フランは成長するのか?   作:天澤星三

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第三十九話 ~それぞれの想い~

 霊夢は結界を破って人里に向かおうとするフランを飛んで追いかけていた。フランは羽がないから飛ぶことは出来ない。だから博麗神社に続く階段を風のように駆け下りている。

 

「フラン! 馬鹿な真似はやめなさい!」

「馬鹿は霊夢だよ! 何で新之助の記憶を消したりするのよ!」

 

 霊夢が空から待ったをかけるがフランは止まる気配がない。それどころか霊夢の方を振り向きもせずフランは転がるように階段を駆け下りていく。

 

「あんただけじゃない! 幻想郷全ての記憶を消したのよ! これ以上、無駄な争いが起きないようにするために!」

「霊夢が人里に行けって言ったんでしょ!? だから行ったのに! 何でそんな事するのよ!」

「それは関係ないでしょ!? あんたが外で暴れた時点で、そうなる予定だった!」

「計画は上手くいったじゃない! それに私はおねぇ様が外で遊べって言ったから外で遊んだだけ! 私は何も悪くない!」

「何でもかんでも人のせいにするんじゃないわよ!」

「するよ! 外で遊んだら私だけ罰ゲーム! 罰ゲームしたらまた罰ゲーム!? ふざけないでよ!」

「遅かれ早かれこういうことは起こったのよ! それがあんただってだけ! 別にあんただけを攻めるつもりもないし罰も与えるつもりはなかった!」

 

 フランはとまる気配がない。霊夢が停止を促すが効果はなく、口喧嘩になって逆にフランの進撃が速くなる。

 霊夢の酷い仕打ちにフランは止まりはしない。

 しかし他の妖怪がフランと同じように暴れているところを見られてしまったら、結局今回のようなことが起こり、人里で暮らす、なんてことはないだろうが何らかの処置は取られたはずだ。その動向如何によっては、今回のような事態に収束する可能性は十二分にあった。

 つまりフランは貧乏クジを引いてしまったのだ。だからフランは余計に理不尽に思ったのだろう。なぜ自分だけこんな目に、と。だから振り向いて霊夢をキッと睨みつける。

 

「そんなの!」

 

 だがそれがよくなかった。バランスを崩し、フランの足が階段から踏み外される。

 

「きゃあああああああああああ!」

 

 フランは悲鳴を上げて面白いように階段をゴロゴロゴロと転がり落ちていってしまった。

 

「本当に待ってえええええ!」

 

 

 

 

 

「つかまえた」

 

 ゴロゴロ転がるフランを途中で抱きとめて階段に座らせる。後ろからフランを捕まえると言う名目で抱きしめて。

 

 

「う~……」

 

 どうやらフランは目を回している様子。博麗神社に続く階段は急で、そこを落ちるような勢いでゴロゴロと転がっていたのだ。無理もない。

 

「全く……世話が焼けるわ……」

「は、放してよ馬鹿ぁっ」

「まだ言ってるの? いい加減にしなさいっ」

「放してって言ってるでしょ!」

 

 目が回るフランは体に回された霊夢の手を力ずくで引き離す事しかできなかった。だがフランは吸血鬼で霊夢は霊力以外は普通の人間でありただの少女。その吸血鬼がその怪力を行使すればどうなるか。

 

「いつっ」

「あっ……」

 

 小さな悲鳴を上げて霊夢は唸ってしまう。今は暗くてよく見えないだろうが恐らく霊夢の腕にはあざが出来ているに違いない。

 普段落ち着いた物腰で無愛想な霊夢がそんな悲鳴を上げた事が意外だったのか、フランは目を丸くして霊夢の腕を見つめる。夜目の効く吸血鬼だ。その腕にどんなものが出来ているのかわかっているだろう。

 

「フランっ」

 

 と霊夢が名前を叫ぶように呼ぶと、フランはそれに弾かれた様にビクつき、反射的に「ごめんなさいっ」と口に出る。

 その直後、フランは霊夢からまた何らかの罰を受けると身構えていたが、霊夢の口からはフランを叱りつける言葉は出てこなかった。

 

 

「私はあんたを守りたい……」

 

 代わりに出てきたのはそんな言葉。強くフランに訴えかけるようなそれ。

 フランがもし結界を壊して人里などに行けば今度こそ、危険な妖怪として天界に連行されてしまうだろう。

 しかしそれはフランがその時まで生きていたら、だ。というのも幻想郷の維持に命をかけていると言っていいほど愛情を注いでいる人物、八雲紫の影がある。その異常なまでの幻想郷への執着にフランがもし結界を壊そうものならば残酷にこの小さな吸血鬼を殺そうとするだろう。

 どちらにせよ、フランの身が危険なのは変わらない。だから霊夢はその危険からフランを守りたかった。

 

 

「……」

 

 霊夢の言葉が呪文になったように、フランの体から力が抜けていく。まるで叱られてしゅんとしている子猫のように背中を丸めてうなだれている。

 フランがそうなるのも無理はない。それは以前、新之助がフランを命がけで守ろうとした時に発した言葉と同じ要素を含むからだ。前に新之助が小島酒蔵に乗り込みフランを抱きしめた時の事を思い出したのだろう。

 

「あら、ずいぶんすんなりと大人しくなったわね」

 

 霊夢はその事はしらない。フランが好きだった新之助と同じ言葉を吐いたことを。だから霊夢はやはり意外そうな顔でフランに語りかける。

 

「やっぱり……」

「ん?」

「やっぱりこんなの……理不尽だよ」

「そうね……あなたがこんなに人と仲良くなるとは思わなかったから……正直言うと初日に暴れだしてすぐ終わっちゃうかと思ってたのよ。私もうかつだったわ」

 

 霊夢は軽く笑い、謝罪の意こそ示さないものの、反省の意は示す。

 初日でダメだと思っていた、とは失礼極まりないがそれを最後の一日を除いて、しかも人里の住人の信頼をも勝ち得ながら順調に過ごしていくフランを見て、霊夢もこれなら大丈夫と高をくくってしまっていたのだ。計画前の心配は杞憂だったと。最後の日に浮かれて祭りに出向いてしまうほどに。

 その霊夢の隙をフランは的確につき、騒動を起こしてしまった。小島酒蔵襲撃という、大袈裟なことになってしまったのだ。

 形では成功ということにはなった。人里の住民による妖怪の印象はフランの活躍で好感触だったものの、当のフランが暴動を起こしたことでその好感触分マイナスに転じてしまった。

 霊夢がいればどうにかなったかもしれないが後の祭り。それが霊夢は悔やんでも悔やみきれなかった、ということだ。

 

「……私、ずっと地下室にいた」

「ん?」

「おねぇ様が外に出ろって言うから外に出て皆と遊ぶようになった。楽しかったよ? 言いつけも守ったつもり」

 

 霊夢の反省の意を受けて、フランもなにやら思うところがあるようだ。ポツリポツリと語りだす。

 

「でもそれで、どうして人里なんかに連れてくのかって理不尽に思った。でも人里も楽しいところだって分かった。新之助と出会えて楽しかったし……すごく……でも、それも霊夢はまた私から奪うって言うの?」

 

 一ヶ月弾幕ゴッコという楽しみを奪われ、その後にはこれから来きた筈であろう、人里での楽しいひと時を奪われたのだ。それを霊夢はどう思っているのか。フランは聞きたかった。先程のように反省の意を示すのかどうか。

 しかし、霊夢の口から発せられた言葉はフランの予想外の言葉だった。

 

「そうね。あの時あんたを人里になんか連れて行かなければよかったと後悔してるわ」

「えええ!? 何で!?」

「そりゃそうでしょ。あの時点で人の幻想郷があるという記憶を消しておいたら、万事まるく収まったのに。あんただって新之助さんに会いたいなんて思わなかった」

「じゃあ何で私を人里に連れて行ったのよ!?」

 

 最初は新之助の提案でフランに教育させるため。

 それもあっただろうが霊夢にはもうひとつ想うところがあったのだ。それは妖怪と人間との距離が少しでも近づければと思ったからだ。それは昔フランが想っていた事であり、紫が言ったように霊夢もまたそう想っていたのだ。だから霊夢は新之助の提案に乗っかった。

 だがその思惑はフランが暴れた事によって崩壊し、あまつさえフランが天界に連れて行かれそうになった。それは自分の監視が甘かったから。自分の理想はやはり理想でしかなかったと思い知らされた瞬間だっただろう。

 

「さあねぇ」

「さあねぇって私に常識を学ばせるためでしょ!?」

 

 フランの問いに茶を濁す霊夢。

 

「どうだったかしらねぇ」

「もうっ、何それ!」

「ただ」

「……ただ?」

「もしかしたら……上手くいったりなんて」

「え?」

 

 初日でダメだなんて憎まれ口を叩いてはいるが少なからず、霊夢はフランに希望を抱いていたようだ。最後の日以外、良い報告しか来なかったのだから、霊夢の心境は言うまでもないだろう。しかしその希望が砕け散った時の反動もまた大きい。

 フランは目に見えない、多くのものを破壊してしまっていたようだ。

 

「何となく……ね」

 

 霊夢はそう言って抱えているフランの帽子にボフンと顔をうずめる。

 

「霊夢?」

 

 フランは目だけを上に向けて霊夢を見ようとするが自分の頭を見ることなど出来はしない。

 

「泣いてるの?」

「泣いてないわ」

「……掴んでごめんなさい」

「あんたも普通に謝る事が出来るようになったのね」

 

 フランに謝られてもむずがゆいだけだ。だから憎まれ口で返してやる。

 

「と、当然だもん!」

「そう……ごめんなさいね……」

 

 霊夢は素直に謝罪の意を示した。それはこんなことになってしまった事への謝罪も含まれているに違いない。フランはただ、自分が低く見られていた事に対してだと思っているだろうが。

 

「……そんなに痛かった?」

 

 素直に謝る霊夢が気持ち悪かったのか、フランがそんな質問をする。そんな純粋無垢なフランが霊夢には面白かったのだろう。それを霊夢は鼻で笑う。

 

「ええ、ものすごく痛かったわ。治療費請求するから覚悟しなさい」

 

 フランの頭に霊夢が顔をうずめているので息が直接フランの首筋に当たる。だから少しこそばゆいのかフランは肩をすくめておずおずとうなずいたのだった。

 すると、なにやら霊夢とフランの周りが急に明るくなりはじめる。多くの丸い光がフヨフヨと漂ってきたのだ。それは慧音が放ったような強烈な光ではなく、優しくぼやける様な光。少し光ると消えてまた点灯を繰り返している。エメラルド色の光で蛍のようだが少し粒が大きい。

 

「何これ?」

「ふふっ、粋なことしてくれるわね」

 

 

 

 

 一方、隙間を除いている盗み見している側では。

 

「皆さん遅くなりました。これがボクの宴会芸です。何だか神妙な面持ちだったのでこっそりやってきちゃいましたが」

 

 隙間を覗き込んでいる皆の後ろから声が。いつからいたのか、そこにはリグルがいた。

 

「リグル? ってことはあの光はおまえの蛍か」

「はい、もう夏も終わりだったので集めるの大変でしたけど」

「へえ、よくあれだけ集められたな」

 

 霊夢とフランを囲む蛍はまるでドームのように覆っている。暗い空が見えないくらいに密度が高い。相当量の蛍がいるはずだ

 

「それがあまり集められなくって。だから大ちゃんに蛍を半分妖精化してもらって」

「がんばりました!」

「お前らぐっじょぶだぜ」

 

 リグルの後ろから大妖精がやってきた。

 人はすごく綺麗な物を見ると心洗われ、心に付いた傷も洗われるのかもしれない。それは妖怪も例外ではないだろう。現にフランの赤い瞳はエメラルド色に染め上げられている。そして霊夢もまたフランと同じことを考えているに違いない。

 それはまさに幻想の郷である幻想郷でしか見ることの出来ない幻想的な光景だった。

 

「あのぅ……」

 

 そんな時、文が体をもじもじうずうずさせて皆に呼びかける。

 

「どうした文? う○こか?」

「違います! あのっ! 私現地に行って取材したいのですが!」

 

 とはあのドームのようになっている蛍の光の集まりを、だろう。

 

「全く、空気の読めないヤツだな」

「でもでも! あんな光景、もう二度と拝めないかも知れませんよ!?」

 

 魔理沙が紫の方を見ると紫は目を瞑って扇子で顔を隠してしまう。全く何を考えているかわからない。

 

「いいんじゃないかしら? もう頃合でしょう。私たちも帰るわよ。フランを連れて」

「はい」

「帰りますか」

「そうね」

 

 紅魔組みはそろって階段の方へ歩き始める。紫も止める事はしない、ということは頃合だと思っているのだろう。

 

「じゃあ取材オッケーと言う事で!」

 

 とうっ、と勢いよくジャンプした文は階段の方ではなく図々しく隙間の中にダイブしていった。

 

「そこから行くのかよ!」

 

 すると永琳も

 

「さて、優曇華帰るわよ。隣町へ」

「隣町?」

「それが私達の明日からの住む場所よ」

 

 とは人里に行った時のごまかしの説明だろう。永琳のような医療に長けた者の存在は大きい。だからまたしばらくは行く事になるだろう。

 

「ああ……でもこの耳じゃもういけないですよね」

 

 あはは、と笑いながらそんな事を言う優曇華に永琳は変な事を提案する。

 

「耳があるならバーニーガールの姿で行けばいいじゃない」

「お、お断りします!」

 

 永琳はふふっと笑うと縁台からがって何やらごそごそし始める。

 

「師匠? 何してるんですか?」

「忘れ物よ」

「忘れ物? あ、それって――」

 

 

 

 妖夢も幽々子を連れて紫の空けた隙間を使って西行寺に帰っていった。四季映姫や小町、慧音も一言言って引き上げていった。チルノに関しては霊夢の説明が子守唄になったらしく、大妖精とリグルに連れられて帰っていった。

 

 最後に残ったのは魔理沙と紫。

 

「じゃあ私も」

 

 と隙間を空けて帰ろうとする、が、そこに魔理沙が待ったをかけた。

 

「紫、一つ言いか?」

 

 と、紫に話しかけて。

 

「なに?」

「お前は代々博麗の巫女と仲良くなってたんだよな?」

「ええ」

「寂しくなかったのか? その……別れとか」

 

 紫は博麗の巫女を代々人間にしたのも別れが悲しくなるからだと言った。だとすると紫は歴代の巫女の最後を全て看取ってきたということだ。全ての巫女を好きかどうかなんて分かりはしないが、以前がどうであれ、きっとその最後は二度と人間と交わりたいと思いたくなくなる程辛いものだったに違いない。

 

「ふふ、何を言うのかと思えばそんな事?」

 

 紫は閉じていた扇子をぱっと広げて口元を隠して鼻で笑う。

 

「いいから答えろよ」

「……そりゃぁ寂しかったわよ」

「その時お前は――」

 

 「泣いたのか?」と魔理沙は聴きたかった。紫はもう何回そんな別れを繰り返してきたのかわからないのだ。それなのに紫は平気だったのかと。

 しかし魔理沙は聞けなかった。それは紫に遠慮したからではない。扇子で口元を隠しつつも、目がニヤニヤと笑っているからだ。

 そこで魔理沙は紫の狙いに気付いた。きっとこの問いに紫はまじめに応えたりはしない。逆に「泣いたのか?」などと聞けば魔理沙は何も言い返すことが出来ないくらいに攻めに攻められてしまう事だろう。自分がそんなメルヘンチックな振る舞いをすると勘違いしてくれている魔理沙は何て可愛いのだろうと。なんてメルヘンチックな考えをするトラブルメーカーなのだろうと。

 生憎、紫はそんなに女の子らしい心の持ち主ではない。魔理沙もそうなのだ。

 ただ本当に死に別れる際、涙を流したか流さなかったかは定かではないが、紫は本当の事は絶対に言いはしない。

 

「……嫌気がささなかったのか?」

 

 だから魔理沙はそう言い変えた。そしてどうやらそれは正解らしい。

 紫は先程まで期待で目を細め、今か今かと待ちわびていたのだろうが、魔理沙が気付いてそう言った瞬間、細めた目が残念でよりいっそう細められた。そして魔理沙の機転の速さへの賞賛と、自らをあざ笑うかのように鼻で笑う。

 

「ふふっ……そうね。別れは辛いわ……嫌気もさした」

「そう……か……そうだよな」

 

 紫の声がどことなく悲しげな声に変わっていた。

 紫の話では気が遠くなるような昔。その間、何人、何十、何百人と巫女との別れを経験してきた筈だ。そしてそんなこと慣れる事ができるようなものではないだろう。

 魔理沙は何も言えずに俯くしかなかった。そしてそんな事を聞いた自分に後悔した。恐らくは今の霊夢と紫の様な関係だった筈だ。その最期がどうだったかなんて自ずと分かるいうもの。

 ただ魔理沙はほんの少し思ってしまったのだ。普段感情をあまり表に出さない紫は、紫ならばそんな事、全然平気だったのではないかと。

 だが違った。紫もまた常識の人格を持ったものだった。

 そんな後悔を魔理沙がしている時、不意に紫が「だから」と呟いた。

 魔理沙が顔を上げて紫を見ると閉じられた扇子を持った手は胸に当て、もう片方の腕は月を掴まんと天高く掲げられていた。

 

「こんなに辛い想いをするくらいなら、あなたとなんか出会わなければよかった……」

 

 芝居でもしているかのように両手を胸に当て、静かに目を瞑る。

 そんな光景を唖然と拝む魔理沙。その魔理沙に閉じた目を片方開けて紫は微笑んだ。どうやらこれは紫がうった茶番らしい。

 

「なんちゃって」

 

 と一言抜かし、魔理沙に向き直り意地悪な笑顔だ。

 魔理沙は回避したと思っていた罠にまんまと嵌ってしまっていたようだ。魔理沙が発言を変えた時から紫のプランも変わっていたのだった。

 

「ちっ……やれやれだぜ」

 

 魔理沙はやられたとばかりにそう吐き捨てる。その顔には胸中晴れない色と疲労感が滲んでいた。

 紫はまたふふっ、と扇子で口元を隠しながら軽く笑って謝り、空を仰ぐ。

 

「でも、案外楽しかったわよ」

「あっそ。そりゃよかったなっ」

 

 魔理沙はもう振り回されるのはごめんだと投げやりな返事。紫の嘘か真か分からない、満面の笑みで言うそんな言葉を軽く受け流す。考えるだけ無駄だなのだ。無駄なことに意味はない。

 だが紫は次の瞬間、信じられない事を語り始める。

 

「巫女が死んでは次の巫女」

「ん?」

「それが死んでまた次の巫女、博麗の巫女をペットのようにとっかえひっかえ」

「おいおい」

 

 いきなり何を言い出すのかと、狂った者を見るような目で魔理沙は紫を見る。楽しかったとは博霊の巫女をペットのようにとっかえひっかえにかかるのだろう。

 

「それが楽しいなんてどうかしている、とあなたは思うかしら?」

 

 だがこれはただの質問だった。あんな言い回しをしたのもまた、紫の掌ダンス講座だったらしい。魔理沙は降参の意を示すように掌を天に向けて肩をすくめる。こんな茶番にいつまでも付き合ってられないと。

 

「そんな事思わねぇよ」

 

 だから正直な気持ちを紫に伝えた。

 

「あら、そう? 意外ね」

 

 紫は意外そうに魔理沙を見つめる。博麗の巫女をペットのようになど、そんな非道徳的な言葉。人間ならば見逃せるものではない。

 だが魔理沙は少し違ったようだ。

 

「出会いがあれば別れがあるんだ。永遠なんて人間と妖怪が交わる限り絶対ないしな。だからそれが人間と妖怪の正しい交わり方なんじゃないかねぇ、と私は思ったよ」

「……」

「それにその巫女も楽しかったはずだぜ? しかも自分はその後の……死に別れた後の悲しさや辛さなんて知ったこっちゃないんだ。幸せすぎるだろ? それが何十、何百と繰り返すんだぜ? それに比べりゃあ、お前のそんな言葉は戯言に過ぎないぜ」

 

 その時、紫が魔理沙に背を向けたのは恐らく偶然ではないだろう。

 

「……馬鹿ね、楽しかった、幸せだった、そんなこと分かるわけないでしょ」

 

 それは紫がそんな魔理沙の意外な反応に、自分のプライドが傷ついてしまう顔をしてしまったからだろう。

 その紫の態度に魔理沙は顔をにやつかせ先程にもまして意気揚々と語りかける。

 

「分かるさっ。人は自分を嫌いな奴を好きにはならない。その逆もまた然りだ。お前も楽しかったんだろ?」

 

 紫は先程楽しいと言ってしまっている。巫女をペットのようにとっかえひっかえという非人道的なことを。皮肉で言ったのだろうそれらが全て肯定された上での魔理沙の言い回しは、紫にとってこの上なく面白くないことだった。

 これはやられっぱなしの魔理沙による一発逆転の反撃だった。その効果は抜群だったようで紫は忌々しそうにニヤついている魔理沙を横目で眺め、沈黙することしか出来ない。トラブルメーカーという異名を持つ魔理沙の頭の回転は伊達ではなかった。

 紫は少し沈黙した後、くるりと魔理沙のほうに向き直る。扇子で顔を隠さずに、ほてった顔を冷ますように仰いで。

 

「そうね、なら、あなたにも期待していいのかしら?」

 

 とは自分を死に別れの悲しさ以上に楽しませてくれるのか、と言う事だろう。

 それを魔理沙は喉で笑い飛ばす。

 

「はっ、お断りだぜっ。残念ながら私は人の期待を裏切る事を快楽に感じるタチでね」

「あらそう、残念」

 

 魔理沙は箒にまたがりながらそんな言葉を吐く。紫もそれを見ながら微笑んでいる。

 

「だから迷惑ならかけてやってもいいぜ」

「それはごめんこうむるわね」

「でもお前にとっては願っても無い事だろ?」

 

 という言葉には流石の紫も首を傾げてしまう。魔理沙の言葉の真意がわからない。

 

「迷惑をかければ別れは悲しく無い筈だぜ?」

 

 楽しさが大きい程、別れの悲しさは比例して大きくなる。つまりその逆もまた然り。

 

「ふふっ、それであなたは何がしたいの?」

「お前に迷惑を掛けて掛けて掛けまくってやるのさ。そして『ああ、やっと鬱陶しいヤツがいなくなったわ』なんて言って喜ばせてやるぜっ」

「期待しておくわ」

 

 その期待は皮肉色に染まったもの。

 

「それなら任せろ、だぜ」

 

 そして魔理沙はそんな色で染まった期待が大好きだった。期待を裏切る魔理沙には大好物なのだから。

 迷惑をかけられる紫はたまったものではないがその月の光に照らされた表情には、心底楽しそうな笑顔以外何も写っていなかった。

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