今まで鳴いていた虫も先程の慧音の大層な宴会芸で止んでしまう。
しばしの間沈黙が流れるが、幻想郷の住人の鳴き声はそんな事では止みはしない。
「お、おい霊夢、そろそろ教えてくれよ。慧音は一体何をしたんだ?何でここに来たんだ?」
慧音の大宴会芸が終わり霊夢もほっと一息ついている所に魔理沙が説明を促す言葉をかける。
これが宴会芸だとしても何をしたのかわからなければどう反応していいかがわからない。はたまた宴会芸などではないとしたら目的は何なのか。
慧音は歴史を操る能力を持つ。
だから何かの歴史を変えたのだろうが何故わざわざ博麗神社に来たのか。ここでしなければいけない事なのか。しかもフランの計画が終了したこの日に。
霊夢は横目で魔理沙とそのすぐ後ろにいるフラン、交互に視線を送ると表情を曇らせる。そして何度か口を開こうとするがそれを待ちきれず、パチュリーが口を開く。
「アフターケアよ」
霊夢を代弁する、と言うことはやはりこの二人の間には何かるようだ。それは前にもあった不可解な視線のやり取り。
「何だよパチュリー、やっぱりお前も知ってたのかよ」
「フランの計画が始まる前にこの人に協力をしてもらう事にしていたのよ。フランがもし人里で暴れて物を壊したり、誰かを傷つけたり……殺したり」
やはりパチュリーも一枚噛んでいたらしい。スラスラとその実態を読み上げていく。
「そういった事を無かった事にするために。人里の歴史を創りかえることで」
フランは幻想郷でも有名な問題児。だからそれを人里に連れて行くには多大なリスクを背負わなければならない。フランが人里で暴れだす可能性は大いにありえる。
人里の民が怖がるフランを教育するために送り込んだのに逆に恐怖を刷り込ませてしまっては目も当てられない。
それを解消したのが慧音の存在だった。霊夢とパチュリーは事前に慧音に協力を要請していたのだ。
フランが何か大きな問題を起こせばリセットすればいい。しかしそれを言えばフランの為にならない。だから今の今まで黙っていたのだろう。必要最低限のメンバー以外には秘密にすることで。
「だから人里にあるあなたの記憶を全て消したのよ、フラン」
だからパチュリーはその説明の最後を魔理沙ではなくフランを見据えて言った。魔理沙に抱きついてユラユラと揺さぶっていたフランに。しかしその目には嫉妬心はない。
「どういう……こと? わけわかんない……」
フランはパチュリーの言ったことは大方理解している。しかし頭が拒否反応を起こし、その反動でパチュリーを暗い視線で睨みつける。
魔理沙の方から上半身をずいっとだし、今にもパチュリーに飛び掛らんとする勢いだ。
「そうだよなっ」
「あたっ」
だから魔理沙がそんなフランの頭にぽんっと手を載せて静止させる。魔理沙はフランの味方らしい。
「何で今それをする必要がある? フランは無事返ってきた。計画は成功したんだ。何の問題はないだろ?」
そんな魔理沙の援護にフランはパッと表情を明るくする。
そう、フランは人を傷つけはしたが結果的にその方が死人もなく、天界行きも無く、全て丸く収まったわけだ。フランも僅かだが成長し、計画は大成功の内に幕を締めたはず。更に人里のフランの印象もよくなり、更には人里の妖怪を見る目も少しは変わったはずなのだ。
ならば何故記憶を消す必要があるのか。それはフランを初め、魔理沙、レミリア、そこにいるこの歴史を変えるという大きな計画を知らなかった全ての者に理解し難い事だろう。
だから先程までそんなパチュリーに代弁してもらった霊夢が口を開く。その真意を語るために。
「成功?」
という短い言葉を皮切りにして。
計画は成功したという魔理沙を睨みながら霊夢は疑問を投げかけるように。それは本当に成功しているのかと問い返すような視線で。霊夢の顔は真剣だ。そしてその凄みのある表情に魔理沙は思わずたじろいてしまう。
魔理沙は完全に及び腰だ。
「あ、ああ……フランはこうして無事帰ってきたわけだし。死人もいない、だろ?」
「そうね、確かにこの計画は成功したわ」
素直に認める霊夢。先程まで凄んで「成功?」などと聞き返していたのにずいぶんあっさりだ。だからそんな肩透かしを食らった魔理沙はそんな霊夢の肯定に満面の笑みを浮かべるフランを尻目に、口を尖らせ「じゃあ何が問題なんだよ」と不満そうに問いかける。
「もっと根本的な事よ。何でこんな面倒な事が起こったと思う?」
面倒な事とはフランを一ヶ月も人里に置いて成長を試みた事。フランが滞在する場所の手配、何か問題を起こしたときの処理とその見張り、天界の動きにこのアフターケア。
「それは……」
フランが人里の周りで暴れ周り人々に恐怖を与えたから。それがそもそもの始まりだった。だから博麗の巫女であり、幻想郷の管理者でもある霊夢に妖怪討伐の命が下った。
フランを退治しろと。
だがそれに乗り気ではない霊夢がこの計画を発案し実行に移したのだ。
「そう、人里の人間が、幻想郷の妖怪を怖がったから」
魔理沙はその旨を伝えると霊夢はまた全てあっさりと肯定してきた。
しかし妙な言い方だ。人里の人間、幻想郷の妖怪。それは霊夢の言う根本である、元を辿った言い回し。
それに魔理沙は「ああ」と短くつぶやいて霊夢の言葉を止めることなく滑らせる。
「そもそもそこで失敗してたの。根本から……人里と幻想郷の関係が」
人里と幻想郷の関係は魔理沙だって分かっている。人里には人が住み、幻想郷には妖怪が住む。それが根本であり全てだ。
だから魔理沙はわけがわからず首をかしげる。
霊夢のいう人里と幻想郷の関係とは一体なんなのか。人里にとって幻想郷とは、幻想郷にとって人里とは何だったのか。
「それと人里のフランの記憶を消すのと一体どういう関係があるの?」
だから魔理沙と同じように首をかしげていたレミリアが疑問を投げかけ、そのよく滑る霊夢の言葉に歯止めをかける。それはフランの記憶を消した事に対し、理由がなければすぐに取消して欲しいと言うささやかな抵抗の表情も込めて。
だがそのせいで霊夢の言葉があらぬ方向を向いて滑っていくことになってしまう。
「あの結界、見たでしょ?」
急に霊夢が見当違いな事を言うものだからレミリアは少し間を空けて言葉に使えながら「ええ」と答える。
フランを迎えに行った時、人里と幻想郷の間には妙な結界が張られていた。人里からは見えず幻想郷からなら見れるというもの。
「あれは別に感動の再会を演出するためにマジックミラー的な機能を取り付けたわけじゃない、ということよ」
人里からは見れず幻想郷からは見れる結界をマジックミラーと比喩した霊夢。そのせいでフランは考える暇もなく、否応無しにレミリアとそれこそ感動の再会をしたわけだが、やはりそう言われてもレミリアには分からなかった。
「……分からないわ。フランの記憶を消す事と、あの結界に何の関係が?」
「ああ、ごめんなさいね。さっきパチュリーが言ったフランの記憶を消したって言うのは全体のほんの一部分でしかないわ」
「ほんの一部分」霊夢が言ったその一言がレミリアの目を大きく見開かせた。そして察しのいい魔理沙にもどうやら分かったらしい。
「まさかっ! 霊夢! あいつが消したのって……」
人里と幻想郷の関係、その間にある特殊な結界、更に人里の、フランの記憶を消した事がほんの一部分だということ。
その要素を結びつけてでた結論が分かったものはどうやら魔理沙とレミリアだけらしい。レミリアと魔理沙が分かったような顔をしているのでフランは心配になったのだろう。分かってないのは自分だけではないのかと。
だからフランは咲夜を見上げる。が、咲夜も首をかしげ何が起こっているのかわからないといった表情だ。咲夜と同じようにフランも首をかしげて二人して首を傾げる様は何とても可愛らしいのだがどうやらそんな場合ではなかったらしい。
「慧音が消したのは、幻想郷があったという歴史」
そう言い放った霊夢の視線は器用に幻想郷の住人全員に向けられる。その霊夢の視線で喉に栓をされたように皆言葉が出ない。喉にあるその栓をどうにかして吐き出そうと、しかしそれが叶わず、悶えているように。
慧音が行った所業とは人里における幻想郷がそこにあったという歴史だった。
慧音はその打ち合わせと、幻想郷の管理者である霊夢の監視の元、歴史を改変するために博麗神社にやって来ていたのだった。
慧音は人里に住んでいる。それは人が好きだから。
だから慧音は今回のような霊夢の提案に喜んで乗った。人々を不安に陥れる幻想郷の存在は人間にとっても慧音にとっても疎ましいものだった。
その為、この霊夢達の申し出は慧音にとって願ってもない事。返事二つで了承したのだろう。
そして幻想郷があったという歴史を消すという事。それはつまり
「今、この時を持って、幻想郷を現世から隔離する」
霊夢が企てた事、それは幻想郷を現世から完全に消す、といった事だ。フランが人里に行ったという歴史だけではなく幻想郷そのものをなかった事にした。
「もちろん人里で必要な物を調達する場合はいつものように私に言ってくれれば人里に通すわ。でもその場合幻想郷のことは一切喋っては駄目」
霊夢は徹底的に人里から幻想郷を隔離するつもりだ。
「ま、待てよっ!」
喉に詰まった栓を吐き出したのか、それとも全てを受け入れて飲み込んだのかは不明だがやっと言葉を発する魔理沙。しかしその第一声は声がかすれ、叫んでいるにもかかわらず小さな声。
「だ、大体何でそんなことする必要がある!? 今まで上手くやってたじゃないか!」
「今まではね。でも今回のような問題が起きた……それは今までが近すぎたから。人里と幻想郷、人と妖怪、互いを隔てるために創ったはずだったのに」
「でもっ、それでも上手くいった! フランはこうして無事に戻って――」
「それも今回は、でしょう」
「つ、次だって上手くいくさ!」
「いくかしら?」
魔理沙の口をついてでた言葉を霊夢が後を追うように言う。本当にそう思っているのか?と。
魔理沙の何の根拠もない言葉。しかし霊夢の言葉もまた根拠がない。上手くいくかもしれないし、いかないかも知れない。
だが失敗すればそれまでなのだ。もしフランの計画が失敗していればフランを殺害、もしくは天界に連れて行かなければならなかった。
更に人間はすぐ不安になる臆病な動物。何も確証がないことには保険無しでは一歩を踏み出せない。そして霊夢は人間で次が成功するという確証はない。
今回のようなことがまた起こればどうなるか。もしかしたら霊夢は幻想郷の妖怪全てを殺してまわらなければならないかもしれない。それは人里と幻想郷のあり方が根本から間違っていると言える。
「次があったとしてその次は? 次の次は? そんなのとても保障しきれないししたくもない。そもそも問題が起こること事態この幻想郷のシステムが破綻している事を明示しているわ」
「で、でも……」
その場にいる者、恐らくほぼ全ての幻想郷の住人が人里と幻想郷を完全に隔離しても特に問題はないだろう。逆に人とのいさかいがなくなるのだ。幻想郷の住人にとても願ってもないことだ。
だから皆その霊夢の意見に反対するものはいない。霊夢に申請すれば人里には入れるのだ。物資の調達にも困らないだろう。
しかし魔理沙が食いつくのはすぐ傍で今何が起こっているか未だよく分かっておらず、首を傾げすぎて一回転してしまいそうなフランの存在があったからだ。
フランは酒の席で魔理沙に楽しそうに人里で起こった事を話していたのだ。人里に遊びに行き、何をしようかと嬉々として話していた。今の状況が確定してしまった場合フランが不憫すぎる。
魔理沙は苦しそうにフランを見下ろす。フランも首を器用にかしげて魔理沙を見返してくる。不安そうな表情で。その不安そうな表情は霊夢の言ったことをあまり理解していないからだ。
霊夢はパチュリーの言ったことを否定した、とフランは捉えていた。だからフランは小さな希望を持っていたのだ。それが更なる絶望だとも知らず。
人間と妖怪、フランは上手くやったのだから今後もまた上手くやっていけると思っていた。明日にはまた人里へ行き、新之助の所へ向かい、数日間行われているであろう夏祭りにでも一緒に行こう、などと計画を立てていることだろう。
この純粋無垢な少女にどう説明すればいいか魔理沙は分からなかった。
そして人里と幻想郷が隔離されると困る者がもう一人。
「まあまあ、霊夢さんもそんな面倒くさがらずに、今回みたいに一緒に解決していけばいいじゃないですかぁ、記事にもなるし。お願いですから元に戻してはくれないでしょうか?」
文だった。人里にも自分の新聞をばら撒いている文にとって購読者が少なくなるという事は給料が減る、という事だ。実際面白くはないだろう。
だから言ったのだろうが、霊夢の口から返ってきたのは気の重くなるような事。
「私はあなた達みたいに化け物じみた寿命はないのよ?」
「あ……」
霊夢は無表情で静かに言い放つ。
霊夢と妖怪達の寿命は大きく違う。問題が起きるたびに霊夢がそれに関わり、一緒に解決する、というような事は不可能だ。
「だからこの案は私ができる最大限の譲歩であり打開策、と受け取ってもらえたらありがたいわ」
妖怪を殺したくない霊夢の今現状を打開する解決策がこれだった。
だがそれはフランにとって少々小難しい話のようだ。
「ねえねえ魔理沙っ、何がどうなったの? 何で皆変な顔してるの?」
皆一様に驚き、戸惑っている中、一人だけ首をかしげ今の状況が飲み込めていないフラン。魔理沙のスカートをクイクイと引っ張って説明しろと促す。
「記憶は全部消された」
「……でも新之助の記憶はちゃんとあるんでしょ?」
何を思ってそう考えたのか。フランは自分の都合に合わせ、記憶が消されたと思っている。察するに人間と妖怪の不仲が原因なのだから仲のいい新之助の記憶が消されるわけがない、そう思っているのだ。
「フラン……」
魔理沙はただフランの名前を呼ぶことしか出来ず、それで視線を逸らしてしまった。それが何を意味するか分からない程、フランは鈍くない。
「ま、またまたぁ、計画は成功したんだよ? 騙されないんだからっ、わた飴とか林檎飴とかもそうだよ! 私めちゃめちゃ恥ずかしかったんだからね!」
フランは魔理沙によく騙されている。わた飴や林檎飴もそう、結界に触れさせられたこともあった。フランにも多少なりとも学習能力はあるのだ。耐性はつくというもの。しかしその耐性がここでは逆に不安を掻きたてる。
「お前の記憶だけじゃない、幻想郷の記憶も全部消えた」
「だからぁ、私はもう騙されないもんねっ」
魔理沙は堂々と表情を変えずに嘘をつけるポーカーフェイスの持ち主だ。それがトラブルメーカーと呼ばれる所以。
しかし素顔を隠すそれは耐性がないから。
ポーカーフェイスという仮面の裏にある素顔はあまりにも柔らかすぎたようだ。然るべくフランの魔理沙を信じないその態度に魔理沙の顔が徐々に歪んでいく。どう言えば信じてもらえるか、どんな言い回しをすればフランを傷つけずに真実を伝える事が出来るか。
恐らくそんな方法はない。傷つけたくなければ嘘を付く以外ないだろう。だが幻想郷のトラブルメーカーと歌われる魔理沙でさえ、表情一つ変えずにつける仮面は持ち合わせていなかった。それ以前に魔理沙の良心がそうさせないだろう。
それがトラブルメーカーを慕うものたちが唯一認めている者なのだ。魔理沙に嘘がつけるはずがなかった。
「魔理沙が言った事は本当よ」
「霊夢……霊夢も魔理沙と組んでるの? 言っておくけど私はそんなに馬鹿じゃないんだよ?」
そんな魔理沙を見かねた霊夢が助け舟を出すがフランは依然として信じようとはしない。
「ね、ねぇっ! おねぇ様っ」
あまつさえフランは徒党を組んで自分を騙そうとする二人に対抗するため、満面の笑みでレミリアを仲間に引き込もうとする。
「……」
レミリアから返ってきた言葉はフランの仲間になる事を快く承諾するものではない。それは拒否する事を示す沈黙でもなく、ただ入りたくても入ることが出来ないという苦しい沈黙。
「あはは……おねぇ様も私を騙そうとしてるんだ? ひょっとしてドッキリなの?」
少しだけ笑って咲夜の方を見上げる。それは不自然に張り付いた笑顔で。
口の両端は異様に釣りあがり、目は笑っておらず見開いただけ。
「ねぇ咲夜……」
フランはゆっくりと咲夜の腰に手を回して前と同じく、甘えるように抱きついた。
「咲夜は私の味方……だよね」
「妹様……」
咲夜に抱きついたフランは顔を上げずにただ胸に顔をうずめている。
咲夜から目を背けているのは現実を直視したくないという心の表れ以外の何者でもない。しかしその咲夜に抱きついているのはかすかな希望にすがりたいから。
だが咲夜もまた魔理沙と同じジレンマに悩まされていた。だからフランをいつものように抱きしめてやる事が出来なかった。
「さく……や?」
震えている。フランの声が、体が、その振動が咲夜に伝わっていく。
誰でもいい、せめてフランの味方になる者が一人でもいればその震える声は元に戻るだろう。
「フラン」
だが
「消えたのよ」
そんな者は一人もいなかった。
「はは……あははは、参ったなぁもう……」
誰でも嘘だと分かっていることを本当だと言われ続ければ不機嫌になる。ネタが分かっているのだからさっさと本当のことを言えばいいのに、と。
霊夢の一言で咲夜に抱きついていたフランの震えが止まり、そんな言葉が不機嫌さを撒き散らすように神社に響く。
フランは咲夜の体から自分の体を突き離す。それは酒でも飲んでいるかのようにフラリ、フラリと。月の光から紅の瞳を隠すように。
「ばれてるのにっ……何でそんな下手な演技するかな?」
フランは左右に体を振りながらゆっくりと霊夢の方を向いた。そしてゆっくりと顔を上げる。
「何で?」
その紅の瞳は炎の様にゆらゆらと歪み、その熱い視線で霊夢を睨みつけている。それは注がれれば二度と動けなくなるような鋭い視線。しかし霊夢はその視線に目を逸らすことはない。
真っ直ぐにフランを見つめ返している。
それは睨むでもなく、哀れんでいるでもなく、ただフランの熱い視線を冷まそうとしているかのような冷たく暖かい視線。
ホロリと、炎のように紅の瞳を揺らしていたそれが頬を伝い流れ落ちる。
その涙はさぞや熱い事だろう。
その熱い涙が意味する事は言うまでもない。
「いや……やだっ」
とは、これが嘘ではなく、本当であることを確信したから。その現実を受け入れたくないという想いから。
今フランに分かっている事は二つ。慧音が人里の記憶を消したという事実。もう一つはそれが本当に真実か確かめなければいけないということだ。
フランは走り出した。熱い涙を軌跡にして。
「フラン!?」
皆の雰囲気から恐らく自分の記憶は消えているという事は分かる。しかしフランは信じたかった。もしかしたら、あるいは、ただ一人だけ、自分の事を覚えてくれているかも知れないと。
新之助なら、と。
「待ちなさい!」
霊夢の静止をすり抜け、わずかな希望を胸にフランは走る。
縁台を駆けて本堂を抜け、何も入っていないであろう賽銭箱を靴下のまま飛び越えて走り抜ける。
フランは虹色の羽を奪われている。飛ぶことは出来ない。だから神社へのとても長い階段を転がるように駆けていく。
その後を霊夢が猛スピードで飛んで追いかける。
霊夢もフランの行き先は分かっている。そこで何をするかも。
だから今フランを止めなければならない。今回の計画もその計画のために作った結界も全て破壊されてしまう。
「フラン!」
霊夢が追った後を魔理沙が追おうと、すぐそこに立てかけていた箒を握り締める。そしてそこにいた皆がフランを追おうと一歩足を踏み出そうとした時、待ったがかかった。
「お待ちなさい」
「あ!?」
待ったをかけた人物は意外にも今まで無表情で傍観を決め込んでいた八雲紫だった。