武士(もののふ)の魂   作:辰伶

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その8 龍の牙は悪を屠るもの。民衆の力は悪を断罪するもの。

 のんびりと、昼の煎茶を啜る宗十郎と真瞳、光姫、由佳里、甲斐、それから結花、由真、唯の三姉妹。それを見てがっくり肩を落とす八雲という画はここ最近の定番となっている。

「ここはー、じいちゃんばぁちゃんのたまり場じゃないぞー」

 棒読みで訴える八雲に連中から「別にいいだろー」の大合唱。説得を諦めた彼は一緒に混じって茶を啜ることにした。八雲堂名物開店休業の始まりである。

 この状態が常態化してもやりくりしていけるのは、水都家の支援や甲斐が商売で得た資金で成り立っていた。加えて、宗十郎による越後屋への出張デリバリーで結構稼いでいたりするが、その半分以上は吉音の食費に消えている悲劇である。

「吉音ぇ! お前今まで食った分ここで働けぇ! 暫く間食抜きだ!!」

 ついに堪忍袋の緒がブチ切れた宗十郎が吉音に私刑宣告したのが一昨昨日の夜である。

「え~!! なんでだよ~」

「やまかしい! お前のせいで店の売り上げがお前の食費に回って大赤字なんじゃ! この穀潰しが!!」

「むっかー! 私穀潰しじゃないもん! ちゃんと八雲のこと守ってるもん!」

「ざけんのも大概にしろや! だいたいお前は―――」

 恒例となった二人の大喧嘩。深夜ということもありご近所の迷惑を考えて八雲は仲裁に入ろうとした。

「「邪魔スンナ八雲!」」

 しかし、恐ろしい形相の二人に睨まれて怯んだ八雲だったが、このままでは八雲堂存亡の危機にも関わると判断した彼は援軍を求めに隣に駆け込んだ。

「結花さん。夜分にすみません! 助けてください!」

 寝起きの結花は八雲から事情を聞き「あらあら」と嬉しそうに困りながら彼と一緒に八雲堂に足を運んだ。

「ほらほら二人とも。今何時だと思っているのですか?」

 横槍を入れられた二人が鬼の形相で振り向くと、結花は般若の笑顔で応酬した。「何時だと思っているのですか?」とその顔で問われた二人は、一瞬にして顔を青くして「すみません」とその場に正座した。

 そこから朝方まで結花の説教は続いた。足がしびれて足を崩そうもんなら容赦なく足に木刀を打ち込む―――いつから持っていたのかは不明―――こと数度、反論などもっての他。日が昇る頃には恐怖と寝不足と疲労が重なり眼が据わり彼女の言うことの半分も頭に入ってこなかった。

「「すみませんでしたぁ・・・・・・」」

 彼女に許されると三人はその場にぶっ倒れてやがて心地よい寝息を立て始めた。

 ちなみに、八雲は「私の安眠を邪魔した」との理由でとばっちりを喰らい二人共々朝まで説教された。

閑話休題(それはさておき)

「八雲や。新さんはどうしたのかの?」

「いつものよーに、南国先生とデート中です」

 嘆息する一同。学力が超低空飛行の吉音は進級できるのか今から不安になってきていた。そういえば、以前店に来てくれた由井雪那という生徒が学習塾を開いていて乙級生徒に勉強を教えているということを聞いたことがあるのを思い出した八雲は、今度彼女の勉強を見てくれるように頼みに行こうと思った。

「何か分かった?」

 宗十郎が問えば「まだ何も」と間延びした声で答える由真。しまりのない会話に辟易する八雲であったが、同時にこんな風にのんびりしている時が一番の至福となっていることに感謝したりする。

「のんびり出来ないけど、見つからないんじゃなぁ」

「そうよねぇ」

 その割には大して急ぐような素振りを毛頭見せない宗十郎と由真。他の面々も同じような反応を示す。八雲堂恐るべし。

「甲斐。山吹側は?」

「貴方様の出張デリバリーが効いて説得にあたっていますわ」

「なら暫くは大丈夫だな。しかしこれ以上は幕府町衆双方に痛手だな」

「そうじゃな。そろそろ酉居の奴が黙っていないはずじゃ」

「けっ。あのクソ野郎が仕切るとなると協力したくなくなる」

「ホントよ! アイツの眼を見ていると無性に腹が立つ!!」

 そうして話が五人組のことから老中酉居の悪口に変わっていた。八雲は嘆息しながらも日頃から彼に対する鬱憤も溜まっていたこともあって彼自身もその話に加わった。

 八雲堂は今日も平和である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結城榮。理事長徳河秀忠の右腕であり、隠密のエキスパートである。加えて諸々のことに関してもかなりデキル者である。

 その彼女が、秀忠から宗十郎のことを聞き彼を助けて欲しいと頼まれた時は心躍る思いがした。何せ超有名人である彼の手助けができるなんて一世一代の誉れであり生涯の自慢にできるものになる。だからいつも以上にやる気が漲り張り切っていた。

「んっふっふー。今回の私は一味違うのですよー!!」

 ハイテンションの彼女は現在町娘となって街を散策していた。

「すまないが、『仕事』と並行して五人組の所在とそいつらの後ろ盾を探してくれないか?」

 昨日宗十郎からこう頼まれた榮は「いやっふぇーい!!」と奇妙な雄叫びを上げてその詳細を詳しく彼から聞いた。聴き終えてから彼はお任せあれと早速準備を始めた。学生服を準備し「御厨初音」という偽名学生証を作成、更には報告がしやすいようにと宗十郎達の店の数十メートル離れた場所にある空家を押さえそこを活動拠点とした。抜かりなくねずみ屋・八雲堂の面々とは挨拶を済ましてあるので、心置きなく堂々と活動ができるのだ。

 そして今に至る。愉しそうに鼻歌を歌いながら街を歩いている彼女に気づいた者が声をかけてきた。

「あら、真崎さん」

「ごきげんよう御厨さん」

 たまたま買い物に来ていた甲斐はあいさつもそこそこにそのまま彼女をお茶に誘った。近くの喫茶店に入った二人は世間話で盛り上がった。すっかり意気投合した二人は様々な話でお互いを理解し合えた矢先、甲斐の口からとんでもない爆弾が投下された。

「嬉しそうですね、結城榮さん?」

 ぶはっと危うく頼んだ紅茶を吹きそうになった榮は思わず甲斐を仰視する。自分のことを知っているのは宗十郎さんだけなのに、なぜ彼女がそのことを知っているのか。たとえ宗十郎が話したとしても、あくまで「御厨初音」は自分の古くからの親友であるということだけで、自分の本名まで明かすことはないはずだ。

「うふふ」

 微笑んだ甲斐は彼女の耳元まで顔を持っていって囁いた。

「わたくしの本当の名は成田甲斐と申します」

 再び口にしていた紅茶を吹き出しそうになった榮は自分の眼と耳を疑った。

 今、眼の前の、女性は、何と、言った?

 成田甲斐といえば、石田三成による忍城水攻めの際、女性のみでありながら正木丹波らと共に戦場を駆け抜け目覚しい活躍をした女武者である。それこそ、巴御前や立花誾千代と同じくらい名が知れている人だ。

 そんな何百年前の人間がどうして眼の前に顕現しているのか皆目見当がつかない。つかないが、榮は思わず頷いていた。

 宗十郎と知り合いということは、つまり次元が違う者達(そういうそんざい)なのだろう。

「あらあら。ショートしてしまいましたか?」

 普通の、人は、いきなり、そんなことを、言われたら、こうなりますよ??なんて、口が裂けても言えないが。

「わたくし、宗十郎様が認めた方のみに本名を明かしているのです」

 その、基準は、一体、何で、判断、しているの、ですか??

「うふふ。こう見えてわたくし、人を見る眼はありましてよ」

 甲斐はまるで榮の心の中を見透かしたように淡々と答える。その基準は全体どういったものかしらと聞きたくなったが止めた。

 それにしても、見た目普通の女の子だ。とても遥か昔に生きていた人とは思えない。一体どんなカラクリが・・・・・・。

「京に住まう皇女を榮様はご存知ですか?」

「京に住まう・・・・・・あー、納得です」

 古の都京都には1000年以上生きている妖怪皇女が住んでいる―――そんな噂が日本中に広まったのはいつの頃だったか。その妖怪皇女は名を由姫といい、宇多帝の御代にその力を存分に発揮した豪傑で、古今東西の英雄達を使役してこの国をあらゆる災厄から守っているという話だ。

 陰陽師が使う『式神』に似ているが違うらしい。転生・復活に等しいようだ。

「あの、こう、簡単に人様に自身の正体をバラすことは如何なものかと」

「協力者は多い方がよろしいのですよ榮様。それに、事は急を要します」

 五人組による物資抑制を引き金とした物価高騰は町民の生活に多大な影響を与え、商人も五人組傘下に入ると入らないとでその差は歴然。民衆の怒りは臨界点に届きそうなまでに溜まりまくっている。暴徒化するのは時間の問題だ。それまでになとしても五人組と黒幕の居場所の特定及び制圧が彼女達に課せられた任務だ。

 祭里や清兵衛、三姉妹にも限度がある。理事長の懐刀に一肌脱いでもらおうというわけだ。最も、彼女自身は宗十郎自身から頼まれていたことなので一向に構わないことだったが。

「それで、私は何をすればよろしいのですか、甲斐様」

「話が早くて助かりますわ。ただ、わたくしのことは呼び捨てで構いませんわ」

 既に世を去ったとはいえ、太閤秀吉側室になった人を呼び捨てとはとてもじゃないができない。

「甲斐さん。私は一体何をすれば?」

「黒幕を追ってください」

「宗十郎さんに同じことを言われていますけど・・・・・・?」

「榮様はそれだけで結構です。五人組に関しては祭里様や清兵衛様達に任せましたわ」

 成程、分担制にしたというわけか。効率を重視してのことと思われる。

「山吹様の報告ですが、もって2日とのことですわ」

 2日とは随分とまぁ時間が足りないこと。並みの人であれば根を上げるか抗議の声を上げるところであろうが、隠密のエキスパートである彼女にとって負担が減るということは時間がその分割けるというものだ。

「榮様。宗十郎様からの言伝です」

 あの人からの言伝とは珍しい。

「これが終わったら店に来い。旨いメシ暮らしてやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「宗十郎さんのご飯が食べたくて、私頑張っちゃいました!!」

 眼をキラキラ輝かせながらずいっと身を乗り出した榮の頭を宗十郎は優しく撫でた。甲斐に至っては、まさかたった半日で黒幕の正体を暴くとは思っておらず呆然としていた。

 ここは、宗十郎が十兵衛と密会で使っている朽ちた空家である。榮からの報を受けて急遽集まったのだ。メンバーは宗十郎・榮・甲斐・真瞳、子住三姉妹、祭里、清兵衛、それと南町奉行逢岡想、北町奉行遠山朱音、火付盗賊改方長官長谷河平良である。

「ちょっと相模! アンタ、一体どういう連中と知り合いなのよ!」

「? 何か問題あるか?」

「奉行三人と知り合いとかありえないわよ!!!」

「由真。それ以上騒ぐとお前が三日前にやってたこと、バラすぞ」

「!? ちょっとアンタ、なんでそれを・・・・・・」

「さぁ、なぜかなぁ?」

 ニヤニヤする宗十郎と、榮。ジト目の他の面々。由真はシュンとして部屋の片隅にトボトボと歩いていき沈んでいた。

「奴らのアジトと正体が判ったというのは本当か?」

「あぁ、こいつらが頑張ってくれたからな」

 えっへんと胸を張る榮と祭里達を見て、本当に宗十郎は人脈が広いと感じる者、彼という人物を疑う者様々であった。

「五人組は大江戸学園近くの商家和泉屋に集まっています。メンバーはこの人達です」

 祭里は五人組のメンバーの顔写真とプロフィールを各々に配り説明した。

「商人連合会という下部組織の連中は、既にこちらで捕縛しました。今は詠美による取り調べが行われているはずです」

「それで、この野郎が、こいつらの黒幕だ」

 宗十郎が投げて寄越したのはある人物が写った写真である。それを見た三奉行の驚愕と失望の表情を見て、宗十郎はここに写っている大馬鹿野郎はこの俺自らが成敗すると決めた。次世代を失望させる俗物は、この世にいらない。社会的抹殺を彼は選択した。

「コイツは、五人組と結託し奴らに対して便宜を図る代わりに連中はこのバカに金を渡していた。さらにコイツは己の職権を使っての横領、陵辱、恐喝その他諸々の悪罪を犯した畜生以下の害虫だ。五人組も同様に恐喝や詐欺といった悪行を重ねている。容赦は無用だ」

 うむと頷く一同。こんな奴らをこれ以上この学園にのさばらせるは百害あって一利なしである。早々に駆逐せねばならない。

「しかし相模よ。この件にはあの越後屋も噛んでいるのだろ? ここに呼ばなくていいのか?」

「そのへんは大丈夫だ。いま人をやってこの件は伝えてある」

 抜かりはないよと語る彼に流石という声は上がらない。それが、彼の当たり前と皆捉えている。

 この時、平良は何故自分達がここに呼ばれたのか皆目見当がつかなかった。これから起きる騒乱と、その場合の我々の役目を彼が知らないはずはない。

「自分がここに呼ばれた理由が分から何って顔してるな」

 思わずギョッとすると宗十郎が何とも意味ありげな笑みを浮かべながら彼女を見ている。

―――そこまで計算していたか

 今回の件は、ある意味幕府に対する「一揆」である。

 五人組は幕府の商関連の一機関を担っているらしいが、そうなったのはつい最近のことだという。今思えばあの金の権化が己の職権を使って無理矢理にでも組み込んだのだろう。

 つまり、宗十郎たちがやろうとしていることは幕府の一員である自分たちに対してこれから一揆をやると宣告しているようなものなのだ。自分達はそういった連中を取り締まるのが役目なので、今すぐ彼らを拘束しなければならない。

 その一方で、こんな連中の為に町民達が苦しい生活を強いられるのが無性に腹が立つ。その苦しみを爆発させ諸悪の根源に襲い掛かる彼らを捕まえねばならぬ道理はない。

「アンタらの立場は承知している」

「ならば何故」

「黙認してもらいたいだけさ」

―――なるほど。

「ったく、相模。お前めんどーな言い方するなー」

「まあまあ遠山さん。相模さんなりの考えがあってのことでしょうから」

「『明後日一揆起こすからお前ら黙って見逃せ』なんて、面前の前で公言しても良かったか?」

 朱音は想像した。奉行所に乗り込んできた宗十郎が先ほどの口上を大声で述べたとする。唖然とする面々、ポカンと口を開け、刹那猛抗議の声を上げる真留を筆頭とした部下達。それを面白おかしい顔で眺める宗十郎。氷点下の悪寒が彼女を襲った。

 この野郎変な想像しちまったじゃねぇかと眼で訴える朱音をスルーして、彼は想に計画を告げた。

 連中が会合するのは明後日の夜7時頃。その頃を見計らって町民商人合せて数百人の一揆勢が襲いかかり連中を一網打尽にするという言葉で言うは簡単なことであるが、実行するとなるとまた難しい。万一に備え、連中はならず者らを金で雇い用心棒として傍に置いているという。その中に、眠利シオンというめっぽう剣の腕が立つという女剣士がいるという。まぁ、聞いた話では町人の鬼島桃子と因縁があるとかないとか。そいつは桃子とやらに任せるとしよう。

「ま、黙認するだけなら造作はない」

「けど長谷河さん。酉居さんが黙っていないのでは?」

「その辺は心配無用。手は打ってある」

 つくづく根回しがいいなと思う一方で、コイツの底知れぬ何かに密かに恐怖を抱く平良。

「ま、よろしく頼むよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・頭が上がらんなぁ。あの人はどこまで見通しているんや?」

「それは、俺も知りたいですね」

 闇夜の越後屋の一室で対面するのは主山吹とその用心棒佐東はじめ、そして八雲ともう一人。

「それに、あんさんとも繋がっているとはなぁ。柳生はん」

「ふふ。私は八雲の臨時用心棒だ。気にするな」

 学園最強の剣士として名高い柳生十兵衛があの相模宗十郎と知り合いであることが驚きではあるが、この計画を彼一人が考えたことに衝撃を覚えた。

「私としては『一揆』を起こしてほしくはないんだがな。幕府(なか)が腐っていたら意味がないからな」

彼女も謂わば幕府側の人間だ。本来なら容認できないが、自分が所属しているところが腐った温床と知ったらからには話は別だ。

「それに、私も一役買っているしな?」

「? 柳生はん。それはどう言う意味です?」

「宗十郎から頼まれてな。『あの小うるさい堅物会計を引きつけてくれ』と」

 あぁ、と山吹は深く頷いた。今回の騒動は間違いなく幕府への蜂起であり反乱だ。そうとなればあの男は真っ先に鎮圧に乗り出すだろう。そして、この機会に気に入らない町民達をありもしない罪をかぶせて一網打尽にするだろう。自分達のことを蔑むあの男なら。

「あの男に潰されるんは、何や癪やな」

「だろ?」

 くくっと笑う二人とは対照的に、八雲は一人不満な表情を顕にしていた。どうしたと訳を聞けば、彼は自分だけのけ者にされている気がしてならないと吐露した。いつも直前になって教えてくれるが、同じ屋根の下で暮らしているのだからそういった事は事前に相談してくれてもいいんじゃないかと。

「彼は彼なりにお前のことを案じているんだよ」と十兵衛は言うが、八雲はどうも腑に落ちない。

「ウチも、柳生はんの意見に賛成やわ」

「え?」

 意外な反応に驚いたのは八雲だ。全くもって意味がわからなかった。

「なぁ秋月はん。アンタから見て、相模はんはどう見える?」

「え? そうですね・・・・・・料理が上手くて、掃除とかも出来て、剣の腕がものすごくて・・・・・・」

「そこでええわ。天狗党の乱、覚えているやろ? その時、どうやった?」

「俺は真瞳さんに守られて、宗十郎は党員を斬りまくってた」

「何でそうしたか。アンタにケガとかさせたくなかったんやろうな」

「そうかなぁ?」

「それに、相模はんは何かを調べている素振りがあるやん」

 こくりと頷く八雲。

「ウチの勘やけど、その調べ物はかなり危険な匂いがするんや」

「・・・・・・」

「そんなことにアンタを巻き込むわけには行かない。アンタは謂わば一般人や。一般人を危険にさらすわけには行かん。『武士』としてのプライドやな」

「俺は別に」

「アンタはそれでええかもしれん。けどな、相模はんはそうもいかんのや」

「どうしてですか?」

「そないなこと、ウチは知らん。相模はんもきっと話さんやろ」

 八雲は再びむすっとした顔になる。やはり納得できない。

「まぁ、聞いてみるだけでもエエのとちゃいますか?」

 彼はこくりと頷いた。十兵衛はそれも致し方なしと静かに肯定し、再び山吹に顔を向ける。

「貴方がたには、宗十郎達と一緒に和泉屋に襲撃していただきたい」

「ふむ、それで、メンバーは誰ですか?」

「宗十郎、新、八雲、上泉真瞳、真崎甲斐、町人達、子住三姉妹」

「また、えらいメンバーどすなぁ」

「八雲と真瞳は退路の確保、残りは五人組を討伐。宗十郎が黒幕を仕留める」

「何や、美味しとこだけ持っていくんやな」

「相手が相手だ」

 十兵衛はあらかじめ彼女の前に差し出していた写真を指で叩きながら不敵な笑みを浮かべた。確かに、今回の黒幕は自分達には手に余るが、何も自分でやらなくてもいいのではないか。彼とて、我々と同じ学生だ。そこまで体を張らなくても・・・・・・。

「『武士とは、その力を己が為に使うにあらず。広く国民の為に使うべし』と、いつだったかアイツが言っていたよ」

「それ、どう言う意味?」

「『力ある者が自分の為だけにその力を使うのは暴力と同じだ。そんな力などクソくらえだ。力持つ者の義務とは、力なき者の為にそれを振るい護ることにある』ことだと私は思う」

 その考えは多分彼女のものだろう。しかし、二人にはそれが宗十郎の言葉に聞こえてならなかった。彼はどこか自分達とは違う視線で物事を見ているように思える。

 それにしてもと山吹は思う。彼を案じているなら何故彼を連れて行くのだろうか。考えが矛盾していないだろうか。それでも連れて行くというのは、きっと彼の性格を察してのことであろう。

「柳生はん。ウチらはどう動いたらええんや?」

 山吹は話を戻し、当日の動きを確認することにした。

「連中明後日夜7時に和泉屋に集まる予定だ。7時半頃に我々は集まり、宗十郎の合図と共に中に突入。後は好き放題暴れてもらって構わない」

「ほほう。連中に商人の恐ろしさを存分に刻みつけられるわけやね」

「ま、そういうことだ。権力に胡座を掻いた馬鹿共に思い知らせる絶好のチャンスというわけだ」

 そう言って十兵衛は山吹に短刀を投げて寄越した。何やこれと訝る山吹に十兵衛は宗十郎からの贈りものだと告げた。何でもある人に頼んで特別な祈りを捧げた物だという。

「銘を『藤朝臣相模守初雪』というそうだ。大事にしてやってくれ」

 山吹はそれを少し眺めてクスっと笑むとそれを腰に差した。十兵衛はそれから同じように八雲にも小太刀を差し出した。彼の護身刀である。

「『藤朝臣相模守八雲』だ」

 受け取った八雲は、何でこれだけ自分の銘なのだろうと疑問に思ったが、特に気にすることもなく山吹と同じように腰に差した。

「・・・・・・ずるい」

 はじめは自分だけ宗十郎からの贈り物がないことに拗ねていたが、フフッと笑む十兵衛が彼女の耳元で何かを囁くと途端にパッと明るくなってそそくさと部屋を出ていった。

「柳生はん。はじめに何言ったん?」

「乙女の秘密だ」

 十兵衛はついに語ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決行の日。

 和泉屋の周りを宗十郎を始めとする一揆勢が取り囲んでいる。皆、息を潜めてその時が来るのを待っている。この家の周りには始め数十名の傭兵がいたのだが、子住三姉妹や甲斐達によって呻き声を上げることなく排除されていた。

 宗十郎は一揆勢をいくつかの小隊にわけそれぞれに小隊長をつけ、町人・商人グループを統括する大隊長を設け彼らに指示を一任することにした。今、彼はその隊長らを集め最後の確認を行っていた。隊長はそれぞれ武に長けた者を任命しているから心配はないが、強敵と対峙した場合はどうするかとなった時の対処として、彼は甲斐か桃子に渡すよう言いつけた。

「眠利シオンは桃子、お前に任せる。それ以外は甲斐に」

「オッケー任せな!」

「承りましたわ」

「いいか、この一揆はある意味戦争だ。だから誰一人欠けることは許されないということ、お前たちの動き一つで勝敗が決することをを肝に銘じておいてくれ。町人グループ大隊長は新、補佐に八雲と真瞳。商人グループ大隊長は山吹。お前達には戦争全体の指揮・連携に専念。小隊長達は大隊長の指示を受けて仲間動かせ。それ以外は自由にやれ。以上だ」

 おぉ、と小さく声を上げる面々。そして、彼らは三姉妹からの合図を待つことにした。

『姫君』

『何でしょうか?』

 宗十郎は、皆にバレぬように甲斐に念話を始める。

『眠利に何か嫌な気配を感じます。鬼島の援護をお願いしたいのですが・・・・・・』

『わたくしは構いませんが、それですと他の方々が』

『清兵衛と祭里には既に話を通しております。ご心配は無用です』

『流石、手回しがお早いこと。それであればよろしいですよ』

『助かります』

 宗十郎は密かに腰の『龍牙』の柄に手をかける。鯉口を切り、刃先を指でなぞり相棒のコンディションを確認する。うむ、絶好調だ。

 静寂の時が流れる。その時が来るまで、気配を消し、息を殺し動くことなくじっとしている事ほど、辛いものはない。特に、こういった隠密裏のものはなおさらである。

 己の行動一つで生死を分けるものほど心臓に悪いことは人生で経験することはほとんどないだろう。

 やがて、塀に人影がぬくっと現れたと思うと、ひらひらと赤い布を靡かせた。合図だ。

 宗十郎はゆっくりと彼らが籠る楼閣を護る大門の前に立つと、その門を蹴破った。

「行けっ!」

 号令の元、町人達の怒りは爆発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄明かりが灯る一室に、五人組ともう一人、今回の黒幕が車座になり、これまでに儲けてきた金をそいつに受け渡した。

「うっほっほ。いつもすまんのう」

「いえいえ。『校長先生』には色々とご迷惑をかけてますから」

 校長瑞野は下衆びた笑みを浮かべて彼らから報酬を受け取る。こんな男が志高い学園の校長かと思うと反吐が出る。創設者への冒涜以外なにものでもない。

 こんなくだらなく最悪な会談を目の当たりにした結花は今すぐにでもこの男どもを抹殺してやりたかった。

 瑞野が五人組に加担したのは、単に己の私利私欲をかき集めるため。自分の権限で本島からの物資などいくらでも融通が利く。それを五人組にぶつけるやあっさりと協力をしてくれた。その報酬が、あれというわけだ。

 これを見たら、歴戦の英霊達はどう思うだろうか。特に、理事長の父上や、『護國神』と謳われた人がこんなさまを見たら・・・・・・。考えたくもない。

 あー、こいつらの汚い声を聞くだけで虫唾が走る。早く合図はこないものだろうか。

 結花はその時が来るのを今か今かと待ちわびた。

「行けっ!」

 やがて、宗十郎の号令が聞こえてきた。あとは手筈通り煙幕を巻くだけ。

―――ちょっとだけなら、いいよね

 結花は彼らのたまり場に煙幕を投げ入れると手にした短刀で腐りきった校長を襲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦場となった和泉屋は、文字通り大混乱に陥った。新・山吹という二大隊長の指揮の下、一揆勢は一糸乱れぬ隊列を組み五人組を襲う一方で、奇襲をかけられ指揮系統が混乱した五人組勢は全く烏合の衆に成り果て討たれるままに討たれている。

 その中で、一際眼を奪うのは眠利シオンという女性剣士である。迫り来る一揆勢を文字通り薙ぎ倒し血路を開いていく。

 何かが違う、とこれまで幾度となく剣を交えてきた鬼島桃子は彼女の変化を肌で感じていた。彼女は確かに人とは違う思想を持っていたし、何故か自分のことを目の敵にしていたし何かと面倒な奴であったが、節度というものは弁えていたし、何より自分に無益は事は一切しない。

 しかし今はどうだ。『一番強い奴になる』という欲望を撒き散らし、狂気に濁った瞳で罪なき人々を狩るその姿は、さながら野に放たれた地に飢えた獣だ。ほっとくと後々厄介なことになるし、何より総司令官―――宗十郎のことを町民達はそう陰で呼んでいる―――から直々に彼女のことを頼まれた手前引くに引けない。

「それ以上はやらせないぜ!」

 自慢の金棒を持って乱入しシオンの意識を自分に向ける。

「キージーマァァァァァァァァァァァァァ!!!」

 野獣の咆哮と向けられた異様な眼つきに怯むも、果敢に立ち向かう桃子は彼女の異変に気づいた。

 生気がない。まるで何かに取り憑かれているように焦点が合っていない。しかし彼女の口からは間違いなく彼女の声が出ているし吐かれる言葉も自分に対するものだ。

「オ前ヲ倒セバ私ノ願イガ叶ウ! オ前ヲ倒セバァァァァァァァ!!」

 発せられる声がなんだか機械音みたいになってきて正直鬱陶しいし、一撃の重みがだんだんと増してきたように感じる。シオンはこれっぽっちも疲れていないようで汗一つかいていない。だが、自分は彼女の一撃を凌ぐ度に体力を奪われ、全身を大粒の汗が流れ落ちる。

「ウガァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」

 最早、言葉にすらならない雄叫びを発し襲い掛かるシオン。対する桃子は体力的に限界に近かった。その為、シオンの一撃を避けるタイミングを逸してしまった。

「やばっ!?」

 そう思ったときには、彼女の凶刃が桃子の眼前に迫っていた。彼女に防ぐ手立てはない。ところが、その凶刃は彼女に届くことなく寸前のところで割り込んできた別の刃によって防がれた。

「そこまでよ」

 闖入者は間髪入れずにシオンの腹部に蹴りを入れて彼女を桃子から離した。それからチラリと桃子を見て懐から一枚の紙を取り出すとそれを彼女の額に貼り付けた。

「な、何・・・・・・」

「じっとしていなさい。その札は疲れを取りますから」

 振り向かずに告げる女の言う通り、どういうカラクリかは知らないが疲れが取れているように感じた。体が軽くなっていくのを覚えた桃子はひとまずその女性に感謝すると共に「アンタは一体誰だ」と問いかけた。

「真崎甲斐。宗十郎から貴方の援護を頼まれました」

 手短に答える彼女の言葉にかぶるように

「邪魔ヲスルナァァァァァァァァァァァ!!」

と猛獣は轟きの声を上げて再び襲いかかる。

「あらあら。躾のなっていない獣ですね」と蔑む笑みを浮かべる甲斐は、名刀宗近でその攻撃を受け流し、踏み込みから放つ横薙ぎの一撃は、狂乱したシオンすら驚く程重いものでたまらず吹き飛ばされた。一体その華奢な身体のどこにあんな馬鹿力があるのか不思議でならなかった。が、今はそんなことを気にしている場合ではない。一刻も早く彼女の暴走を止めなければ。

「鬼島さん。行けますか」

「とーぜん! アンタのおかげで元気百倍だぜ」

「結構です。それでは二人してそこの猛獣を黙らせましょう」

「おうよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 実に呆気ない幕切れであった。五人組は突然何者かに襲撃され負傷し、更に一揆勢が雪崩込み大混乱に陥ったが、金で雇った傭兵達にこの場を任せ逃げようとした。しかし、突如として現れた忍びによって退路は断たれ、そこに乗り込んできた一揆勢に対し、彼らがとった行動は命乞いだった。所詮は貧乏人の暴動であり、金さえ渡せばどうとでもなる。さらに言えば後々何があろうともそれで乗り越えられると感じた。

 しかし、それは全くの逆効果であった。彼らの態度に、八雲、新、山吹を始めとした一揆勢は激昂しその怒りを彼らが虫の息になるまでたっぷりと可愛がってあげた。

 その後、彼らを奉行所に引き渡して五人組の陰謀は幕を閉じた。

 黒幕はついに捕まらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 負傷した右腕を庇いながら瑞野は学園長室を目指して歩を進める。何故自分がこんな目に遭わなければならないのか理解できないでいる。でもと思った。自分の面は割れていない。不幸中の幸いというやつで、万一連中が逮捕されて何か言ってきたとしても知らぬ存ぜぬで通せるし、校長という権限で奴らなどどうにでも処分できる。自分の身は安全だ。

 そう思っていた。彼が現れるまでは。

「どこに行くんですか? 瑞野校長」

 突然声をかけられた瑞野は、眼前に現れた男に対し「誰だ貴様は」と問いかけた。男は嘆息して「自分のとこの生徒くらい覚えとけよ。まぁ名乗る気はないが」と言った。

「そこをどけ。わしは忙しいのだ」

 それを聞いた男は侮蔑の視線を浴びせる。

「何言ってんだよ。今回の黒幕であるアンタを逃すわけねぇだろうが」

 そう言って、相模宗十郎は抜刀した。それがどういう意味か知らない瑞野ではない。

「き、貴様。それがどういう意味かわかっているのか!?」

「黙れよ下郎が」

 その威圧的な声に驚く瑞野。ゆっくりとこちらに向かって歩み始める彼の刀が紅く輝きだした。

「な、何・・・・・・」

「てめぇみてぇな腐った野郎がいると、この国を担う若い奴らに迷惑なんだよ」

 その声には怒りを帯びていて、彼の後ろからとてつもないオーラがあふれ出ていた。その気迫に圧された瑞野はすっかり腰を抜かして無様な姿を晒していた。

 刻一刻と恐怖が近づく瑞野の前で宗十郎の身体が淡い光に包まれていく。

「俺達の築いた国を腐らせる連中は、この俺が許さん」

 淡い光が収まり、瑞野は眼を剥いた。眼前の男は茶褐色の軍服、風に靡く純白の外套、そして、胸に刻まれた家紋。

「龍の逆鱗に触れた罪、その身をもって味わえ」

 振り下ろされた牙は、性根の腐った俗物を屠った。

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