武士(もののふ)の魂 作:辰伶
さて、甲斐と別行動をとった宗十郎と真瞳は、約束の時間に三河屋を訪れた。店員に声をかけると奥に通された。そこには既に主人の清兵衛が座して待っていた。二人が座すると、清兵衛は二人の前に数枚の写真を投げた。
「これは・・・・・・?」
「ある商店のものだ」
宗十郎が手にとった二枚の写真。右手のものは、客が来ていないのだろう、寂れてしまっている店の写真が。そして左手には同じ店がどんな手品を使ったのか見事に復活して大繁盛している様を写したものだ。
店の名前は早乙女屋という材木問屋。その店主とは古い知り合いであるという。
「話は聞いたのか?」と宗十郎が問う。その言葉が終わると同時に、清兵衛位の後ろにあった襖がゆっくりと開き、ある人物が控えていた。
「早乙女屋伸介です。私が呼びました」
伸介は一礼して清兵衛の横に座った。
「彼とは古い付き合いでして、派閥は違うとは言え、友の頼みは断れません」
「貴方の言葉を疑うわけではないが、俺達は信用しても良いのか?」
「天地に誓って」
そこまでする必要はないのだが、と口にしないが、宗十郎はその瞳を見て彼は信頼に足ると確信した。
「こうなった理由を教えていただきたい」
請われた伸介はその経緯を語り始めた。
元は越後屋一派に属していた早乙女屋は、他の店舗と同じように物資の供給が滞り店を閉める一歩手前まで来ていた。
そこの現れたのが越中屋三太夫である。誘い文句も、宗十郎のものと同じだった。伸介は返事を保留し一晩思案した。思案してある結論に達したという。
噂に聞く五人組。その懐に飛び込めば、今回の一連の騒動の原因がわかるかもしれない。わかれば、五人組をぶっ潰して元の状態に戻せるかもしれない。そう考えた伸介は翌日三太夫に加入の意思を伝えた。
するとどうだろう。契約の1時間後には大量の物資が届けられた。その、あまりにも迅速な対応に言葉を失う伸介だったが、その理由を担当者に聞いてみたが、ある特殊なルートから仕入れたとしかわからないと彼に言われた。何かよほどの事情があると踏んだ彼はその謎を解くべく今まで単独で調査しているという。
「よくバレなかったな、アンタ」
「これでも、多少は忍びの術を心得ておきまして」
「ふむ、そうか。まぁ、程々にしとけよな」
「相模殿とは思えないお言葉」
「それは褒めてんのか?」
「ご想像にお任せします」
「性別を偽るのも、その調査のためかい?」
えっ? と驚く真瞳に対し、伸介は豪快に笑い出した。
「いつからお気づきで」
「アンタを最初に見た時から。この相模宗十郎。ナメてもらっては困るな」
優しい眼差しから放たれる鋭い視線。この男にはどんな嘘の通用しない、そう彼女は感じた。
とはいえ、真瞳も驚いていたが、実際は驚いたふりをしているだけに過ぎない。剣聖でもある彼女は人の本質を視るに長けていた。会った時から彼女の正体に気づいていた。
「ごめんね。清兵衛君。バレちった」
謝っている風には微塵も感じない、舌をチロっと出して清兵衛に苦笑する。仕方ないと言わんばかりに彼女の頭を撫でる清兵衛に咳払い一つして改めて彼女の名を伺う。
「早乙女屋が女主人、
「相模宗十郎だ。よろしく」
「上泉真瞳だ。まぁ、よろしく」
三人は固い握手を交わし、話を続けることにした。
「どうやら、五人組には協力者がいるようです」
協力者、とは実に興味深い。つまり彼らにはその協力者がいるからこんな大それたことができるのだろう。ある意味村八分の気分だ。
その協力者とは相当な力を持っているようだ。力がなければ、物資の供給をここまで制限したり差別したりできないはずだ。それをいいことに連中は甘い蜜を存分に吸いまくっていることだろう。
自分達さえよければ他人などどうでもいいと思っている、宗十郎が一番嫌う人種だ。
「三太夫が申すには、その人はさる御身分の方だとか」
「ふ~ん」と実に興味なさげに返事する宗十郎に対し、真瞳はその人物が学園にいる奴か聞いた。学園内にいる人物なら自分達で始末を付けるが、そいつが本島にいる者なら手のだしようがない。
進藤家に連絡をすれば外から圧力をかけてこの問題を解決できるだろうが、あくまで表面上の一時的解決に過ぎない。こんなこと考えるくらい頭の回転が早い奴らだ。いずれ自分達の監視の眼を掻い潜り新たに懐を増やす方法を思いつくだろう。あくどい連中はそうやって世に蔓延っているのだ。
いたちごっこになるのは眼に見えている。
「アホなこと考えるバカは、いつの世も消えないよなぁ」
あさっての方向を眺めながら宗十郎がぼやく。真瞳は、それを少し不安な眼差しで見つめていた。このまま彼はこの世界に落胆し、自ら革命でも起こすんじゃないかと。
『案ずるな、信綱。俺は今の世界をぶっ壊そうなんて思ってないよ』
『・・・・・・それを聞いて安心したよ』
『ちゃんと、導いてやるさ。この国の武士としてな』
祭里は後に、この二人には私達には想像がつかない何か―――その正体はついに分からなかったが―――を感じたという。
「さて、どう探るかな・・・・・・、お二人には、なにかいい案はあるか?」
宗十郎が投げかけた問いに、清兵衛はなにか答えようと口を開きかけたのを、祭里が制した。
「その前に、貴方がたは何者ですか?」
その放たれた言葉が理解できずポカンとしている清兵衛。無言で祭里を見つめる二人。
「ちょ、祭里・・・・・・」
「清兵衛君はちょっと黙ってて」
彼女の剣幕に気圧されて、清兵衛はシュンとして黙ってしまった。
「祭里。どう言う意味だ?」
「そのままの意味です。貴方がたは、一体何者なのですか?」
二人は互いに見つめ合い、ため息をついた。
「もし、貴方がたがこの学園に害をなすものなら私は貴方達を排除します」
「仮にそうだとしたら、ノコノコこんな所には来ないと思うが?」
真瞳が反論すると、祭里はこう切り返した。
「信頼を勝ち取ってこちらの動きを探り、対処をした上で裏切る可能性だってあります」
ふむと納得し、暫くの間沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのは宗十郎だった。
「アンタは一町民だろう? 何でそこまでする必要がある? 奉行所にでも駆け込んで訴えて俺らを捕まえてもらえば済むんじゃないか?」
「町民であろうとも、学園を守る為には立ち上がります。力及ばずともそれがこの国に生まれた者の使命です」
その強い語気。志を目の当たりにした宗十郎は、うっすら笑みを浮かべた。まだこの国には武士の意志を持った者がまだいた。それだけで彼は嬉しかった。
いきなり声高に笑い出したものだから、祭里と清兵衛は訝しんだ。
「宗十郎。我らの負けぞ」
「あぁ、そのようだ。俺の眼もまだまだだな」
「それを言うなら私も同じさ。修行が足りぬよ」
それから、宗十郎は祭里を見て尋ねる。
「俺達の正体を知っても、驚かずにいられるか?」
祭里は即頷く。ポカンとしていた清兵衛も、慌てて頷く。
「俺達はお前らに害を与える気はない。それは先に言っておこう」
そういって、宗十郎はあの勲章を彼らの前に置いた。それを見た彼らは眼を大きく見開き、バッと宗十郎達の方に向き、さらに驚いた。そこには、金色に光る龍と、鎧武者がいたからだ。
女武者の方は名を知らぬが、その隣にいた男を知らぬ者はいなかった。数多の伝説と数多の異名を持ち、彼の高弟達は今もこの国で彼を意志を継いで戦っていた。
祭里と清兵衛は顔面蒼白にて慌てて姿勢を正し頭を垂れた。
「貴方様とは露知らず、数々のご無礼、お許し下さい」
まてまてと宗十郎は二人の頭を上げさせた。
「俺はそういうの苦手なんだ。今まで通りに接してくれ」
そうは言うものの、天下最強の御仁に対し今まで通りに接することなんてできないし、そもそも何で彼がこんなところにいるのか説明がない。パニクっている二人と、どうしようかなぁと困惑する宗十郎。
仕方なく、手短に彼らに説明すると、どうやら納得はしてくれたようでそういうことならと頷いてくれた。
「おい、貴様ら。この私を無視するとはいい度胸じゃないか」
そして、完全に視界の外に置かれていた真瞳は頬をふくらませて拗ねていた。しかし、その手はしっかりと太刀の柄にかかっていたことに宗十郎は気づいていた。
「まあまあ、そう怒んなよ真瞳、ほら、自己紹介」
なんとか彼女をなだめすかした宗十郎は、内心ほっと胸をなで下ろした。危うく惨事になるところだった気だする。
真瞳が本名を名乗ると、二人はキョトンとしていた。というのも、剣聖信綱のことを彼らは知らないようだったからだ。その事実を目の当たりにした真瞳はまたシュンとして部屋の端っこに行ってしまった。
「あの、私達、なにか粗相を?」
オロオロしている二人に、宗十郎は気にするなと告げた。別に名が知られていないだけでそこまでへこむことないだろうにと嘆息する宗十郎は、さてどうしようかと頬杖を付いた。
彼が出した結論は、無視だった。
「まぁアレはほっといて、事の顛末を説明する」
一部内容を明かす事はなかったが、その殆どを彼らに伝えた。説明している最中、彼は最近自分の正体バラすこと多いなぁと思った。正体をバラすことなど微塵もなかった。それだけ自分がここの生活を楽しむあまり油断してしまっていたのか。気が緩んでしまっていたか。
『またそれが人間らしくていいじゃないか』
と誰かが昔言っていたのをふいに思い出した。くすくす笑い出したので、二人のオロオロが更に増した。
その後、彼らの恐怖を取り除き、真瞳の機嫌を取り戻すのに2時間を要した。その甲斐あってか、彼らは協力者を二人得ることができた。