フランは成長するのか?   作:天澤星三

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第三十一話 ~計画の終わり~

 

 

「うわああああああん!」

「もう、どうしてそんなに泣くのかしら」

 

 永琳がわんわんと大泣きするフランをなだめている。

 大泣きの原因は新之助を殴り飛ばし気を失ってしまったから、ではなかった。

 それは永琳が帰ってきた理由に起因する。

 永琳は新之助の吸血鬼化を止める薬を作る為に必要なものを採りにきたのだ。その薬の調合に必要なものはフランの体液。だからフランはそれを嫌がり、駄々をこねて大泣きし、新之助の吸血鬼化抑制の薬調合を阻止しよう、としているわけでもない。

 吸血鬼になること、それがフランが新之助に出した交換条件だ。しかしそれはフランが新之助の覚悟を確認する為に言っただけで強制するつもりはフランにはなかった。渋る新之助にフランはそんなこと望んではいないのだ。

 多少はその気持ちはあったかも知れないが永琳の申し出にフランは素直に応じた。だが、その方法がフランにとって日光の次に恐ろしいものだったようだ。

 

「注射嫌あああ!」

 

 それはフランの体液を採取するために永琳が持ち出した注射器が原因だった。フランは注射器を見るや否や顔を真っ青にして永琳から逃げ回っていたのだ。

 しかし角に追い詰められ最後の抵抗とばかりに大泣きしているのだ。

 

「銃弾浴びても泣かなかったくせに」

 

 最初は冗談だと思い、面白半分で追いかけていた永琳も本気で逃げるフランに眉をしかめ、つい愚痴をこぼしてしまう。さすがの永琳も若干不機嫌なようだ。

 

「注射は嫌なの!」

「泣き止まないなら泣き止む薬を入れた注射もしちゃうわよ」

 

 手に持った体液採取の注射器とは別に、その針の何十倍もある太さの針が付いた注射器をフランに向ける。

 

「うぅ……」

 

 ようやく観念したのか、大声で泣く事を止めたものの依然目からは涙が溢れ出してくる。体は針が上手く刺すことができないくらいにプルプルと震わせて。

 

「フランさん……大丈夫、そんなに痛くないから」

「うぅ……ぐすっ……」

 

 いくら永琳でもこれほど震える腕に正確に針を刺す事などできない。

 

「はぁ、もう……、しょうがないわね。また今度にするわ」

「本当!?」

「嘘」

 

 フランが安心し、体の震えが止まったところを見計らって永琳が見事な注射捌きでフランの腕に注射針を打ち込んだ。フランは声にならない叫びを上げてその後しばらくの間泣いていたという。

 

 

 

 強烈なアッパーを顎に食らった新之助は永琳によってベッドに寝かされ、布団を掛けられていた。

 

「新之助……大丈夫かな?」

 

 針を刺されて泣いていたフランは目をこすりながら新之助の容態を見ている永琳に問いかける。

 

「心配しないで。意識を失っているだけだから。でもこの様子じゃ当分起きないわね」

「そう」

 

 新之助の容態を一通り見終わった永琳が肩をすくめて言う。

 フランもそれを聞いて一安心したようでまだ出ている涙を全て拭い去る。

 

「どうする? もう帰る?」

「え?」

「もうすぐ夜が明けるわ。日が照るとあなた帰りにくくなるでしょ?」

「あ……うん」

 

 見れば空が明るくなり始めている。

 日が照ると吸血鬼であるフランが外を出歩くのは難しくない。なら太陽が出ていない今のうちに人里を出たほうがいい。幻想郷に入れば日が出ていようといまいと紅魔館へ続く、日の当たらない森を通って進めば難なく帰れるだろう。

 だから出るなら今しかない。

 

「霊夢さんはああ言ったけど、新之助さんもこうだしこれ以上ここにいる理由もないでしょう?」

「そう……だね」

 

 フランの返事は歯切れが悪い。もう少し新之助と一緒にいたかったのだろう。

 甘いひと時を、幸せな時を過ごしていたのだ。あの時の雰囲気にまた浸りたい、という幾分かの口惜しさが新之助を見つめるフランの視線で見て取れる。

 

「それともやっぱり起きるまで待ってる?お昼になっちゃいそうだけど」

 

 しかしフランはそんな永琳の提案に新之助から視線をはずして首を振る。

 

「ううん。いい、帰る」

「ふふ、いいの?」

 

 引かれる後ろ髪を払いのけるようにきっぱり言い切るフランが面白かったのか、永琳は優しく笑ってそう問い返す。

 フランと新之助の間に何があったか、永琳は知る由も無いが大体の事は分かっているのだろう。

 

「うん、またいつでも会えるし」

 

 計画は全てとはいかないが上手くいった。だからまたいつでも新之助に会う事はできる。それは周りも皆認めてくれることだろう。 次また会えるなら別れの挨拶など不要だ。少しの間離れるだけ。次の日にはまた人里へふらりとやってきているかもしれない。そして縁台で二人、腰掛けながら林檎飴をなめながら、また色々な話を楽しむのだ。

 

「そう、じゃあ私についてきて。霊夢さんが結界を弱めてあるところがあるから案内するわ」

「うん」

 

 部屋を出て行く永琳に続いてフランも病室を出る。

 その間際、フランはた新之助の寝顔をちらりと見る。新之助の顔はフランに殴られたにもかかわらず気持ちよさそうに眠っている。 なんとも間抜けな寝顔を見て軽く微笑み、フランは永琳の後に続いてその病室を後にした。

 

 

 

 二人が診療所を出ると永琳はきちんと戸に鍵をかけている。

 永琳を尻目にフランは少し驚いたように辺りを見回している。まだ日が昇る前。病室違い外の空気はとは全く異質だったからだ。

 それを見たものは吸血鬼なのに、と思うだろうが幻想郷に来てからは閉じ込もっていたし、弾幕ごっこを仕掛けてくれる連中の稼働時間は日中だ。フランはそれにあわせていた。だからフランは太陽が出るよりも早く起きた事があまり無かったのだろう。

 そこは夏の終わりとはいえまだ夏なのに肌寒く、そして少し湿った空気で満ち溢れていた。吸い込んだら気持ちよく、体の中に新鮮な空気が入ってくる。

 空を見れば雲は無く、しかしもう星もない。あとは白と深い青のグラデーションが広がっているだけ。それは未だ顔を見せない太陽が描いた単調な空だった。

 その単調で何も無い空にフランは熱い視線を向けていた。

 

「どうしたの?」

「え?」

「空なんか眺めて、そんなに面白い?」

 

 鍵をかけ終えた永琳も空を見ながらフランに問いかけてきた。永琳も視線を空に視線を向けるが、何にも無い空を見て何が楽しいのかわからない、といった表情だ。

 

「なんかいいなって」

 

 しかし何も無い空への憧れは裏を返せば悩みがある自分のもやもやとした感情の表れでもある。と言うのは少し解釈が間違っているかも知れないが少なくとも、フランの内に秘めた悩み事はそんな今にも逃げ出したいものだ。

 

「やっぱり皆と会うのが怖い?」

「なっ!?」

 

 不意を突かれたフランは永琳に振り向き、口をパクパクさせながら必死に平静を装っている、つもりだろうがそんな演技力フランには無かった。

 

「そ、そ、そんな事っ、ないよっ」

 

 結局動揺しながらそんな事を言ってしまう。永琳はそれを見て笑っているのでもう隠す事は無理だろう。

 

「そう? 相談に乗ってあげようと思ったんだけどな~」

「え? 本当!?」

 

 などとフランは墓穴を掘り、更にしまったとばかりに口を塞ぐ。永琳にはそれがとても可愛らしく思えたのかフランを後ろから抱きしめた。

 

「全く、可愛らしい子ね」

「ちょ、ちょっと」

 

 フランは恥ずかしそうに後ろから回された手を振りほどこうとする。

 

「私はこう見えても五百年以上生きてるんだからね!!」

「私はその百倍は生きてるわよ?」

 

 赤い瞳を見開いて「マジ?」と永琳をまじまじと見上げてくるのだからこれほど面白いことは無い。

 

「ふふ、嘘よ。でもあなたより年上なのは確かよ」(本当は万倍以上だけどね)

「ふ、ふ~ん……」

 

 それを聞いてか、それとも抵抗しても放さない永琳に諦めたのかフランはおとなしくなる。永琳の柔らかな胸と体温がこの肌寒い夏の朝には気持ちよかったのもあるのか更にフランは永琳の腕を掴む手に少し力をこめる。

 

「ふふ、差し詰めあんな別れ方したから何を話したら良いか分からないってとこかしら?」

「うん……」

「大丈夫よ。皆あんな事なんとも思っていないわ」

 

 幻想郷を出た日、紅魔館で皆に言ったこと。永琳は励ますつもりで言ったのだろうがそれが逆に仇となって返ってくることになる。

「それは私がああいうことするって分かってるからだよね……」

 

 とたんにフランは悲しそうな顔をする。

 フランはあの時、言ってはいけない事を言ってしまった、と悔やんでいることだろう。しかし紅魔館の皆にしてみればいつもの事、またいつものようにフランが変な事を言っているだけだという認識しかないに違いない。

 だからそれは特に気にする事ではない。永琳はそう思っていた。

 

「え、ええ……」

 

 しかしフランは自分が皆にそう思われていたことが悲しかった。自分はあんな事言いたくなかったのに、と。

 だがフランの自称百倍も生きている永琳だ。すぐに崩された体制を立て直す。

 

「でもあなたは変わったでしょう?」

「変わった?」

 

 フランはわけが分からず思わず顔を上げてしまう。視線の先には優しく笑う永琳の表情があった。

 

「少なくとも、もうあんな事は言わない、違う?」

 

 それはフランが人里に来て変わり、そしてもう二度とあんな酷い事を言わないと信じている、という永琳の信頼から出た言葉だった。人里で起こったことに対するフランの振る舞いから、永琳はそう判断したのだった。

 

「もう言わない!」

 

 人に信頼される事、それは時に重荷となる事もあるだろうが今のフランにとってこれ以上に嬉しいことは無い。

 だからフランはまじめな顔で叫ぶように元気よく言ったのだった。

 

「ふふ、行きましょう」

 

 永琳が差し出した手をフランが握って再び歩き出す。その姿は傍から見れば母親とその手を握っている子供だ。などと永琳は考えながら楽しそうに歩いている。

 しかしフランはというと紅魔館の皆と再会した時、なんて言えばいいかを考えていた。あんな事を言ってしまったのだ、やはり謝らなければいけない。

 しかし許してもらえなかったら? 紅魔館から追い出されたら? そんな思いがまた頭の中で繰り返し浮かんでは消えを繰り返す。

「そこの橋を渡ったところに弱くなった結界があるからそこを通って幻想郷に帰りなさい」

 

 そんな胃の痛くなるような事を考えている内はまだよかった。しかし永琳の言葉でそのリミットが刻一刻と過ぎていく事を再認識させられる。

 

「う、うん」

 

 もうあまり時間が無い。後は結界を抜けて森の中を進みながらゆっくり考えるしかない。

 

「もし紅魔館を追い出されたら」

「え?」

 

 そんな二の足を踏んでいるフランに、突如永琳がそんな縁起でもないことを口走る。

 

「永遠亭に来なさい。遊びたいなら一日中暇なお姫様もいるし、それにあなたみたいな子供なら大歓迎よ」

 

 もしかしたらこのままずっと紅魔館に帰らずフラフラと放浪してしまうかもしれないと思ったのか、永琳はフランにそんな事を言う。

 しかし子供だ何だと言えば気丈に振舞いたがるフランだ。だからフランは永琳の手を払い退ける。

 

「私子供じゃないもん! それに……」

「それに?」

「逃げてても何にもならないし」

「そう」

 

 それは紅魔館の皆と向き合って生きていこうと言うフランの強い意志だ。

 気丈に振舞うフランがおかしく笑っていた永琳もこれには微笑むだけ。

 子供のなりで振るう気丈さも堂にいれば格好はつく。可笑しさなどこみ上げてはこない。代わりにフランがその気丈さを持って、自分の願いを叶えて欲しいと思うもの。

 その背中を押してやるのも親心。フランを子供と呼んだ永琳の意図はそこから来ているのだろう。

 

「でも遊びに行くだけなら別にいいよ」

 

 永琳はフランの背中を上手く押したらしい。

 

「ふふっ、じゃあお菓子を用意しておかないとね。楽しみに待ってるわ」

「うんっ。じゃあね、バイバイ!」

「バイバイ」

 

 フランは永琳に手を振りながら振り向いて前を向く。

 そして歩き出した。

 一人で歩き出した。

 紅魔館の皆と向き合っていくという道を。

 それがどんな険しい道だろうとフランは進んでいけるだろう。人里で新之助や他の人間達と仲良くなる事ができたのだ。それは幻想郷も例外ではきっと無い。

 町の外へと続く橋。その先には幻想郷へ通じる一本の道が見える。

 フランは橋の前で立ち止まる。それはその橋を渡りたくないからではない。人里と幻想郷の境界線。出発前は行きたくないと駄々をこねていた人里も思いのほか楽しかった。その楽しかった記憶を思い出していた。

 振り返ると永琳が首をかしげているのが分かる。その後ろには一ヶ月間自分が過ごした人里がある。そして楽しかった思い出が。

 フランは前を向く。そしてまた歩き出した。その一歩一歩を噛み締めるように。

 その橋を渡ると変なものに突き当たる。目の前には何も無いはずなのに見えない壁がある。フランは恐る恐る手を伸ばしそれに触れてみると少しびりびりする。それは霊夢が通れるようにした結界だった。

 フランは前に結界に触れた事がある。すると全身に電気が走ったようにびりびりと痺れ、立っていられなくなったのだ。それは魔理沙にそそのかされてしたという事は言うまでもない。

 だが今の結界は触れれば少しびりびりするだけで前ほどの威力は無い。

 だからフランは思い切って飛び込んだ。目をつぶって手で顔を覆いながら一気に突き抜けた。

 びりびりという感触を突っ切ったフランは不思議なことに何かに突き当たった。それは第二の結界などではない。何か別の物体。人里から見た限り橋の向こう側には何も無かったはずなのにだ。

 

 未知の障害に突き当たったフランはつい目を瞑ってしまうが一瞬、別の何かを感じとる。

 

 それは匂いだった。いつも嗅いでいたような、しかしとても懐かしい匂い。更に優しく、柔らかく、少し甘い、いつも自分を包み込んでいてくれていた安心できる匂い。

 

 そしてそれは一番大好きだった匂い。

 

「痛いじゃない」

 

 そして一番好きだった声。

 

 一番聞きたかった声。

 

 フランは恐る恐る目を開ける。そこには胸につけた赤いリボンが見える。顔を上げるとそこにはフランの姉、レミリアが自分を見下ろしている。

 

「お、おねぇ様!?」

「なぁに?」

 

 フランは驚いてレミリアの胸から離れようとするがレミリアは自分の胸に飛び込んできたフランをしっかり抱き止めて離そうとはしない。せめて合ってしまった視線を外そうとするがその先には咲夜がいた。フランは驚くようにまた視線を逆方向へ向けるがそこにはパチュリーの姿が。その後ろには美鈴もいた。

 皆一様に微笑んでいる。

 しかしフランにとってこれは予想外だった。まさか人里と幻想郷の境界まで、しかも皆揃って迎えに来ているとは思っていなかった。幻想郷の森の中で何を言うか考えようと思っていたのだが。

 その当てが外れたフランは動揺しすぎて何を言えばいいのか分からなくなってしまった。あまつさえレミリアはそんなフランを放してはくれない。

 

「あ、あぅ……」

「フラン?」

 

 紅魔館の皆は何故フランがこうなっているのか分からないらしい。それは霊夢が新しく作った結界が原因だった。これは幻想郷からは見えるが人里からは見えない仕様になっているらしい。小島当主に付けていた、丁度持っていたという札もその実験の肯定で生まれたのだろう。

 

「あ、あの……おねぇ様!」

「何かしら?」

 

 レミリアはそんなフランを更に抱き寄せる。そうすればするほどフランは余裕が無くなっていく。

 だがフランには言うべき事がある。それはこの一ヶ月間ずっと心に引っかかっていた事だ。

 

「わ、私……皆の事嫌いだって言ったけどあれ嘘だからね!」

 

 目を瞑りながら思いっきりそう言い切るフラン。今のフランにはそれが精一杯だった。

 だが心にずっと引っかかっていたものを今外した。言わなければならない事を今言ったのだ。

 しかし何の反応も返ってこない。

 フランが言った嘘。しかしあの時は本当に嫌いだとそう思っていた事。それを見越してみんな冷めた目で見ているのだろうか、そんな嘘に私達は騙されないぞと。

 フランはおずおずと目を開ける。

 すると意外な事にその顔は疑いの表情ではなかった。しかし微笑みは消えていた。その皆の表情は一様にキョトンとしている。何故そんな表情をしているのかフランには分からなかった。そして皆もまた顔を見合わせている。

 

「あ、あのね! 皆に死ねって言ったけどそんなの全然思ってなくて、その、あの」

「フラン」

 

 そんな一杯一杯のフランの名をレミリアが呼んだ。

 

「そうじゃないでしょ?」

「へ?」

「帰ったらまず言う事があるでしょう?」

 

 フランが帰ったらまず言う事。それは紅魔館に行く途中で考えようと思った謝罪の言葉。

 しかしそんな複雑な事を紅魔館の皆は期待はしていなかった。ただ誰しもが帰った時、自分の家に帰ったときにまず言う言葉。それは

 

「た、ただ……いま」

 

 レミリアはその言葉をずっと待っていたのだろう。そしてなかなか言わないフランのせいでそれがより大きくなったのだ。フランの体を放さなかった事もそれが原因だった。

 

「お帰りなさい、フラン」

 

 レミリアはただそうしたかった。フランをただきつく抱きしめたかっただけだった。

 

「お帰り、妹様」

「御帰りなさいませ、妹様!」

「お帰りなさい! さみしかったですよ! 妹様!」

 

 レミリアの言葉を皮切りに、皆が口々にフランにお帰りと言ってくれる。

 歓迎してくれる。

 そんな中レミリアは思いっきりフランを抱きしめた。フランがどうなろうと知った事ではないかのようにきつく、とてもきつく、強く、優しく抱きしめたのだった。

 

「心配したんだからねっ、馬鹿フランっ」

 

 そんなレミリアの目からは大粒の涙がこぼれて落ちた。そしてその涙はレミリアの胸に押し付けられているフランの顔にポツリと落ちていく。

 レミリアに心配されているとは全く予想していなかったフラン。あまつさえ涙を流してくれるなど思いもよらなかった。だからそれが嬉しかったのか、はたまたレミリアに強く抱きしめられすぎて絞られたからなのか、フランの目からも大粒の涙が溢れ出してきた。

「お、おねぇさまぁ……うぅっ……ごめんなさい」

 

 そう呟いてフランはレミリアの胸に顔を押し付け、声を上げてむせび泣き始めてしまった。紅魔館の皆に温かく見守られながらフランはずっと泣いていた。

 少し肌寒い空気の中、永琳のように柔らかくは無いが、今までで一番暖かい光にフランは包まれていることだろう。

 

「あらあら、一足遅かったようね」

 

 するとどこからともなく幽々子がやってきた。

 

「だから言ったじゃないですか、フランさんは紅魔館に帰るって」

 

 その後ろにはやれやれとため息をついき、そんな事を言っている妖夢の姿がある。どうやらフランを自分達のところへ住ませようとしに来たらしい。

 

「全く……せっかくの再会なんだから空気読めよな」

 

 そうすると茂みから魔理沙も出てきた。紅魔館の皆に気を遣って今まで隠れていたらしい。

 

「魔理沙さんも来ていましたか」

「妖夢、今からでもフランちゃんを奪うわよ」

「えええ!?」

「野暮な事するんじゃねぇぜ。やるってならマスパを――」

「あなた達の存在が野暮だわ。騒ぐならほかで騒いでくれる?」

 

 今ここに妖夢vs魔理沙、それに加えて咲夜が野暮を一掃しようと参戦する。

 しかしそんな中フランは見向きもしない。未だレミリアの腕の中で泣いていた。よほど自分を受け入れてくれた事が嬉しかったのだろう。

 ここに来るまでのいろいろな懸念が全て解決したのだ。これほど嬉しい事はない。

 だが野暮はこの三人だけではなかったようだ。

 

「はーい! 皆さんがお待ちかねのあややですよー!」

 

 この感動的な場面で一番いて欲しくない野暮もやって来た。

 

「誰も待ってないっての」

「あなたも刻まれたいようねパパラッチ」

「あやや……酷い言われようですが私がここに来たのは写真を撮るためです!」

 

 そんな分かりきっている事を堂々と宣言する文に皆臨戦態勢だ。せっかくの再会にパシャパシャ写真など撮られでもすれば雰囲気のぶち壊しどころではない。

 咲夜が臨戦態勢をとる。

 

「あ、違いますって! 落ち着いてください!」

「十数えるうちに消えなさい。さもなければ串刺しよ」

「ちょ、ちょっと」

「一、二、八、九、じゅ――」

「私は全体写真をとりに来たんです!!」

「……全体写真?」

「そ、そうですよ。せっかく計画が終わったんですから記念に~と思って」

「ああ、いいなそれ」

 

 するとどこからともなく小町が現れ一緒に連れられたチルノとリグル、大妖精が姿を現した。

 

「全体写真と聞いて。あたいも混ぜなよ」

「あたいセンターがいい!」

「チルノちゃん……」

「端に行っていよう……」

 

 そしてそんな楽しい事に気付かない、そして参加しない八雲紫ではなかった。

 

「私達を忘れてもらっては困るわ」

「あ、ちょっとま――」

 

 小町がそういい終えるまもなく小町の頭上から四季と霊夢が降ってきた。

 

「これは丁度いいクッションがあったな」

「そうね、フカフカだわ」

「なんだか珍しい組み合わせだな」

 

 魔理沙が不思議そうに見つめて呟く。

 

「子守唄を聞いていたのよ」

「何が子守唄だって?」

「早くどきなよ」

 

 すると結界の中から永琳がやってきた。倒れている小町の頭を踏んづけて。

 

「きゃんっ」

「あら、ごめんなさい。なんだか楽しそうな雰囲気がしたから」

「おや、続々と集まってきましたねぇ。皆さん写りたがり屋さんですかぁ~? じゃあ写りたい人は並んでください」

 

 いつの間にか文がカメラを台の上に設置し終えている。

 

「ほら、フラン」

「ふぇ?」

 

 未だレミリアの胸で泣いているフランの顔を両手で優しく持ち上げてやる。

 

「ふふ、前より泣き虫になったのかしら?」

 

 レミリアはフランの涙を少し濡れたハンカチで軽く拭いてやる。そしてフランを抱いたまま器用に反転させカメラの方を向かせる。フランの頭の上に顎を置いて、腕はフランをぎゅっと抱きしめて密着したまま。

 フランはフランで今まで泣いていた顔をカメラで写されるのが嫌なのか不機嫌だ。ブスッとした表情でカメラから目を逸らす。

 

「撮りますよー、フランさん笑ってくださーい」

 

 フランとフランを後ろから抱きしめるレミリアを中心にその後ろに咲夜、そして紅魔館の皆が固まりその周りを囲むように魔理沙や霊夢達が並ぶ。そして右上には集合写真に欠席した者よろしく、紫が隙間からひょっこり上半身を出している。

 その時、まるで皆を祝福するかのように背後から太陽が顔をだす。

 しかし吸血鬼にとって太陽は天敵である。だからレミリアとフランの背後にいた咲夜が手馴れた手つきで日傘を差してやる。

 レミリアはフランを抱きしめながら小さく咲夜に『ありがとう』と呟く。そして未だにブスッとしているフランを見かねたレミリアがフランの頭から顎を下ろし、頬に自分の頬をペタリと貼り付ける。

 

「フラン」

「?」

「愛してるわ」

 

 西洋の習慣か、東方ではあまり聞かれないそんな言葉。その言葉が呪文となって、フランの顔が不機嫌な表情から驚きに変わる。そして間をおかず笑顔になった。白いキバを見せて、涙で潤んだ目を細めて。

 そんなシャッターチャンスを逃す文ではなかった。

 

カシャリ!

 

 ニヤリと表情を唇を吊り上げた文が撮った写真にはカメラ目線の者は一人もいなかった。文が合図を出さなかった事もあるが、それはレミリアの呪文で皆の視線が一箇所に集まった為。

 その時の皆の顔は赤面している者、驚いている者、微笑んでいる者、色々だったがその視線は全てレミリアとフランに注がれていた。

 撮影者の表情が読み取れるようなこの写真は後に記事になった事は言うまでもない。後で文は合図を出せと皆から口々に攻められることになるがこれはこれでいいネタになる事だろう。

 そしてこの写真は紅魔館のとある部屋の片隅に、ひっそりと飾られる事になるのだった。

 

 

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