武士(もののふ)の魂   作:辰伶

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その2 八雲拐かし

「さて、買出しはこんくらいか?」

「・・・・・・重い」

 学園の帰り道。宗十郎は八雲に突然買い物に行くと言い出した。その理由を問うと、「今日から本格的に営業すんだ。品切れにならんようにしねぇとな」とウキウキした表情で言い放った。

 今、彼の両手には八雲自身が吟味した茶葉と、宗十郎が厳選した茶菓子の材料が袋一杯に膨れていた。だらしねぇなぁと宗十郎は二つある袋のひとつをひょいと代わりに持ってやった。

「ひ弱な男はモテませんぜ、旦那」

 ケラケラとからかう宗十郎をギッと一睨みする八雲。今にも食ってかかりそうな彼を見て宗十郎は又笑う。そう怒りなさんなと宥める彼にムキーッとくってかかる八雲。

「んなことより、さっさと帰ってメニュー考えるぞ」

「・・・・・・それなら、いくつか考えてあるんだ」

「へー。ちょっと聞かせてくれよ」

 彼に言われて、八雲は自身で考えていたメニューについて語ると、宗十郎は興奮して「いいな、それ!」と眼を輝かせていた。

「茶菓子はさ、別に和菓子にこだわる必要ないと思うんだ。茶に合えばなんでもいいんじゃないかな」

「そうだな。茶菓子については、閉店後に相談しようか。っと、着いたな」

 和室に荷物を置いた時、宗十郎は不意に先刻南国先生に呼ばれた件について聞いてきた。

「新に、「ちゃんと授業を聞くように教育してくれ」と」

「転校2日目のお前にか?」

「「仲がいいお前を見込んでの頼みだ」なんだと」

「随分とまぁ見込まれたことだなお前。んで、当の本人は?」

「今日早速補習に召集されたよ。ちゃんと授業を受けたら宗十郎が超旨いものをご馳走してくれると言ったら眼が食物になって張り切っていたよ」

「・・・・・・なぁおい」

「言わないでくれ。そ〜でもしないと、新が、ね?」

「―――しゃーねーなー。奴の為に何か旨いもん作ってやるか」

 ごめんと謝る八雲に、気にすんなと宗十郎は声をかける。

 宗十郎は準備を整えようと外に出ると、そこには既に客がいた。

「うおっ。もういるのか!?」

とついつい声を出してしまうほど、宗十郎は驚いた。

 客は二人いた。一人はちんまりした見た目小学生だがそのなりにそぐわない威厳を感じた。もう一人は、彼女の従者であろうか。何故かオロオロしている。

「何じゃいきなり。失礼であろうが」

 小学生(?)の口調がどこか古臭い。というかジジくさい。プンスカしている彼女に

「あーこれはすまん。いるとは思わなくってな」と謝した。

「時にお主。ここに以前来た時はこんな立派な店はなかったのじゃが?」

「ここか? 実は俺ら、昨日転校してきたんだが、逢岡さんにあてがわれたこの家があーんまりにもボロかったからな。改修させてもらたのさ。茶屋として」

 これには心底驚いたらしく、「それは誠か」と聞き直したくらいだ。

「良かったですね、光姫(みつき)様。また一つお店が増えそうですね」

 従者らしき女性は、既に何かを想像しているらしく、口からよだれが滴り落ちていた。

「これハチ。みっともないぞ」

 そう指摘され、ハチなる従者ははっと我に返り慌てて涎を拭った。その姿は自然と誰かと重なった。

「おーおー。新二号がここにいる」

「ん? お主、新さんを知っておるのか?」

「知ってるよ。自称用心棒兼大飯食らい兼居候の徳田新だろ?」

 そうか、とだけ光姫なるちっこい女性は頷く。心なしか顔が引きつっていたように見えたが、そんなことお構いなし。光姫は、その用心棒たる新はどこにいるのか尋ねる。

「南国先生とデート中だ」

 意地の悪い笑みを浮かべると、彼女は察してくれたらしい。そうかとだけ言って苦笑いしていた。ところがハチは「えっえっえ??」と顔を真っ赤にして慌てていた。

 この時、宗十郎は面白いおもちゃを見つけたと心の底から喜んだ。

「ハチといったか。デートってのは、補習授業のことだよ」

「あっ・・・・・何だそういうことだったんですね」

「そういうこった。まぁそこに座っててくれ。茶と菓子を出してくるわ」

「? おいお主、わしらはまだメニューを見とらんぞ?」

「いいんだよ。アンタらはこの店最初の客なんだ。だから、俺と店主の自信作を味わってもらいたいのよ」

 ニヒヒと宗十郎は二人を残して奥に引っ込んでいった。彼の姿が見えなくなったのを確認してからハチにツツっと寄ってきた。

「ハチや。ここの住人の名前、分かるかの?」

「えっ、あっ、はい。えっと・・・・・・相模宗十郎さんと、秋月八雲さんと、いちおー徳田さんですね」

「相模宗十郎・・・・・・はて、どこかで聞いたことがあるような気が」

「けど、相模さんとか宗十郎さんとか日本にはイッパイいませんか?」

 確かにハチの言う通りだ。しかし、光姫は相模宗十郎という名を何かの古い書物に記されていたようなことを思い出していた。同姓同名なんてこの世の中にごまんといるだろうが、彼女の心にどうしても消えないしこりがあった。 

「待たせたな。店主特製の煎茶と俺特製のきんつばだ」

 彼女達の横にそっと品を置く。うむと光姫はまず八雲が淹れた煎茶を啜る。

「うむ。何とも絶妙な煎れ方じゃな」

「ふふ。ウチの店主は煎茶道をやってたんでね。煎れ方には自信があるんだ」

 そうなのかと聞けば、奥から出てきた八雲が「そうなんですよ」と彼女に告げた。

「いらっしゃいませ」

 ぺこりと頭を下げる。うむ、と光姫。

「光姫様~。このきんつば、すぅっごいおいしいですよ~」

 光姫のお付であるハチことたて八辺由佳里(はちべゆかり)は、頬を綻ばせて悦に浸っていた。嬉しいねぇと宗十郎は彼女の頭を撫でた。

「どれどれ」

 パクリときんつばを一口頬張ると、途端に彼女の顔が綻んだ。

「おぉ、これは何とも」

「にしし。龍二と一緒に作ってたかいがあったもんよ」

「? 宗十郎とやら。龍二というのは、誰じゃ?」

「あぁ。俺の親戚でな、料理がものすご上手いんだ。バイト先じゃ社員差し置いてチーフになってるしな」

「そぉなんですか~? それは是非食べてみたいです~」

「ふふん。だったら、今度外に行った時に案内してやるよ」

 ウキウキしだした由佳里。それを宥める光姫。

「お口に召したようで」

「お粗末さまです」

「うむ。美味しかったぞ」

 光姫はご機嫌であった。

「時折ここに寄らせてもらうぞ」

「毎日来てくれてもいいぞ?」

「ほっほっほ。これでも、わしは忙しい身でな」

「そっか。ところで、アンタ、名前なんていうんだ?」

 主に生意気な口をきいてきた店の従業員に対し、由佳里は烈火の如く怒り出した。

「ちょっと宗十郎さん!! 光姫様に対して失礼じゃありませんか!!」

「? コイツは俺達とタメなんだろ? 何の失礼があるんだ?? なぁ、八雲」と同意を求めたれた彼はすごい困惑した。何と答えていいのやら正直わからなかった。

「この方はですね! 天下の―――」

「こぉれハチ。そこまで言わんで良いわ」と光姫は由佳里の後頭部をしばいた。

「で、で、でもぉ」

 主に言われても、未だ納得いかないように頬を膨らませている。

「すまんな。わしはこう見えても三年生なんじゃ」

「おっと、これは失礼した」

「気にするでない。わしの名は水戸光姫(みとみつき)じゃ。わしへの話し方も今まで通りで良いぞ」

「ちょ、光姫様!?」

「良いではないか、別に減るものではあるまい」

 二人の悶着を見ていた八雲はなんのことやらとキョトンとしており、宗十郎はホンの少し驚いたようだ。

「お主ら、そういえば本島から来たのであろう? 話を聞かせてくれんかの?」

 そういうことだったので、彼らは本島での生活や出来事やら何やらを光姫に話した。光姫は外の事に殊更興味があるらしく、暫く彼らはその話で盛り上がった。

「ここは絶海の孤島じゃからな。外の情報があまり入らんのじゃ」

「まぁ、そうだろうな」と流しつつ、宗十郎は光姫を観察していた。

 とても学園影の実力者とは思えないが、それは見た目だけであろう。見た目では分からぬことがあるから人とは面白いのである。それが、戦前戦中、そしてこれまで様々な世界で体験してきたことから得た彼の考えだ。

 宗十郎は一旦席を外し、人数分の煎茶を持って戻ってきた。

「まぁ、今日はのーんびり過ごそうや」

「お、それはいいのう」

 ずずっと茶を啜り、ほっと一息。

 日向ぼっこしながら茶を啜る。

「あら、何してらっしゃるの?」

 ふと顔を見上げた八雲は、その女性が『ねずみ屋』の三姉妹の一人ということだけ分かった。結真とは違い、上品であり、清楚な印象を抱いた。

「子住結花(ねずみゆか)さんか。今日は多分もう客こねぇだろうしな。のーんびり茶を啜りながら日向ぼっこさ」

「でも、今日が開店日じゃなかったかしら?」

「だからやってんのよ。結花さんもどうだい?」

「あら、いいんですか?」

「たまにはいいじゃねぇか」

 じゃあ御相伴に預かってと結花は皆が座っている長椅子に腰掛け、八雲が淹れた茶を啜り一言「美味しいわ」

「にひひ、美味いってさ。良かったな八雲。人気店店主のお墨付き頂いたぞ」

「ちょっと、自信がついた」

 はにかむ八雲を小突いている宗十郎に近づいてくる人影があった。

「ちょっと結花姉ぇ! 何してんのよ!!」

「あーいたいた。結花姉ぇ。こーんなところでお茶している」

「おぉ、由真に唯か。お前らもどうだ?」

 プンスカ怒る由真とのんびりとした口調で結花を見る末っ子の子住唯(ねずみゆい)。由真はおそらく彼女を誘惑したであろう宗十郎に喰ってかかった。

「相模ぃ!! アンタ、結花姉ぇをどうしようって言うの!!!」

「どうもこうも、ただこうして茶ぁ飲んで日向ぼっこに誘っただけやけど??」

「嘘言うな!! どーせいやらしいことでも考えてるんでしょ!!!」

「・・・・・・なぁ、結花さん。この爆弾娘は、いっつもこうなんか?」

「ごめんね~。由真姉ぇ頑固だから」

 唯が説明している中も、由真はガンガンと宗十郎達を罵倒していた。長姉の結花が宥めるのも聞かず。光姫と由佳里ははてさてどうしたものやらと互いの顔を見合っていた。

(しょうがねぇな)

 宗十郎はガサゴソと懐を探り、ある物を取り出した。そして、彼は標的を変えて口撃している由真の頭目掛けてそれを打ち下ろした。

 乾いた音が八雲堂に響いた。

 何すんのよとギャーギャー吠える由真に対し、宗十郎は長椅子を指差した。ジト眼で彼女を見る光姫と由佳里。呆れ顔でため息を吐く姉の結花と妹の唯。困惑顔の店主八雲。

「さて爆弾娘。何か、皆に言うことは?」

「・・・・・・ごめんなさい」

 ぺこりと頭を下げる由真。それを見て「すみません」と姉の結花も一緒に頭を下げた。

「これ飲んで少し落ち着け」

 ほれと差し出した茶を受け取り一口啜りプハッと息を吐いて「美味しい」と呟いた。

「さて、ちょーいと待ってろよ。茶菓子でも持ってくるからな」

「「「はーい」」」

 こうして、開店初日はだらだらーっとのんびり過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。宗十郎は夜の街をトボトボと歩いていた。

 絶海の孤島。外部との連絡手段を制限されたこの島でなら、事を起こすには快適な場所だ。

「徳川、大岡、遠山、柳生などの末裔共が集う島、ねぇ。おもしれじゃねぇか」

 月明かりしかない暗い夜道を一人愉しそうに笑む宗十郎。彼の後を追うように、無数の男がつけて来ている。

 自分達の存在を隠す必要が全くないのか、ザクザクと音を立ててゆっくりと近づいてくる。その数、ざっと十数名。

『随分と早いな。勘づかれたか?』

(いや・・・・・・夕方の奴の仲間だろうよ。小物だな)

『ふむ、そうらしいな。どうする? 始末するか?』

(頼むわ。よけーな力使いたくねぇ)

『あいよ』

 彼の相棒は彼の中からすっと抜け出すと、闇討をし、彼は連中をそのまま川の中に投げ込んだ。投げ込まれた連中が川の中でもがきながら助けを呼んでいるが、時刻は草木も眠る丑三つ時。皆は心地よく夢の中を楽しんでいるだろう。しかも人気のない場所だ。眼を覚ます者、気付く者は誰もいない。

「どこの誰だか知らねぇが、俺の国を壊そうってのなら、俺が鉄槌を下してやる」

 宗十郎は天に誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日、八雲は一人で店番をしていた。宗十郎は茶菓子の材料を買い出しに出かけており、新に至ってはいつものように南国教諭の補習デートに参加中である。

「・・・・・・暇だなぁ」

 ここ数日。開店しているものの早々に閑古鳥が鳴いてしまっているようである。ここ数日で来た者といえば、光姫一行、逢岡想、『遊び人の金さん』なる女性と、彼女の付き人(?)の銭方真留(ぜにがたまる)以外誰も来なかった。

「八雲さ~ん、いますか~」

 店先から声がしたので、はいはいと出てみるとそこにはどてらにジャージ姿といった奇妙な格好をした女生徒が立っていた。

往水(いくみ)さん、どうかしたんですか?」

 彼女の名は仲村往水。南町奉行逢岡想の配下である同心である。ただし、相当のサボリ魔であり、事あるごとに想や八雲達に仕事を押し付けて自分は悠々自適に八雲堂で茶を啜っているのである。

「いえねぇ、定期見回りのサインを頂けないですかねぇ」

 往水は想の命にて八雲堂周辺の見回りをしていた。先日の権利書やらなんやらの件でここがどこぞの悪党に狙われているといけないからとの想の配慮からだった。

「あーはいはい」

 八雲は彼女からバインダーと筆を受け取って書こうとした時、頭に鈍痛を覚えた。

「本当にごめんなさいねぇ・・・・・・」

 薄れゆく意識の中、八雲はそんな往水の言葉を聞いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「八雲―。帰ったぞー・・・・・・ってあれ?」

 買い出しから帰ってきた宗十郎は、いるはずの店主がいないことに不審を感じたがひとまず荷物を調理場に置いた。

「あんにゃろうどこ行きやがった」

 店先に出て辺りをキョロキョロしたが当然見当たらない。さては何か足りないものがあって買いに行ったか? しかし店を開けて出かけるとはどういう了見か問いただしてやると思った。

 ふと、宗十郎は店先にあるものが落ちているのに気がついた。それはいつだったか宗十郎が八雲に護身用にとあげた小刀だ。

「・・・・・・」

 宗十郎はじっとその小刀を見つめ、それを自分の懐に入れた。

「さて、うちの店主を攫ったドブネズミ共は・・・・・・っと」

 宗十郎はゆっくりと眼を閉じて大きく深呼吸した。感覚を研ぎ澄ませ彼の気を追った。それから彼は龍牙を抜き、それを振り抜いた。

「待ってろよ八雲」

 龍牙を収めた宗十郎は店を閉めるとある所へ向かって歩きだした。

 

 

 

 

 

「んぐ・・・・・・」

「お目覚めですか、秋月さん」

 眼を覚ました八雲は自分が縛られていること、周りを囲んでいる見知らぬ連中、夜であるということに気づいた。

「誰だ、アンタ」

「貴方の為に迷惑を被っている者とでも言っておきましょうか」

 小太りの男が気味の悪い笑みを浮かべて八雲に言った。格好からどうやら彼は商人らしい。

「―――オレはアンタらに迷惑をかけた事ないけど」

 そう言った瞬間、彼を囲んでいた悪漢に腹を力いっぱい蹴られた。呻く彼にその悪漢が何か悪態をついたようだったが、激痛に苦しむ彼に聞こえてはいなかった。

「こらこら。そんなことしちゃ、彼と穏やかに話し合いができないじゃないですか」

 悪漢にそう言った小太りの男は懐からある紙を取り出した。手短にと断って彼はその紙を広げた。

「簡単な話です。貴方には何も言わずにこの証文に拇印を頂きたいのです。それさえして頂ければすぐにでもお返ししますよ」

「証・・・・・・文?」

「えぇ。貴方の家の権利を私に渡すという証文です」

 ちょっと待てと八雲が吠える。一体誰の権利があってそんなこというだと抗議する。

 それに対する男の答えは、「権力を金で買うためには、あの場所が最適なんですよ」とのことだった。彼は己の壮大な夢を語っていたが、途中から八雲は聞いていなかった。

「悪いが、俺はなんと言われようともあの家を譲る気はない」

「では私に売ってくださいな。ご希望の金額で買取りますよ」

 商人の申し出を、八雲は舌を出して拒否した。その言動が理解できない商人は八雲に激しい口調で問うた。

「あの家には、大飯食らいの用心棒と何でもできる俺の同居人の夢が詰まってる場所なんだ。アンタらみたいな薄汚い奴らなんかに渡せないね」

 それを今まで黙って聞いていた証文改方の田ノ上という役人が高笑いした。

「貴様の命だけは助けてやろうと思ったのにそんな約束一つで無駄にするとはな!!」

 言うやいなや、取り巻きの一人が八雲を地面に叩きつけた。何をすると叫ぶと、田ノ上は抜刀しており刀を上段に構えていた。

「お前の指を頂く」

 拇印さえ貰えば役目上どうとでもなると田ノ上は言う。逃げようともがくが彼を押さえている男の力が強く逃げることができない。

「大人しく従っていれば五体満足でいられたものを」と、田ノ上は刀を振り下ろそうとした。

 悔しさに顔を歪める八雲はせめてもの反抗の眼差しを彼に向けた、その時だった。

 商人の家を囲む壁が音を立てて崩れ落ち、彼の周りと押さえつけていた取り巻き共が何かによって吹っ飛ばされた。

「助けに来たよ八雲!」

「無事か八雲!!」

 そこの現れたのは、愛馬銀シャリ号に跨った新と宗十郎であった。侵入者に驚いた商人が大声を上げると彼に雇われていたであろう浪人共がうじゃうじゃと現れた。

「生かして返すな!!」と田ノ上が命じる。

 状況を把握した宗十郎と新は静かな怒りの炎をその瞳に宿していた。

「うちの店主が随分とお世話になったようで・・・・・・。テメェら、覚悟は出来てるんだろうな?」

「八雲をいじめた連中は許さない!」

 田ノ上の号令のもと、浪人共が彼らに襲い掛かった。

 銀光一閃。その斬撃は襲いかかってきた者共を一撃で沈めた。驚いた連中は恐怖におののきながらも田ノ上の命に逆らうことができず次々と彼らに挑んでいくが実力に雲泥の差がある彼らに敵うはずもなく、次々とその地にみっともない姿を晒していった。

「新。他の連中は任せた」

 そう言って宗十郎は残りを新に任せ、自身は田ノ上の前で立ち止まった。刀は既に抜いている。

「さて、田ノ上と但馬屋・・・・・・だっけか? テメェらの企みは全部聞かせてもらった。あの家は俺と八雲が南町奉行から正式な手続きを踏んで受け取った場所だ。それを、八雲を誘拐・脅迫し分捕ろうなんて下衆な考え持ちやがって。覚悟は出来てんだろうな?」

 田ノ上は慌てて刀の柄に手をつけようとした。が、しかし、

「遅い!」

 それより早く宗十郎の刀が火を噴いた。八雲が受けた痛みを返すように田ノ上の頭・腹部・腕部にそれぞれ一撃づつ喰らわせた。

「己が利益のために他人を蹴落す考えのテメェに武士を名乗る資格はない」

崩れ落ちる田ノ上に宗十郎は容赦ない言葉を浴びせる。最も彼は意識を飛ばしているので宗十郎の言葉など耳に入っていないのだが、そんな彼を見て但馬屋は情けない悲鳴を上げる。

「さて、これまでお前の為に苦しめられた者達の恨みを知れ」

 但馬屋に宣告すると彼は慌てて逃げようとした。しかしそれより早く宗十郎の一閃が彼を襲い、但馬屋はその場に突っ伏した。

 その時、逢岡想率いる南町奉行所役人が乗り込んできて、ノビていた田ノ上、但馬屋を始めとした一味の者を捕縛、奉行所へ連行していった。

 血だらけになった身体を見て、八雲は己の不甲斐なさを痛感していた。これなら、あの時剣道を辞めなきゃ良かったなと後悔した。

(後悔後先たたず、か)

 八雲は自然と笑んでいた。よく分からなかったが。

「今度、十兵衛さんの、ところ、へ―――」

 八雲の意識はそこで途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八雲は八雲堂に運ばれ、そこで治療を受けた。幸い大きな怪我などは負っておらず、今日一日安静にしいれば大丈夫との医者の刀洲斎かなうの診断だった。

その八雲は自分の布団でぐうすかと気持ちよさそうに寝息を立てていて、その横に同じように鼻提灯をこしらえて眠る新の姿があった。

「後で、美味いもの食わせてやるか」

 微笑んだ彼はそっと彼女に毛布をかけてあげた。

そして、ある女性からもらった人形を取り出し、呪を唱えた。

 唱え終わると人形がパッと光り輝いた。そこから現れたのは長い髪を後ろで束ねた長身の女武者であった。

『呼んだか? 宗十郎』

「暫く、コイツらを見ていてくれないか?」

『・・・・・・』

「・・・・・・何だよ、鳩が豆鉄砲くらったような顔しやがって?」

『いや。お前にしては、随分フツーな頼み事だなと思ってつい驚いてしまった』

「ふん。平安から生きてる妖怪よりかはマシな頼みだろ?」

『おいおい、私の主に対して随分な言い方じゃないか』

 小突いた彼女は既に屍人である。だが、ある女性の手によってこの世に再び生を受け、彼女の為に働く式神となった。

彼女は宗十郎が転校する前に京都で起こったある事件の折、顔見知りの女性から預かっているものである。

名を上泉信綱(かみいずみのぶつな)。またの名を上泉伊勢守という、室町期の女剣聖であり、新陰流開祖である。

 

 

―――いくらお主とて生身の人間じゃ。死ぬこともあろうよ。それにな、お主はこの世界の必要な存在。お主を失うは、わらわの気が済まぬ。故にこやつを預ける―――

 

 

と、京を守護する皇女は告げた。

『なあ宗十郎。聞いた話だが、私の弟子が顕現したらしいが、それは本当か?』

 伊勢守が話を振ってきた。そうらしいなと答えると、伊勢守はその者の名をしきりに尋ねてきたが、宗十郎はその答えをはぐらかした。

「知りたきゃ、晶泰の家に会いに行けよ。最も、彼は今神明の剣道部顧問をしているがな」

『ほう、我が弟子は安倍の末裔の家に住んでいるのか。ヤツの家ならありえんこともないか』

「そうだな。アソコは摩訶不思議の一族だしな。

まぁそれはそれとして、今度俺の孫の手料理食わせてやるよ。アンタ、まだ食ったことねぇだろ」

『ほう。噂に名高いお前の孫の料理か。それは楽しみだな。

そういえば、お前の孫って・・・・・・』

「あぁ。『将軍家最強の守刀』、『紫焔の伏したる龍』、『紅焔の暴君龍』という、天下に名高い3魂が認めた逸材よ」

 ふと、伊勢守がウズウズしているのを宗十郎は見逃さなかった。悪いがアンタと孫を戦わせないからなと宗十郎が言うと、伊勢守はガックリと肩を落とした。

 宗十郎は気が変わったようだ。ガサゴソと懐を探り、ある札を取り出した。

『おやおや。これは珍しい方から呼ばれたものだ』

 札から現れたのは白の水干姿の青年だった。優雅に扇を仰ぎながらクスクス笑っていた。

「やかましい妖怪2号。自分(てめぇ)自身を式神にしといて平安の御世から生きてるくせによく言うよ」

『随分な言い方だねぇ。君の所にも妖怪がいるじゃないか。私と同じくらい生きている大人が』

 黙れと宗十郎は現れた青年を小突いた。

『それで宗十郎さん。私を呼んだ要件は?』

「俺らはちょっと外行ってくるから、コイツらをちゃんと見張っといてくれ。大陰陽師殿」

 ハイハイと軽くあしらった青年を後に、二人は外に出た。

 満月が照らす夜道を涼しげな風が吹き抜ける。そこを歩く相模宗十郎と上泉伊勢守信綱。

闇夜の道を、異形の二人が闊歩している。信綱はここの生徒達に怪しまれぬようここの制服にそれとなく似せた衣服を身につけていた。夜とはいえ、生徒がふらついていないとも限らないからだ。

「この国も随分とまぁ厄介なバカ共に狙われるもんだな」

「全くだな。私達の負担は増える一方だよ」

 かれこれ30分。こんな感じで雑談しながら歩いていた。剣聖伊勢守信綱と闊歩するとは何とも異様な光景である。

平安の大陰陽師と室町の剣聖。この二人と宗十郎が知り合いと知ったら、八雲は一体どんな反応をするのだろうかと想像すると、不思議と笑みが溢れる。最も、彼の場合そんな知り合いはごまんといるわけだが。

「お前を見ていると、相州殿を思い出すな」

「信綱、俺はその相州殿の子孫だぜ? そりゃ、似てるだろうよ」

「そうなんだがな。お前を見てると、あの頃が懐かしくてしょうがないんだよ」

 伊勢守信綱はウキウキとしているようだった。彼女が生きていた時代は、争いが絶えない時代だったが、伊勢守信綱にとっては充実していたのであろう。

彼女の親しい友人といえば、同じ鹿島新当流開祖の剣聖塚原卜伝や、門弟丸目蔵人(まるめくらんど)、北畠具教、足利義輝といった傑物達が多い。

 伊勢守信綱がわずかに後ろに視線をやった。後ろからコソコソとこちらをつけてきている連中が数名いることに気がついたらしい。

「つけられているな」

「―――秀忠の言う『大御所』のシンパじゃないようだが・・・・・・最近よくつけられるなぁ」

 宗十郎はやれやれとため息をついた。

「いいじゃないか。それだけお前が有名になった証だろうさ」

 それを喜んでいいのか正直困ったが、まぁ肯定的に受け取っておこうと思った。

 彼は歩を止め空を見上げた。

 自分がこれまで関わってきた色々な世界の事件。そこで様々な人間関係やらなんやらを見てきた。その度に、全く人とは面白いなと思った。

 時に、そいつが何を考えているのか分からないことがあった。口にすることはなく傍観していたが、後で考えてみればそういう考えもあるなと一人納得したこともあった。

「不完全である故、人か」

「ん? 何か言ったかい?」

 別にと宗十郎は微笑した。

孫と会ってからは、よく彼らの観察をしていることがある。孫達には、自分には持っていない何かを感じていた。それが何なのか気になっていたが、今もそれは分からずじまい。一番人間くさい孫龍二と、広い視野を持ち判断力や勘が飛びに抜けて優れている龍一。彼らの周りを見ていると、達観しすぎている自分に嫌悪を抱くようになっていた。それから次第に人に憧れるようになっていた自分に驚いたことがつい最近。

「人とは、変わるものだな」

「・・・・・・変わったよ、お前は」

「おいおい、いきなり何だよ」

「人間らしくなった」

「人間らしくなったァ? どういうことだ」

「あぁ、人間らしくなった。以前のお前はいつも明後日の方向を向いて何かを悟った風に佇んでいたからな。時に腹立たしいくらいにな」

「・・・・・・。そうか。俺も、進化するんだな」

「人は、進化するんだよ。どんな時でも、少しずつ、ね」

 感嘆とする宗十郎を見る伊勢守信綱の瞳には慈愛に満ちていた。母が子を見るようなその眼差しを宗十郎はムズ痒かった。

 それらを全て承知の上で、伊勢守信綱はそっと頭に手をおいた。

「相州殿も、きっと草葉の陰で喜んでいるわ」

「―――そう言ってもらえると、嬉しいよ」

 彼が笑みを浮かべるのは、珍しい。

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