「お前は、レミリア=スカーレット!?」
「こ、紅魔館の当主がなんのようだ!」
「そ、そうだ! こここっ、ここはお前のような妖怪が来るところじゃないべ!」
霊夢たちが中に入ると町民が口々に喚き散らすが、町民の表情は恐怖で歪んでいる。
「お嬢様に向かって無礼な口の利き方は私が許しません」
静かに怒るというのはとても強い威圧感を与える。すでに怯えきっている町民に更にナイフまでチラリ。
町民はそれを見て腰を抜かして歩けなくなりそうだ。しかもそんな町民を見て咲夜はニヤリと片方の唇を吊り上げて笑う。
「咲夜、余計な事はしないで」
「あ、すみません、つい癖で……」
そんな調子にのっているしつけのなっていない飼い犬をを軽く叱咤して牙をしまわせる主人レミリア。
「まあまあ、みんな、落ち着いて聞いて」
とのんきに町民をなだめる霊夢のその行動が町人達の気分を逆撫でした。前回と同じ要領で一人の町民が霊夢の襟首を掴みあげて引き寄せる。
「霊夢さん! あんた何考えてんだよ! 当事者の保護者なんて連れてきたらろくに会議なんかできないべ!!」
とレミリアたちには聞こえないような声で霊夢に訴えかける。
「ちょ、暴力反対なんですけど!」
霊夢も話を暴力に摩り替えて落ち着かせようとするが、町民の言う事も正しい。姉のいる前でその実の妹を幽閉するだの殺すだのと、話し合いができるわけが無い。
「あなた、霊夢に何をしているの?」
幼い子供の容姿からは信じられないほどの低く、そしてドスの聞いた声。
そしていつの間にか霊夢を掴み上げている町民の喉下に紅の槍の切先が突きつけられていた。
レミリアの怒りで周りの空気が震えている。その澄ました幼い顔の持ち主の小さな体から発せられる威圧感は咲夜とは次元の違う、まるで町民の意識を飛ばしてしまう勢い。
「お嬢様! 落ち着いて下さい! てか暴れていいのですか?」
そう言ってまたナイフを持ち出す咲夜。
「ひ、ひいい!」
霊夢の襟首を離した町民は転げ落ちるようにその槍から離れた。
「話は聞いたわ。妹の粗相で何か面白い事になっていると。そして暴れてはダメよ。」
目をらんらんと輝かせる咲夜をなだめて自分も槍をしまう。
町民は慌てて霊夢の後ろに隠れるように集まるや否や水を得た魚のように町民の元気が戻りまた喚きだす。
「か、帰れ帰れ!!」
「そうだそうだ! ここはお前たちが来るようなところじゃない!」
「霊夢さん! こいうらをどうにかしてくれよ!」
確かにこんな状況では話し合いになどなる筈がない。
初めの会議の後、霊夢はレミリアに全て話しどうするか決めようと思ったのだ。紅魔館に行って全て話すと、レミリアは直々に話し合いに行くと言った。
さすがの霊夢もそれはやめた方がいいと進言はした。話し合いにならなくなると。その結果、実際にそうなった。
何か策があったのではないのか。レミリアほどの人物が何も策も無く飛び込んでくるとは考えにくい。
霊夢は困ったようにレミリアを見ると町民の罵声を浴びながらうつむいている。表情はよく分からないがこれ以上罵声を浴びせられ続けられると、ひと騒動起きそうだ。
たとえレミリアは動かなくともそのしつけの悪いメイドが、主を馬鹿にされたと大義名分を掲げ、ナイフを大道芸のように操り町民を傷付けるだろう。
そうなればフランの処分は火を見るよりも明らかだ。それどころかレミリア自身の身も危なくなる。
霊夢がふと咲夜をみると、うつむいてなされるがままのレミリアを見ている。
(罵倒に耐えるお嬢様もなかなかいじらしくて可愛らしいです……)
恍惚の表情で。
(あれ?)
そんな咲夜を尻目に霊夢はレミリアをひとまず外に出そうと、一歩、足を出そうとしたその時。
「愚民」
一言そういった。
レミリアは怒ってはいない。笑ってもいない。見下しているわけでもない。何か悲しい事でも思い出しているかのような遠い目。
何か考えた上での発言なのか、それともただ思った事を口に出しただけなのか。どちらにしろ町民を挑発しているのは確かだ。
霊夢の顔が青ざめる。町民を挑発したところでそのしわ寄せは全て霊夢に来るのだから。
「何だと!」
「もう一辺いってみろ!」
「あなた達にはお似合いの言葉よね」
霊夢はまだ続けるらしいレミリアの挑発にもうやめてと心から願っていた。しかしレミリアの挑発は続いた。
「ただ怖い怖いと喚いて泣いて、早く殺せと言いながら自分達では何もせず全て霊夢任せ。思い通りにいかなければ霊夢のお尻を叩いて急かす。思いもよらない事が起これば全て霊夢のせいにしてっ……危険を感じたら掌返しで霊夢にすがる。盾ができたらまた振り出し。どう? あなたたちには似合いの言葉でしょ?」
「わ、私のお尻!?」
「例えよ」(霊夢可愛い……)
(何故そこに反応する……)
天然か、わざとか、慌てて自分のお尻を両手で押さえる霊夢。そんなレミリアに弄られた霊夢を咲夜が何故か横目に睨みつけた。
「私はただ話し合いをしにきただけなのよ?」
「う、うるせぇ! ワシらが意見を出したらお前らは暴れだすだろう!」
「お前らが暴れたらワシら全員殺されてしまう!」
「俺たちの立場をよく知りもしないやつらにそんな事言われる筋合いないだ!」
今の町民の姿を映したレミリアの言葉の鏡を見ても町民は引き下がる事はない。なぜなら霊夢と言う盾で姿は見えていないから。
「人間は何故いつも……」
まるで昔のことを思い出すように目を瞑るレミリア。そしてあきらめたように小さなため息をついた。
「いえ……いいわ霊夢。進めて頂戴」
「え、ええ」
こんなに挑発しておいて今更進めろとは司会進行の難度は半端ない。
何を言っても無駄だと、半ばあきらめ気味の霊夢。それでも何か策を練っているのだと信じて自分を盾にしている町民に向きかえり説明を始めた。
「皆聞いて! もうここでぎゃーぎゃー討論するよりも当事者に直接話したほうが早いと思ってレミリアに話したの。それで直に話したいからってここまで来たのよ」
「そう。今日は妹のことであなた達にお願いがあってきたの」
そう言って小さい足で一歩前へ出るレミリア。
「や、奴は処分すると決定したんだ! いくら紅魔館の当主でももうどうしようもないど! そういう掟でわしらは守られているんだ!」
町民の言う掟とは自分達の安全の保障と幻想郷の存在のバランス。
「その掟を破ればお前らだって幻想卿にいられねぇんだ!」
「そうだ! ここはお前らみたいなのが来るところじゃないんだよ! 帰れかえ――」
帰れとはいえなくなった町民。言いたい放題喚き散らす町民についにレミリアの堪忍袋の緒が切れ、赤い槍、グングニを手に出現させたのではない。
「お願いします」
「お嬢様っ!?」
「どうか妹を許してやって欲しい」
「レミリア……」
「な……」
現在
「ど、土下座……?」
土下座くらいフランだって知っている。紅魔館のゲートキーパーが居眠りを繰り返し何度もクビになりそうな時、レミリアの前でやっているあれだ
土下座されているところはよく見るが逆にしているところなど見る事はない。ましてや想像することすら出来ないだろう。
そんな屈辱的な格好をレミリアがやったのだ。自分の妹、フランのために。
「うん。正直驚いたよ。あの紅魔館の当主のレミリア=スカーレットさんが……高貴な方なんでしょ? その人が、土下座だなんて」
フランは目を丸くする。月明かりに照らされて紫色になった大きく綺麗な瞳があらわになっていく。その瞳はすでに丸い月を一飲みにしていた。
回想
町民だけでなく、咲夜、霊夢まで固まってしまう。
普段貴族的で優雅に振る舞い、まさに気品の塊のようなレミリア。そのレミリアが町民に懇願する。それだけならまだしもプライドを投げ捨て、両手両膝、さらには額まで床に押し付けたのだ。
「あの子はずっと地下で暮らしていてまだ常識を知らないだけ。495年間閉じ込めていたけれどやっと外で遊ぶ事ができるようになったの。だからお願い。どうか、私からあの子を奪わないで欲しい」
額を床に押し付けたまま懇願するレミリア。
「お、おい……謝ってるだべ……」
「ああ、あの紅魔館の当主が……」
「おらたち何か悪い事したんでねぇか?」
町民はそのカリスマ性あふれる土下座に困惑している。中には罪悪感すら感じるものもでて来ている。
ずっと額をつけているせいでずれた帽子を被ったままでいるのは、ここにいるものの中で一番気位が高く、一番プライドが高い人物。その人物が一番低い位置にいるのだ。困惑するのも無理は無い。背は一番低いのだがそれは置いておいて。
「あの子が色々と迷惑をかけていることは分かっているわ。あなた達に恐怖を与えてしまったということも事実。でも決して悪い子ではないの」
霊夢は見誤った。それは何か策を講じているであろうと思われたレミリアは何も策など無かったこと。そして自分の妹のためならばこんな事もやってのけるという覚悟。
自分の愛する妹が危険な状況にあることに、いても立ってもいられなかっただけだったのだ。
レミリアは自分がもしフランの立場なら土下座などせずここにいる全員を殺しているだろう。しかしその的となっているのは最愛の妹だ。だからこれはフランの為なら何だってするという覚悟の表れだった。
「そ、そんなことしても無駄だ! あんたんとこの妹は頭がおかしい!」
「そうだそうだ! 常識ってもんがないんだ! いつか里に被害が出るに決まってる!」
「あんな悪魔は殺すべきなんだ!」
だがそんな他人の姉妹愛など、町民には知った事ではないのだ。謝ったところでフランに対する町民の恐怖や怒りが消える事はない。例えここでフランに注意し様子を見ると妥協案を出してもまた繰り返すに違いないと、ずっと平行線をたどる事になる。だから町民達も簡単に引き下がるわけにはいかないのだ。
「フランは私の家族……です……たった一人の……可愛い……可愛い妹です!」
レミリアの声はもう涙声になっている。霊夢や咲夜でさえ、こんなレミリアは見た事が無かった。
だから咲夜はもう見ていられなかった。限界だった。主のその屈辱的な行いに耐えられなかった。
「お嬢様! もう――」
「お黙りなさい!」
しかしレミリアは自分を抱き起こそうとする咲夜を一喝する。
普段の冷静なレミリアではない。涙声を張り上げたせいで声がかすれている。
必死だ。妹を守る為に必死なのだ。自分の知らないところではない。自分の手が届く範囲で妹が、家族が殺されようとしている。だからそんな事など、自分のプライドが傷付こうと気品が失われようと、必死に守るに決まっているのだ。例え自分の身が滅ぶことになっても。
だからこんな土下座くらいフランを守るためならレミリアにとっては安いものだったのだ。
「お願い……ですから……フランを……たった一人の家族を奪わないで欲しい……」
大いなる覚悟をもって繰り返されるレミリアの悲痛な叫び。その想いは霊夢、咲夜には痛いほどに伝わっただろう。しかし町民にその叫びは届かない。前には分厚い盾、霊夢と言う存在がいるのだ。恐怖の芽を摘み取る事のできる博麗の巫女の存在がレミリアの悲痛な叫びを弾き飛ばしてしまった。
「うるさい! けえれけえれ!」
「んだど! そう言ってまた暴れだすんだろ!」
「死んで当然なんだ!」
「お願いします! どうか!」
レミリアが先に投げかけたあの言葉が町民達にはとてもお似合いだった。
愚民。
人間とは愚かな生き物だ。自分に詫びを入れるこの小さな吸血鬼を自分よりも立場の弱い者だと錯覚し、調子に乗って付け上がり、成れの果ては傲慢な態度に出てしまうのだ。その傲慢な態度とはたいがいの場合愚行となるのが相場。
町民の心からはレミリアに対する恐怖心が次第に消えていった。今まで恐怖の対象と見られてきたレミリアが頭を地に着けて謝っているのだ。まだ幼い少女が、だ。当然と言えば当然だ。
更に今までその恐怖にさらされていた怒りが徐々に生まれてきた。
「ならお前も一緒に死んじまえ!」
「今まで散々怖がらせやがって! ふざけんじゃねぇだ!」
「お前たちがいなけりゃワシらは全員平和に生きれるんじゃ!」
そうして町民達は自分達が座っていた座布団を投げつけ始めた。更にはまだ中身が入っている湯飲みまで投げつけるものもいた。
「こ、こらっ! あなた達やめなさい!」
霊夢は止めようとするものの人数が多すぎて防ぎきれない。レミリア一人に対する盾は出来ても町民達を止める盾としては意味をなさない。
悪いことに町民の放った湯飲みがレミリアの頭に直撃する。
「ぐっ……」
鈍い音と共に漏れてしまう痛々しいレミリアの呻き声。その様子に一瞬、町民の暴挙が止まる。もう冷めているだろうがお茶がレミリアの頭にかかっている。
レミリアは依然動かない。町民達も動かない。いや、動けない。
頭に直撃させた湯飲みの腹いせにいつレミリアが紅の槍で襲ってくるか分からないからだ。
「……どうか……お願いします……」
だがレミリアはそんな事お構い無しだった。お構い無しに懇願を続行したのだった。だがそれが悪かった。
一つ睨みをいれさえすればこの後の町民達の愚行は行われなかっただろうに。
「お、驚かせてんじゃねえぞ!」
「死ね! 死んじまえええ! お前ら皆死んじまえ!」
それに町民達は調子付き、暴挙は留まることなくエスカレートしていった。
「妖怪なんて皆いなくなっちまえばいいだ!」
もうレミリアの言う事など聞いてはいない、いや、聞こえもしないほどに町民達の声は大きくなっていく。集められたのはだいの大人数十名だ。レミリアの小さな声はかき消されていった。
しかし、それでもレミリアは罵声が飛び交う中、懇願し続けている。
そこへ第二の湯飲みがレミリアに襲い掛かった。三度目の正直と言う言葉がある。何度もそんなことをしていると終いにはレミリアが暴れだすのでは、とはらはらしている霊夢がその様子を町民達を抑えながら横目に見る。
だがそれはレミリアの頭を直撃する事はなかった。2つ、4つ、10……と、まるでサイコロステーキのように細切れになっていく。
「お嬢様、言いつけを破る事をお許し下さい。」
咲夜だった。咲夜がレミリアの前に立ちはだかったのだ。ナイフを両手に持てるだけ持って。
「咲夜! もどりなさい!」
「お嬢様っ……」
その様子に思わず顔を上げたレミリアが叫んで叱咤するが、振り返る咲夜の両目には大粒の涙が溢れんばかりに波打っていた。
「さ、咲夜……?」
「私は……私はもうっ……もうぅっ」
咲夜はえずくように泣き、その波打っている涙を頬に伝わせる。
「私はもう我慢できません!!!」
体が自然にくの字に折り曲がるほどに、大声でレミリアに言い放った咲夜。
咲夜の鮮やかな、湯飲みをサイコロステーキにしたそんな技に町民達は悲鳴を上げて霊夢の後ろに隠れる。
「そこをどきなさい霊夢。もしどかないというのなら私は」
そこまで静かに言って霊夢にナイフをむける。そして目を見開き霊夢を見据えて
「例えあなたでも容赦しない!」
「咲夜!」
「落ち着いて咲夜!」
「そこをどけえええぇぇぇぇぇ!」
咲夜はもう誰にもとめられない。身を低くし霊夢めがけて突っ込んでくる咲夜はナイフを振りかぶる。霊夢は避けようとするが町民達によって盾にされ動くに動けない。
(殺られる!)
刹那、その霊夢を弾き飛ばし咲夜の襲い来るナイフの前に立ちはだかったものがいた。それは新之助だった。
だが咲夜は止まらない。止まるはずがない。最初から咲夜の狙いは町民だ。霊夢ではない。反動で霊夢が倒れ、床に手を着く瞬間だった。
パリン!
何かが割れる音。それはレミリアが落とした自分の頭に当たった湯飲み。
それは不思議な響きだった。普通の湯飲みではそれ程綺麗に響きはしない。そんな綺麗な響きが咲夜の頭の中で反響する。
周りの空気が変わる。咲夜の襲撃も止まっている。ナイフの刃が新之助の喉へ今にも食い込もうかという寸前だ。しかし咲夜の目はまだ見開かれ新之助を思いっきり睨みつけている。
「咲夜。戻りなさい」
「……はい」
咲夜は新之助を睨みながら振り返り、レミリアの前まで戻ると片膝をつく。
レミリアの顔はお茶なのか涙なのかどちらとも分からないような液体でぐちゃぐちゃだった。もしかしたら鼻水かもしれない。
それを咲夜はハンカチーフで拭いとってやる。
「申し訳ございません、お嬢様。お怪我はありませ――」
パァン!
とはレミリアが咲夜の頬をたたいた音。
先程とは違う乾いた音がその空間に響く。
咲夜は何故自分がぶたれたのか、理解している。だから顔を俯けて起こそうとはしない。
それはレミリアが土下座をして湯飲みの直撃や暴言を必死で耐えていたことを台無しにしたからではない。
咲夜のその感情任せの行動でフランの立場が危うくなってしまうからだ。あそこで刺してしまったならもうフランの処分は決定的だっただろう。紅魔館の従者でさえこの有様なのだ。主の妹が自分達に無害なわけが無い、と。
レミリアの潤んだ瞳は未だ咲夜を睨みつけている。頬を真っ赤に染め、口をへの字に曲げて。それは全く子供の様な表情だった。叩かれた咲夜も叩かれた片方の頬だけを真っ赤に染めている。その表情は依然睨みつけられる視線から逃げるように俯けたままだ。
「あ、あの」
その何とも重い空気の中口を開く新之助。皆の視線が新之助に集まる。
「どうでしょう、紅魔館のご当主であるこの御方はちゃんとした常識が備わっていると思われます」
と誰かを案内するようにレミリアを示す。咲夜は横目でその新之助を、レミリアも咲夜の肩越しに新之助を見ている。
「そ、それがなんだっていうんだ?」
大分勢いが落ちた町民の一人がそう問う。この状況で一体何を言うつもりなのか。
「なら、妹さんにも常識を学んでもらえば、人里に恐怖を与えるような行動はしなくなると思うのです」
「常識を学ばせるってどういうことだ!」
「そんなことできるわけがない!」
「大体この巫女に常識があるとは思えねぇ!」
標的が妖怪ではなく、人間の新之助になったとあってまた勢いを吹き返す町民。全く絵に描いたような愚民であるが、そんな愚民に新之助は熱弁する。
「何故そうやって何もかもできないとあきらめるのですか! 何故霊夢さんに全部任せようとするのですか!? 僕達にも何かできる事があるかもしれない!」
ふふっ、と誰か笑ったような気がした。それは霊夢だろうか、霊夢の顔には少し笑みがこぼれている。さっきまで睨みつけていた咲夜も泣いていたレミリアも意外な町民の発言に驚いている様子だ。
「おほぉん! わかったわ。とりあえずここは私に任せてくれないかしら?」
と前の会議と同じような感じでまとめようとする霊夢。そう言って今回は散々な目にあったため町民は疑惑の目を向けているが今度の霊夢は少し違うようだ。
「いいこと考えたわ」
現在
「その場は霊夢さんが納めてその後の会議で今の計画が決定されたんだ。それで言いだしっぺの僕がこの計画を任されたんだ。あはは……」
まさかフランがこんなに嫌がるとは思わなかったのだろう。新之助は住まなさそうに頭を掻くがフランの反応が無い。
新之助は顔を上げてフランの様子を視界に捉える。
「フラン……ちゃん?」
いつからだろう。いつからフランの涙は頬を伝っていたのだろうか。
「……泣いてるの?」
「ふぇ……」
フランは今気付いた様に恐る恐るといったように頬に手をやった。その手は小刻みに震えている。
「涙?……私が?……そんな……わけっ」
そう言ってうつむいてまた表情が見えなくなった。
「フランちゃん? どうし――」
フランの震える手が心配して近づいて来た新之助の着ていたはっぴの胸倉をいきなり鷲掴みにする。新之助の胸の辺りにあるフランの手はまるでそこから落ちてしまわないように引っ張られ、しっかりと握られていた。
その手は震えている。更にフランのおでこが新之助の胸にトンッとぶつけられる。かすかに漂ってくるやわらかく甘いにおいと震えが伝わってくる。
「ふ、フランちゃん?」
「みんな……」
「え?」
「みんな……うぅ……ひっぐ……ころじてやりたいって……ぇぐっ……おもっでた……ぐすっ……私……みんながらぎらわれでるっで……おもってで」
「フランちゃん……」
涙をぼろぼろとこぼしながら新之助を仰ぎ見る。それは涙がこぼれないようにしたささやかな抵抗だろうか。しかしそんな事は知った事ではないといった様に涙はどんどん溢れ出していく。
「だいぎらいって言っぢゃっだ! みんなしんじゃえっで!」
泣き出すと口が思ったように動かないのだろう。フランはまともに言葉がいえないくらいに、しかしそれをぐっと我慢するように叫ぶ。
「君は皆から愛されてたんだよ。今だってそうさ」
「……私も皆が……うっ……」
「皆が?」
優しい声音で問いかける新之助。フランは泣きながら顔をうつむける。
「皆が……だいずぎ……なのにっ」
「うん。分かってる。」
「ぇぐっ……なのに……だいぎらいっでぇ……」
「でも好きなんだよね?」
フランは最後の踏ん張りとばかりに涙を流しながら歯を食いしばって新之助の胸に額をこすり付ける。
それを機にフランは顔を新之助の胸に押し付けてついに声を上げて泣き始めてしまう。全身を震わせながら握る手には力がより力がこめられる。
儚い。その震える体には一番よく合うだろう言葉だった。人里の周りを、山を、あらゆるものを破壊してきたとは思えないくらいに細く小さな体。これ以上震えたら崩れてしまいそうな。
「大丈夫だよ」
「へっ」
驚いて震える体をびくつかせるフラン。見た目よりも細く柔らかい。力を入れればつぶれてしまいそうな、そんな小さな体を新之助は優しく抱きしめてやる。
「大丈夫だから。皆フランちゃんのこと大好きだから」
フランはすごく暖かい、そして安心感に包まれたな気がしていた。まるで触れる事すらできない太陽の光をずっと前から知ってたかのような、そんな暖かさに包み込まれたよう。
いつの間にかフランの震えは止まっている。
(何だろう……この懐かしい感じ……すごく暖かい……)
それを機に、えずくように泣いていたフランの瞳は閉じられる。きらりと月明かりに照らされて光る涙の粒が長いまつげに必死に捕まっている。それはまるで透明の果実のようだった。
そしてその透明の果実はいつの間にか熟して膨れ、やがては新之助のはっぴに食べられてしまう。窓から舞い込んでくる涼しい風がそんな二人をなでて消える。
「フランちゃん?……あはは」
静かな夜。聞こえてくるのは涼しい風の音とフランのささやくような寝息だけだった。