武士(もののふ)の魂 作:辰伶
ずずずー。
「あ〜、八雲の茶ーうめぇーなー」
「ホントだねー」
「これは良いものを知りました」
「今度はなーんにもない時に来よう♪」
「・・・・・・いちおー、ここは集会場でもだべり場でもないぞー」
「まぁまぁ八雲。いいではないかお客も増えたことだしのう」
とある昼下がり。のほほーんと八雲の煎茶を啜って一息ついているお客と従業員に八雲がツッコミを入れてみるも、これまたお客にからかわれてやるせない気持ちになる彼を従業員がカラカラ笑う。
「てか、何仕事サボって茶ー啜ってんだよ宗十郎」
「きゅーけーちゅーだ」
仕事意欲が欠片もない宗十郎は抑揚のない言葉ではふぅと息をつく。完全にくつろぎモードに入った宗十郎はスイッチが入るまでこんな状態が続くのを、短い付き合いだが八雲は知っている。
「つか、ここで内緒話はダメじゃね?」
ここは店先。つまり人目につく場所であり、こんなところで『仕事の話』なんてしていたらたちまちどこかの誰かに聞かれてしまうのだ。
「流石に、ここじゃしませんよ」
「そうだよ秋月君。私ら『プロ』を舐めないでもらいたいな」
初対面のお客にこんなこと言われるとは八雲は予想できたであろうか。八雲の心はすっかり折れてしまった。
「さーて。休憩したことだし、そろそろ移動するかねぇ」
宗十郎が奥の和室に移動すると、それに続いて三河屋清兵衛、早乙女屋祭里、水都光姫が奥に引っ込んでいった。
「八雲、手伝うよ」
「・・・・・・ありがとー、真瞳さん」
真瞳の優しさに八雲は心で涙した。
水都の姫君、謎の転校生、やり手の商人、くノ一という異様なメンツが揃った和室は、さながら悪徳商人共が談合の会議を開くかのように重い空気が流れていた。
「ほっほっほ。なんともまぁ、怪しいメンツじゃなぁ」
「アンタ自身が言うことか?」
「言い得て妙ですけど、ね」
「しかし、貴方様が水都様とお知り合いだったとは」
成り行きでなと宗十郎は交わしたが、光姫自身彼の正体は知らないということを清兵衛と祭里の二人は知らない。
「あらあら、皆様お揃いなんですね」
そこに入ってきたのは、和服に身を包んだ女性だった。宗十郎は彼女のことを紹介するとそれぞれ自己紹介して入ってきた甲斐を適当なところに座らせた。
「何かあったか?」
宗十郎が尋ねると、甲斐は真面目な表情で
「山吹様の越後屋が流通を止められました」
そう告げた。それを聞いて衝撃を受ける清兵衛と祭里。深刻な表情となる宗十郎と光姫。
「業者の言い分は、先の者達と同じですわ」
「・・・・・・五人組の力はそこまで働くか」
それから宗十郎は二人に向かい
「以前言っていた五人組の後ろ盾とか言う奴の身分とは、そこまで力がある奴なのか?」
答えたのは祭里だ。
「その後の調べでは、学園の中枢を担う人物であるとか」
「自分の欲の為にその力を使う、か。気に入らん」
吐き捨てるように怒りを顕にする宗十郎と、好きな学園にそのような邪な考えで己が権力を使う者がいることに悲しみを覚える光姫。
「山吹は今なにを?」
「山吹様は仲間を集め対策を練っておりますわ。はじめ様がいれば今のところは問題ないかと思い、抜けてまいりました」
「分かった」
それから暫く沈黙が続いた。それぞれが何を考えているのか探り合うという無粋な真似はしない。
宗十郎は眼を瞑り今後のことを考えていた。秀忠の依頼もそうだが、これ以上の厄介事が増えるようであれば、協力者を増やす必要があると考えた。彼が信頼に足ると見ている人物は眼前の光姫の他、火付盗賊改方長官長谷河平良、南町奉行逢岡想、北町奉行遠山朱音の4名だ。他にもいそうだが今はわからない。
さてさて誰に頼もうか。だがその前に、この問題を片付けねばならない。
「これ以上物流が滞れば、経済に大ダメージを受けます」
「わかっている。祭里」
「五人組に組みしている商店には物資が十分に納品されております。それを聞いた他の商店も次々と彼らの元に参じているようです」
「これ以上、奴らを野放しにはできん。が、黒幕が分からない今は下手に動けん」
全員がうんうんと頷く。今後の方針は黒幕をなんとしても探し出すことで結集した。
「よーし。話はここまでだ」
よっこらしょと立ち上がった宗十郎は和室を出ると「八雲ー、茶ぁ出してくれー」と間の抜けた声を出して八雲を呼びに行った。
それから数日が経ったが、未だに黒幕が誰であるか掴めずにいる宗十郎は盛大なため息をついて街中を歩いていた。
「クソッ。なんか悔しいぞ」
「おやおや。いつもの宗十郎からは聞けない弱音だな」
「こんにゃろう。面白がりやがって」
「お前の弱音は貴重だからなぁ。いや、いいものを見させてもらったよ」
愉快に笑う真瞳にイラっときた宗十郎は「コイツめ」と頬を思いっきり引っ張り始めた。痛いと訴える真瞳を無視して彼は気の済むまで彼女の頬で遊んでいた。傍から見ればバカップルのイチャつきあいともとれるが彼は気にしない。
「おや、珍しい組み合わせだな」
声をかけられて振り向いた先にいたのは長谷河と見知らぬ女性だった。立派な服装からしてやんごとない身分の人なんだろうなと思った。
「公衆の面前で乳繰り合っているとは、奉行として見逃せんなぁ?」
「これのどこが乳繰り合いだ? アンタの眼は節穴か?」
二人共不気味な笑みを浮かべて言い合う姿に恐怖した生徒達がそこからさっと逃げ出した。
「長谷河さん。この人たちは?」
平良と一緒にいた女性が彼らの紹介を彼女に求めた。そうだったなと思い出したように平良は彼らの前に行った。
「コイツは相模宗十郎。天狗党の事件の時に協力してもらった剣の達人だ」
剣の達人と聞いて女性の眉が一瞬跳ね上がったように見えたが平良は構わず続けた。
「彼女は上泉真瞳。宗十郎と同じで剣の達人だ。たまに火盗の仕事を手伝ってもらっている」
それから平良は女性の前に行き彼らに紹介する。
「彼女は執行部側用人の徳河詠美だ。私がこうして誘わないとカビが生えるくらい驚く程の出不精でな」
「長谷河さん! 初対面の人に何言ってるの!?」
顔を真っ赤にして抗議する詠美を撫でつつ、平良は彼らに何をしているのかを尋ねると二人は適当にぶらついていたと返した。ふむと顎に手をやる平を怪訝そうに眺めていた三人。
ポンと手を打った平良は意地の悪い笑みを浮かべた。
「宗十郎。あの時はホントいい意見をありがとうな」
「あの時ぃ? いつの話だよ」
「天狗党の一件さ。いやー貴重な意見をありがとう」
「・・・・・・長谷河さん。その、意見というのは?」
詠美が食いついた。
「以前執行部が出した治安維持強化についてのお触れや、今後のこの学園のあり方など、正鵠を射る意見をもらったんだ」
彼女の言葉に宗十郎は「は?」と疑問を投げた。確かに平良と会って話をしたことはあるが、それは今彼女が言ったことと何の関係もない―――こともないのだが―――内容の話であって、酉居から部下を奪取する算段とか平良にとっての武士とは何かを問うたに過ぎない。
事実無根なこと言うな、と抗議しようと宗十郎が口を開きかけた瞬間だった。
「・・・・・・私も聞いてみたいわ」
「へっ?」
「ほう?」
まさかの徳河の娘が彼女の言葉に興味を持ってしまったことに宗十郎は嫌な予感がよぎった。これは先手を打たねばならない。
「すまんが、これから店を開けなきゃ―――」
全て言い終える前に、宗十郎の左腕は平良によってホールドされた。
「えっ?」
突然の出来事に宗十郎は戸惑いの色を隠せない。何故、俺は彼女に腕を掴まれなくてはならないのだろうか。
「そんなに気になるんなら、これから詠美の家で討論会―――もとい親睦会でも開こうじゃないか」
更に、唯一自由だった右腕もいつの間にか詠美によって逃げ場を失っていた。
「・・・・・・そこでなんで私の家か気になるけど・・・・・・そうね、ゆっくりお話を聞かせてもらえないかしら」
「いやちょっと待て、今日はこれから―――」
しかし彼女達は有無を言わせずにズンズンと進路を詠美宅に取って進みだした。
「ちょっと待てだから俺はこれから店に!」
「はっはっは! 両手に花なんだ! 幸せじゃないかっ!」
「人の話を聞けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
宗十郎はそんな絶叫を残して二人の美女によって強制連行されてしまい、その姿はやがて人ごみの中に消えていった。
さながら悪事がバレて連行される犯人と彼を署に連れて行く警察官のようだった。
そして―――
二人に完全に無視され、尚且置いてけぼりをくらい茫然自失の状態の真瞳が意識を取り戻すのに数十分の時間を有した。
「おーい、真瞳」
ボケっと突っ立っていた真瞳を発見した八雲が声をかけると、真瞳はどっと疲れた表情で振り向き「あぁ、八雲ぉ。どったの?」と生気を失ったかのような弱々しい声で返した。
「宗十郎探してんだけど、どこいったか知らないか?」
それを聞いた真瞳は乾いた笑い声を上げて、彼が連れ去られて方向を指差して
「火盗のお奉行様と、将軍家のお姫様に連れてかれたよ~」
とこれまた生気のない声で答えた。
強制連行された宗十郎は、詠美の家の和室で持論を二人に聞かせていた。
純和風の居宅に綺麗に整えられた日本庭園は宗十郎の心に懐かしさを覚えさせるもので、京に住む皇女に見せたら一体どんな反応をするのか見てみたいと思った。しかしここまで立派な庭園を所有する学生がいることに驚くも、彼女は徳河に名を連ねる者だ。次期将軍候補としては邸宅くらいはという筆頭理事の思いもあったのではないか。
宗十郎の語る言葉を聞き逃すまいと詠美は時折メモを取りながらいつになく真剣になっていた。
「成程ね」
聴き終わった詠美が最初に発した一言。それから彼女は言葉を続ける。
「私達執行部もなるべく皆の意見を取り入れようと思っているのだけれど・・・・・・なかなかその意見自体が聞こえてこなくてね」
ため息をついた詠美の傍で、平良が「担当が酉居じゃなぁ」とぼやいたの宗十郎は聞き逃さなかった。
この学園をより良くしたい、こんなことをやってみたいという意見を持った学生はこの島に多くいるだろう。ところが、その意見を集める担当顧問があの酉居となれば話は別だ。武士階級以外の生徒を軽蔑し加えて嫌味を多言するあの男に何を言っても無駄だ、と思われている。
得てして幕府に対し「あんな男を担当にしたのは何故か」とか、「幕府は自分たちの意見を聞く気はないのだ」という不満が少なからず生徒の心の中に渦巻いていることだろう。
これ以上の確執は幕府としても避けたいだろう。
「けど、参考になったわ。ありがとう」
桜のような笑顔に宗十郎は一瞬心を奪われた。それを見た平良は新しいおもちゃを見つけたようにニタぁとした笑顔を彼女に向けた。
「・・・・・・何だよ」
「どうしたんだ宗十郎。顔が赤いぞ?」
ふん、と宗十郎は顔をそらした。それを見た平良の悪戯心に火が付いた。
「だったら、詠美の趣味とか聞いたらもっと驚くことになるぞ♪」
そう言いながら平良は部屋の隅に置かれたダンボールを漁り始めた。それを見た詠美の顔に焦りの色が見え始めた。詠美が平良の名前を呼ぶが気にすることなく彼女の手は目的のものを探している。
「ほれ、宗十郎」
「わー! わー!!」
目的のものを見つけ宗十郎に投げて寄越した。それを見た詠美が悲鳴を上げてジタバタするも、目的物はしっかりと宗十郎によってしっかりとキャッチされた。
「・・・・・・洋楽?」
彼女が投げてきたのは洋楽のCDだった。これだけのことで何故詠美はこうも取り乱しているのか皆目見当がつかない。
「そうよ。普段は洋服だって着るし、メガネもコンタクトもするわ。みんながよく言ってる“お手本のような人間”のイメージとは逆の俗っぽい人間なのよ」
宗十郎からCDを奪還し語り始めた詠美はだんだんと落ち込んでいった。これは立ち直るのに時間がかかるなと思いつつも、詠美が普段生徒達からどんな眼で見られているのか少しわかった気がする。大和撫子と見られる彼女の本当の姿を知っているのは、おそらくそこの平良だけなんだろうなぁ。
「けど、それがアンタなんだろ? 逆に親近感湧いていいんじゃないのか?」
だから、彼は素直にそう言った。
「・・・そんなお世辞なんて」
「お世辞じゃねぇよ」
「本当か?」
「自分で言うのもなんだけど、俺は信頼できるの人間だぜ?」
「・・・・・・分かった。信じるわ宗十郎」
「ん?」
「そう、呼んでもいいかしら?」
「なら、俺は詠美と呼ばせてもらおうか」
異存はないと詠美は答える。
「今度
「それはいいな。今度二人でお邪魔しよう」
その時に八雲を紹介しようと宗十郎は加えた。八雲、という名は以前から何度か平良の口から聞いたことはあったが会ったことはなかった。だから少し会うのが楽しみだったりするのを竹馬の友である平良は知っていた。
「そうだ」
去り際に歩を止めた宗十郎は、まっすぐ詠美を見つめた。彼女は彼女で彼が何を自分に言おうとしているのか探ろうと必死だった。
「詠美。お前にとって、『武士』とはなんだ?」と真剣な眼差しで問われた彼女はしかし、彼の真意を分かりかねた。とは言え、聞いてくるということは何かしらの意味があると彼女は理解した。
「学園をより良いものにする為に必要なものよ」
「それは力と捉えて良いか?」
「そう思ってもらって構わないわ」
「その力は、己が野望の為に使うのか?」
「そう思ってもらって構わないわ。けど、力のない生徒たちを守るのも『武士』の勤めと思っているわ」
「しかし、だ。俺の見る限り、その力は暴力として振るわれているように思えるが?」
突っ込まれて沈黙すること数秒。否定はしない、それは自分の力不足によるものだと詠美は頭を下げた。
「だからこそ私は執行部の人間として彼らを厳しく取り締まるわ」
それは、彼が求めた答えとは程遠いものであっただろう。的外れの回答であったかもしれない。しかし、その言葉には重い彼女の決意が込められていた。
それだけで十分。彼は彼女を信頼に足る人物と判断した。「そうか」とだけ言い残して宗十郎は帰っていった。
「・・・・・・何なの、あの人」
暫くしてようやく紡いだ言葉がそれだった詠美に、平良は笑いをこらえることができない。「不思議な人」という認識を持たれたことだろう。
「宗十郎の底が知れないわ。少し怖かったし」
平良はそうねと同調した。実際平良自身も彼の本当の実力というものを知らない。分かっていることといえば、とんでもなく強いということだけ。
「でもまぁ、今度行こうな、八雲堂」
「・・・・・・そうね」
「いつもすまないな。俺がやるべき『仕事』を押し付けちまって」
「なんの。貴方様のお役に立てるならばこれくらい、どってことありませんよ」
ケラケラ笑う彼女は、月夜で妖艶に見える。
ここ最近立て続けに厄介ごとに巻き込まれ本来の仕事が疎かになっていた。そんな時に協力を申し出てくれたのが、秀忠の秘書である彼女―――結城榮であった。
「貴方様の為ならたとえ火の中水の中!!」
とまでは言ってないが、そのくらい積極的に彼に協力してくれている。
元々この学園の卒業生であるらしく、ひょんなことから秀忠の秘書を勤めている。かなり優秀らしく、何事も彼女に任せれば完璧にこなしてくれるので秀忠は安心して様々な自分の仕事を彼女に任せている。彼女自身もこの仕事にやりがいを感じているようで、仕事が増えるたびに嬉々としてやる気を漲らせるという。
「今回の調査結果です」
己の仕事を誇るように差し出した報告書を手に取りパラパラと捲り、頷くと宗十郎は榮の頭を優しく撫でた。えへへと頬を綻ばせて喜ぶ彼女。
彼女が差し出した報告書には、秀忠の息子吉彦が失踪するまでの出来事が事細かに書かれていた。
「大金の使途は不明、か」
「はい。当時のことは平賀さんの瓦版で島民に知れ渡ったのですが・・・・・・」
添付資料として当時の瓦版が抜粋されて掲載されていた。当時の生徒会や生徒たちに話を聞いて回ったようだが、これといって有力な情報は得られなかったようだ。
ただ、彼をよく知っている生徒達は口を揃えて「あの人は横領とかそんなことする人じゃない」と言っていた。それがどうも宗十郎は引っかかった。
「評判良かった将軍が突然学園の金を持って失踪。穏やかじゃねぇな」
それとは別に彼には少し気になることがあるのだが、彼女にそれを話していないす。
「すまないが、引き続き頼む」
「ラジャ!」と元気よく去っていく榮を見送り、宗十郎は近くの石段に腰をかけた。
彼らが密会していたのは、街の外れにある廃寺である。人の眼が少ないとの理由で彼が指定した。
ボケぇっと月夜を見上げる。綺麗な夜空だ。そこに被せるように彼は『龍牙』の刀身をかざす。そして『龍牙』で中空を斬った。
「よし、少し気を引けるがやるしかないか」
「動くのですか?」
「今は、『彼女達』の力が必要不可欠です。気は引けますがね」
密会から数日経って彼は甲斐にそう告げた。
五人組の正体がつかめない今、彼らの傘下に下る商人が増加している。加えて物資不足による価格高騰により生徒達の日常生活に支障をきたし始めた。その為、鬼島桃子を始めとした長屋の住人と一部商人達が一揆を計画しているという。一揆となれば執行部、特に酉居が黙っていないだろう。火盗を動員して一斉摘発する気だ。
そうなる前になんとか五人組と黒幕の正体を探りこの騒動を収めて欲しいと甲斐を通じて山吹からの要請もあり、宗十郎は決断した。
「今週で決着できないとこの学園は火の海になりますから。俺の本意じゃありません」
「私も、この学園の平和を乱す連中は許せません」
今回の為に清兵衛と祭里に協力を仰いだ。既に下準備は済ませており、祭里の報告では『彼女達』は今夜動くらしい。今日の為に彼女たちも色々と準備をしてきた。
「このこと、八雲様には」
「『今日、猫目を捕らえる』とだけ伝えてあります。本当のことは流石に言えませんから」
「また、随分と急な話ですよね?」と甲斐がからかうと、そうですねと宗十郎は自嘲する。
事実、彼は八雲にそのことについて問い正されている。その時は「想に泣きつれてな」と咄嗟に言ってしまったが、今思えばもっとマシな理由を言えたんじゃないかと悔いていていた。
「『伊勢』様は?」
その時、いるはずの真瞳がいないことに気づいた甲斐が尋ねると、宗十郎は八雲の護衛に行っていると答えた。
「八雲も今や十兵衛の大事な門下生ですから。それに、彼女との約束も守らねばなりません故」
「貴方様らしいですね。由姫様が好かれるわけですわ」
「止めてください、虫唾が走る」
あからさまな顔に甲斐はクスクスと笑いをこぼす。完全無欠の彼にもこうした人間味があることを知っているのは数少ない。
「姫君。そろそろ準備を」
「承知しましたわ」
漆黒を駆ける三人組の怪盗が悪人から金を盗み、それを貧しい人達にばらまいている。
いつの頃からかそんな義賊の存在が町人達の間で語られるようになった。その義賊は、評判が悪い代官や役人、商人の邸宅に闇夜に紛れて忍びこみ金品を強奪、そこに猫の目のカードを自分達が盗んだ証拠として残していった。これを聞いた生徒達はその三人組を『怪盗猫目』と呼び始めた。
怪盗猫目は未だ捕まっていない。
月夜が照らす街の中を颯爽と駆ける三人組がいた。三人とも口元を布で隠し正体がバレないようにして目的の場所へ向かっている。
今回のターゲットは海鮮問屋加賀美屋。悪徳役人と結託して私腹を肥やし、町人達には高利で金を貸し、期日までに返せないとならず者達をやって金目の物を略奪しているという極悪商人である。
天誅を下さんとする三人組は加賀美屋が商いをする屋敷にたどり着いた。そこは街の東の外れにあり、新参者でありながらその財力を示すがの如く大きな屋敷であった。
三人は顔を見合って頷くと素早く裏口に回り込み邸内に侵入した。事前に下調べをしていたおかげで、彼女達の頭にはこの屋敷の間取りは叩き込まれていて瞬く間に目的の金庫が置いてある部屋の前に付いた。
「どう?」
「ちょっと待ってね~・・・うん、大丈夫」
特殊な暗視ゴーグルで室内を見た末っ子は聞いてきた次女にそう答えた。それを聞いた長女は二人に合図した。
襖をゆっくりと開けるとそこは8帖程の広さの和室だった。和室の板の間にはこれみよがしに重厚な金庫が鎮座していた。ここに加賀美屋がせっせせっせと溜め込んだあくどい金が眠っているに違いない。
悪から金を奪いそれを貧しい生徒達に還元する―――それが彼女達『猫目』の目的だ。
「行くわよ」
後は、この金庫から金を奪い脱出するだけ。そう思っていた。
「悪いが、アンタらの仕事はこれで終わりだ」
男の声が聞こえると同時に部屋の明かりが付いた。突然のことで驚いている彼女達が振り向くと、そこには一人の生徒が仁王立ちしていた。
「なんで―――」
アンタがここにいる。なぜ彼が悪徳商人の屋敷にいるのか、それが不思議でならなかった。
「そりゃ、あの話がアンタらを嵌める嘘だってことだよ」
軽い口調で突きつける事実を三人は受け入れられないでいた。自分達はその嘘の為に多大は時間を浪費してここに来たというのか。憤りが次女を支配する。それを宥める末っ子とここからの脱出方法を思案する長女。
「こうなったら!」
末っ子は懐からあるものを取り出して畳に叩きつけた。その瞬間白い煙が彼らの視界を奪った。煙玉だ。
「よし、今のうちに」
この煙に紛れて逃げれば大丈夫。顔までは割れていないから何とでもシラを切れる。そうなればこちらの勝ちだ。彼がここにいた理由はこの際どうでもいい、とにかく早くこの場を離れたかった。
しかし、彼女達の目論見は脆くも崩れ去った。
動こうと一歩を踏み出した時だった。彼女達の首に何か冷たいモノが当たった。それが何なのか彼女達にはすぐに分かった。
「悪いな。アンタらの行動はお見通しだ」
「申し訳ありませんが、貴方がたを見逃すわけにはいきませんわ」
「・・・・・・」
煙が晴れた。宗十郎、甲斐、八雲がそれぞれの得物を彼女達の首に突きつけているその様子は、さながら劇画のようだった。
「降参しろ」
「どうして彼女達が?」
「どうもこうもねぇよ。この島は言わば小さな社会の縮図だ。善人もいれば悪人もいる。天才もいれば凡人もいる。悪を滅ぼさんが為に己が身を顧みず義賊になろうとする奴が出てもおかしかないだろ? 社会には色んな考えを持った人が住んでるからな」
宗十郎の高説を聞きながら、八雲は囚われた彼女達を見下ろしていた。
「いやはや、まさかこんなに上手くいくとは」
「にゃはは。私達、まだまだやれるってわけさ」
別の場所で盛り上がっている清兵衛と祭里を他所に、宗十郎は怪盗猫目―――子住三姉妹を一瞥した。
彼女達が何故義賊として一連の騒動を起こしたか、その理由を彼は問わなかった。
「こら宗十郎!! さっさと奉行所なりなんなりに突き出しなさいよ!! この変態!!」
彼の横で、気性が荒くあらゆる罵詈雑言を喚き散らしている由真と、それに迷惑している結花と唯。三人は今縛られて捕らわれの身となっている。彼女達の身は宗十郎達の一存でどうとでもなる。
『平和的に解決』したい彼は、まず、このうるさい娘を黙らせることにする。彼は懐からビニール袋を取り出し中からクッキーを掴み、由真の口に押し込んだ。
「むぐっ!?」
「少し黙ってろ。次騒いだらその身を膾のように切り刻む」
ありったけの殺気を込めて通告すると、由真は恐怖に涙して首を激しく縦に振った。これで平和的に話ができる。
「私たちを、どうしようって言うのです?」
冷静な結花が尋ねると、宗十郎はにひひと微笑んで彼女と眼線を合わせた。
「取引をしないか?」
初めて会った時から不思議だった。五月に転校してきた彼はどこか人を惹きつける魅力があった。自然と惹かれた結花は彼のことを密かに調べてみることにした。調べてみて彼女は相模宗十郎という人物が謎に包まれた者ということが分かった。
彼に関する情報は全て機密事項として閲覧を制限されていた。加えて剣の腕は達人の域に達していて、師範柳宮十兵衛や眠利シオンや鬼島桃子と同等かそれ以上の実力であるという。
だから彼女は自分達の正体を彼に知られたくなかった。謎に包まれた男だが、彼の人柄に惚れた彼女達は、せっかくの大事な人を失いたくない一心でひた隠しにしてきた。
故に、今回の策略が彼の手によるものであるということが信じられなかった。様々な感情が心の中で渦巻いていた結花であったが、努めて冷静を装った。自分たちを騙したことに怒り心頭の由真はありとあらゆる暴言を彼に撒き散らしていた。唯が手に入れた特殊な暗視ゴーグルではこの部屋はおろか付近には人の気配は全くなかった。しかし現実には彼女達の退路を塞ぐようにそこに彼はいた。そのからくりは未だ不明だが、何らかの目的があってこんな騙し討ちのようなことをしたのだと彼女は推測した。
「取引しないか?」
そんな彼の提案に結花は応じることにした。つまり、自分達を奉行所に突き出さない代わりにこちらの要求を飲め、ということだ。
彼の要求とは「五人組のアジトを調べて欲しい」というものだった。その理由を含めて宗十郎は三人に説明し協力を求めた。
祭里一人では負担が大きく何より効率が悪い。忍びの心得がる協力者がひとりでも多く必要がある。
結花は思案する。ここ最近の物価高騰は何らかのからくりがあると睨んでいたが、五人組が絡んでいるとは思ってもみなかった。彼らの庇護に入れば確かに物資は豊富に手に入るだろう。ただ、宗十郎の言葉から、彼らの後ろには黒幕がいるようだ。それもかなりの権限を持った者が。
彼らを一網打尽にすれば学園の経済は元に戻るはずだ。その為なら協力を惜しまぬ彼女達ではない。
心配なのは彼の要求がこれだけかということだ。確かに彼は取引を持ちかけたが、一つとは言っていない。彼も健全な男子であることを鑑みて、至極当然のように思えた。
彼は自分の要求を伝え終わると最後にこう言った。
「俺の要求はこれだけだ。あとは、今まで通りの付き合いでいくからよろしく」
だから、宗十郎のこの一言を聞いた結花は唖然としてしまった。普通の人なら邪な頼みをしてくるだろう。何せ弱みを握っているのだからこれ以上の切り札はない。
それを放棄する上に今までと同じように付き合うと言い出したのだ。「何故です?」と聞き返していた自分に気づいたのはそれから大分経ってからのことだった。
「何故って、せっかくこの俺が考えたコラボ企画をくっだんねぇ考えでパーにしたくねぇからに決まってんだろ」
それがあまりにも彼らしい発言であり、それと比べて自身の考えがあまりにも馬鹿らしかったから、結花は思わず笑いだしてしまった。長姉が突然笑いだしたので由真と唯は一体何事かと困惑していた。
「宗十郎さんは、やっぱり面白い方ですわ」
彼女の言葉に宗十郎は何のこっちゃと首を傾げ、真瞳は近くで腹を抱えて爆笑していた。
「分かりました。協力しましょう」
結花自身が彼とのコラボ企画を楽しみにしていた。何より惹かれていた。彼女が答えるのに時間はいらなかった。