武士(もののふ)の魂 作:辰伶
「ここか」
船に揺られること三時間。絶海の孤島に浮かぶ巨大な建造物を見上げながら、男は呟く。
過日、彼の家に手紙が届いていた。内容は話したいことがあるので地図の場所までご足労願いたいと、依頼主の名と地図が同封されていた。
「なぁ、親父。この人、親父の知り合いじゃないか?」
今ではすっかり年を取った息子に言われてそれを見ると、確かにその人物を男は知っていた。
「龍造。この件、俺に任せてもらえるか?」
「構いません。その方がその人も喜ぶでしょ」
そういうことになり、男は依頼主が待つこの島に来たのだ。
上陸して驚いたことは、この島はここだけ時間から取り残されたように立っている建物全てが江戸のモノを彷彿とさせる。
あの男らしいと微笑みながら、男はある場所へと急いでいた。
青と白の道着に、2尺7寸の太刀を佩いているその姿はなんとも異様であったが、気にせず男は街を闊歩している。平日の午前中とあって、外には誰もいなかった。
街の中には呉服屋やら食べ処、雑貨屋といった商店がずらりと並んでいる。その先には、目的地である建物が見えた。彼は最上階を目指した。
最上階の襖を開けると、そこには初老の男が正座して待っていた。彼は男の姿を見て「あっ」と唸ったが、すぐに姿勢を正し「お待ちしておりました」と
「
太刀の男はそう言って初老の男、秀忠の前に座した。
「私も、まさか生きているうちに貴方様に再び会えるとは思いませんでした」
「ふふん。これも何かの運命かな?」
そのようでと秀忠は微笑する。
「早速だが秀忠よ。要件を伺おうか」
男が促すと、秀忠は数十枚からなる紙の束を差し出した。
「これは・・・・・・?」
「口で説明するよりも、それを見てもらったほうが早いかと。私の側近である
男は依頼書を手に取るとパラパラとめくり始めた。時間にして20分くらいでそれを読み終えた男はただ一言「相分かった」と言った。
依頼の内容は、近頃この島で不穏な動きを見せる『大御所』なる人物の特定、並びに行方不明となった秀忠の息子、吉彦の消息を探ることだった。『大御所』がこの国を揺るがす大事を起こしかねないとか、その為に学園の治安が悪化しているとか細かいことが記されていた。
「剣魂というサポートマシーンと共に、失われた『侍魂』をこの日本に蘇らせることを目的に
「恐れ入ります」
「何。俺と早雲は先の大戦を戦い抜いた戦友だ。戦友の孫が困っているのを助けるのが友の務めだよ秀忠。それになにより、奴がこの国の為に憂い、俺の好きなこの国で何かやらかそうとする馬鹿野郎をこのまま野放しにしてたまるか」
それを聞いた秀忠は目頭が熱くなるのを覚えた。もし、これを祖父が聴いていたらどんなに喜ぶであろうか。
秀忠は、彼が祖父の親友であることを誇りに思った。
「貴方様には、我が学園の生徒として捜査をしていただきたいのです」
ほう、と男の眉がピクリと動いた。
彼は高校生活を経験したことがないことを秀忠は知っていた。そこで彼は、依頼を遂行してもらうことを前提としながら彼に高校生活を楽しんでもらいたい、というのが秀忠の考えであった。
この大江戸学園には身分制度というのが存在している。幕府という生徒会組織の一員として学園の治安やら学園の運営やらを担う『武士』と呼ばれる者たちと、それ以外の『商人』等の一般人に分けられる。
学園内において、『武士』階級の者たちには、帯刀等の特権が認められている。彼にはこの国の為に一働きしてもらわねばならなかった。
秀忠は一つの紙を差し出した。「帯刀許可証」なるものだった。これはつまり彼に『武士』の身分を授けることにほかならなかった。条件として、なまくら刀を使うことだったが。
構わんと彼は言った。そして、彼は腰の太刀を自身の前に置いた。
「俺の愛刀『
その言葉の端々に、彼の怒りを感じ取れる。この時、秀忠はその太刀が真剣であることを失念していた。
話に一段落がついたところで、秀忠は一枚の写真を彼の前に差し出した。
「何だ? これは?」
「申し訳ないですが、貴方様にはこの者と共に過ごしていただきたいのです」
「コイツの名は?」
「名前は
「ふむ・・・・・・。それで、それと俺が一緒に住むことと何が関係あるんだ?」
「私の勘が、彼といれば真相にたどり着けると言っているもので」と真顔で言われ、キョトンとしていた彼だったが、次の瞬間には大声を上げて笑い出した。
「ふはははははははは! 勘か! 面白い、お前の勘に付き合ってみようじゃないか」
快諾してくれた彼は、秀忠にここの教師と生徒の名簿を持ってくるように告げた。何に使うのかと尋ねると
「一応、ここにいる者達の顔と名前くらいは覚えておきたい」とのことだった。承知したと秀忠は中座した。
彼が戻ってきたのはそれから1分も経っていなかった。
「これが、ここに住まう全員の名簿になります」
受け取った男は、パラパラとそれをめくり始めた。
「ありがとよ」
読み終えた彼は名簿を秀忠に返した。お役にたてたようでと秀忠の顔には笑みがこぼれた。
「ひとつ相談事が・・・・・・」と秀忠は切り出した。何だと男が問えば、秀忠はここでの名前を考えていなかったことを告げた。
ふむ、と男は顎に手をやった。敵の目的が何なのか分からない以上、迂闊なことはできない。こと、男の名は世界に轟く程知られている。それを名乗れば、相手は警戒して尻尾を出さないだろう。ともすれば、ここですごす名はそれだけ重要となる。
さて、何と名乗ろうか。
考えていた男の頭にある人物の名が浮かんできた。その名を使っていた男は彼の先祖でもあり、それは代々の当主が名乗っていた偽名であった。
「秀忠。良い名が浮かんだ」
男の顔が子供のように花を咲かせた。