武士(もののふ)の魂   作:辰伶

5 / 14
その4 動き出した歯車Ⅰ 天狗党の乱終焉

 闇夜が支配する街の中を闊歩する宗十郎は、ゆっくりと学園へと向かっていた。別に誰かに会うのが目的ではない。

何となく、夜の学園に興味があっただけだ。不謹慎とも思われるだろうが、そちらの住人がひょっとしたら出てくるんじゃないかなとか出てきたら会ってみたいなとか考えてたりする。

 というのは、建前で、本当の目的は別にある。

 しばらくすると、彼の周りを数十人の者が囲んだ。全員天狗の仮面を被っており顔は分からない。

予想通り、天狗党の連中である。

「・・・・・・俺に、何か用か?」

 静かに話しかけるが、連中は無言で腰の得物を抜いた。どうやら問答無用らしい。

 連中が襲っているのは商人や幕府に関係がある武士であることは分かっていた。

 そこで宗十郎は、逢岡に頼み奉行所の制服を借り受け、自らを囮として連中を捉えるように逢岡に進言した。彼を危険な目に遭わせるわけには行かない想はその申し出を断ったが、宗十郎は「アホが。こんな状況、いつまでも長引かせてちゃ連中の勢いを増長させるだけだろうが」と一喝した。想はそれ以上何も言えなかった。しかし、せめてケガは危ないことはしないでくれと懇願した。

 分かったと彼は手をヒラヒラと振って奉行所を後にしたのだった。

「成程。問答無用ってわけか」

 そう言いながら、彼は腰の龍牙を抜きその峯を連中に向けた。

「来な」と言うやいなや、天狗党の一味は一斉に襲い掛かった。彼らの攻撃はそれなりに心得があるようだが、宗十郎の敵ではなかった。峯を、頭金(かしらがね)を、鞘を敵に打ち付け沈めた。その動きは、さながら大空を優雅に舞う蝶のようだった。

 その時、「御用」の声と共にこちらに向かってくる一団があった。伊勢守信綱に頼んで呼んでいた南町奉行所の一団である。

「お勤めご苦労さん」

「相模さん、これは・・・・・・」

「安心しろ。殺っちゃいねぇよ」と彼が言うと、確かに低い呻き声が微かに彼女の耳に入ってきた。

「こいつらは恐らく下っ端だ。調べても対した情報は出てくねぇと思うが」

「そうですね。ですが、少しでも情報は欲しいですから」と想は連中を南町奉行所へと連行していった。

 彼女たちを見送った後、彼はある一点に視線を向けた。

「隠れてないで出てこいよ、水戸の忍び野郎」

 彼が声をかけたのは、すぐ先にある十字路の角である。宗十郎がじっと見つめていると、そこから男が出てきた。その姿を見た宗十郎は、思いがけずギョッとした。口にバラを咥え、なぜか胸元が網状の派手な服に身を包み、如何にも新宿2丁目界隈の住人の気がある男であった。

「良く、俺様がいると分かったな」

「以前つけてきた奴と同じ気を感じたんでな。アンタのことは調べさせてもらったよ。じごろう銀次」

「・・・・・・」

 銀次は黙った。その眼は、眼前の男が何者なのかを探っていたが、ついに分からなかった。

 宗十郎はそんな彼を見てせいぜい頑張れと心の中で応援した。

「アンタ、一体何者だ? 学生じゃねぇだろ」

 銀次は直球で物言った。それに対して宗十郎はキッパリと言い放った。

「悪いが、お前に答える気はない」

 グッと銀次は唇を噛み締めた。プライドを土足で踏み躙られた感じだった。と同時に、それを涼し気な眼で見つめている宗十郎にますます興味を惹かれた。

 その一方で、この男には危険な匂いがプンプンした。主人に害成す者かもしれないとの警戒心から、銀次は小太刀を片手に握り間合いを取った。

 秋月八雲と徳田新と同居し、『八雲堂』で料理を担当している武士階級の男。剣術指南役柳宮十兵衛と親しい仲にあることは彼の調べで判明している。が、それ以上のことは一切分からない、謎の転校生相模宗十郎。

 彼がこの学園にとって、ひいては主水戸光姫にとって害悪があるのかどうか、それを見極めることと彼の正体を突き止めることが彼の任務であった。

「アンタこそ、この国で何を探ろうとしてるんだ? アメリカのスパイさん」

「!? 何故それを知ってる!?」

「俺には特別なコネがあってな。ここに来る前に生徒教師の名前等々はここに叩きこんである」と彼は頭をつついた。

「・・・・・・」

「安心しろよ。この事は誰にも言ってはいない」

「・・・・・・」

「信じてくれないのか?」

「・・・・・・いや。アンタは嘘をつくような人じゃないのは良く分かった。信じるよ」

 銀次が警戒を解いてくれたことで、宗十郎は安堵し握っていた龍牙を鞘に収めた。

 宗十郎と銀次は互いに自己紹介を済ませると、話題を今回の天狗党一味の騒乱に暫く話し合った後、別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日。意気揚々と教室に入ってきた南国先生の口からめ組にまた転校生が入ってきた旨が伝えられた。名を上泉真瞳(かみいずみまなみ)という。宗十郎と同じく外界で剣の腕が優れているとのことで、理事長名の帯刀許可証をもらっていた。

「よろしく頼む」

 その凛々しい姿に、その可愛らしい姿に、生徒からは歓声が上がる。

 その時、南国先生より真瞳が八雲の家に厄介になる旨が告げられるや、男女問わず憎悪の眼差しが八雲に向けられた。すでに、彼の家に新が転がり込んでいることと、宗十郎が一緒に住んでいることはクラスメイト全員に周知されている。かたや美少女、かたや何でもできるイケメンと一つ屋根の下で暮らしていることでさえ羨ましいことであるのにこの上かっこいい美少女上泉真瞳まで彼と共にすごすなんて聞かされた時の男子諸君の憎悪の眼差しといったらたまったものじゃない。

「おい、秋月を殺っちまおうぜ」

「それがいい。幸せ者には鉄槌を」

「一人だけいい思いして」

「殺す殺す殺す殺す殺す・・・・・・」

 物騒な恨み言独り言が八雲の耳に入ってきては身震いをし、宗十郎に助けを求める。彼は「頑張れ少年」と囁くように告げた。その時の八雲の絶望に打ちひしがれた顔を宗十郎はこっそりと笑っていた。

 休み時間になると、八雲は脱兎のごとく教室から逃走、それを狩人と化した級友達が津波のごとく追いかけた。

その一方で、真瞳は女子生徒達に囲まれ質問攻めにあっていた。それを楽しげに見つめる宗十郎。

「アンタ、友達なら助けてあげなさいよ」

 後ろから呆れたように首を振る由真の方に顔を向けながら、宗十郎はふふんと笑うだけだった。

「たまの青春さ。十分謳歌し給えよ」

「薄情な奴ね」

「いいんだよ。刺激は多い方が」

「そーゆーもんなの?」

「そーゆーもんだよ。ほい土産」

「・・・・・・なして?」

「俺の気分。ま、食ってみろよ」

 言われて由真は渡されたクッキーを一口食べてみた。

「・・・・・・相変わらず旨いからムカつく」

「褒め言葉として受け取っておこう。今度教えてやろうか?」

「・・・・・・お願いします」

 ポンポンと頭に手をやる宗十郎は、颯爽と教室を出た。

 趣いた先は、火盗改番所。

「おや、珍しい客人だな」

「相っ変わらず淋しいねぇアンタは」

 やかましいと食事しながら長官長谷河平良は不満な表情を見せる。

 宗十郎は辺りを見回した。閑散とした番所は騒動の最中とは思えなかった。

「奴の為に、アンタの部下は使いっぱしりか」

「全く、私は仕事が出来たもんじゃないよ。困ったものだよ」とぼやく平良に彼はお手製クッキーを差し入れた。いつも済まないなと言って彼女はそれを一口入れた。

「状況は芳しくないみたいだな」

 どっかりと腰を下ろした宗十郎に、平良はゆっくりと頷いた。

「酉居に持ってかれているからな」と一言だけ行った。

 天狗党が幕府に対してクーデターを起こしてからというもの、幕府、とりわけ酉居は躍起になって天狗党狩りを始めた。しかし彼自身は兵を持っていない。そこで彼は火盗改の者達を使い、連日街に繰り出し威圧的に捜査していた。

 もともと評判が悪かった酉居の評価は、このことによって更に下がってしまった。それに付随して、火盗改の評判も悪くなってしまった。平良にとってとばっちりでありいい迷惑であり、腸が煮えくり返る程の怒りを溜め込んでいた。

「全く、いい迷惑だよ」

 ムスッとして彼女は差し入れのクッキーを頬張った。

「今日は暇か?」

 ニコニコしながら聞いてくる宗十郎にむっとしながら「見ての通り」とそっけなく返した。

 そうかと言って、それから彼はなら今日は俺と出かけないかと誘ってきた。平良はどういうことかと問うも、宗十郎はぶらり街巡りだがと真顔で言った。

「たまには気晴らしと行こうや」

 と軽いノリで言う宗十郎に呆気にとられつつも、平良は少し考えてからそうすることにした。

「それでは、参りましょうかお嬢様」などとキザな言葉にホンの少し顔を赤らめつつ、平良は彼と一緒に外に出た。

 街は天狗党による騒動が嘘のように活気に満ちていた。生徒にとって今回の騒動をどう捉えているのか気になったが、そんなことは頭の片隅に置いやり今日は宗十郎の言ったように一日羽を伸ばすことにした。

「あ、長谷河様、こんちわ」

「あぁ」

「長谷河様。今日は相模さんとデートですか?」

「実はそうなんだって言いたいんだがな、違うよ」

「長谷河様ー。これ食べてってー」

「あぁ、ありがとう」

 街に出てみたら、会う人会う人から声をかけられあっという間に人気者になってしまった平良。生徒達が嫌っているのは悪まで老中酉居であって、別に火盗改や平良個人を嫌っているわけではないらしい。それを知ったので彼女はほっと胸をなで下ろした。

 生徒達に嫌われてるわけではないと知った時の平良の気持ちとはいか程のものだっただろうか。それは彼女のみが知っている。

「さて、感想をお聞かせ願いましょうか長官殿?」

「君も意地が悪いなぁ。見ての通りだろう」

「こーゆーのは、本人の口から聞くのが一番なんですよ」

 にひひと屈託のない笑顔を見せながら、宗十郎は自身の店に彼女を招待した。

「まぁ、ゆっくりして行ってくれ。今茶ァ出してくるよ」

 通された和室を眺めつつ、平良は嘆息する。こんな豪勢な建物を一人で一時間でもって仕上げるとは、この男何者だと言いたくなった。そう思いたくなるにはまだ理由がある。

 彼女は事あるごとに宗十郎に違和感を感じていた。彼は確かに普通の高校生に違いない。ただ、時々彼の中に誰か別人がいるように感じた。その誰かは、言葉では言い表せないくらいの恐怖をその身に刻みつけた。

 般若、夜叉、鬼。そのどれでもないものだ。

 色々なことを考えているうちに宗十郎が煎茶を彼女の前に置いた。礼を言って啜ると、程よい温かみと苦味があり、それでいてすっきりとした味わいであった。

「それで、授業サボってここに連れてきた理由を聞こうか、相模」

「・・・・・・察しがよくて助かるよ長官殿」

 その長官殿を止めろと告げる平良に対し、悪気のない笑みで彼女の対面に腰を下ろした。

「内容は、別に言わなくてもわかるだろ?」

「あの件か?」

「無論」

 今、幕府が最も悩ましている騒動。領分は言わずもがな平良率いる火盗改と南北奉行所である。しかし、南北奉行所は、天狗党一味に便乗した不良共による夜盗追い剥ぎ強盗カツアゲ恐喝等といった面倒事に人員を割かねばならず、火盗に至っては酉居によって私兵のごとく使われており、火盗本来の職務を遂行不能状態に陥っていた。

 今まさに、この街は無政府状態に等しい存在だった。平良にとって歯がゆいことこの上ない。

「まぁ少し頭を冷やすこった。今のままじゃ、いい案も浮かばんだろう」

 ちゃっかり甘い物をぱくつきながら宗十郎は同じものを薦める。甘いものに眼がない平良は欲に任せて食べ始めた。

 美味しそうに食べるその姿を見て、宗十郎はよしよしと一人頷いた。

 食べ終わると、平良は、ほうっと息をついて器を置いた。

「これ以上、火盗の仕事を止めておくわけにはいかないな」

「そうだ。これ以上は私も我慢の限界だ」

「ふむ・・・・・・。その件に関しては俺の方から手を回しておこう。俺もあれは迷惑なんでな」

 あれ、というのは先日校内に張り出された酉居名義の通告であった。その内容というのは、火盗の権限強化と不審者に対する情報の提供・発見者に報奨を支払うというものであった。火盗の権限強化に関しては異論はない。あるとすれば、その火盗を私物化して天狗党打倒を目論む酉居に対する不信感ぐらいなものだ。

 しかし、二つ目の内容は承服しかねるものだった。これはまるで秘密警察である。生徒間で監視し合うことで疑心暗鬼となり、今後の学園生活に支障をきたすのは眼に見えている。

 後手に回ってしまったことは致し方ない。が、これ以上の事態悪化だけはなんとしても避けたかった。

「手を回すって、宗十郎。何かアテはあるのか」

「知り合いに、顔が利く奴がいてな」

 それだけ言った。

「時に、平良。ひとつ聞いてもいいか?」

「何だ?」

「アンタにとって、武士とはなんだ?」

 唐突に、おかしなことを聞いてきた宗十郎。しかし彼女はその真剣な眼差しを見て、冗談や何かで聞いたことではないことはわかった。

「私にとって、武士とは、力無き者を守る為にその力を振るう不屈の戦士、かな」

 それを聞いた宗十郎はホンの少し笑みを浮かべた。この国も捨てたものじゃないなと感じ入った。この学園に、彼女のような若者があと何人いるのか調べてみたくなった。

「それがどうしたというのだ?」

「何、俺の興味だ」

 何が何やらわけがわからぬ彼女を他所に、彼は豪快に笑った。

「ふふん。まぁ、まずは、ゆっくりしようや」

 そういうことになった。

 が・・・・・・

「なぁ宗十郎。なんか焦げ臭くないか?」

「ん? ・・・・・・そういえば」

 鼻をつんざく焦げ臭い匂い。住居の中をくまなく見回してみるも、特に異常は見られなかった。

 まさかと思い、外に駆け出してみると、果たして隣のねずみ屋から火の手が上がっているではないか。それを見た二人の行動は素早かった。平良は急ぎ火盗及び奉行所に連絡を取り、宗十郎は既にできていた人だかりをかき分けて燃え盛るねずみ屋に飛び込んだ。

 その際、彼はある一団がこっそり去っていくのを見逃さなかった。宗十郎は仕込んでいたクナイを彼ら目掛けて投げた。そのうちの一人に当たったのを確認してから彼はねずみ屋の中で三姉妹がいないか探し回った。幸い三姉妹は不在だったようだが、ねずみ屋はほぼ全焼してしまった。

 せめてもの救いは、平良の連絡が早かった為、隣家への延焼を免れたことだった。

 連絡を聞いた三姉妹と八雲、新が飛んで帰ってきた。無残な姿となったねずみ屋を見た由真は怒り狂い放火犯をメッタ打ちにすると躍起になっていたが、結花や唯が彼女を宥めた。

「想、真瑠。犯人の一人は右腕に手傷を負っている。北西に逃げた。追ってくれ」

 それを聞いた二人はすぐに部下に指示して、今後の対策を練り始めた。

「八雲、三姉妹を、今後家に泊めるがいいか?」

「別に、俺は構わないけど」

「アタシも意義なーーーし!!」

「・・・・・・居候のお前に意見は求めてねぇよ」

 コツンと拳をくれてやった。宗十郎はこの場を八雲に任せ、平良を連れてある人物のもとへ急いだ。平良が何処へ行くのか幾度も聞くも黙って付いてくればわかるといって譲らなかった。

 

 

 

 

「ふむ。それは大変であったな」

「そうなんだよ。だからさ、一つ頼まれてくれ」

 平良は終始呆然としていた。彼女の対面には、隠居しているとはいえ、幕府No.2の副将軍が座していた。その彼女は、宗十郎の申し出を二つ返事で了承したのだ。これによって、平良は忌々しい酉居の手から部下を解放することができたのだ。それはいいのだが、一体宗十郎はどこまで顔が広いのか全く分からなくなってしまった。

「わしが手配しよう。準備は任せてくれ」

「うん。よろしく頼む」

 言うや早いか、光姫は銀次を呼んで指示を出し、銀次は早々に姿を消した。手際に良さに関心しつつ、呑気に茶を啜る宗十郎と光姫。それに唖然としている平良。

「どうした、平良。鳩が豆鉄砲喰らったような顔しやがって」

「なんじゃ? わしの顔になんかついておるのか?」

「・・・・・・貴方がたの仲の良さにビックリしてるんです」

 何だそんなことかと言うと、「光姫さんは、│八雲堂《うち》の常連なんだよ」と宗十郎は告げた。まさかの事実に驚く平良の尻目に、光姫は銀次を呼び言伝して何処かへやった。

 光姫は屈託のない笑顔を浮かべて二人を見た。これで良いかの?と言っているように見えた。宗十郎は親指を立てて答えた。

「邪魔したな。今度差し入れ持ってくるよ」

「うむ。とびきり旨いものを頼むぞ」

 はいよーっと手をヒラヒラ振って二人は光姫の屋敷を後にした。

 その後二人は日頃の鬱憤を晴らすように存分に遊んだ。この時だけは、長谷川平良は火盗改長官ではなく、一人の女の子になっていた。それを見た宗十郎は満足したように頷いていた。

 平良と別れて八雲堂に戻ると、そこには腹を空かせて早く飯を作れと唸る猛獣共が待ち構えていた。

「少し黙ってろ猛獣共。少しでも騒いだら貴様らに食らわす飯はないと思え」

 低い声で宣告すると、猛獣共は先程の勢いはどこへやったのか、子犬のように大人しくなった。宗十郎は結花の手伝いにより今まで以上のご馳走を振舞うことができた。

 ご馳走をたらふく腹の中に放り込み、満足した彼らはそのまま畳の上に無防備な姿を晒した。嘆息しながら宗十郎と結花は眠りについた野獣達に毛布をかけてやり、彼らは宗十郎が煎じた茶を啜っていた。その際に、結花はこの度のことについての礼を述べた。気にすんなと宗十郎は言った。

「明日は全校集会だっけか?」

「そうですよ。徳河さんから訓示があるそうですよ」

「まぁ、時期が時期だからなぁ」

 他愛のもない会話をしながら、宗十郎はあることを考えていた。

 連中が事を起こすとすれば、明日ほど絶好の機会はない。更に、将軍代行の詠美を襲撃するにはもってこいの場所だ。

 将軍代行であれ、詠美は幕府のトップである。彼女がいなくなったら、既に砂上の楼閣に近い幕府は間違いなく瓦解する。そうなればこの学園は無政府状態となり・・・・・・。

 それは、なんとしても阻止しなければならない。

 その時、縁側についていた彼の手に何かが当たった。ふと見てみると、それは小さく丸められた紙であるらしい。宗十郎はそれを結花の見つからないようにそれを広げ、内容を確認するとそっとポケットにしまった。

 暫く談笑してから結花は和室に下がっていった。今はここが子住三姉妹の移住スペースとなっている。ちなみに新や八雲達は増築した離れに今は住んでいる。

「さ、寝ようか」

 宗十郎は床に敷いた布団に中に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全校集会当日。校庭には大勢の生徒が集まり、水野校長のどーでもいい話を退屈にしながら聞き流していた。宗十郎も同じである。

「くだらねぇ」

 欠伸を掻きながら辺りを見回すと、数名の生徒が挙動不審な行動をしていた。

(そろそろか・・・・・・)

 宗十郎はこっそりと列から抜け出し、ある場所へと急いだ。

「皆の者! 奮起せよ!!」

 その合図と共に、天狗党は一斉に蜂起した。天狗党は壇上に上がっている校長目掛けて突撃した。やらせるかと火盗改・南北奉行所が彼らの前に立ち塞がった。想、並びに北町奉行遠山朱音(とおやまあかね)指揮の下奉行所の役人が、一般生徒に被害が及ばぬよう彼らを守りながら戦っていた。特に火盗改の連中はこれまでこいつらのせいで酉居という胸くそ悪い奴の下で働かされた鬱憤もあってか、平良指揮の下大暴れした。一方の天狗党の方も、一般生徒を巻き込む気はさらさら無いらしく、罵声を浴びせつつも彼らをここから避難させていた。

 さて、突然のことに八雲はすっかり逃げ遅れ乱戦の真っ只中にいた。彼は巻き込まれないように逃げるのだが、どこに逃げていいのか分からずにいた。

 その時、きえぇぇぇぇぇいと後ろから奇声が聞こえ慌てて振り返った。どうやらこの男はが、既に刀が振り下ろされようとしていた。八雲は眼を閉じた。

 ところが、その者はぐらりとよろけそのまま地面に突っ伏してしまった。

「いやー間に合ってよかったよ。無事か?」

「あ、ありがとうございます。真瞳さん」

 間一髪駆けつけてくれたのは真瞳であった。彼女は乱戦の中、困惑していた八雲を発見、更に襲われてかけていたので急いで駆けつけたのだ。

「八雲。ここを抜けるから、私の傍を離れるなよ」

 真瞳は彼の手を引き、迫り来る邪魔者を薙ぎ払いながらこの場から離脱した。

「えぇい! 何をしている!! 早く壇上に行くのだ!!」と吠えたのは、天狗党の首領である御前と呼ばれる者であった。彼は何としても成し遂げたい野望があり、その為には今日この日に壇上を占拠しある人物を討たねばならなかった。

 いきり立っているその時、校庭中に獣の咆哮が轟いた。鼓膜が破れんばかりの音量に怯むメンバーに対し、御前は声を荒げてメンバーを奮起させようとするが、突然地面に叩きつけられた。その姿を見下ろす人物を見た御前は、これは彼女の剣魂の仕業だと悟った。

「ぐぁ・・・・・・」

「御前。――――いや。徳河豪俊(とくがわたけとし)よ。早雲翁から連なる徳河家に連なる者として、此度の謀反、決して許されるものではないぞ」

 彼を見下ろす光姫には、上に立つ者としての威厳を持った凛々しい姿だった。現執行部大老とは名ばかりではない。

「俺はこの学園のために世直しを―――」

 反論を試みる豪俊であったが、その世直しの名を借りて放火狼藉に加え、暴力の名のもとに商人から上納金として納めさせることの非を説いた。

 かくなるうえはと、豪俊は隠し持っていた短刀を抜き彼女に襲い掛かった。それと同時に豪俊の配下が背後から光姫に襲いかかった。しかし彼らの強襲は二人の人間によって失敗に終わった。

「他人に迷惑かけといて世直しとは、聞いて呆れるぜ」

「ミッキーには、指一本触れさせないよ」

 不敵な笑みを浮かべる宗十郎と新であった。ところが今日の新はいつもと違っていた。純白の制服に記された三つ葉葵の紋は、彼女が何者なのか容易に知ることができた。

「お、お前は・・・・・・」

 それに気づいた豪俊が驚きの表情を浮かべる。

「あたしは、徳川吉音だよ」とにっこり微笑む吉音。そのまま襲撃者に一撃を加えた彼女は、豪俊に悲しい表情を向けた。

「くそ、こんなところで!!」

「貴様に少しでも武士の魂があるなら、潔く刀を捨てろ。もう終わりだ」

 宗十郎の言葉もしかし豪俊には届かず、彼はめちゃくちゃに刀を振り回し始めた。それを受けながら、宗十郎は悲しい気持ちになった。やんごとなき血筋でも、時代が下ればこうも人の質も落ちるものかと思ってしまった。

「恥を知れ! 徳河豪俊」

 一喝の下、振り抜いた一刀は、豪俊の刀を真っ二つに叩き切った。

「貴様の牙は折ったぞ。これでもまだ抵抗するかの、豪俊や」

 宗十郎の後ろから、ゆっくりと歩を進めながら光姫が語りかける。その時、光姫の後ろに後光が差しているように見えた。

 菩薩と、それを守護する武神―――。豪俊には、そう見えた。

 もはや、彼に抵抗する意思はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 首謀者徳河豪俊と、その一味の者は火盗改によって連行され、天狗党の企てはここに終焉を迎えた。今後の取り調べで、他の者達が捕まるのも時間の問題だろう。

 その姿を見送った宗十郎は、神妙な面持ちで突っ立っている吉音に声をかけた。

「何ボーッとつっ立ってんだ『新』。帰るぞ」

 びっくりした吉音は思わず「えっ?」と拍子抜けの声を上げてしまった。

「怒んないの? そーじゅーろー?」

「別に」とそっけなく告げる宗十郎。

「但し。後でちゃんと八雲にだけは言っとけ」

 びしぃっと突きつけられた指に一瞬たじろぐも、吉音は元気よく「うん」と頷いた。

「なら行こうか二人共。わしは早く八雲が煎じた茶を飲みたい」

 三人は八雲道に戻ることにした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。