武士(もののふ)の魂 作:辰伶
珍しく宗十郎は起きていた。漆黒の闇が支配する部屋を照らすのはスタンドライトの柔い光だけだ。
小さく息を吐いた彼は、部屋を出た。闇夜に煌々と浮かぶ満月を見上げる。今回のこともそうだが、ここ最近、妙な胸騒ぎがする。こんな時は、大抵めんどくさいか嫌なことが起こる予兆であることをこれまでも経験から知っていた。
「嵐が来るな」
次の日の夜。彼は八雲堂に隣接した彼の教室に八雲と吉音を除いた面々を集めた宗十郎は、事の次第を面々に説明した。
「酉居が変・・・・・ねぇ?」
首を傾げた平良は心当たりがないようだ。どうだと隣の詠美に尋ねるも彼女も知らぬと答える。
話は前日の夜に遡る。講座を終えた宗十郎は約束通り時間をとってある一室に赴いた。そこには、既に相談者である神崎圭太が待っていた。
「酉居が変なんだ」
開口一番、彼はそう言った。宗十郎がその理由を問うと神崎は話し始める。
きっかけはほんと些細なことだったそうだ。普段でも仕事やらで忙しくとも弱音を吐かないのに、ある時ふと「疲れた」と口にしたり、子分(神崎談)のミスはいつもなら笑って許すのがここ最近は激怒して暴力を振るう。眼に隈ができていたので尋ねても「何でもない」とそっけなく答えたりと、普段から彼の側にいる圭太にとって不可解以外の何物でもなかった。
話を聞く限り、酉居は外部には苛烈だが身内には寛大であるようだ。その彼が豹変したということは何か転機があったと感じた宗十郎は試しに尋ねてみた。
すると彼はそういえばと何かを思い出した。
「これかどうか分かんねぇけど・・・・・・いつだったか忘れたけど、昼休みに用があってアイツを探していたんだよ。それで、色々探していて、ある場所で見つけたんだけど・・・・・・誰かと話しているようだったから終わるまで待ってたんだよ。その時からかな。アイツがおかしくなったのは」
「場所は? 覚えてないか?」
「悪い。正直覚えてない。ただ、あの時は声しか聴いてなかったから」
「ん? おい、お前さっきある場所で見つけたって」
「今ふと思い出したんだよ。『御簾』越しにアイツの声が聞こえたからいると思って。まぁ、そこからアイツができてたんだけどさ」
そうか、と宗十郎は一息ついた。
「なぁ、相模? アイツ、本当に変わっちまったのかな」
弱々しい声で項垂れる神崎。宗十郎にとって酉居は武士の風上にも置けない無能であるが、神崎にとってはかけがえのない『主君』であり親友なのだ。
「さぁな。俺には今のところ何もわからん。だが、調べてやる」
「ほ、ホントか!?」
「ここ最近の騒動の解決になるかっもしれないし・・・・・・何より、お前が落ち込むのをみたくない」
その言葉に感極まった神崎は消え入りそうな声でお礼を言って涙していた。
神崎は自分にできる範囲での協力を申し出て帰っていった。
閑話休題
「なぁ宗十郎? それとこれまでのことが関係あるのか?」
最もな質問をする朱音に分からんと即答する宗十郎はしかしといって続ける。
「アイツが話していたのが『大御所』」と呼ばれる存在だった可能性もあるだろ?」
確かにその可能性は捨てきれないが、彼の声のみしか聴いていないならその立証は難しい。
「して、どうするのじゃ宗十郎や」
長老格の光姫が何とも楽しそうに彼を見つめる。それに応えるかのように彼の口角がニッと上がる。
「人を貸してくれ」
それから数日後。学園を震撼させる出来事が再発した。幕府中枢の要職についている生徒たちが次々に襲撃される事件が発生したのだ。そこには富裕層といわれる者達も含まれていた。
襲撃は大体が夜遅く一人でいた時が多く、半死半生の状態で発見されるのだが被害者の近くには半紙に朱色で『天誅』と書かれたものが置かれていた。そして、所謂貧民層の生徒には富裕層から略取した金をばら撒くこともしていた。事態を重く見た幕府は、長谷川平良を総指揮として鎮圧本部を結成し、『天誅事件』と命名し捜査を開始した。
宗十郎達も現在の案件を一旦保留して平良に協力すべく鎮圧本部に連日詰めていた。だが、捜査は難航し被害者が増える一方で一向に進まず、かえって幕府政治に支障をきたすようになってしまった。解決の催促を促す酉居を適当にあしらいながら本部は躍起になっていた。
厄介なところは、正体不明の連中の行動が貧民層生徒に好評であり、一部の連中が連中に参加したりこちらの捜査を妨害したしているところなのである。
「天狗党の再来みたいな情勢だな」
「止めてくれよ。縁起でもない」
「タチが悪いのが、襲われるのが大体よろしくない噂の連中であり、生徒達がそれを支持している点か」
「ほんと、勘弁してほしいぜ」
火付盗賊改の長官室に宗十郎、真瞳、甲斐、平良、想、朱音が集まり会議を行っている。
「奴らの狙いは、幕府転覆だな」
唐突に発せられた声は一同の注目を引いた。どうゆうことだと朱音が促すと、宗十郎はあくまで俺の仮説だ、と前置きして話始めた。
「今回狙われた連中は、噂はさておき、幕府の中枢を担っていたり金持ちだった奴らだ。権力を使ってやりたい放題、金の力でやりたい放題。町民達にはそう見えた。それを憂いた町民、もしくは下級役人が計画扇動して今回の企てを立てた。俺はそう睨んでる」
「何か、根拠はあるのですか?」
「連中はこちらの警備模様や誰がどの時間にどこにいてなど詳細に調べた上で襲撃している。内通者、若しくはこちらに精通した者が絡んでいる」
「首謀者の他に協力者がいるというのか!?」
「あくまで俺の勘だ。こちらに内通者がいれば、あれほど効率よく排除できないと思ったからな。若しくは時間をかけてこちらを調べ上げたのかもしれんが」
納得のように一同は頷く。
「後は・・・・・・狙われた連中は評判が民衆にはよろしくない。先に襲撃することで民衆の支持を集めた。それを追う俺達を民衆は、さながら正義の味方を退治する悪党に思えたはずだ。今の幕府に評判も相まってな」
「まぁ主にアイツにせいだがな」
朱音が苦虫を嚙み潰したように呟く。
「酉居に一因があっても、だ。町民達はそれを排除しない幕府を信頼に値するがどうか、だな」
言われて皆が数秒考えてみる。皆がそんな幕府を信頼に値しないと判断した。そこに務めている自分達が何だか惨めにさえ思えてきた。
「まぁ、自浄作用の構築は一連の騒動を終えてから時間をかけて考えな。今は捨ておけ」
両断した宗十郎。早速対策を考えることになった。目下、首謀者を含めた組織の解明と撲滅である。
現状、連中のことは何もわかっていない。対応が後手後手に回っているのはそのせいだと感じていた宗十郎はそれを最優先でやるべきと主張した。潜伏先、人数、首謀者を把握したうえで迅速に軍を揃え強襲すべきというのである。
対する朱音はとっ捕まえた奴を尋問して吐かせ、速やかに確保すべきだと主張する。時価をかけたら被害がもっと大きくなる、その前に叩くべきということだ。
これに関しては総指揮の平良が前者の案を採用した。
「こちらの人数は限られている。効率的に事を進めるなら調査は大事だ。闇雲に突っ込んで自滅しては意味がない」
組織には組織で対抗するといったところであろう。
「幸いにして酉居は今回の件で学園から謹慎させられているからな。子飼は動かせてもこちらには手が出せん。奴の行動も神崎を介して知ることができる」
酉居が幕府側を私物化できないことは幸いであった。余計なことに戦力を割くことがなく、フルに使える。
「調査を二手に分けたい。一つは首謀者組織の探索。もう一つは狙われる可能性がある奴の徹底調査だ」
狙われる奴は碌な奴がいない。恐らく酉居若しくは一派と何らかの関係があると宗十郎は踏んでいる。平良も同じように考えている。
事前情報は神崎に頼めば教えてくれるだろう。その情報をもとに全部調べ上げ今後の対策に活かす。その間に多少に被害は出るだろうが、身から出た錆だ、同情の余地はない。
「朱音の部署は後者、想の部署は前者の調査を頼む」
「アタシら火付けは引き続き町内を警備する。宗十郎達は遊撃としてあたしと一緒にいてくれ」
「伝令係を各班一人から二人ここに常駐してほしい」
「なら、アタシのところはマルだな」
「私は往水さんにしますね」
宗十郎はたまらず異議を申し入れる。あのサボり魔に伝令を任せるとはどうかしていると。
「サボったら半年お給金なしで私の監視付き行動とするから」
笑顔でサラッととんでもないことを言った。それは嫌でもまじめにやりそうだ。
その後散会となり一行は八雲堂へと足を向けた。途中、彼は八雲たちと別れて一人神崎の元へ向かう。自宅を訪れたが生憎不在だったので置手紙を置いて帰路につくことになった。
「ねぇねぇそーじゅーろー。あたしは何すればいい?」
帰るなり、珍しく吉音がやる気満々に彼に指示を仰いできた。明日は霰じゃないだろうか。
「そうだな・・・・・・・町の人に聞き込みしてくれないか」
「え? けどそれって朱音ちゃんや想ちゃんのところがやるんじゃないの?」
「町の連中は今幕府を警戒している。いい意味でも悪い意味でもな。恐らく調査は思うように進まない。朱音や想はともかくな。だが、お前なら話してくれるはずだ。町の万屋元気娘だからな」
笑顔で彼女の頭を撫でる。彼に撫でられてやる気がマックスになった吉音はお休みといって自室に戻った。
「あらあら。珍しいこともあるのですね」
「からかわんでください姫様」
一部始終を見ていたであろう甲斐がくすくす笑いながら奥から出てきたので宗十郎は照れながら言う。
「良いじゃありませんか。誰も見ていないわけだし」
小悪魔のような笑顔で甲斐は彼を縁側に誘った。
朧月夜を眺めながら彼らはなんとなしに話始める。よく二人はこうして話をする。大将と参謀のような関係が彼等だ。
「吉音さん。随分と張り切ってましたわね」
「あいつはここが好きだからな。そこを荒らされて憤っているのだろうよ」
「気持ちはわかりますね。わたくしだったら問答無用で斬り伏せますわ」
サラッと怖いこと言うなと窘める彼だが、彼もまた心底怒っていた。自分の愛する国でくだらないことを引き起こしてくれるくそ野郎を許す気など欠片もない。
「さて、わたくしたちも、情報収集する為に動きますわ」
「あの二人に頼むのか?」
「ええ。あの二人の能力は並ではありませんわ。喜んで協力してくれるかと」
彼は苦笑して委細任せると告げた。あの二人なら問題ないだろうという自信があった。恐らく結果以上のものを持ってくるだろう。
「俺は平良の愚痴相手になるとしようか」
「それはいいですわね。平良様はきっと喜びますわ」
宗十郎の予想通り、調査は遅々として進まなかった。幕府に対する不信感がここにきて一気に膨れ上がった形だ。奉行所の者が訪れてもそっけない態度や無視される日々が続いた。これには平良の落胆は大きく、朱音と想も失望していた。酉居の横暴を阻止できずなすが儘にしていた自分たちの責任を痛感した。
一方で、吉音のほうは順調であった。確かに彼女を含めた八雲堂の面々は幕府側に協力してはいるが、吉音の人柄は生徒達の大いに知るところであり、生徒達はここだけの話として実に様々なことを話してくれた。
「新には敵わないなぁ」
報告を聞いた平良は心底そう感じた。当の本人は大勲章を上げたが如く先程から花の笑顔でご褒美のイチゴパフェをたらふく頬張っている。
「うちの居候兼用心棒もたまには役に立ったよ」
「あまり甘やかすなよ。調子に乗るから」
「たまにはいいんだよ。今回は大活躍してくれたしな」
パフェを頬張りながら吉音が「そうだそうだ」と平良に訴える。しかしその顔に説得力はマルでない。だが、彼女の情報は平良たちにとって大いに助かる内容だった。
この後狙われるであろう腐れどものことも分かったので計画を立てやすい。本音は是非暗躍する連中達に成敗されて欲しいのだが、それはそれでのちのち面倒になる。吉音が聞いてくれたことだ真実なら、今から自分らが守る奴らはクズとしか言えない。
「安心しろ。ことが終わったら全員しょっ引けばいい。証拠はあるしな」
「・・・・・・・なぜ持っている?」
「うちの優秀な忍びがな」
どや顔の宗十郎を見て平良はあらかた察した。以前紹介されたあの二人のことであろうと。子住姉妹よりも力量が上だと彼女が一瞬で見抜いたくらいだ。それ位の芸当造作もないだろう。
「相変わらず、お前のところは何なんだよ」
「いたって普通の和菓子屋だ」
どこが、という言葉を朱音は飲み込んだ。彼女の中であそこは人外魔境と認識されている。何があろうと不思議ではない。一般人の八雲におてんば娘新を除けばそこにいるのは副将軍一向に一切が闇に包まれた共同経営者に最強の女剣士二人に忍びの心得があるような謎の女・・・・・・・。
朱音と同じように想や平良も同じようなことを感じていた。彼の所にはいったいどこから有能な人材が集まり、こちらが苦戦することをいともあっさりやってのけるのか不思議で仕方ない。
「だが肝心の黒幕までは分からないか」
「余程隠れるのが上手いらしい」
ある代官が襲撃された時、たまたま帰路についていた生徒の一人が逃走する犯人を見ていた。その人物は、雪那の私塾に通う生徒だった。そんな証言をしてくれた者がいた。他にも似たような証言をした生徒が数名いたことを吉音は突き止めていた。そのどれもが雪那の私塾に通う生徒達の犯行を物語っていた。
「たまたまじゃないのか」
朱音が率直な感想を言う。彼女の言う通り、その数少ない証言は『たまたま』彼女の私塾の生徒を目撃しているが、確証はない。一方で、彼女の生徒達が徒党を組み組織的に行動しているとも見れる。どの場合も、雪那が首謀者として指揮しているのか別の者が首謀者として動いているのか判明していない。
いずれにしろ、首謀者を突き止めるのが主命となった。現状、一番怪しいのは由井雪那だ。重要人物とみてもいい。だが、彼女以外の者が本星の可能性もある。
「人員がなぁ・・・・」
「そうですねぇ」
両奉行が悩む。平良も同じであった。火付けはそのほとんどを護衛に向けている。両奉行所も半数の人員を彼女たちの補助として派遣している。残ったうちの半分は奉行所の通常業務をこなしているので、数少ない人員しかいない。
「やりくりは難しいか?」
宗十郎は何んとなしに聞いていた。隠密活動には少数精鋭が最適と考えている彼にとってそれが不思議で仕方なかった。
想が返答する。隠密調査するには少数精鋭であるほうが良いとは知っている。だが、ここにいるのは一般民であり、昔のようなそれこそ忍者や探偵といった能力を備えた者がいないと。宗十郎は納得する。心得がある者に助力を乞いたいところだが、これまで無茶をさせ過ぎたので休息を与えたい。
「三姉妹とあの二人は暫く休ませたい」
能力はぴか一だが、茉理達は先の件で。三姉妹は店の営業との兼務で疲れているだろう。今後のためにできるだけ戦力は残しておきたかった。
「仕方ない。今は護衛に比重を置き、黒幕はこちらの人員が安定するまで少数で調べることにする」
ない物ねだりしても意味ないしなと平良が呟いたことで方針は決定した。