどよめき四季を困惑の表情でこれが戯言ではないかと確認する。しかし四季は見れば見るほど現実味を帯びていくしかない表情だ。
「お前の犯した罪は重い! 懲役1万年の刑に処する!」
「ちょっ!? 四季様!?」
小町が霊夢を引き止めたように四季もまた片腕の掌を小町に向けて黙らせる。
「または!」
四季はずいっと前に出てフランに近寄る。
「ふぇ?」
「鉄槌一万年分の刑に処す!」
「ぎゃん!」
四季の手を握り締めた鉄拳がフランの頭頂部へめり込んだ、かと思うとそのまま床を突き破りフランの頭がめり込んでしまった。
「罪の重さを知るがいい。フランドール」
幼女にこの酷い仕打ちに霊夢たちはドン引きしてしまっている。
そこでこれで締めだとばかりに四季が声を張り上げる。
「これにて一件落着!!!」
満足そうな四季の様子を見て小町は苦笑いだ。
(これが言いたかっただけか)「きゃん!」
四季と小町の付き合いは長いのだった。