武士(もののふ)の魂 作:辰伶
瑞野校長による一連の事件は、瑞野と五人組を島外永久追放処分ということで一応の決着を見せた。そして、首謀者相模宗十郎を始めとする一揆参加者にはお咎めなしの処分が下った。
当初、老中酉居はこれを機会に目障りな宗十郎一派を駆逐すべく、この事件を利用してあることないことでっち上げ会議の場で訴えた。彼らがいかに危険で学園に多大な悪影響を与える、だから彼等を処分すべきであると。
しかし、大老水都光姫を始めとした者達は彼らのおかげで今回の一件が発覚し、無事解決したのだからということもあり、多数決の結果お咎めなしということになったのだ。
その時の酉居の不満に歪みまくった顔は最高に面白かったと後に平良は語っていた。
『その件はしばらく捨て置け』
御簾の向こうから聞こえる機械じみた声を、酉居は胸くそ悪い表情で聞いていた。彼は声の主にあったことは今まで一度もない。報告があるときに限り、学園の一角に設けられた秘密の部屋に来るぐらいだ。
所謂『大御所』と呼ばれるこの者は、多くの生徒を従えて逐一報告を求めている。コイツが何を目的にしているか知らないが、幕府の中枢にもコイツの部下がいる。何かあれば連絡が行くだろう。
「はっ」
彼は素直に頭を垂れた。
張孔堂とは、由井雪那が乙級生徒の為に開いている学習塾だ。きめ細かでかつ丁寧な指導は定評があり、乙級生から絶大なる信頼を得ている。そんな評判を聞いた八雲と宗十郎は、学業成績が恐るべき超低空飛行で落第寸前である吉音をここにぶち込み、彼女の勉強を見てくれる雪那の指導のもと、成績をなんとかしようとした。しかし、吉音の学力は雪那の指導を凌駕し低学年の問題に素で間違え雪那を困らせるという奇跡を起こした。
「俺はアイツを舐めていた」
「まさかあそこまでとは思わなかった」
横の畳でぐうすか呑気に夢の中に旅立っている本人を前に、保護者の二人は彼女の学力に絶望していた。これは、本格的にマズい。
「このままじゃ、雪那さんが死んでしまう」
「あら、お困りですか?」
そこに現れたのは榮だった。途端に宗十郎と八雲の顔に希望の光がともった。
「天の恵み!」
「初音! お前、勉強はできる口か!?」
「え? えぇ、できますけど」
「「ヨッシャー!!」」
二人して大はしゃぎする理由が分からずポカンとしている榮に宗十郎がこれこれしがじかと説明をする。
「それは構わないのですが・・・・・・」
榮は困惑する。彼女としては、あまり不用意に彼に近づくのを避けたかった。彼女はいわば部外者であり、隠密である。そんな自分が白昼堂々と彼の家に踏み入りあらぬ疑いをかけられては彼に迷惑をかけてしまう。などとあらゆる可能性を加味してなるべくやんわりと断ろうとしたのだが
「ただとは言わない。来た日は夕飯を食っていけ」
「是非やらせていただきます!!」
宗十郎お手製の絶品料理の破壊力には勝てなかった。
こうして、週二回であるが、彼女は吉音の家庭教師をすることになった。
月明かりに照らされる刀身に惚れながら、女性は嘆息する。
彼女が手にする太刀は、見事に彼女にフィットするようにしっくりとくる。漆黒の闇の中に灯る一筋の光のようにそれは存在を誇示している。
この刀を作った刀匠は、刀を作るとき決まって『藤朝臣相模守』と付けているが『先祖代々そう銘打っているからなぁ』と以前尋ねた時にぼやいていたのを昨日のように思いだす。
「良い刀だ」
それも当然といえばそうなのだが、それでもそんな言葉が出てしまう。何でも、彼は部下が来る度にその人に一番見合った刀を瞬時に作ってしまうとして有名であったからだ。本来なら相当な時間がかかるのだが、天下の一族の出であるなら、超次元的な方法でそれを可能としてしまうだろう。
相模宗十郎。彼女の太刀を作った刀匠であり、この学園で特異な存在を表している男だ。
学園最強の剣士であり、謎多き転校生。数多くの最強と知り合いの多い男子生徒。
彼は理事長からの密命によりこの学園に潜入している。内容は知らないが、彼はこの国のために戦っているのは良くわかる。
「敵にはしたくない人だな」
それが、彼女の思いだった。
相模宗十郎は嬉々として茶を啜る吉音を横目で見て嘆息する。
話は少し遡る。いつものように店を回しているとき、輝の瓦版が撒かれた。そこに書かれた記事を見た吉音が突然飛び跳ねたのだ。
「おいこら新。仕事中に跳ねる―――グハっ」
ちょうど突き上げた拳が宗十郎の顔面に直撃し蹲るのを他所に、吉音はピョンピョン跳ねながら「詠美ちゃんと戦える」と口にしていた。
「新、少し落ち着いて―――」
「静かにしろこの小娘がっっ!!」
「みぎゃっ」
鈍い音が店内に響き、頭を抑えて屈む吉音に宗十郎は鋭い睨みを利かせる。
「痛いじゃないかそーじゅーろー!!」
「やかましいこのかしまし娘! お前居候だってこと忘れんなよ!」
「ぶったこととそれカンケーないじゃん!!」
「うるせえよ! だいたいお前は―――」
開店中であり且つ客がいる前で繰り広げられる店員と居候店員による口論。普通の客ならここで気分を悪くして帰るところだが、ここに来る者達はこんなことぐらいでは帰らない。
「いやー、やっぱこれ見ないと一日終わったって感じしないよなー」
「そうよねー。むしろこれが楽しみで来てるもんだしねー」
もはや名物となりつつある二人のやり取りは、幸か不幸かこの店の売上に多大な貢献を果たしている。これまでも彼らの入れる茶や菓子などの評判は然ることながら、向かいのねずみ屋との不定期で開催されるコラボ企画は瞬く間に町中に広がり有名となった。企画が開催されるたびに輝の瓦版に載るので期間中は大忙しであるのだ。
しかし、そのコラボ企画以上に店の売り上げに貢献しているのは皮肉のもこの二人の喧嘩なのである。
「お前飯抜きにするぞ!」
「おーぼーだ! そーじゅーろーのいじわる!!」
「この野郎! どの口がほざくか!!」
口論がヒートアップしてくると、客も心得ているようで被害が来ぬように空いている席に移動し、そこで彼らの口論を楽しんである。
そんな時に来るのは大抵がねずみ屋の三姉妹と、ねずみ屋の客たちである。彼女たちも彼らのイベントが始まると店を一時的に空けて見に来る。彼らを見ながら心の疲れを癒し、明日からの学業に専念する。それが、ここに来る者達の日常である。
無論、止める者は誰もいない。こんな楽しいイベントを止めるバカは彼らにこれまで幾度となく粛清されてきたからだ。
「あらあら。またやってるんですか?」
「おっ、面白そ〜なことしてんな。オレも混ざっていいか?」
「ダメです金さん!」
「ほー。これは楽しそうだな、詠美」
「長谷河さん。そんなこと言ってないで止めてください」
「とかいって、毎回見に来てるよな詠美」
「ぐっ・・・・・・」
それを見に来るのは何も町民だけではない。幕府に名を連ねる奉行や書記長までも見に来る始末だ。それを見た酉居は悪態をついたが、皆「はいはい」と軽く流した。彼の信頼は内部でも超低空飛行であった。
彼女達がここに来るのは、日頃彼から繰り出されているイヤミの鬱憤晴らしのためでもあり、正体不明の転校生相模宗十郎の情報を少しでも得んがためでもあった。光姫お付の由佳里の情報により、彼が『武聖四家』筆頭進藤家の関係者ではないかというところまでは分かったがそれだけである。だから少しでも多く彼の情報を得たいのだ。
「全く。アイツは何者だ?」
誰かのつぶやく言葉に、皆首をかしげて考えるも、その答えが見つかることはなかった。
そして時間はもどる。
宗十郎は吉音にその理由を問うと、彼女は先刻撒かれた瓦版をビシッと彼の前に突き出した。そこには御前試合と銘打ってその内容と来賓者並びに出場者の名が書かれていた。そこにはしっかりと吉音の名前と相手の名が記されていた。その相手が詠美であった。
「でもさー、何でそーじゅーろーの名前が無いのさ?」
「んなもん、俺が知るわけないだろうが」
それも当然の答えだ。こういった類は上層部の連中が決めることであって、一般生徒が関与することは絶対ない。まして、知っていたらそれはそれで問題がある。
「つまんない」
吉音が頬を膨らませて畳に寝そべると、ちょうどその時になって八雲が三人分の煎茶を持ってやってきた。
「気がきくねぇ八雲」
彼が煎れた茶を啜りながらほっこりする宗十郎は同じくほっこりしている二人を見ながら、ため息をついた。
「全くもって、平和だなぁ」
願わくばこんな日がいつまでも続くように。そう彼は願った。
夜空に輝やく満月は人の心にある種の感激を与える。その月を見上げた女子高生は唇を固く締めその瞳に宿す決意を新たにする。その為にこの数年間を過ごしてきたといっても過言ではない。
空色ともいえるショートボブの彼女は眼鏡の位置を直し、腰に佩いた刀の柄に手をかける。
「本気でやるのか?」
闇夜から聞こえてきたのは女の声である。女子高生は声のほうに顔を向けることなく「当然よ」と言い返した。この日が来るのを待っていたといわんばかりに語気を強める彼女の言に、声の主は「そうか」とだけ言った。
「それにしても、貴方から計画に参加したいなんて・・・・・・どういった風の吹き回しですか?」
絶対に参加するはずのない彼女が計画に参加すると言い出した日のことを思い出していた女子高生は、今でも彼女のことを不審に思っている節がある。これまで幾度となく協力してくれたとはいえ、彼女の本心をついに知ることはできなかった。何度尋ねても「思うところがあってな」といってはぐらかされた。最も、それは今となってはどうでもいいことである。
間もなく自分の悲願が達成される。今の彼女はその執念でいっぱいであった。
その姿を見ながら、声の主は静かにその姿を消した。
相模宗十郎はどういったわけか学園の理事長といった役員が座る席に座っていた。その隣には水都光姫がおり、その後ろには銀次が控えていた。何故一介の生徒がここにいるのか。ただでさえ秀忠の奴が顔を隠すのに必死であるというのに、この娘は何を企んでいるのか彼は訝った。
「これは何の冗談だ?」
「ん? 何がじゃ?」
「一般生徒の俺がここにいるのは、お門違いじゃないか?」
「気にするでない」
俺が気にするっての、とは口にはしなかったが釈然としない表情で宗十郎はそっぽを向いた。それを見て面白おかしく笑う銀次にちょっとした殺意を覚えたが、何分ここにはお偉方がたくさんいるから、下手なマネはできない。
まして御前試合の最中であるから、余計である。
「吉音と詠美が戦うのか。見物だなぁ」
「そうじゃろ。滅多にあ奴の剣技は見れんからのぅ」
視線を下に向ければ、その当人達は対峙しており、何か言葉を交わしているように見える。内容は聞き取れなかったがどうも空気は宜しくない方に吹いているらしい。特に詠美は思うところがあるらしく、一方的に敵意をむき出しにしているのが良く分かる。
やがて、合図が鳴り二人の戦いの幕が切られた。両雄の刀が激しい火花を散らし、その実力をまじまじと見せつけた。観客達は二人の剣技に只々圧倒され感嘆の声をあげていた。
「・・・・・・何を急いでいる」
しかし、宗十郎はある違和感を覚えた。それは、開始早々から詠美が飛ばしすぎている気がしたのだ。まるで、誰かに認めてもらいたい一心で必死になりすぎているように彼には見えた。
(何を焦る必要がある。・・・・・・ん?)
宗十郎の第六感が反応した。今二人は剣魂をサポートとして互いの心を激しく燃えさせている。しかし、その剣魂に黒い影が入り込んだのが見えた。その正体までは分からなかったが、何か嫌なことが起きると直感した彼の手は自然と『龍牙』の柄に手をかけていた。
「何か探し物か?」
きょろきょろしている宗十郎が眼に入った光姫が問いかけるも、彼は無視して神経を集中させていた。
その時会場から悲鳴が上がった。何事かと眼を向ければ、詠美の剣魂「タケチヨ」がこちらに―――正確には、父である秀忠に―――突然攻撃を仕掛けてきたのだ。驚愕する面々に、事態を把握し理事長を守らんと光姫は自身の剣魂「スケ・カク」を顕現させたものの、タケチヨの方が早く間に合わない。
(仕方ねぇな)
宗十郎は秀忠の前に躍り出ると腰の『龍牙』を振り抜き、タケチヨの攻撃を斬り裂いた。更に彼は、猛り狂い突貫してくるタケチヨを峰で撃ち落とし、何とか理事長を守ることができた。
「一体何が・・・・・・?」と困惑する秀忠に宗十郎は静かに答えた。
「分かりません。ただ、試合は中止するほかないと具申します。このままではあまりにも危険すぎます。
「う、うむ。分かった」
その後、理事長より試合中止の沙汰が下り、観客たちは帰路に着き、来場したお偉方は控え室へと下がっていった。一方で、自身の相棒が暴走を始め、あろうことか実父を攻撃したことにショックを隠し切れない徳河詠美はその場から動くことができず、平良の肩を借りなければ歩けないほどで憔悴しきっていたという。
「詠美を責めてやるなよ、秀忠」
「分かっております。あれが娘のせいとは思っておりません」
理事のほとんどが帰島した中、秀忠は一人残り宗十郎と対峙していた。彼も、今回の一件には何か違和感を覚えたようで、榮に指示を出して今回の件を探らせている。
「今までにあんなことはあったのか?」
「いや、ありません」
ただ、と秀忠は気になることを口にした。
「タケチヨには何か良くないコードがインプットされていたようです」
それは、タケチヨの行動がどうにも腑に落ちない秀忠が、榮に命じて詠美からタケチヨを回収して調べさせたのだった。ともすると、その良くないコードというのは宗十郎があの時見た黒い影と何か関係があるのかもしれないと思った。
「・・・・・・」
「何者かがアレの中身を改編したとしか」
宗十郎はそのへんについてはよく知らないが、何者かが何らかの意図をもってあんなことをしでかしたのは間違いない。
その時、部屋の中を一陣の風が通り抜けた。窓や襖を開けていないのにもか関わらず吹いたそれに、宗十郎は言い知れぬ不安感が沸き上がった。
「何が起きている・・・・・・」
榮や宗十郎達の努力も実らず、あの事件は何の進展もないまま数日が過ぎてしまった。
その間、宗十郎は八雲堂には出ずにひたすらに今回の件の情報収集に奔走していた。
「・・・・・・宗十郎? 今までどこほっつき歩いていたのかな?」
この日、宗十郎は数日間無断欠勤していた理由を八雲に問われていた。彼に対する連絡をすっかり忘れていた為、羅刹の形相と化した八雲の前に人生何度目かの土下座をしている。
「何の連絡も寄越さないのは、一体どういう了見なのかなぁ? 八雲さん、すっごく知りたいなぁ?」
「・・・・・・」
「黙ってても分からないよ? 言いたいことがあるならいいなよ、宗十郎君」
宗十郎は眼の前の恐怖に何も言えずにいた。いやむしろこの状況下で今の彼に何を言っても私刑確定しているので、このままやり過ごそうか、それでも何か言うべきか迷っていた。ただし、このまま無言を貫いた場合、その恐怖は100倍増しになる。
「八雲様、この度は本当に申し訳ありませんでした」
「謝るならだれでもできるよぉ。八雲さん、理由を知りたいなぁ」
「いや、その、・・・・・・今回の件でちょーっと気になったことがありまして・・・・・・その、少し調べごとを」
「だったら、連絡の一つでも寄越せばいいんじゃないかなぁ?」
「仰る通りでございます」
「じゃぁ、なぁんで連絡を寄越さないのかなぁ?」
「えーっとですね・・・・・・それは・・・・・・そのぉ・・・・・・」
さて、この修羅場と化した八雲堂の店前には、八雲の淹れた煎茶と宗十郎の作る さて、この修羅場と化した八雲堂の店前には、八雲の淹れた煎茶と宗十郎の作る彩最強級に旨い茶菓子を目当てに来た客がいるのだが、これを見て呆然としていた。
「何じゃ? この状況は??」
「さぁな。けど、これは面白い画だな」
「・・・・・・誰か止めてあげましょうよ」
詠美はそう言って止めに入ろうとするが、平良によって左腕をグイッと掴まれてしまいそれができなかった。何するのよと抗議するが、彼女は二ヒヒと笑うだけで何も言わなかった。
「・・・・・・忘れていました、ごめんなさい」
「なぁんで、忘れちゃったのかなぁ? 宗十郎君??」
「ですから、忙しくなって・・・・・・」
「忙しくっても、連絡くらい、できるよねぇ?」
最悪なことに、どう転んでも終わりのない無限ループに陥ってしまった宗十郎は、平時纏っているオーラは見えず、怯えきった子供のようにその場に震えていた。
普段怒らない人間が一度怒るとそれはそれは大変に恐ろしいことになるということを宗十郎は身をもって体感した。それでも、八雲をこの事件に巻き込みたくないと考えている宗十郎は必死に耐えていた。
「・・・・・・宗十郎の奢りで今日ここにいる全員に最高に旨い飯を食わせること。それでチャラにしてやる」
そういうことで、八雲は矛を収めた。宗十郎は良かったと安心する一方で、当分飯が侘しくなるなぁとその懐を見ながら涙した。
その後振る舞われた豪華な食事は訪れたお客の胃袋を十二分に満たしたのだった。
夜になり、宗十郎は八雲が煎じてくれた茶を啜りながら月夜を眺めていた。この数日何の手がかりも掴めないことが非常にもどかしかった。このままではいずれ大事が起きる。そうなってしまっては遅い。早く見つけねばならないがこういった時に限って物事は進まないのだ。
「お悩みですね、宗十郎様」
「いつになくしょげているじゃないか、宗十郎」
いつの間にか彼の両隣に腰かけていたのは何時もの二人である。彼は何も言わずに用意していたお猪口に酒を注いだ。彼女達はそれを一息に胃の中に染み込ませた。それから暫くの間は誰も口を開かずに時が流れるままに身を任せた。
「物事はそうそう上手くいかないものだな」
「それが、人として生きていくということなのでしょうね」
「・・・・・・疲れるねぇ」
ポツリポツリと話す。そこに一陣の風が吹く。宗十郎も酒を注ぎそれを一気に飲み干した。
「未成年の飲酒は法律違反だぞー」
「お前だって、今は高校生であること忘れてんじゃねーぞー」
ふんと黙ってお猪口を彼の前に差し出す。彼も黙って酒を注ぐ。それを飲み干すということを繰り返すこと数度。
「やれやれ」と嘆息した宗十郎はそのままボケェッと月を眺めていた。
「高校生の生活を、俺としてはもう少し楽しみたいんだけどな」
「そうですわね。今も十二分に堪能しておりますからね。貴方様の時代では決してできなかったことですからね」
そうだなと相槌を打ち彼は深いため息をついた。
「ですが、姫君も同じではありませんか」
「はい。とっても楽しいですわ」
「私たちは、この生活を何としても守らねばならんな」
それが、先人として次世代の者たちへの務めと彼らの中では共通認識として通っていた。だから、こんな騒ぎを起こす愚者をこのままのさばらせておくほど、彼らは馬鹿ではない。
自分達がまさに命を張って守ってきた国であるだけに殊国を愛する心はこの国に住む誰よりも強い。故に、彼らの愛する国を踏みにじる行為を犯す者共にはそれなりの『教育』を施す。
「この裏には、必ず『大御所』がいる」
「わたくし達は、何としてもその者を炙り出させねばなりませんわね」
「そうだな。我々三人と・・・・・・」
と、そこで真瞳は言葉を切った。
「そこに隠れている協力者でね」
ビシッと八雲堂の傍に生えている木を指さすと、苦笑いをしながら女性―――結城榮が申し訳なさそうに姿を現した。
「やっぱりお三方を欺くことはできませんか」
「ふふん。俺達を見くびってもらっては困るな」
「そうですわ。貴方様とは『経験』が違いますわ」
面白可笑しく笑う伝説的存在達に、榮はうぅと顔を赤らめて彼らの傍まで寄っていきちょこんと座った。
「ま、飲もうや」
勧められるままに彼女は酒をくいっと飲み込んだ。
「宗十郎さん。吉彦さんの追加情報です」
渡された書類を、酒を喰らいながら一読すると彼はそれを甲斐らに渡した。そこには、深夜に生徒会室に何者かが侵入し金を持ち出す現場と、当日の彼の足取りに関して記してあった。それによれば、吉彦は当日の午後4時までは政務に励んでいたようだが、午後5時に資料室に行くと当時の側近に告げて部屋を出て以降からの足取りが不明であった。彼が部屋を出て資料室に行くまでの間に浚われた可能性が濃厚であった。
金を持ち出したのは吉彦ではない。彼と侵入者は明らかに背格好が違うし、彼がこんなことするはずないと彼を知る複数の生徒による証言がある。無論、彼が仮面をかぶって過ごしていて本性を隠していたことも否定できないが、宗十郎の直観がそう告げていた。
「しかし、貴方様も意地悪な方ですね」
突然、甲斐がこんなことを言い出した。
「いきなりなんだよ」
「八雲様のことですよ」
なんのこっちゃととぼける彼に甲斐はそっとある紙を彼の前に突き出した。このことですよと暗に告げたが、それを見た彼はあぁこれかと合点がいったように頷いた。
「ま、師匠からの試験ってことで」
「御自らは出られないくせにですか?」
「俺が出ちゃつまらんだろうが」
そう言って笑いを噛み殺している彼をジト眼で睨む甲斐に、まぁまぁと真瞳が宥める。
「こいつなりの愛情ってやつだよ」
「えー。でも、八雲さんってまだ習って間もないんでしょ? 大丈夫なんですか?」
榮も少し心配そうに尋ねるも、彼は微笑するのみで何も言わなかった。
「ま、ありがとな榮。これ、報酬な」
と言って差し出したものを見て榮の眼は星のように輝いたかと思うとそれを口に頬張った。幸せそうに顔を綻ばせる彼女を見ているこちら側も和んできた。
「お前らの一族ってのは、ホント料理上手いよな?」
「先祖は知らんが、俺のガキ共の腕は保証するぜ」
誇るように胸を張る彼がどこか面白く、二人は腹を抱えて笑い出した。因みに、榮は宗十郎お手製の褒美を未だに頬張っていて、幸せそうに頬を緩めている。
「あれが出ている間に、生徒会室に忍び込んでネタを探そうと思う」
唐突にマズい発言をする宗十郎に対して、真瞳はまた何でだよと一応のツッコミを入れみるが、それに対する返答は『特に理由はない』とのことだったので、真瞳はやれやれとため息をついた。要は、彼の直観がそう告げているらしかった。こういった時の彼の直観というのは、よく当たることを彼女は知っていた。
「大丈夫ですか? 会長不在とはいえ、警備は厳重なのでは?」
「アーそれなら大丈夫ですよ。私抜け道知ってますから」
至福に浸っている榮がそう言った。
「そうか、君はここの卒業生だったな」
「はい!」
偉い偉いとばかりに彼は榮の頭を撫でた。それを享受する彼女の至福はさらに増してえへへと笑っていた。
「地図もあります!」と生徒会室までの詳細な道を記した地図を取り出すと、彼は余計に頭を撫でた。
「それで、どっから入るんだ?」
「はい! えっとですね・・・・・校舎の裏手に枯れた古井戸がありまして、そこから入ると資料室に抜ける一本道があります。資料室に出て、ここにある秘密の抜け穴から入ります」
そういって彼女は資料室に一角にある本棚を指した。
「ここの後ろに隠し扉があります。ここから生徒会室までは何もありません」
「だが、そうなると、万一生徒に見つかるという可能性は残らないのか?」
「否定はしませんが、マジックミラーが設置してありますので安心ですよ」
一体何のために用意したのか良く分からないが、兎にも角にもこれで他の生徒に見つかるというリスクは減った。後は、吉彦の痕跡を拾い上げてくるのみである。
「ま、私としても、さっさと終わらせてこの学園生活を満喫したいしね」
立ち上がり背伸びする真瞳はにかっと笑って見せ、宗十郎、甲斐も彼女に続いて笑って見せた。
「うし、やっか」
おう、と彼らは気合を入れた。
八雲は迫りくる凶刃をかいくぐり、適度に隠れやすい場所を見つけそこに隠れ、乱れた息を整えていた。
「おーい、あーきづきさーん、祠の陰に隠れてもだめですよー!」
「平賀、おまっ!?」
上空を旋回している平賀輝によってあっさりと隠れていることがスピーカー越しに伝えられ、八雲は息も絶え絶えになりながらも再び走り出した。その時、観客席で談笑しているであろう我が友に向かって心の中から叫んだ。
覚えていろよ宗十郎!!
彼がこう叫ぶのには理由がある。まず、彼が今参加しているのは、生徒会が主催するサバイバルゲームというものであり、勝者には褒美があるとのことである。だれでも手軽に参加でき、参加者の中には思い出づくりであったり、実力を試す場とする者も多い。
八雲はそう言ったことにはまったくの無関心であり、別にいいやと思いいつものように開店準備を進めていたが、宗十郎が学校から帰って来るや「八雲、明日のサバイバルゲームがんばれよー」などとおよそ彼の理解を超える発言をしたので、首を傾げていると「お前の師匠が申し込んでいたぞ」と投下してきたので、彼は思わず自分の頬をつねった。これは夢であるに違いない、と。
しかし、その後に来た師匠柳宮十兵衛から正式に参加する旨が伝えられ、彼は半ば呆然として、直後猛抗議した。自分はまだ未熟でとても生き残る自信がないと。
師匠は言う。別に勝ち残れという意味ではない。確かにお前はまだ未熟だが、今の実録でどこまでいけるか試して来いと。
師匠がそこまで言うのだから渋々承諾して今回参加したのだが、実は宗十郎が勝手に申し込んだと知ったのはゲーム当日だった。それも、口やかましい平賀輝のオフレコ情報誌からである。
今恨んでも仕方ないが、それとは別に面倒なことが起きている。
生徒会の中でも最強に評判の悪い酉居が参加しているのだ。それも取り巻きを引き連れて。
酉居は手ごろな相手を見つけると取り巻き達が彼らを始末していく。自身は一切手を下すことはない。取り巻き共は彼らで連携を組んで確実に相手を仕留めている。
さて、八雲は現在橋の手前で一人の生徒と剣を交えていた。
「悪いがここで消えてくれや!」
「誰が消えるか!」
鍔迫り合いを続けていたが、やがて実況を聞いたのであろう、酉居の取り巻き共が彼らの姿を発見した。
「なぁ、ここは戦略的撤退といかないか?」
「奇遇だな。別にあいつらが怖くて逃げるわけじゃないぞ?」
息を合わせて脱兎のごとく逃げ出す二人は互いの健闘を祈りつつどうにかして生き残こる為に普段使わない頭を必死に働かせていた。
この戦いに勝ち残る為にはどうしても避けられないのが酉居の腰巾着共である。あいつらをどうにかしないとならないのだが、連中は酉居の周りを離れることはない。何とかなして各個撃破すればまだ勝機はあるかもしれない。
「八雲さん」
突然後ろから声をかけられて思わず声をあげそうになった八雲の口を慌てて誰かの柔らかい手によって塞がれた。
「八雲さん、しっですよ」
「ふぁいふぁん」
人差し指を唇に当てて片眼を瞑る甲斐を見て、八雲はほっとした。彼女が参加していることがどれほど心強いことか。あの宗十郎と同格の実力を持った女性で、それでいてすごく優しく、八雲の清涼剤的存在だ。
ていうか、参加してたんですね、甲斐さん。一体いつ申し込んでいたのだろう。
「厄介ですわね。あの者達」と呟く甲斐は、自分達を探している取り巻き共を横目で見ながら嘆息する。
「酉居さんには心底呆れてしまいますわ」
同じ
「アレはヤクザですわ」
殆ど断言するような言い方の彼女は、既に柄に手をかけていた。依然聞いたことのある、名刀中の名刀であるらしいその太刀は女性には不釣りあいであったが、なぜか彼女が持つとさまになるのは何故であろうかと、時折彼は疑問に思った。
最も、彼自身も酉居に関しては心の奥底で何百回もぶん殴りたいと感じていたのでうむうむと深く頷いていた。
「一度、このわたくしが自ら成敗したいですわね」
その不気味なくらい恐ろしい笑顔に八雲は密かに恐怖した。
「まずはあの者共を駆逐いたしましょうか」
そう言って、甲斐はポケットに手を突っ込むと、そこから小刀を数本取り出した。そんなものをいつも彼女はそこに仕込んでいるのかと疑問に思ったが、彼女は宗十郎と同種の規格外の存在であると認識している八雲はそれ以上何も聞くことはなかった。
好き好んで自ら地雷を踏みに行くようなアホではない。
「平賀さんに聞いたら、身体の一部が刃物に触れると失格だそうですわ」
その眼はまさに狩人。
それにしてもと思う。さっきはあんなにやかましかった輝の実況がぱたりと止んでいる。ヘリコプターは上空を旋回しているのだが・・・・・・
「平賀さんには、少し黙ってもらいました」
八雲はうんと頷いて黙った。確かにあれは有難迷惑の何物でもない。が、一体どうやって彼女を黙らせたのであろうか。
さて、と甲斐は獲物に照準を合わせるが如く小刀をセットした。当然になまくらではあるが、当たると痛いのは変わらない。
「ぎゃっ!」
一人が呻いた。途端に彼の取り巻き達が狼狽し辺りを警戒し始めるが、甲斐の正確無比な攻撃は彼の取り巻き達を一人一人脱落させていった。そして、酉居と一人の取り巻きを残して残りは脱落してしまった。
「あら、そんなに取り乱して。彼らがいないと何もできない木偶の坊でしたか」
しっかり酉居を挑発しながら茂みから出てきた甲斐に殺意の視線を送り
「女如きが、この俺に歯向かうのか?」
「別に。私は貴方如き小者に歯向かっている気はさらさらないですが?」
酉居が怒っているのが面白いようにわかる。憎悪に満ちた視線で彼女を睨んでいる。まぁ、彼の言う一般庶民に選民階級である武士が侮辱されたのだから致し方ないが、こちらはこちらで彼に対する怒りが溜まっており、今日は絶好のチャンスである。
「確かに、今のアンタに何言われてもなーんにも感じないわ」
日頃の諸々が溜まっているのは八雲も同じであった。
榮の案内で宗十郎達は学園の秘密通路をひた走る。平和な学園生活を脅かす『大御所』の正体を白日の下に晒す為の手がかりを得るために。
ここに来るまでの間、彼は方々の手を使い吉彦を始めとしたこの学園の生徒に関する情報を集めていた。
それによれば、吉音が火を恐れる理由は、幼いころに火災事故で両親を亡くした事によるとか、その火災事故に逢岡想が関わっていたらしいとか、同心の仲村往水が以前瑞野や酉居によって酷い目に合っていたなど、生徒達の闇が明るみに出た。更に、吉彦は失踪する前に何かに気付いた、というらしい。
思案している間に彼らは目的地についたようだ。榮が歩みを止めた。
「ここです」
そういって示されたところにはマジックミラーがあり、そこから生徒会室が丸見えである。
榮がドアに手をかけようとしたその時である。その手を宗十郎が止めた。
「待て。誰か入ってくる」
人差し指を唇に当てて声を上げるなと皆に眼で合図する。すると、彼らの前に部屋に入ってきた。その姿を見た彼らは息を呑んだ。
「さて、アイツが隠したものはどこのあるのかなぁ」
そいつは、部屋の中を眺めながら何かを探していた。時折引き出しの中とか、机の上に乗っていた書類等をまき散らしながら。しかし、目当てのものが見つからなかったようで、次第に顔つきが変わってきた。
「クソッ! あのガキ、どこ隠しやがった!?」
それは、普段の姿からは想像もできない口調。
「あのガキがアレを隠しやがってせいでアタシの計画は台無しだ」
そう喚き散らす彼女は、彼の部屋にあったものを八つ当たりと言わんばかりに当たる。
「こうなりゃ、例の計画を早めるか。由比のガキに・・・・・・」
そういって彼女はぶつくさ言いながら部屋を後にした。彼女が出て数分してから彼等はゆっくりと部屋に入った。
「おい、一体どうなっているんだ、これは?」
宗十郎は訳が分からなくなっていた。一体何がどうなっているのか、それは彼女たちの同じ様に戸惑っていた。
「吉彦が失踪された原因は、そいつの正体を知ったからか?」
信綱の発言に皆は首肯する。
生徒会室は、奥の窓側に執務席があり部屋の中央に長テーブルと椅子が置いている。おそらくはここで会議が開かれていたのだろう。左右の壁には書棚が設置してあり、中には政治・経済から始まり歴史・風俗など様々な書籍が綺麗に並べてある。綺麗な状態で保たれており、誰かが定期的に掃除しているのだろう。
「一応、カメラをつけておきました。誰か来たら分かります」
「よし。なら、一旦状況を整理するか」
宗十郎の号令のもと、一行は席に着いた。
「征夷大将軍徳河吉彦は、幕府の金を横領し謎の失踪をした」
「聞いたところ、生徒達からの評判は良かったにも拘らず、突然今回のようなことが明るみに出たのは事実」
「失踪の原因は一切不明。当初は横領の発覚の恐れてのことと思われた」
「外界に出た形跡はなし。この島のどこかに隠れている可能性が高い」
むしろ今までそのような黒い噂が全く出ていないことに不審な点がある。それほどまでに彼は隠し事がうまかったのか。
「横領が発覚したのは、吉彦が姿を消した直後なのだな?」
「以前お見せした資料の通りです」
「分かった。ということは、あの女が金を持ち出した犯人とみてよさそうだな」
それは彼ら全員が目撃していることから明らかであるが、彼女は何を探していたのだろうか。
「榮さん。あの女の事、調べてくれないか?」
信綱は榮にそう言った。宗十郎が何故だと尋ねると、信綱は何となくと答えながらもその理由を答えた。
「女の勘が怪しいと告げているのさ」
ふぅんと頷く宗十郎は何となしに部屋を見渡した。パッと見た感じ、特に変わった感じは見受けられない。
全体あの女は何を探していたのだろうか。『アレ』とは一体何だったのだろうか。彼女の計画に致命的な何かを吉彦は隠した。それがこの部屋にある。何としても、あの女より先にそれを見つけなければならない。
「・・・・・・ん?」
ふと、彼は壁際にある本棚が気になった。普通に見た限り、綺麗に整頓された本棚であり気になるところは何もない。
しかし、彼は何かが引っ掛かった。直感ともいうべきだろうか、とにかく気になった。
「どうした宗十郎。さっきっからじっと本棚見てるけど」
「いやなぁ、なーんかそこの本棚が気になってな」
「本棚ぁ? 別に何も無さそうだぞ?」
「まぁ、そうなんだがなぁ」
そう言いながらも腰を上げて真っ直ぐに本棚に向かっていた。じっと見ているが、特に変わった様子もない。
「気のせいだったかなぁ・・・・・・ん?」
あるところで彼の動きは止まった。その列に並んでいたのは政治に関するものである。
ア行から綺麗に整頓されているのに、そこだけその基準から外れていた。
「・・・・・・」
それを手に取った宗十郎は試しに本を開いてみた。すると、そこから何かの紙切れがひらりと落ちた。落ちた紙切れを拾い上げると、何かの記事であるようだ。
『未明の火災。3人が死亡』
記事にはそう書かれていた。宗十郎は食い入るようにその記事に眼を通した。その記事によると、この火災により死んだのは徳河吉音の両親と身元不明の三人であるという。以前十兵衛に手渡したものよりもそれは詳細な内容が書かれていた。
(だから、アイツは火が苦手なのか)
この時の出来事が彼女のトラウマとなっているから、彼女は火を恐れていたのかと得心した。
記事は詳細ながらも端的にまとめられていていた。どうやら火をつけたのは幼い少女であったらしい。ただし、その理由などは一切書かれていなかった。ただそこから火をつけた人が誰か、彼には見当がついた。だから、あんなにまで彼女の幸せだけを願っていたのだ。
さらに次のページをめくると、一枚の紙が挟まっていて、どうやらそれはメモ書きであるようで、これは吉彦が書いたものであるようだ。
『記事にある、身元不明の焼死体は、卒業生“飛鳥鼎”であるようだ。なら、ここにいる彼女は誰だ?』
『最近、幕府の資金が何者かによって横領されている。また、不正が横行している。差し金は誰だ?』
『アイツの正体がわかった。アイツはこの学園を乗っ取り日本を支配する気だ。だが証拠がない。何としても証拠をつかんで奴の計画を阻止してやる』
走り書きにはそう書かれていた。宗十郎は何も言わず、その紙切れを榮達の前に投げて寄越した。それを見た彼女達は驚きの声を上げた。彼は構わず本のページを捲っていった。
『これを見つけた者よ、奴の計画を止めてくれ。あるモノがないと奴の計画は成り立たない。それはある人物に預けてある。その人を守ってほしい』
そこで彼の言葉は終わっていた。しかし、肝心な『モノ』を預けている人のことが書かれていない。これでは守りようがないではないか。
(奴の計画・・・・・・。日本を乗っ取ろうとしている『大御所』、か。計画の証拠は記されていないが、彼は何かをつかんでいる)
「これからすると、吉彦は信頼できる誰かにそれを預けたみたいだな」
後ろからしっかりと盗み見た信綱はふむふむと見ながら何か考えているようだったが、宗十郎は気にせずそれを他の面々に見せた。
宗十郎は嘆息してソファにどっかり座り込み、ゆっくりと眼を閉じた。
「疲れているな」
「・・・・・・まぁ、色々あったからな」
信綱は彼の隣に座ると頭にそっと手を置いた。焦らず生きようやとでも言いたげに。彼は生き急いでいるように見える彼女は、彼には今の人生を謳歌して欲しかった。
「心配ありがとよ」
「およ? お前から礼の言葉を聞けるとは思わなかった」
「どんだけ俺は薄情な奴に見えてんだこの野郎」
「いやいや、お前も少しは成長したなと」
「・・・・・・俺は礼を言うべき時にはいつも言っていたぞ?」
「にひひひ。まぁいいじゃないか」
「よくねぇよ」
こいつ、と宗十郎は信綱の頬を引っ張った。何すると文句を垂れても構わず彼女の頬を弄った。
さて、そんな様子を眺めていた榮は苦笑いしながら、テーブルに置いてあった菓子を頬張った。
もし世間の人がこれを見たら何と言うだろうか。最も、この人がかつてこの国を救った超有名人であることを知る者は一握りしかいないだろう。それこそ、ここの創設者早雲と知り合いであるということも。
「さて、暇だし・・・・・・」
榮はそう言ってノートとペンを取り出しサラサラと書きだした。
将軍吉彦は切り取られた記事から『大御所』の正体、その過程で『大御所』の目的を知り、『大御所』の計画を阻止しようと決心した。彼は調べていく内にその計画にはあるものが必要であることが判明して、彼はそれをとある人物に預け、万一に備えた。
『大御所』が日本を乗っ取ろうとしている証拠と彼が預けたモノを持っている人物の特定―――これが当面の目標となるだろう。
しかし、と思う。知らないとはいえ、この国に喧嘩を売ろうなんて考えるバカがいるとは思わなかった。世界最強の『武聖四家』を筆頭に『あの方』の意思を受け継いだ弟子達がまだ現役であるのだ。
「清兵衛君と祭里さんに三姉妹の人達にも、手伝ってもらわないとなぁ」
まぁ一人でできるとは思えないしねぇとぼやきながら榮はてきぱきとその段取りを取っていく。これはこの学園に住まう者達の手で解決をしなければならないものであり、これ以上彼らに迷惑をかけてはならない。彼らは気にするなというであろうが、それはそれである。
「全く、宗十郎は加減というものを知らないな」
そんなところにぶつくさ言って戻ってきた信綱は、頭を掻きながらどっかりとソファに座った。
「宗十郎様は?」
ほれ、と指の先には心地よく眠る彼の姿であった。
「おや? そんなに疲れていらっしゃったのですか?」
「まぁ、アイツはアイツなりにこの国を思っているからな」
「・・・・・・信綱様。何故、あの方はここまで尽力くださるのでしょうか?」
その疑問に、信綱はぽっつりと答えた。
「・・・・・・そうさな。戦友との約束、かな」
酉居葉蔵は、眼の前で起きていることが理解できず、ただ茫然としていた。
彼は、武士の身分にあり名族の血を引く自身こそこの学園を治めるに相応しいと考え、この日の為に信頼する精鋭数十名に声をかけ臨んでいた。自分が頂点に君臨すると考える彼にとって、詠美という小娘の存在は邪魔以外の何物でもないし、町人風情がここに出てくること自体おこがましい。ここはひとつ身の程を思い知らせてやろう。
「どう、なっているんだ??」
しかし、彼の眼の前では、彼の予想外の事態が起きていた。自身が集めた実力者数十名が、たかが町人、それも一人は女によってこの大地に無様な姿を晒していた。
「あらあら。情けないわね。この程度の実力で侍を名乗るなんて程度が知れるわね」
クスクス笑いながら立ちはだかる女。息一つ乱さず立ちはだかる障害。すでに彼の怒りは爆発寸前である。町人風情に自分が虚仮にされたのだ。
「貴様ら、タダで済むと思うなよ?」
「あら? 貴方如き小者に何ができるとおっしゃるのですか?」
町娘のこの言葉に彼の頭の血管が隆起した。これ以上の侮辱は彼にとって我慢ならないものである。
「あら、そんなに取り乱して。彼らがいないと何もできない木偶の坊でしたか」
「女如きが、この俺に歯向かうのか?」
「別に。私は貴方に歯向かっている気はさらさらないですが?」
酉居が憎悪に満ちた視線で彼女を睨んでいる。まぁ、彼の言う一般庶民に選民階級である武士が侮辱されたのだから致し方ないが、彼女は彼女で日頃の鬱憤が溜まっている為気にすることはない。
「確かに、今のアンタに何言われてもなーんにも感じないわ」
そう言ったのは彼女と一緒にいる男子生徒だ。
「貴様ら・・・!!」
柄を握る手に自然と力が籠る。
「悪いけど、今のアンタに負ける気がしないね。お山の大将さん」
その一言に酉居はついにキレた。我を忘れて放たれた斬撃を男子生徒は難なく自身の剣で受け止めた。その後も酉居の猛攻は止まらない。傍から見れば出鱈目に剣を振るいそこに武士の姿は見えない。怒りのままに拳をぶん回す子供のようであるが、男子生徒はその出鱈目な剣を受け止めるだけである。
不思議と、八雲には彼の太刀筋がまるでスローモーションのように分かり、いなすのが楽であった。師匠宗十郎の人知を超えた高速の剣を何百とその身体に打ち込まれたからであろうとは思うが、しかし、その結果はしっかりと出ていた。
彼の成長を一番喜んでいるのは彼の師匠ではなく、甲斐であった。それと同時に、己に流れている血の上に胡坐を掻き他者を見下している零落れた名族達に深く失望していた。
(これがかつて名を馳せた一族のなれの果てとは・・・・・・。姫様がご覧になられたらどう思われるかしら)
おそらくは嘆息した後に自ら粛清に出向くことだろう。粛清とまでいかなくても一生モノのトラウマをきっちりと刻み込むだろう。
そのなれの果ては、たかが町民である八雲に己の剣が全く当たらないことに更に苛立って力任せに、まるで殴りつけるように振るっている。
「酉居の名が聞いて呆れるや」
八雲は彼の剣をいなしながら攻撃をするが、八雲の攻撃は酉居によって乱暴に払われた。腐っても武士である酉居とこれまで剣に触れたことのない八雲とでは素地が違う。元々当たるとは思っていなかった八雲は攻撃をしながら彼の一瞬の隙を見つけるべく神経を集中させていた。
それと同時に、彼はある日の鍛錬の日々を思い出していた。
その日は珍しく十兵衛と宗十郎の二人が揃って指導してくれたことで彼の脳裏に焼き付いていた。
「いいか八雲。相手に勝つには、相手の隙を見逃しては駄目だ」
「隙・・・・・・??」
首を傾げる八雲に、二人の師匠は優しく語りかけた。
「いいかい八雲。どんなに強い相手でも隙というものはあるんだよ。勿論、私や宗十郎にもある」
「嘘だよ師匠。隙なんて全然無いじゃないですか?」
「それはお前が気付いていないだけだ。俺自身、知らない癖だってあるんだぞ?」
「知ってると思うが、人間は完璧な奴などいない。何かしら欠点があるもんだ。それを見つければ、お前でも俺達に勝つことができる」
彼らはそう断じた。
「強敵に出会ったら、まず『視』ろ。そいつの剣の特徴、動き方、全てだ。が、最初は剣の特徴、動き方のどちらかに神経を集中させて視るんだ」
「・・・・・・」
「この先、お前が大切な人を守る為にその刀を振るうなら、必要なことだ」
「忘れるなよ八雲。お前が手にする刀は誰かを倒すためにあるんじゃない。誰かを守る為に振るうんだ」
全く難しいことを注文してくれて、しかも勝手にエントリーして挙句には強敵と対峙するなんてどれだけ俺の師匠はスパルタなんだよ。大体あの人は・・・・・・
そんな愚痴を頭の中で呟いているが、八雲はしっかりと酉居の動きをその双眸に捉えている。
「逃げるだけか、腰抜け!」
そんな彼の罵声など右から左に聞き流し、時折攻撃を繰り出し、避けるを繰り返しながら、八雲は酉居が隙を見せるであろうその一瞬を待っていた。
『隙を見せなければ、隙を見せるように仕向ければいいんだよ』
十兵衛がそう言っていたのを思い出した。自分がされたら嫌だと思うことを相手にとことんやってやれ、そうすれば相手が苛立って何かしらのヘマをやらかすであろうからそこを突けと。
実際、八雲のいやらしい攻撃によって酉居のストレスは溜まる一方でありその為か攻撃が段々と粗くなってきたように見える。その分、一撃に対する重みは増している。いなす度に腕にその衝撃が伝わり、何度『相模守八雲』を落としそうになったことか。しかし、これほどまで自分の手に馴染む刀を宗十郎はいつの間に作っていたのだろう。
「腰抜け! 勝負しろ!!」
うるせぇなぁと流しつつ、八雲は彼の攻撃を受け続けていたが、ついに彼が大振りに刀を振るった。隙を見つけたのだ。
「そこだぁ!」
八雲はありったけの力を込めて彼の腹に横薙ぎの一閃を放った。
「お見事」
呻き声をあげて倒れ伏す酉居。その瞬間湧き起こる大歓声。
「ほっほう。腕を上げたようじゃな八雲は」
「そーねー」
ライブ映像で見ていた光姫は感嘆の声を上げ、一緒に見ていた由真はどうでもよさそうに声を上げる。その口々から彼に対する絶賛と酉居に対する罵詈雑言が発せられるあたり、酉居の評価は奈落の底まで下がっているのが手に取るように分かる。
「酉居の奴にはいい薬じゃな」
「そうでしょうか。むしろプライドがズタボロにされて恨みに思うのではないでしょうか?」
「その時は、宗十郎がシメるじゃろ」
「そーですか?」
「うむ。あの者は真の武士じゃからな」
そうなんですかと、由真が問えば、光姫はふふんと笑むだけだった。
ただ、彼女は妙な胸騒ぎを覚えていた。それも、何かよろしくないことが起きる可能ような不吉な方の。
(何じゃ? この妙な感じは・・・・・・?)
由佳里はある一つの書を見て愕然としていた。その書を見て彼女はついにその望みをかなえた。と同時に、それは絶対にありえないと思った。もし、ここに書いてあることが事実であるなら、彼は60年以上前にすでにこの世にいないはずである。仮に生きていたとしても老人であるはずで、あんな若い姿でいることがそもそもおかしい。
彼女は改めてその本を手に取った。これは彼の下で副官として彼と行動を共にした人物が回想録として書き記したもので、ほぼ事実で固められていて、彼を正しく知らせる唯一のものといってよい。彼は正しく『武聖四家』進藤家に名を連ねる者だ。しかも、世界に知らぬ者がいないほどの超有名人だ。
「その人がどうしてこの学園に・・・・・・?」
不思議な話だ。もし、彼が生きていたとしたら何故この学園にいるのだろうか。理事長はこのことを知っているのだろうか。目的は?
考えてみると分からないことだらけである。まさに謎の転校生である。
思い返してみれば、自分たちは知らなかったとはいえそんな大人物に礼節を欠いた接し方をしていたということになる。その事、彼は気にしたりしていないだろうか。
ものすごく色々な事が頭を巡り考えがまとまらない。そこで彼女は自身の頬を思いっきり引っ叩いた。
「っつ~~~~!!!」
思いの外痛かったので眼に涙を浮かべてそれに耐えた。その痛みのおかげで彼女は冷静になれた。ふぅ、と一息ついて彼女は落ち着いた。
彼は進藤一族の人間で、何らかの事情がありこの学園に『転校』してきた。そして、その目的の為に暗躍していると考えた。つまり敵ではない。
「―――光姫様に報告しなきゃ」
サバイバルゲームは八雲の優勝となり、褒美として食券のタダ券1年分をもらった。その帰り、合流した宗十郎に早速吠えかかりそれをなだめる甲斐、事態をややこしくする吉音、そこから始まる宗十郎と吉音のコント、それを見て笑いこける光姫と真瞳達といういつもの光景がそこにはあった。
それを遠巻きに見つめる四つの光があった。その内の二つの光は憎悪に歪んでいて、敵意を剥き出しに睨んでいる。残りの二つにはそういった負のものはない。その代り哀愁に満ちていた。これから敵に回す者達を思うと、とてもじゃないがやりきれない。
しかしそれも、この学園を守る為。その決心に揺らぎはない。