黒い風は千葉の領土を轟音の渦に巻き込んでいく。しかし、不思議と原因である近くは無風に近い気候だった。指導者姫咲えみる。彼女の片手には日傘を閉じて佇む姿。これだけの大嵐が近くで起こっているというのに、彼女はどこか満足そうだ。それを例えるなら、まるで今までの成果が実ったような、誇らしげで今にもはちきれそうな気持ちを少し頬を緩ませるだけに抑えている。だからリョータは彼女が子どもようなすぐに喜ぶ少女ではないんだと思った。もっと大きな目的を成就させるために、これは第一歩の段階なのだ。
そして、リョータは絶句する。恐怖なのか絶望なのか、もうわからなかった。
「あ……あ……」
ダラリと下がった両腕。背中は猫背になり、呆然とその場に吊り下げられたような立ち姿。マユミの背骨の辺りからはバーナーのように黒い風の大牙が天を突き上げている。込み上がった震えが、やがて叫びとなる。
「マユミィィィィィーーーーー!!!!」
その声は、届いていないようだった。マユミはまばたきすらせずに顔を俯かせている。突然すぎて、リョータが冷静でいられたのはその瞬間だけだった。根源に目を向ける。その先にいるのは姫咲えみるだ。
「えみる……マユミに何をした」
「あらら、えみるを疑ってるんですか?」
「それ以外に何があるってんだ!」
「やぁん、怖いですぅ……まぁ、部下に何かをさせたというのは本当ですがね」
リョータの何かがブチリと切れる。内に秘めていたものを瞬間的に解放しだした。リョータには、誰でも油断させられる自信があった。たとえそれが指導者であっても、一瞬の気許しをさせることができる。リョータの足が地からロケットスタートした。
「おおおおおぉぉぉぉぉぉ、くたばれクソ幼女がぁぁぁぁぁ!!」
最初、えみるはどんな炎攻撃をしてくるのかと思った。基本爆炎の能力を使ってできることはだいたい決まっている。炎球を作り出して投げるか、そのまま炎を火走りさせるか、はたまた火を纏って突っ込んでくるか。つまりリョータが突っ込んだということは炎の体当たりをかましてくるのだと、その時思っていた。
しかし、もう目と鼻の先に来ても、爆炎は発動しない。
「ハッ……」
「遅せぇぇぇ!!!!」
小さなえみるの襟首を掴むとリョータは、地面に叩きつける。腕力がないのかさほど威力はなかった。せいぜい地面の砂煙が上がる程度。しかし、本領はそこからだった。ビリビリと腕に雷光が通る。すると、黒い風と同じくらい大きな雷がリョータの背中に打ち落とされ、周りに稲妻が走る。赤い容姿をしながら爆炎を使うと思わせて、迅雷の能力。それが彼の持つ隠し球だ。
「おおおぉぉぉぁぁぁぁぁぁあぁぁぁッ!!」
電力をハイボルテージまで上げる。指導者といっても、この電撃を喰らえばひとたまりもない。はずだった。
「………どけ」
ヒシリ。電光の中心から腕が伸びてリョータの手首を掴む。
「なっ……」
「どけっツッテンダロォガ!!」
またえみるの顔が掌を返したように豹変する。彼女の持つもう一人の精神。光と闇でいう闇人格の方だ。襟首を振りほどくと、スカートでも関係ないとばかりにリョータを蹴り上げる。
「グッ……」
放物線を描いて地面に叩きつけられた。終わった。全て終わった。ニヤリと笑う不敵なえみるがユラリユラリと近づいてくる。もう逃げることもできない。と、その時だ。
黒い風がだんだんと収束し、マユミの身体を包む。
えみるも変化に気づいたのか、そっちの成果を確かめる。そして、頬を緩ませた。そこに、いつもの緑色の髪の毛は靡いていなかった。黒髪を半分、白髪を半分、眉間の間で分けたような短髪。瞳も白と黒のオッドアイ。ヒーロー達はその姿を見ることで今まで何が行われていたのか理解する。
――再覚醒。
ヒーローの能力には燃料切れがある。その切れた状態から能力補給をする際に、ジャンクDNA配列に変化が起きるのだ。そして新たな姿となり、新たな能力を得る。それが再覚醒。
しかし、それは覚醒カプセルを使用しないとできないのがヒーローの中での常識だ。リョータは初めてだった。ヒーローがカプセル外で再覚醒するところを見るのは。
「あは、あはは、アハハハハハハハッ!!」
えみるの楽しそうな笑い声が響く。
肌以外のパーツのほとんどが白黒のマユミが眼前の部隊を見つめる。整然と並んでいる中で一人は恐怖して腰を抜かし、一人はやるかとばかりに構えている。そんな列がズラリと並んだ場所に一歩踏み出した。そして、灰色の球体を拳から作り上げると、まるで機械仕掛けのように無表情のまま、
「ヤバイ……くるぞっ」
「に、逃げろぉぉ!!」
――放った。
初期段階では音もすることなく向こうへ飛んでいく灰色の球体。それから十秒くらいだった。丸く赤い核爆破にも似た大きな球体が出来上がり、一度その爆発で風が集結すると、まるで風の拡散するように突風となって広がった。
「うわぁぁぁぁ!!」
リョータは風に吹き飛ばされそうになる。しばらくそれだけの風速が続き、止んだ時には見事北ゲートから半径十キロ圏内全て、無残に消えてなくなっていた。あれがこんな近くで部隊の誰か一人にぶつかっていたらと思うとゾッとする。
(書くことがないので次回予告風に)
「マユミ……いったい何が」
黒い力は、えみるをも想像以上の力を発揮する。
「彼女はもう止められません」
「どうしたらいいんだ……どうしたらいいんだよぉぉ」
その時、一人の男が姿を現す。
「千葉の最終兵器……俺が倒す」
次回、『黒きアイオリア2』
彼女の力は全てを破壊する核の力――。