フランは成長するのか?   作:天澤星三

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第四十三話 ~慧音先生と歴史のお勉強~

 

 人里から少し離れた小高い丘。丁度幻想郷と人里の中間に当たる場所。そこには木造の建物があった。

 昼過ぎと言うには少し遅く、夕方と言うには少し早い太陽の日差しを浴びて、藍色の瓦は茜色に輝いている。

 その建物の玄関であろう扉は開け放たれていて、五、六人駆け込んだところで、つっかえる事がないくらいに十分なスペースがある。

 そのスペースには小さな、子供用のぞおりやら靴やらの履物がぎっしりと敷き詰められており、更に規則正しく並べられている。これほどの多くの履物が店に並べられる商品のように規則正しく並べられている光景は爽快だが、踏まれたのだろうと分かる形がつぶれてしまっている靴もちらほらと見て取れる。

 普通の家よりも広いスペースにもかかわらず開け放たれた玄関からはみ出している履物も少なくない。

 恐らく建物の中にかなりの人数の子供達が居るのだろう。子供達の履物がこれだけ規則正しく揃えられているところを見ると、この建物の主は規律に厳しいのだろうことが伺える。

 中は子供特有の騒ぎ声や甲高い叫び声が一切聞こえない。恐らくその者によって統制されているのだろう。

 

「この時、なぜこの人物はこの言葉を口にしたか答えてみなさい」

 

 中から聞こえてきたのはまだ若い、女の声。はきはきとしていて滑舌がよく、澄んだ声が聞こえてくる。

 

「はい! この人物は自分に出来ない事は何もないという強い意思を持っていたんだと思います!」

 

 その女の声に呼応するようにはきはきと、その問いに答える子供の声。

 見ればその建物の大部分が大広間になっており、左右の障子は開け放たれていて、一方からは傾いた日差しが差し込んでいる。

 中には長机が綺麗に並べられ、その正面には大きな黒板が設置されてある。その長机一つに四、五人の子供達が窮屈そうに座っていて、二人に一つの割合で教科書らしき本が広げられている。

 ここは子供達が勉強を学びに来ている寺子屋だった。

 その子供達の前で教鞭を振るっているのは上白沢慧音。先日、歴史を変え、幻想郷と人里を切り離す計画に一役買った人物だ。

 歴史はもちろん、慧音自信の学力も相当な為それを生かし、子供達相手に教鞭をとっているのだ。

 

「いい線だ。だがこの言葉は本当に辞書にないんだ。不可能は小心者の幻影であり、権力者の無能の証、更には卑怯者の逃避所である、という説が有力だな」

「へ~」

 

 と、教科書片手に子供達の方を見ながらさらさらと述べる慧音。聞き取りやすく、はきはきしているその声で述べられた答えに皆関心したように頷いている。

 

「まあ、実際には戦が続く中、自分を奮い立たせるために言い聞かせた言葉だったんだがな」

「どれが本当なんだよ」

 

 慧音が感心している子供達に、残念そうな顔でそんな事を言うと子供達の不満気な言葉が漏れ出してくる。

 慧音は実際に伝えられる歴史と自分が認識している歴史の差異が分かっている。だからどちらを教えればよいか少し迷っているのだろう。が、答えを二転三転させられる子供達は頭がこんがらがってしまう。

 しかし、勉強よりももっと大切な事がある。

 

「こら! 先生にそんな口のききかたをするんじゃない!」

 

 慧音が一番重んじる物は礼儀だ。その際たる例が挨拶だ。その礼儀の一番の基本である挨拶をしない物には慧音による厳しい挨拶が待っている。だからここから慧音の長い演説が始まる。

 

「いいか? 目上の者に対しては敬意を払い――」

「先生!」

 

 と思われたが、子供の言葉に慧音の演説が遮られる。

 

「なんだ!?」

「もう時間だよ」

「む」

 

 礼儀を重んじる慧音だ。時間通りに始まり、時間通りに終わる。それもまた礼儀の一つなのだ。演説は中断され慧音は軽く時計を見て、教卓の上に教科書を置き、静かに閉じた。

 

「と言うわけで、今日の授業はここまでだ」

「ひゃっほおおおお!」

「ちょっと駄菓子屋寄っていこうぜ!」

「俺これから釣り行くんだ」

「私洗濯物頼まれてる……」

 

 授業が終わった瞬間、子供達の元気な声が教室内に響いて、開け放たれている障子の隙間から外へ漏れ出していく。

 

「用事の無い者は真っ直ぐ家に帰るんだぞ! もう日が長くないんだからな!」

「「はーい!」」

 

 慧音が声を張り上げて注意を促す。子供達は嬉しそうに元気よく返事するがほとんど守る者は居ないだろう。現に慧音の顔は不服そうで、しかしこれ以上言っても仕方ないと分かっているのだろう。しかめっ面で笑っている。

 

「全く……」

「ねえねえ先生、けんけんぱやろう?」

 

 と、複数人の女の子が慧音に声をかけてきた。けんけんぱとは子供達の間で流行っている遊びだ。

 

「ああ、すまないが私はこれから夏休みの宿題の添削をしないといけなくてな」

「え~」

「あ、それと」

 

 その女の子に軽く謝った慧音は何かを思い出したように顔を上げて周りを見渡し、また声を張り上げる。

 

「夏休みの宿題をやってない者! 今度必ずやってくるように!」

 

 この問いには返事をする子供は独りも居ない。

 

「分かったら返事っ」

 

 と、慧音が厳しい顔で静かに言うと「はい……」と何人かの子供が返事を返してきた。

 

「ふふっ、よろしい」

 

 それを見て楽しそうに笑ってそう言う慧音は誰がどう見ても教師らしい教師だった。それに加えて最後に「忘れたら頭突きだからな」と意地悪そうな笑顔を浮かべて子供達に告げていた。これには子供達も恐怖の顔を隠せない。

 慧音は机の上に放り出された教科書を回収してくれた子供達に礼を言って寺子屋の軒先まで送り出した。

 

「慧音先生! またねー!」

「ああ、気をつけてかえるんだぞ」

「「はーい!」」

 

 何度もやっている慣れた授業もやはり緊張するのだろう。慧音は子供達を見送ると方を落とし微笑みながらため息をつく。

 

「さて、宿題の添削でもしようかな」

 

 子供達が帰り誰も居ないはずの教室に慧音が戻る。と、不意に、慧音の目に奇妙な光景が映し出された。

 

「私の賽銭箱に銭を入れる価値はない!」

 

 普段慧音が授業の際に立っている場所に巫女の服を来た女が立っていた。教鞭をくいくいっと弄びながらそんな事を言っているのは博麗霊夢だった。

 

「フラン、この言葉を口にした愚民の末路を言ってみなさい」

「その巫女に報復されて殺された!」

 

 霊夢が指差した先には悪魔の妹と歌われる、金髪の少女、フランドール・スカーレットが居た。フランは普段子供達が座っている長机の上に行儀悪く座っている。

 

「いい線よ。でもそれじゃ私が殺したみたいじゃない。この言葉を口にした愚民は神様の恩恵を得られず、自然災害で自分の家を失い、自分の愚かさを知り、更には地獄という奈落の底に突き落とされたの」

「へ~」

「まあ、実際のところ、私が吹っ飛ばしたんだけどね」

「だから賽銭箱が空なんだよ」

「こら! 巫女の私に向かってそんな口のきき方をするんじゃない!」

「きゃははっ、似てるっ」

 

 どうやらさっきの慧音の授業を見ていたらしい。霊夢とフランは、ふざけてわざとそんな茶番劇を行なっていた。

 

「何やってるんだ、小娘共……」

 

 

 

 霊夢たちは教室の奥、普段慧音が作業をしている場所に案内された。壁は全て本棚で覆われていて、その本棚も本で埋め尽くされ、スペースがない。あふれた本はうずたかく積み上げられている。

 慧音が普段使っているであろう机も、上には子供達の宿題と思われる用紙で一杯だ。○や×が付いた用紙の束とそうでないものが分けられている。

 

「それで? 何しにここに来たんだ? それに何でフランドールが巫女の格好を?」

 

 慧音が使っている机以外にももう一つ机があった。来客用だろう、少し綺麗な机とフカフカの椅子が用意され、二人はそこに座らされていた。

 慧音が言ったとおりフランは霊夢に服をずたずたに引き裂かれて仕方なく巫女の服を着ている。周りから見たら姉妹とも思えなくもない。その点では人里に行った時に上手くごまかせるかもしれない。

 

「慧音」

「ん?」

 

 これから宿題の添削に移ろうとしていた慧音は面倒くさそうに霊夢に尋ねるが霊夢はそんな事、知ったこっちゃないというように自分の道を歩み始めた。

 

「私たちは客なのよ? お茶とお菓子くらい用意する。それが礼儀じゃないかしら?」

「くっ……」

 

 慧音は苦虫を噛み潰すとこのような顔をするのだろう。その表情をもって「まってろ」と一言言い残し、更に奥の部屋に入っていった。

 慧音は礼儀を重んじる者。何も言い返せはしないだろう。霊夢も慧音の堅苦しい性格は分かっている。だから言ったのだろうが相変わらずタチが悪い巫女だ。

 そのタチが悪い巫女は満足そうな笑みを浮かべているがもう一人の金髪巫女はなぜか不服そうな顔で霊夢を睨みつけていた。

 

「ん? 何よ?」

「私の時はお茶もお菓子も出なかったけど」

 

 フランが来た時はお茶もお菓子も出なかったらしい。それに不服を申し立てた視線だった。

 

「妖怪に礼儀なんて不要でしょ」

 

 そう霊夢はぬかすのだった。

 

「あー! それって差別だよね!?」

「あんただって呼び鈴だよ? とかいって神聖な鈴をガンガン鳴らしてたじゃない」

「呼び鈴を鳴らすのは礼儀じゃん!」

「はいはい。分かった分かった」

「何が分かったのよ!」

「今度来たらお茶とお菓子用意すればいいんでしょ?」

「え? 遊びに行っていいの!?」

「ダメ」

「……どういうことよ」

「私はあんたにお茶とお菓子を出さないってこと」

 

 そうやって姉妹のようにじゃれあっていると慧音がお茶とお菓子をお盆の上に置いて、霊夢達のいる部屋に戻ってきた。

 コツリコツリと、白い湯気がたっているお茶が入った湯のみを慧音がどこかのメイドよろしく二人の前に置いてやる。続いて饅頭が三つ乗った小さな皿を机の上に置いた。

 

「これで文句ないだろ? ちなみにこしあんだ」

 

 茶と菓子を要求した霊夢を見据えてそう言うがまだ少し不服そうだ。

 

「今日び饅頭て……もうちょっと気の聞いた、ロールケーキとかショートケーキとかあるんじゃないかしら? 全く、気が利かないわね」

「お前はどこぞの姑か?」

「私ブラッディカステラとかブラッディオレンジがよかったなぁ」

「私は血は飲まないんでなって、ブラッディオレンジは血じゃないだろ」

「……てへっ☆」

「イラッ☆」

 

 不満ばかり言う黒髪巫女とボケをかます金髪巫女に慧音もいい加減対応が面倒くさそうだ。

 

「って言うかお前達、文句言うなら食べなくても――」

「「いただきま~っす」」

 

 慧音が皿を取り上げようとすると、それよりも早く二人の手が饅頭を掻っ攫った。

 これには慧音は少し笑ってしまう。食い意地が張る、と言うのは子供の特徴だからだ。

 だから慧音は子供達を見るような優しい目でくすくすと笑っていた。ずっとそんな顔をしていればただの優しい教師だが生憎慧音は厳しさも併せ持つ。

 と言うのも慧音が用意した饅頭があまりにも美味しすぎたのだろう。そしてその饅頭が三つだった事で霊夢とフランが取り合いを始めたのだ。

 喧嘩をしている子供達を静めるのも教師の役目だ。だが沈めようにもそこにいるのはただの子供ではなく、タチの悪い巫女と、おおよそ人と呼べる年齢ではない、見た目は子供、頭脳も子供の吸血鬼だ。

 

「それ私の!」

「ダメよ、これは毒が入っているわ。私が食べて清めてあげる」

「嘘だ!」

「私は巫女よ? この格好を見れば分かるでしょ?」

「私だって巫女服着てるから巫女だもん!」

 

 霊夢の手に饅頭が乗ったお盆を奪い取ろうとフランが手を伸ばすがその顔をひしゃげるように霊夢の手がフランを制す。

 

「あんたは見習いよ。まだ早いわ」

「ああん! 霊夢の卑怯者!」

「何をしているんだお前達は……」

 

 霊夢にお姉さんだから譲ってやれといってもその返しは想像がつく。だからといって霊夢に譲ってやれといえばフランは泣きそうだ。それならいいが暴れられて建物が壊されても困る。だから

 

「そんなに喧嘩するなら没収だ」

「「あ!」」

 

 慧音は霊夢の手からお盆ごと饅頭を取り上げた。

 二人は慧音が取り上げた皿に乗っている饅頭を口惜しく見つめている。そのおかしな光景に慧音は危うく噴出しそうになってしまったがそんな事をすると後が怖いので何とか我慢だ。

 

「で、お前達は何をしに来たんだ、と聞いてるんだが?」

「あ、忘れてた」

「おい……」

 

 霊夢はフランを連れてきた理由を慧音に説明した。

 慧音に会いに来たのは歴史を変えて日が浅いこともあり、幻想郷のことが明るみになってしまう危険性を危惧してのことだった。

 

「なるほど。それでここに来たと?」

「ええ、別に問題ないわよね? 思い出すとか」

「う~ん……多分」

 

 霊夢はそう問うが、慧音の返事は歯切れが悪くあいまいだ。それに霊夢は露骨にしかめっ面で不満な顔。

 それもそのはずで多分、では困るのだ。霊夢にとっては断腸の思いで実行した幻想郷の隔離。それが水の泡に帰す、などということになってはたまらないのだ。

 慧音はきっぱりと「大丈夫」。そういってくれると霊夢は思っていた。だが予想外に慧音の反応が悪い。

 

「何よ、あるなら事前に対策を打てるように言っておいて欲しいんだけど」

 

 裏で隠しはしていたが計画前の時点で慧音は大丈夫と断言していたのだ。もしや何か不都合が起こったのだろうかと霊夢は疑ってしまう。しかし霊夢はそこをついて非難したりはしない。済んだことはどうしようもないのだからそんなことよりも対策を立てるほうが先決だ。

 その霊夢の最もな意見に慧音は少し唸って口を開く。

 

「そもそも私の歴史を操る能力というのは人々の記憶を辿って再形成し、周りのあらゆる事象を改変していくというものなんだ」

「それで?」

「逆を言うと人々が知らない事は変えようがない。歴史とは人に知られて初めて歴史になる。人々が知らない事を変えても意味がないからな」

「う~ん……確かに……そうかも」

 

 フランには慧音と霊夢の話は難しいのか、最初は真剣に聞いていたのだが、今では慧音が自分の机の上に置いた饅頭に釘付けだ。まるでお預けされている犬のように。

 しかし慧音の説明はまだ続く。

 

「そこで問題となるのがフランドールの存在だ。私は里の人々の記憶を辿ってフランドールの記憶や幻想郷の歴史を消した。しかしだ。人々になくてフランドールにある記憶は改変されてない」

「は?」

 

 と、ここでフランの名前が出てきたのでフランは饅頭から視線を上げて慧音と霊夢の方へ向き直る。見ると霊夢が鬼の形相で慧音を睨みつけて更に迫っていた。

 慧音の説明でいくとフランがしたことは元に戻されていない、と言う事になってしまう。小島酒蔵襲撃事件も元に戻っていないと言う事ではないのか。

 

「何でよ!? 普通そこが一番重要でしょ!?」

 

 フランがやったことを元に戻さなければ幻想郷がすぐそこにあるとばれてしまうのではないか。という疑問が当然の如く霊夢の中に生まれてくる。

 

「お、落ち着けっ」

 

 やっとのことで霊夢を思い留まらせた慧音は一言「説明しても?」、と問うので霊夢は頬杖を付いて慧音を睨みながら「どうぞ」と一言。

 

「見れなかったんだ。というよりも壊れていたと言った方がいいかもしれない」

「壊れてた?」

「ああ、断片的にしか見ることができなかったんだ。まるで壊れた鏡に映る世界を見せられているように。その中の世界も世俗的に言って壊れていたが……」

 

 とはフランが今までしてきた惨たらしい事を指しているのだろう。地下室で起こっていた惨事、吸血鬼の町で起こった大量虐殺。それを見せられた慧音は数日食欲がわかないことだろう。

 それはフランの「ありとあらゆる物を破壊する能力」と何か関係があるのだろうか。

 慧音はフランをちらりと見るが少し首を傾げるだけ。本人も無意識の内に壊していたのかもしれない。一度はそんな記憶を忘れようとしたのだ。それに霊夢達は知らないが、レミリアのいうフランの「運命が見えない」、という性質も何か関係している可能性もある。

 だがそんなこと、今考えても仕方がない。霊夢は話を戻すことにする。話を聞いていなかったフランの視線もまた饅頭へ戻っていく。

 

「ふ~ん……それで? その場合どんな問題あるの?」

「問題……なぁ……」

 

 慧音は腕組みをして、腰を机に持たれかからせてしばし黙考し口を開く。

 

「恐らくフランドールの周りには必ず誰かいたし、その人の記憶を辿ってフランドールがした歴史を改変はした。しかし、フランドールが知っていて人々が知らない事は変えていない。というよりも改変する事ができない」

「その場合どうなるの?」

「記憶のミスマッチが起こる」

「ミスマッチ? フラン、どう思う?」

「何でミスマッチだけ英語で言ったかってこと?」

「何だか中二臭がするわ」

「いいから聞けっ……その場合、改変した歴史とあるはずのない歴史がその目撃者の頭の中で矛盾を引き起こす。こんな歴史はないはずなのに何故こんな事が起こったのだろうか、と。船酔いでも同じだ。目で得られる視覚情報と、三半規管でえられる平衡感覚の情報がミスマッチすると気分が悪くなるような。その気持ち悪い思考と現在の状況の食い違いが補正されてしまった時、私がした歴史改変は解除されてしまう。でもまあ、人の頭は寛容に出来ていて、そんな突拍子もないことは容疑の事象からはずれるんだがな」

「なんだかよく分からないわねぇ」

 

 霊夢でも理解に苦しむようだ。フランにとっては呪文か子守唄としか認識できていないだろう。これには慧音はまた唸って困り顔でしばし思案するが、一つ残った饅頭に視線を落とした時、ふと何か閃いたのか、顔すこし笑って口を開く。

 

「そうだ、そこの写真を見てくれないか?」

 

 と、慧音が指差したのは霊夢達の丁度真後ろ、天井に近いくらい高い壁に何人かの写真が飾られている。白黒ではあるがどれも慧音と同じような変わった帽子を被っている。そして皆それなりに歳を召した老人だ。

 霊夢と、フランもつられて顔を上げてその方向を見る。

 

「それらは私の古い恩師なんだが、それを歴史を改変するもの、つまり私としよう。そして私がフランドールみたいに歴史を変えられないものとする。その写真の方が今から争いが起きそうになるこの場の歴史を変えたとしよう」

「争い? ってあああああ! 私のお饅頭様があああああ!」

 

 霊夢が振り返ると慧音が饅頭を食べ、「ご馳走様」と言っている所だった。続いてフランも慧音のほうを見ると目を丸くして立ち上がった。

 

「それ私のだったのに!!」

「やはり旨いな」

 

 二人が二人とも私のものだと主張するその様は面白いものがあるが当の本人達は面白くない。

 

「やはり旨いな、じゃないわよ! はけ! はきだしなさい!」

「お腹かっさばく?」

 

 霊夢が慧音を取り押さえフランが慧音の服をめくり上げて可愛らしいおへそをあらわにする。

 食べ物の恨みは恐ろしいと有名な言葉があるほどだ。霊夢は霊夢で変な言動をするし、フランはフランで物騒な事極まりない。

 

「や、やめろ! 吐き出したとしてお前はそれを食べるのか!?」

 

 この二人なら実際に実行しかねないと思った慧音は慌ててそう言い聞かせ、霊夢達を思いとどまらせる。

 

「食べないわ」

「私の趣味じゃないかな」

「だったら放すんだ!」

 

 二人は顔を見合わせてそう言うとすんなり慧音の拘束を解いたのだった。

 

「で?」

「でだ。私が饅頭を食べてしまった事で争いが起きてしまった。それは饅頭が三個あったからだ」

 

 慧音は乱れた服装を正しながら説明に入る。

 

「うん」

「だから写真の方は饅頭は最初から二個だった事にした。そしたら私達はもう争う事は無い。万事解決だ」

「うんうん。ていうか慧音。口に餡子が付いてるわよ」

 

 慧音の口の周りが饅頭の餡子で汚れている。慌てて食べた為だろうが教師という肩書きを持っている以上その体たらくはどうだろうか。

 もちろん食べられた腹いせにその事を霊夢に指摘される。

 

「あんた教師なんだからもっと行儀よく食べなさいよ。それにそんなべとべとにしてたら三つあったってばればれよ」

「そう、それだ霊夢」

「え?」

 

 慧音はそれが待っていた回答だと言わんばかりににやりとし、霊夢に指をさす。霊夢は指を刺されて少し困惑気味だ。

 

「饅頭は二つ、それをお前達二人で一つずつ食べたはずなのに何故か私の口の周りに餡子が付いている。変だろ?」

「……そうね」

「お前達がここに来て、座って、説明をしている私が饅頭を食べた形跡なんてなかったはずなのに」

「うん」

「ここで歴史の矛盾が起きる。私の口に餡子が何故付いているのか。饅頭が出された時には付いていなかったのに。という事は、本当はここには三個の饅頭があったのではないか、そして他の誰かによって都合のいい歴史に改変されたのではないか、とな」

「う~ん、でもそこまで考えるかしら?」

 

 霊夢の意見も最もで、饅頭が三個あった事実を改変するなんて明らかに能力のベクトルを間違えている。それにそんな非現実的な出来事は誰も思いつかないだろう。

 だがそれも慧音の欲しい答えだったようだ。慧音は難しい問題が解けた子供を褒めるような満足げな顔をして「そう」と口火を切る。

 

「先程も言ったように人間の脳は寛容に出来ている。推測できるのは私が隠し持っていた饅頭を隙を見て食べていた、とか、もしくは食べた後、餡子が付いたままの手で口元をぬぐったりなんかしたんだろうと都合のいい解釈をつけて終わりだ」

 

 起こった事全てを明確にしなければ気がすまない探偵のような者ならともかく、極一般の人がそこまで追求する事はありえない。つまり心配するほどの事ではない、と言う事だ。現に霊夢は「ふ~ん」と気のない返事をして茶をすすっている。

 

「じゃあ別にばれる心配はないってわけね」

「そうだな。まあ別れを言うだけだったらいいんじゃないか?」

 

 慧音がそう言い終えると湯飲みをコトリと置いた霊夢がおもむろに立ち上がる。

 

「もう行くのか?」

 

 霊夢を見て慧音が止めるでもなく、問いただすでもなく、何気なく霊夢に問う。

 

「ええ、ここに居てもお菓子はもう出てこなさそうだし」

「あれは町で有名な饅頭屋で売ってる。買ってくればいい」

「余裕があればね。行くわよフラン」

「うん」

 

 子供達と同じように慧音は霊夢たちを送り出す。が、霊夢達は子供達と違って玄関からではなく開け放たれている障子から出て行った。

 

「全く、迷惑な連中だったな」

「終わった?」

「ん?」

 

 ふと、声がするほうを見ると白い髪に赤いリボンをつけた者が。赤いもんぺをはいて、そのポケットに手を突っ込んで壁にもたれかかっている。

 不死の能力を持つ藤原妹紅という娘だ。

 

「ん? じゃねぇわよ。慧音が近々引っ越すからって荷物運ぶの手伝いにきたんじゃん」

「あ、そっか……忘れてた」

 

 慧音や永琳もいずれは幻想郷に引き上げることになる。その前準備と言うわけだ。

 

「で、霊夢に人里行くって言ったら私達が先よ、なんて言うから待ってたんだけど……」

「そ、そっか、ごめん」(霊夢のやつ……言ってくれればいいのに)

「てか慧音……なんで口の周りに餡子つけてんの?」

「え、あ、これはっ」

「教師なんだからもうちょっとちゃんとした方がいいと思うけど?」

「いやっ、だからこれは――」

 

 

 

「ふふ、今頃慌てふためいてるでしょうね」

「だれが?」

「だらしない先生」

 

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