フランは成長するのか?   作:天澤星三

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第三十三話 ~トラブルメーカー~

 

 一行は荒ぶる咲夜をどうにか落ち着かせ、ずいぶん時間が経ってしまったが神社に到着していた。

 皆宴会の準備をするために皆霊夢に従って裏にある倉庫から宴会に必要な机や食器等を運びだしている最中だ。

 

「何だぁ? 二人とも寝てるのか?」

 

 咲夜と組んで長机を運んでいた魔理沙は広間で眠っている吸血鬼姉妹、レミリアとフランを発見する。

 朝と言ってももう日も高々、しかし昼にはまだ少し早い時間。霊夢が暮らしているであろう広すぎる境内の中に天使のような寝顔が二つ。板張りでひんやりと冷たそうな床にレミリアが倒れるように眠っている。そしてその隣にはフランが寄り添うように眠っている。

 フランの腕が未だにレミリアの首に回されて少し寝にくそうだ。レミリアはフランを神社までそのまま背負ってきたのだろう。そしてそのまま力尽き、倒れるように眠った様が容易に想像できる。

 その容易に想像した過程から得られた結果は絵に描いた仲のよい姉妹そのものだった。

 

「ああ、お嬢様は一晩中起きてたから」

 

 レミリアはフランの為に人間である町民に土下座までする程だ。だから心配で、フランの途切れた運命を見ていた。とても眠れる心境ではなかったのだろう。

 

「フランは途中で起きちゃったから。まだまだ子供ね」

「そうだな」

 

 霊夢、と美鈴組が魔理沙達の後ろに続く。

 フランは布団の中で寝てたが新之助の勘違いで起こされてしまった。そこからははしゃいだり怒ったり、難しい決断をしたりと色々あった。それで疲れてしまったのだろう。

 仲良く寝不足の仲良く昼寝だ。

 

「どうでもいいけど咲夜、鼻血拭けよ」

 

 更にその後ろから美鈴が。

 

「全く、空がまだ真っ暗なうちから叩き起こされる身にもなって欲しいですね」

 

 やれやれと言った感じで長机を縁台に降ろす。

 紅魔館の住人はいても立ってもいられないレミリアにせがまれて数時間前から支度していたのだ。おかげで全員寝不足だろう、と思われたがそうでもないらしい。

 

「お前らは寝なくて平気なのかよ?」

「私は時間止めて仮眠したから」

「私は――」

「居眠りだろ?」

「居眠りね」

「ふ、こうなる事を私は予測して」

「仕事をサボったと?」

「すみませんでした」

 

 咲夜はいつものことだと、ため息をついて机を降ろし、手に付いた汚れをぱっぱと払う。

 

「レミィもまだまだ子供だと言う事よ。体も、精神的にもね」

 

 準備を手伝いもせずどこから出したのか、縁台で本を読んでいるパチュリーが皆の方を見もせずそんな事を言う。手伝いをしないだけならいざ知らず、いけしゃあしゃあとそんな偉そうな事を言うパチュリーに皆何か言いたそうだ。

 しかしこの貧弱紫もやしに机運びなど出来そうも無い、というのは皆承知している。だから手伝えと言っても逆に面倒なことになりそうなので皆黙っている。

 それは本人も気付いているだろう。だから読んでいる本をパンッと自分の前髪が舞い上がるほど強く閉めると、皆の方をキッとじと目で睨みつける。

 

「何よ」

「あ、いや……そういやお前は眠くないのか?」

 

 紅魔館の皆はレミリアにたたき起こされたと言っていた。この不健康そうな娘から大事な睡眠時間を奪ったらどうなるか。下手をしたら命に関わるかもしれない。

 

「寝不足でひぃひぃむきゅぅとか言ってそうなのにな」

「そんな事言うわけないでしょ。馬鹿ね」

「馬鹿とはひでぇぜ」

「私は前に見つけた本が面白くて」

「へぇ~」

「ずっと読んでいたら昼と夜が逆転しちゃったの」

「あー……」

 

 これがパチュリーの体が弱く紫もやしと言われる所以だ。スペルが最後まで唱えられないという、魔女にとって致命的な弱点。しかしそれに見合うほどあの地下の図書館には価値があるのだろう。

 昔レミリアが住んでいた所にあった書物。人間達が吸血鬼と同じ力をもてるほどのものがそこにはある。それは魔理沙が盗み出して読みたくなる程だ。

 

「何よっ」

「そんな事よりも早く準備しようぜ」

「そんなことっ!?」

 

 やることはまだまだあるのだ。談笑している場合ではない。

 霊夢はいつの間にか鼻血を出しながら天使を眺めている咲夜を急かす。咲夜は不本意ながらもレミリアとフランに頼まれたのだ。断る事は出来ない。口惜しそうにその場を後にする。

 更に霊夢は茶の間でサボって寝ていた小町をたたき起こして指示を出す。指示を出してもなかなか動かない小町だが四季の名前を出すとセコセコと動き始めた。

 そしてここから博麗神社が少しずつ慌ただしくなり始める。

 

「さてと、私は何をするかな~」

 

 次から次へと皿やお箸、鍋といった食器が倉庫から出されていく。いちいち広間にまで持っていくわけにはいかないので倉庫の入り口のすぐ前にうず高く積まれて倒れてしまいそうだ。

 

「この皿でも運ぼうかねぇっと」

 

 魔理沙が積まれた皿の約半分くらいに手をかけて持ち上げようとした時。

 

「あ、魔理沙、あんたはやんなくていいわ」

 

 霊夢のそんな言葉が耳に入ってくる。声の方向を見ると倉庫から桶のようなものを運び出してきた霊夢がいた。

 やらなくていいとはどういうことか。よもや魔理沙に手伝いをさせるなんて恐れ多いからやらなくていい、などというわけではないだろう。

 

「なんだよ。せっかく運んでやろうと思ったのに」

「あんたがやったら余計な手間が増えるだけでしょ?」

 

 余計な手間。それは別に魔理沙が不器用だから皿が割れてしまう、と言う事ではない。幻想郷でも指折りのトラブルメーカーである魔理沙に壊れやすいものを任せたくないと言う心理から来たものだった。

 それは魔理沙も分かっている。しかしそんな事を言われてほいほいと引き下がるほどトラブルメーカーである魔理沙は甘くない。

 

「酷いぜ霊夢。私だって役に立ちたいんだぜ?」

「そう。役に立ちたいならそのお皿から手を放して両手を挙げて、三歩下がって後ろを向いて手を壁に――」

「おいおいおい、私はどこかの強盗犯かよ」

 

 魔理沙は一旦皿を下ろし、霊夢の失礼な言動に抗議する。

 

「本、さっさと返してよね」

 

 縁台で本を読んでいるパチュリーがまたもや目を向けもせず、そんな事を言う。図書館から盗んだ本はまだ返されていないらしい。立派な強盗だった。

 固まってしまう魔理沙を霊夢は横目に見る。

 的確なパチュリーの突っ込みに少しの間、ささやかな沈黙がその場に流れたのだった。

 だがその沈黙など魔理沙にとってその後の展開を考えるために与えられたシンキングタイムに他ならなかったらしい。

 霊夢に歩み寄った魔理沙は霊夢の肩を鷲掴みにする。

 

「……霊夢! 私はフランが帰ってきて嬉しいんだ!」

「は、はぁ? いきなり何よ」

「フランの為に何かしてやりたいんだよ! お前はフランに会いに行くなって言うしさ! 計画最後の日だって心配で心配で家でずっと自宅でフランの無事を祈ってたんだぜ!? 祭り行くのも忘れてだ!」

「へ、へぇ~……あんたが祭りに行かないなんて珍しいわね~……」

 

 霊夢は最後の日、祭りで浮かれてフランの異変に気付くのが遅れた。それが原因でフランはもう少しで天界に行く事になってしまうところだった。だから霊夢はそこを突かれると厳しいものがある。

 だから若干棒読みで目をそらしながらそんな事を言う。そしてその隙を魔理沙は逃さない。最後の仕上げと、霊夢の背けた目を自分の方へ体ごと向けさせて睨むように見つめる。

 

「私が行ってやればフランもあんな事にはならなかったかもしれない!」

「そ、それは……」

「霊夢もそう思うだろ!?」

「ええ……まあ……」

「なあ、頼むよ霊夢! 手伝わせてくれよ!」

「わ、分かったわよ……じゃあその皿を広間に運んでちょうだい」

「おうよ」

 

 霊夢はそう言うと桶を置いて倉庫へすごすごと退散してしまった。

 魔理沙はというともちろんそれを見て満足げに白い歯を見せてニシシと忍び笑いをしている。実は魔理沙は最後の日に起こったことの一部始終を全て文から聞いていたのだ。

 

「最低ね」

「ん? 何がだよっと」

 

 魔理沙は皿を持ち上げ縁台で座っているパチュリーの方へ皿を運んでいく。

 

「人の弱みにつけこむなんて」

「最高だろ。人の弱みに付け込んで自ら労働しようってんだぜ? ろ・う・ど・う・をさ」

 

 手伝いもせずただ本を読んでいるだけのパチュリーに魔理沙はそんな事を言う。それでパチュリーに罪悪感を植えつけようとしているのだろう。

 

「今度は私の弱みにでもつけこむつもり?」

「お前の弱みにつけこむならキノコでも漬け込んでたほうがよっぽどましだぜ」

 

 魔理沙はパチュリーが投げる本をひょいひょいと避けながら器用に皿を居間に運んでいく。

 縁台には隙間を使って買出しに行った妖夢達が置いておいたであろう食料が乱雑に置かれていた。妖夢達の姿が見えないので恐らく折り返し買出しに行っているのだろう。

 その材料がおいてある縁台に空のように青い髪に青いリボンをつけた少女がいた。

 チルノだ。祭りで買ったのか、変な仮面を着けたチルノが食料をがさがさとあさっている。

 

「あった! スイカバーだ! げっとー!」

 

 何故アイスを放り出して折り返し買出しに言っているのだろうか。しかも夏に。という疑問は置いておいて、どうやらチルノはスイカバーを手に入れたらしい。そしてどうもこの暑さから自分の冷気でアイスを守ろうという風でもない。

 魔理沙がそう思ったのもつかの間、チルノは袋を開けてアイスを取り出した。

 

「いただきまーす!」

「あ、こら! それ妖夢が買出しで買ってきたやつじゃねぇか!」

「うん! いただきまーす!」

「いただきますじゃねえ!」

「何を言っても無駄よ」

「ちっ、この馬鹿! 皿ブーメランをくらえ!」

 

スコーン

 

 とチルノの頭に真っ直ぐに飛んで言った皿はチルノの空っぽの頭に直撃した。然るべくその皿は地に落ちて割れたのだった。

 

「いったぁ……何すんのよ魔理沙!」

「当然の制裁だ! 皿ブーメランをくらえ!」

「どちらかというとフリスビーじゃないかしら?」

 

 パチュリーのつっこみも無視し魔理沙はチルノに皿を投げつけまくっている。

 

「ぎゃあ!」

「お?」

「いたいいたい!」

「おお!?」

「ちょ、魔理沙! 投げすぎ!」

「これはなかなか」

 

ヒュンッパリンッヒュンッパリンッヒュンッパリンッ!

 

 と、まっすぐ飛んでいく皿の軌道とその皿が割れる気持ちよさにどうやら魔理沙は癖になってしまったようだ。妖精で馬鹿とはいえチルノも痛みがないわけではない。何枚も皿を投げつけられるチルノはたまったものではないだろう。

 すると倉庫の方から怪しい影が。

 

「わ、私は本を読んでいただけよっ、何もしてないからっ」

 

それに気付いたパチュリーが慌てて取り繕うように言う。

 

「そう」

 

 怪しい影はゆっくりと、一歩ずつ確実に広間に続く道を通って魔理沙たちの方へ近づいていく。

 

「あはっはっはっは!こりゃ愉快愉快!」

「愉快?」

「ああ! 愉快ゆか――」

 

 怪しい影は霊夢だった。霊夢のその一言で魔理沙の動きが止まる。まるでその瞬間取られた写真でも見ているかのように魔理沙の手から放たれようとしている皿が地面と水平になってとまっている。

 

「……よぉ霊夢」

 

 魔理沙はパッと持っている皿を後ろ手に隠しながら振り向くとそこには無表情の霊夢が複数の皿を抱えて立っている。

 

「何が愉快なのかしら」

「ゆ、愉快? あ、ああ愉快じゃなくて誘拐だよ誘拐」

「誘拐?」

「えと……そ、そう、スイカバーが……チルノに誘拐されて……さらわれた……なんつって」

 

 霊夢は無表情のまま、ゆらゆらと魔理沙の方へ歩いていく。霊夢が一歩踏み出すたびに魔理沙の顔が引きつり、冷や汗が頬を伝って流れ落ちていく。

 そして

 

「ひぃっ!」

 

 魔理沙は霊夢に何かされると思ったのだろう。手で前方を覆う壁を作り身構えている。だが魔理沙の思いに反し、霊夢は魔理沙の横を通り過ぎ、頭を押さえているチルノのほうへ近づいていく。その周りには無残に割れた複数の皿が。

 

「あれ?」

 

 魔理沙は手のガードを解いて振り返ると霊夢が縁台に皿を置いて頭を押さえているチルノに歩み寄っていた。

 

「助かった……のか……」

 

 魔理沙は滝のように流れてきた冷や汗を手で拭いそんな事を呟いた。パチュリーも本で顔の下半分を隠し、おどおどとその様子を心配そうに見つめている。

 霊夢は怒っていないのか。と魔理沙は一瞬そう思ってしまった。そしてそれは無いとすぐさま考え直す。霊夢の失礼な物言いに予期せずしてしまった霊夢の弱みにつけこむという最低の行為をしてしまったのだ。そして更にその霊夢の期待を裏切った。

 霊夢が怒っていないはずがない。

 いつ爆発するか。魔理沙はビクビクしながら、パチュリーは開いた口を本で塞ぎながら見つめている。火のついた導火線がつなげられた爆弾でも見ている気分だろう。しかも悪い事にその導火線は透明だ。

 その爆弾である霊夢はというとチルノの隣でしゃがんでいる。

 

「チルノ、そのお面どうしたの?」

 

 チルノに怪我が無いか心配してみてやっている、など巫女らしい事をするわけもなく霊夢はチルノに問いかけている。

 チルノが着けている仮面、それは霊夢があの日、祭りに行っていた時に見たものだった。チルノは妖精で人里に降りる事は霊夢も許可していない。なのに何故こんな所に祭りで売ってあった仮面をチルノが着けているのだろうか。

 

「ん? これかっこいいでしょ! これ着けたら強くなれるんだって! 魔理沙が言ってた!」

「へぇ、そのお面魔理沙がくれたの?」

「うん!」

「馬鹿っ」

「へぇ」

 

 霊夢の弱みにつけこんだ魔理沙の口上、これも魔理沙がでっち上げた嘘だった。魔理沙はあの時祭りに行っていたのだ。そして買った変てこなお面をチルノに着けさせ笑っていたのだ。

 

「救いようが無いわね」

 

 弱みにつけこみ、その為に嘘をつき、それを承諾してくれた霊夢の期待を裏切った魔理沙。それにはパチュリーも呆れ顔のジト目だ。

 

「あ、あはは……そう! そうなんだ! 忘れてたぜ! 確かに私行ったなぁ、昨日のま・つ・り!」

「そう……そうなんだぁ、へぇ~」

 

 霊夢が立ち上がる。そして更にさっきまで無表情だった霊夢の顔に笑みがこぼれた。

 これは導火線に付いている火が本体に到着した事を示す。

 

「あははははは……逃げるが勝ちだぜ!」

 

 魔理沙はすぐそこに立てかけていた愛用の箒を手にする。逃走を決め込む気だ。いくら霊夢といえど魔理沙のスピードには着いてはいけないだろう。

 魔理沙が空中へ逃げようと箒にまたがる。そして最後とばかりに霊夢を振り返る。しかしそこには魔理沙が逃げるのを中断せざるをえない光景が広がっていた。

 

「うっ」

 

 霊夢が片手で顔を覆い、震えながら泣いているのだ。

 

「れ、霊夢? 泣いているのか?」

「いいえ……笑っているのよ……あなたを……あなたなんかを信じてしまった私をね」

「霊夢?」

「私はあなたなら信じてもいいって思った……手伝ってくれるって言ってくれたことが嬉しかった。だから私は――」

「霊夢……ごめんな……私……間違ってたぜ」

 

 魔理沙は箒を投げ捨て震える霊夢に駆け寄り抱きしめる。

 

「ああ!」

「ごめんな霊夢、私本当に手伝いたかったんだぜ? でもスイカバーがさ、食べられそうになってて、いても立ってもいられなかったんだ、だから」

「魔理沙……」

 

 霊夢も魔理沙を抱きしめる。口を大きく開けて本もポロリと落としたパチュリーは声を失っている。

 

「さあ霊夢、いつまで泣いてんだよ? さっさと準備をしようぜ? な?」

「そうね」

 

 そう言って顔を上げた霊夢の表情は笑っていた。それはとても穏やかで毒気の抜けた気持ちのよい表情、という表現と対極に位置する表情で。

 

「まずは害虫を駆除しないとねぇ」

「れ、霊夢……さん?」

 

 パチュリーは落とした本を拾い直すと読書に戻る。

 

「捕まえたわよ」

「あららぁ……」

「覚悟はいいかしら? 快速ゴッキーさん」

「……いいえ」

 

 こうして宴会の準備は着実に遅れていったのであった。

 

 

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