武士(もののふ)の魂   作:辰伶

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その6 皇女からの使者

「・・・・・・ちっ。最近多すぎるだろう」

 嘆息付いた宗十郎は眼下に転がる襲撃者共を一瞥し、刀を収めた。

 ここ数日、事あるごとに宗十郎は『大御所』の息がかかったであろう連中に昼夜問わず襲われた。宗十郎は仕方なく己の愛刀でこれまで多くの命知らずをこの大地に沈めてきた。このおかげで宗十郎の名は学園中に広まってしまった。その為、事あるごとに老中の酉居にイヤミの一言二言をこれまた人の神経を盛大に逆撫でてくれる。その一言を聞く度に宗十郎の腸は沸騰した鍋のごとく煮え繰り返った。

 ここ最近、彼は苛立っていた。苛立ちながらも、冷静に分析している。

 『大御所』としては、己の計画を成就させる為には様々な障害を排除せねばならない。その中で、宗十郎は危険な存在となってしまったのだろう。原因は、恐らく天狗党の乱の時と思われる。あまり派手に暴れた覚えはないが、どうやら『大御所』はそれを脅威に感じたのだろう。このまま行けば、八雲や周りの連中にも奴らの魔の手が襲いかかる可能性がないわけでもない。

 さあどうするか。頼りたくはないが、京に住まう皇女に助力を請うかと考えた時、あの小憎たらしい皇女の顔が眼に浮かび即座に却下した。彼女のことなので、今もどこかに観察用の式神を放って自分のことを見ているに違いない。それを見て腹を抱えて笑っているか、既に誰か救援を放っているやも。

 そう考えていると、誰かが自分に向かって近づいてくるのが分かった。その雰囲気たるや、歴戦の猛者を思わせる気を醸し出しているが、敵意を感じない。加えて、どこか真瞳を彷彿とさせる空気も感じる。

 様々なことを総合的に判断して、彼はある結論に達した。

由姫(よしひめ)の手の者か」

「ご明察」

 声の主は女であった。振り返ると、彼女は青の袴姿で右手には刀を持っていた。またどこぞの武将を召喚したかと宗十郎は興味を持った。

「由姫様より、貴方様をお手伝いするよう申され、罷り越しました」

「ちっ、あの女には全て筒抜けかよ」

「それだけ、貴方様のことをご心配されているのですよ」

「どうだか。大方俺が苦労しているのを見て腹抱えて笑ってんじゃねぇか?」

 宗十郎の問に対して、女はクスリと笑うだけだったが、否定はしていなかった。彼は苦虫を噛み潰したような表情になる。畜生予想通りかよ。

「『伊勢』様が既に貴方様のお近くに控えているそうですね。私は近くの空家で見守ることにします」

「あの野郎。もう秀忠に話をつけたのか」

「いえ」と一言。成程秘密裏に来たのか。さてさてどうするかと考える彼は、そういえば五十嵐文という不法滞在者もいるし、第一ここは生徒教師合わせて10万の人々が暮らす島だ。一人ぐらい人が増えようが誰も気にもとめないだろう。

「申し遅れました。我が名は甲斐と申します」

「ほう。成田の姫君か」

「はい。最も、姫としての所作は身につけておりませんが」

「いや、今は少しでも武が欲しいところだ。感謝する」

 成田甲斐。戦国期に石田三成率いる豊臣軍と忍城で対峙し、その戦闘で多くの敵将を討ち取り、その武勇に惚れ込んだ太閤秀吉の側室となった女将軍である。

「よろしく頼む」

 二人は固い握手を結んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 平賀輝が置いていった瓦版を見ながら、宗十郎は軽いため息をついた。ここのところの物価上昇に加え、犯罪ごとが増えていると感じたからだ。

 1つが、大店や役人を狙った怪盗猫目なる盗賊団の活動が活発になってきており、被害が拡大、その為火盗改や南北町奉行所が大忙しであること。

 2つ目が、仕置人なる悪徳役人や商人を非合法の手段で手打ちにしている人物が暗躍しているらしい。

「どうなっているのやら」

 羊羹を頬張り、暖かいお茶を啜りながら宗十郎は外を見つめている。

「お悩みですか? 宗十郎様」

 彼の隣にちょこんと座った和服娘が彼を覗き込みながら聞いてきた。彼女の姿を確認するや、宗十郎は頭を掻いて訴えた。

「姫君。何度も言うが、その、様付けは―――」

「でしたら、貴方様こそ私のことを『姫君』と呼ぶのを止めてくだされば応じます」

 宗十郎は唸った。

 しかし、この男、こと女性に対する扱いは一応の線引きをしている。真瞳に対しては長年戦ってきた仲もあって、又、真瞳からの申し出もあったので友人同様の接し方をしているが、仮にも甲斐は太閤の側室であった方だ。彼女に対して真瞳と同じような対応は彼にはできない。

「それで、何をお悩みでしたの?」

 これよと彼は読んでいた瓦版を手渡した。一読した彼女は「厄介ですわね」とそれを置いた。

 物価の高等に関しては、このまま続けば間違いなく店は存続が危うくなる。つまり死活問題となる。

「時に宗十郎様。八雲様と吉音様はいずこに?」

「学校で補修」と短く答えた彼にでしたら暫くここにいられると甲斐は喜んだ。何をそんなに喜んでいるのか問うと、今や伝説となった貴方とこうして話せることが夢だったとか。

 そこに、子住結花がやってきた。甲斐は『真崎甲斐』と名乗り、宗十郎の知り合いであると告げた。あらあらこれはご丁寧にと結花も自己紹介をした。その時甲斐は彼女から何かを感じ取った。

「宗十郎から聞いたのだけれど、ねずみ屋はもう少しで完成だそうね」

「ええそうなんですよ。ただ少し残念なんですよね~」

「あら、そうなんですか?」

「そうなんですよ。今の企画が思いの外好評でして。新装開店した時も続けてくれという声が多くて」

 その声は初めて聞いたと宗十郎。少し心が温かくなった。

「なら今後も定期的にコラボ企画をやろうじゃないか季節ごとに」

 その申し出は結花にとっても喜ばしいことであったようで、子供のように跳ねて喜びを表していた。宗十郎は隙を見て調理場に下がり、人数分の煎茶とせんべいを持って姿を現した。

「少しのんびりしようや」

 それから三人はのんびり2時間世間話で盛り上がりながら親交を深めた。

 結花が所用で出かけたのを見計らって、甲斐から話しかけてきた。

「それで、姫君の見立てを聞きましょうか」

と茶を啜りながら尋ねると「黒ね」と簡単に答えた。

「忍びの心得がありそうね」

「ふむ・・・・・・。成程」

「どうなさるの? こらしめますの?」

「・・・・・・いや、流しましょう。奴らが狙っているのは悪徳のバカ共だ。少しシメテもらおうと思います。その方がいい薬でしょう。お互いに」

「あらあら。寛大なのですね」

 ふふんと、彼は煎餅を頬張った。

「姫君。1つ、頼みがあります」

「なんでしょうか、宗十郎様」

 姿勢を正した宗十郎は、甲斐の前に片膝を付いた。そして、彼の口から甲斐に依頼内容が述べられた。聞いている甲斐の眼差しは真剣そのもので、宗十郎の思いを必死に逃すまいとしていた。聞き終えた甲斐は、すっと立ち上がると、彼の前で屈んだ。

「承知しましたわ。この成田甲斐、身命を賭して果たしましょう」

「よろしく頼みます」

 宗十郎は深く頭をたれ、甲斐はそんな彼に一礼して去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「邪魔するえ」

 珍客が八雲堂を訪れたのは、昼であった。その格好は、この貧相な茶屋にはあまりにも不釣り合いで、そのうちの一人は八雲堂を見ながら「貧相やなぁ」とこの家の住人の神経を逆なでするかのような発言を平気で口にした。

「一言余計だ、越後屋」

 店から出てきた男は、ジッと彼女を見つめて二人分の煎茶と羊羹を差し出した。怪訝な顔で見る越後屋に対し、行為は素直に受けるのが、商人じゃないのかなとニヤニヤしながら男が言った。

「ええ根性しとるなぁ、あんさん」

「俺はアンタのビジネスパートナー。そう簡単にアンタは切れないだろ?」

 ドヤ顔がえらく勘に触る。しかし、この家の者達はかなりの商才を持っている。逃す手はない。故に我慢。

「それで、アンタがここに来たってことは、何かわかったってことかな?」

「聞かんとも分かっとったくせに」

「くくく。まぁ、この店の自慢の茶と菓子を食っていけや」

 言われるがまま、煎茶と羊羹を口にすると、これがまた絶品。欲に任せて彼女達は羊羹を頬張り茶を啜りまくった。

「何なら、アンタの店に提供してもいいぜ?」

「検討しましょ」

 そんなことより、と越後屋はここの住人達の所在について尋ねると

「新は補修。八雲はアイツに付き合って一緒に出ている。真瞳は三河屋におつかい、子住三姉妹は隣で店やってるよ」

「ほんなら、都合がええわけやね」

「そう言うこった。こっちだ」

 宗十郎は彼女達を奥の部屋に通した。外には『臨時休業』の札を忘れずに置いとく。

「結果を聞こう」

「五人組」

 短い問いに短い回答。それだけで彼らには通じた。

「五人組言うんは、言い換えれば、幕府の商人版と思ったらええ」

「奴らの狙いはなんだ?」

「そこまでは、何とも」

 少しの沈黙。それから小さなため息が出る。

「アンタはどう思っているんだ?」

 気に入らんの一言が帰ってきた。彼女にとって、商売とは競争して成長すると考えている。話の中で、この組織はそれを一手に掌握統制して何かを企んでいる。それが気に入らないらしい。近頃商人間でも不穏な空気が流れているのを肌で感じていた宗十郎。

「そう言えば、以前八雲が商人連合組合の越中屋三太夫とかいう奴が来たんだが、奴も関係者かな?」

「そう思うてもええで。商人連合組合は五人組直轄の組織や」

「何をする組織だ」

「ウチみたいな商人を一人でも多く加入させるんが『仕事』やな」

 それが全体何に為になるのか現段階では分からないが、ともかく面倒なことになりそうな予感はひしひしと感じていた。山吹もそれは感じていたようで、肩を落とした。

「相模はん。羊羹をいただきたいんやけど」

「・・・・・・どうしたんだ、急に」

「なんやもう、疲れたわ」

 その顔には疲労が滲み出ていた。これ以上は確かに話はできないと判断した宗十郎は、彼女の所望する羊羹と渋めの茶を持ってきた。早速頬張る山吹の顔がみるみる綻んでいった。普段と比べると、今の彼女はリスのように可愛かった。その顔を肴に宗十郎は茶を啜る。

「何なら、今度出張してやろうか?」

「ほんまか!? ええの?」

「いいよこれくらい。月一くらいでいってやろうか?」

「ありがとう!!」

 山吹がいきなり飛びついてきた。今の彼女は威厳ある大商人ではなく、年頃のただの少女だった。その様子をじっと見ていたはじめは少し嫉妬しているようだったが、気にしなかった。こんな表情をするんだなと彼は少し得をしたような気がした。

 それから暫く談笑してから山吹とはじめは店に戻っていった。それと入れ替わりに甲斐と真瞳が戻ってきた。

「おや? 邪魔したかな?」

 ケラケラからかう真瞳を小突くと甲斐がこんなことを言ってきた。

「先程、宗十郎様達をじっと見ている男がいましたわ」

「・・・・・・」

「宗十郎様?」

「姫君、確か以前、姫の所作は覚えていないとおっしゃいましたよね?」

「はい」

「であるなら、その言葉遣いは・・・・・・」

「父上にせめて言葉遣いだけはと厳しく躾けられました」

「ふむ」

 それから暫くして、宗十郎は茶と菓子を二人に振舞った。その時は、甲斐は真瞳のことをしきりに「伊勢様」と呼んでいたのが妙に違和感に感じていた。本人もそう感じていたらしく何度も止めてくれと懇願したが、ついに彼女の願いは届くことはなかった。

「そういえば宗十郎、あの箱に何か入ってたぞ」

 そう言って真瞳が指差したのは、いつの日か人助けと言って新が勝手に設置した『目安箱』という乱雑な文字で書かれた箱であり、この街に住む人達が困ったことをここに投書し、それを八雲達が解決していくというものだ。想と朱音の黙認という形をとっているので、あの頭でっかちの酉居何かに見つかった暁にはどんな仕置が待っているのやら。だからといって止める気はさらさらないのだが。

 そうかと言って宗十郎は目安箱を漁った。どうやら依頼は2件あるらしい。依頼を取り出して内容を見ると、彼は少し困惑した。

「どうしました?」

 宗十郎は黙ってそれを甲斐に差し出した。それを見て彼女はあらあらと少し顔を綻ばせた。

 

『今日から2週間の間、ウチに護衛を一人寄越して欲しい  越後屋山吹』

 

『話したいことがある。今日の3時に店に来て欲しい  三河屋清兵衛』

 

 

 2件の依頼はいずれも今日であり、依頼人は宗十郎と面識がある者だ。二人共、恐らく自身に来て欲しいと思っている。それも、今回の一件が絡んでいるのは間違いない。

 彼は決断した。それというのは、甲斐を山吹の護衛に回すことである。今回のキーマンはまず彼女だ。商いの世界で多大な影響力を持っている彼女を、排除したい連中はごまんといるだろう。今彼女に退場されるのは、彼にとって非常に好ましくない。

「どこの誰とも知らぬ者がアイツにつけば、連中も油断するだろうよ」

そういった狙いもあり、彼女に山吹の護衛を依頼した。甲斐の答えはOKである。

「腕がなりますわ」

 そういって彼女は背中に背負っていた大太刀の柄に手を触れた。

 長さ3尺6寸2分(約109.7cm)。細身であるが反りが2.7cmと大きく、踏ん張りが強い―――刀身の鍔元の幅が広く、切先の幅が狭く、その差が大きいこと―――極めて優美な大太刀。地鉄は小板目肌がよく()み、ところどころ大肌まじり、地沸(じにえ)が厚くつき、地景(ちけい)入る。刃文は小乱れ主体で小足入り、小沸つき、匂口深く、三日月形の打のけがしきりに入る。中ほどから上は二重刃、三重刃となり、帽子も二重刃となって先は小丸ごころに返る。(なかご)は生ぶで雉子股(きじもも)形となる。

 銘を三日月宗近。天下五剣の一つで、五剣の中で最も美しいと評され「名物中の名物」とも言われた名刀である。

「あの刀剣マニアめ。どんだけ国の宝貸してんだよ」

「あらあら。あまり由姫様を悪く言わないでくださいませ。これも全てはこの国の為ですわ」

「よく言うわ。英傑の魂酷使させて自分は御所で呑気に構えてるじゃねぇか」

「まぁまぁ宗十郎。主も悪気があるわけじゃないんだかな、な」

「そうですわ。讃岐の君と協力して京の騒乱を鎮めていますもの」

 そうかいと彼は興味なさげに気だるく足を投げ出した。あの女の行動は人の常識を超越しているから、俺達のそれは通用しない。ある意味彼は諦めている。

「由姫様は、何かあれば遠慮なく頼れとおっしゃっています」

「その時が来たら、頼ることにしましよう」

 頼む、と告げると甲斐は意気揚々と越後屋へ向かっていった。

「よし、俺らは三河屋へ向かうぞ」

 宗十郎は真瞳を伴って依頼人のもとへ向かって歩きだした。

 

 

 

 

 

 

「何や。相模はんではないんか」

 明らかにしょんぼりする山吹に対し、すみませんねと一応謝る甲斐は改めて宗十郎から貴方の依頼を受ける旨を伝え、今日から泊まり込むことを伝えた。ほうかと明らかに上の空の山吹。内心大丈夫かなぁと不安になってしまったが、はじめは「旦那はいつもこんな感じだから」と気にしていないようだった。

「まぁええわ。一つよろしく頼むわ」

 気を取り直した山吹は、今日の予定を二人に告げ、店の人に出かけてくると言い残して外に出た。

 一行は、ある会合に出席した。この会合は、山吹と共に五人組の一派とは主義を異にしている一団である。今後の対策などについて話し合っている最中、甲斐ははじめと一緒に外で待機していた。彼女は他愛もない話をしているが、その中で、彼女は得体の知れぬ何かの気配を感じていた。甲斐ははじめに眼をやると、彼女はこくりと頷いた。

(やり過ごすに限りますわね)

 甲斐は眼を瞑り、会合が終わるのを待った。

 会合が終わり、山吹は店に戻ると言った。少し頬が紅潮しているが、表情からどうやら何か彼女の怒りに触れる何かがあったのだろう。そんなことより彼女は後をつけてきている連中の方が気になっていた。

「山吹様、振り向かずにお聞きください」

 声量を落とした甲斐の発言。山吹はそれだけで事態を察し、軽く頷くにとどめた。

「何や?」

「つけられております」

 間髪入れずに告げられた一言に山吹は驚愕の色を隠せなかった。思わず彼女の方に向こうとするとそのままと甲斐が強い口調で制した。

「このままそこの角まで気づかないフリをしてにお進みください」

 言われた通りに彼女は突き当りの角まで歩を止めずに進んでいった。

 追跡者達は細心の注意を払い彼女達の後をつけていた。彼らはある人物から密命を帯びており、今日がその決行日だったのだ。全員手練の連中で彼女達を仕留めるくらいわけない。

 彼らは後を追って角を曲がったところで立ち止まった。

「お待ちしておりましたわ」

 その異様な姿に追跡者達は思わず息を飲んだ。

 そこにいたのは至って普通の町娘だ。整った顔であるし、束ねた髪が風でなびいているがそれがどこか美しく感じる。

 その、手に持っている大太刀が、それを台無しにしていた。その刀身から放たれる神々しく輝くそれは、彼らの心には眩しかった。

「山吹様には、指一本触れさせませんわ」

 しかし、彼らは侮っていた。いくら神々しい大太刀を持っていようが所詮は女子である。ハッタリで脅かそうとしているに違いない。大体、非力な女が、5kgはあろうかというそれを振るえるわけがない。彼らのその見識が大きな誤りであったことに気づくのはそんなに時間がかからなかった。

 腕に自信がある志野前某(しのまえなにがし)と同じく某2人が正面・左右から同時に斬り込んだ。それを見た町娘は大太刀の鋒を地面と並行にした。

 殺った、と思った彼らだったが、視界がぐるぐると回ったと思ったら後頭部に衝撃とともに感じた鈍痛。その双眸は何もない青天を捉えていた。

 全体何が起きたのか。

 町娘が振り払った一刀は、襲撃者の刀を両断して彼ら諸共吹っ飛ばした。なまくらでなまくらが両断できることは普通ならありえない。その華奢な身体のどこに大太刀を振るう臂力が備わっているのか。それをもってしても、なまくらの大太刀が、あんな威力を発揮するとは到底思えない。そのことを含めても、ここにいた連中は、この町娘の評価を誤っていたことを認識した。

 眼の前にいるのは、ただの町娘ではない。人という皮をかぶった化物だ。

「ふふ。さぁ、どうしますか」

 羅刹の眼光と妖艶に煌く大太刀が、彼女の存在を一層邪悪なものへと変えていた。襲撃者共は恐怖に支配され、それぞれ勝手に動き出した。リーダーと思われる男の制止も聞かず、彼らは町娘に突っ込んでいった。町娘の動きは実に鮮やかで、大太刀を己が手足のごとく動かし、一人一人的確に彼らの意識を奈落の闇に沈めていった。

 最後の一人が沈むまで、リーダーである男はただただその光景を見ているしかなかった。

(俺達は、とんでもない奴を相手にしているんじゃないか?)

 だから、彼は彼女がゆっくりと近づいてくる時、逃げられたはずなのに逃げなかった。何かを悟っていたのだろう。

「貴方、名前は?」と、普通なら答えるはずもないその問に「長谷部京介」と答えた。京介は既に持っていた刀を鞘に収めていた。

「京介様。山吹様を襲わせようとした者の名を教えてください」

「すまない。それは教えられない。俺にも、家族がいるんでね」

 まだ学生なのに家庭を持っているのかと思いつつ、甲斐は彼に忠告する。これ以上山吹を襲うとなると貴方がたの命は保証できないと。それに対し、京介は俺達はもうお前を襲うことはないと誓った。それを聞いた甲斐は、京介らを解放した。

「感謝する」

 今回のことは見なかったことにすると言って甲斐は大太刀を下げた。京介は気がついた仲間を率いて退いた。

 去り際、京介は独り言のようにあることを呟いた。

「五人組には気をつけろ」

 

 

「はじめ。あの娘、何者や」

 真崎甲斐が華麗な舞を披露している。その一部始終を見ていた山吹は、この娘を寄越した宗十郎の意図を理解した。自分でなくても、真崎甲斐は実力十分。アンタの護衛にはお釣りがくるくらいだろ。なんて、宗十郎のイヤミが聞こえてきそうだ。はじめはその問に答えることはなかったが、見れば身体が小刻みに震えていた。それだけで、山吹は甲斐の実力に大よその目安をつけることがでいた。謎多き転校生相模宗十郎と同じであると。

「ほんま、おもろいなぁ」

 口からこぼれたその言葉に山吹は驚きを覚えたが、彼女の脳裏に相模宗十郎と真崎甲斐という存在が深く刻まれた。

「終わりましたわ、山吹様」

 爽やかな笑顔で戻ってきた甲斐に労いの言葉をかけてやり、三人は越後屋へと戻っていった。

「なぁ、甲斐はん。あの者達を逃がしてよかったんですの?」

 越後屋に戻ってから、山吹は先刻のことについて尋ねると、一言「あの方は信頼できる」と返した。

「眼を見れば、どんな人であるかわかりますわ」

 そうなんかなと首を傾げる山吹はちらりと傍に控えるはじめを見る。相変わらず無表情だったが、甲斐になんかしらの興味があるように見えた。確かに、山吹らから見れば甲斐はどこの馬の骨とも知れぬ者だ。知れぬ者だが、相模宗十郎の知り合いで、実力も折り紙つき。ただし、彼女も宗十郎同様何かを隠しているようだ。しかしそれもいいと思った。彼らといれば、この退屈な日々が愉しめるそれに変わるかもしれない。そうなれば・・・・・・。

「山吹様。お顔が極悪人ヅラしておりますよ」

 甲斐に指摘され、山吹は「そうなん?」とすっとぼけてみせる。

「旦那の悪い癖が始まった」なんてはじめのつぶやきが聞こえたかどうかは知らないが、山吹の瞳には堕天使の微笑みが写っていた。

「では、退屈しのぎに何かお話しましょうか」

 甲斐の提案に食いついた山吹は、早速日頃気になっていた宗十郎について詰問し始めた。甲斐は少し戸惑いつつも、当たり障りのない話をすることで乗り切った。

 女子三人のトークは、丑三つ時まで続いたという。

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