フランは成長するのか?   作:天澤星三

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第三十五話 ~宴会と鬼~

 

 

 

 魔理沙が幕の裏に隠れて数分、未だ帰ってこない。ぶーぶー文句を垂れたところで相手は魔理沙。皆にせかされたところで出てくるような神経の持ち主ではない。

 取り残されたものは無駄骨を折る事はせず、ざわざわと雑談を始めたり飲み直したりしている。

 宴会に寝坊して不機嫌だった主役のフランはというと。

 

「ねえねえ、これ本物?」

「あ、あのっ、ちょっと放してください! いたいっいたたたた!」

 

 暇をもてあましたフランは優曇華の頭にくっついている耳をつまんだり引っ張ったりして遊んでいた。子供とはいえ吸血鬼で力があるフランに引っ張られるので優曇華はたまったものではない。引き剥がそうとすればするほど耳が引っ張られ、ただでさえ長い耳がもっと伸びてしまう。

 

「フランさん何してるの?」

 

 そんな暇つぶしをしているフランの所へ麻雀を終えた永琳が宴会芸を見ようとやってきた。

 

「あ! お師匠様! 助けてください! この子力が強くてっ」

「あらあら、いい大人が悪戯なんていただけないわね」

 

 子供と称されることを嫌うフランにとってこの言葉は効果大、優曇華にとっては大きな助け舟だ。

 

「むぅ……」

 

 一つ不満の声を絞り出したフランは優曇華の耳から手を放す。フランの手から放たれた優曇華はフランからさっと距離をとって耳をさすっている。

 

「永琳だって私が起きてないのに楽しそうに遊んでたじゃない!」

 

 ぐうの音も出ない永琳の物言いにフランは自分の事を棚に上げ、逆に永琳の過失を追求することにしたようだ。この時点でもうすでに大人気ないがフランが絡んでくることが面白いので永琳は指摘はしない。

 

「麻雀のことかしら?」

「そうだよ! 永琳も大人ならやったらいけない事といい事の区別くらいできるんじゃないかな!?」

 

 フランはまだ根に持っていたようだ。

 してやったりと、腕を組んで、顔には不適な笑みを浮かべて横目で永琳を見つめている。反論できるものならしてみろというのだろう。

 しかし、永琳はそのフランの子供じみた行動がことごとく楽しいようだ。ぐっと笑いを堪え逆にフランをいじって楽しもうとしている。

 

「あれは遊んでいたんじゃなくて仕方なく付き合っていただけよ? 大人の事情で」

「大人の事情?」

「そう、大人の事情。あなたも大人なら分かるでしょ?」

「むむむ……」

 

 大人の事情、それはフランにとって、子供にとって大人が自分に都合のいい言葉を並べただけのただの文字の羅列だ。

 それ以上でもそれ以下でもない。

 そしてフランは自称大人の五百歳近い子供だった。永琳はそこを突いて上手くごまかすつもりらしい。

 

「ふん! そんな事情なんて分かりたくないもん!」

 

 ここまでフランを上手く操れれば後は永琳の思う壺だ。

 

「じゃあ子供でいいの?」

「べ、別に、いいも~んだ」

 

 すぐに掌を返す五百歳児に永琳はにやり。

 永琳は体を傾けて顔を半分隠してはいるがもう半分は隠しきれずに表情に出てしまっている。その証拠に後ずさるように距離を取っていた優曇華が呆れた顔で永琳を見ているのだ。

 

「そう、ならこっちに来なさい」

 

 言って永琳は座り、フランを掴みあげて膝の上に座らせた。

 

「子供なんだからこんな事もしていいのよね?」

 

 幻想郷に帰る前、永琳はフランを安心させるため後ろから抱きしめた。永琳はそのフランの反応がくせになってしまったようだ。永琳は戸惑うフランをぎゅっと抱きしめる。

 

「そんなのいいわけっ」

 

 そのせいで永琳の豊満な胸がフランの頭に押し付けられる。

 

「ないん……だから……」

 

 これをやるとフランは恥ずかしそうに俯いて黙ってしまった。フランの母親も永琳の様に巨乳だったのかは分からないが、フランはこれに弱いようだ。

 これがお気に入りの永琳はとてもご満悦な表情でフルーツの乗った皿を手に取り、フランの前に持ってくる。

 

「ふふっ、はいこれ。食べる?」

「食べる」

「あ、それ私の」

 

 フランは少し戸惑いながらもそれを手に取り、もぐもぐと食べ始める。永琳は更に顔をほころばせて更にご満悦だ。傍から見たらもう親子だ。

 しかしそんな光景を面白くないといった面持ちで見つめるものがすぐ傍にいた。

 

「ちょっとあなた! 妹様に何をしているの!?」 

 

 それは紅魔館のメイド長、十六夜咲夜だった。自称他称ロリコンの咲夜にはフランを独り占めにしている永琳が許せなかったのだろう。

 永琳を指差して怒鳴り散らしてきた。

 

「嫌がっているでしょう! 離れなさい!」

「嫌がってないわよね~?」

「う、うん……」

「はぅあ!? 妹様! あなたは胸の魔力で操られているだけなのです! ささっ! 私の膝へご避難を!」

 

 咲夜が正座をしてフランを自分の膝へ来るよう、腕を広げてウェルカム状態だ。その咲夜の表情は恐ろしいほどに必死だった。

 そこでフランは咲夜の胸と永琳の胸を交互にチラチラと見比べると

 

「こっちがいい」

 

 とぬかしたのだった。

 

「いやぁ~胸の魔力は偉大だねぇ」

 

 ほろ酔い気分の小町が自分で酒を酌みながら呟くと麻雀から帰ってきた四季が隣に座った。

 

「胸に魔力などありはしない」

 

 四季は不機嫌そうに小町の呟きを追いかける。

 

「そうですか」

 

 小町は四季におちょこを手渡し、お酌してやる。

 

「ところで四季様」

「なんだ」

「何故全裸なのですか?」

「聞くな」

 

 

 

 

 

演目1:燃えよドラゴン!

 

「お待たせしました。さあ仕切りなおしてエントリーナンバー一番! 紅魔館のゲートキーパーでネタはモノマネ! 中世ヨーロッパで行われた火刑! 題して! 火あぶりにされる魔女!」

 

 ようやく魔理沙が幕の裏から出てきたかと思うと急に大声を張り上げてそんな台詞をはく。

 そして魔理沙が言い切ると同時に舞台の幕が開いた。そこから現れたのは柱に手足を縛られている美鈴だった。

 

「も、燃えよドラゴン!」

 

 と力の限り叫ぶだけ。

 

「……なんつって」

「……」

 

 当然うけるわけもなく、声を発する者は誰もいない。魔理沙や美鈴が恐れていた通りに会場は静まり返ってしまった。

 

(ま、ままままっ魔理沙さん! どういうことですか! 全然受けませんよ! 静寂の嵐ですよ!)

 

 美鈴はすぐ横で司会をしている魔理沙に小声で必死に助けを求める。

 美鈴は魔理沙の提案で無理やりやらされたのだ。だから魔理沙なら何かフォローをしてくれるだろうと思っていた。

 魔理沙は何か考えがあるのか、美鈴にニヤリと唇を吊り上げて笑みを返す。

 何か考えがあるのだ。美鈴がほっとしたのもつかの間、それは間違いだったようだ。

 

「えーリハが終了したところで改めて宴会芸を始めたいと思います!」

「え? リハ? ちょっっと魔理沙さん、一体どういう――」

「エントリーナンバー一番! 紅魔館のタイムキーパー! 十六夜咲夜!」

 

 いまだ舞台の上で柱に縛られている美鈴を放置し演目を進める魔理沙。あまつさえ美鈴の演目をリハーサルという名目に変更し無かった事にして。

 

「承りました」

「あいつタイムキーパーの意味わかってるのかねぇ」

「演目は目隠しによるナイフ投げだぜ! そして標的となったのは~……おっ」

「おっ?」

 

 魔理沙はリハで柱に貼り付けられている美鈴を見るや否や、わざとらしく、今見つけたように声を上げる。

 

「すでに縛られてやる気マンマン! 燃えよドラゴンだー!」

「え?」

 

 ここで魔理沙が縛られて身動き取れない美鈴に耳打ちする。

 

「いや~代役を立候補してくれて助かったぜ。危うく私が的にされるところだったからな」

「はめやがったなあああああああ!」

 

 魔理沙は演目のプログラムを全て把握している。魔理沙は咲夜の演目を見て自分に危険が飛び火しないように美鈴を使ったのだ。

 

「え~ここでこの演目の説明をさせていただきます。目隠しをした咲夜がドラゴンにナイフを投げつけます」

 

 美鈴の悲痛な叫びをガン無視し、どんどん進めていく魔理沙。もう美鈴にはどうすることも出来やしない。

 

(まあ咲夜さんなら大丈夫、当たらないだろう……)

 

 だから美鈴は諦めて現在の状況を冷静に確認する。

 咲夜はナイフで百メートル離れた居眠りしている美鈴の眉間に命中させる事が出来るほどの腕の持ち主だ。そのコントロールがあれば例え目隠しでも失敗することはないだろう。

 だから美鈴は安心しきっていた。だがそれは外す事前提の話。

 

「そのナイフをドラゴンが全力でかわします」

「……はい?」

 

 どうやらこの演目は当てる事前提らしい。

 

「いきます」

「えっ、えっ?」

 

 百発百中の咲夜のナイフは目隠しをしていても九割九分九厘、美鈴の体というゴール枠内に入ってくるだろう。

 

「はっ!」

「ちょっ咲夜さん!」

 

 そして然るべく、その乱れ飛ぶシュートは全てゴール枠内に入っていった。

 

「それ!」

「ちょっと!」

「はっ!」

「まっ!」

 

 掛け声と共に、次から次へ投げつけられるナイフを美鈴は体をひねらせてかわすかわす。

 

「えい!」

「えいって!?  可愛いと思ってるんですか!?」

 

 その瞬間、美鈴の頭にナイフが突き刺さったのだった。

 

 

 

 

演目2:燃え尽きたドラゴン

 

 咲夜のナイフ投げが終わり、続いてはレミリアらしい。何やら立ち上がって準備をしている。

 

「え~続きまして、レミリアによる――」

「あの~魔理沙さん、その前にこの紐といてくれませんか? もう演目は終わったんですから」

 

 咲夜のナイフが十本程刺さったところでようやく次の演目に移行したようだ。

 

「目隠しをしてグングニルです」

「え?」

「その槍をドラゴンがギリでかわします」

「え、またぁ!? あ、ちょっ!?」

 

 カッ、と何かが木製の柱に突き刺さる音が美鈴の顔のすぐ横で響く。

 

「ちっ、はずしたか」

 

 それはレミリアが投げた紅の槍だった。

 

「あ~、まだスタート出してないから投げないで」

「ちってなに!? 渡し身内なんですけどぉ!? 今絶対殺しに着ましたよね!? ねっ!?」

 

 一人はしゃいでいる美鈴に魔理沙が声をかける。

 

「ゲートキーパー」

「何ですかっ」

「しっー」

「しっーっじゃねぇよ! 助けてください、お願いします」

「レミリア、準備は?」

「オーケー」

「じゃあ一言意気込みを」

「次は必ず」

「必ず?」

「コロス」

「いってみよう!」

「もうだ~、あのひと殺すつもりなんですけど~」

 

 

 

 

 

演目3:七色の羽

 

「続きましてエントリーナンバー3!みょんによる七色の羽!」

「はい!」

 

 舞台の上に妖夢が緊張しているのか顔をこわばらせて上ってきた。

 

「次は妖夢か、七色の羽ってのは何だ?」

「まあ見てて下さい。咲夜さん! 頼みます!」

「オッケー! 行くわよ!」

 

 いつの間にか咲夜が両手に持てるだけのナイフを持って舞台と皆を挟んだところに立っている。そしてその咲夜が腕を二回、ブンブンと振ると十数本のナイフが咲夜の手から放たれた。

 ナイフは会場の皆の頭上を越えて妖夢に向かってヒュンヒュンと跳んでいく。

 その危険な行為に皆一様にすこし頭を下げて警戒する。そして投げつけられた妖夢はというと。

 

キキキキン!

 

 と、咲夜によって投げつけられたナイフは小気味よい音を立てて次々に打ち上げられていく。そして妖夢の刀によって打ち上げられたナイフは宙をくるくると舞い、重力により当然の如く落ちてくる。

 妖夢はそれを待ち構えていた様に下に受け皿を用意してする。しかしその受け皿はとても細く長い。

 妖夢は自前の刀二本をまるで鳥の羽のように左右に突き出し、ナイフの先端をその刀の峰で全て受け止めたのだ。しかもその受け止めたナイフは刀に突き刺さっているように垂直に立ったまま動かない。

 更にはそのナイフには色が塗られ、妖夢を中心に赤・橙・黄・緑・青・藍・紫の順(wiki調べ)に等間隔で綺麗に並べられている。つまりこれがフランの羽を模した

 

「はいっ、七色の羽!」

 

 というわけらしい。

 この神業には会場は大盛り上がりで歓声が沸きあがる。皆スタンディングオベーションだった。その羽の持ち主であるフランは感激して飛び跳ねる程。

 故に、フランを膝に乗せていた永琳は顎に頭突きをもろにくらい、気を失うことは必然だった。

 

「ししょおおおおおお!」

 

 

 

 

演目4:魔理沙の歌

 

「最後は私とパチュリーによる歌で締めくくろうと思います!」

「つまんない」

 

 そんなブーイングが魔理沙を襲う。それはいつも通りの野次で普段ならば素通りかマスパなのだろうがそれを言ったのがこの宴の主役だからたちが悪い。

 

「せっかく練習したんだぜ? お前のために」

 

 魔理沙はやれやれとばかりに掌を天にむけてわがまま放題の子供に言い聞かせるようにフランをたしなめる。

 

「じゃあねぇあれやって!」

 

 だが相手はフランだ。一筋縄ではいかない。然るべくフランは何かを思いついたようにそんな事をいいだす。

 

「人の話し聞いてるのか?」

「なぞかけ!」

「なぞかけ? 私は歌いたいんだけどな」

「魔理沙! 主役の、妹様の命令よ! 素直に従いなさい!」

「ちっ」

 

 ここで魔理沙にとって面倒な人物がカットインしてくる。気に食わないことがあれば武力を持って言い聞かせる事請け合いのフランの従者、咲夜。

 魔理沙は面倒ごとを避けるため不満の声を漏らすが反対はしない。

 

「お題はね~えとね~」

 

 フランは決めていなかったらしい。なぞかけにはお題があり回答者はそれを元に謎かけをする。

 フランは何か無いかと辺りをキョロキョロし始める。すると何かにフランの目が留まる。それは永琳の胸、そして先程比べた咲夜の胸に。

 

「じゃあ咲夜の胸で!」

「ぶっ」

「……妹様? 冗談ですよね?」

「だめぇ?」

「ダメというわけではないのですが……そのぉ……」

 

 咲夜は恥ずかしそうに胸を手で隠しもじもじし始める。しかし笑顔で自分を見上げるフランがあまりに可愛いので断りきれない咲夜。

 

「いいよね? 咲夜」

 

 フランは咲夜にそう言って抱きついた。またそうして咲夜をたぶらかし、同意を求めるつもりだ。

 

「も、もちろんですとも! 妹様!」

 

 と、咲夜は半ばやけくそだがこうなるだろう。そしてフランは咲夜に見えないように悪魔のような笑みを浮かべたことは言うまでもない。

 

「本気かよ……」

「さあ魔理沙、主役である妹様がこう言ってるのよ? 早くなさい」

「ならとりあえず、そのナイフを捨ててくれませんかねぇ」

 

 へたなことをすれば殺す、と咲夜はナイフを一舐め。その下でフランは悪魔のような表情で舌なめずり。

 

「こいつら……」

 

 魔理沙は二人を睨みつけてささやかな抵抗をするが、そんなもの今の状況には何の役にも立ちはしない。

 もしも下手な事を言えば咲夜にサクッ、自分の身を守ろうと保身の道をとれば会場の雰囲気は冷め更に今後ずっとチキン野郎といわれることになるだろう。恐らくは小町辺りが馬鹿にしてくるに違いない。

 保身を取るか雰囲気を取るか。どちらにせよ魔理沙に輝く未来はない。

 

「はぁやぁくぅ~」

「ちっ」(この鬼畜娘がっ、今度弾幕ごっこでぼこす!)

 

 とフランは妖艶な悪魔の笑みを浮かべ、白い牙を見せて楽しそうに魔理沙をせかす。

 魔理沙は咲夜を刺激しないように、尚且つ一矢報いなければならない。チキンにも咲夜の餌食にもならない方法で。

 

「まだぁ?」

「しょうがねぇなぁ……」

 

 魔理沙は歌のために用意したマイクを握り締め自分の口の高さまで持ち上げる。

 

「整いました!」

 

 魔理沙は声を張り上げ、そう叫ぶ。

 始まってしまった。もう魔理沙は後には引けない。一体どうするつもりなのだろうか。

 

「「いえーい!」」

 

 魔理沙の声に呼応するように会場の皆も合いの手を差し出す。魔理沙にはめられた美鈴は嬉しそうにより一層声を張り上げている。

「咲夜の胸と書きまして!」

「「咲夜の胸と書きまして!?」」

「永琳の胸と読む!」

「「その心は!?」」

 

 皆ノリノリである。

 人の不幸は蜜の味。人の不幸が目前という事と酒が入っているということもあいまって皆テンションが上がっている。だが幻想郷一のトラブルメーカー魔理沙がこんな事で屈するわけが無かった。

 というのはかいかぶりすぎだったのかもしれない。

 

「どちらもナイスバディでございます」

 

 どうやら魔理沙は保身を取ったらしい。

 当然会場はシーンと静まり返る。残ったものは涼しげな風鈴の音とささやかな虫の鳴き声だけ。もしかしたらその涼しげな風の音まで聞こえるほどかもしれない。

 

「今夜は……冷えるわね」

 

 とポツリ、レミリアが言葉を落とす。

 

「……なんだか急に切なくなっちゃったわ」

 

 そしてパチュリーもポツリ。

 

「私、魔理沙のこと誤解してたみたい」

「あなたはもう少しできる人だと思っていました。残念です」

「つまんない」

「ざまぁ」

 

 落胆の言葉の粒がポツリ、ポツリと降り始めた。雨音の間隔が段々早くなって大雨になるように、会場は次第に以前の盛り上がりを取り戻していった。

 魔理沙はというと、雨が一粒も降らない静かな、しかし太陽の光も差してない薄暗い空間に一人たたずんでいた。誰も暖かい声をかけてくれず、ただ落ちる雨粒を体に受けて冷たくなった体のまま。

 

「魔理沙」

「……咲夜か、なんだよ」

 

 そんな魔理沙に咲夜が声をかけた。

 

「あなたこれ好きだったでしょう?」

「どういう風の吹き回しだよ」

 

 咲夜は魔理沙の好物を更に盛ってやって来たのだ。そして魔理沙のそんなそっけない言葉。

 魔理沙はわかっていた。咲夜は魔理沙が自分の胸をナイスバディと言ってくれた事に対し、お礼をしにきたのだと。だが魔理沙が咲夜に言った憎まれ口はかまかけだった。

 

「は、はぁ!? し、司会お疲れって意味だけど!? 別にあなたがああ言ってくれたからとかそういうお礼とかじゃ絶対無いんだからね!」

 

 そう言って咲夜はその場から立ち去ってしまった。

 魔理沙は自分が放ったかまかけによってあることを確信した。先程言った、あの会場を沈黙させた言葉の本当の意味を咲夜は分かってないと。

 普段の咲夜なら魔理沙に好物を自発的に持ってくるなどありえない。更に魔理沙のかまかけで、裏の意味を知り、毒を盛った皿を持ってくるということは考えにくい事が分かった。

 つまり魔理沙の計画通りに言ったということだ。そしてその本当の意味を知っているであろう人物が魔理沙に歩み寄る。

 

「魔理沙」

「よう、小町」

 

 小町がニヤニヤとした顔で近づき魔理沙の首に腕を回す。

 

「このチキン野郎」

 

 一言そう言ってニシシシと悪戯に笑う小町。保身を取った魔理沙に一番にそう言うであろう人物、小町。だが小町はあの場で野次は飛ばさなかった。

 つまりこの意味は小町に分かってそれ以外には表面的な意味しかわからないという事なのだ。

 

「おいっあれは」

「わかってる、わーかってるって、あの場であたいが野次を飛ばさなかっただろ? そういうことさ」

「お前に気付かれなかったら私は本物のチキンになるところだぜ」

 

 と魔理沙はほっと胸をなでおろす。

 

「しかしねぇ、あのメイドの胸がねぇ。だからあたいや永琳を睨んでたのかぃ。全く、恐ろしいよ」

「言うなよ?  絶対にいうなよ?」

「そりゃフリかい?」

「ちがうわっ」

「安心しなよ。あたいはこれでも口が堅いんだ。それにあんたの勇気に栄誉をたたえて口止め料はうな重でいいよ」

「口止め料とるのかよ……江戸っ子が聞いて呆れるぜ?」

「じゃあ言っちゃおうかな~」

「うな丼で手を打とうじゃないか」

「重だ」

「丼だ!」

「重!」

「丼!」

「重!」

「丼!」

 

 突如会場に銃声が轟き、小町と魔理沙の顔の間を弾丸がすり抜けて柱に命中した。

 

「銃ドーン」

 

 魔理沙と小町は銃弾が放たれた方向を見る。

 

「な~んてねっ。つい殺っちゃいそうになっちゃった。てへっ」

 

 その銃弾を放ったのは今しがた魔理沙の好物を更に持って運んできた咲夜だった。

 咲夜は恐ろしいほどににこやかな笑顔で銃を握り、更にその銃口を魔理沙と小町に向けていた。

 

「うぉーい! どういうつもりだよ咲夜! なんで銃ぷっぱなしてんだ! てかそんな銃どこから出した!?」

「ちょっと! なんであたいも狙ってんだい!」

 

 咲夜の手に持たれている銃は二丁。一方は魔理沙を狙いもう一方は小町を狙っている。

 魔理沙は小町の、小町は魔理沙の後ろに隠れようとがんばってもがいている。

 

「なるほど、ナイス・Nice……ね」

「げ」

「あ」

「解読された! 小町! ずらかるぜ!」

「あたい関係ないんだけど!?」

「一番苦しむ方法で、殺してあ・げ・る」

 

 

 

 

 

忘れられた美鈴と純粋なフランと悪ふざけの永琳

 

 

「はぁ……私……なんだか死にたくなりました」

「まあまあ、いつかいいことありますって」

 

 美鈴は落ち込んでいた。宴会芸で全く受けず、更に咲夜やレミリアの的にされていただけなのだ。

 だから宴会芸で一番受けた妖夢のそんな言葉に美鈴は我慢しきれずに逆切れした。

 

「あなたは七色の羽なんていってすごい事やってのけましたが私なんてただ縛られていただけですからね!?」

 

 妖夢を押し倒しそうな勢いで両肩を掴んで詰め寄る美鈴。更に涙を流し妖夢の体をゆらゆらとゆする。

 酒を飲んだら変貌する例の一番面倒なタイプである。

 

「そ、そんなこと無いですよ! あの体をくねらせた避け芸、見事でしたよ!」

「だって咲夜さんは主に胸しか狙いませんし……誰も私の名前を覚えてくれませんし……」

 

 すかさず優曇華がフォローに入るが美鈴の心の傷は相当深いらしい。更にさりげなく自分の名前を誰も覚えてくれないという不満を出す美鈴。

 いつも元気な美鈴が俯いて暗いオーラに包まれていく。

 

「私なんて生きていてもしょうがないんですよ……」

(やばいです優曇華さん! 何とかこのゲートキーパーさんを元気付けなければ!)

(あ、そうだ! 名前を呼んであげればいいんじゃないですか!?)

(それいいですね! それで、この人の名前はなんですか!?)

(え?)

(え?)

(……どうしましょう)

(聞くは一時の恥)

(はぁ)

(聞かぬは一生の恥です!)

(なるほど、それで誰に聞くんですか?)

「あなたの名前を教えてください! ゲートキーパーさん!」

 

 妖夢もまた酔っているようだ。

 

(なんで本人に聞くんですかあああ!?)

「いいんですよ……もう……誰も私の名前なんか……私の名前なんか……死んでやるううううううううう!」

 

 慌てて優曇華と妖夢が暴れる美鈴を取り押さえる。しかし相手は拳法の達人だ。妖夢がいくら剣の達人とはいえ剣を持たねばただの少女。

 優曇華と二人掛かりでも美鈴は止まりはしない。

 そしてそんな三人の行動をフランは見ていた。美鈴がどんな自殺をするかをわくわくして眺めているのではなく、驚いたことにフランは心配そうな顔をして美鈴を見ているのだ。

 

「……」

「どうしたのフランさん」

 

 美鈴の異変に気付いた、目を覚ました永琳がフランに尋ねる。尋ねてきた永琳をフランは見上げるがその顔は深刻だ。

 

「ちょっと聞きたい事があるんだけど」

「え? なぁに?」

 

 フランが永琳に聞いた事、それは美鈴の名前だった。自分が住む館の門番の名前が分からない事も驚きだが、今フランがそんな事を聞いてきた事も永琳には驚きだった。

 だから永琳は何故そんな事を聞くのかとフランに問い返す。

 

「ドラゴン……なんか元気ないから、私が名前呼んであげると元気になるかなって思って」

「あらあら」

 

 永琳は目を丸くして驚いた。あの鬼畜と歌われたフランがそんな優しい事を考える思考回路を持っているという事に。紅魔館での出発前のフランに比べればその変わり様は目を見張るものがある。

 人里での経験はフランをここまで成長させたらしい。

 それが永琳には嬉しかったのだろう。永琳は優しくフランの頭を撫でまわしてやる。フランはやはり喜びはしないが嫌がりもしない。

 

「む~……それでなんていうの?」

 

 そのフランから出たのはそんな不満の声と早く答えろという催促だけ。

 

「ふふ、そうねぇ」

 

 永琳は何か考え事をするように少し顔を上げて天を仰ぐ。

 ただ教えてもつまらない、などと余計な思考回路に電流を通しているのだろう。

 そうして回路の電流が頭の上にある電球にピコンと光をつける。そしてパッと顔を明るくさせる永琳。

 

「ヒント! 私と一字違いです!」

「永琳と一字違い?」

 

 フランは怪訝そうな表情でオウムがえしする。

 美鈴と永琳は一字違いだ。そのヒントをフランに教えて楽しんでいるのだろう。

 フランはしばし黙考する。頭の中の記憶を隅から隅まで舐めるように見渡しその答えを探す。更に「永琳」と何度かつぶやいている。

 しかし永琳と一字違いという簡単な問題なのにこの真剣さだ。これ見たら美鈴は逆に落ち込むだろう。

 

「あ! 分かった!」

 

 フランはそう叫ぶと永琳のスカートをちょいちょいと引いて屈むように促す。そしてゴニョゴニョと嬉しそうに屈んだ永琳に小声で耳打ちし、答え合わせだ。

 

「ぶふっ、せーいかい! きっと涙を流して喜ぶと思うわ」

「本当!?」

 

 どうやらフランの答えは正解だったらしい。ただし永琳が噴出しているので、それは永琳にとって正解のようだ。

 正解というお墨付きをもらったフランは永琳に御礼もせずに駆け出してしまう。その勢いで暴れる美鈴の後ろから抱きつき、首に手を回す。

 

「うわ!? ど、どうし……どうなさったんですか妹様?」

 

 一応酔っているとは言え主の妹だ。言葉遣いを直すところはさすがは従者というところか。

 美鈴の後ろから抱きついたフランはふふんと自信満々に鼻で笑って美鈴の頬に自分の頬を思いっきりくっつける。

 

「私思い出したの、あなたの名前っ」

「へ?」

 

 この時、美鈴も永琳と同じ考えだろう。あの鬼畜娘がこんな事を言いにくるなんてと。しかもわざわざ従者である美鈴のために。

 

「あなたの名前はゲートキーパーなんかじゃない。あなたの本当の名前は紅……」

「妹様……」

 

 自分の名前をフランが思い出した。それを自分に言いに着てくれた。美鈴の目からはそれだけで涙が出てきてしまう。

 今の美鈴にはフランが天使に見えていることだろう。今だけは。

 

「紅永眠」

「……え?」

「ほんえいみん……だよっ」

 

 永琳と一字違い。確かに永眠でも通りはする。でも違う。それは美鈴を天国から地獄へ叩き落す呪文となってしまったようだ。

 それを知っていてそのままフランを行かせた永琳はというと涙を流して口を手で覆い震えるように笑っている。全く、タチが悪い。 美鈴の目からフライングして出た嬉し涙は枯れ、代わりに悲しみの涙がうれし涙の軌跡を辿り、美鈴の頬を伝って流れ落ちる。先程言った永琳が涙を流して喜んでくれるなどと抜かした為、勘違いしたフランは喜びのあまり、より一層美鈴の首を絞める腕に力を込める。

 

「ふふっ、えいみんっ、えいみ~ん」

「どちくしょおおおおおおおおおお!」

 

 

 

 

 

霊夢と落書き

 

 夜も更け、満月が高々と昇る頃。宴会はまだまだ続いていた。

 フランはチルノ達と一緒に歌を歌い美鈴は自棄酒をして吐いてしまい優曇華に看病されている。他には上司の説教を聴かされたりそれに巻き込まれたり、色々だ。

 そしてレミリアというと。

 

「お嬢様、どうぞワインです」

「ありがとう咲夜」

 

 神社の縁台に座って外を眺めていた。外から入り込んでくる虫の音と中から聞こえてくる騒がしい音。

 その狭間にレミリアはいた。

 宴会が始まった頃、月は顔を横に振っただけでその姿を見ることが出来た。しかし今は顔を上げて、更に目線をあげなければ見えなくなるほど天高く上っていた。しかしまだ神社の屋根に隠れて見えないほどではない。

 そんな月をレミリアは心地よい風が入ってくる縁台に座り、ボーっと眺めていたのだ。

 

「いい満月ですね」

 

 月は綺麗な形をした満月だった。

 フランが紅魔館から無理やり人里へ連れて行かれたのが満月。それから丁度一ヶ月。その間レミリアは気が気ではなかっただろう。 フランが人を傷つければその時点で天界行き。そうなっても恐らく天界へ行く事は無いだろうが幻想郷を離れなければならない、という心配もあった。

 しかし計画が終わった今、レミリアはその心配から解き放たれた。ぼ~っと眺めているのはその反動からだろうか。

 

「そうね」

 

 と一言。それ以上は何も言わない。

 この静かで騒がしい夜をレミリアは堪能したいのだろう。ならばメイド長である咲夜のすることはこの雰囲気を壊すことがないよう振舞うだけ。咲夜はそれ以上何も言葉を発しないレミリアを一瞥し自分も空高く上った満月を見つめ沈黙する。

 

「でも」

 

 と、レミリアが切り出したのだ。

 

「あなたは少し欠けた月のほうがいいんでしょう?」

 

 続けてそんな事を言う。咲夜が完全にレミリアの方を向いた時にはすでに満月から目を背け、咲夜のほうを向いていた。

 レミリアがした質問は昔城から逃げてきた時にアイリスに聞いた答えのある質問。

 

「何故……分かったんですか?」

 

 咲夜は少し驚いたようにぽかんと口を開けてレミリアを見つめている。

 

「ふふ、人間の考えそうな事だからよ」

 

 レミリアはあの時と同じように少し笑ってまた月に視線を戻す。その笑いは嘲笑ではなくただ単におかしかったからだろう。

 咲夜は頭にはてなを浮かべながら首を傾げ「はぁ」とため息のような気のない声で返す。

 そして咲夜もまた夜空に輝く満月に視線を戻す。

 

「欠けた月はまだ先があるじゃないですか」

 

 不意にそんな事をつぶやいた。アイリスとはまた違う見解だ。

 そんな咲夜の見解にレミリアは興味をそそられ、顔を上げたまま横目で咲夜を見る。そしてどういうことかと聞き返す。

 

「これからまだ綺麗な丸になる余地があるじゃないですか」

 

 満月は欠ける事はあってもこれ以上大きくはならない、ということだろう。

 おみくじと同じで大吉を引けばその時は運気はいいだろう。だが今後はそれ以上運気は上がること無く落ちるだけ。それならば小吉の方が良いという良くない結果を引いた者がポジティブ精神で言った負けず嫌いな持論だろう。

 

「ずっと満月ならいう事ないじゃない」

 

 大吉がずっと出ればそれに越した事はない。その見解は人間と吸血鬼の種族による違いなのだろうか。そんなレミリアの意見が面白かったのか、咲夜はクスクスと笑いながらレミリアを見る。

 

「そうですが、人間にとって永遠とは憧れるものであって手に入れてはいけないものなんですよ」

「そう、馬鹿ね」

 

 レミリアがまた一言、今度は子供っぽい憎まれ口を叩く。

 

「そうですね、人間は馬鹿ですね」

「そうよっ大馬鹿よ」

 

 咲夜に笑われて悔しかったのか。レミリアはそう言ってフンッと顔を背ける。

 

「でも、だからでしょうか、満月を見てると不安になるんです」

「不安?」

「なんだか恐ろしい事が起こりそうで」

 

 咲夜はまたまぶしいくらいに輝く月を見つめる。

 満月とはこの後日が経つにつれて徐々に欠けていく運命だ。明るい月から段々暗い月へ。だからそれで不安になるのだろうか。

 実際、月の光に染められた咲夜の横顔はどこか不安そうだった。その横顔を照らす満月の光があまりにも強すぎるせいか、レミリアもなんだか不安な気持ちになってしまう。

 昔の、あの惨たらしい戦争が起こった日もまた、満月だった。

 

「あ、別に昔あった戦争がどうのこうのではなくってですねっ」

 

 咲夜が気が付いた時にはもう遅く、レミリアは眉をしかめて不安そうな表情をしていた。

 レミリアもまだまだ子供だった。

 

「え、あ……そ、そうだ! それでその……少し質問なのですが」

「ダメよ」

 

 咲夜は必死に取り繕うがレミリアを不安にさせた罪は重い。咲夜はもうレミリアに質問する事さえ許されないだろう。

 だから咲夜はレミリアの膝に目線を降ろし口を尖らせて眉間にしわを寄せている。

 

「あ、なんだ。やけに静かだと思ったら寝てたのか」

 

 口にチャックをされた咲夜の後ろから魔理沙がレミリアの膝を覗き込む。

 咲夜が言いたかったのはこれだろう。霊夢がレミリアの膝ですやすや眠っているのだ。それはレミリアがうとうとしている霊夢をゆっくり寝かせ、自分の膝に乗せたのだ。

 

「霊夢さんも少ししか寝てないのよ」

 

 続いて魔理沙のそんな言葉に気が付いた永琳がそう言った。

 霊夢はフランよりも睡眠時間は短い。フランが寝た後で永琳と寄り添いながら寝はしていたが、その後は四季の説教、宴会の準備と忙しかった。当然眠くなるだろう。

 それは霊夢が自分の責任を全うしようとがんばったからだ。だから今はレミリアの膝枕でゆっくり寝かしてやろう。

 などと考える魔理沙ではなかった。

 

「人がせっかく宴会を盛り上げようとしてるのに寝るとは笑止千万だぜ。よし落書きしてやろうぜ」

 

 全く、これほどがんばった巫女に落書きなど罰当たりもいいところだ。更に、レミリアの鋭い睨みが魔理沙を射抜くが、がそんなもの、魔理沙に掛かればちょろい錠前に変わる。

 

「まあまあ、へへっ……お前も何か書いてやれよ。レミリアLoveとかな」

 

 レミリアの目の色が変わる。

 魔理沙は何本かペンを取り出し、レミリアに差し出した。レミリアはそれをひったくるように奪うと霊夢の頬にキュッキュと書き始める。

 

「額は私がもらったぜ」

 

 魔理沙はペンのキャップをポンッと音を鳴らして外し、寝ている霊夢の額に何やらキュッキュと書き始めた。

 

「なにかくの?」

「にく」

「予想通り過ぎて面白くないわね。もう少し考えて――」

 

 パチュリーが後ろからジト目で魔理沙を見つめているが、魔理沙はそんなパチュリーの予想を裏切った。

 

「づきに」

「え?」

「力三つと」

 

 にくづきに力三つ。つまり魔理沙は霊夢の額に脇と書いた。

 

「ぶっ」

 

 更に後からきた小町が霊夢の額を覗き見た瞬間に噴出す。それと同時に書いた張本人の魔理沙でさえ噴出して笑ってしまう。

 

「ぷくっ……あーはっはっは! やばい! 自分で書いて笑っちまうぜ!」

「そ、そんなの書いて……またおこ……怒られ……ぷっ……クククッ」

 

 パチュリーですら澄ました顔を崩し、笑ってしまうその霊夢の額の脇という字。そこで咲夜が改めて「脇巫女ね」などというものだから更に魔理沙は腹を抱えて笑い、更に床をどんどんと叩いてしまう。下に住む住人がいたら間違いなく怒鳴り込んでくるだろう。

 

「じゃあ私も何か書こうかしら」

 

 そう言って咲夜も魔理沙が放り投げたペンを取り、何やら霊夢の頬にきゅっきゅと書き始めた。だが咲夜が書いた落書きはよりによってあの二文字。

 

「貧乳て……お前……」

「ふふふ、霊夢には負けていない気がするわ」

 

 怪しい笑みを浮かべ満足そうな咲夜。貧乳が貧乳に貧乳と書くとは何事だろうか。呆れたことにどんぐりの背比べと言う他無い。

 しかし当の本人の霊夢は特に気にしてはいないようだが。

 よく見ると霊夢の反対側の頬には「レミリア命」とちゃっかり書かれている。

 

 

 

~鬼~

 

 

 そんな楽しそうな宴会もいつの間にか終わりが近づいていたようだ。それは宴会の勢いが徐々に弱まってきたからではない。とどまることのないその勢いを殺そうとあるものが近づいていたからだ。

 先程咲夜が何か恐ろしい事が起こると言った。それが現実のものになろうとしている。そしてその恐ろしい事はもうすでに博麗神社のすぐ傍に迫っていたのだ。

 いや、もうすでに神社の敷地内に侵入していた。

 

「咲夜」

「ええ、誰かいます」

 

 縁台に座っていた咲夜とレミリアはいち早くその招かれざる客の気配を感じ取っていた。レミリアの体がピクリと動いた時には咲夜はもうすでに立ち上がっていた。その異変に先程まで笑い転げていた魔理沙がうずくまりながらも咲夜の方を見る。

 咲夜が身構え霊夢が膝を枕にしているため動けないレミリアの前に立っている。その手にはナイフが数本。

 

「そこにいるのはだれ!? 出て来なさい!!」

 

 魔理沙の声を遮り気配のするほうへ声を張り上げる咲夜。

 

「どうも~こんばんわ」

 

 すると返ってきたのはそんな軽い口調の声。更に続いて暗闇から月光の下に姿を晒した侵入者。

 

「あやや!? な、なんですか!? 何で臨戦態勢なんですか!?」

「天狗?」

「そう、清く正しきゃっ」

 

 言い終わる前に咲夜のナイフが文を襲う。

 

「ちょっと! 危ないじゃないですか!」

「ちっ……ああ、どうも。こんばんわ。何しに来たの? 帰りなさい」

「この扱い……」

 

 神社の外の異変に気付いたのかフランがレミリアの背中に飛びつきながら叫ぶ。そのせいでレミリアは驚いて声を出してしまう。

 

「きゃっ!?」

「ぱぱらっちだ!」

 

 他の連中もその騒ぎを聞きつけてどやどやと歩み寄って来た。

 

「違いますよ! 清く正しい射命丸文です!」

「ああ、そういえばいなかったな。お前なら宴会に来て写真パシャパシャとってそうなのに」

 

 それは新聞記者の射命丸文だった。文は宴会だというのに初めから終わりまでずっといなかった。姿を最後に確認したのは魔理沙でまだ日が照っている間だ。

 

 そして確かに宴会の場は色々なシャッターチャンスがある宝島といってもいい。その場に居合わせないとは一体どういう事なのか。

「あ~あ、宴会芸すごかったのになぁ。特に妖夢だ! 妖夢は何をした思う!?」

 

 と文をうらやましがらせるために不適な笑みを浮かべて勿体つけるように言う。魔理沙は意地悪だ。ゆっくり時間をかけて文をじらすつもりだろう。

 

「七色の羽、とかですか?」

 

 しかしさらりと文は言い当ててしまう。これには魔理沙の肩が地についてしまいそうなほどにガクリだ。

 

「何でお前がそんな事……まさかどこかに小型カメラが!? 悪趣味な奴め!」

 

 と慌てて周りを見渡し警戒する魔理沙。しかし文はそんな変態じみた事をするわけが無いだろうとぷんぷんと怒り出す。

 

「違いますよ! 私はある人に聞いたんです」

「ある人?」

「ええ、この幻想郷の知識を全て知る人物ですよ」

「はぁ? わけの分からない事を。それに宴会芸をほっぽって何でそんな所に――」

「私は記事の裏づけを月に一度そこで行っているんですよ。でまがあったら編集長にどやされますので。だから宴会にも行けなかったというか。でも宴会芸で何をやったかも魔理沙さんがどんな鬼畜プレイを美鈴さんにしたのかも全て私は知っていますよぉ。写真が取れなかったのは少々残念ですがね」

 

 皆一体何の事か分からず頭の上にはてなを浮かべたまま顔をかしげるだけだ。しかし顔を傾げていないものもいる。それはパチュリー、四季、紫だ。これはフランが幻想郷に帰ってきた時の霊夢とパチュリーのあの不可解なアイコンタクトのメンバーと同じ。

 

「それで? お前はその用事が終わったからここに来たのか?」

「あ、いえ、私はもう少し記事と事実を照らし合わせたかったんですが~……」

「が?」

「何故か急に博麗神社に行くと言われまして~」

 

 文はやれやれといった感じで癖なのか、手に持ったメモ帳で雨をしのぐように頭をこつこつと何度か叩く。

 

「博麗神社に行くって、誰が?」

「それはですね~……あ、来ました来ました」

 

 文がそう言って首を振った先。月の光が届かない博麗神社を取り囲む木の陰に誰かいる。

 ざっざっざっと、その者はゆっくりと皆の方へ歩いてくる。

 月の光は上から降り注ぐ。だから最初は頭が見える、筈だった。しかし月明かりの下に最初に姿を現したのは二本の角。

 

『鬼』

 

 その表現が相応しい二本角の一方には何故か赤いリボンが。

 続けて月明かりの下に姿を現したのは聡明そうな少女の顔。その少女の顔を包む髪は月光に当てられてだろうか、神秘的なエメラルド色に染まっている。

 

「やあ、皆さん、こんばんは」

 

 暗闇から月明かりの下へ姿を現したのは歴史を操る能力を持つ半人半獣。

 その名を上白沢慧音という。

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