武士(もののふ)の魂   作:辰伶

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その1 それは宿命

 本州から船に揺られること三時間。絶海の孤島に少年の転校先は存在していた。

 転校先の名は大江戸学園。人工島に建てられた私立校だ。

 その創立は戦中にまで遡ると言われている。

 時は第二次世界大戦期。当時ヒトラー総統率いるドイツ帝国とムッソリーニ率いるドイツ傀儡国イタリア枢軸国側に立っていた大日本帝国は、その同盟国のイタリア・ドイツが早々と降伏した中でも戦争を続けようとしていた。

 当時、既に国は疲弊し、戦争を続けていく体力など残っていなかったのに、だ。上層部は何が何でも戦争に勝たねばならなかった理由があった。

 帝国は現人神(あらひとがみ)天皇がおわす神国である。神の国が蛮族蔓延(はびこ)る国に負けるわけにはいかない。そんな小さな理由だった。

 亡国の危機に、『護國神』進藤龍彦大元帥と彼の友人徳河早雲大将や益田重峻(ますだしげちか)少将、進藤大元帥の子弟達が立ち上がった。

「この国を滅ぼすわけにはいかない」

 彼らの尽力により、日本は太平洋奇襲直後に和平交渉をし、戦争を集結させることに成功した。

 しかし、それがいけなかった。

 『護國神』の威光は、時代とともに廃れていった。と同時に国は外国に侵略されていった。アメリカによる駐留軍基地用土地の提供、尖閣諸島を始めとした外交問題など、日本の弱体は眼に余る程だった。

 これを憂いた英傑徳河早雲は、この国の現状を打破すべく不屈の精神を持った侍魂の復活を願いこの学園を創立した。彼はその為に全国を駆け回り優秀な教育者をスカウトし、自らが陣頭指揮をとって大江戸学園の骨子を作った。

「早雲。俺が先に逝ったらよ、俺の好きなこの国を世界一にしてくれ」

 全ては、かつての戦友との約束を守る為・・・・・・。

 

 

 

 

 

「待てコラー!!」

「まーてー!!」

 その日、転校生秋月八雲(あきづきやくも)は赤髪の少女と一緒に走っていた。

 転校初日である今日、彼は路頭に迷っていた。

 というのも。

「えっ? 住む家がない?」

「申し訳ありません。こちらに貴方様の情報が伝わっておりませんでした」

 学園側に手続きミスがあったようで、今日から寝泊まりする住居がないというのである。学園側は彼の為に全力を注ぐと言われたが、夕刻までかかると告げられた。

「夕方かぁ・・・・・・」

 仕方なく橋の上でボケッとしていたら、全財産が入ったバッグが置き引きにあってしまったのである。そして、彼はその置き引き犯を全力で追いかけていた。

「こーらー!! まーてー!!!」

と彼と一緒に追いかけているのはたまたま知り合った徳田新(とくだあらた)という赤い髪が特徴の女子生徒である。彼女は置き引き現場を偶然目撃していたらしく、八雲にそのことを告げて一緒に追いかけてくれているのだ。

 彼女はしきりに「銀シャリ号がいればすぐに捕まえられるのに!!」とぼやいていた。後で知ったことだが、銀シャリ号というのは白い艶やかな毛並みが自慢の彼女の愛馬のことであるそうな。

 その愛馬は、現在訳あって友人の家に預けられているという。

 「どけー!」といきなり置き引き犯が叫んだ。見れば、彼らの眼の前をこちらに向かって歩いてくる生徒がいた。

「そこの人!! そいつを捕まえてくれ!!」

 八雲はその男子生徒に叫ぶ。が、置き引き犯は忍ばせていた小刀を取り出し彼に向かって突き出した。そのまま刺す気でいるらしい。

「どけぇぇぇぇ!!!」

 それに気づいた八雲は、避けろと言おうとしたが、距離的に間に合わない。だがそれでも叫ばずにはいられなかった。

「危ない避けろっ!!!」

 眼の前の男子生徒に叫ぶが、既に犯人の刃物は彼の腹に迫っていた。

 その彼は、迫ってきた凶刃を無駄のない動きで避けると小刀を握っていた手を取り、そのまま背負投で男を路面に叩きつけた。一連の動きはさながら天空を舞う蝶のごとく優雅なものだった。

「人様のもんパクってんじゃねぇよ三下」

 激痛に苦しむ置き引き犯に、男子生徒は冷たい視線を浴びせた。

「オーなんかかっこいいねーあの人」

 やっと追いついた新が関心したように言う。そんな彼女を無視して八雲は彼にお礼を言った。

「助かりました。これに全財産が入っていたのでどうしたものかと」

「そいつァ災難だったな。ほれ」

 彼は八雲にバッグを投げてよこした。

「どうもありがとうございました。俺は秋月八雲って言います」

 男子生徒の眉がピクリと反応した。

(こいつが秋月八雲か)

 男子生徒はニッと笑い、手を差し出した。

「俺は相模宗十郎ってんだ。同じ転校生同士、これも何かの縁だ。よろしく頼む」

 八雲はそうなんだと言いながら自然と手を握っていた。その固い握手をじとっとした眼で睨む新。

「私だけ除け者みたいでずるーい!!」

 プンスカする新をまじまじと見つめ、宗十郎は八雲に「誰だコイツ」と尋ねた。

 プンスカしながらも彼女はちゃんと名乗った。

「私の名前は徳田新。八雲のよーじんぼーだよ!」

 えっへんと胸を張る新を他所に、二人は互いに顔を見合わせた。

「・・・・・・なーんてこと言ってるが、八雲。それホントか?」

「いや、俺も今初めて聞いたんだけど。彼女とはついさっき会ったばかりだし」

 疑いの眼差しを向ける二人に、新はそんな彼らの視線をそっちのけにこんなことを言ってのけた。

「だって今初めて言ったもん」

 二人は膝から崩れ落ちた。腹立ち紛れに宗十郎は新の後頭部をしばいた。

「何すんだよー!!」

「ふざけんのも大概にしろバカ」

 宗十郎は喚く新の顔面を鷲掴みにして彼女を抑えながら、八雲にポケットから出した鍵を見せた。痛い痛いと叫ぶ彼女のことは二人して無視した。

「南町奉行の逢岡想(おおおかおもい)って奴から今後の生活拠点となる家の鍵を預かってきた。ただ、彼女から俺とお前とで一緒に住むようにとのことなんだが・・・・・・いいよな?」

 八雲は熟考した後、承諾した。まぁ野郎二人がひとつ屋根のしたで暮らしてるなんて外の世界では多々あることだ。別に気にするようなことはなかった。

「場所も聞いてある。今から行くかい?」

「行く」と即答した。よしじゃあ行こうと宗十郎と八雲は想から預かった地図を頼りに今後の生活拠点へと歩いていった。

「私を置いていくなーーーーーーーー!!!!」

 放って置かれた新が絶叫して二人の跡を追いかけたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・ねぇ、宗十郎。これが、俺達の、今後の住まい?」

「・・・・・・すまん。これほどとは思ってもみなかった」

 二人は呆然とつっ立っていた。顔に青い線が何本も出ているのが傍目でも分かるくらい沈んでいた。

 彼らの眼の前には、二人の今後の生活拠点となる廃れに廃れまくった廃屋が今にも崩れるんじゃないかというぐらいに弱々しく建っているのだ。

「オンボロだねー」

 ストレートに感想を述べる新。それを聞いた二人はげんなりしてしまった。言わなくていい事を言うなと眼で訴えるも、新が気づくことはなかった。

 宗十郎はまたしても新にゲンコツをくれてやった。文句を垂れる彼女に、「少し黙れ小娘」と鋭い視線で睨みつけた。その凄みに恐怖した新は「ごめんなさい」と震えながら謝った。

「よし。まずはコイツを直すか」

 一息ついた宗十郎は、手荷物を置いて肩をぐるぐる回してそんなことを言いだした。

「え。マジで言ってんの?」

「マジだぞ。それとも何か八雲? お前、この先卒業するまでの楽しい楽しい学生生活をこのオンボロ屋敷で過ごしたいとでも?」

 廃屋を見て、それから宗十郎に向きぶんぶんと全力で首を振る。ふふんと宗十郎は笑うと新に向いた。

「おい新。お前ここに住んで長いか?」

「? うん、長いよ」

「だったら、この辺で檜か何か家建てんのに適した木、どっかにないか?」

 新は、この先の森になんかおっきい森があるよと答えた。

「よし。んじゃま、そこ行くぞ~」

「ねーねーそーじゅーろー。そのノコギリ、どっから出したの?」

 宗十郎の手には、いつの間にかノコギリが握られていた。それも人数分。

「ふふふ。それは言えないなぁ。さ、行くぞ」

 一行は新の先導で森に行き、適当に木を見つけては伐採し、見つけては伐採しを繰り返し、それをボロ屋まで何十と往復して運んだ。他の生徒に奇妙な眼で見られたが、気にしなかった。というか、気にしてられなかった。なんせ、自分達の今後の生活がかかっているのだから。

 すべてを運び終えた八雲はヘロヘロになって地面にへたれこんだ。さしもの元気娘新までも肩から呼吸していた。しかし宗十郎は疲れるどころかピンピンしていた。

「お前らは休んでろ。ちょちょいと直してやる」

 そしてまたどこからだしたのか。大工道具一式を取り出した宗十郎はてきぱきとおんぼろ屋敷の修繕を始めた。

 トンカントンカンとうるさいようで心地いい音が周りに響き渡った。

 そして、約3時間後。

「「おぉー」」

 この学園の景観を損なわないくらいに立派になった外観。

「「おぉー!」」

 キラキラピカピカにされた各部屋と店先。

「「おぉー!!!」」

 煌びやかな装飾を施された設備に小物に棚などなど。これを、全て宗十郎は約3時間で作ってしまったのである。八雲と新は眼を爛々に輝かせながらついさっきまでボロ屋だった屋敷を見て動いている。

「そーじゅーろーすごーい!!」

 新は純粋に宗十郎を尊敬していた。その喜びを表すかのようにきゃっきゃきゃっきゃ跳ねていた。

「何でも、生活費は自分で稼がにゃならんらしいからな。これくらいなら、店開くにゃ十分だろ」

 といっても、そんな話は今の彼らの耳には入っていなかった。

「ごめんください」

 そこに、ある女性が入ってきた。

「あっ、想ちゃんだ!!」

「徳田さん。それに、相模さんと秋月君もお揃いですね」

 南町奉行の逢岡想であった。彼女は早速宗十郎と八雲に対し、今回の不手際を謝罪した。

「アンタのせいじゃねぇんだ。そう気にしなさんな」と宗十郎は想に言った。それを聞いた想は安堵したように息を吐いた。

「実は、秋月君達に渡すはずだった書類を忘れていまして」

「そうなん? わざわざすまねぇな」

 書類を受け取った宗十郎はその一部を八雲に手渡した。

「あと、相模さんにはこれを」と想は分厚い書類を宗十郎に手渡した。それには『武士の心得』と題した重々しいものだった。

「何だ、これ?」

「えっと、相模さんは『武士』の身分ですので、これを読むようにと理事長より承ってまして・・・・・・」

「ふーん、そうか」と彼はパラパラとその本をめくりだした。

「あっホントだ。そーじゅーろー刀持ってる」

「おいおい、いまさらかよ」

 新が彼の左腰に指してある刀と彼の顔を交互に見つめる。

「相模君は、外の世界で剣道の世界大会で優勝するほどの実力の持ち主ですし、何より理事長からの推薦もありまして・・・・・・」

「へー、そ〜じゅーろーってすっごい強いんだね!!」

 新たが眼をキラキラさせながら必死に何かを訴える素振りを見せるが、宗十郎は「悪いが、俺は勝負しねぇぞ」と即答した。

「えー何でさー」

「無駄に自分の剣技を見せたくねぇんだよ。あと、気が乗らん」

「なんだよーそれー!! ぶーぶー」

 新はすっかりむくれてしまった。そんな彼女を想がまぁまぁと宥める。

「わりぃな。ここのボロ屋、こんな感じにしちまったが、良かったか?」

「え、えぇ。私も、まさかこんな風になっていたとは思わなくて」

「そうか。なら、いいや」

 宗十郎は暫し新や想達を見つめ、ふと八雲に声をかけた。

「八雲。お前、茶を淹れられるか?」

「え? まぁ、じいさんに教わってたからできるけど?」

「じゃ、人数分淹れてくれ。茶菓子は俺が作ろう」

「? そーじゅーろー。どしたの」

「何。新居完成祝いをやろうと思っただけさ」

 と言って宗十郎は八雲と共に奥に下がっていった。

「私もいいのですか?」

「構わん。これから、アンタには色々世話になりそうだからな。親交を深めようじゃないか」

 ニヒヒと笑いながら宗十郎は一人一人に茶と茶菓子を置いていく。

 八雲の淹れた茶を啜った想が感嘆の声を上げた。

「まぁ、美味しいですね」

「そ、そうですか? 良かった」

「そーじゅーろー!! このお菓子、すっごい美味しいね!!!」

「そうだろうそうだろう。この俺が作ったんだ。味には自信があるぜ」

「確かにおいしいね」

「あたしも、このお菓子に負けないくらいに八雲のよーじんぼーがんばちゃうよ!!」

「そうなんですか? 秋月君」

「いや、俺はそんなこと頼んじゃいないんですが・・・・・・」

「いいじゃねぇか八雲。その分しーっかりと働いてもらえばよ」

 その時、想が神妙な面持ちで話があるといってこう切り出した。

「実はここ、以前から嫌がらせが続いていまして」

「嫌がらせ、とな?」

「はい。ここの土地の権利書をめぐって」

「また何でだ?」

「すみません。そこまでは。ですが、ここの権利を正式に貴方がたに引き継がれましたのでご安心ください。何かあれば南町奉行所が全力で守りますので」

「そっか。ならいいや」と宗十郎は話を打ち切った。

八雲の淹れた茶を啜りながら宗十郎は「店の名前どうすっか」と聞いてきた。

「店の名前?」

「ここで商売すんだ。名前は必要だろうよ」

 たしかにそうだが、急に言われてもいい名前が思いつかない。

 その内、宗十郎がぽんと手を打った。

「店名は『八雲堂』で、店主は名前の通り八雲に決定。異論はないな」

 異議なーしとニコニコする新。いいですねという想。事についていけず狼狽する八雲。けらけら笑う宗十郎。

「じゃぁ店主。開店に先駆け一言どうぞ」

「えっ・・・・・・えっ、え!??」

 あまりの展開に頭の回転が追いつかない八雲を見て宗十郎は更に笑う。

「何でもいーんだよ。何かテキトーに言っとけ」

 バシバシと背中を叩かれ、咳き込む八雲であったが、自分のことをじーっと見つめている彼らを前に、八雲は大きく息を吸い込んだ。

「これからの学園生活を楽しく愉快に過ごす! 皆よろしく!!」

 顔を真っ赤にしながら、八雲は店主としての抱負(?)を宣言した。皆からは盛大な拍手が送られた。

 こうして、八雲堂開店祝いと新居祝いは静かに幕を下ろした。

 その夜、どっと疲れた八雲は畳の上に突っ伏していた。

「何か疲れた」と間の抜けた声でうだる。

「おいおい、これくらいで疲れてるんじゃ、この先やっていけねぇんじゃねぇの?」

「zzz・・・・・・zzz・・・・・・」

「いや、今日がハードすぎるだけだって。つか、こんな日が毎日続いたら死にそうだよホント」

「zzz・・・・・・zzz・・・・・・」

「そうだな・・・・・・。まぁ、その内慣れんだろ?」

「あまり慣れたくないよこれに」

「細けぇこといちいち気にすんなよ」

 それから、宗十郎はチラリと視線を自分の横にやった。

「ところで、何だってコイツはここで爆睡してやがんだ?」

 ジトっとした眼で宗十郎は、同じ和室でだらしない格好で夢の中をエンジョイしている新を見ると、仕方なしに奥から毛布を持ってくるとそれをかけてやった。

「優しいね」

「ふん。風邪引かれちゃ困るからな」

 そう言って宗十郎は、八雲が淹れてくれた煎茶を啜った。やはり美味いと彼は顔を綻ばせる。

「・・・・・・」

 宗十郎はじーっと新の顔を見ていると思ったら、いきなり頬をびよーんと引っ張ったりプニプニしたりと遊び始めた。

「・・・・・・何、してんのさ宗十郎」

「いや、コイツの顔を見てたらどーしてもいじりたくなってな」

 その後大体30分くらい、彼は新の頬で満足するまで遊びまくった。それでも彼女が起きることはなかったことに八雲は驚いたわけだが。

「さて、明日から忙しくなるから、もう寝るか」

「そうだね」

 そういうことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼らの新しい学び舎のクラスは甲級二年め組となった。担任の南国教諭はなかなか豪快な人であった。どこか、その風貌やら何やらが某大物演歌歌手に似ていると思ったが、些少なことだったのでそのままにしておくことにした。そこには自称用心棒の新がいて、向かいにあった『ねずみ屋』という人気店を経営している子住三姉妹の次女・子住結真や情報屋の比良賀輝らとクラスメイトになった。

「アンタ達! アタシ達の邪魔はしないでよね!!!」

 結真とのファーストコンタクトはまるで目の敵みたいに結真が敵意剥き出しに吐き捨てられて終わった。

「なんのこっちゃ?」

「さぁな」

 昼休み。八雲と宗十郎は眼の前で「新さんスペシャル」なる量・価格共に通常の3倍もの量になろうかという昼食をバクバクと頬張っている新を眺めながら二人は先ほどのことを思い返していた。

 誰に聞こうとも、眼の前の大飯食らいは飯を食うことに集中しているし、想は仕事とかで今日一日いないらしい。となれば誰にこの件を聞けばいいのやらさっぱりである。

「ここ、空いているか?」

 その時、彼らに女性が話しかけてきた。

「ん? あぁ、空いてるぞ」

 失礼するとその女性は新の横に腰掛けた。その出で立ちは、黒く長い髪を後ろに束ね、左眼に眼帯をした何とも特異な姿だった。ちなみに、新は食事に集中しており、彼女が来たことに全く気付いていない。

 その女性は、彼らを一目見るなり、こう切り出した。

「君達は転校生だな?」

「ん? あぁそうだよ。俺は甲級二年め組の相模宗十郎だ。よろしく」

「同じく、秋月八雲です」

「私は柳宮十兵衛。ここにある道場の剣術指南役だ。こちらこそよろしく」

 宗十郎は早速今日の件について彼女に尋ねてみた。彼女は聞くや「そのことか」とまだ来て間もない彼らにその理由を説明した。

 それによれば。いつの頃からか、いま彼らが住んでいる家は不良共の溜まり場となっていたらしく、今までそこに住んでいた住人達は彼らの嫌がらせにより全員逃げ出してしまっていたらしい。その後管理者のいなくなった家は不良共のストレスのはけ口となりああなってしまったそうだ。

 先日の想との話と違っているが、おおかた間違ってはいないのだろう。あそこの土地の権利書を狙っている奴がなかなか権利書を渡さない住人達に対する嫌がらせとして不良共を雇ったのだろう。

 それはそれとして。

 その嫌がらせにより間接的に被害を被ったのが向かいで営業している「ねずみ屋」というわけだ。不良共が暴れるおかげで客足が遠のき営業に支障をきたしているとか。

「はた迷惑な話だな。ったく」

 聞き終えた宗十郎は舌打ちしながら腕を組む。成程これは根が深そうだ。

 そんな彼を十兵衛はじーっと見ていた。それに気づいた宗十郎は「俺の顔に何かついてるか?」と尋ねる。

「いや、君からはとてつもなく凄まじいオーラを感じてな」

 十兵衛のさり気ない一言。宗十郎の表情が固まった。八雲はそれに気づかなかったが、宗十郎は彼女に「何を感じたんだ」と投げかけた。

「何というか、強烈な威圧感というか・・・・・・人に畏怖を感じさせる不思議なものを感じた」と答えた。

 それを聞いた八雲は「剣道の世界大会で優勝するくらいの腕だもんね」と一人納得していた。十兵衛は納得したように頷くも、その表情はどこか釈然としていないようにも見えた。

 ちらりと十兵衛は八雲を見るや、彼に道場に来ないかと誘ってきた。それを八雲は丁重に断った。が、その理由は言わなかった。

「そう言わずによ。たまに顔出して鍛えるくらいなら、いいんじゃねぇの?」

 むすっとしている八雲に宗十郎がやんわりと諭す。十兵衛は少し寂しげに彼を見ていたことに宗十郎は気づいていた。

 八雲は渋々ながらも、気が向いたら行くということを約束した。

 その時、八雲はたまたま近くを通った南国教諭に新のことで彼女共々職員室に連行された。

「何故に八雲まで連行されたんだ?」

「さてな? それに関しては、私は何も知らんよ」

 ふふっと十兵衛は彼を見て微笑む。

 彼女の口が不敵に開いた。まるで、邪魔者はいなくなったのを待っていたかのように。

「・・・・・・さて、君は何を隠しているんだい?」

「・・・・・・いきなり何を言い出すんだよ十兵衛さん」

「もう隠す必要はないだろう。君の『中』には、一体何がいるのか、答えてもらいたい?」

(おいおいマジかよ)

 宗十郎は押し黙った。十兵衛は一言も発することなくじっと彼の答えを待っていた。

 沈黙の時がゆっくりと流れていく。

「・・・・・・やれやれ」

 観念した宗十郎はポケットからあるものを取り出して机の上に置いた。ビニールに丁寧に入れらていたそれは、彼がいつもお守りとして持ち歩いてるもので、彼の誇りであり、信念の象徴でもあった。

 彼が置いたそれは、何かの勲章であるらしい。しかし真ん中で分かれた勲章とは珍しかった。その勲章は、彼女から向かって右側に紅い十字槍を囲む龍の家紋が、向かって左側に菊の御紋が彫られていた。

 それを見た十兵衛は、ハッとした。左の御紋は言わずもがな天皇家のものである。

 そしてもう片方は。古の時代よりこの国の為に幾度となくその力を行使し救ってくれた『天下四神』の一つ。

 その家に代々継がれている二つ名は『槍聖』。

「そ、その家紋は―――」

 驚愕する彼女に、宗十郎は続けざまにこう告げた。

「俺のかつての肩書きは、『大日本帝國大元帥』」

 十兵衛は言葉を失った。

 『大日本帝國大元帥』。この国の為に尽力し、この国の為に時の首相達に意見し。戦場では誰ひとりとして死なせることなく、その教えは多くの子弟達に受け継がれてきた。

『鬼神大元帥』、『護國神』、『真の世界最強』、『神剣聖』、『武神』。そんな、数多の異名を持つ男が、十兵衛の眼前にいた。

「貴方は―――」

 その先の言葉を予想していたように、彼は人差し指を唇に当てた。

「それ以上は言うな」

 意を察した十兵衛は、小声で彼に話しかけた。

「・・・・・・その貴方が、この学園に、何用か?」

「場所を変えよう」との彼の提案に彼女も同意した。大偉人が正体を隠してこの学園に来るのには、何か人に言えない事情があるに違いない。そうでなくとも、この男は『外』の世界では新聞に載るほどの知名度だ。ここで名を知られれば色々と不都合が生じるのだろう。

 学園に関しては十兵衛の方が詳しいので、彼女は今は使われていない空き教室に案内した。

「貴方がこの学園に来た理由を、生徒を代表して伺いたい」

 どかりと椅子に座った十兵衛は、対面に座っている宗十郎に問うた。証拠を見せられたとは言え、眼の前にいる人物が、かの大軍人とは未だに信じ難かった。

 目上の人に対する口の利き方がなってねぇなとぼやきながらも、宗十郎は彼女の質問に答えた。

「理事長徳河秀忠の依頼で、ある者達を探している。それ以上は言えん」

「―――かつて世界を震撼させた方の言葉とは思えませんな」

「言ってくれるな、小娘。だが、俺とて話す奴が依頼内容を話してもいいかどうか見定めにゃならんからな」

「つまり貴方は、私を疑っているのですかな?」

「それはそうだろう。実弟秋月八雲に自分の正体を隠しているんだからな」

 何故それを知っている、という表情をするも、彼女は何も言わなかった。宗十郎はそういうこったと手を組んで頭の後ろにやった。

「・・・・・・それを言われると、グウの音も出ません」

 十兵衛は観念しそれ以上の詮索を止めた。

 彼はクククと微笑してあるものを彼女に見せることにした。

 すぅっと現れたそれを見た十兵衛は暫く言葉が出なかった。

 それもそうだろう。何せ、それは彼の正体を確信たらしめるものであり、彼の一族の象徴でもあるからだ。

「何故、これを私に・・・・・・?」

 先程、自分の事を疑っていることを口にしていたのに、これではまるであべこべではないか。そんな彼女の考えを知ってか知らずか、宗十郎は椅子にどっかり座り、足を机に放り投げた。

「こう見えても、俺は人を見る眼はあると自負している。アンタの眼は大海の海のごとく澄んでいる。だから見せた」

 それでも依頼内容は言えんがな、と、意地の悪い笑みを浮かべたが、次の瞬間、宗十郎は途端に複雑な表情になる。

「しかしまさか、転校2日目で正体がバレるたぁ、俺も思わなんだ」

 それでいて豪快に笑う宗十郎に対し、偶然ですと十兵衛は苦笑する。

「あの時、貴方の後ろに、『龍』のような姿がぼんやりと見えましたもので、もしやと思いましてな」

 それを聞いた宗十郎は、一瞬惚けながらも、次には額に手をやり可笑しそうに笑い出した。

「くははははは! 俺もこの数十年のうちに衰えたものだな!!」

 豪快に笑い飛ばす彼。つられて彼女も自然と顔に笑が浮かんだ。語り継がれてきた彼と眼前にいる彼とのギャップの違いに戸惑いを感じつつも、彼にいつの間にか親近感を覚えていた。

 十兵衛は宗十郎に「貴方の望みを伺いたい」と問うた。

「望みも何も、俺としては、このまま高校生相模宗十郎として生活したいだけさ」

「承知しました。今日のことは私の胸の中に秘めておきましょう」

「そう言ってもらえると助かるよ。あぁ、それと・・・・・・」

「分かってます。八雲には秘密にしますよ」

「頼むよ。それとな十兵衛。俺に敬語は使わなくていいぞ。敬語を使われるとどーも背中が痒くてかなわん」

 その申し出は正直困惑した。世界最強の男に対しタメ口を聞くというのが全体どのくらい勇気がいることか。一方でそんな彼の申し出を無下に断るのはどうしたものか。

悶々と悩んだ末、『形式上』彼の申し出を受けることにした。

「それではお言葉に甘えて。私からも一つ、頼みたいことがあるんだ」

「何だい?」

「私の代わりに、八雲を守ってやってくれないか?」

「―――何だかんだで、弟思いなんだな」

「この世界のどこに、弟を思わない姉がいましょうや。私とて、護りたい者がいるんだよ」

 了解したと宗十郎はひらひらと手を振って去っていった。

 

 

 

 

 

 

―――あの人はな、十兵衛。わしが今まで会っていた連中とは違っていたんだ。とにかくわしらのことを第一に考えてくれてなぁ。時には上のお偉方に意見してくれたんじゃよ。それ以外にも、敵が負傷すれば分け隔てなく手当したし、それにな―――

 

 

―――かの者の比類無き力、古の剣豪共と比べるに能わず。遠く離れし敵を真空の刃にて斬り伏せる、まさに剣聖に相応しき者也―――

 

 

 彼女の頭に、祖父が幼自分によく話してくれたことや、実家に伝わる彼の伝記が流れてきた。

「伝説の剣聖の力。とくと拝見」

 

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