武士(もののふ)の魂   作:辰伶

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「あーあ、遅くなっちまった」
 この日、証文方の柳瀬昌三は今日中に終わらせねばならない仕事を今終わらせて仕事場を後にした所だった。時間は既に深夜を回っている。
「しかしこれが毎日だとなー」と不満を垂れる昌三。そしてふとその歩みを止めた。
「何だ、お前ら?」
 彼の前にはまるでその進路を妨害するように数人の男が立ち塞がっていた。彼らは無言でちょっとづつ昌三に近づいていった。
 そして―――
 彼らは隠し持っていた天狗の面を被った。それを見た昌三はハッとした。
「!? お前ら―――」
 刀の柄に手をかけようとした時、彼は後頭部に鈍痛を覚え、そのまま意識を失ってしまった。
 翌日、メッタ打ちにされた柳瀬昌三が通学中の生徒によって発見され、病院に担ぎ込まれた。


その3 動き出した歯車Ⅰ 天狗の反乱

 

 

 相模宗十郎と秋月八雲の二人が転校して1月が経った。その間、様々な人との出会いがあった。

 ほんわかした飛鳥鼎(あすかかなえ)教頭、火盗改長官で、『おにへー』と呼ばれている長谷河平良(はせがわたいら)、ザ・商人越後屋山吹とその用心棒佐東はじめ、選民思想と特権階級的思想の権化酉居葉蔵(とりいようぞう)といった何とも個性溢れる者達ばかりであった。

 ミニ人口のるつぼを見ているようで、宗十郎は楽しかった。ただし、権力を笠に着てやりたい放題の酉居に関しては嫌悪感を抱いていた。宗十郎はこういった部類の人間が一番嫌いだった。

 ところで、ここ最近この学園内の治安が悪化の一途をたどっていることに幕府は心穏やかではなかった。ある一団が生徒を襲撃しているのである。

 襲われるのは、主に幕府で何らかの組織に属している生徒や大店(おおだな)の主人達が大半であった。皆何者かによってメッタ打ちにされてかなうの診療所に次々と運ばれていた。

 主犯は『天狗党』なる組織であった。メンバーが全員天狗のお面をかけているからそう呼ばれている。天下の世直しを掲げて結成されたこの一党はしかし、世直しを名目に学園各所にて騒動を引き起こし結果的に幕府に対しクーデターを決行している。頭目の名は不明である。

 襲撃はほとんど夜。ゲリラ的に襲撃しているので目撃者はいない。いたとしても、天狗の面で顔を隠しているので誰だか分からない。

 学園の治安は悪化の一途を辿り、幕府はその対処に日々追われていた。幕府の一員でもある南町奉行逢岡想や、北町奉行所与力銭方真留から、人手不足ということで八雲や新、宗十郎に協力要請がもたらされ、時折彼女らの捜査に協力していた。

「冗談じゃねぇよ。ったく」

 煎茶をずずっと啜りながら文句を垂れる宗十郎は、そのまま自身が作った和菓子を頬張った。

「人の学生生活をぶっ壊しやがって。見つけたら半殺しにしてやる」

「ま、まぁまぁ相模君」

 眦を釣り上げて怒る宗十郎を宥める想。

 ここは八雲堂の中にある和室である。外は既に夜である。

 集まっているのは、八雲・新・宗十郎・想・真留・光姫・由佳里である。いつものメンツ+1名である。

 集まった理由は、無論現在騒ぎを所々で起こしまくっている天狗党の騒動についてである。

 しかしまぁよくこんな絶海の孤島である学園島でクーデターなんてやらかそうとする大馬鹿野郎がいたもんだ。更にそいつらにくっついていこうする救いようのねぇ奴もいるとは驚きだ。

「とんだバカもいたものだ」と宗十郎はぼやいた。

「しかし、こうも騒がしいと学園生活にも支障をきたすのぅ」

「そうですね。我々としても、なんとかしようと思っているのですが・・・・・・」

 想が沈痛な面持ちで呟く。

 幕府の対応が後手に回っているのには理由がある。

 生徒大将軍、つまり生徒会長である徳河吉彦が現在不在なのである。

 生徒会を仕切るリーダーがいないのだ。その理由は定かではない。ただ、風の噂では将軍吉彦が幕府(生徒会)の金を持ち逃げしたという。何故彼は金を持ち出したのか、理由はなんなのか、使途は何なのか、その一切が不明なのである。

 将軍不在の現在、幕府の実権は執行部大老の書記長徳河詠美が握り陣頭指揮を取っている。だが、事あるごとに会計部長酉居葉蔵が口を挟んだり、火盗を私兵扱いするなどの傍若無人な行動により幕府の求心力が低下の一途を辿っていた。詠美や想達が頑張っているが、それでも歯止めがかからない。その為、幕府に対し不満を持ち生徒が増え、中には天狗党に入り、又は加担して彼らの乱を拡大させていった。

 反乱を止める術は、今はない。

「調べてみる価値があるな・・・・・・」

「ん? 何か言った、そーじゅーろー?」

「いや、何も」

 そらとぼける宗十郎をジッと見つめる光姫。

 あの日以来、光姫は宗十郎に興味があった。

―――あの者は一体何者じゃ?

「何を隠しておるのじゃ・・・・・・?」

 彼のことが気になり、由佳里に命じて彼について調べさせている。

 その彼女から、先日、気になることを言われた。

 その日、由佳里はある書物を持ってきた。『右衛門日記』と題されたそれは、彼女曰く、室町時代に北条氏康に仕えていた柴田右衛門康政(しのだうえもんやすまさ)という家臣が残した日記であるらしい。その書物のあるページが気になるということだった。

 

 

 

 ―――最近、この小田原に異形の者どもが現れ、民達を襲っている。我が殿も、主膳(しゅぜん)殿を始めとした私たち家臣も困っていた。こんなことは初めてで、どうしていいか分からなかったのだ。そうこうしているうちに、小田原の町は異形の者共に「食い荒らされ」我らの城まで迫りきていた。そこで私は、殿に京におわす公方様に助成を請うべきと進言した。しかし殿は、如何に公方様といえどあの者共をどうこうできるとは思えん、第一実権は三好修理大夫(みよししゅりのだいふ)殿が握り公方様には何の権利もないというではないかと反対された。私は京にいる知り合いから公方様の噂を聞いていた。故にそのことを踏まえて必死に説得し、ようやく殿の納得を得られた私は、早速京に向かい公方様に此度のことを告げ、助けを乞うた。公方様は数日中に何とかしようと申された。私が小田原に戻って数日後、約束通り公方様は救援を派遣してくださった。しかもそれは、公方様の直臣である左衛門佐宗十郎(さえもんのすけそうじゅうろう)殿という―――

 

 

 

 

「これが、どうしたというのじゃ由佳里?」

「この、左衛門佐宗十郎殿というのが気になって・・・・・・」

 首を傾げる光姫。別になんの不思議もないじゃないかと言う光姫に由佳里が思ったことを彼女に告げた。

「この本、全部読んでみたんですけど、他のところには『三好殿』とか『正二郎殿』とか名前や苗字なのに、この人だけ官職と通称なんですよ。この人の名前、いくつか出てくるんですけど、『左衛門佐宗十郎』とか、『相州殿』とかで、苗字と名前が出てこないんですよ」

「? 『宗十郎』が名前ではないのか?」

「それは(あざな)と言って、名前じゃありません。この時代の名前は(いみな)といって、氏康とか秀吉とか、私達が本で見る名前のことで、昔は主君以外は口にしていけないものなんですよ」

「ほう? そうなのか?」

「そうなんです。だから、諱と苗字がないこの『宗十郎』って人、おかしいんですよ」

 それを聞いていた光姫はピンとひらめいた。

 つまり、この本の作者柴田右衛門政康なる人物は意図的にこの『宗十郎』という人物の本姓と名前を隠している、と。そうまで言われると彼女が気になるといった意味が分かった。

「由佳里、こやつのことを調べてくれ」

 光姫は由佳里に命じた。

「・・・き、おい、光姫さん」

 誰かに呼ばれてはっと我に返った光姫を宗十郎は怪訝な眼差しで見つめた。

「何惚けてたんだ? しっかりしてくれよ」

「あ、あぁ、すまなんだな」

「じゃぁ、話進めるぞ」

 天狗党はその勢いを増し、どんどんとその数を増やしているらしい。入らなくとも、何らかの形で彼らを援助している者達もいる。噂によれば、越後屋も彼らを金銭面で援助しているとか。南北奉行所も人員を増やして対処しているが、追いついていない。火盗を頼りたいが酉居の私兵状態の彼らには頼み難い。

「長谷河さんも歯痒いだろうな」

宗十郎が彼女を代弁した。

「奴がいる限り幕府機構は麻痺したままだな」と彼は感じた。

 今日は、現状の確認と、宗十郎達への応援要請だった。

「分かった。八雲堂(こっち)に支障きたさない程度で協力しよう。それでいいか? 二人共」

「俺は構わないよ」

「わふぁっふぁー!!」

「・・・・・・取り敢えず、お前は食うか喋るかどっちかにしてくれ」

「ふぁ?」とお菓子を頬張り口元に食べかすをくっつけた新を見て宗十郎は大きなため息をついた。

「―――そういえば、台所に新作スイーツの試作があるんだが」

「ふいーふ!! ふぁふぇる!!!」

 言うや早いか。新は一目散に台所に駆けていった。

「さて、うるさいのがいなくなったな、詳しく話を進めえようか」

 食いしん坊にはあとで伝えると彼は言った。たったひと月で彼女の手懐けた宗十郎に想や光姫、真瑠は驚いていた。

「こっちでもさりげなく情報を集めておくよ。その方がアンタらも楽だろ?」

「それは大変ありがたいんですけど・・・・・・」

「気にしないでください逢岡さん。俺達が好きでやってるんですから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 皆が寝静まった頃。

 ムクリと起き上がった宗十郎は、横でグウスカ寝ている八雲と新のお守りを大陰陽師に任せ、八雲堂を出た。

 いつ見てもここの夜空は美しいと思った。こんな夜空を、自分は後何回見ることができるのであろうか。

「・・・・・・」

 闇夜に浮かぶ月を見ながら、宗十郎はゆっくり歩いていく。

 彼はある場所に向かっていた。今回の件で、ある人物の意見を聞こうと思い立ったからである。彼女には先刻遣いの者をやって知らせてある。

(ほう・・・・・・)

 彼は振り向くことなく、後ろからつけて来た人物の存在を感じ取った。全く誰の指図かは知らないが、殊勝なこった。と微笑した。尾行者はかなりデキる人物らしい。

(忍びか・・・・・・? まだ残っていたか)

 時代の波に呑まれた消えていった技術を継承した者がいたことに、宗十郎は嬉しさを感じた。

(もう少し付き合ってやろうか)

 さて、闇夜を歩く宗十郎を八雲堂からつけてきた男は宗十郎に違和感を感じていた。

「お嬢に言われてつけてみたが・・・・・・、何なんだ、あの男」

 その男は、どういったわけか胸元がはだけたレオタードのような服を着ており、端から見れば完全にただのド変態野郎である。口に何故かバラを加えているし、彼にはそっちの気があるので、もうどうしようもない者であるが、腕は超一流の隠密である。

 男の名はじごろう銀次という。そんな銀次がこんな役を引き受けたのは、主人である女性の一言であった。

「この男のことを調べてくれぬか?」

 差し出された写真と共に女主人が彼に告げた。訳を聞くも、主人は答えてくれなかった。

 写真の男はいかにもさわやかな青年という印象を受けた。しかしどこにでもいそうな感じの生徒である。一体彼女は何をこの男に感じたのだろうか。

 そうして彼を調べていると、成程彼女が調べろといった意味がわかったような気がした。

 記録によれば、彼は本島の剣道の全国大会で優勝しているそうだが、そんな記録、どこにもなかった。

 又、数日彼を尾行していたが、何か怪しい。その何かは分からなかったが、妙に変な気分だった。あの柳宮十兵衛と親しいようだし、彼と一緒に住んでいる秋月八雲なる男子は彼女に弟子入りしている。

 端的に言って、不思議すぎる男である。興味が湧いた。

「一体誰に会いに行くんだ・・・・・・?」

 さて尾行を続けようかと思った時だった。

「・・・・・・!!?」 

 後ろから全身が凍りつく程の殺気を感じた。今まで感じたことのないもので、全身から汗が吹き出していた。

 慌てて後ろを向くも、そこには誰もいなかった。

 「・・・・・・?」

 しかし、彼はそこに確実に誰かいたと確信していた。けれども、誰もいないのが事実。

 仕方なく彼は前に首を向けた。

 「嘘だろ・・・・・・」

  銀次は唖然とした。

 彼が後ろを振り向いて、向き直るのに要した時間はほんの数秒である。

 そのたった数秒で、彼は姿を消してしまった。そんな馬鹿なと銀次は走り出した。彼はあらゆる交差地点で立ち止まり辺りを見回ったが、どこを見ても誰もいなかった。

  銀次は完全に標的を見失った。

「しくじった・・・・・・」

  銀次は悔しさに顔を歪めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  廃屋の荒れた一室に、柳宮十兵衛は人を待っていた。時刻は既に12時を過ぎている。

「すまねぇな。待たせた」

 ガラガラと引き戸が音を上げて開いた。待ち人を見た十兵衛はお気になさらずと彼を席へ促す。

「随分と嬉しそうですな、宗十郎殿」

 嬉々とした表情で入っていた宗十郎を十兵衛は同じく嬉々とした表情で見た。

「何、久々に面白い奴に会えたんでな。今ちょっとからかってきたとこだ」

 ふふんと笑いながら、宗十郎はその微妙な言葉遣いは止めるよう指摘した。

「宗十郎殿。若輩者の私にも、礼儀というものがあります。国の英雄に対してタメ口や呼び捨てなんかしては、父上に殺されてしまいます」

「・・・・・・なら、仕方ないな」

 宗十郎は嘆息したが、ひょいと棒状の何かを投げてよこした。

「これは?」

 彼女は受け取った物を見ながら問うた。その物は鞘に収まった太刀であるらしく、鞘の装飾は天に昇る龍が描かれていた。

「お前を観察して作った太刀(もの)だ」

 鞘から抜いたそれは、綺麗な反りと程よい長さ、濤乱刃の刃紋のそれは、見る人を不思議と魅了するものだった。思わず「おぉ」と感嘆の声を上げていた。

「銘を藤朝臣相模守光滋(とうのあそんさがみのかみみつしげ)ってんだ」

 彼女は光滋を手に取り、席を立つと軽く振ってみた。

 するとどうだろう。初めて握ったのに、まるで自分の手足のごとく自然に馴染んでいたのだ。

 十兵衛はますます相模宗十郎に興味を持った。

「それで、宗十郎殿。話というのは?」

「そうだった」

 どかりと座った宗十郎はふぅ、と大きなため息をついた。

「天狗党の一件よ」

 ここ最近の天狗党一味の乱暴狼藉は目に余るものがあった。あちこちで被害報告が相次ぎ、南北奉行所は人手不足に陥っていた。その為、八雲達にも度々応援要請が入るようになった。それだけ、天狗党の勢いは破竹の勢いで広がっていった。と宗十郎が愚痴るかのように時折感情を交えながら十兵衛に語った。

「全く、どの世界にもバカはいるもんだな」

「申し訳ない。我らの不甲斐なさのせいです」

「お前のせいじゃねぇよ」

 クククと自嘲気味に笑う宗十郎は、ふぅ、と一息ついた。彼にしてみれば早急にこの乱を潰し、平穏な学園生活をエンジョイしたかった。貴重な時間を、アホな連中の為に減らされるのは我慢ならなかったようだ。

 宗十郎は机に上に両腕を置くと、いきなり切り出した。

「十兵衛よ。天狗党の首領、わかるか?」

「・・・・・・いきなり、核心を突いてきますね」

「いつまでも奴らを野放しにしているわけにもいかないだろう?」

 彼の言う通りだ。連中をこのままにしておけば近い将来幕府は崩壊する。それはすなわち無秩序が作られるということだ。そんなことは断じて阻止しなければならない。

 彼の問いに対する十兵衛の返答は何とも言えぬものだった。

「さるやんごとなき家柄に連ねる者、とだけ把握しております」

「と、いうと?」

「言葉の通りですよ。私の知る限り、上級身分の一族の中に天狗党の首領がいます」

「そうか・・・・・・」

 天狗党のボスが幕府に名を連ねる一族にいるとなれば、これは大事である。

「ボスの狙いは何だろうな」

 大体の予想はつくが、あくまで想像の域を出ない。彼が何故こんなことをしでかしたのか、その理由が知りたかった。

「将軍家、それも分家か宗家の末席に列する者が最も怪しいでしょうな」

 それは最も。跡取りである者以外は余程のことがない限りそういった権力の座が巡ってくることはない。その家の一族ってことだけで、後は普通の生徒と何ら変わりはない。

 そのことに不満を持つ者は昔からいた。彼らは手にできるはずだった権力を欲するあまり反乱を起こし、鎮圧される。というのが、世の常だった。

「あと考えられるのは、幕府機構の長官を務める連中、か?」

「そのへんが妥当でしょう。末端も者共は、関与していないと思われますな」

「ま、それが普通だな」

 宗十郎は立ち上がると、外に向かって歩きだした。それに倣い、十兵衛も歩きだした。

 地平線の向こうから薄日が指しているのが分かる。どうやら色々と話しているうちに夜が明けてしまったらしい。

「時に十兵衛。首領の正体、お前知ってるだろ?」

「・・・・・・」

 十兵衛は何も語らない。ただニコっと笑みを浮かべるだけだ。

 まぁいいと彼はこの話を打ち切った。

 宗十郎は話題を変えた。

「一つ、見て欲しいものがある」

「なんでしょう?」

 宗十郎は、新聞の切れ端を十兵衛に手渡した。

「これは・・・・・・?」

「ここに来る前に図書館で調べて見つけたある少女に関する事件の記事だ。少し、気になるところがあってな」

「気になるところ・・・・・・ですか?」

 読めば分かるといことで、彼女はその記事を読み始めた。そして、ある一文のところで、小さな唸り声をあげた。

「少し、調べて欲しい。頼まれてくれるか?」

「承知しました。調べましょう」

 またな、と宗十郎は彼女と別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宗十郎が戻ると、店前で八雲が鬼の形相で仁王立ちして彼の帰りを待っていた。

「どこ行ってたんだよ!! 心配したじゃないかこのバカっ!!!」

 朝一番に彼は八雲の説教を喰らうハメになってしまった。

「今度から、出かけるときはちゃんと言ってくれ!」

「・・・・・・はい」

 その恐ろしさのあまり、さしもの宗十郎も素直に謝ることしかできなかった。

「もう、しないよ。だから機嫌を直してくれ」

 苦笑いをして言う宗十郎を八雲がギラリと睨みつけた。宗十郎は「ごめんなさい」と頭を下げた。

「なら、美味いメシを作ってくれ」と八雲はため息をつく。

「おうよ、任せとけや」と宗十郎は服を巻くり上げキッチンへ消えていった。その途中で、居候とかしてぐうすか呑気に惰眠を貪っていた新を見かけたが、ほったらかした。

 どうせ、飯の匂いですぐに起き上がるに違いないという確信があったからだ。彼の言う通り朝食の匂いに惹かれて起き上がり襲いかかってきた彼女を沈め、準備に取り掛かる。

「飯、出来たぞ」

 宗十郎特製の朝食を平らげた一行は、学園に行きいつも通り過ごした。

 放課後、二人は十兵衛の道場に赴いた。八雲はそこで、自らの師と仰ぐ十兵衛から剣の手ほどきを受けていた。

 あの一件以来、自分の身は自分で守りたいと考えた八雲はあれほど嫌がっていた十兵衛の道場に足を運び、弟子にしてくれと志願した。理由を聞くことなく彼女はそれを許可した。以後、学校がある日はほとんど道場で稽古してから八雲堂で働くという毎日を送っていた。

 宗十郎も彼について道場に来ていた。彼は基本見学の形を取り、十兵衛や八雲に請われた場合のみ指導をすることにしていた。

「だんだんと良くなってきたな」

 休憩時間。宗十郎は教官室にて十兵衛と談笑していた。十兵衛も鼻が高いようで、嬉々とした顔で「ええ」と言った。

「貴方に褒められるとは、私も鼻が高いですよ」

「持ち上げても、何もやらんぞ十兵衛」

 にひひと笑う宗十郎は、まんざらでもないようだ。

 その内、宗十郎の何かに火が付いた。

「よし、次の時間は全員俺が指導してやろう」

 十兵衛はエッと驚いたが、しかしそれは願ったり叶ったりであった。天下に轟く大剣豪の技を伝授願えるとは・・・・・・。

「私としては、願ってもないのですが・・・・・・よろしいので?」

「かまうこたねぇよ。国を担う次代が育つなら本望よ」

 十兵衛は彼の好意に感謝し、次の時間から終わりまで宗十郎による特別授業を開講した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ある日、我が相模に公方様の直臣が2名こられた。名前は訳あって教えてはくれなかった。が、その者達は左衛門佐殿から「近江」や「新九郎」とか呼ばれていた。察するに二人は私と同じ武士だろうと思われる。彼らの会話から、近江と呼ばれている者は以前関白だったようだ。とういことは、近江殿は摂関家と何か関係があるらしい。

 我が殿は彼らに此度の件でお礼を申し上げた。その上で、近江殿や新九郎殿に左衛門佐殿をこの国の守護にして欲しいと願われた。左衛門佐殿の下で、今一度治世について学びたいと―――

 

 

 

「うーん。これでもないなぁ」

 八辺由佳里は一人書庫に篭ってありとあらゆる書物を漁っていた。左衛門佐なる人物について調べているのだ。しかしどの書物にも彼の名が載っているものはなかった。

 そこで、彼女は棚から幕府の御家人の名が記された書物を手にとった。

『忠臣列記』なる、室町幕府歴代将軍に仕えた御家人の名と官職、その人物の伝記などが事細かに記されている書物である。作者は、織田信長の家臣丹羽五郎左長秀。

 パラパラとめくっていると、先程見かけた「近江」と「新九郎」の名が記されているページに行きついた。

 

 

九条為憲(くじょうためのり)

 五摂家の一つ九条家の出。先の関白であり従五位下近江守。呼び名は近江殿。齢29の頃まで関白として時の正親町帝を支えた。30の頃、光源院殿の願いを聞き入れ関白を辞し、近江守として、朝廷との繋ぎ役として光源院殿を支える。剣聖上泉伊勢守殿より剣を教わっていたらしく、剣の腕は貴族の中は無論、武士と比べても比類なき腕であったという。

 永禄の変にて、松永勢を前に奮戦し討死。

 

後藤新九郎泰高(ごとうしんくろうやすたか)

 平安の大陰陽師安倍晴明の裔であり、唐国三国時代の呉王孫権の臣周泰を祖とす。従五位下右近衛少将。呼び名は、新九郎殿とも安倍新九郎殿とも。光源院殿の命のより、先祖譲りの陰陽術と剣術にて各地の騒乱を鎮める。永禄の変にて、光源院殿の命にて一乗院門跡覚慶殿、後の霊陽院殿を松永勢の元より脱出させ、彼を補佐し、後年、我が君上総介様との合力に尽力す。『足利四天王』の一柱であり『術聖』と称される。

  

 

 彼女はそのページをパラパラとめくっていた。特に、光源院の臣下を注視していた。その理由として、光源院のページが異様に割かれており、彼の家臣を始め、彼と親交があった者達の伝記が記されていた。それこそ、我々の世界に名の知れた者の名もあった。

 その時、彼女の眼にある人物の名が記されているのを発見した。

 

 

進藤宗十郎龍将(しんどうそうじゅうろうたつまさ)

 蜀漢の義将趙雲の裔で、進藤家中興の祖。従五位下相模守。彼の呼び名は多数あり、主要なものでも相模殿、宗十郎殿、相州殿、進藤朝臣殿とある。本人も気に入っているらしく普段は『相模宗十郎』としてすごす。槍・剣・弓あらゆる武術に長けた天才。この國の各地で起こりし異常から我が國を守り抜いた。『足利四天王』筆頭柱にして『槍聖』として幕府・朝廷の護り刀としてその力を振るった。永禄の変にて、松永勢1万を前に鬼神の如き演武を舞い、無数の矢を浴び討死。後年、我が同輩堀河源之丞輝明(ほりかわげんのじょうてるあき)をして、「日ノ本一ノ大忠臣」と称される。

 

 

 

「進藤・・・・・・」

 進藤という名を彼女は耳にしたことがあった。外界との情報が断たれているとはいえ、この國を守護してきた一族のことを知らぬ者はこの島にいなかった。

 最強の名を欲しいままにしてきた一族であり、現当主進藤龍造、長兄龍一は共に槍の名手として名を馳せ、次男龍二に至っては高校の剣道大会で日本の頂点に君臨する強者である。更に、龍造の父は、あの『護國神』進藤龍彦で大元帥ある。今も国の内外でその影響力を発揮している人物で、列強がこの国に手を出せない理由の一人である。

 又、噂では京都に1000年以上生きている進藤一族の姫がいるとかいないとか。

 彼ら一族は他の人達にはない特別な力をその身に備えていた。その力は、まだ、世に知られていない。それは、これまで幾度の訪れた国難から国を守ってきた。

 進藤家と相模宗十郎。何か関係があると踏んだ由佳里は徹底的に調べることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宗十郎は調理場でせっせと菓子を作っている。和室では、八雲がぐったりと横になってうんうん唸っており、その隣で例によって新が惰眠を貪っていた。

「やりすぎた・・・・・・」

 宗十郎がぼやくのは理由があった。

 十兵衛の許可をもらい行った特別講義。人に教えるのは久々とあり、かつ、次代を担う若者達の為とあって、ついつい熱が入ってしまった。

 我に返った時には、道場には死屍累々の惨状が広がっていた。

「はっはっは。いい勉強になったなぁ、君達」などと十兵衛は笑って言い放ったが、そんな彼女の言葉など瀕死の彼らの耳に入るわけなかった。

 かくして気絶している八雲を彼が責任もって連れて帰ってきたわけだが、そこにはすでに先客がだらしない姿でぐぅすか眠りこけていた。しかもヨダレを垂らしながら。

「この野郎。ここはテメェの家じゃねぇぞ」

 どうやら、夢の中でも彼女は何か美味そうなものを食っているらしい。

 八雲をおろし、新のヨダレを拭いてやり、よしと調理場へ急いだ。今日頑張った八雲へ褒美のあまーい菓子を作るのだった。

「~♪」

 鼻歌を歌いながら手際よく菓子を作る彼。その彼の後ろに迫る影。

「匂いに誘われ私登場っ!」

 ゴツン

 後ろから迫ってきたすっとこどっこいを、彼は腰に佩びていた龍牙でぶん殴った。頭を抱え悶絶している彼女に、「匂いに誘われじゃねぇよこの大食い野郎」と冷たい視線を浴びせた。

 新は涙目になりながら「お腹がすいたんだー! 何か食わせろー!!」とでかい口を叩きやがったのでもう一回龍牙で殴った。

「食わせてやってもいいが、条件がある」

「・・・・・・何?」とふてくされて涙目の新。

「実は、今度新作の菓子をお前に試食してもらおうと思っているんだが、材料が足りなくて―――」

「買って来るっっっ」

と新は何も聞かず猛ダッシュで店を出ていってしまった。まだ、何を買ってくるのかを告げていなかったのに。

「おーい新ぁ。メモ―――」

 猛スピードで戻ってきた新は彼が持っていたメモをひったくると踵を返して街の中に消えていった。

「あらあら。食べ物のことになるとすごいわね、彼女」

「だろ?」

 いつの間にか、ふわりと長い髪をなびかせた女性が傍らにあった椅子に腰掛けいた。小袖と緋の長袴姿の彼女はくすりと笑っていた。

 別に彼女が勝手に出てくることはよくあることなので気にはしていないが、この姿は珍しかった。

「貴方のその姿を見るのは初めてだな」

「んっふっふ。私もいちおー女の子なんでな。たまにはこんな格好もするさ」

「さいですか。ま、甘いものでもどうですかい」

 そんな彼女に彼はできたばかりのパフェをご馳走した。眼を輝かせてぱくつく彼女はさながらリスのように可愛かった。いかに彼女がこの国を代表する剣豪であったとしても女の子には変わりない。宗十郎は彼女を見ながら煎じた茶を啜った。

「宗十郎! おかわり!!」

「・・・・・・子供ですか貴方は」

 食べきった器をバンと出しながら彼女、伊勢守信綱が笑顔で注文する。はいはいと器を受け取った宗十郎は予め用意していたパフェをその器に盛りつけ差し出した。うむと受け取った信綱は顔を綻ばせながらぱくついた。

「いい機会です。学生として生活してみますか? 貴方が望むなら、秀忠に掛け合いますよ」

「オーそれいいなぁ! 堂々とお前の作ったものが食えるしな! 頼む!!」

「いやいやちゃんと勉強もしてくださいよ。これじゃそこのタダ飯ぐらいのバカと同じじゃないですか」

「こー見えて、私は甘いものに眼がなくてな!! けど、私はちゃんと自制してるんだぞ!」

「いや聞いてないですし、理由になってないし。

 ・・・・・・まぁいいや。その代わり、俺と一緒にアイツらを守るんですよ」

「任せろ! 私を誰だと思っているのだ」

 やれやれと言わんばかりに彼は携帯を取り出し、あるところに電話をかけた。

「あー、俺だ秀忠。ちょいと、話がしたくてな。今日の夜、空いてるか? うん、うん。そうか、分かった。じゃぁ9時に」

 約束が取れたことを告げると信綱はとんでもなくはしゃいでいた。

 思えば、彼女の時代に学校などという概念は存在しなかった。そんな彼女にとって、学校という場所は未知のものである。だったら心ゆくまで堪能して頂こう。

「そーじゅーろー! そーじゅーろー! パフェおかわり!!」

「・・・・・・はぁ」

 最早子供である。眼を爛々と輝かせ、机をバンバン叩いてパフェを急かす。よほど学校という所に行けることが嬉しかったらしい。これが本当に剣豪か?と思いたいくらいに活き活きとしている。

「はいはい。今準備しますよ」

 苦笑しながら宗十郎はパフェの準備に取り掛かる。

 それから数分して新が戻ってきた。買ってきた物を確認すると、彼女の労をねぎらう為に新作のクレープを作り始めた。

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