フランは成長するのか?   作:天澤星三

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第六話 回想偏 ~ハンターとフラン~

 大昔。幻想郷の西のずっと西。そこには吸血鬼の住む町がところどころに点在していた。フランとレミリアはその西洋のとある国で暮らしていたのだった。 

 

 父は吸血鬼の中では高位に属する人物。二人もそれに見合った優雅な生活を送っていた。

 

 フランとレミリアは腹違いの姉妹でレミリアは吸血鬼同士の子供。しかしレミリアの母親が吸血鬼ハンターに殺されてしまう。次に人間を母として生まれたのがフランだった。

 

 だがそのそれは人間と吸血鬼の禁断の恋。その両親も禁忌を犯したという吸血鬼の迫害に遭い、これ幸いと教会を後ろ盾に動くハンターに狙われて殺されてしまう。

 

 残ったフランとレミリアは吸血鬼の集まる町に孤児として連れてこられたのだという。 

 

 そこは吸血鬼とハンターが平和協定を結んでいた安全な場所だった。教会に属している教会直属の軍隊隊長であるダリスは吸血鬼との仲を深めようと度々、吸血鬼達の住む町へやってきていた。いわゆる親善大使である。

 

 

 

 

「フランはそのダリスという吸血鬼ハンターに好意をもってたわ」

 

 レミリアと咲夜は月光のスポットライトを浴びながら昔話を続けていた。咲夜はまるで子供が話の続きをせかすように興味心身にその話に耳を傾けている。聞き手がこんな状態なら話し手としてはとても楽だろう。レミリアも先程まで外を眺めていたような、つまらない表情の跡など微塵も見せないくらいに生き生きと語っていた。

 

「人間にですか? しかも何故ハンターなんかに?」

 

 ダリスは吸血鬼の町に度々訪れる親善大使。しかし元はハンター。吸血鬼の天敵だ。咲夜が疑問を抱くのも無理はない。

 

「フランはね、信じられないと思うけど、昔は人見知りだった。母親が人間という事もあって友達なんていなかったの。だから部屋でずっとぬいぐるみごっこばかりしてたわ」

「はぁ……」(今も同じような感じですけど)

 

 腑に落ちない表情を浮かべる咲夜だがその理由はレミリアにも分かっている。何か言い足そうな咲夜の先手を取ってレミリアは矢継ぎ早に話を続ける。

 

「そんなフランを同年代の吸血鬼が面白がって連れ出したの。そして皆で親善大使であるダリスを襲おうとした」

「えっ? 大使を襲ったらまずいのでは?」

 

 全く、よく食いついてくれるメイドだと先程までは層思っていただろう。しかし、もうレミリアはそう思わなかった。咲夜はまだ若く、そしてレミリアはゆうに五百歳をこえている。レミリアからすれば咲夜は赤ん坊みたいなものだからだ。

 だからレミリアは声音を少し優しくし、小さな子供に話しかけるように語りだす。現に咲夜は子供のようにレミリアの話の続きを今か今かと目を輝かせ待ちわびている。

 

「そうね。まあ所詮は子供の遊びよ。その子達はダリスにコテンパンにやられたらしいわ。だからその子供達は一目散に逃げたの」

「そうですか。それはよか――」

「ただし」

 

 と咲夜の閉じたり開いたりする唇に人差し指で蓋をする。傍から見たら妙な光景である。小さい子供が大きい大人の唇を人差し指で蓋をしてるのだ。実のところは小さい大人と大きい子供なのだが。

 

「フランに『お前はハンターの注意を引いてろ』といってね」

「そんなっ」

 

 ここまで反応がいいと逆に笑ってしまう。

 実際、レミリアはフフッと噴出すように鼻で笑っていた。咲夜もそんな自分を恥ずかしがるように口をすぼめて乗り出した体を引いて戻す。

 レミリアは咲夜の口を塞ぐために乗り出した体を背もたれに預けて更に話を続ける。

 

「ダリスはフランを縛り上げて吸血鬼の私達が住む町へ連れて行ったわ。そこで思いっきり叱られたけど、ダリスの口添えでフランの罪はすぐに許された。逆に逃げた子達を叱るように進言してね。仲間を見捨てて逃げるなんて許せないって」

「それでその男を好きになったと?」

「そうねぇ……その時から付きまとっていたわね、たしか……一方的にだけれど」

 

 思い出し笑いを挟みながら天を仰いでまた椅子をゆらゆらさせる。付きまとっていたとは妙な言い回しだが恋する乙女はそんなものなのかもしれない。

 しかしそんなレミリアを見ながらやはり時計に手が伸びる咲夜。

 

「怒るわよ?」

 

 とまた一喝される咲夜。と、咲夜が時計から手を離した直後「キャッ」等と可愛らしい声を上げてレミリアが勢い余って後ろに倒れてしまう。

 

「お嬢様!」

 

 咲夜はわざとらしく大きく両腕を振りかぶる。思いっきり抱きしめるつもりだったのだろうが咲夜が抱きしめているのは椅子だけだ。

 

「なんてね」

 

 レミリアは宙に浮いて呆れ顔で咲夜を見る。だがそれは楽しそうな呆れ顔だ。

 

「お、お嬢様ひどいですぅ……」

 

 咲夜は抱きしめている椅子をもとあった場所に戻しレミリアを座らせる。

 

「ふふっ、これに懲りたらもうそんな心配は止めることね。それと……この後話す事のためにテンション上げておかないと、と思ってね」

「そうですか……楽しみですが、それよりも許せないですよね、その子達はっ。私がビシッと一発! その子供達は今何処に?」

 

 子供という事はレミリアと同じ子供だ。つまり今でも子供だという事だ。

咲夜の目は輝いているがレミリアはそ知らぬ顔で紅茶をすすると、ふと視線を落として一言。

 

「死んだわ」

「……え?」

 

 俗に言う「時が止まる」とはこの事だ。別に咲夜が能力を使ったわけではない。声のトーンも下がり、より一層現実身が増してくる。

 

「まさかお嬢様が?」

 

 だからそんな雰囲気をぶち壊し、あまつさえ馬鹿な質問をする咲夜にレミリアは思わず笑ってしまう。恐らく実の妹をいじめた子供達をレミリアが仕返しに、とでも思っているのだろう。

 

「ふふ、まさかっ……これから私が話す事は人間である貴方にとって少し耳が痛いものになるかもしれないわね」

 

 

 

回想

 

 

吸血鬼の町

 

 広く分布する、光も入らないような、一度入れば抜け出す事ができないような深い森。その最奥にある城壁に囲まれた西洋風の城。

 その城壁に囲まれた城下町に吸血鬼達は暮らしていた。

 光が全く入らないような家の造り。窓にガラスを張っている家はひとつもなく、全て木製で開く事でしか外を見ることはできない。

 その町の入り口に、城の見張りと何やら話している人影が二つ。

吸血鬼の町への入出許可を取っているのだ。その町へは普通の吸血鬼でさえ、入るのに許可を取らなければならない。人間と平和協定を結んでいる町に凶暴な吸血鬼や、人間に対して前科を持っている吸血鬼が入ってきては困るからだ。

 その二人の内一人は岩のようにでかい。それはダリスという吸血鬼ハンターの隊長であり親善大使でもある男。2メートルを超えるかという大男だが顎には無精ひげが目立ち、髪もぼさぼさだ。

 そのダリスの後には弟子のようについてくる少年が一人。

 その二人がゆっくりと町の中央を突っ切る一本の大きい通りを歩いていく。城壁の正門を抜ければ正面に真っ直ぐ伸びる大通り。その奥には大きな城がそびえ立っていた。

 空には満天の星が輝く夜空が広がっていて、もう吸血鬼の苦手な太陽は出ていない。にもかかわらず、二人が歩いて行く度に通りに軒を連ねる家々の窓や扉はパタリ、パタリと閉められ、吸血鬼が出てくる気配がない。更にその隙間からは殺気に似た紅の視線が向けられる。

 どうやら平和協定は結んでいるもののあまり友好的ではないようだ。

 少年はおどおどと周りを伺いながら歩いているが、ダリスは慣れているのか、そんな事を気にするそぶりもない。 

 そしてやっと城内に入るとはるか上空に小さな黒い影が。そして豆粒のように小さかった黒い影が段々と大きくなっていく。

 

「おじさまー!」

 

 赤いリボンのついた白い帽子で覆った、色素の薄い金髪をなびかせている少女。その少女は赤と白色でできた西洋風の服で小さな体を覆い、白く綺麗な肌で包まれた顔には二つの紅の瞳がくっ付いている。

 それはフランだった。どうやらフランはダリスのことを「おじさま」と呼んでいるらしい。ハンターに対して吸血鬼が「おじさま」とは何とも奇妙な関係だ。

 フランは遥か上空に飛び出しダリスに向けて一直線に向かってくる、というより落ちてくる。その勢いで思いっきりダリスに抱きつこうというのだろうが、飛び降りてきた勢いで抱きつくには少々高すぎる。例えフランのような小さな子供でもただではすまないだろう。

 しかしダリスは上空から降ってくるフランの両脇を何事も無いようにがっしりと受け止めた。

 

「ぐはぁ!」

 

 とは、当然だ。飛び降りる勢いで思いっきり両脇をがっしりと抱えられたのだ。クッションも無しに岩にぶつけられたようなもの。その衝撃は計り知れない。

 頭がもげんばかりに頭を振ってキャッチされるフラン。しかしさすがは吸血鬼だ。そんな事たいしたことではないのだろう。いつもの事と息を整える。

 

「出たな悪ガキ」

「ゲホッ……ふふふ、久しぶり! おじさま!」

「ははは、元気そうでなによりだ」

 

 ダリスも別段驚く様子もなくあっけらかんとしている。唯一驚いているのは後ろに弟子のように付いてくる少年だけだ。

 

「あ、あの、おじさま?」

「ん?」

 

 しかし恋する乙女は盲目だ。そんな少年など気にもせずダリスに喋りかける。

 

「おじさまの手が私のお胸に当たってる」

 

 ダリスは今フランの両脇を両手で持ち上げている形になっている。その手が胸に当たっているとフランは抗議しているのだろう。その抗議はもじもじしながら、更に顔を赤らめて行われている。しかも牙を出してニヤニヤしているので演技だということがばればれだ。きっとダリスの慌てふためく所が見たいのだろうがそうはいかなかった。

 

「あ? 胸? あったのか、気付かなかった」

 

 だからダリスは冷静に対応する。そしてこれもいつもの事なのだろう。ダリスもつられてニヤリと笑う。

 だがそんな事を思っているのはダリスだけだったらしい。

 

「むっ」

 

 フランは驚きもせず、さらに動揺もせずに言い放つダリスに鬼の形相で中指を立てて悪態をついてくる。しかしそんな子供のやることにやはりダリスは動じはしない。フランの悪態に笑いで返しながら慣れたようにフランを肩車させてやる。

 フランはダリスの頭に抱きつくように手を回し頭の上に顎をぴたり。フランの手で目が見えにくそうだがなんともしっくり来る光景だ。これも恐らくいつもの事なのだろう。

 

「あ、おじさま」

「ん?」

「私の太ももがおじさまに当たってる、これって痴漢だよね?」

「うるせぇ、振り落とすぞ」

 

 いけしゃあしゃあとそんな事を言ってくるフランにいつまでもかまっていられない、とばかりに言い捨てる。

 

「あ、おじさま」

 

 しかしフランもこれで終わりはしない。

 

「今度は何だ?」

 

 ダリスはまたか、とだるそうに吐き捨てるが今度は何の恥じらいもなく、こんな事を言い出した。

 

「私のパンツが……当たってる、キャハッ」

 

ガンッ

 

 気付けばフランは投げ飛ばされ弟子の横に置いてあった樽に逆さになって突っ込んでいた。

 

「あ、悪い。つい」

 

 弟子はびっくりしながら慌ててパンツ丸出しになっているフランを樽から引っ張り出す。引っ張り出されたフランは弟子にお礼も言わず、ダリスを見るや否や鬼の形相で詰め寄って来た。

 

「お・じ・さ・まっ!」

 

 ずかずかとダリスに歩み寄り、文句を言うフラン、対してそれをなだめるダリス。

 その光景を眺めていた弟子はほっとため息をついて落ち着いている。それもそうだろう。ダリスの粗暴な吸血鬼の扱いに驚かないわけが無い。平和条約を結んでいるとはいえ、ひょんな事からその条約は壊れてしまう事がある。些細な事で本当に小さなことで戦争にまでなってしまう事だってあるのだ。だがその二人のやり取りを見てみると心配する事はないだろう。

 と不意にその弟子が何かに気付いたように目を丸くする。そして二歩、三歩と後ずさりすると慌てて何処かに行ってしまった。

 

「ん?」

 

 フランはダリスの体の横から走り去っていく弟子の後姿を目で捉える。

 

(弟子が逃げてった?もしかして私のサプライズが……)

 

 数瞬の間その弟子を黙らせようかと思案したフランだが

 

(まあいっか、どっかいったし)

 

 と、そんな弟子を特に気にもしないフラン。そんな事よりもダリスの女性に対しての粗暴な行動を非難するので忙しかった。女性とはなんであるかをくどくどとダリスに叩き込んでやらねばと思っていたのだ。

 ダリスはそんなフランをなだめるのに精一杯だった。

 

「だいたいだなぁ、お前が変な事ばかり言ってるからだぞ?」

「ふん!」

 

 フランはご機嫌斜めだ。それもそうだろう。フランのようないたいけな少女を捕まえて放り投げ、樽にストン、だ。フランが怒り狂うのも分からないでもない。

 もしここでフランの機嫌を損なえば吸血鬼と人間の関係が悪化してしまう、何てことはないだろうがフランの説教をいつまでも聴いているわけにもいかない。

 ダリスは荷物の中からごそごそと何かを取り出した。

 

「……まあ、機嫌直せよ。ほら、欲しがっていた兎のぬいぐるみだ。探したんだぞ?」

 

 するとさっきまで不機嫌だったフランの顔はすぐさま満面の笑みに変わる。

 ダリスの手には白い兎のぬいぐるみ。それは吸血鬼の町にはなく、フランが前々からずっと欲しい欲しいとダリスに頼んでいたものだった。

 

「わー! わー! ありがとう! やっほーい!」

 

 フランはよほど嬉しかったのだろう。宝物でも見つけたかのようにぬいぐるみを天に掲げ踊っている。そしてくるくる回ってぎゅっとぬいぐるみを抱きしめる。

 なんとも微笑ましい光景である。もちろんダリスはそれを見て満足顔だ。

 

「どう致しまして」(やっぱガキだな)

 

 とさっきまで機嫌が悪かったのにもう上機嫌なフランに、大袈裟に、女王陛下にでも挨拶するかのように胸に手を当てて深々とお辞儀をする。

 

「苦しゅうないぞ」(後でこれをネタにもっとねだってやろっと)

 

 とフランもそれに乗っかって胸を張り、女王さまごっこに付き合ってやる。

 両者、裏にある黒い感情を押し込めつつ、フランはダリスの肩によじ登り、兎をクッション代わりにしてダリスの頭に乗せる。

 兎のぬいぐるみの感触が心地よかったのか、フランは実に気持ちよさそうだ。今にも眠ってしまいそうな程気持ちよさそうに目を細める。

 ダリスは一言寝るなよ、と一応忠告しておいた。前によだれを垂らされ、髪の毛がカピカピになった事があるのだ。その時、この町の長に腹を抱えて笑われてしまった。今度寝たらカピカピになるのは兎のぬいぐるみなのだが。

 

「寝ないもーん」

 

 ダリスはフランを肩に乗せたまま、城に住む吸血鬼の長に軽く挨拶する。その長も肩に乗っかっているフランを笑いながら見ただけで特に何も言わなかった。この光景はこの町ではもう当たり前なのだろう。

 軽く挨拶をすませ、二人は城の庭の外灯の光が当たるベンチで一息ついていた。この時代に電気などないのだが、それは吸血鬼たちの古くから伝わる知恵である。

 吸血鬼たちはとても長生きだ。知識をほぼ全て蓄積し使用し更に進化させる事もできるのだ。だから人を見下し家畜同然としか見ておらず関心は薄い。ダリスが来た時の町の反応はそういう事からもきているのかもしれない。

 外灯が当たるそのベンチにダリスは腰を下ろし、その隣にはもちろんフランも座っている。フランは最近あったいろいろな事をダリスに話していた。

 

「でねぇ、おねぇちゃんのお腹に穴開いちゃって、さっき飲んだ紅茶がぴゅーって出てきちゃって、もう爆笑だよね」

「はは、笑えない冗談だな」

 

 などと物騒な事をぺらぺらと喋っている。傍から見たら学校で何があったかを得意げに話す娘と父だろう。と、そんな事を言うとまたフランの機嫌が悪くなるだろうからダリスは言わない。

 

「冗談じゃないよ? 吸血鬼ならこんなの普通だよ。すぐ直っちゃうし。おじさまも吸血鬼になったらいいのに」

 

 吸血鬼にどうやってなるのかは置いておいて、その言葉に少し表情を曇らせるダリス。ダリスは片眉を吊り上げ複雑そうな面持ちでフランに問いかける。

 

「なあ、フラン」

「何?」

「お前は俺が嫌いじゃないのか?」

「なんで?」

「俺はハンターだぞ? 今までに何人も吸血鬼を殺してきた。未だにあちこちから殺気が感じられる」

 

 ダリスは少し辺りを見渡しながら言う。

 この城は孤児院としても使われている。この庭もこの日の当たらない時間は子供達が遊んでいるのだが皆ハンターを怖がって城の中に隠れている。そしてところどころ、隙間から赤い目が覗いている、と言うよりも睨み付けていると表現する方が正しい。それは殺気とも憎悪とも取れるような痛く突き刺さる視線だった。もしかしたらダリスに両親を殺された子供達もいるのかもしれない。

 レミリアに限っては暢気に紅茶を飲みながら城の一室から二人の事を見下ろしているが。その皆が嫌っているハンターとフランは何事もないように話している光景はやはり妙なのだろう。

 

「私は好きだよ」

 

 だからそんなフランの言葉に面食らう、という事はもう無いが実際、最初ダリスは驚いたものだった。吸血鬼が自分の命を狙うハンターに好意をもつなんて、と。

 こんなフランの態度に慣れたといえばもう慣れたダリス。だから少し立ち入った質問をしてみる事にした。

 

「お前の両親は何も言わないのか?」

「いないよ」

「なに?」

 

 と、ダリスはとっさに聞き返してしまう。

 女性の過去を詮索するなんて野暮な事だとよく言われる。そしてこれはその典型、失敗だったらしい。長い寿命を持つ吸血鬼がこの年代の吸血鬼を置いていなくなるということはつまり

 

「ハンターに殺されちゃった」

 

 それしかない。恐らくこの城に住んでいる子供達のほとんどがその部類だろう。しかしそれでも不思議な事にフランは笑顔のままだった。

 

「……そうか、すまん、変なことを聞いた」

 

 そういえばフランはこの城の近くでよく見るなと、今更思い出すダリス。フランはこの城であり、孤児院でもある場所で暮らしているのだ。ダリスは今まで何処かの家から勝手に付いて来ているものだとばかり思っていたのだ。

 

「あははは」

 

 謝った事もフランは気にしていない様子。どうやらそういう湿っぽい話はしたくないのだろう。親が死んで何年経つか、フランは吸血鬼なので分からないがこれは芝居などではなく無理に笑っているという様子でもない。

 だからダリスも湿っぽいのは嫌いなのでそのまま自然に会話をつなげる事にする。

 

「ならなおさら嫌いになるだろ? 俺はそのハンターだぞ?」

「嫌いじゃないよ。お父様とお母様も言ってたもん。人間を嫌ったり憎んじゃいけないって」

「へぇ、珍しいな」

 

 ダリスは素で関心してしまった。そんな事を子供に言い聞かせる吸血鬼がいるのかと。ハンターに命を狙われながらも尚、そんな言葉が出てくるのかと。

 

「だって人間無しでは私達は生きていけないんだもん」

「ま、まあそりゃそうなんだが……」

 

 フランはまっすぐにダリスを赤い瞳で見つめながら嬉々として話す。

 それは恐らくフランの母が人間である事を説明している時に出た文言だろう。もちろんダリスはそんな事を知る由もない。

 だからそんなあたりまえの意見に少しがっかり、しかし真面目にそんな事を言うフランが少し面白いので、がっかりしているのか笑っているか分からないような、微妙な表情が出来上がってしまった。

 ダリスはその微妙な表情を直す為にそっぽを向いてカリカリと頬を掻いて表情を変える。

 

「でも」

 

 表情を直しているダリスから視線をおろし少し声の調子を下げたフラン。フランの異変に気付きダリスは頬を掻きながらフランを横目で追う。

 

「そのせいで人間から嫌われることをいつも嘆いてた」

 

 フランの横顔は何処か懐かしむように、そして寂しそうだった。だからその後に出てくるフランの言葉と表情にダリスは目を丸くする。

 

「人間と吸血鬼が一緒に暮らせる日が来ればいいのにって」

「それは……」

 

 それは吸血鬼と人間の間を取り持つ親善大使であり、ハンターの隊長でもあるダリスが描く理想と全く同じだった。

 それに気付いたダリスにフランがニヤリと牙を見せて笑った。

 ダリスはしまったと思った。しかしフランはニッと両方のまだ幼い牙が見えるくらいに笑う。

 

「そう! おじさまと一緒! 私はお母様とお父様のこと大好きだったよ? だから私はおじさまが好きなんだよ!」

 

 これが言いたかったのだろう。二カッと白い歯と立派な八重歯を見せて笑うフラン。

 

「っ!」

 

 全く何処の誰がこんな方法を教えたのか。しかしそんなまだ子供のフランの満面の笑みにダリスは思わずドキッとしてしまった。

 見た目は子供、しかしその実、ダリスと同じかそれ以上の人生を送っている。そのあどけない表情に大人の色気が見え隠れしていたのだ。

 だからダリスはすぐにそっぽを向いてフランに勘ぐられるのを防ぐ。

 よほどの自信があったスマイルだったのだろう。そっぽを向いてしまったダリスを見て不服そうに口を尖らせ前に向き直るフラン。

 

「でも、おじさま以外の人間はまだ……好きになれないけど……」

 

 今度は少し口を尖らせて小さく呟いて拗ねた仕草をする。儚げに見えるその姿も計算のうちならば相当のものだがそんな駆け引ができる程フランは大人ではない。

 

「そうかぃ」

 

 ダリスはそう笑ってフランの頭に手を載せてワシャワシャとなでてやるのだった。女の子の頭を撫でるには少し乱暴で理想とは少し違うのだろうが、フランもフランで嬉しそうだった。きっとこれもいつもの事、なのだろう。それは人間と吸血鬼という不思議で、奇妙で、そして何とも和やかな時間だった。

 

 

 

 

「私ね、大きくなったらおじさまと結婚してあげてもいいよ」

「まだガキの癖に寝ぼけたこと言ってんじゃねぇよ」

 

 そしてまたいつものようにフランの逆セクハラ的な言葉が出てくるがダリスはもういつもの事なのでもう驚きはしない。しかしそんなダリスに今日のフランは食い下がる。

 

「ガキじゃないもん! おじさまより年上の熟女だもん!」

 

 ガクリと肩を落とすダリス。さすがにその幼すぎる口からは想像もしていなかった言葉だった。

 

「そんな言葉、一体何処で覚えたんだ?」

「おねぇさまが言ってたもん!」

「ああ……はは……」(あの子か……)

 

 ダリスは妙に納得してしまった。

 レミリアは子供のなりだが何処か大人びたしっかりした印象を持っていた。幼い頃から高位の吸血鬼について回っていたせいでマナーや礼儀、言葉遣いに対してはほぼ完璧だった。だからダリスもフランとは違い大人として一目置いていた。フランはそれに不服そうだったが。

 ふと上を見ると城の窓からこちらを見下ろしているレミリアがいた。レミリアもその視線に気付いてか笑顔で手を振り返してくる。手を一度振るたびにダリスの顔がだんだん引きつっていくのは言うまでもない。

 しかし、今はそんな事よりもまた駄々をこねているフランの機嫌を直す事が先決だ。

 毎度毎度このようなフランの非難にあうダリスは対策を用意していた。

 

「まあまあ、これをやるから機嫌直せよ、飴だ」

 

 これもぬいぐるみ同様、吸血鬼の町には無いものだ。だから密かに吸血鬼の子供達には大人気だった。

 

「わー! ありがとう!」

「あはははは、やっぱガキだ」

 

 熟女やら結婚やらとおませなフランがこうもあっさり、ただの飴玉で機嫌が直るので思わず、というか思いっきり腹を抱えて笑ってしまうダリス。

 

「む~」

 

 もちろんフランはしまったとばかりに眉を歪ませ、飴を口に入れた頬をパンパンに膨らませてダリスを睨みつけている。そして激昂したフランはあろうことか笑って大口を開けているダリスの口に思いっきり、ありったけの力を込めて飴をぶち込んだのだ。

 

「ぐっ!? グハッ!? ゲホッゲホッ……」

 

 飴を思いっきりぶち込まれたダリスはたまった物ではない。喉を押さえ大の大人がのた打ち回って苦しんでいる。

 喉の奥へ直撃した飴玉はそのまま飲み込んでしまった。その勢いは下手をしたら喉を突き破って死んでしまう勢い。苦しがるダリスを尻目に何故かフランは恍惚の表情で目をらんらんと輝かせている。

 

「こ、これが間接ディープキスってやつね!」

 

 フランはもじもじしながら両手を赤らめた頬に当て、なにやらはしゃいでいる。

 

「ば、バカヤロウ! げほっ……あんな勢いで飴を吐き出すんじゃねぇ! 下手すりゃ死ぬ!」

「ふんっ」

 

 フランはそんなダリスを心配するそぶりも無く顔を背ける。さっきまではしゃいでた態度とは一転してツンとした態度に戻る。全く、よく表情が変わる娘だとダリスはため息混じりに思う。

 

「私……」

 

 と聞こえたかと思うと頬を赤らめ、目を涙で滲ませたフランがうつむきがちに

 

「本気だもん……」

 

 などと言うものだからまたしてもダリスはドキッとさせられる。

 少し震えている。恐らく演技ではない。つまりフランの言う本気は本気の本気だろう。ここで茶化したらどうなるか。襲ってくるならまだいいが大泣きされるのは困る。それならまだしもそのまま無言でどこかへ行かれるのはもっと辛いものがある。

 ダリスは慎重に言葉を選ぶ事にする。

 

「お、大きくなったらか?」

「う、うん!」

 

 やっと真面目に取り合ってくれたからか、若干機嫌が直るフラン。フランが大きくなったらと思うと末恐ろしい魔女になるだろうなと、ダリスは身にしみて思い、逆にどれくらいの時間が必要なのだろうか、と考えてみた。

 

「俺は生きてっかな」

 

 だからそんな一言を呟いてみたのだった。人間と吸血鬼の寿命は違うのだ。

 

「え~……じゃあおじさまもやっぱり吸血鬼になったらいいんだよ」

「はっ、太陽と一生お別れなんてごめんだな」

 

 と、一笑に付せたのもつかの間だった。

 

「じゃあ私がおじさまの太陽になってあげる」

 

 またしても何処かで聞いたような臭い台詞を吐き出した。

 

「……おまえなぁ……何処で」

 

もう予想はつくがとりあえず視線を上げると気付いたレミリアがウィンクしてきた。ダリスはあきれて笑うしかない。

 

「今すぐにでもいいよ?」

 

 だがフランの攻めはまだまだ続く。

 

「俺がロリコンって思われるだろ?」

 

 攻めてくるなら守りを固めるしかない。その守りで鉄壁の防御を誇るその言葉をダリスは言い放った。それにはフランはいつも困り顔で唸るのだ。

 長い年月をかけなければ色気のある吸血鬼にはなれない。時間だけはどうする事もできないのだから。

 

「む~、いつもおじさまは私をガキ扱いするけど私だってちゃんと成長してるんだよ?」

「ふ~ん、そのつるぺたの体でいうのか」

 

 そう切り返してケラケラと笑い出すダリス。体で女性を判断するとは人間として最低である。

 だからフランも暖めておいた策を披露する。

 

「ほら!」

「ん?」

 

 ベンチから飛び降り、ダリスに背中を見せるようにスカートをなびかせてくるっと回る。

 

「羽だって生えてきたんだから!」

 

 レミリアには立派な羽が生えている。そしてダリスはレミリアには一目置いている節がある。そこから推測して自分にも一目置けという事だろう。

 よく見るとフランの背中に小さな羽根が二つ、ひょっこり顔を覗かせている。しかし不思議な事にフランの言うその羽は普通の羽とは違う異形の形をしている。とても小さな羽に緑色の綺麗なランタンのようなものが一つくっついている。

 

「こ、これは……」

「えへへ、驚いた?」

 

 フランの言葉が言霊となってダリスを驚かせ、更に凍りつかせた。その比喩がこれ以上当てはまるものがないくらいにダリスは口をぽかんと開けたまま動かなくなってしまった。

 これは別にダリスがオーバーリアクションをしているわけではない。

ダリスがこれほどまでに固まってしまうには訳があったのだ。この出来事がきっかけでこの微笑ましいダリスとフランの関係、更には人間と吸血鬼の関係が脆くも崩れ去ってしまうことになるのだから。

 

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