そして、お待たせしました。
ゆっくりしていってね?
リョータは顔を青ざめる。
(どうすりゃ……どうすりゃいいんだよ)
その光景は、発生者がマユミとわかっていながら、まるで別格の人物のように見えた。千葉の形成された建物を一瞬で灰にする力。自分の領土をおおよそ五分の一吹き飛んだというのに、えみるは歓喜に満たされている。
「すごいです♪ 突然変異させることで、こんなに普通のヒーローが変わってしまうんですねぇ♪ ……でも、彼女はもう止まらないかも」
パチパチと手を叩いて、子どものようにぴょんぴょん飛び跳ねるえみる。しばらくしてひらめいたように拳を手にポンと打った。
「そうだ! 名前を付けましょう♪ え~っと……そうですねぇ」
ギリっと、歯を食いしばる音がリョータ自信にさっきより強い怒りを呼び込む。えみるにもその音は聞こえていたはずだ。しかし、軽く聞かなかったことにしたとひたすらに名称で悩んでいる。もう我慢の限界だ。リョータはまた掴みかかろうとした。だが、
パッ……ドンッ!
「っ!」
何か鋭いレーザーのようなものが頬の辺りを通り過ぎ、衝撃で爆発する混合音。視覚には入らなかったが、その光線らしき光にリョータの頬が触れ、かっさばかれたような切り傷からドクドクと血が垂れ落ちる。
「なん……でだよ」
飛んできた方向に部隊がいる。誰一人動いておらず、ただ狙われないことを祈っているのか硬直してリョータの見ないところから撃ったような痕跡も見当たらない。手を構えているのは孤立して目立つところにいる彼女だけだ。今の光線はえみるを守るためにマユミが撃った防衛攻撃。リョータを見て、小さな幼女と白黒の悪魔が微笑んだ。
「……そうですねぇ。黒い風の支配者で、黒きアイオリアなんてどうですか? マユミさん」
「良い名前じゃない、気に入ったわ」
会話からして、えみるとマユミは馬が合っている様子。はっきりとした意識と発言から、リョータの脳内で事実が明らかになった。死んでも受け入れたくない現実を。
そこにいたはずだったマユミという存在は、もうすでに死に絶えている。代わりにいるのは、快楽破壊を犯してなお、抑えきれない欲望で突き動かされている突然変異ヒーロー≪黒きアイオリア≫だ。その表情にはえらく指導者のような悠々とした態度が見受けられる。確実に見せかけなんかではない。彼女が本気を出せば、千葉領土を焼け野原にだってできる。彼女は自分を改めるように言った。
「私の名前は、黒きアイオリア……まずはリョータ。あなたを殺す」
「………………な、何を言ってんだ。俺達は友達じゃないか。それでも殺すってのか!?」
「友達? ……えぇ、そうね。友達だわ」
「じゃあなんで……」
ドンッ!! と。気に障ったのか、アイオリアは八つ当たりに近くの建物をぶち壊す。
「たった今、友達じゃなくなったからよ――」
リョータに疾風の如く近づき、耳元に囁く。その後、アイオリアは膝蹴りをかまそうと足を動かした。
「クッ……」
それをリョータは右利き回りとは反対に避け、ワンパターンだが、相手の喉元を掴み倒そうとした。
「残念。リョータじゃ私には触れることさえできないよ?」
神々しい光の膜が阻み、弾く。もう少しだった。あと数センチで、黒きアイオリアに届く。だが、あの余裕に発言できることを考えると、本気すら出していないのだろう。リョータはそれを踏まえて作戦を練った。
幸い、彼女は本気を出していない。今なら、十分に能力を使って膜を貫くことができる。チャンスは一回。それに掛ける。
「うあぁぁぁぁ!!」
「そう……性懲りもなくまた来るのね」
さっきと同じく、膜の盾を展開させるアイオリア。思ったとおり、あとはそのぶつかる瞬間に全ての力を出しきるだけだ。拳が火花を散らす。途中でフルパワーは発揮できない。当たる刹那、そこからアイオリアとの能力勝負が始まるのだ。
ガッ、弾力のある膜にバチリと雷鳴が強引な硬い音を作り出す。
「言ったはずよ? 私には触れることさえできない」
「それを可能にすんのが……ヒーローだろうがっ!!」
パチン、それはまるで泡の破裂する音のようだった。リョータがフルパワーで突き破るところを除けば、あっけなく膜は壊れたように見える。勢いそのままにアイオリアを押し倒す。
「……どうしたの? 早くお得意の電撃で倒さないの?」
どうしたもこうしたもない。能力はさっきの貫くときに使いきってしまった。リョータの身体に能力を使うだけのパワーはほとんど残っていない。だが、これでいい。その覚悟で突っ込んだのだ。
身体がだんだんと言うことを聞かなくなる。もう限度を既に超しているのか、生命活動に異常が出始めたのだ。リョータがこうしてアイオリアを力いっぱい抑えていられるのも、時間の問題。リョータは可能なかぎり声を振り絞る。
「お前は……こんな破壊を楽しむような奴じゃない。お前は、もっと温和で、誰にでも優しくて、誰よりも他人の痛みがわかるんだ。だからこんなことできない……」
「……」
「どうしちまったんだよ……お前は黒きアイオリアなんて名前じゃない、マユミだ……」
それが最後の時だった。黒きアイオリアはたった一言。
「――だから、何?」
ドスッ。ドスドスッドスッ!
それは、木材よりも軟らかく、豆腐よりも硬い物が突きぬかれる音。誰もがその状態を理解した。リョータの瞳から赤いオペラ会場の、影で黒にしか見えない赤い幕が下りてくる。そう、彼の無駄な悪あがきは、もう終わり。
彼女が今更戻るはずもなかったのだ。
リョータは意識が遠くなる。これが戦死。珍しいものだ。裏切った者を説得しようとして彼は死ぬのかもしれない。敵前逃亡していれば良かったのに。ただ、それでも彼は思い続けた。白黒の髪にあった――あの優しい緑色の髪が蘇ることを。
(なんでだよ……なんでだよマユミ)
アイオリアの隣に横たわるリョータ。腹の部分は赤く染まっている。恐らくそれが致命傷。能力切れで全身が硬直している彼は、叫ぶこともできず、痛みに対する拒否反応をすることもできなかった。唯一硬直していない視覚から、どんどんと遠ざかっていく黒く霞んだ親友の後ろ姿を、意識が失うまでどうにか止めようと動かし続ける。目で人は止められないと、彼はわかっていたはずだった。
数分が過ぎる。あれほど何も話さなかった部隊から声が漏れ出していた。
「あの覚醒した奴、味方を殺したぞ……」
「なんで殺すんだ?」
「意味がわからねぇ」
「きっと、えみる様が裏で話していたんじゃない?」
それは予測違い。えみるもこの結果は予想外だった。そんな小言が飛び交う中、立ち並ぶ二人は、倒れたヒーローを見つめていた。もうピクリとも動かない。致命傷である腹の付近に血ミドロが溜まっている。
「あ~あ……これ、あなたの友達ですよね? 良いんですか?」
日傘で頭をつつきながら質疑すると、アイオリアはクスリと楽しげな笑いを浮かべる。
「良いのよ、もう友達じゃないし。それよりさぁ……指導者さん、私と手を組まない?」
えみるは目を見開く。しかし、その仕草は一瞬のことですぐに微笑んだ顔に戻った。
「……はい?」
「だから、私と手を組まないかって言ってるの」
えみるは思考を働かせる。彼女は強い。相手にすれば恐らく指導者と同レベル。下手をすれば自分の命すら軽く取られてしまうかもしれない。それほどの実力を持つ彼女側から考え、今の意見を照らし合わせると、わざわざえみるの下に居ようとする理由が見えてこない。
倒れて動かないヒーローに背を向け、歩きながら生じた疑点は質問となって消化された。
「なぜ、えみると手を組むのですか? あなたの力なら十分一勢力の頭としてやっていけると思いますが……」
「私は多くのヒーローをこの力で支配したいんじゃないの……私の望みは、≪弱者の掃討≫。そのためには、多くの前線に出なくてはならない。あなたは三勢力の中で一番戦闘を好んでやってるらしいじゃない? そういうことよ」
自分の望みを達成させるため、戦争の起点であり、一番領土保有に全力を注いでいるえみるを利用する。それが彼女の腹に抱えた下心。悪い話ではない。むしろかなり有益だ。発言に嘘がなければ、アイオリアは姫咲えみるの命令をなんでも聞くと言っている。
「ん~……」
俯きながら悩む。もう一度言おう。これはえみるにとってかなり有益な交渉だ。いつもの調子ならすぐに首を縦に振るはずのえみるなのだが、今回に限っては酷く頭を抱えているようだ。そして、しばらく同じところをグルグルと回りながら、やっと答えを導き出したようだ。
「はい、では――」
「その交渉に答える必要はない」
刹那、アイオリアの身体が地面に沈み込む。
「なぜなら……いや、断言してやろう。千葉の最終兵器は――俺が倒す」
時は既に午後。部隊の散り散りに倒れるのを背にリョータの身体を見てしゃがみ込んでいる姿。黄色い髪に黄色いマフラー。片手には噛み終えて味のなくなったガムを丸めた包み紙を投げ捨てると、リョータの顔を軽く触れる。まだ息が合った。リョータは生きている。その心配する仕草はまるで友人のようだった。
「あなた……誰ですか?」
えみるが異様な気配に首を傾げる。男は立ち上がると、瞳に怒りをむき出しにした。怒涛の声で大きく名乗る。
「俺はユージ……そこの白黒野郎と同じ≪核能力ヒーロー≫だ」
マユミ……一体どうしてしまったのでしょうか?
それに、ユージは砂塵の能力でしたよね?
また急展開を見せてきました。
この調子だと、また更新が遅くなってしまうかもしれません。
そこのところはご了承ください。