銃声が響いた。
胸に衝撃。足から力が抜ける。
彼は地面に両手をついたところで、自分が撃たれた事を理解した。
多くの人間に取り囲まれ、責め立てられているその最中の出来事だった。
恨まれているとは思っていた。いつか報いを受けるだろうとも。しかしこんなにも早く罰が来るとは。
「俺の兄を窒息死させてくれた礼だ! 死ね!」
彼の兄を殺していたらしい。
申し訳ない。
どこで殺していたのか分からない。何人の命を奪ったのか覚えていない。把握できていない。
「テロリストめ!」
「国を焼いておいて将軍だと! ふざけるな!」
気付いた時には遅すぎた。
撃たれた事にではなく、撃たれるに至ってしまった事、そこまで相手を追い詰めていた事に気づかなかった事にだ。
他人から敵意を向けられて、それが復讐だと分かり。やっと気付いたのだ。
もう謝る時間もなかったらしい。
「人に恐怖を与えるのは楽しいか!?」
さらに銃声、腕に衝撃。足も撃たれたようだ。
視界も赤く染まった。頭を撃たれたと分かった。
武器を手に怒号を上げる彼ら彼女らを、誰かが制止する声が聞こえるが、その声は遠い。
止める者より怒る者の数が圧倒的に多かった。
決死の覚悟が感じられる。
彼らは話し合いの場にて騙し討ちをしかけてきたのだが、そこまでしても自分を討ちたかったのだろうと分かった。
自分が友を失った時と同じだ。
怒りが治まらないのだ。
(……僕は……)
彼は地面に崩れ落ちたが、それでもまだ足りぬとばかりに暴行を受ける。
音が遠い。自分の死が近づいているのを感じた。
「お前が私の夫を苦しめて殺したのか!」
「あの人の仇!」
「貴様も息子のように宇宙を漂ってみろ! 何とか言え!」
「私の孫は帰ってきていないんだぞ! 今も宇宙を漂っているんだ!」
「テロリストめ!」
暴行を受ける彼は、口を開こうとするが呻くだけだった。
力が抜けていく。
人々はそもそも彼の謝罪など聞く気は無いのか、罵声、怒号はますます勢いを増しており、暴行も激しくなっていった。
為されるがままに、血を吐き出した彼に労りの言葉はなく、次から次へと呪詛の言葉が投げ付けられた。
(……どうして)
分かっている。
出来る事をして来たつもりだったが、その大半は人殺しだ。それは、分かっている。言い訳は出来ない、しかし。
(でも僕は……)
好きでこうなった訳ではない、そうした訳ではない。
それだけは分かって欲しかった。
自分も死にたくなかったのだ。
最初は巻き込まれただけなのだ。
友はもちろんの事、周りの誰かを死なせるのも嫌だったし、叶うなら逃げたかった。
しかし方法が見当たらず、かつての友が敵として向かってくる事に混乱し、戦いが嫌だ、争いが嫌だと言いながら、解決策が見出だせないまま事態だけが進んでしまって。
流されたまま気がつけば渦中にいて。自分の手は血にまみれた事に苦悩して。
周りの人々を身勝手に傷付けて。
それでも。
いつしか戦いという物、そのものを止めたいと願う様になり、その為に戦う事を考え始めたが。
気がつけば、己のやった事と言えば、多くの命を奪っただけ。
死者を少なく出来るように工夫したつもりだったが。
全力を尽くしたつもりだったが。
そんな話は目の前の彼らには意味がないのだろう。
それは分かった。
「悪党め!!」
「死ね! 死ねええ!」
しかし、結果がこれなのだろうか?
訪れた国にて、顔も名前も知らない人々に否定される自分。
この最期が。自分がやってきた事の結果なのだろうか?
(……罰が下った?)
ふと気がつく。
明日を求め戦い、他者の明日を否定した自分に罰が下ったのかと。他者を否定した自分に。
今度は自分が否定される番が来たのかと。
もう自分を取り囲んでいる人々の言葉は聞き取れない、しかし酷く憎まれているのは、はっきりと感じられる。
憎悪を強く感じる。
殺意と怒りと悲しみと、消える事のない痛みを。
心が痛い。
(だけど、どうしたら良かったんだろう)
自分はどうすればよかったのか?
もっと強ければ? もっと賢ければ? もっと視野が広ければ? もっと、もっと?
分からない。どうすればよかったのか。
どこで何をすれば? 誰と何を話せば?
分からない。
前を向いたつもりだったが、違ったのだろうか?
自分はここに至っても、何も分かっていないのか?
今にも消えてしまいそうな薄い意識の中、自分の中で何かが弾ける感覚があった。これは戦場で彼をよく助けた感覚だったが、死にかける今は何の意味もない。
戦うためにしか使っていなかったそれ、だがそれはここで彼に小さな閃きをもたらした。
幾つもの声が聞こえてきたのだ。
中立だと、関係ないと言ってさえいれば、今でもまだ無関係だと言っていられる……まさか本当にそう思っているわけじゃないでしょ?
君、コーディネーターだろう?
いずれまた戦闘がはじまったとき、今度は乗らずに、そう言いながら死んでくか?
君にはやれるだけの力があるんだろう? なら、できる事をやれよ。
意味もなく戦いたがる奴なんざそうはいない。戦わなきゃ、守れねえから、戦うんだ。
そういう情けねえことしかできねえのは、俺たちが弱いからだろ?
あんた……自分がコーディネーターだからって、本気で戦ってないんでしょう!
何よ! 同情してんの!? あんたが! 私に!
俺は、お前が死んだと思ったとき、すごく悲しかった……だから、生きてて、戻ってきてくれて、ホント嬉しいさ!
状況も分からぬナチュラルが、こんなものを作るから!
お前も一緒に来い! お前が地球軍にいる理由がどこにある!
何を今更! 討てばいいだろう! お前もそう言ったはずだ! お前も俺を討つと! 言ったはずだ!
俺たちにだって分かってるさ! 戦ってでも守らなきゃいけないものがあることぐらい!
君が何を悩むかは分かる。確かに魅力だ、君の力は。軍にはな。
だが、君がいれば勝てるというものでもない、戦争はな。うぬぼれるな。
その意志があるならだ。意志のないものに、なにもやり抜くことはできんよ!
ならどうやって勝ち負けを決める? どこで終りにすればいい? 敵である者を全て滅ぼして……かね?
戦うしかなかろう! 互いに敵である限り、どちらかが滅びるまでな!
このまま進めば、世界はやがて、認めぬ者同士が際限なく争うばかりのものとなる。
そんなもので良いか? 君たちの未来は。
それだけの業! 重ねてきたのは誰だ! 君とてその一つだろうが!!
知らぬさ! 所詮人は、己の知る事しか知らぬ!
これが人の夢! 人の望み! 人の業!
そして滅ぶ。人は滅ぶべくしてなぁ!
それが運命さ、知りながらも突き進んできた道だろう!
知れば誰もが望むだろう、君のようになりたいと! 君のようでありたいと!
それが誰に解る? 何が解る?……解らぬさ! 誰にも!
まだ苦しみたいか! いつかは、やがていつかはと……そんな甘い毒に踊らされ、一体、どれほどの時を戦い続けてきた!?
正義と信じ、分からぬと逃げ、知らず、聞かず、その果ての終局だ! もはや止める術などない!
他者より強く! 他者より先へ! 他者より上へ!
ならばお前も、今度こそ消えなくてはならない!
俺達と一緒に……生まれ変わるこの世界の為に!
逃れられないもの、それが自分、そして取り戻せないもの、それが過去……!
だからもう終わらせる、全てを!
そしてあるべき正しき姿へと戻るんだ、人は……世界は!
やめたまえ、やっとここまで来たのだ。
そんなことをしたら、世界はまた元の混迷の闇へと逆戻りだ。
だが誰も選ばなかったら、人は忘れ、そして繰り返す。もう二度とこんなことはしないと、こんな世界にはしないと、一体誰が言えるんだね。
誰にもいえはしないさ、無論君にも、彼女にも。
やはり何も分かりはしないのだからな。
傲慢だね。流石は最高のコーディネイター。
だが、君の言う世界と、私の示す世界。皆が望むのはどちらだろうね?
今、ここで私を討って、再び混迷する世界を、君はどうする?
ごまかせないってことかも……。いくら綺麗に花が咲いても、人はまた吹き飛ばす。
でも、あなたが優しいのは、あなただからでしょう?
想いだけでも力だけでも駄目なのです。だから……
必ず私の元に帰ってきてください。
まず決める。そしてやり通す。それが何かを成す時の唯一の方法ですわ。
……ずっと謝りたかった。
彼が、これまでに出会った人達が通りすぎていった。
まるですぐそこにいるかのようだった。
友がいた。敵がいた。
味方がいた。好きな人がいた。
嫌いな人がいた。傷つけてしまった人がいた。
殺してしまった人がいた。
顔も名前も分からぬまま、命を奪ってしまった人がいた。
多くの命が彼を悲しく迎え入れた。
(……目を背けずにもっと。 きちんと……戦うべきだった? 誰と? 何と? 何処で? ……いつから?)
はっきりとは分からなかった。
しかし何かが分かった気がした。
ここで、ようやく。ほんの少しだけ。
自分は何もしなかったのだと。
自分から動く事を、しなさすぎたのだと。
もし、後少しの時間があれば、彼はその先にもっと何らかの答えを見つけたのかもしれない。
だが彼はそのまま意識を失い呼吸が止まり、双子の姉に名前を呼ばれる中、心臓の鼓動を停止した。
色々な事に、未練を残したまま。
彼の名はキラ・ヤマト。
C・E・(コズミック・イラ)という時代の人間。
人型の戦闘兵器であるモビルスーツ。その黎明期にて、最強のパイロットとしての勇名を残した人物。
同時に、余りにも身勝手かつ酷い行いをした大罪人としての悪名が知れ渡る人物でもあった。
地球と宇宙を舞台にした二つの大戦を生き延びた後、巨大すぎる戦争中の行いに恨みを持たれ、多くの人々に命を奪われて生涯に幕を閉じる。
しかし、運命の悪戯か神の奇跡か。不可思議な事が彼の身に起きていた。
彼が命を終える一瞬、何かが花を開かせて、そして枯れたのだ。
その花が、彼の命と共に枯れるわずかな間に、一つの種子が産まれた事を知る者は誰もいなかった。
悲しむ人々の意志がSEEDを産み出した事を。
それが何の因果か、あろう事か刻を超えた事を。
世界を破壊する者達から自由を取り戻せと送り出された事など、誰も知らなかった。
爆炎の中で再びガンダムが立ち上がろうとしている、まさにその場所へ流れた事など。