※こちらは第三十四話の”後編”となります、前編をご覧になられていない方は「2-1」を先にご覧ください。
子供たちの指導が終わった後、エースたちは座敷の奥へと招かれた。
四畳半の部屋に通されると机を挟んで座る、北側にエースと榛名、南側に日向と月子。西側の襖は開かれ、外には大きな庭が広がる、心地よい風が彼らの頬を撫でた。
「お菓子用意しといたから、良かったらどうぞ?」
「は、はい…頂きます」
月子に促されたエースと榛名は、お皿の上のお菓子を食べる。ポテトチップスだ、パリッパリッと気持ちいい咀嚼音を立てると、口の中に優しい塩の旨味が広がる。
「はむ、ん………っ! 美味しいです!」
「ん〜、コーラが欲しくなるなぁ?」
「そう言うと思って…じゃ〜ん、丁度1・5ℓ買ってたんだよねぇ?」
「おいおい、仮にもお客様だぞ?」
「良いじゃん知らない仲じゃないし、日向も日頃からお世話になってるし、ね♪」
月子のある意味大らかな持て成しに、日向は両手を上げて溜め息を吐いた。
暫くポテトチップスを頬張りながら駄弁を交える、最近起こったこと、今までに起こったこと、榛名の現状も含めて月子に知らせた。
「ふーん、化身ねぇ?」
何処か他人事のように話を聞く月子。感心した様子でポテトチップスをパリポリ食べていたが、横から「行儀が悪いぞ」と日向に窘められると、食べる手を止めて真剣に話を聞き始めた。
「そんなに話が進んでたなんてねぇ? じゃあ日向も役に立ってたワケだ」
「はい、日向さんには何度も窮地を助けて頂いて…本当にお二人には感謝してます」
「ぁあアタシは何もしてないよ? まぁ妹が活躍したなんて、姉として鼻高々だわ〜」
「私はそこまで大それたことをした覚えはないが、君たちの力になれていたなら、良かった」
「はいっ! 日向さんにはいつも支えられています、榛名、改めて感謝致します!」
「良いねいいねぇ、やるじゃん日向(ひゅうが)!」
「はは、伊勢の代わりに暴れてきたぞ」
「ホント、仲がいいですよね二人とも…;」
伊勢崎姉妹の仲の良さ(とノリの良さ)にエースは感服していた。
「…っあ、そういえば」
ふと彼は周りを見回すと、いつものように自然な言葉で気づきを提示した。
「今日って…"終戦記念日"じゃない?」
「…む?」
「あら?」
「あっ…そうですね、失念してましたね?」
「あぁ、我々にとっては重大な区切りであるというのに…榛名とエース君のことで頭が回らなかったな(ボソッ)」
「…ん? 何か言いました?」
「いやいや、何でもない」
日向はエースにそう告げると、今年の「この日」を思い起こした。
そう──現在は西暦2015年8月15日。
かつての敵国により、長崎と広島に「原子核爆弾」を落とされ、甚大な被害と圧倒的な力を見せつけられた日本は、ポツダム宣言受諾による「無条件降伏」をし、今日(こんにち)まで語り継がれる戦争の終止符を打った。その終戦を日本国民に宣言した「昭和天皇」による終戦の詔書の音読放送──所謂"玉音放送"である──が行われたのが、昭和20年「8月15日」であった。
「あれからもう七十年かぁ…って、俺がこんなこと言っても、何の説得力もないけど?」
「そんなことありませんよ。エースさんは…あの戦いのことを、誰よりも考えておられます。榛名は…それがなんだか、誇らしいのです」
「…っ! (ドキッ)」
榛名の屈託のない笑顔を見て、エースは少しだけ胸の鼓動が強く、早まるのを感じた。
「あ…ありがとう、榛名」
「…は、はいっ。(うぅ…何故でしょう、顔が熱くなっていきます)」
エースのお礼に、榛名もまた顔が紅く染まり、恥じらいが込み上げてくる。
まるでお見合いでもしているのか…? そんな互いに甘酸っぱい初々しさを見せる二人に、遠目から見ていた月子は──何処か納得している様子だった。
「(あぁ…これは駄目だわ)」
「(だろう、お前は私より色恋沙汰に詳しいはずだろ、何とかしてくれ…見ているこちらもどうにかなりそうだ)」
「(分かった。まずは…榛名ちゃんとなんとか二人きりになりたいわ、それとなくエース君連れ出せない?)」
「(うむ、やってみよ…──)」
「そ、そうだ! なぁ、折角の終戦記念日だしあの頃のこと、もっと話してくれない?俺すっごい興味があるんだ、ねぇ?!」
…伊勢崎姉妹がヒソヒソと話し合っていると、榛名との甘い空間に耐えられなくなったエースは、苦し紛れにそんな提案をして来た。
「い、良いですね! そ、そうですね。少しお話しを…あの…お願い出来ますか…?」
榛名も懇願するように視線を向けて来た。…仕方がない、と伊勢崎姉妹は榛名とエースの話に合わせることにした。
「(…難しいね?)」
「(致し方ない。何とか上手く話を持っていくようにしよう、伊勢も気をつけてタイミングを見ていてくれ)」
「(オッケー!)」
彼女たちは自然な流れから、月子と榛名を二人だけにすることを企む…そんなことは露知らず、エースは話を振っていった──
・・・・・
「えっと、先ずは、俺や榛名とも縁のある「呉空襲」についてなんだけど…」
エースの言わんとしていることは──あの戦いの最中である1945年3月から複数回に渡り、呉の軍港及び市街地が「戦略的爆撃」を受けた時、諸々の事情で浮き砲台と化した榛名、伊勢、日向は迫り来る鉄翼の大部隊より祖国を守るため、対空砲火で最後まで抵抗した。
そう、何を隠そうこの一連の流れは、エースや榛名が垣間見た「戦艦榛名」の記憶の中の出来事なのだ。
「呉空襲後の映像ってあるじゃん? それネットで検索して観てたんだけど…酷いなって思って。俺も榛名と同じ夢を見てたけど…あれは一部分だけ垣間見てただけだって思い知らされたよ」
エースにとっても最早他人ごとではない「あの日の侵略」において、当時の人々の置かれていた状況を考えるだけで、胸が苦しくなる。静かな水面に横たわる榛名の前世の軍艦たち、焼き払われ一面何も無い平の大地と化した市街地などの映像を観ていると、嫌でも感傷に浸りたくなった。
「…そうですね。あの時の空襲は…本当に酷いものでした」
榛名は当事者のように…いや「当事者として」の言葉をポツリと漏らした。
それは月子も日向も同様だった、あの時の悲劇を思い起こすと同時に悲痛な面持ちになる。
「アタシは伊勢の記憶からでしか分からないけど…やっぱ、戦争は駄目だよねぇ」
「あぁ、だが…当時からしても大国であった彼の国と一戦交えた時点で、ああなることは必然だったのかもな。…悲しいことだが」
日向の言葉にその場の全員が頷いた。
「あの…話は変わるんですけど、当時の日本でも「米国と戦っても勝てない」って言われてたみたいですけど、何故か戦い始めたのって…実際のところはどうなんですか? 何が原因かとかは…?」
エースの問いかけに、頬を人差し指で一掻きしながら困惑する日向。
「どうと言われてもなぁ、先ほど月子も言っていた通り我々も過去のことは「断片的なもの」しか分からない。だが…確かにそう言われていたようだし、軍上層部もその認識が強かった。それでも引けぬところがあった…言い方は悪いが「要らぬ見栄を張ってしまった」ということだ」
「なんか聞いた話だけど、お偉いさんは「何年か戦争して、そこからなんとか講和に持ち込みたい~」って言ってたんだって。あの頃の日本ってさ、日露戦争で「勝っちゃった」でしょ。小さな島国の日本が世界的に強さを認められて、世界を動かす国家の一員になって…日本としては、やっぱりそんな自分たちの立ち位置を守りたかった…んじゃないかな?」
私って歴史とかそういうの苦手だけどね、そう付け加える月子は…どこか虚しそうにしていた。
「…昔も、日本とアメリカは仲が良かったんです、ですが…様々な要因が重なり、結局は彼らと戦い合うことになってしまって…」
榛名もそう言って少し表情を暗くした。
だが…あの戦いが起こったのは、何も時代の流れによる「なし崩し」的なものだけでなく、確定的な要因は各所に散りばめられていた。
──満州国、三国同盟、ハルノート…当時の国同士、人同士の思惑が交錯し、そしてそれは疑念、狂気、憎しみへと変わり…世界を二分した大戦へと繋がってしまったのだ。
「…結局、あの戦いを回避することって出来なかったのかなぁ…?」
「…難しいだろうな。今でこそ戦争は忌まわしきものだという印象だが…当時の日本は戦争では「敗け無し」で、それが国民にも伝わり「開戦ムード」を煽っていたんだ」
「日本は神様が宿る国だ、日本が負けるはずがない! …なんて言われてたんだって?」
「あぁ…言われてましたね?」
伊勢崎姉妹と榛名は当時の日本の情景を語った。つまり…誰が焚きつけたとも分からない「戦争の火種」が、日本国民の目を曇らせていたのだ。
「狭い世界だったから、そんな脅威が自分たちに迫るわけないって思っていたのか。…なんか、昔も今も変わらないな。そういう意味では」
「そうだな、平和という檻に居る日本人は「世界」を見ることを根本的な部分からしない。だから…世界にどんな変動が起ころうとも、自分たちには関係ないと言い切れてしまう」
「ほんとホント、人間ってやっぱそういう大きなコトは「蚊帳の外」の出来事だって思っちゃうんだろうねぇ。それで自分たちがどんな風になるかも分からないのにさ?」
「………」
伊勢崎姉妹は日本人引いては人間の悪癖を指摘し、榛名は口を噤みどうにもならなかった過去を悲しんだ。
だが──未来を生きる若者は、それを踏まえて言葉を紡いだ。
「そっか…やっぱりこれは「仕方がなかった」ことなのかもな?」
「…そう思うか?」
「うーん、本当はもっと上手くやれたのかもしれないけど──あの頃の日本は生き残るために、それこそ非人道的なこともやってきたんだろう。でも…もし日本が何も抵抗せずにいたら、それこそ「国そのもの」が無くなってたかもしれないだろ? そういう意味では…日本がそれでも戦争をした理由は「国を守る」ためだったのかもな。祖国を守るために、戦えるところまで戦うつもりだったんだよ。ただ…人の憎しみとか、そういうのが戦争を長引かせて、挙句あの惨劇を生んでしまった。…そう考えるとさ、やっぱ…どうしてもやり切れないよな?」
「エースさん…」
エースの言葉は当時の日本の置かれていた状況を端的に表していた。
何処かで歯車が噛み合っていたら、何かが違っていたら…あの悲惨な戦いは起こり得なかったかもしれない。たらればではあるが──それを考えてしまうのが「人間」である。
「そうだ。だからこそ「平和への想い」が──あの戦争の悲劇を、二度も繰り返すまいと決意した──そんな連綿と受け継がれた想いが生まれたんだと、私は思うよ」
「日向さん…」
あくまでも平静な彼女だが、その言葉の端々からは自身の熱い思いが感じられる。伊勢崎日向とは、リアリズムを語った上で理想を語る。そんな人物だ。
「エース君、我々が今相対している戦いは、話に聞けば「あの戦いの延長線上」に在るようだな。そうなのだとすれば、あの戦いよりもより悲惨なモノがこの先待ち受けていることは明白だ。ならば…私たちは、先祖たちより継承した「平和への願い」を胸に、必ずこの戦いを止めなくてはならない」
「…そうだね、私たちが──どんな形でも良い、戦争を止めるために動かないと…それこそ、ご先祖様たちに顔向け出来ないものね!」
「…そうですね。榛名たちが必ず争いの無い、平穏な世界にして行きましょう…今度こそ!」
榛名の決意を湛えた笑顔を見て、伊勢崎姉妹も頷いた。
この戦い──艦娘と深海棲艦の戦争──は現代世界を過去の脅威から守るだけでなく、彼女たち自身の「前世」からの悔恨、後悔を払拭するための闘い。…あまり軽率に口には出来ないが、エースは榛名たちを見ていると、そう思わずにはいられないのだった。
「(…平和への想い、か)」
──と、ここでエースは姿勢を正し日向に向き合うと、改めて聞いておきたいことを尋ねた。
「日向さん…何れ深海棲艦との戦いが本格化する前に、貴女がこの戦いに懸ける思いを…改めて聞かせて貰えませんか?」
「ん、どうした突然?」
「リカルドが言ってるみたいなんです、艦娘たちに「戦いは恐いか?」って。この場合は「人として生き抜く覚悟」を見せたら良いんですけど。…俺はこの場の皆の覚悟ってヤツを──提督、として聞いておきたいんです」
エースの真摯な瞳を見つめる日向。…程なく、どこかおどけた調子で会話を切り出す。
「私の「生き抜く覚悟」か…? そういうものの意図は自身で掲示しなければ意味がない。なればそれを事前に言ってしまうのも、如何なものかな?」
「あはは、俺は日向さんたちを信用してますから。勿論榛名も…ね?」
「エースさん…!」
「…あらあら、私の妹にも手を出しちゃうの? 八方美人はお姉さん感心しないぞぉ」
月子にニヤニヤ笑われながら小突かれたが、頭を掻きながらエースは平然としていた。
「本心なんだけどなぁ? …それで、実際どういう感じですか?」
「ふむ…」
エースの問いに日向は少し考えこむと、彼の目を真っすぐ見つめて発言する。
「私の覚悟は…”ここ”に在る」
そう言う日向は、今正に座っている四畳半の和室を差した。ここに日向の覚悟が詰まっているのか…?
「どういう意味ですか?」
エースがその考えを尋ねると、日向は…少し悲しそうな声色で事実を告げた。
「…昔この場所で、月子と共に父との「最期の別れ」をしたんだ」
「…っ!」
日向の言葉にエースと榛名は衝撃を受けるが、月子はその言葉に黙って頷いていた。
そのまま日向は彼女たちの父親の仔細を語った。
「父は作法に対し厳格な人柄で、反面私たちと遊んでいるときのあの人は、子供のように笑っていることが多かった。休みの日には良く家族で触れ合っていたものだ」
「…懐かしいね?」
「あぁ…」
月子の寂しそうに呟いた一言に反応する日向だった。…しかし「だが」と付け加えると。
「持病の心臓病が年々悪化してな…私たちが十(とお)の年齢になると、病床に伏せて…そのまま亡くなってしまってな?」
「…こんな言葉じゃ軽いかもだけど…大変でしたね?」
「いや、その気持ちだけでも嬉しいよ? …それでも父が逝ってしまったことは、私たちの周りの環境を一変させたが」
「えっ、それは…」
「日向」
月子の静かな制止の言葉に、日向はフッ…と力なく笑うと訂正した。
「…いや、これは今の君たちには関係ない話だな? …その後成人し独立した私たちは、この道場の師範と師範代として、剣道の指南を行っている次第だ」
「そっか…日向さんが師範代になっているのはお父さんの意志を継いで、ってこと?」
「そうなるかな? まぁ…確かに剣道場の子供たちは私を「師匠」などと言うが、私としては月子が長女である以上師範の座は…」
「あぁーっ、まぁたそんなこと言って!」
日向の謙遜に反論する月子は、当時自身の父からの「遺言」をエースたちに聞かせた。
「お父様が死ぬ直前にさ、日向の剣術の腕を見込んで「お前に私の跡を継いでほしい」って言ってたんだよ?」
「っえ、それは…」
「ねぇ! そう思うでしょう!? なのに「私は師範の座に相応しくない、月子が適任だ!」だって。ホント真面目というか頑固というか…まぁ私は「弓の腕」があるから、どうとも思わないけど?」
「…強がりか?」
「違いますぅ~お父様の言葉ちゃんと聞いてたでしょ、私は「弓の才能」があるのぉ!」
月子の言葉から始まった、月子と日向の「スキンシップ」に、エースと榛名は内心冷や汗を流しながら聞いていた。
「ねぇエース君、日向が師範の方がずっといいよね? そしたら私弓道に専念出来るのに?」
「月子さんとしては、弓道の方が良いんですかね?」
「んー、適材適所っていうの? でもホントは私がお父様の跡を継ぎたかったーっていう気持ちも、そりゃあるよ?」
「そ、そうですか…あの時言ってた「置き物はイヤ」って、そういう意味だったんですね?」
「うん。まぁ…私もお父様から言われたから、いつか…母さんの夢だった「弓道場」開いたげてねって」
「そうなんですか…良いお父さんですね?」
「あはっ、ありがと。…君たちが来てくれたお陰で、私も後継ぎ体験出来たからさぁ…そろそろ弓道も、悪くないかな? な~んて?」
おどけて舌を少し出して照れ笑いする月子。
話を聞く限りでは、日向が本来この剣道場の師範だが、日向自身が月子に「遠慮して」月子を師範にし自身は師範代の地位に就いたようだ。月子は彼女の意志を尊重し、今まで姉妹二人で道場を営んできた…つまり日向の勝手に月子が今まで付き合っていた形になる。それでも日向も月子を姉として立てた結果であるが。
彼女たちの父の跡を二人で繋いでいた…朗らかに笑う月子を見て、月子と日向が何故ここまで仲が良いのか、何となくだが察することが出来た。
「…ふふっ、立派なお姉さんですね、日向さん?」
「だろう? 私は師範だなどと名乗るのは早いと思っているが…月子には、そんな我儘に付き合わさせてしまっている。申し訳ないとは考えているが、ついつい甘えてしまってな?」
「ふふん、もーっと甘えて良いのよ?」
胸を張る月子の言葉に、日向は微笑みながら肯定した。
「はは、そうだな。私も…もっと月子に甘えていたい。平和な時代を…生きていたい、だから…過去の大戦による呪いがそれを奪うというなら、私は月子たちを守るため、戦いたいと思う」
「それが日向さんの覚悟、か…良いですね?」
「ふふっ、もっとしっかりした理由なら良かったのだがな?」
「いえ、この平和な時代を…過去の戦争の災禍に呑まれないように守る。それが…貴女のお姉さんや大切なモノを守ることに繋がる、それで…良いんですよ。
「っ! …ははは! やはり君は傑物だな、エース君?」
「そうですかね、あはは…」
「…守る、か」
月子は障子の開かれた外の庭を眺めながら呟くと、エースに向き直ると改めて問う。
「じゃあエース君、貴方の守りたいものって何?」
「っえ? 俺の…?」
「当り前よ? どんな人にだって、どんなに小さくても戦いはある。それをやり抜くためには理由…覚悟が必要よ? 貴方にとってそれはきっと「守りたい人」のために、だと思うのよ。聞いてて恥ずかしいぐらいの正義感の持ち主みたいだしねぇ?」
「っう…///」
月子の的を射た言葉に赤面するエース。…少しの間を置いて考えを整理すると、決意を発した。
「俺の戦う理由は変わりません。──”榛名”です」
「…っ!?」
エースの覚悟の表明に、思わず目を見開き驚く様子を見せる榛名、対して月子は穏やかな表情を崩さず「何故?」と問い返す。
「彼女は…俺の見た夢の中の彼女と同一人物なら、これからの戦いで…あんな「悲痛な」表情を浮かべることが、何度もあるでしょう。でも榛名はそれでも戦いに身を置き続けると思うんです、あの関四郎との戦いの時に彼女が発した──「榛名としてこの国を守り続けたい」という言葉に、彼女の全てが表れている。俺は…そんな彼女を支えていけたら、そう思うんです」
「……エースさん…っ!」
「…って、本人の目の前で言うことでもなかったか? あはは…ちょっと恥ずい…///」
気恥ずかしそうに頬を掻きながら微笑うエースだが、これこそが彼の本心であることに変わりなかった。
エースの意志は、"榛名の笑顔を守ること"。どんなに彼が遠くに行こうとも、それは変わらなかった。
「(エースさんは…無関係であるはずなのに、得体の知れない私を…そこまで想っていてくれたなんて…! なのに…私は…勝手に彼が遠くに行ってしまったと勘違いして…っ)」
彼の気持ちを垣間見て、榛名は先程まで抱いていた諦めの感情を恥じた。彼はどんな巨大な壁があろうとも、絶対に「諦めはしない」。その原動力は他でもない自分だった。
「(私は──そうだ、これが…この気持ちが……っ!)」
そんな彼の意思を垣間見て、榛名は自身の湧き上がる感情を本能的に理解した。同時にエースを愛おしく想うと、改めて支えたいと願うのだった。
「…そっか」
エースの覚悟を湛えた言葉に、月子は満足そうに微笑うとある提案を持ち掛けた。
「ねぇエース君、せっかくだから
「っえ!?」
なんと、月子は自分も仲間に加わりたいと言い出して来たのだ。勿論日向は即座に反対した。
「待て月子。お前には道場を守るという大事な使命がある、それを…」
「だってこのまま行ったら、あの時みたいな戦争が始まるんでしょ? 本土に何度も空襲のあった、あんな大惨事が起こるんでしょ? どの道逃げ場が無いなら、此処に居ても意味なくない?」
「…っ、しかし…」
「月子さん、日向さんは貴女を心配しています。貴女に戦場の矢面に出てほしくないんです、それは…」
「解ってる。日向の気持ちもエース君の思いも、全部知ってるからこう言ってるの。もしその深海なんちゃらとの戦いの規模が大きくなったら、人員が足りなくなることだってあるでしょ? 今のうちに仲間は増やしとくべきじゃない?」
「そ、それは…」
「艦娘にだって限りがあるでしょ? 国のためとかよく分からないけど、私はエース君や日向のためなら、それが自分にしか出来ないことなら、何でもしたい。私は…「守られるだけ」のお姉ちゃんは、嫌なの」
月子の言葉に、エースたちは誰もが押し黙るしかなかった。
会話の内容から深く状況を察し、エースの覚悟を見据えてからの提案、適当を言っている訳でもない。月子の鋭い洞察力に、エースは頼もしさすら感じる。
「大丈夫、皆を困らせるつもりはないよ。この道場は…少しの間お休みするだけ、そのための準備もするし、子供たちにも説明する。だから…先に君たちに断っておきたくて」
月子の弁解に渋々頷くエース、日向は徐に彼女に近づき耳元で囁く。
「…ふぅ、やれやれ(そんな話聞いてないが?)」
「(今決めたの。前から思ってたんだけど、エース君の話聞いてたらね? 日向はこれからもエース君たちと戦い続けるつもりでしょ? 日向の悲痛な顔なんて私だって見たくないし、一緒ならお互いを助け合えるしね♪)」
「(…無理はするなよ?)…エース君、私からもお願いする。こう言い出した月子は梃子でも動かぬ」
「日向さんがいいなら…それに、月子さんが居てくれたら戦力も上がることは間違いないし、場を盛り上げてくれて艦隊の士気にも繋がりそうだし…改めて、お願い出来ますか?」
「んふふ、良いわよぉ。月子お姉さんにお任せ~♪」
こうして、月子はエースたちと共に戦う約束を交わした。
伊勢崎姉妹の長女、日向と同じく武に通じ頭も回る月子、果たして彼女の実力や如何に?
「ありがとうございます。…ところで、月子さんが戦いたいと思った理由って何ですか? やっぱり日向さんのために?」
「それもあるけど…一番は「君のため」かな? 可愛い君のためならお姉さん何でもするから…ね♪」
「(ぞぞっ)…あはは、ありがとうございます…;」
飄々と口にする戯けた月子の冗談に、初めて彼女と出会った時の「猟奇的な眼」を思い出し、思わず身震いするエースであった。
「……っ」
…そんなエースたちを観ていた榛名は、自身が気づいた「エースへの気持ち」から胸の高鳴りが抑えられず、更に二人のやり取りに胸の内でチクチクと「痛み」を感じていた。
「(…日向?)」
「(む? …了解した)」
榛名の様子を見て何かを察した月子は、視線に「無言のメッセージ」を込める、日向はそれを受け取ると小さく頷いた。
「…ぁあ〜、エース君? この前話した「要件」なのだが…先ずは今しがたの月子の仲間入りの件を、二人で話し合いたいのだが?」
「っえ、そうですか? …分かりました」
頭を掻きながらの少し棒のある台詞の日向に、エースは一瞬訝しむが了承すると、二人で居間を後にする。残されたのは…榛名と月子だけ。
「…ねぇ榛名ちゃん、聞きたいことあるんだけどさ?」
「っへ? あぁ月子さん。何でしょうか?」
「(…エース君のこと、好きでしょ?)」
月子は榛名の耳元に顔を近づけると、彼女の抱く核心を突いた。榛名は顔を真っ赤にして心臓をキュッとさせながら狼狽し、それでも月子の言葉に耳を傾けていた。
「(な、何故そう思われるのですか?)」
「(傍から見てもエース君に気のある態度してたからねぇ、正直日向とか周囲の人にもバレバレだと思うよ?)」
「(ふ、ふえぇ…)」
「(いい榛名ちゃん、エース君のことが好きならその気持ちを伝えないと! でなきゃ一生「後悔する」ことになるよ。それは私も彼も、周りの皆も、絶対望んでないよ)」
「(…っ、私の…気持ちを?)」
「(そうそう、貴女の気持ちを彼が無下にするはずないよ。思い切って…話してみたら?)」
「(──私は…私は…エースさんと…!)」
月子に背中を押される形で、榛名は自身の気持ちと向き合っていく。
「(…ねぇねぇ榛名ちゃん、どうやったらエース君に気持ちを伝えられるか、教えてあげよっか?)」
「(っ! …あの……お、お願い出来ますか?)」
「(んふふ、良いわよぉ♪ 先ずはねぇ…)」
そのまま耳を潜めながら、榛名は月子から「ある術」を伝授されるのだった…。
・・・・・
──夕刻、道場からの帰り道。
エースと榛名は二人でマンションへの帰り路に就いていた。
日向は月子と改めて「話し合い」がしたいと言い出したので、道場に残してきた。彼女はおそらく月子が仲間になる件を追究するのだろうと考える。
先程の日向との話からエースの聞いた限りでは、日向にとってそれは「寝耳に水」の出来事のようなので、無理もないが。
「月子さん、大丈夫かなぁ。仲間になってくれるのは嬉しいんだけど、日向さん怒ると怖いからなぁ」
「………」
「まぁ…日向さんも月子さんが来てくれたら助かるだろうし、俺も月子さんは頼りにしたいし?」
「………」
「…? 榛名どうした、なんかさっきから考え事してるみたいだけど?」
エースは先程から様子のおかしい榛名に声を掛けた。思い詰めた表情をしていた彼女だったが、意を決した様子でエースに向き合った。
「…エースさん、お願いがあります」
「お。おぅ? 何だよ突然…?」
「私と…」
──”お付き合い”して頂けませんか…!
「………………は?」
顔を真っ赤にした榛名の意外な提案に、エースの頭は真っ白になっていった──
・・・・・
「やれやれ、あんな感じで良かったの?」
「あぁ…これで少しは関係が進展するはずだ」
「そ? …ふぅ~っ、今どきあんな男女が居るなんてねぇ」
「そこが彼らの良さでもあるがな。…で月子、話の続きだが?」
「ぐっ、だ、だからお姉ちゃんとして心配になったというか…」
「ならん。それだけでこっちに来られても困る、先程エース君と話していたが、どうしてもと言うなら「戦う覚悟」をお前にも培って貰わねばならん」
「いやいやちゃんと解ってるって!? お姉ちゃんが心配なのは分かるけど過保護すぎっしょ、日向の頑固者!」
「ええいやかましい、とにかく身の回りのことが片付くまで、お前はここで留守を守ってくれれば良い! 戦況が劣勢になり次第こちらから呼び寄せるっ!」
「もぉ~またそんな回りくどいことして、それじゃ遅いって日向だって理解してるでしょ。私にだってやりたい事やらせてくれたっていいでしょ!」
「まだ早いということを理解しろ、駄目なものはダメだ!」
「んあぁ~お父様~、日向が私を仲間に入れてくれない~~!」
「こんな時だけ父さんを引き合いに出すな! 大体お前は──」
夕陽の沈む中、道場の奥から伊勢崎姉妹の喧騒が響き渡る。
史実でも武勲を立てた二人は、後の深海棲艦との戦いの最中で、戦力の中核を担うことは言うまでもなかった…。
──だが、そんな二人の会話を盗み聞く「影」が…。
道場の外壁に背を凭れかけて、漏れ出る声に聞き耳を立てる者。
「…コイツぁ、面白くなって来やがったぜ?」
事の次第を把握すると、影はその場を音もたてず立ち去った。
道場の外は、何事のなかったような静けさが広がっていた。
○"お付き合い"の意味
※いつものマンションにて、エースは榛名の「お付き合い」の意味を考えていた。
エース「…………」
エース「榛名に「付き合って」って言われたけど…どういう意味なんだろう? 聞こうとしたら「これ見て下さい!」って言われてそのまま走っていったし(心なしか顔が赤かったような…?)」
エース「…手紙か、紙が折り畳んである。まさか…ラブレターとか? ………いや、ないない。榛名に限ってそんな…」
エース「…とりあえず見てみるか」
榛名@手紙『──前略、このような遠回りな伝え方になってしまい、申し訳ありません。貴方の顔を見ていると…何だか気恥ずかしくなり、言葉が上手く出てこないのです』
榛名@手紙『私を支えてくれると言ってくれた貴方を…私も助けたい。でも…困った人に手を伸ばす、それが当たり前だった私には、不意に湧き上がるこの"気持ち"が何なのか、どういう意味があるのか、私自身計りかねているのです』
榛名@手紙『なので…一日中貴方と行動を共にすれば、それが分かると思い至った次第です。「お付き合い」頂ければ幸いです、場所と日時は──』
エース「…○○公園、午前10時までに。お待ちしてます──榛名。か…成る程、自分の気持ちが何なのか分からないから、それを明らかにするため俺に手伝ってほしい、と」
エース「…はぁっ、まぁそうだよな。今まで素っ気なかった榛名が、急に俺の気持ちに気づいて〜…なんて起こらないよな? はは…」
エース「…ん? よく考えたらこれ、普通に「デート」の誘いじゃないか? 榛名と俺が…デート……おぉ!」
エース「──……いやいやいや! 榛名のことだから真面目に自分の気持ちが何なのか確かめたいだけだろうし、そんな邪推したら駄目だよな? うん、もう考えるのやめよう。榛名のためだ、付き合ってあげよう、うん!」
エース「…さ、さぁて。まだ大分日が空いてるけど、早速準備しようかな? …服も新しいヤツが良いかな? 髪型もセットして、香水もつけようかな。あとそれから……──」
──バタンッ。
フォックス「──…行ったみてぇだな?」
龍美「隣の部屋からこんにちは、龍美だよ!」
アトラス「んだなぁ?」
利子「…ふぃ〜、話し合いをしておったら急に隣の部屋に行くと言い出して、何事かと思ったぞ」
フォックス「今日はアイツと榛名ちゃんが、伊勢崎道場に訪問するって耳にしたからよ。何か進展はあったかと息を潜めてたワケよ」
利子「成る程……なるほど?」
フォックス「それより。…聞きました奥さん?」
龍美「えぇ勿論、耳の穴かっぽじってちゃあんと聞きましたわよ。オホホ」
アトラス「んだ。いよいよだなや?」
フォックス「おぅ、場所も日時もバッチリ覚えたからよ。いっちょアイツらのために一肌脱いでやろうぜ!」
龍美「よっっしゃあーーー!!」
アトラス「他のメンバーにも声掛けんべ?」
フォックス「おうよ、皆で恋のキューピットしてやろうじゃねえの!」
利子「待てぃ、さっきから聞いておれば。榛名とエースの問題なのじゃろ? ならばこれは「藪蛇」と言うのでは?」
フォックス「…じゃあ聞くがよ、今まで互いの好意に全く気付かなかった二人が、一緒にくっついたところでデートになると思うか?」
利子「……むぅ、確かに少し遊んで終わり。のようなヴィジョンが頭にはあるが」
フォックス「だろ? だからよ…俺たちでデートを盛り上げて、どっちかから「好き」って言わせるように仕向けるのよ、もちろんアイツらには内緒でなぁ?」
龍美「そうそう、絶対その方が良いって! カップル誕生までの甘いひとときを見物出来るし〜うふふ♪」
アトラス「んだ、利子も協力するだ」
利子「……んー、仕方ないのぉ。だがやるなら吾輩も徹底的にやるぞ!」
フォックス「そうこなくちゃな! …んじゃお前ら、あの二人を恋人同士にするんだ、気合入れてけよ!!」
龍・アト・利「おぉーーーっ!!」
フォックス「(…しっかし、あの榛名ちゃんがラブレターとは。今までからは想像出来ねぇ大胆な行動だな、まさか…入れ知恵か?)」
フォックス「(…ま! 逆に入れ知恵したソイツに感謝しなきゃな、想定外ではあるが…計画が早まっただけだぜ? ケッケッケ!)」
※こうして、サークルメンバー総出の「エースと榛名、ラブラブ大作戦」が本格始動した…!