武士(もののふ)の魂   作:辰伶

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その5 忍び寄る影

 徳河豪俊並びに、天狗党でクーデターに主だった者は学園島から永久追放され、その他の者は帯刀権剥奪の上1年の社会奉仕の刑に処せられた。

 学園にはつかの間の平和が訪れる事になる。

 ある店先で、茶屋の従業員がウンウン唸りながらすぐ側にいた店員に声をかけた。

「なあ店主。これまた値が上がってないか?」

 相模宗十郎は、茶菓子に使う材料の一つの値段を見て三河屋の店主に問うた。この商品は、つい先週まで1エン貨幣(外界の1円に相当)150枚程だったものが、今週には200エンに値上がりしていたのだ。更に言えば、この商品はつい2週間前まで100エンだった。

 三河屋の店主は申し訳なさそうに彼に頭を下げた。

「何分、外からの供給があれからまた減ってきておりまして・・・・・・」

「また? 外はそんなに不況なのか?」

「いえ。そういうわけではなさそうなんです。ただ、私の知り合いの店も、供給が制限されているようでして」

 三河屋は困惑したように頭を掻いた。それでも、私の所はマシなんですけどねとバツの悪そうに告げる。

「三軒隣の浜岡屋さんとか、向町の眞岡屋さんなんかは、今回の値上げで店を閉めることになりましたから」

 三河屋の口から出た店は、彼が今まで贔屓にしていたところだ。確かに今日寄ろうとしていたが、シャッターが閉められており、そこに『閉店のお知らせ』と張り紙が貼られていたのを思い出した。

 彼らがどうなったのか問うと、三河屋は越後屋に雇ってもらったと言った。詳しく話すと、彼と越後屋は業務提携を結んでいるらしく、そのツテを使ったそうだ。

「腕がいいんだな」

「いえいえ。その時はたまたま運が良かっただけですよ。今では、越後屋のノウハウを教授できるんで助かってますよ」

 そっかとだけ宗十郎は言った。

「じゃぁ、これをいつもの量くれるか」

「毎度ありがとうございます。次までには勉強させてもらいますんで」

 無理すんなよと三河屋に告げて宗十郎はそこを後にした。八雲堂に戻ると、先に店主秋月八雲と居候兼用心棒も徳田新が開店準備に取り掛かっているところだった。

「吉音。これ出してくれ」

「はーい」と新と八雲が仲良くやっているのを見て安堵した宗十郎は、よしよしと厨房へ下がった。

 新改め徳川吉音は、天狗党の乱終焉後、八雲に自分の正体を告げ、このまま徳田新として置いてくれないかと彼に願った。最初は驚いた八雲であったが、彼は手を差し出し

「改めてよろしくな、新」と笑ったので、吉音は込み上げてきたものを必死に抑えて彼と固い握手をした。

 今日に限って、珍しい客が訪れてくれた。常連である光姫と由佳里の他、長屋の住人鬼島桃子、漂流人(さすらいびと)五十嵐文(いがらしあや)、長谷河平良、刀舟斎(とうしゅうさい)かなう、乙級生徒の為の学習塾を開いている由比雪那(ゆいせつな)といった普段あまり眼にしない面々が来てくれた。

「フゥ、疲れた」

 そう言ってどっかりと縁側に座ったのは上泉真瞳であった。彼女はウェイトレスとしてお客らの相手をしてくれた。用心棒新は、例のごとくつまみ食いをしそうになっていたので鉄拳制裁を食らわせ、光姫達に面倒を見てもらうことになった。この穀潰しめとまではいかないものの、彼女の存在が八雲堂の経営を圧迫しているは言うまでもないが、彼女もこの家の一員である故、面倒を見なければならない。

 しかし、こうも物価が高騰しては、そのうち店は火の車になってしまう。その前に何とかしなければ・・・・・・。

 そんなことは口に出さず、宗十郎は今日の功労者である真瞳に特製パフェをご馳走した。ついでに、彼女の横でぐうすか寝ていた吉音には毛布をかけてやった。

「なぁ光姫さん。こいつホントーにアンタの一族か?」

「まぁ、色々とあるんじゃよ。そう、詮索せんでくれ」

「詮索する気はないですよ。ただ、未だコイツが貴方や詠美と血を分けているとは思えんだけさ」

 気持ちはわからんでもないがなと光姫は納得する。

「しっかし、ここ最近本当にキツイな。どうなってんだ?」

「わしも気になって調べているが、どうにも原因がわからんのじゃ」

 二人が真剣に話している横で、真瞳は、宗十郎のパフェを貪りついていた。

「・・・・・・光姫さん」

「うむ。ハチ。彼女と店を頼むぞ」と言って、二人は席を立った。

二人は大通りの食べ歩きながら今回のことについて話し合い、そして別れた。

「そーじゅーろー! おかわり!!」

 店に帰ってくるなり、真瞳の注文が木霊した。

「・・・・・・帰ってきた人に対する第一声がそれですか」

 眼を爛々に輝かせスプーンの柄を縁側にガンガン叩きつける彼女は、さながら餌に飢えた獣の如く彼を見ていた。宗十郎はため息をつき、彼女に対し我慢しろと通告した。何ダメになった真瞳は必死にパフェを所望、しかし彼はそれを無視して奥にいた八雲の手伝いに向かった。

「すまんな。片付け任しちまって」

 どうだったと聞くと、平和な一日だったと返ってきた。つまり、いつも通りだったということらしい。こんな状態が続くと間違いなくこの八雲堂は荒波に呑まれて大海の藻屑と消える。

 よし、と言って、宗十郎は片付けを済ませると増築した離れに向かった。そこには子住三姉妹がくつろいでいた。未だ再建中のねずみ屋はここの離れを借りて仮営業中であったりする。客足は以前より少なくなっていたが、それでも八雲堂よりかは来ていた。たまにその流れで八雲堂に来てくれる人もいるが、それだけである。

「あら、相模さん。今日はどうしたのかしら?」

 出迎えてくれたのは三姉妹のお姉さん結花だ。宗十郎はちょっと提案がといって切り出した。その提案とは、ねずみ屋が再建される約1月の期間限定でコラボ企画でもやらないかというものだった。まだ素案状態であったが、結花は興味を示してくれ厄介になっている手前ぜひやらせてくれと言ってきた。案外あっさりと決まったので拍子抜けしてしまったが、そうとなれば話は早い。彼は次の時までにいくつかの案を各々考えておくということでその日は別れた。

 翌日。授業が終わると、宗十郎は真瞳を連れ立ってある場所に向かっていた。

「なぁ宗十郎。これから行く場所に私は必要か? 八雲の方が良くないか?」

 道中、真瞳がこんなことを言ってきた。確かにこれから向かう場所は彼女より八雲の方が適任であろうが、店を開けにゃ収入がない為、スキル皆無の吉音に店を任せた暁には間違いなく店の在庫はなくなり即日閉店の憂き目に合う。故に監視役が必要である。それが八雲であった。

「何だよそれ。私信頼ないじゃん」

「いやいや。あっちには手練がいるからな。万一を考えている」

「嘘くさい」

「あんな、『信綱』さん。俺はアンタの腕に期待してんの。『武士』としてのね」

 ムスッとしている秀綱こと真瞳は拗ねた子供のようにそっぽを向いた。そんな彼女に嘆息しながらも、剣聖の名折れだなぁとわざと聞こえるように呟いた。ムキーッと襲いかかる真瞳はさながら駄々をこねる子供のようだったが、それがなんとも可愛い。

「お前! 絶対私のこと舐めてるだろ!!」

「舐めてませんよ」

「いーや! お前絶対私を舐めてるね!!」

 さて二人は約束の場所へ向かう道中で言い争いを始めてしまった。しかも、大通りのど真ん中で堂々と。通行人は好奇の視線をちらりとやって元に戻すのが大半であったが、中には痴話喧嘩かと変な詮索を始める生徒達もいた。我を忘れて宗十郎に食ってかかっている真瞳は気づく由もないが、宗十郎はそれに気づいてはてさてどうしようかと彼女と言い争いしながら考えていた。

 そうこうしているうちに野次馬連中はどんどん増えていった。このままじゃまずいと思った彼は、強硬手段に出た。彼は、いきなり彼女の両足の間に頭を潜らせると、そのまま彼女を肩車した。

「ちょ、宗十郎! いきなり何だ!!」

「お姫様。周りをご覧下さい」

 そう言われて真瞳が周りに眼を向ければ、こちらを見ながらヒソヒソ話をする生徒多数にちゃかす生徒数多。その瞬間、彼女の頬は熟したトマトのごとく朱に染まった。

「それでは、行きましょうかお姫様」

「う、うん・・・・・・」

 彼女は恥ずかしさのあまり彼の後頭部に己の顔を埋めた。

「ずるいぞ、宗十郎」と小さく呟いた言葉を彼は聞かないふりをして目的地に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや、今日は珍しいお客がいますなぁ」と嫌味ったらしく言ってきたこの店の主の言葉に、宗十郎は邪魔するぞーと流して挨拶した。

「相模はん、ここには、アンタの望む品は置いてまへんよ」

「気にすんな。マーケット調査を兼ねてきてっから」

「そうでっか。ウチにはそうは見えへんけどなぁ」

 流石商人。ごまかしは聞かないかと内心関心した。その隣にいるちんまい少女はさしずめ彼女の用心棒であろう。

大商人越後屋山吹(えちごややまぶき)と用心棒佐東はじめ。山吹は表裏社会でその名を知らぬ者はいない有名人であり、これと眼をつけたものは物は金に糸目をつけず購入、人物に関してはあの手この手でスカウトし自分の商域を広げている天才だ。金が回れば経済が回り、優秀な人材は己が手で保護しその芽を摘まぬようにしている。そんな彼女の護衛はじめは、その身体から発するオーラから腕の立つ剣客であるというのが分かる。

 実を言うと、その才能に眼をつけた山吹から何度もスカウトを受けたが、宗十郎と八雲はそろって拒否した。

「俺らはのんびりゆっくり茶屋やってる方が性に合ってるんだわ」というのがその断り文句だ。しかし、彼女とて彼らのことを諦めてはいない。

「ほんなら、何しに来はったん?」

「ちょいと、な」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「成程なぁ」

 話を聞いた山吹は感慨深く頷いた。ここ最近の物価上昇に関して彼女が知らないはずはないのだが、大店(おおだな)の主となればそこまで気にしないということだろうか。

 そうではない、と彼は思った。彼女はこの事態には何か裏があると睨んでいた。それに気づく者は多数いただろうが、こうして誰かに相談しに来る者はいなかったようだ。確かに一般的に考えれば物価が上昇したのは本島に何かあったか学園側で何か取り決めが有りその為に上がったのだろうと考えるだろう。だから、彼女と同じように考えてここまで来た宗十郎に、山吹は好意を覚えた。と、宗十郎が邪推している間に山吹は思考をフル回転させており、その二人の横で二人の用心棒が対峙していた。

「相模はんは、どうしたいんどすか?」

「誰かが裏で糸を引いていると睨んでいる。そいつらの正体を暴いてこの事態を収束させる」

「へぇ。そないな大層なこと考えてはるんですかぁ」と軽く流している実、宗十郎の慧眼に肝を冷やしていた。

(何者や。この人)

 ただの人ではない。彼を包む静かで、強烈な気の力。人を優しく包み温かみを授ける一方で、敵と認識したものに対しては鋭く研ぎ澄まされた名刀の如く冷たく恐怖という奈落に突き落とすそれは、まさに凶器だ。能ある鷹は爪を隠すというが、彼はまだ何かを隠している。

 加えて、彼の隣に座している女武士も侮れない存在だ。彼女の実力は、はじめのそれを圧倒的に凌駕している。あのはじめの額から脂汗が滲み出ているのがわかる。その実力、十兵衛や桃子、シオンクラスかそれ以上であろう。そんな二人が自分の本拠地(ホームグラウンド)に乗り込んできたのだ。

 彼女とて、これは何かあると踏んでいた。この自分を出し抜いてことをしでかそうなんて輩、許すわけには行かなかった。さてどうするべきか。

「相模はん。あんさん何が望みや」

「大商人にしては愚問だな」とそれ以上は何も語らなかった。

「・・・・・・分かりました。ウチの方でも調べてみましょう。それでええか」

 時間をたっぷり使って、山吹はそう告げた。

「うん。ありがとう。今度何かあったら協力するよ」

 そう言って宗十郎と真瞳は山吹と別れた。

「油断ならん人や。相模宗十郎はん」

 窓から彼らの姿を見ながら、口元を扇子で隠し不気味に笑む山吹は、早速はじめと共に出かけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八辺由佳里は相変わらず書斎に篭って調べ物をしていた。あれから彼女は相模宗十郎が国の大家進藤家と縁がある者であると結論づけた。その上で、そんな進藤家の縁者が何故こんなところに来て学生をやっているのか。この学園で何かあり、そのことを調べに潜入しているのではないかと由佳里は睨んでいた。

 となると、『相模宗十郎』と名乗っているあの人は一体何者であろうか。第一の可能性としては進藤龍二という自分達と同じ高校生が挙げられる。現当主進藤龍造氏の次男で、高校剣道界の頂点に君臨する強者である。しかし、風の噂で、彼は今神奈川のある高校にいるとのことだった。これらを持って彼は候補から外れた。

 次の可能性は、彼の兄である進藤龍一であるが、彼は4年前に不運な事故でこの世から去っているとのことらしい。彼も外れた。それでは一族の誰か、ということになる。しかし、彼の内には、人を暖かく包み込みつつ、時に研ぎ澄まされた名刀の刃のごとく冷たき殺気を発しているオーラを感じた。ひと睨みされたら卒倒してしまう恐ろしさがひしひしと感じる時があった。あんな殺気を放つ人物があの一族にいるはずない、と彼女は直感した。

 さて一方で、彼女は主の光姫から、今回の物価上昇についての原因について調べるように言われている。理由を尋ねると彼女は「少し気になることがある」としか言わなかった。それ以上のことは由佳里が何と聞こうとも彼女かついに口を開くことはなかった。その際、彼女からは宗十郎の探索を暫く止めるよう指示された。恐らく今回のことに関連してのことであろうが、由佳里はどうも腑に落ちない。何となく、いつもの光姫らしくないと感じた。

 由佳里は光姫に内緒で宗十郎の探索を継続することを決断した。

「宗十郎さんの正体、絶対見つけてやる!」

 由佳里の眼にはやる気の炎がメラメラと燃えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや? 宗十郎殿ではないのか」

「すまんな。奴は所用で今日は来れないんだ」

 夜。いつものように待っていた十兵衛の前に現れたのは宗十郎ではなく、真瞳だった。

 後ろ手に束ねた艶やかな黒髪をなびかせるその姿は、凛としていて綺麗だ。

 と同時に、彼女からは途方もない力の圧を感じた。只者ではない。十兵衛の直感がそう告げていた。

「それで、今日の要件は?」

「あなたと私のお目見え、だそうだ」

 十兵衛は沈黙した。宗十郎は一体何を考えているのか分からなかった。今日は記事の件で判明したことを報告しようと思っていた彼女は、少しがっかりした。

「気を落とすな十兵衛。私のことは知っていても損はないぞ?」

 そういうが早いか。秘匿としていたこの場所が誰かに囲まれている。

「『大御所』の手の者か。早いな」

「待ってくれ。ここは私が調べた誰も知らない場所なのだぞ。簡単に分かるはずが」

「大方、探索に長けた連中に隅々まで探らせたのであろう。何、貴方が気に止むことじゃないさ」

 しかし、彼女はあの方の縁者を危険な目に合わせてしまった事を悔いていた。そんな彼女に真瞳はそっと肩に手を置いた。そして、「ここは私に任せてもらおう」と眼で訴えた。

「おい。コソコソしてないで出てこいよ。私は逃げも隠れもしないぞ」

 彼女が大声を発すると、総勢20名の襲撃者が姿を現した。全員、眼元以外の顔を隠している。おおよそ後で問われても言い逃げができると踏んでのことだろう。

 ふむふむと彼女は一団を見回しながらいちいち頷いた。彼らの力量を値踏みしているらしい。そして彼女は腰の刀を抜いた。

 長さ1尺7寸(約66.1cm)。この刀が作られた時代にしては刀身が短いのであるが、元身幅3.5cm、身幅が2.5cmと身幅が広く、2.7cmの反りが高いものであり腰部の1/3ほどに樋と呼ばれる溝が掘られているいるのが特徴という独特の体配。

 銘を『大典太光世(おおてんたみつよ)』という。

 時の将軍家から、太閤・大権現・加賀百万石という名立たる名家を渡り歩いた天下五剣の一刀である。

 後に、加賀から京を守護する皇女の手に渡り、彼女が所持しているという噂だが・・・・・・。

「十兵衛。よく見ておけ」

 刀の(きっさき)を下に向けて、真瞳は彼ら目掛けて突進した。真瞳は敵の攻撃を的確にいなしながら相手の急所に寸分の狂いもなく刀の峯を打ち込んでいった。まるで風にたなびく柳のごとく攻撃を避け、獲物を狩る鷹の如き鋭い一撃に沈んでいく仲間達を見て、残りの襲撃者はたじろいだ。その隙をついて、彼女は残りの連中を一瞬の内に沈黙させた。

「他愛もない」

 最後の一人を仕留めるその瞬間、彼女はそう呟いた。真瞳が侵入者を沈めるのに掛かった時間はおよそ1分。手練の十兵衛でも20人相手は中々骨の折れることであるが、汗一つ掻くことなく真瞳はそれをやってのけた。

 尋常でなはい。

「貴方は何者だ」

 思わずそんな言葉が口から出ていた。たった1分で20人を掃討するこの女生徒を彼女は恐怖した。宗十郎の縁者というのも嘘で、実は彼女こそ『大御所』の遣わした部下ではないかとか様々な思考が頭の中をぐるぐる回り疑いの眼差しを真瞳に向けてきた。

 真瞳は少し思案した挙句、名は告げられぬと答えた。だがしかし、彼女はこう付け加えた。

「私は光源院や丸目蔵人佐に剣を教えたことがある式神(もの)さ」

 悪戯顔で微笑む彼女の言葉を十兵衛は頭に巡らせ、やがてハッとした表情を真瞳に向けた。心なしか彼女の口元がわなわなと震えていたのは、彼女の正体を知って身震いしているからであろう。眼前の彼女は、宗十郎と同じ伝説(そんざい)ということだ。

―――その昔、剣聖卜伝と同じく剣聖として名を馳せ、上野国一本槍の異名を持った偉人諸国を遊歴し、時の光源院の御前で剣技を披露せし、新陰流開祖―――

 彼女が歴史に明るいことを彼女は宗十郎から聞いていた。だからあれくらいのことを言えばすぐに分かると踏んでいた。

「私は『上泉真瞳』』という。生ける屍だが、宗十郎の頼みでアイツに協力している。まぁよろしく頼むよ」

「願ってもないことです」

二人は固い握手を交わすと、椅子に腰をかけた。

「宗十郎殿に渡してもらいたい」と十兵衛はレポートの入った封書を差し出した。中身は、先日彼に依頼された記事についてのものだ。真瞳はそれを受け取ると、確かにアイツに渡そうと約束した。

「少し待たれよ」

 真瞳が去ろうとしたその時、十兵衛は彼女を引き止めこう言った。

「教頭には気をつけてくれ。そう宗十郎殿に伝えて欲しい」

 真瞳は、うむ、と頷いてその場を去った。

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