武士(もののふ)の魂   作:辰伶

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その10 大老水都光姫と英雄

 大老・水都光姫。側用人徳河詠美の一族であり、現幕府の権力者の一人である。重要案件以外は基本会議に出ない変わり者であり、平時は伴を連れて街を歩いては気になる店に立ち寄り、それを「みとらん」として紹介している。美食家として名が知れている彼女の本に掲載されることは大変名誉な事である。

 殆ど会議に出ないので、殊酉居葉蔵から小言を言われているが、彼のことを毛嫌いしている彼女は彼の小言を右から左に流していた。しかし、その事が彼の権力を大きくさせていることもまた事実であった。彼女にとっての唯一の汚点だった。

 最も、高校生である彼女にちゃんとやれというのも無理な要求である。多感な時期でもあり、そもそも未熟な彼女に責任を押し付けるのは如何なものか。

 そんな彼女が興味を惹いた存在(じんぶつ)がいる。

 相模宗十郎と言う転校生の事である。

 転校早々、天狗党の乱で自慢の剣術で反乱分子を薙ぎ倒し、五人組による騒動では町人達をまとめ上げ彼らの企みをぶっ潰した。平時では同級生秋月八雲と徳河宗家の娘である徳河吉音こと徳田新が一緒に住む『八雲堂』で極上の菓子を振る舞い、向かいの『ネズミ屋』とコラボ企画を行ったり、吉音が設置した「目安箱」の投書の依頼をこなしたりなど、傍から見ればちょっと忙しそうな普通の高校生だ。

 しかし、光姫は違う感覚を覚えた。

 相模宗十郎はどこか纏っている空気が高校生じゃない気がしていた。歴戦の戦士というか、老獪な策士というか、ともかく異様だった。達観していて、何もかも見透かしているようで、時折見せるふざけた行動は彼と言いう存在を分からなくさせていた。

 興味を持った彼女は従者のじごろう銀次と八辺由佳里に彼の調査を命じた。しかし、その調査は難航した。

 まず、銀次は彼がよく夜間に誰かに逢うために抜け出していることに注目し、誰に逢っているのか確かめるべく尾行しようとした。だが、忍びの名人の域に達していた彼をもってしても簡単に撒かれてしまったのだ。

 その彼をして、「アイツはどこか得体の知れない化け物」という評価だった。その一回を持って化け物呼ばわりはどうかと思ったが、彼の勘が何かを訴えたのは分かった。

 一方の由佳里は彼の出自から調べることにした。すると、彼の経歴は全くの出鱈目でありその一切が不明であったらしい。そして、彼女自身の独自調査により宗十郎は『武聖四家』の一つ、進藤家に連なる人物であると彼女に報告した。

 進藤家は、古からこの国を特殊な力で守ってきた名家であり、世界の元首達が最も恐れている一族である。今、光姫の頭にぱっと浮かんできた一族の名は宇田帝の皇后由姫(よしひめ)、室町幕府後期の当主龍将(たつまさ)、戦時中の当主龍彦の三人だ。日本では名の知れた者達だ。当代でも、龍造・龍一・龍二の三人が剣道と槍術の頂点に君臨している。しかし、長兄龍一は不慮の事故でこの世にはもういない。

 彼の調査は、五人組騒動の際に一度中断の指示を由佳里にしたが、彼女は密かに調査を続けていた。

 その結果、彼女はある本から彼の正体を発見した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある昼下がりの日である。学園近くにある水都邸では主従三人が和室で対峙していた。その表情はどれも真剣そのもので、彼女達の前には一冊の本が置かれていた。

「ハチ。お前さん、本気で言っておるのか?」

 尋ねる主人は疑いの眼差しで由佳里を見るが、彼女は真剣に答えた。

「間違いないと思います」

「けどよぉ。ありえないだろ普通?」

 冷静にツッコミを入れる銀次にムッとした顔で由佳里は睨む。

 理由がある。

 この日、由佳里から話があると言って光姫を訪ねたのはつい30分前だった。時間を取り、銀次も呼んで彼女の話を聞いた。その話があまりにも荒唐無稽でとても信じることができなかったのだ。

 彼女の話とはこうだ。『相模宗十郎は元大日本帝国大元帥・進藤龍彦ではないか』というものだ。それを聞いた二人は即座に否定した。それは絶対にありえないと。

 進藤龍彦とは、第二次大戦時期の進藤家当主の名である。

 陸軍学校を卒業後大佐として帝国独立機動軍にて日中戦争に参加。その後、昭和天皇より帝国大元帥に任命され、極秘任務を帯びて戦艦『長門』に乗り込みアメリカへ向かう途中、忽然と姿を消し、以後、消息不明とされている。

 彼の部下には、後に首相となる神岡義郎や皇族の高円宮邦仁、元統合幕僚長山崎篤麿、伍菱銀行元頭取前野雅臣といった彼の意思を継いだ者達がこの国の発展に貢献してきた。

 『公式』では、彼は死んだことになっているが、実際進藤龍彦の消息を知る者は誰もいない。

「仮におぬしの言っていることが本当じゃとして、(くだん)の人物が生きているとしたら(よわい)80を超えているのではないか?」

 光姫の言う通りである。仮に龍彦本人が生存していたとしたら、80歳以上になっているはずで、既に老人となっているはずである。それが、自分達と同じ背格好であるはずがないのだ。

「ですが、これを読むと彼がそうじゃないかと思えて仕方ないんです」

 そう言って、由佳里は眼前に置かれた本を指さした。『あの日あの時』なる表題のそれは、元統合幕僚長山崎篤麿が記した戦中の記録であった。彼は進藤大元帥の補佐官として共に行動してきたようで、大元帥との出会いから別れ、その後の事まで事細かに記されている。彼の素顔が書かれている希少な書である。

 光姫は試しに手に取ってパラパラと読み始めた。すると、由佳里が訴える事も理解できなくもなかった。

 この本によれば、彼は部下になった者達へ手製の太刀を与えていたり、外出時には『相模宗十郎』と偽名を名乗り各地を巡っていたそうだ。

 それをもってしても、銀次はあり得ないと頑なに否定する。

「お嬢もそう思うだろ?」

「うむ・・・・・・」

 生返事の光姫。彼女もおおむね銀次の意見に賛成だ。しかし一方で、由佳里の話も嘘ではないと思っている。実際、彼女も宗十郎の異常さをその眼に刻み込んでいる。

 それが起きたのは、先日の御前試合での一幕だった。あの時、バグにより暴走したタケチヨが理事長目掛けて攻撃を仕掛けてきたのだ。

 剣魂の攻撃は、剣魂でしか防ぐことはできない。それが分かっていたから彼女はスケ・カクの技で理事長達を守ろうとした。

 彼女は自分の眼を疑った。剣魂の攻撃とは、殺傷能力はないもののこの世界の物質では決して防ぐことはできない。良くも悪くも大怪我をするのだ。仮に防いだとしても、突進してきたタケチヨの攻撃をモロに喰らい大事になっていただろう。それを、彼女の眼前に躍り出た彼は『なまくら刀』の横薙ぎの一閃で斬り裂き、返す一刀でタケチヨを迎撃したのだ。涼しい顔で非現実的なことをやってのけた彼に戦慄を覚えたのは言うまでもない。

 ただでさえ、相模宗十郎という男は謎に満ちていたのだ。だから、由佳里が話した仮説を完全に否定することはできない。

 最も、あの場には銀次もいたのだが、タケチヨが暴走した際に他の参列者を避難させる為に動いていたので現場を目撃していない。

 仮にこの世界にあの大英雄進藤龍彦が顕現していたとしよう。何故、彼はこの学園島にいるのか?こそこそと動き回って何を企んでいるのだろうか?

他にも疑問は様々あるが、今ここであれこれ問答しても時間が足りず意味を成さない。

「どうすんだ、お嬢?」

 銀次が声を掛けた。恐らく、彼について調べるのか否かを聞いているのだろう。問われた彼女は暫しの思案の後、こう言った。

「直接当たるかの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほれ、煎茶2つにわらびもちだ」

「わーい」

「ありがとう」

 ある日の昼下がり。いつものように八雲堂を訪れた光姫と由佳里はいつもの煎茶に日替わり和菓子を満喫していた。

「うむ。いつもお主の出す和菓子は美味だのぅ」

「この煎茶もおいしいです!」

「そいつはどうも」

 いつ来てもここの煎茶と和菓子は心をほっとさせる。一日の疲れを吹っ飛ばしてくれるので、ここ最近の彼女達はここに寄っているのだ。

「宗十郎や。八雲と新さんはどうしたのじゃ?」

「雪那の私塾でお勉強中だ」

「・・・成程。差し当たり監視役というわけじゃな?」

「アイツは誰かが見てないと辺り構わず寝やがるしな。これ以上の学力の超低空飛行は勘弁願いたいのでね」

 うむと頷く光姫。彼女も吉音のことを心配しているのだ。

「そういえば、いつもいる者達の姿も見えんが?」

「真瞳は早乙女屋に、甲斐は山吹屋に出張中だ」

 つまり、今この場所には自分達を含め3人だけしかいないということになる。この好機を逃すべきではないなと考えた光姫は姿勢を正し真剣な眼差しを向けて言った。

「宗十郎や。ちと、話があるのじゃが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どのくらいの時間が経ったのだろうか。由佳里は一人滝のような冷汗をかきながら眼をきょろきょろとさせていた。隣に座している主人は対面にいる宗十郎をじっと見据えているし、彼自身は眼を閉じて腕を組んでいる。

 宗十郎は「臨時休業」の札を掲げてから二人を店の奥にある和室に通した。「んで、話は何だ?」と問うより早く、光姫は由佳里の仮説を代弁する形で宗十郎にぶつけた。光姫が語り始めるや宗十郎の眉がぴくんと跳ね上がったのを由佳里は見逃さなかった。

 そして今に戻る。無言の空間にこれ以上は由佳里の精神は耐えられそうにもなかったので声を出そうとした時だった。

「百歩譲って俺がお前の言うその大元帥だったとしよう。それを知ってどうする?」

 静かな口調で尋ねる宗十郎に対し、光姫も静かに答えた。

「貴方はわしらの国を護ってくれた英雄じゃ。そのようなことはないと思うが、何かよからぬことを考えているならばわしらの手で貴方を止めます」

 ふん、と宗十郎が鼻で笑った。

「大元帥の一族の能力を知っているのだろう? 世界が滅びるじゃないか?」

「たとえそうだとしても、貴方が護った国を護るのが早雲殿の意思を継いだわしら残された者の義務です」

 光姫は真っ直ぐ彼を見つめて言い放った。彼女は創設者の意思を彼女は継いで、それを実行している。

「一つ聞く。光姫、お前にとって『武士』とは何だ?」

 突然宗十郎がそんなことを聞いてきた。怪訝な表情を浮かべる光姫であったが、彼女は日頃思っていることを口にした。

「誇りと己が立てたと信念に従い行動し、決して振り返ることなく突き進み、この国の為に最前線に立ち続ける者が武士であるとわしは考えております」

「・・・・・・由佳里。お前はどうだ?」

 それまで蚊帳の外にいた由佳里は「ひゃい!?」と素っ頓狂な声を上げる。無理もない、今の今まで彼らの会話に入っていなかったのだから。

 あわあわしながらもちゃんと自分の言葉で答える。

「わ、私には、む、難しいことは分かりませんが、人の為に振るう正しい力を持った大人だと、思います」

 そうか、とだけ答える宗十郎はまた黙り込んでしまった。

 逃げずに自身の全力で相手に立ち向かう。たとえ敗れても、自分の意思を継いだものが必ず現れる。

「父琳太郎はいかなる時も貴方の事を語っておりました。貴方から学んだこともわしの心に深く刻まれております」と彼女は言った。

 宗十郎は無言である。掛け時計の秒針が無機質に時を刻む音のみが流れていた。

 やがて、宗十郎はふぅ、とため息を吐いた。

「全く、琳太郎は良い教育者だよ」

 そう言って、彼女達の眼の前にあの勲章を放った。

「それがお前の問いに対する回答だ」

 菊の御紋に紅十字の龍紋が刻まれた勲章。まぎれもない。かつて世界を震撼させた『大日本帝國大元帥』の証だ。

「十兵衛といい、祭里(まつり)といい、この学校は良い奴らが育ってるよ」

 二人が宗十郎の方を見ると、そこには学生服で過ごす相模宗十郎ではなく、立派な肩章がついたカーキ色に近い軍服に身を包んだ男が座っていた。

 彼こそ、『護國神』、『鬼神大元帥』、『軍神』等、数多の異名を持つ史上最強の軍人と謳われた男―――進藤龍彦である。

「驚かないんだな?」

 龍彦は言う。由佳里は魂が抜けようにポカンとしているが、光姫は実に堂々と彼を見据えている。

「未熟者とはいえ、この学園では大老という重責を担っておりますからな。このくらいのことで驚いてはおれんのですよ」

「はっはっは。実に愉快な奴だな。気に入った」

「それは、嬉しい限りです」

 二人仲良く笑いながら、チラリともう一人の女生徒を見やる。まだ気絶をしているようだ。

「ま、普通の人間はこうなるわな」

「『公式』上、死人ですからな」

 彼女の言う通りである。進藤龍彦は60年以上前、太平洋上で突如として行方不明となりそのまま「死亡」として扱われている。

 そこまで言って、光姫はふとあることに気が付いた。

「龍彦殿。もしや、ここにいた二人も?」

「ご明察。二人共、過去の偉人だ」

 そう一言おいて続けた。

「上泉真瞳こと上泉信綱(かみいずみのぶつな)。真崎甲斐こと成田甲斐。二人共、『ある人物』の式神だ」

 式神。陰陽師が使う使い魔である。聞けば式神のほとんどはそれこそ鬼であるとか精霊の形をしたものであるそうだ。

 その彼が式神であるといった二人は名の知れた人物である。

 兵法家で、新陰流の始祖であり、上野(こうずけ)箕輪(みのわ)城主長野業正(ながのなりまさ)より上野国一本槍と言わしめた剣聖上泉信綱。

 武蔵国忍城(おしじょう)において石田三成率いる豊臣軍23,000騎相手に暴れ回った姫武者成田甲斐。

 しかし、実在の人物が式神とは、光姫は疑問に思ったが、暫く考えて一人納得した。少し昔に本島から来た監察官から聞いたある噂を思い出したのだ。「京の都に住まう進藤家の姫君は過去の英霊を従えてこの国を守護している」という、伝説である。

「龍彦殿。貴方の目的をお教え願いたい」

 光姫が改まって彼に尋ねる。龍彦はふむと考えて、まぁお前ならいいかと話し始めた。

「俺は理事長徳河秀忠の依頼を受けて2つの調査を行っている。一つは、奴の息子徳河吉彦の行方。もう一つは『大御所』の正体」

 まさか、理事長直々の依頼だったとは思わなかった彼女は少なからず衝撃を受けた。

「それで、奴の秘書をしている結城榮と柳宮十兵衛の協力してもらい、探っている所だ」

 彼が夜毎誰かに逢っていたという銀次の説は間違っていなかったのだ。彼はその調査の結果なり進展等を彼女達に確認していたのだ。

「まぁ、途中から正体を知られた早乙女祭里や三河屋清兵衛と、子住三姉妹にも手伝ってもらっているがな」

 光姫は首肯した。ある時期からふと訪れる人数が増えたと思っていたが、そのような理由があったのか。

 事情が違うのは子住三姉妹だけかもしれない。後に彼女達が世間を騒がせた「怪盗猫目」であることを知ることになるが、彼女達が経営する「ねずみ屋」と定期的にコラボ企画をやっている。これが結構な評判を得ていて、彼と吉音のやり取りと相まってここ最近は八雲堂にも客が来ている。

閑話休題(それはさておき)

 さて、と龍彦が不気味な笑みを浮かべて彼女達を見た。

「そのままハイさよならってことはしないよな?」

「そうですね」

「ふえ?」

 二人で異なる反応を示したので、龍彦は思わず苦笑した。どうやら由佳里はようやく意識が戻ってきたようだ。

「由佳里よ。俺の正体を確かめてそれで終わりなら、わざわざお前を連れてこないだろうよ」

「・・・・・・はぁ」

「光姫。連れてくるんならその辺も話しておけよ。可愛そうじゃないか」

「いやぁ、由佳里なら分かってくれていると思ったのじゃが・・・・・・」

「そこまで以心伝心してる奴なんざ早々いねえよ。従者だろうが何だろうが所詮は他人だろ?」

 彼はそこで一息おいて、話を続ける。

「お前らにも手伝ってもらいたいのだ」

 危険なことはさせないといった彼であったが、すかさず光姫がツッコむ。

「ですが、絶対ではないのでしょう?」

「・・・・・・そうだな。危険が一切ないと言えば、嘘になるな」

 まぁ学園の為になるなら構わないと光姫は言い、由佳里に至っては半ば諦め気味に頷いた。

 しかしそこは龍彦である。成果を問わずに「仕事」をしてきたら特製パフェを御馳走すると言った途端に尻尾を振って「やらせていただきます!」と元気いっぱい言い放った由佳里にため息を吐く光姫は少し不安を覚えた。

 この娘、甘い物をちらつかせるとどんな人にでもついていくんじゃなかろうな?

 まずは、と龍彦は以前榮達に見せた新聞の切り抜きと吉彦の殴り書きのメモを彼女達の前に出した。それを眺めていた二人は眼を見開いて彼を見た。これは本当かと訴えていたが、彼はこくんと頷くことで答えに変えた。

「この者は何者ですか?」

「それを知りたいのだ。恐らくコイツが『大御所』と見て間違いない。奴には協力者がいるとみている」

「何故に?」

「仮にもこの島で何かをやらかそうとしている奴だ。一人でやるには限界がある。内部の掌握なりこの島の情報なりを担う者を抱き込む必要があるだろ?」

 彼の言うことに一理あるなと光姫は思った。『大御所』の企みなど今は知らないが、きっと壮大なものに違いない。時間をかけてゆっくりと機が熟すのを待って着実に事を進めているか、早急に実行すべくあらゆる手段を尽くしているかのどちらかだ。今回の場合、その中間か少し後者のような気がする。

「それらしい連中は三人目を付けたんだがな」

 それは誰だと彼女が問えば、龍彦はその者達の名を告げた。

「まずは、選民主義の酉居葉蔵だな。アイツは時折幕府内のある場所で御簾(みす)越しに話している機械音の誰かと話しているのを何度が見ている。後、怪しいの逢岡想に平賀輝だな」

 意外な人物の名が挙がり、由佳里は思わず声を上げてしまった。

「想も何度か御簾越しに機械音の誰かと密会していたのでな。最も、想の顔は曇っていたらしいがな。平賀は何度かあの酉居とあって何事か話しているのを見ている。関係がないとは言い切れんだろう?」

「じゃが・・・・・・何故想が?」

 光姫の疑念はそこにあった。あの公明正大、清廉潔白、品行方正といった言葉を身にまとっている想が、そんな後ろめたい事をしていることが信じられなかった。

「榮によると、彼女は奴に何か弱みを握れらているようだ。ちょっと俺にも心当たりがあるしな」

「心当たり・・・・・・ですか?」

「あぁ。アイツ、どうも吉音の幸せばかりを願っているようでな。自分のことなどまるで外に置いているんだよな」

 そういってから彼は光姫に尋ねた。

「なぁ光姫。吉音と想の過去に何かあったか?」

「いや・・・・・・確かに吉音は昔火事で両親を亡くしてはいるが、あの二人に関してはわしの知る限りありませぬな」

 そう言って頭を振った。同じように由佳里も振った。それを見た彼は「そうか」とだけ言ってそれ以上何も聞かなかった。

「わしらは何を?」

「さっきも言ったが手伝ってもらいたい。差し当たり、先程挙げた3人について調べてもらいたい。特に想に重点を置いてもらいたい」

 光姫の問いに龍彦はそう答えた。理由を聞けば、彼女は『大御所』に弱みを握られている可能性が高い。それが分かれば彼女をこちら側に引き込めると考えたそうだ。

「ならば、わしは酉居を調べるとするかの。由佳里、お主は想を調べてくれ」

 輝はどうすると聞かれると、それは銀次にやらせると言った。

 それから諸々の段取りを決め、龍彦がチラリと時計を見やるとちょうど4時になったところだった。暇を告げると彼はもう少しゆっくりしていけと引き留めた。吉音や八雲達が帰ってくるのではと言うと、彼は、あいつらあと5時間は帰ってこないと返す。

「吉音はこれから雪那とマンツーマンだし、姫君達は向こうでのんびり談笑しているからな」

 手際よく煎茶と茶菓子を彼女達の前に差し出され、彼女達は上げた腰をもう一度下げた。

「急ぐ必要はない。暫くはゆっくりしな」

 はふっと一息ついてから、ちょっと雑談しようかと提案してきた。

「なあ由佳里。『正義』って何だと思う?」

 いきなり訳の分からない質問をしてきた彼に対し訝しむも、彼女は自分が思ったことをそのまま口にした。

「自分が正しいと思ったことではないでしょうか?」

「では、『悪』とは何だ?」

「正しく無い行いではないでしょうか?」

「それは、自分がそう思う、という意味かな?」

「? えぇ、そうです」

「その正義と悪の定義は、万人が万人そうだと言える自信はあるかな?」

「・・・・・・ないと思います」

 それに対し龍彦が何故だいと聞けば、彼女は「人によって価値観が違うから」と戸惑いながら答えた。「そうだな」と彼は微笑む。

「人ってのは、生まれてからの生活環境や家庭環境で考えは大きく変わる。百人いれば百人が違う考えを持っているのが普通だ。俺とお前が違うように、お前と光姫もまた違う」

 彼はそこで言葉を区切った。

「平和だって人によって考えは違う。ある人は武力を持って不穏分子を排除し平和を確立すると考えれば別の人は武力を持たず話し合いで平和を確立できると考える、また別の人はなるべく話し合いで平和を確立しようとは思うが、やむを得ない場合は武力で平和をもぎ取ると考える・・・・・・」

 光姫は深く頷く。

「酉居の小僧は武士の血を引いたものがここを支配することで俺達を管理し秩序ある学園を作ろうとしているのだろう。ただ、そのやり方が性急すぎて反発が起きている」

「そう・・・・・・なんですかね?」

「あくまで俺の推測さ」

 龍彦は煎茶を啜る。光姫は出された菓子を摘んでいる。

「人の考えなど、話してみなければ分からんものよ」

「そうじゃな。わしも話してようやく貴方の考えが分かったわけですし」

「ほう? 何が分かったというのだ?」

 興味津々に聞けば、彼女は胸を張って言い放った。

「この国のことを最優先に考え、国に害する者はあらゆる手を使って駆逐する。早雲翁を始めとした先達との約束の為に」

 ふふんと笑う龍彦は一つだけ違うと指を立てた。

「俺は生まれたこの国が好きでな。愛する国を陥れようとする馬鹿共が許せないだけさ。まぁ、エゴだな」

「でも、龍彦様はこの国の為に動いているのですよね? 立派ですよ」

「褒めるなよ。俺だって私怨で動くこともあるんだぜ?」

 それに対して光姫は首を振って否定した。

「貴方に悪意はない」

 

 

 

 

 

 

 

 それから2時間くらい三人は話し込んだ。彼の話は面白く彼女達はついついのめり込んだ。

「貴女の見方は面白いですな」

「? 藪から棒に何だ?」

「第三者の立場で物事を見ていると思いましてな」

「ふーん。お前がそう思うならそうなんだろうな」

 くくくっと笑う龍彦に、緊張した面持ちの由佳里がずいっと前に出た。

「た、龍彦様! 聞きたいことがあります!」

「お、おう、何だ?」

 眼が若干正気を失っていた彼女に彼は思わず怯みのけ反った。

「『力』とは何でしょうか!!」

 そんな彼女から放たれた一言は、彼の表情を真顔に戻した。盛大なスカしを喰らった彼は指で頬を掻いた。

「由佳里よ。確認したいのだが、お前の聞きたい『力』というのは、どんなものをいうんだ?」

「ふえ?」

 どうやら由佳里はそこまで深く考えていなかったらしい。彼に問われて彼女は固まってしまった。

「・・・・・・質問するならそこまで考えてろよ」

 額に手をやって嘆息する龍彦と、深いため息を吐く光姫。それを見てあわあわする由佳里をどうどうと彼が宥める。

「そうだな・・・・・・。簡単に言っちまうと一種のステータスだな」

「すてーたす?」

「そうだ。腕力、財力、権力、名声とか、他人が持っていないものは全て『力』と言い換えて言いな。例えばお前の主水都光姫の大老という権力や・・・・・・」

 龍彦は彼らの前に掌をかざす。すると、そこから淡い金色(こんじき)の炎が現れた。

「これとかな」

 初めて見る光景に、由佳里は小さな悲鳴をあげ、光姫は嘆息する。彼女はここに来る少し前に彼ら一族について調べていた。以前に由佳里に調べてもらったものに不足があったからだ。

 彼ら一族は古くから『龍』と呼ばれる特殊な力を宿しており、それらを介して炎や水といった力を行使している。特に天龍・伏龍・黄龍・聖龍・紅龍と呼ばれる『五大龍』は別格の力を持ち合わせていると言われている。

 そして、眼前にいる大元帥殿はその内の一人黄龍を宿しているとされている。

「力を持った者は、同時に責任を負う者になるわけだ」

「責任・・・・・ですか?」

「そうだ。例えば首相といえばこの国の国家元首だ。政治、経済、外交とあらゆる方面で国を発展させ、その発展を補佐する大臣を任命する、あらゆる手を尽くして国民を守る責任等がある。光姫の大老という職は、普段の政策には関与しない代わりに学園の重大事項の最終決定者であり、老中や側用人共が不正をしないか監視する役目を担う。武士は有事の際には民を守る為に最前線に立ち防ぐ壁となる責任がある。後は・・・・・・、警察があるだろ? 連中は法律という絶対権力の下に、罪を犯した害虫を一般人の代わりに逮捕しこの世から犯罪をなくす責任がある。ここまでは大丈夫か?」

 彼に聞かれ、由佳里はこっくりと頷く。

「だがな、世の中少なからず力に溺れる大馬鹿野郎がいるわけだ」

 じゃな、と光姫が相槌を打つ。

「一種の麻薬じゃからな」

「麻薬・・・・・・ですか?」

「よく考えてもみろよ。『力』を持ってるだけで世の中を変える力を持つわ一般人を従わせることはできるわてめぇでやりたいことを実現できるんだぜ?」

「由佳里よ。もしお主の一声でなんでも思い通りになる力を持ったとしたらどうじゃ?」

「・・・・・・あー、そうゆうことですか」

 由佳里は先程の言葉の意味が分かったようだった。

「『力』ってのは使えば使うほど、もっと強大な『力』が欲しくなるもんさ。大馬鹿野郎共は私利私欲に走り結果それまで善だったものは一気に悪へと転がり堕ちる。そして、そいつらはいつしか他の力によって叩き落されるわけだ。武彦然り、瑞野然りでな」

 こくりと頷く光姫。

「時に龍彦殿。貴殿の一族は力についてどうお考えですか?」

「それを聞いてどうするよ?」

 首を捻る龍彦に、光姫は今後の参考にしたいと言った。何の参考だよとぼやきながらも彼は嬉々として話し出した。

「俺の家の家訓の一つは『時と場所を弁え、己が信念に従い責任をもって行使すべし』だ」

 ほう、と光姫は声を上げる。

「さっきも言ったが力ってのはそれは強大な化け物さ。制御しきれない奴が持てばそれは唯の凶器を成り下がる。力を持った者は力を持つ責任がある。それを自覚せにゃならん」

 進藤一族は誰も持っていない『龍』の力を持っている。それこそ、世界を支配できるほどのものだ。一国の軍隊相手では彼らの前では赤子の同然だ。

「15の頃に男女問わず何の『龍』が宿ってるのかが分かるわけなんだが、それまでにガキ共には力について口喧しく躾けるんだよ。加えて金にも厳しくしてるしな」

「お金も、ですか?」

「金は力の中で相当怖い物さ。その気になればほとんどが金で解決するからなこの世の中は。五人組がいい例だろうが」

 そら確かにと頷く二人。

「必要以上の金は渡す気はねぇし、何に使ったのかもしっかりメモらして出してもらったからな」

「そ、そこまでやらせたのですか?」

「金の有難味を知ると同時に、一般人の感覚を染み込ませる為にな」

 苦笑しながら彼は続ける。

「俺の住んでいる地域は理解が宜しい奴らばかりだったから苦労しなかったよ」

「苦労?」

「俺らの力は『化け物』さ。他人から見れば十分な脅威だし、反感を持つ連中もそこかしこに少数ながらいるんだよ」

 面食らった顔をした二人を見て彼はおかしくて笑いだした。

「お前ら面白い反応するな」

 当の本人達はきょとんとしている。そんなに面白い反応をしていたのだろうか。

「いえ、まさか、貴方がたに敵意を剥く人達がいるとは思わなくて」

「人間ってのは面白い奴でな。テメェと少しでも違う他人を嫌う傾向にあるらしい」

 そういうものかと彼らは思う。

「まぁ、お前らは外界と遮断されているからその感覚は疎いだろうな。その欠片くらいは瑞野の件で見てるだろ?」

 チラリと掛け時計を見るともうすぐ9時になろうかとしていた。辺りはすっかり暗くなり、闇夜を照らす満月が美しかった。

「すまんな。長話に付き合わせちまって。相棒に送らせよう」

「それには及びはしませぬ。銀次がおりますれば」

「そうか、なら気を付けてな」

 二人を玄関で見送るとふと闇夜を見上げた。漆黒の闇を照らす満月は、彼の心を落ち着かせる。彼の日課だ。

「さて、飯でも作るか」

 そして、彼は腹を空かしている『家族』の為に厨房に向かった

 

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