突如、霊夢は小島当主の処遇をフランに丸投げした。
「妖怪同士、丁度いいじゃない。こいつをどうするか、あんたに任せるわ」
フランに丸投げするなど一体この巫女は何を考えているのだろうか、と回りの皆は疑問に思っている事だろう。第一に考えられる事は面倒だから丸投げした、ということだが霊夢の表情は真剣そのもの。
人一人ならぬ妖怪一匹の命をフランの意思に任せたのだ。命の重さくらい霊夢は知っている。それがどれだけ重要な事かわかっているから。
「一つだけ言っておくけど、あんたがこの妖怪をどうしようとそれはあんたの責任よ。私は一切関知しないわ」
「えっ」
すぐさま「冗談でしょ」というフランの視線が向けられるが霊夢は「だからよく考えて決めなさい」とだけ言って視線を振り払う。 霊夢の意図は命の重さをフランに教えることだ。そして正しい選択だろうと間違った選択だろうと、フランが選択したその瞬間、本当の意味で成長できると。
実のところ小島当主の処遇などどちらでも構わないと霊夢は思っている。
人を殺したのだから退治するのは当然で、しかしその被害者は殺さないで欲しいと言っている。ならばその処遇を代弁してきた、霊夢にとってはケチをつけてきたフランに全てを任せればいい。そうすれば面倒ごと、フランの教育、ついでに自分にけちをつけたフランへの報復が一気にできるというわけだ。
(我ながらナイスアイディアだわ)
それらは面倒ごとを回避した時の副産物と考えられなくもないが、相変わらず変なところに知恵が回る巫女だ。
霊夢は余裕綽々といった感じで皆の視線を浴びながらも長椅子にふてぶてしく腰を下ろす。ため息を一つすると大袈裟に足を振り上げて膝を組んだ。
一方、霊夢に対して急に丸投げされたフランはたまらない。どうしていいかわからず口をぽかんと開けて霊夢を視線で見送ることしか出来ないでいた。
フランは新之助の気持ちを代弁して言っただけでそれ以外は考えていなかった。しかし今は妖怪一匹の命を自分が決めないといけない状況に陥っている。小島当主の処遇に対してフランの頭の中に新之助の気持ち以外の考えで埋め尽くされていく。自分は何をすればいいのか、何がしたかったのか。
しかしフランにはまだ幼すぎたようだ。考えれば考える程、頭の中が真っ白になっていく。
「わ、私どうしたらいいか分かんない……霊夢に任せるよ」
フランはそう言って霊夢を見ながらへらへらと笑い、頭を掻く。そしてすまなさそう表情で丸投げされたものを返してくる。
そんなフランにため息をつき、仕方がないと丸投げされたものを全て受け止め小島当主の処遇を決めるほど霊夢は優しくはなかった。
「なに? こんな時だけ子供だからって言い訳して逃げ出すの?」
まるで先程の小町の酷い演技が再開されたかのような発言が霊夢の口から飛び出してくる。それがトラウマだったのか、はたまた図星だったのかフランはぎゅっと手を握る。
「だ、だって――」
急にそんな理不尽な事を言われても困るとでも言いたげだが、その言葉は霊夢の言葉によって遮られる。
「あら? 子供だからってところは否定しないのね」
「う……」
霊夢の追い討ちのようなかまかけにぐうの音しか出ないフラン。年齢は自分の何倍も上の吸血鬼であるフランの不甲斐なさに霊夢はため息をつかざるをえない。
「全く……じゃあ小町にでも決めてもらいましょ。小町はコ○ン君逆バージョンだけど、どっちも子供のフランよりましよねぇ」
「誰が巨乳だい」
「ね」
「う、うん……」
「……」
フランはじーっと小町を見つめる。霊夢いわく体は大人、頭脳は子供らしい。小町は死神で死者を連れて行くことが仕事。これを踏まえれば小町に任せたらどうなるかフランにでも分かりそうなものだ。
しかしサボり癖があると話していたことはフランも聞いている。更にそれを踏まえたうえで小町に任せたらどうなるか。
「巨乳に任せる」
フランは面倒くさがるようにそう言い捨てた。
「……やっぱだめ、あんたが決めなさい」
「ええ!?」
「これは幻想郷管理者の巫女である私の命令よ」
霊夢は足を組み変え、更に腕組みまでして体を仰け反らせる。
この巫女は何様なのかと四季は横目で睨む。小町は小町で巫女からの信用がフラン以下と突き付けられてがっくり、フランはというと言った事をころころ変える巫女にげんなりといった感じだ。
残る新之助と永琳は親のように笑みを浮かべてフランを見守っている。
「うー……」
まるで独裁者のような霊夢をフランは唸りながら困ったように睨むしかない。
フランは渋々といった感じで小島当主を横目でちらりと見る。
「た、助けてくれ! もう人を殺したりしない! 頼む! 許してくれえええぇぇぇ……」
それに気付いた小島当主は今だとばかりに大きな声を出して助けを求めてくる。
こんな暢気に話し合っている霊夢達とその当事者の緊張感は違ったようだ。必死にフランに助けを求める小島当主の姿がフランをますます追い詰める。
「し、新之助ぇ~、どうしよう」
フランはもうどうしていいかわからず新之助に助けを求める。新之助ならば自分のことを大好きでいつも助けてくれる。フランはそう思っていた。しかし新之助の口から出た言葉はいつもどおりではあるがいつも通りではない言葉だった。
「フランちゃんの好きなようにしたらいいよ」
新之助は一言、笑顔でそう言った。いつも助けてくれた新之助だが今後のことを思えばフランを助けた格好になるのだろう。新之助は大島酒蔵という店のトップだ。だからフランの背負う責任の重さは分かっている。だがその言葉は今のフランにとって呪いの言葉でしかない。
「そんなぁ……」
今まで誰がなんと言おうと自分の好きなようにやってきたフラン。だから好きなようにすればいいと言われる事はむしろ喜ばしい事。しかしそれに責任が伴うという霊夢の言葉がそれを呪いの言葉に変えている。
だがしかるべくその言葉にフランは口を尖らせ頬を膨らませるだけだった。
「フランちゃんなら大丈夫だよ」
「新之助の意地悪!」
だから新之助はすこし笑って、フランに励ましの言葉を送る。なんとも軽いその一言にフランは不満の表情を隠せないが、以前好きな子には意地悪をするという新之助の言葉がフランの頭に蘇り、その不満げな表情がだんだん消えていく。
そしてそんな軽い一言がフランの肩に乗った重石を降ろしたらしい。
「じゃあ……私の好きなようにしていいんだよね?」
「うん」
少しの間新之助の目をじーっと見つめたフランは不意に振り返って小島当主の方を向く。小島当主はとうとうこの時が来たかと振り返ったフランを見ながらごくりと息を飲む。
「判決!」
と突然フランはそう叫んだ。前口上もなしにいきなり結末を述べるフランにその場にいる皆の頭が追いつかない。フランに前口上など儀式的なものは無理だろうがその突発的な出来事で表情がフリーズしてしまっている。
しかし、そのフリーズした表情は、次のフランの言葉で一発でぶち壊されてしまうことになる。
「死刑!!」
「え?」
その判決に思わず声が漏れてしまう新之助。更に他のものまで怪訝な表情になり疑問の声を漏らす。どちらでもいいと思った霊夢でさえ何故そんな判決になったのか少し納得がいかない。
やはりフランにはまだ早すぎたのか。そう思いながら何故そんな判決になったのか聞こうと長椅子から腰を上げるようとする。しかしフランは待ってはくれなかった。
フランは右手を小島当主の方へ伸ばし、その手をゆっくり握りだしたのだ。
フランには天界も恐れる程の能力がある。この計画の引き金ともなった能力が。
『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』
これを行使し、小島当主を殺す気だ。
「フラン!」
これにはさすがの霊夢も慌てて長椅子から跳び上がる。本来ならばそうなる予定だったのだが、これにはほとんど条件反射で体が動く。
突然判決を言ったと思えばすぐさま実行。アクティブなフランはもうとまらない。
「や、やめろおおおお!」
霊夢は一足遅かったようだ。フランの右手はしっかりと握られた。
それを見た霊夢は何を思ったのか、両腕で顔の前に壁を作る。小島当主が破裂するとでも思ったのだろうか。
確かにその能力を人に使えばどうなるのか実際に見たわけではないので誰にも分からない。小町も霊夢ほどとはいかないが少し身構えている。
しかしそれは小島当主を見れば分かること。恐る恐る霊夢は両腕の隙間から小島当主を見ると痛みに耐える為か目を思いっきり瞑っている。だがその体には何も変化はない。
と次の瞬間フランがまた口を開く。
「または!」
フランはそう叫ぶとその握られた拳を思いっきり振り上げた。
「鉄槌一万年分の刑に処す!」
鈍く重い音が鳴ったと思えば、本日4つ目の穴が床に開いのだった。
「これにて……これにてっ……えと……」
「一件落着」
「一件落着!」
「言いたかったのね」
四季が声を張って締めに使った言葉をフランも使いたかったらしい。しかし思い出せず、小町にヘルプを出されてしまい、霊夢にも突っ込まれることになってしまったが。
何はともあれ、フランは小島当主を生かすことを選んだ。これがフランの好きなようにやった結果だ。
フランは小島当主を殺したい、しかし自分が大好きな新之助は殺して欲しくない。そのジレンマの中、思い悩んで決めたこと。それは一発殴るということだったようだ。
恐らくは先程の四季の真似をしただけだろう。子供は大人を見て育つ、という事なのだろうか。
とにもかくにも小島当主の処遇はこれで一件落着ということだ。そしてフランが能力を使わなかったことへの安心感からか霊夢と小町はふうっとため息をつく。
しかしそんな心労一杯の霊夢や小町をよそに笑っているものがいる。それは新之助と永琳と四季だった。
新之助は一件落着といって満足しているフランが面白いから笑っているのだろう。永琳は永琳で笑っているのではなく微笑んでいると言った方がいいかもしれない。自分の子の成長を見守るような優しい目で微笑んでいる。
しかし四季は少し違う。口を一杯に開けて大笑いしている。
「し、四季様? もしかして脳みそ破壊されたんじゃ?」
「なわけがないだろう馬鹿者。ただ単にフランドールの判決が面白かっただけだよ」
やはり四季と小町や霊夢の笑いのつぼは少々違うらしい。
そう言って四季はうんうんと何度か頷きこれは一本取られたなと呟いている。
「しかしだ。これでは刑が軽すぎると思わないか?」
その言葉はフランだけでなくその部屋にいるもの全員に語りかけられていた。
四季にはこれに口を挟む権限はない。これは恐らく皆の同意を求めている。それを示すように四季はぐるっと部屋にいる皆の顔を見回した。
「あんたも面倒な性格してるわね」
そこで霊夢がため息混じりにそんな事を言う。しかし、確かに四季の性格で、人殺しを犯した妖怪である小島当主の処遇がパンチ一発で収まるなど、納得できるわけがない。
「まあまあ、フランドールの判決を非難しているわけではない。これは提案なんだが」
「提案?」
幻想郷の事に天界の四季が口出しする事はよろしくない。それは四季自らも先程宣言していることだ。だからこれは幻想郷の管理者である霊夢と判決を下したフランに対する提案という事を明示する。
「天界への長期滞在者に突然キャンセルされてな」
「は?」
「私としてはせっかく用意した部屋を空けておくのは勿体ないと考える」
「……ああ、そういうことね」
長期滞在者とはもちろんフランのこと。フランが幽閉される部屋が用意されているかどうかは怪しいが、その部屋を有効活用できないかということだった。
「だってさ、フラン」
「へ?」
「この虫を天界に招待したいんだって」
霊夢は小島当主の処遇を一任したフランに確認する。この処遇を決めたのはフランなのだ。フランの了承を取らなければならい事は当然だ。
「それって……まさか……」
小町によって穴から頭を引きずりだされた小島当主。フランの拳骨で意識朦朧とする中、更に追い討ちをかけられる。歪む視界の中で小島当主が見たものは意地悪そうに歪む顔。それは霊夢と四季の笑顔だった。
「お前を招待しよう、小島雄大」
「よかったわね、高級スイートルームがあんたを待ってるわ」
「そ、そんなぁ……」
「大丈夫だ、千年ほどで出してやる」
「その間たっぷりと楽しみなよ」
「……」
そんな四季達の言い回しにフランは首を傾げるばかりだ。なぜそんな高級スイートルームを用意するのか、罪を犯した小島当主にそんな扱いするなんてと。
だから、フランは突拍子もないことを抜かした。
「わ、私も行きたい!」
と。
もうそんな事を言われた日には声を上げて笑うしかない。
皆一様に噴出し、キョトン顔のフランを囲み、ただ笑うのだけ。
深夜にしてはやや騒がしすぎる病室だった。