病院通いの母のお見舞いに訪れたフォックス。
その帰りしなに、病室の少女と仲睦まじそうに話す青子を見つける。
二人は屋上にて身の上話を語り合った後、青子は「TW機関」の情報収集の進捗をフォックスに尋ねるも、それらしい情報はないという。
青子の情報と照らし合わせた推論によると、TW機関は当時のアメリカが創設したとされ、情報も規制されているのではないか…と。
それでもフォックスは機関の所業を暴くため、ひいては深海棲艦打倒のため動く、青子はそんな彼に「先代ミストフォックス(フォックスの父)」なら何か情報を掴んでいるかも、と助言する。
フォックスは少しでも機関の情報を得るため、父の足取りや彼なりの伝手を辿ることにした、青子も自らの信念の下ミストフォックスの生死の真相を追う。
──彼らの活躍の中、静かに暗躍する何者かがいると知らずに…。
「はぁ…」
長いため息が誰もいない空間に吐き出された。その重く圧し掛かるような吐息は、彼女の悩みを体現していた。
「皆今頃どうしてるかな…?」
ここはいつものマンション、だだっ広い部屋の真ん中で机に座る長戸。
彼女は先日の「艦娘強化訓練」の際、リカルドから「戦う意味を考えてもう一度出直せ」と、初花と共に閉め出されるように追いやられた。
「はぁっ。…私、何がダメだったのかな?」
長戸はそのまま机に突っ伏す、先日の出来事を考えると涙が出そうになる。
あの時、リカルドは艦娘たち一人ひとりに問いかけていた「戦いは怖いか?」と。
その時、何が不満なのか彼は突然厳しく怒声を浴びせると、前述の通り自分と初花を訓練から無理やり引き離した。
理由は分からない、だが何かがトリガーになったに違いない。その理由を考えようと、必死で頭を回すが…やはり答えは出ない。
長戸の思いはただ一つ、仲間を「護る」こと。そこに一欠片の穢れもない願いがある、しかし…彼はそれを認めなかった。
「私には…戦う資格が……ないのかな…っ?」
長戸に戦う資格がない、もちろんそんなことはないだろうが、リカルドが彼女を追い出したのは事実、如何なる理由があるのか今の長戸には知る由もない、考えどもかんがえども負のスパイラルに陥り、遂に耐えられなくなり涙が零れ落ちる。
真面目な彼女には戦う覚悟も十分、実力もある、しかしリカルドの言っている「戦う理由」の意味を理解しない限り道はない。
理解しろ、理解しろ、理解しろ。
解らない、解らない、解らない。
どんなに思い悩んでも、自分に足りないものが何なのか、その本質は解らない。希望の光を辿って来たが突然暗く霧がかった道に投げ出された…そんな感覚だった。
絶望感すらあるこの状況、果たして彼女はこのループを抜け出せるか?
「──あれ? 長戸さんどうしたの?」
ガチャリと大きくドアを開ける人物、エースは奈落の底にいる迷い人に声をかけた。
「っ! …ぅ、エースさぁん」
「ぅお!? ちょ、ちょっと…?!」
エースの顔を見るや泣き顔を晒け出した長戸、慌ててティッシュで涙を拭いてやるエース。
「お、落ち着いて。一体どうしたんだ? 皆と訓練してたんだろ?」
「…っ、実は……」
長戸はこれまでの一部始終を、エースに伝えた。
長門の座る向かい側で、静かに話を聞くエース。…程なくして口を開く。
「そっか。やっぱり」
「…やっぱり?」
「そうなんだ。ごめんね長戸さん、本当はもっと早く貴女と話せていたら良かったんだけど、ここのところ立て続けに用事が重なったからさ?」
「どういう意味ですか?」
「うん、リカルドから言われてたからさ。貴女に足りないもの、リカルドの言いたいこと、俺なら解るよ」
「っ! 教えてください、私には何が足りないのかを! 早くしないと間に合わない、彼女たちを守れないまま終わるなんて…私はっ!!」
捲し立てるように、思わず言葉責めになる長戸。エースは落ち着くようにと、手を前に突き出した。
「長戸さん、まずは深呼吸して気持ちを落ち着かせてほしい。貴女にとっては…酷な話になると思う」
「…っ! …はい」
エースの神妙な顔に何かを感じ取った長戸、胸に右手を当て、目を閉じ、深呼吸。
「…すぅ……はぁ…」
全身の血液の流れを整える、やがて落ち着きを取り戻すと、静かに頷きエースに向き直った。
「…俺がリカルドから聞いた話によると、艦娘には二つの人格があるみたいなんだ。それは長戸さん自身の心と…」
「”戦艦長門”の心…ですか?」
「…やっぱり分かるよね?」
「何となくですが…」
「そうか。とにかく貴女の中にある戦艦長門は、本当に辛い経験をした、それを罪として償いたいとか、今度こそ守りたいとか、それは「誰だってそう思う」よ。人間や…「心」がある以上どんなモノにだって、そういった意識はあるだろう。…でもさ、それって本当に「長戸さん自身」の気持ちなの?」
「え…?」
エースの言わんとすることが理解できず、思わず声を上げる長戸。エースは続ける。
「皆を守りたい、例え命に代えても。それはあくまで戦艦長門の考えだと思うんだ。だから…これからは長戸さんの思い…「生きる意味」を見出さなければいけないと思う」
「っ!? それは…私が戦艦長門「足り得ない」と言うことですか?」
どこか焦燥感を感じるような長戸の発言、エースはその間違いを正す。
「違うよ。
「何を…?」
瞳を逸らさず、真っ直ぐに見つめる。エースの力強い視線が、長門の心の奥深くまで届いた。
「”あの時の君たち”の戦いはもう終わったんだ。もう犠牲にしなきゃいけないものはないんだ。君は誰? 戦艦長門? …そうじゃないだろ、長戸さん」
「っ! エースさん…」
「このまま…戦艦長門になるというのなら、貴女のことだ、自分一人の命で仲間を守れるのなら…なんて言い出すだろう? そこなんだよ、俺たちが危惧していることは」
「それは…」
「君はもう独りじゃない、これ以上自分一人で何もかもを抱え込まないで。俺たちが…貴女を支える、だから…命に代えてもなんて、寂しいこと言うなよ。長戸さんが居なくなるなんて…俺、嫌だぜ?」
「…っ! な…っ!?」
エースのある意味とんでもない発言に、長戸は思わず顔を赤くする。しかし本人は普段通りの落ち着いた口調で長戸に語り続ける。
「長戸さん、君は君だ。それを忘れないでほしい、俺たちはあの時の戦いを繰り返さないために立ち上がったんだ、だから…皆で生きよう。あの時代の先を…戦艦長門に見せてあげないとな」
エースの言葉にハッとする長戸。…その時、長戸の身体から力が抜ける。
「…っふ、ははは、はははは!!」
「な、長戸さん…?」
「あぁ、すいません。そうか…そんなことで良かったんだ…私は……「戦艦長門」じゃなくても良いんだ」
全身の脱力感は、むしろ幸福さえ感じる。この時長戸は、新たな自分に可能性を見出した。
「…すみません、エースさん。私…やっぱり皆を守りたいという気持ちは変わりません、貴方がたが危険に思ってることも…多分するでしょう」
「長戸さん…」
「でも…もう無茶はしません。守るのは皆だけじゃない、自分も…守ります。だって…私も行きたいから、あの先へ…エースさんたちと…!」
朗らかな笑顔で自身の思いを語る長戸、エースは静かに見守っていた。
「ん。良かった、その様子ならもう大丈夫そうだな」
「ありがとうございます、エースさん。その…貴方の気持ち、ちゃんと伝わりましたよ?」
たどたどしくも、上目遣いでその思いを伝えた長戸だが。エースはまたもいつもの調子で答えた。
「うん、これからはもう自分を犠牲にするようなことはしないこと、長戸さんは俺たちの「仲間」なんだからさ!」
「……そうですか。」
長戸に芽生えた小さくも熱い灯火、その感情をエースは理解していなかった。
長戸はエースに悟られないように、少しだけ悲しげに俯いた。
「…長戸さん? もしかして俺不味いこと言った?」
「な、なんでもないですよ。なんでも、ない…あはは……」
「……?」
何処か「おかしい」長戸の様子を、エースは心配そうに見つめるのだった…。
・・・・・
一方、初花は自室にて自らの枕を涙で濡らしていた。
「…う…っ!」
初花はあの後何度か一人でリカルドの元を訪れ、何故自分たちが追い出されたのか聞き出そうとしていた。
しかしリカルドは「自分で見つけ理解することに意味がある」と言って頑なに理由を話そうとしない。
『イチカ、お前さんのそう言った問題に立ち向かう姿勢は尊敬できる。しかしな…俺が意味もなくお前らを追い出したと思うか?』
『それは…でも…っ』
『お前はまだ子供だ、そういう納得できない気持ちを切り替えられないのは仕方ねぇことだ。だがな、これから先は「自分だけが頼りになる場面」が多く出てくるだろう。そういう時にゃ即座の判断力が問われる。迷いは捨て去るべきだ』
『…私は、皆の役に立ちたいだけで!』
『その気持ちが本当に”自分の気持ち”か、よぉく考えることだな? …いや、喋り過ぎたか。さぁ、一旦家に帰りな。お前さんなりの「覚悟」を見せてもらったら、いつでも訓練してやるぜ。…
彼の口ぶりから、どうやら自分なりの考えがあるようだ。初花は渋々その場から立ち去ることしか出来なかった。
「…情けないな。私…艦娘として何も出来ないなんて……そんなの…っ、そんなの、意味ないよぉ……!」
初花が一人で泣き崩れていると、部屋のドアからノックの音が聞こえる。
──コン、コン。
『おぉい、イチカどしたぁ? なんで部屋から出ようとしねぇんだ? 外に泣いてる声聞こえてるし、叔母さん心配してんぞ』
この溌剌とした声…初花はドアの向こうに「朝陽」がいることを理解した。
彼女は何日も部屋に閉じこもったままの初花を心配しているようだ。
初花は枕に顔をうずめながら、ぐぐもった声で答えた。
「…朝陽ちゃんには関係ないでしょ?」
『あん? 心配になるだろぉ同居人だからよ』
「だから、私の気持ちなんて貴女に分からないって言うの!」
思わず怒鳴り返してしまう初花、ハッと自身がやってしまった出来事に、咄嗟に顔を上げた。
「ご、ごめんなさい朝陽ちゃん…私」
「…っ、そんなこと…そんなんで怒るこた…っ、ないだ、ろぉ……!」
「っ!?」
どうやら朝陽を泣かせてしまったようだ、慌てた様子でドアに駆け寄り、朝陽に謝罪するためドアを開けた。
「あ、朝陽ちゃんごめん! 私──」
「のぉりゃあ!!」
ドアが開いた瞬間、すかさず初花に組みつく朝陽。
「っな、朝陽ちゃん!?」
「ふふん、アタイの泣き真似も捨てたもんじゃねぇだろ? さぁ…何があったか話してもらうぜ」
「ちょ、ちょっと朝陽ちゃん!?」
「おぉん、口を割らねーんだったら…こうだっ! こちょこちょこちょ!」
「っ! ちょっ、っぁは、ま、待って! ホントに…あは、あはははっ!?」
初花の後ろを取り羽交い締めにした朝陽は、初花の脇腹をくすぐり始める。あまりの早業になすがまま笑い続ける初花。
「あはははは! はっ、はは! も、もうやめて…っ、っふは!?」
「お〜〜〜ぅどうだいアタイの「てぇくにっくっ!」はぁ〜〜〜? そらそら、テメェの腹筋が笑い死ぬ前に、ゲロっちまった方が身のためだぜぇ〜〜〜〜〜?」
「いひ、いひひひ!? わ、分かった! 話す、話すから!! もやめてぇんふふふ、ふひひひ!?」
まるで狂ったように笑い叫ぶ初花、朝陽は降伏宣言を受け取ると、直ぐさまくすぐりの刑を止めた。
そのまま床に倒れ込む初花は、くすぐりの余韻が残っているのか、まだ腹を抱えて笑っていた…薄っすらと目に涙も見える。悶絶しながら床を転がる初花。
「わ、私…くすぐり苦手なの…ふっ、ふふふ…!」
「…さぁて、話聞かせてもらうぜ?」
「…うぅ、分かったよぉ」
観念したように、初花は朝陽に対し自分が悩んでいることを(知られたら不味い部分はぼかしながら)正直に話した。
・・・・・
「…なるほどなぁ」
床に向かい合うように座った二人、胡座をかいた朝陽は腕組みしながら事情を整理した。
「つまり、イチカがやりてぇことをそのオッサンはやらせねぇんだな? なんかの…訓練、だったか? その訓練やるにゃ「意味」が必要だって?」
「うん…」
「その意味ってのは?」
「…えっと」
「お〜〜〜ん? (くすぐりの態勢)」
「っ!? えっとね、戦うぐらいの「覚悟」…みたいな?」
「戦うだぁ? 随分と物騒な話だな?」
「…うん」
初花は悩んでいた。
朝陽に対し真実を伝えられない自分が、嘘をつくしかない自分が。しかし…彼女が艦娘でない以上、巻き込むわけにはいかなかった。
しかし…朝陽は鋭い切り返しで、初花の本音を聞き出そうとする。
「…なぁイチカ、まだアタイに隠し事してるよな?」
「っ、それは…」
「話せよ。誰にも話さねぇし、アタイはイチカの姉ちゃんだと思ってるからよ、歳だってアタイが一つ上だし、何より…本当の姉妹ってワケにゃいかねぇが、家族に隠し事は…ナシだぜ?」
「…っ! 朝陽ちゃん……」
「な?」
「…とても危険なことだから、もしそれを知って貴女も巻き込まれることがあったら」
「大丈夫さ、自分の身くらい自分で守れるさ、こちとらサバイバル生活も長いんだ、アタイのことは心配すんなよ?」
「……うん」
初花を受け入れようとする朝陽に、初花は折れて本当のところを話し始める。
自分が艦娘という「軍艦の生まれ変わり」だということ、今は同じ境遇の仲間と「ある脅威」から国を守っていること、そして艦娘たちの強化訓練を、何故か自分は受けさせてもらえなかったこと。
…その全てを話し終えた後、朝陽は眉間を強く「ル」の字に寄せ、あからさまに怪訝な顔をしてみせる。
「…ウソじゃねぇよな?」
「う、うん。だから言いたくなかったの、危ないし混乱するだけだから」
「むー、そっか。んじゃ信じるとしてよ、オッサンは戦う覚悟を考え直せ! っつったんだな?」
「そう、私は「初霜」なのに、私は艦娘なのに、これ以上の覚悟がどこにあるのかな…って。そんなことばかり考えてたら、何か納得いかないというか、疑心暗鬼になっちゃって…」
「…ん? ちょい待ち。今なんつった?」
「え? だから私は初霜だから…」
「いやいや、
「…っ!?」
「その口ぶりじゃあよ、アタイにゃアンタが「戦場で死にてぇ」って言ってるみたいでよ。なんか…ぶっちゃけ気味悪いぜ?」
「うそっ!? そんな風に聞こえてたの? 私…なんでそんなこと」
「気づいてなかったのかよ。まぁ真面目なアンタだから、大方「自分の役目だ!」って言い聞かせ過ぎて根を詰めすぎたんだろ」
「…うん、そう…かもしれない」
朝陽に自身の誤ちを気付かされた初花は、ふとリカルドが最後に呟いた言葉を思い出した。
「そうか…「記憶に呑まれるな」って、そういう意味だったんだ」
「よぉ、また考え込んでんじゃねえか?」
「あ、そっか。ごめんね朝陽ちゃん、私…」
「気にすんなよ。アンタは真面目すぎるから、自分の頭おかしくなるまで考えちまうんだろうが…それが一番いけねーんじゃねぇか?」
「…うん、ごめん。確かにそうなのかも…でも私は「皆を守りたい」って思っていて」
「だから死んでもいいって?」
「…っ、違う、違うんだよ、私は…艦娘として…皆を…っ!」
「あぁ泣くななくな! …なぁイチカ? その「カンムス」ってのはどうしてもやらにゃいけねぇのか?」
「…? どういうこと?」
「アタイさ、人間ってのは守らなきゃいけねーってほど弱くないんじゃないかな? って思ってよ」
「えっ…!?」
朝陽の考えに、初花は驚きを隠せないほど動揺していた。
「その仲間もカンムスってんだろ? 強いんだろ? 信頼してんだろ? だったらさ、別に守るためにーってアンタが無理して身体を張る必要あるかね?」
「それは…でも……」
「アタイにはアンタは「そういうヤツになりたい」ってだけに見える。言っとくけどアタイらはどう足掻いても「ちっちぇガキ」でしかないし、カンムスってのにも「ハツシモ」ってのにもなれねぇのさ?」
朝陽の言葉は、どこまでも客観的事実を捉えていた。
初花はどこかで自分を見失っていたことを、改めて思い知らされた…。
「朝陽ちゃん…なら私はどうしたら良いと思う? 私は大好きな皆を守りたい、そのためには…どうすれば良いと思う?」
「んー、要するに違うんじゃねぇか? アンタらが強くなるのは「自分が生き残るため」じゃないといけないんじゃね?」
「っ! ”生き残る”?」
「おう! 人生一度きりだろ? あんまし自分勝手なのはいけねぇだろうが…「誰かのために」って綺麗ゴト言って死ぬヤツより、「自分のために」ってワガママ言いながら進めるヤツのが、アタイは好きだな!」
「…っ!!」
その言葉を理解した瞬間、初花の目の前に「二つの道」が出来上がる。
一つ、誰かのために「その身を捧げてでも」守ること。
一つ、自分のために「なり振り構わず」進むこと。
信念を貫くか、我が身を思うか、初花の決断は──
「…私は」
「イチカ。アタイはこう言ったけどよ、決めるのはアンタだ。でも…何があっても、アタイはアンタの味方だかんな?」
「朝陽ちゃん…」
初花の心の中に、光が差し込んでいく…。
「…私は、やっぱり「守りたい」よ。…朝陽ちゃんみたいに、私を考えてくれる人たちを…放っておけないよ…っ!」
絞り出すように、目に雫を零しながら初花は自分の意志を伝えた。
「…ん。でもソイツは皆一緒じゃないかい?」
「え…?」
朝陽の一言に、初花は又も目を見開いた。
「だからよ、皆気持ちは同じなんだろうぜ? 皆巻き込まれて、それでも守るために戦うって決めて、ぜってー死ぬのは怖えはずなのによ。それでも自分なりに前向いてよ」
「朝陽ちゃん…」
「なぁイチカ。この際だからよ…守りたいヤツ守って、ついでに自分も死なねぇために頑張るってのは?」
「…っ!?」
「アンタはワガママ言わなさすぎだって。守りたいって思ってんならよ、逆にもっと頼ってやった方がいいぜ? お互いが支え合う、そういう良い関係作れるって、生きてるって感じしねぇか? 守るために戦うなんて息苦しい考えより、生きるために「助け合う」って考えた方がいいだろ! …あ~上手く伝わってるかねコレ? アタイこういう説教臭いこと苦手でさ?」
はにかんだ笑いを浮かべながら、朝陽は自分なりの言葉で初花を励ました。その言葉に初花は…思わず「膝を打つ」気持ちになる。
「…私、自分のこと蔑ろにしてた。だから…リカルドさんは私を訓練しなかったんだ」
「そうさな…」
「朝陽ちゃん、貴女と会話をして何か掴めた気がする。…ありがとう」
「いいさ、んで決まったのかい?」
初花にとって驚きの連続であった「倫理観」を示した朝陽。そんな彼女の問いかけに、初花の中には正に「朝陽」が昇るような爽やかな気持ちが広がっていく。
「…うん、私は初花として生きる、生き残りたい。そんな私を認めてくれる皆を、守りたい!」
「…そうさ、それで良いんだよイチカ。ったく心配させやがって!」
「うん、ごめんね朝陽ちゃん。私…これからも貴女にわがまま言うと思う、でも…仲良くしてくれたら、嬉しいかな?」
「なぁにカシコまってんだよ! それが家族ってヤツだ、遠慮なく言ってくれよな!」
「…うん!」
こうして、初花は自らの覚悟を形作ることに成功した。
・・・・・
…翌日、二人は例の湖前にてリカルドと対峙する。
「…決まったか?」
二人の顔を交互に見やりながら、リカルドは改めて尋ねた。
「戦いは怖いか?」
その問いかけに最初に答えたのは初花だった。
「リカルドさん、私は「初花」です。ただの愚直な考えしか出来ない、そんな弱い自分を隠そうとした人間です、だからこそ…私はそんな自分を越えたい。そして私を慕ってくれる皆を…守りたい」
…初花の瞳の奥に、確かな覚悟を感じ取ったリカルド。
満足そうに頷くと、続いて長戸を見やる。
「…私は、皆を守れるなら、自分がどうなってもいいと確かに思ってました」
「……」
「でも、それじゃ駄目だって気づきました。私が傷つくと悲しむ人たちがいると理解しました、彼らを悲しませたくない。だから…生きたいんです、長戸愛理として、その先の未来へ…!」
…二人の覚悟を聞き届けたリカルドは、安堵の表情を浮かべた。
「ふぅ、そうだ。それでいい。ようやっと理解したようだな?」
「すみません、ご心配をおかけしました」
「私たち、前世のような戦士になれる自信がなかったんだと思います。だから…周りが見えなくなってしまったのだと思います」
「戦士になる必要はない。お前さんらは確かに前世からの縁でそういう風下に立たされてるが…その運命ってヤツに無理に付き合うこたぁないのさ?」
「それを、私たちに教えるために?」
「半分はな? もう半分はお前さんらが「死にたがり」にならないようにするためだ。生きる意志ってのは…どんな力にも負けねえだろうからな」
「リカルドさん…!」
リカルドの真意を汲み取った二人は、この戦いを生き残る意志を新たにするのだった。
「さぁ、他のヤツらに顔を見せてやりな。休んでた分はみっちり訓練するから、覚悟しときな」
「はいっ!」
「ありがとうございましたっ!」
全力の発声でお礼を言うと、二人はそのまま仲間の待つ湖へと駆け出した。
「…ナガト!」
「っ! はい?」
リカルドに呼び止められ、長戸は不思議そうに振り返る。
「んー? やっぱ…艶っぽくなったな? …"男"か?」
「っ!? し、失礼します!」
長戸は誤魔化しきれないまま、赤面した顔でそのまま背を向けた。
リカルドはニヤついた顔で、その初々しい後ろ姿を眺めていた…。
○恋
榛名「はぁ…」
リオーネ「榛名さん、どうなさいました?」
榛名「リオーネさん。…いえ、なんでもありません。榛名は大丈夫ですので…」
リオーネ「何やら顔色も良くない様子、悩み事があるならどうか話してみて下さい。私で良ければご相談に乗りますよ?」
榛名「…ありがとうございます。…少しだけで良ければ」
リオーネ「大丈夫ですよ。それで一体何を?」
榛名「はい。実は最近…胸が苦しくて」
リオーネ「胸が? 何かの病気でしょうか?」
榛名「分かりません。最近頭がぼーっとして…まるで…身体に火がついたような」
リオーネ「…ふむ、私から見ても榛名さんは健康体に見えますので、恐らく「あの病気」でしょう」
榛名「そ、それは?」
リオーネ「はい、それは「malattia d'amore」…恋煩いですね?」
榛名「こ、恋? 榛名には分かりかねます…」
リオーネ「恋は素晴らしいですよ、人生の一部といっていいです、運命の赤い糸に結ばれた男女は、愛し合うことに躊躇しません。燃え上がる情熱、熱い恋心に身を委ねれば、お相手はきっと貴女に素敵なひと時を与えてくれるでしょう。…はぁっ、いいですねぇ」
榛名「…恋、ですか。そうですか…っふふ、そうかもしれません」
リオーネ「…ところで、榛名さんの気になるお相手というのは?」
榛名「っあ、す、すいません! お料理の材料買い忘れてました! 買い出しに行かないと…あ、ありがとうございました!!」
──ガチャ…バタンッ。
リオーネ「…行きましたか」
フォックス「(ガチャ)よくやった、エージェント・イタリア。恋のエキスパートであるお前に頼ってよかった」
リオース「うふ、お褒めの言葉ありがとうございます。…でも、私もそういう恋愛観があるだけで、恋のエキスパートってほどでは…」
フォックス「え、イタリア人って皆頭ピンク色なんだろ?」
リオーネ「…聞かなかったことにします。でも…榛名さんとエースさんを無理矢理引き合わせた方が早いのでは?」
フォックス「駄目だ。榛名ちゃんが自分からアイツにアプローチするように仕向けないとな、そういう意味じゃ計画は順調と言っていい」
リオーネ「…そうですか、うふ。手が込んでいますね?」
フォックス「ちょっとずつそれっぽい雰囲気作ることでいんだよ、準備が出来たら後はなるようになるだろ。…ふふふ」
リオーネ「…うふふ」
狐・伊「ふふふふふ!!」
リオーネ「…ところで、いつから隣の部屋に?」
フォックス「朝から。話終わったらそれっぽく登場したかった、後悔はしていぬん」
リオーネ「どっちなんですか…?」
※二人の恋の行方はいかに…?