白猫プロジェクト~賢者と黒竜を従えし者と冒険者達の学び舎~   作:片倉政実

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政実「どうも、片倉政実です」
リオス「どうも、リオスです」
政実「今回からまた茶熊学園イベントのNormalストーリーの方へ入っていきます」
リオス「Normalストーリー……って事は、Hardの方もやるんだよな?」
政実「うん、そのつもり。
さてと……それじゃあそろそろ始めていこうか」
リオス「そうだな」
政実・リオス「それでは、第5話をどうぞ」


第5話 強いられる学びと悩める学徒

 

ある日の事、冒険家養成学校【私立茶熊学園】の生徒の一人であるソウマ・ホクト・バスクナは、クラスメート達のいる教室を離れ、校舎の隅で一人佇んでいた。

 

「やれやれ……ここは本当におかしな学校だな。

……まあ、そのおかげで、報告することに事欠かないんだけどな……」

 

ソウマは静かに独りごちると、制服のポケットからペンと小型のノートを取り出した。

 

「さてと、まずは……飛行島の面々だな。

飛行島の主にしてお人好しな赤髪の剣士のナギア、銀髪で物静かな魔導師のアイリス、カニカマが好物の喋る白猫のキャトラ。

そして飛行島のもう一人の主にして、賢者のルーンのワイズと黒竜のネロを所有している、我らが騎竜部の部長のリオス……っと」

 

飛行島に住むメンバーの情報を書き終えると、ソウマは自身が今書き終えた情報を真剣な表情で見返した。

そして見返し終えると、小さくため息をつきながら独りごちた。

 

「はぁ……やっぱり飛行島の奴らだけでもだいぶバラエティに富んでるな……

何でここは、こんなにも面白おかしい人材ばかりが揃ってるんだ……?」

 

ソウマはその事に少しだけ呆れた様子を見せながらも、再びノートに茶熊学園内で特に目立つ生徒の情報を記しだした。

 

「他に報告をするなら……悪魔だけどシスターのミラ・フェンリエッタ、お笑いの探求をしてる不死者の帝王のヴィルフリート・オルクス。

んで、お調子者だけどわりと面倒見の良さそうな銀髪のザック・レヴィン、花の都の島出身の忍者のフラン・ポワリエ。そして氷の国の王女様のソフィ・R・ファルク、帝国海軍の伍長のカモメ・ナルミ。

それとバルラ王国騎士団の騎士のクライヴ・ローウェルに熊なのにこの学園の学長のシペ・コロ・カムイ……と。

まあ……だいたいこんなところか」

 

ソウマは静かに独りごちると、ノートとペンを制服のポケットへとしまい、すぐ後ろの壁に自分の体を預けるようにして寄りかかった。

 

「……最初はこんな学校調べてどうすんのかと思ったが――こんなメンツが揃ってるわけだし、この学校にはたしかに何かあんのかもな」

 

麗かな日差しの中、ソウマはこの学園に隠されている秘密について考えながら、時折吹いてくる爽やかな風を心地良さげに感じていた。

すると、グラウンドがある方角から、生徒達の楽しそうな声がチラホラと聞こえ始めた。

 

「……そういや皆、冒険家として活動しながら勉強やらクラブやらにやたら頑張ってるよな……

まあ、そう言う俺も何だかんだで騎竜部の副部長なんてのに収まってるわけだが……」

 

そんな事を考えていた時、ソウマはふと以前いた学校の事を思い出した。

 

「<スクール>にいた頃の俺はしゃかりきだったが……ここの連中の場合は、なんというか……目標に向かって頑張ってるって感じがするんだよな……」

 

晴れ渡る青空を見上げながら、ソウマは羨ましそうな様子で独りごちた。

すると、

 

「……お前、こんなところで何をボーッとしてるんだ?」

 

ソウマの横から少し不思議そうに訊く声が聞こえた。向いてみるとそこには、ソウマのクラスメートであり、学校内の風紀委員を務めているクライヴの姿があった。ソウマはクライヴの姿を認めると、穏やかな様子で話し掛けた。

 

「……なんだクライヴさんじゃないか。こんなところで何をしてるんだ?」

「それはこちらの台詞だ。こんなところでボーッとして……

もしかして、気分でも悪いのか?」

「いや、ちょっと考え事をしてただけだから問題ないぜ」

「そうか」

 

ソウマの言葉を聞き、クライヴは少し安心した様子を見せると、今度はソウマが少し不思議そうに問い掛けた。

 

「クライヴさんこそ……こんなところで何をしてたんだ?

ひょっとしてパトロールかなにかか?」

「そんなところだ。さっきこの辺りに妙な魔物がいるのが見えたのでな。お前も気をつけ……」

 

クライヴが言い掛けたその時、二人の目の前に複数の小さな魔物が現れた。ソウマはその姿を見ると、不思議そうに首を傾げた。

 

「……もしかして、あのサングラスを掛けたリーゼントの星たぬきがその妙な魔物か?」

「ああ、そうだ」

 

ソウマ達が妙な魔物―不良星たぬき達について話をしていると、

 

「キュッキュキュー!」

「キュキューキュキュキュー!」

 

不良星たぬき達は威圧をするように鳴き声を上げ、そして肩を怒らせるような動き方でソウマ達へピョコピョコと向かってきた。その様子を見た瞬間、クライヴの顔が真剣なものへと変わった。

 

「どうやら俺達からカツアゲをするつもりらしいな」

「ふーん……

で、どうするんだい、クライヴさん。金払って許してもらうか?」

 

ソウマが入学式の日にカムイから受け取った双剣―シャケノセイバーを構えながら訊くと、クライヴは―白銀に輝くナックルダスター―プラチナブレイヴを装着しながら静かに答えた。

 

「生憎だが、コイツらに払う金は無い。最近は倹約をしてるんでな」

「気が合うねぇ。

じゃあ、一つ勉強させてもらうか!」

「ああ!」

 

そしてソウマ達は、自身の武器を陽の光で煌めかせながら不良星たぬき達へ向けて走り出した。

 

 

 

 

ソウマ達が不良星たぬきとの戦闘を始めて数分後、不良星たぬき達はソウマ達の強さに恐れをなし、揃って一目散に逃げ出していった。その姿を見ながらソウマは額に浮かんだ汗をそっと拭った。

 

「ふぅ……何とかなったみたいだな、クライヴさん」

「ああ。この腕章が輝く限り、学園の風紀は乱れはしないさ」

「ははっ、そうだな。

……にしても、アイツらと戦って思ったんだが、この島のモンスターは気合いが入ってるよな」

「ああ。奴らなりに、強さを磨いているような印象だったな」

「まあ、ここは学校なんだし当然かもな」

 

ソウマは校舎を見上げながら答えた後、クルッとクライヴの方へと振り向いた。

 

「それにしても、クライヴさんも結構やるよな。流石は騎士でありこの学校の風紀委員ってとこだな」

「ははっ、ありがとうな。だが、まだまだ修行中の身だ、もっと精進せねばな」

「そうかい。まあ、無理せずに頑張れよ?」

「ああ、分かってるさ。

さて……」

 

クライヴは静かに言いながら、グラウンドの方へと体を向けた。

 

「今度はこっちの方を見回ってみるとしよう。

ではな、ソウマ」

「あいよ、お疲れさん」

 

ソウマの返事を聞いた後、クライヴはピシッとした様子でグラウンドの方へと歩いていった。

そしてその様子をソウマが静かに眺めていると、突然ソウマの腹部から大きな音が鳴り出した。

 

「……動き回ったせいか、腹が減ったな。リオス達には悪いが、部活に行く前にちょっと食堂にでも行って、腹ごしらえでもしてくるか」

 

ソウマは心の中でリオス達に詫びた後、食堂の方角へ向けて歩き出した。

 

 

 

 

「さぁて……何を頼もうかな」

 

ソウマが食堂へ向けて歩きながら、注文するメニューについて考えつつ、中庭に差し掛かったその時だった。

 

「……ん、あれは……ザックか」

 

ソウマの目にクラスメートであるザックの姿が映った。ザックは中庭のベンチに座りながら、少し苛立った様子で何かを読んでいるようだった。

 

「ふむ……ザックが何読んでるか気になるし、ちょっと声でも掛けてみるか」

 

ソウマは方向を変えると、静かにザックへと歩き始めた。

 

「おーい、ザック。何を読んでるんだ?」

 

ソウマが歩きながら声を掛けると、ザックはスッと本から顔を上げた。そしてソウマの姿を認めると、片手を上げながら言葉を返した。

 

「おっ、ソウマじゃねえか。こんなところにいるなんて珍しいな」

「お前こそそうだろ? それで、何を読んでたんだ?」

「ん?

……ああ、これだよ。メンズナイツだ」

 

ザックが手にしていた本―メンズナイツをソウマへと見せると、ソウマは表紙に写っている人物に目を留めた。

 

「これは……もしかしてクライヴさんか?」

「ああ、そうだぜ?」

ザックの返事を聞くと、ソウマは少し感心した様子で呟いた。

 

「あの人、雑誌の表紙になるほど有名な人だったんだな……」

「へへっ、まあそうだな」

「……なんというか、人は見かけによらないな。

また一つ、勉強になったぜ」

 

ソウマが呟くように言ったその時、

 

「べん……きょう……」

 

ザックがボーッとした様子でその言葉だけを繰り返した。

そのザックの様子にソウマが不思議そうな表情を浮かべた。

 

「ザック……? どうしたんだ、いきなりボーッとなんかして」

「あ、いや……帰って明日の予習をしなきゃねぇなと思ってさ」

「……予習? 見た目と違って、お前さんも真面目なんだな」

 

ソウマが感心したように言うと、ザックは頬をポリポリと掻きながら答えた。

 

「いや……別にそういうわけじゃないんだけどさ。なんかこう……急に勉強しないとなぁって気分になってさ」

「急に……だと?」

「ああ。

そんじゃあ、そういうわけだから、また明日な」

「あ、ああ……」

 

ソウマが答えると、ザックはニッと笑った後、男子寮の方角へ向けて歩いていった。その様子をジッと見ながら、ソウマは先程のザックの発言に少し引っかかりを感じていた。

 

「急に勉強をしたくなった、か……

それが本当だとすれば、この学園でだいぶ厄介な事が起きてることになるな。

……大事にならないと良いんだけどな……」

 

自分の他には誰もいなくなった中庭で、ソウマは不安そうに呟く事しか出来なかった。

 

 

 

 

騎竜部が活動を開始してから一週間が過ぎた頃、俺は行間を利用して、自分が持っている道具、【竜の横笛】についての情報をノートに纏めていた。

(えーと……【竜の横笛】が奏でる音色には、竜の気持ちを落ち着かせる効果が見られるが、その効果には個体差があり……と)

スラスラと【竜の横笛】についてノートに書き込んでいたその時、隣の席に座っているナギアが話し掛けてきた。

 

「リオス、それは……?」

「ん?

あぁ、これは騎竜部で使ってる資料用のノートだよ」

 

俺がノートを見せながら言うと、ナギアは興味深そうな様子でノートを見始めた。

 

「へぇ-……こんなものまで作ってるんだな」

「ああ。色んな人に竜について知ってもらうためには、まず自分達が竜について知る必要があるからな」

「ははっ、たしかにそうかもな」

 

ナギアが楽しそうに笑っていると、

 

「ふふっ、何だか楽しそうね」

「なになに? 何の話?」

「何かあったのか?」

 

それを聞いたアイリス達が話に混ざってきた。

 

「いや……色んな人に竜について知ってもらうためには、まず自分達が竜について知る必要があるよなって話だよ」

「たしかに知らない人に教えられても不安なだけだもんね」

「そういう事だ。

……それに」

 

俺はエクセリア達と出会った時の事を思い出しながら言葉を続けた。

 

「……もう竜の事で後悔をしたくないからな」

「リオス……」

「うん……そうだね」

 

その時の事を思い出し、俺達が少ししんみりとした様子で話をしていると、ソウマが心配そうな様子で話し掛けてきた。

 

「……何か、あったのか?」

「まあ……ちょっとな。だからこそ、俺は竜についてもっと見識を深めたいんだ。そしてそれで得た知識とかを何かしらの機会を使って、世界中の人達に発信して、竜についての印象を良い方に変えたい。そしてゆくゆくは竜達と人間達が共存出来るようになって欲しいんだ。

……まあ、邪竜とか竜狩りみたいに今の時点ではどうにも出来ないことはあるけどさ」

「なるほど、な……」

 

ソウマは静かな声で言った後、ニッと笑ってから言葉を続けた。

 

「そういう事なら、いっそう頑張って活動をしていかないとな。話を聞く限り、リオスの最終目標はだいぶ果てしないみたいだからな」

「ソウマ……」

「お前達に出会うまで、竜にまったく触れてこなかった俺なんかでよければ、出来る限り力を貸すぜ?

リオス部長」

「……ソウマ、ありがとうな。

まだまだ始まったばかりだけど、これからもよろしく頼むぜ?

ソウマ副部長」

「ああ、任せとけ」

 

ソウマの返事を聞いた後、俺達はニッと笑い合った。

(ソウマの言う通り、目指す目標までは果てしなく遠い……

でも、ネロやエクセリア達、そして竜について理解を持ってくれている人達のためにも、俺達の出来る限りのやり方で頑張っていかないとな)

俺が心の中で強く決心していると、突然ソウマが何かに気付いたように声を上げた。

 

「……ん? そういえば、ナギアも机の上に色々と広げてるけど、それは……参考書とノートか?」

「ああ。さっきの授業の後、何か急に授業中に分かりづらかったところを復習したくなってな」

「ふーん……

急に、ね……」

「でも、何だかナギアにしては珍しいわよね?」

「あはは、自分で言うのもアレだけど、たしかにそうかもな」

 

キャトラの言葉にナギアは笑いながら答えた。

(まあ、勉強に精を出すのは悪いことでもないし、良いとは思うけどな)

少し口元を綻ばせながらナギア達の様子を見ていた時、ドアを通ってカムイ学長が教室に入ってくるのが目の端に見えた。

(おっと……もうそんな時間か)

そしてカムイ学長の姿を見て、他の皆が急いで席に着くと、カムイ学長はのんびりとした声で話を始めた。

 

「えー……この時間は本来、別の授業なのですが、時間割を変更して自由学習の時間にしようと思います。

ですので、各自好きな勉強をして頂いて構いません」

「あら……それならカムイは、その間は何をするのよ?」

「私は皆さんが勉強している様子を見せてもらいながら、何か質問をしたい時のために待機してますよ」

「ふーん……まあ、そういう事なら助かるわね」

「まあ、本当は一人で学長室にいるのは暇だったからなんですけどね!」

「本音はそれかい!」

 

カムイ学長の言葉にキャトラが強いツッコミを入れたが、カムイ学長はのんびりとした声のままでそれに答えた。

 

「いや……ね? 仕事とかはあるんですよ? ちゃんと。

でもそれだけだと、やっぱり息が詰まっちゃいますので、こうして学長として皆さんの勉強風景を眺めようと思ったわけです」

「むむむ……思ったよりも真っ当な言葉が返ってきたわね……

それにそういう事なら、納得するしかないし……」

「ありがとうございます、キャトラさん。

ということで、皆さん。早速自由学習の方を始めちゃって下さい」

 

カムイ学長の言葉に揃って返事をした後、俺達は各々好きな勉強をし始めた。

(じゃあ俺は……さっきの騎竜部の資料ノートでも纏めるか)

そして俺は再び騎竜部の資料ノートや部活動のためにエクセリア達の協力により作成した簡単な竜についての資料などを広げた。

エクセリアとゲオルグさんは入学こそしていないものの、この茶熊学園や騎竜部については教えてあるため、この前話をした際には見学に来てみたいと言っていた。

(エクセリア達との学園生活か……

うん、絶対に良いものになるって確信できるな)

そしてナギア達やエクセリア達との学園生活について考え込みそうになったが、俺はすぐに頭を切り換えた。

(……っと、今はとりあえずこっちに集中しないと……

えーと……竜の国のドラグナー達は……)

すると、教室のあちこちからカムイ学長に質問をする声が次々と上がり始めた。

 

「学長殿! 質問です!」

「はい、何ですか、カモメさん?」

「七海戦争の原因と、世界に与えた影響についてお聞かせ願いたいのですが」

「緑の島の領有権を巡る、三つの大国の陰謀とその失敗が原因。

混乱と内戦の激化がその結果ですよ、カモメさん」

「ありがとうございます、学長殿!」

「学長先生、このコードが上手く弾けないんだが」

「そのコードは手首を前に突き出すようにしてネックを掴んでみると良いかと」

「なるほど、こんなもんか」

「学長どの~ここでこの公式を使う意味が分からないでござるー……」

「どれどれ……

フランさん、相変わらず直感だけで答えを導いていますね。それで正解してるから怖いです、ハイ」

「式を使うのは苦手でござる~……」

「学長様。ルーン工学におけるソウルの近接作用とは何ですか?」

「ソウルの媒介が、局所的な相互作用によってなされる、近代魔法理論の基礎的な考え方です」

「『アイレンベルクの基礎定理』ですね!」

「その通りです。

それにしても……」

 

カムイさんは真剣に勉強に取り組む皆の様子を見ながら言葉を続けた。

 

「皆さん、ずいぶん勉強熱心ですね?」

「そういえば……そうですね」

 

(いつもならちょっと私語があったりするのにな……)

皆の様子に少し不思議に思っていると、ぼそっと呟くソウマの声が聞こえた。

 

「やっぱり何か妙だな……

まるでみんな、何かに急かされているみてえだ」

 

(急かされている……そう言われれば、そんな気も……?)

その時、

 

「……ふほっ……ふおおおっ」

 

廊下の方から苦しそうな声が聞こえたと思ったら、本を両手いっぱいに抱えたミラが入ってきた。

するとその瞬間、皆の視線がミラに集中した。

(あれ、ミラいなかったんだ。

それにしても……凄い量の本だな)

苦笑いを浮かべながら、ミラの様子を見ていると、突然ミラが何かに躓いた。

 

「……あっ!」

 

そしてミラは、手に持っていた本と一緒に倒れ込むと、皆が次々と真剣な表情で席から立ち上がった。

 

「お、おい! どうしたんだ!」

 

ソウマが声を掛けながら急いで駆け寄りミラの体を揺さぶった。

すると、ミラは躓いた事の痛みを感じていない様子で、声を震わせ始めた。

 

「……はぁぁぁ……止めないで!

勉強! 勉強しなきゃ!」

「……何言ってんだ、アンタ?」

「アタシは、もやしの全てが知りたいの!」

「もやしの全て……

って、アンタボロボロじゃないか。一体どうしたんだよ」

「三日三晩寝ないで勉強しただけよ!

まだまだ行けるわ!」

 

(いやいや……三日三晩寝ないで勉強してたら、普通は寝込むだろ……)

ミラの言葉に俺が心の中でツッコミを入れていると、ソウマがため息をつきながら静かな声でそれに答えた。

 

「落ち着け、シスター。

アンタ、布教は良いのかよ?」

「……布教?」

「そうだ、布教だよ」

 

ソウマが話をしながらミラを助け起こすと、ミラは困惑したような表情を浮かべながら小さな声で呟いた。

 

「……そうだったわ。

アタシ、布教しなきゃだわ。

何で、モヤシの事ばかりを……?」

「……とりあえず、保健室に運ばねえとな。

リオス、ちょっと手伝ってくれるか?」

「分かった。

それじゃあ、カムイ学長。行ってきます」

「は、はい……」

 

そして俺は、ソウマと一緒にミラを保健室へと運んだ。

 

 

 

 

ミラを保健室へと運んだ後、俺達は教室へ戻りながらさっきのミラの様子について話をしていた。

 

「ミラ、様子が変だったよな……」

「ああ、それに他の奴らも少し変だったしな」

「たしかに……」

 

(ミラほどじゃないにしろ、他の皆も勉強に熱心すぎる気がした。

……何か、嫌な予感がするな)

俺がこの状況について考えていると、ソウマが何かを思い出したように声を上げた。

 

「……そういや、リオスはみんなほど勉強に集中してる感じがしなかったよな?」

「え……そうだったか?」

「あ……もちろん、悪い意味じゃないぜ?

みんなが机にかじり付いてるのに対して、リオスだけはいつも通りな感じがしてな」

「あ、なるほど」

 

(けど、特に何かをした覚えもないしな……

うーん……謎が深まるな……)

皆の様子、そしてソウマの言葉について考えている内に、俺達は教室へと戻ってきていた。

すると、ナギアとアイリス、そしてキャトラが心配そうな様子で近付いてきた。

 

「リオス、ソウマ。ミラは?」

「とりあえず保健室の先生に任せてきたから、後は大丈夫だと思う」

「そう。

でも……ミラったら、どうしたのかしらね?」

「勉強に熱が入りすぎたんだろうよ。

あれはちょっと行き過ぎなようだがな」

「うん……そうね」

 

アイリスが心配そうな様子で答えると、ソウマは他の皆の事を見ながら小さな声で呟いた。

 

「……それにしても、ここのみんなってすげぇよな。

俺もまだまだ勉強が足りなかったみたいだ」

「たしかにみんなが色々すごいのは認めるけど、アンタはアンタで頑張れば良いんじゃないの?」

「いや……それだけじゃなくてさ、自分が今まで見てきた世界の狭さに愕然としてるんだよ」

「うーん……若いんだし、世の中知らないのは当然よ。

そんなに気負わずに、普通の学園生活を楽しんでみたら?」

 

その時、キャトラの言葉にソウマの顔が一瞬強張ったが、すぐに哀しそうな表情へと変わった。

 

「普通の学園生活ね……

俺にはそれが分からないんだよ」

「ソウマ……」

 

その時、授業の終了と昼休憩を告げるチャイムがタイミング悪く鳴り出した。

すると、ソウマはクルッと踵を返しながら小さな声で言った。

 

「ちょっと風に当たってくるから、先に飯に行ってて良いぜ。

じゃあな」

 

そしてソウマは静かに教室を出て行った。

(ソウマ……)

 

「……えっ、アタシマズいこと言っちゃった……?」

「たぶん、な……」

「ソウマさん、何だか哀しい顔してたね……」

「ああ……」

 

(あの様子、ソウマの過去に何かあったのは間違いない……

よし、やっぱり追いかけよう)

そして俺は皆に声を掛けた。

 

「皆、ちょっと行ってくる」

「行ってくるって……ソウマの居場所は分かるの?」

「確証はない……でも、今日まで一緒に勉強したり、部活したりしてたから、何となくは分かる気がする」

「……分かった。頼んだぜ、リオス」

「ああ。

よし、行くぞ、ワイズ」

『承知しました』

 

ポケットの中のワイズに声を掛けた後、俺はソウマがいると思われる場所へ向けて歩き出した。

 

 

 

 

教室を出てから数分後、俺達はソウマがいると思われる場所―騎竜部の部室や竜舎がある場所へと来ていた。

そして竜舎の中に入ってみると、そこにはネロの世話をしながら話をしているソウマの姿があった。

俺がソウマにゆっくりと近付くと、俺の姿に気付いたネロが大きな声で話し掛けてきた。

 

「おう、リオス! お疲れさん!」

 

そしてその声によって、ソウマが俺達の方へ顔を向けた。

 

「やっぱりここにいたんだな、ソウマ」

「……リオスじゃないか。

風に当たってくるって言ったのに、よく俺がここにいるって分かったな」

「時間的に昼だし、ソウマは真面目だから、風に当たってる時に、ネロの事を思い出して、世話をしに来るんじゃないかなと思ったんだ」

「……流石だな、その通りだよ。

そしたらネロが突然何か話でもしようって言い出してな、それでお前達が来るまで話をしてたんだよ」

「(なーんか辛気くせぇ面してたからな、話してたら少しでも気分転換になると思って言ってみただけだ) 」

「そうか……ありがとうな、ネロ」

「(おう!)」

 

ネロの頭に軽く手を置きながらお礼を言うソウマに、ネロは明るく返事をした。

(ネロは他人の感情の変化には敏感だから、やっぱり放っておけなかったんだろうな……

さて、そろそろ本題に入るか)

そして俺はソウマに訊きたい事を訊くために話し掛けた。

 

「ソウマ、さっき言ってた普通の学園生活が分からないってどういう事なんだ?」

「……言葉の通りだぜ、リオス。

俺には……キャトラの言う普通の学園生活って奴が分からないんだ。

……前にいた学校の影響でな」

「前にいた学校……」

「(……そういや、ソウマからそういう話を聞いた覚えが無かったな)」

「まあ、話す機会も無かったからな。

……せっかくだ、その学校について話をしよう」

 

そしてソウマは静かにその学校について話し始めた。

 

「俺は昔、ある学校にいた。その学校に名前なんて特に無かったが、俺達生徒はその学校の事を<スクール>と呼んでいた」

「<スクール>……」

「そしてそこは、スクールアーツっていう武術を教える学校だったんだ」

「(スクールアーツ……? 聞いた事ねぇ武術だな)」

「そうだろうな。俺も<スクール>以外でスクールアーツを使ってる奴は見たことが無いからな。

それに……誰がどんなつもりであの学校を作ったのかも分からない。

そんな場所で俺は修行に明け暮れていた。スクールアーツの奥義を身に付けるため」

「スクールアーツの奥義、か……

それで、それは身に付けられたのか?」

「いや……残念ながら俺はスクールアーツの奥義には到達できずに、そのまま退学した。

……つまり、今の俺には何もないんだよ」

『何もない、ですか……

私も含め、皆さんがそうは思っていないと思いますが……』

「……そうか、ありがとうな、ワイズ。

でも……」

 

ソウマは辛そうな表情を浮かべながら話を続けた。

 

「ここの連中はお前達を含めて何かと凄い奴らだろ?

皆を見てたらさ、俺は苦労してきたのに、こんなもんなのかって……アイツらの方が俺よりも凄いんだって、そう思ったらスッゴく空しくなっちまったんだよ」

「ソウマ……」

(自分よりも他人の方が凄く感じる、か……

まあ、俺も似たようなもんだな)

 

「ソウマ、そう思ってるのはお前だけじゃないぜ?」

「え……?」

「実は俺も時々感じるんだよ、俺よりも皆の方が凄いってさ。

ナギアは皆の力を引き出すのが上手いし、アイリスは魔法の使い方に長けてるし、キャトラは皆をすぐに元気に出来る……

そして、今ここにはいないけど、俺よりも竜の事が好きで、竜と人の架け橋になるために頑張ってる奴とか竜と心を一つにして様々な問題に立ち向かえる人だって知ってる。

そんな皆に比べたら、俺もちっぽけなんだなぁって時々感じるんだよ」

「リオス……」

「……でもさ、そうやって比べたり羨ましがったりしたところで、結局自分は自分なんだよな。

誰かみたいになりたいって思ったところで、その『誰か』にはなれない、それに似た『自分』になるだけだ。

だったらいっその事、自分が今持ってる手札、今の自分の力を使って、それを伸ばしていくことでその誰かに誇れる自分を目指した方が良い。

……まあ、ソウマの求めてる答えとは違うかもしれないけど、俺はそうしようかなと思ってるよ」

「……そうか」

 

俺の言葉を聞くと、ソウマはフッと笑ってから言葉を続けた。

 

「なあ、リオス。ちょっと俺と勝負をしてみないか?」

「勝負……? それは良いけど、何でだ?」

「お前の言葉を確かめてみたいのと、もう一つ……」

 

そしてソウマはニッと笑ってから言葉を続けた。

 

「部長対副部長って構図は、何だか面白そうだろ?」

「ソウマ……」

 

(俺の言葉を確かめてみたい、か……

そういう事なら、この勝負受けないわけにはいかないよな……!)

俺はフッと笑った後、言葉を続けた。

 

「ああ、良いぜ。

そしてその勝負、俺が絶対に勝ってやるよ!」

「よし。

だが……直接やり合うのはこの学校らしくないよな。

ちょっと外まで来てくれ」

「わかった。ネロも一緒に来てくれるか?」

「(おうよ!)」

 

 

俺はソウマ達と一緒に竜舎の外に出た。

そして外に出ると、ソウマは辺りにいる不良星たぬき達を見ながらぼそっと呟いた。

 

「へぇ……ちょうど良いところにいるじゃねぇか」

「……なるほど、そういう事か」

「ああ。アイツらを含めてこの辺りにいる奴らを多く倒した方が勝ちだ」

「わかった。

さて……ネロ、出て来てもらったところ悪いんだが、今回は見ててくれるか?」

「(へっ、しょうがねぇ。男と男の勝負に水を差すわけには行かねぇからな。

リオス、ソウマ、どっちも頑張れよ?)」

「ああ!」

「もちろんだ!」

 

俺達が返事をすると、ポケットの中からワイズが声を掛けてきた。

 

『それでは、開始と終了の合図は私が務めます』

 

「ああ、頼んだぜ、ワイズ」

 

ワイズに返事をした後、俺は背中から【ソードオブマギア】を下ろした。

そして俺達は魔物達を見ながらギュッとそれぞれの武器を固く握った。

(さぁて……やってやるか!)

 

『それでは、3……2……1……スタートです!』

 

ワイズの声を合図に、俺達は魔物達に向かって走りだした。

 

 

 

 

『……そこまでです!』

 

ワイズの声を聞き、俺達は静かに武器を降ろした。

(ふぅ……だいぶ倒した気がするけど、何体倒したんだっけな……?)

最初は数を数えながら倒していたはずだが、途中から何故か倒すことがメインになってしまったせいか、何体倒したかが分からなくなってしまっていた。

(あはは……これはやっちゃったかな……)

少し苦笑いを浮かべながらソウマの方を見てみると、ソウマも何かをやってしまったというような様子で苦笑いを浮かべていた。

(あ……まさかこれは……)

 

「ソウマ、まさかお前も……」

「……って事は、リオスも……」

「ああ、何体倒したか全然覚えてない」

「くくく……だよな!」

「はははっ……ああ!」

 

その事が何故か無性に可笑しかった俺達は、周りに響くほど大きな声で笑い始めた。

(あーあ、勝負はお預けか……

まあでも、なんだかんだで楽しかったし、これはこれで良い事にするか)

ひとしきり笑った後、ソウマは少しスッキリした様子で話し始めた。

 

「……正直に言うと、あの学校は俺の全てだったんだ。あの学校にいれば、俺は何も考えずにいられた。

俺の人生を、<スクール>が決めてくれる。そう考えていたのさ」

「そうか……」

「ああ。

でも、本当はそうじゃなかった。さっきのお前みたいな事を言えば、俺の人生を決めるのは俺自身。

俺が空っぽだったのは、俺の責任だったんだよ。

……まったく、お前も、アイツらも、学校の連中も自分で自分の人生を生きている。

本当に羨ましいことだ」

「……今からでもやってみたら良いんじゃないか?

この学校でお前の思うような学校生活って奴をさ」

「……簡単に言ってくれるじゃないか。

でも……それに挑戦してみるのも面白いかもしれないな」

「……だろ?」

「……ああ」

 

話をしながら俺達が笑い合っていたその時、ネロが俺達に近付いてきた。

 

「(お疲れさん、お前達)」

「ああ、ありがとうな、ネロ」

「ありがとう、ネロ」

「(へっ、礼なら俺よりもワイズに言ってやんな)」

「ははっ、それもそうだな。

ワイズ、ありがとうな」

『いえいえ』

 

俺達で話をしていた時、ふと校舎の方を見てみると、俺達に向かってナギア達が走ってくるのが見えた。

そしてナギア達は俺達の近くで止まると、キャトラが心配そうな様子で話し掛けてきた。

 

「……さっきこっちから戦闘の音が聞こえたけど、皆大丈夫だった?」

「ああ。俺達でちょっとした勝負をしてただけだからさ、それに皆怪我は無いから安心してくれ」

 

俺が微笑みながら言うと、ナギア達は安心した様子を見せた。

 

「そっか……

実はリオスに任せた後、俺達でどうするべきか話し合ってたんだよ。

そしてその結果、俺達もやっぱり追い掛けようって事にして、敷地内を色々探してたら、突然こっちの方から炎とか雷の音が聞こえてさ……」

「あ……それ、完全に俺が出した音だな。

勝負の最中、切るだけよりも魔法も使った方が効率的かなと思って、色々と使ってたから」

「なるほどな……」

 

ナギアが納得したように言うと、キャトラが申し訳なさそうな様子でソウマに話し掛けた。

 

「……ソウマ、さっきはゴメンね。

ソウマが気にしてる事言っちゃったみたいだったから……」

「いや、別に良いさ。

さっきのリオスとの勝負で少しだけスッキリ出来たからな。

それに……」

 

ソウマは俺達の事を見回すと、明るくニッと笑ってから言葉を続けた。

 

「お前達やここの連中を見てて思ったんだ。

俺だけのスクールアーツって奴をもう一度やってみたいってな」

「ソウマ……

ははっ、すっかり元気になったみたいだな!」

「ああ、心配掛けたみたいだな、お前達」

「ううん、別に良いわよ。

だって、アタシ達は友達なんだから!」

「友達……ああ、そうだな。

何だかお前達となら、普通の学校生活、いや……楽しい学校生活って奴が送れそうな気がしてきたぜ」

「ふっふっふ……気がする、じゃなく。

絶対に送らせてみせるわよ、覚悟なさい!」

「ああ、望むところだ!」

 

キャトラに返事をするソウマの顔には、さっきまでの不安などは無く、これからの期待などに満ち溢れているように見えた。

(さて……そろそろ俺達も昼食にしないとな)

そして俺は皆に声を掛けた。

 

「よし……皆、そろそろ俺達も昼食にしようぜ。

そうじゃないと、時間が無くなりそうだからさ」

「……っと、それもそうだな。

今から行けば、まだまだゆっくり食べられそうだし、ちゃちゃっと行っちゃうか」

「ああ、そうだな」

 

ナギアの言葉に返事をした後、俺はネロの方へと体を向けた。

 

「それじゃあ、ネロ。また放課後にな」

「(おう!

お前達、午後の授業も頑張れよ?)」

「ああ、もちろんだ」

「ははっ、だな」

「ええ」

「そうね」

「そうだな」

 

俺達の返事を聞くと、ネロは満足げにうんうんと頷き、

 

「(そんじゃな~、お前達)」

 

静かに竜舎に向けて歩いていった。

(さて……俺達もそろそろ行くか)

 

「よし、それじゃあ行こうぜ、皆」

「おう!」

「うん!」

「オッケー!」

「ああ!」

 

そして俺達は、道々色々な事を話しながら、食堂へ向けて歩き始めた。

 

 

 

 

その頃、保健室では教室で倒れたミラが目を覚まし、ゆっくりと目を開けていた。

 

「うっ」

 

開いた目に射し込んでくる光に少しの眩しさを感じつつ、ミラは体をゆっくりと起こした。

そしてミラは何かを探すように周りを見回していたが、目当ての物―ノートを見つけると、ノートに手を伸ばしながら譫言(うわごと)のようにある言葉を繰り返し口にした。

 

「……勉強……

勉強……」

 

そしてノートを手に取ると、ミラは何かに取り憑かれたような目で大きな声を上げた。

 

「大豆、小豆、エンドウ豆、緑豆――

こうしちゃいられないわ!」

 

そしてミラはノートを広げ、一心不乱に勉強をし始めた。




政実「第5話、いかがでしたでしょうか」
リオス「皆が勉強に取り憑かれたようになってる中、俺がいつも通りっぽい理由は後々明かされるのか?」
政実「うん。
……もっとも、それが理由って何かおかしくないかとか言われそうな物ではあるけどね」
リオス「ふーん、そっか。
さてと……次の投稿予定はいつ頃になりそうなんだ?」
政実「まだ未定かな。ただ、早めに投稿したいとは思ってるけどね」
リオス「分かった。
そして最後に、この作品への感想や意見、評価もお待ちしています」
政実「よし……それじゃあそろそろ締めていこうか」
リオス「そうだな」
政実・リオス「それでは、また次回」

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