「そこにいる人間に感謝するがいい。フランドール=スカーレット」
判決を下した四季は満足げにその余韻に浸りながらフランに投げかける。
一方のフランといえば床に頭をめり込ませて動きはしない。
「たぶん聞こえてないと思うけど……」
四季の幼女暴行に驚いた新之助が急いでフランを床から引きずり出す。
新之助に引きずり出されたフランは目をぐるぐると回し、倒れそうで倒れない人形のようにゆらゆらと揺れている。四季の拳骨は相当効いたらしい。
「星がっ……ぐるぐる……」
「大丈夫?」
それを新之助が抱きかかえるようにしっかりと支えてやる。
フランは小島当主に何発も銃弾を打ち込まれたことは新之助も聞いている。だから四季の拳骨でどうこうなるとは無いだろうと予想し、さほど心配はしていないようだった。むしろフランの判決がこれほど軽い刑で許されたことへの安心感から笑みがこぼれている。フランはそんな新之助に全体重を預けて一言、痛いと今にも泣きそうな声で呟く様に呻く。
フランには悪いがそれを聞いても新之助の顔には哀れみの要素よりもやはり嬉しさが勝って笑みがこぼれてしまうようだ。
「そりゃ痛いよ。いつもあたいを殴ってんだからさ」
新之助に代わって小町が哀れみの言葉をかける。楽しそうに、ゲラゲラと笑いながら。
そこへ四季の視線が小町を突き刺す。悪者みたいに言うなと、悪いのは仕事をサボるお前なんだぞという視線。その視線から逃げるようにフランに歩み寄り、変な仲間意識を持った小町は殴られたフランの頭を撫でてやる。
「よしよ~し、大丈夫だったかチビ助」
バシッ
「え?」
深夜の部屋に響いたその音はフランが小町の頭を撫でる手を払いのけた音だった。
皆から親しまれている小町はフランのあしらわれ方に現実味が沸かないらしい。小町は訳が分からず手をさすりフランを見つめるだけ。
夢でも見ているかのようなそのフランの仕打ちに、訳も分からずもう一度恐る恐る手を伸ばしてしまう小町。
バシッ
「あんた嫌い!」
「ええ!?」
今度は小町の親切心も同時に払いのけた。
どうやらフランは先程の小町の応対が気に食わなかったらしい。小町もやりすぎた感はあるが先程のフランへの応対は演技だ。しかし肝心のフランがあまりよく事態を理解していないらしい。
更にそんな中、二人のやり取りに笑いを見出した一人の巫女が思わず噴出してしまう。
「格好悪っ」
人の不幸を笑うとはなんとも罰当たりな巫女である。
そんな巫女を小町は睨みつけるが、生憎、負け犬の睨みにびくつく程その巫女の肝は小さくない。。
「笑ってないで説明してやりなよ!」
「いくら出すの?」
などと毒まで吐く始末。
「ははは、嫌われたようだな、小町」
「四季様からも何か言ってやって下さいよ……」
上司である四季もそんな和やかな雰囲気にただ笑っている。
しかし仕向けたのは四季で、やりすぎとはいえ自分の部下が行った愚考だというのもまた事実。部下の責任は上司が取らなくてはならないのだ。
「ふむ、しょうがない奴だ」
不甲斐ない部下の頼みにやれやれといった感じで四季はフランの方へ歩み寄る。そしてそっと手を頭に載せて諭すように語りだす。
「フランドール、今までの小町の言動は全て演技だ。許してやれ」
バシッ
「え?」
にこやかだった四季の表情が一変し、鳩が驚いた顔に退化してしまう。
フランはあろう事か四季の手をも払いのけた。あの世への天国と地獄への道標、閻魔の手を払いのけてしまったフランに新之助は驚きを飛び越えて笑顔から表情が変わらなくなってしまった。
先程小町がされた光景に笑いを見出した巫女の反応はいうまでもない。更に第三者から見る状況とはそういうものなのだろう、先程今と同じ状況に陥っていた四季の部下もまたその中に笑いを見出してしまったようだ。
霊夢と小町は二人して口を手で押さえて回れ右をして囁き合う。
(やばいって霊夢)
(な、何がよ)
(これ面白すぎる)
(ふふっ……やめてっ、言わないでっ、(笑ってるのが)ばれるっ)
さすがに小町と四季では分類が違うのだろう。霊夢と小町は四季に背を向けて必死に笑いをこらえている。それがばれればどうなるか結果は見えているのだ。
(あ、また手を伸ばしたよっ)
(も、もうやめて! お願いだからもうやめて! あなたのライフはゼ――)
バシッ
「だーっはっはっはっは! さすがっさすが四季様! あなたは皆がやれないことを平気でやってのける!」
「ひぃーひぃー死ぬ死ぬ! 死んじゃう! 笑い死んじゃう! 地獄だけはっ、地獄だけは勘弁してえええ!」
ついに小町と霊夢は笑いをこらえきれずに腹を抱え、あまつさえ涙を流しながら床をごろごろと転げまわって爆笑し始めてしまう。 その笑いはとどまることを知らず深夜にしては少し騒がしすぎる病院だった。
「……」
この後、床には新たに二つの穴が開けられ、更に正座させられ説教をされる事になった事は言うまでもない。
「お前は死が付いていても神なのだぞ! もっと自覚を持った行動をしろ!」
「あの時は……仕方無かったんです……ああするしかなかったんです……ふっ……ぷっくくっ」
「ぐぬぬぅ……霊夢! お前も博霊の巫女としての自覚が足りんのではないか!?」
「ちっ、反省してま~す」
「こ、このっ……貴様ら! 反省するか喧嘩を売るのかどっちかに――」
四季が二人に説教をする最中いつの間にか四季の後ろにいた永琳がそっと四季を抱きしめた。そのため説教が中断されてしまう。
「まあまあ、閻魔さん」
「八意永琳?」
二人の攻めに四季があまりにも可愛そうに見えたのか、四季が振り返ると永琳が母親のような笑みを四季に向けていた。
「せっかくのフランさんが解放されるっていうのに、いつまでそんな説教を続けるつもり? おめでたい雰囲気がぶち壊しよ」
永琳の言う通り、こんなめでたい場面で説教など場違いもいいところだ。
だからもうその辺は無礼講で許してやれということなのだろう。その聖母マリアのような笑みに四季のずたずたに引き裂かれたプライドも少しずつ繕われていく、と思われた。
「あ、それと床の修理代はちゃんと請求しますから」
「……はい」
そんな笑みでこんな言葉を吐きかけられた四季のプライドはもう跡形も無い。
「寄せてあげる、ならぬあげてさげるか、やるわね永琳」
「四季様……ぷくくっ」
その光景を眺めていたフランがはっと気付いたように新之助の服を握る。
「新之助! 新之助!!」
「ん?」
「私もアイツを辱めたい!」
握った新之助の服をクイクイッと引っ張り四季を指差しながら言う小さな悪魔の顔はやる気で満ち満ちている。そこにいる可愛らしい生き物は500年近く生きている吸血鬼とは思えないほど見た目どおりの、楽しそうなものを目の前にうずうずしている小さな子供だった。
この幼女は何を言っているのだろう、と目を白黒させる新之助。しかし天真爛漫で自由なフランの行動理念を考えたところで無駄だと判断し思考を捨てた。
「あはは、全くどこでそんな言葉覚えたんだい?」
「おねぇ様が言ってた」
「そっか……大丈夫、君が一番辱めたから」
「そうなの?」
「そうなんだよ」
そういって困惑気味に首をかしげる。その悪魔のしぐさは新之助をとりこにするしぐさそのもの。この悪魔になら心を売り渡してもいいと新之助が思っている時、
「そこの人間!」
四季が怒りに任せてそう叫んだ。そこの人間とは新之助しかいない。
「は、はいっ!?」
先程までだらしなくデレデレしていた間の抜けた顔に、四季の怒鳴り声を挟まれた新之助は背筋をびくつかせ、更に声を裏返して返事し四季のほうを振り向く。
「せ・つ・め・い・し・て・や・れっ!」
その四季の怒りに満ちた表情と短いが迫力のある言葉に新之助はおずおずと頷くしかない。
新之助はフランに死神である小町が何故あんな行動をとったかを丁寧に説明してやる。
さすがのフランも新之助の話には真剣に耳を傾けてはいたがそのうち飽きてきたのか横から垂れているサイドテールを弄ったり新之助が説明途中にする手でのジェスチャーを猫のようにぱっと両手で挟んだりしていた。
「だからあのお二方は悪くは無いんだよ。わかった?」
「わかったー!」
分かってはいないだろう。
よく笑ってごまかすと言うがフランは笑いでごまかし、更には可愛さも交えてごまかそうとした。そんな卑怯なごまかされ方をされ、両手で手を掴まれたままの新之助は魂を明け渡す契約の握手をしている様にも見えなくも無い。
「あはは、偉いね~」
フランを褒めながら新之助は顔をほころばせ頭をなでてやる。もちろん新之助のその手だけは叩き落される事はない。
「人選……間違ってないか?」
四季は疲れた表情でため息混じりに独り言のように呟く
「女の子は優しく育てろっていうでしょ」
いつの間にか勝手に正座を解いて横に立っていた霊夢がフランを見ながら口を開く。そんな霊夢の言うような甘い考えに四季が賛同できるわけがない。
四季がもの問いげに横を見るとそこにはわが子を見守る母親のように優しい顔をしている幻想郷の地上の管理者である巫女、博麗霊夢がそこにはいた。
やっと巫女らしい顔を見せた霊夢に、いつもそんな顔をしていればいいのにと四季は心の中で呟きながらその清閑な横顔を見つめる。
が、あいまいな事が嫌いな四季は先程の甘い事がやはりお気に召さないらしい。すぐに表情を厳しいそれに変え、フランを見ながら霊夢の意見に黒い色を塗りたくりにかかる。
「その案には賛同できないな。甘く育てるとろくなことになりはしない」
「別に厳しくするなとは言ってないわ。ただ厳しくする事だけが人のためになるなんて思うなって事よ」
四季は霊夢のその言葉を頭に置いて顔をデレデレに緩ませている新之助を見つめる。しかしその顔に厳しさなど一欠けらも無く、とてもフランのためになるとは思えない。
「そういうものなのか?」
「そういうものよ。拳骨ばかりしてるとさっきみたいに手をはふっ……手をふふっ……て……ふっ……」
「……」
ここでまた説教するわけにも行かず、やはりいつもの巫女だと四季はため息に説教を載せて吐き出した。
そしていつまでもこうしているわけにもいかない。
やることはまだある。
四季は一つ大きな咳払いをし、皆の注目を集めた。
「フランドールの処分はこれで良いとして」
四季が長椅子の横に目を向ける。そこは小島当主がいるところだ。今は霊夢が丁度持っていた札で姿が見えないが。
「もう目を覚ましているのだろう?」
四季がそう言うと微かに何かが動いたような気配がする。霊夢が歩み寄って札をはがすとぼろ雑巾のようになった小島当主が姿を現した。
小島当主は体をびくつかせ顔をうつむかせる。どうやら気がついているようだ。
「小島さん……」
そんな小島当主の姿に驚いたのか同情したのか分からないような声で新之助が呟く。その呟きにも小島当主は無反応だ。
その小島当主をぼろ雑巾のようにした張本人、フランは殺さないでくれといわれた事を思い出す。もしかしたら傷つける事さえもしてはいけなかったのではないか、と感じたのだろう。小島当主を見る新之助の横顔を複雑そうに見つめている。
その新之助の視線を妨害するかのように四季が二人の間に立ち、儀式的な振る舞いで笏を体の前に掲げる。どうやらフランと同じく判決を下すつもりなのだろう。
「小島酒蔵当主、小島雄大!」
そんなに大きくはないが、しかし周りにはっきりと聞こえる声で四季が縛られた小島当主の名前を呼び上げる。そんな声にまたしてもビクつき体をすくめる小島当主。
「お前が犯した罪は重い! 論議するまでも無くお前は黒だ!」
無論小島当主に下される判決はそれしかない。小島当主は分かりきっていたのだろうが予想と現実の差が肩の高さで分かる。
「しかしだ、今回のような特例で無い限り、天国か地獄か、死んだ者達をそのどちらに導くかを決める事が仕事であり、私に与えられた権利だ。よって、まだ生きているものを裁く権利は幻想郷の地上の管理者である博麗霊夢に一任する事が望ましいと考える」
「相変わらず堅苦しいわね」
今回のような特例とはフランの計画についての事。いつもならば妖怪が人間を傷つけたり殺したりといった事象は地上の管理者に任せるという事が言いたいのだろう。
長ったらしい言い回しだが、つまり小島当主を煮るも焼くも霊夢の一任で決まるという事だ。
「ならさっさと封印して小町に引き取ってもらおうかしら」
霊夢は手に札を持ち小島当主を見る。小島当主は小さな悲鳴を上げて縛られながらも芋虫のように後ずさる。
その時、小島当主を殺さないでくれと懇願した新之助の口が開く。
恐らくは霊夢の封印を止めようというのだろう。昔両親を殺され、現在は自分も打たれたというのに。新之助は憎くて憎くてたまらないだろうに。
しかし小島当主を殺せばまた憎しみが繰り返す。だからずっと我慢してきた。大島酒蔵を大きくする事で仕返しをしようと、心に一本の、憎しみに折られる事のない芯を持って。
だから殺さないでくれと霊夢に言おうとしたのだろうがその口から言葉が出ることはなかった。
「待って霊夢!」
「ん?」
意外な事に新之助の代わりに叫んで止めたのはフランだった。
「そいつ、殺すの?」
その意外な一言に霊夢はフランの方へ向き直る。そして腰に手を当てため息をつき「何か問題でも?」と問い返す。
「殺さないでって言ったら……怒る?」
「はい?」
それにはそこにいた全員が驚きを隠せないでいる。皆一様に口をぽかんと開けてフランを見る。
「フランちゃん?」
「だ、だって新之助が殺すなって言ったから」
フランはそういうと照れくさそうにもじもじしながら俯いてしまう。
自分の気持ちに忠実なフラン。本当にそう思っているのだろう。
本当は小島当主を殺したいと思っていた。しかし新之助に殺さないで欲しいと言われたから今は殺したくないとも思っている。
今は新之助の願いをかなえたい。単純にただそれだけの事だった。
一様に驚いている顔の中、新之助の顔だけは驚きに混じって笑みが混じる。
もしも憎しみを一緒に分かち合い、共有してくれる者がいるならば、その憎しみは少しは緩和されるものなのだろう。
「ほ、本当か!? それは助かる! ワシはまだ死にたくはないからな!」
ここで初めてまともな言葉を発した小島当主だが、それは新之助への謝罪ではなくただ無様に生にしがみ付く救いようのない言葉。 小島当主を援護するものは新之助とフランしかいない。皆一様に苛立ちを通り越して呆れ顔だ。
その中で霊夢だけは小島当主を一瞥し、またフランに向き直る。
流れをぶった切って殺さないで欲しいと願うフランの意外な一言がフラン自身恥ずかしかったのか、それとも今まで無かったであろう自分の願いではなく、他人の願いを優先したことに自分自身戸惑っているのか、フランはもじもじまごまごしている。
自分を見つめる霊夢の視線にフランは一切あわせようとはしない。
少しの間もじもじしているフランを見つめた霊夢はとんでもない事を申し出た。
「いいわ、フラン。あんたが決めなさい」
「え?」