機動戦士ガンダムSEED~逆行のキラ~   作:試行錯誤

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アルテミス宙域策謀戦 1

 

 

 アークエンジェルはヘリオポリスを離脱、友軍と合流をするべく移動しながらレーザー通信を行っていた。

 ザフトを振り切った訳ではない。

 目的地が完全に決まった訳ではないが、あまりゆっくりもできなかった。

 

 そのブリッジで、マリューは送られてきた通信の内容に首を傾げているところだった。

 いや、呆れていた。

 

 正確には、アークエンジェルから二ヶ所に向けて送ったレーザー通信に対して、何とか返ってきた内容についてだった。

 

《現在、援軍及び救援を編成中。可及的速やかに派遣する次第である。

 貴艦においては現宙域を離れ、艦責任者が職責により適切と判断した友軍との、一時合流を指示する。

 また、連合以外、連合に敵対するいかなる存在に対しても、艦及び艦に関わる機密を明け渡す事を禁ずる。

 民間人、及びその他については、艦責任者に対して処遇を一任をする物とする》

 

 

《当国は現在、かかる事態の収拾と避難民の救援に全力を注いでおり、貴艦に対しても無事を祈る物である。

 また、貴艦から要請された救援要請についての返答は、これを是としない。

 当国は自己による主権を持つ、一国家として軍事的中立を表明しているためである。

 よって、地球連合軍を称する貴艦からの救援は、これを受け入れる物ではなく、また、軍事的な戦力の支援についてもこれを是としない。

 民間人の収容については深く感謝の念をお伝えする、人道的見地から保護と速やかな安全の確保をお願いする。

 また、当国の軍籍を保有する者については、主権を侵害しないよう要請する。航海の無事を祈る》

 

 

 前者は地球連合軍月本部からの、後者はヘリオポリスを保有していた地球の国家、オーブ連合首長国からの物だった。

 

 超が付く巨大組織としての地球連合軍と。

 曲がりなりにも地球、プラント間で戦争状態にある現在で、中立を宣言しているオーブからの返答である。

 まるでどこぞの事務屋が、なるべくかかわり合いになりたくない、と考えて送ってきた文面だとマリューは思った。

 担当者どころか音声すらなく、ただの文面だけ。

 

 一介の大尉、しかも技術畑出身のマリューにはかなりの難解な代物だった。

 実は大変に高度な暗号なのでは? と思ってしまった程だ。

 艦長権限により副長に任命したナタルに相談すると、彼女はしばらく文面を読み「……今は自分で何とかしろ、という事では?」などとふくれ面で言ってきた。

 今すぐ援軍や救援をくれ、とは言わないが、せめてもう少し暖かみのある内容を送ってほしかった。

 これでは見捨てるような物ではないか。

 

 だがこちらとて必死だ。弱まったとは言え、まだ電波撹乱があるのだ。

 ザフト艦が近いのは確実。助けがなければ沈んでしまう。

 

 ならばとマリューがやけくそ気味に、恥も外聞もなく、艦名も職責も外しての個人名マリュー・ラミアスでオーブに送った通信については、今度は驚きの返信が来た。

 

 現・代表首長ウズミ・ナラ・アスハ、その名前で返ってきたのだ。

 内容は簡潔だった。

 

《恥ずかしい話ではあるが、できる事とできない事の間で苦慮している。察してほしい。

 我が国の者を保護してくれた事に感謝したい、軍籍の者については緊急避難としての協力を必ずしも否定はできない。どうかお願いしたい》

 

 マリューは渋面を作った。

 自分が言える義理ではないが、既に協力はしているのだ、モビルスーツ開発を。

 連合はザフトのモビルスーツに対抗するために、オーブは自国防衛のために。

 それがヘリオポリスの《G》だ。

 確かにそれだけだが、やってはいるのだ。

 表に出せないにしても、コロニーを一つ損壊させられて国家代表がこれしか言えないのか。

 

 それとも、これでも踏み込んでくれたのだろうか。

 

(そうね……中立を頑迷に言い張るオーブが、連合と極秘でモビルスーツ開発をするくらいだもの。苦しいのはどこも一緒か……)

 

《G》の開発中に色々な噂は聞いていた。

 中でもマリューが馬鹿らしいと思ったのが、《G》とアークエンジェルに代表首長のウズミが関わっていないとの噂だった。

 まさか、事実の訳はあるまい。

 だが、そんな下らない噂を流してでも、中立を守るのがオーブなのだろうと思ってはいた。

 しかし、国民を守る、助けるために堂々と動けないのなら、わざわざ《中立》という立場を選んだ事になんの意味があるのか。

 マリューは息を吐く。

 

 とにかく、どこからもすぐには援軍は来ない。それは確かだった。

 

 

「トノムラ伍長、チャンドラ伍長、レーダーと熱源探知は異常ある?」

 

「レーダーにはまだノイズがあります、ザフト艦、反応見えません」

 

「熱源探知、異常ありません。……艦長、X207の警戒って、ここまでやらなきゃならないんですか?」

 

「宇宙でならこちらが移動していればほぼ大丈夫。そうそうは、ね。

 だけど万が一、今の状況でX207……ブリッツの奇襲を許せば致命傷をくらいかねないわ」

 

 電磁的、光学的にほぼ完璧と言える迷彩を施すことが可能なステルス機能、ミラージュコロイドを有する《G》……それがX207ブリッツだ。

 

 その機体からの奇襲に対するには、動く。これしか対策がなかった。

 

 弱点らしい弱点は足音や、スラスター噴射の熱はごまかせない。といった点だが、慣性移動で忍び寄られればどうにもならない。

 

 居るか居ないのかが分からない。

 追われる方がやられるのは、苦しいところだった。

 止まっていられないのだ。それがマリューの判断に、追いたてられる物を感じさせていた。

 

 周辺宙域図を見ていたナタルが、警戒を厳重にとのマリューの指示に一段落ついたのを見てとり、意見を述べてきた。

 

「艦長、最も近い友軍は、やはりアルテミス宇宙要塞です。いえ、そこしかありません。

 このままの速度なら一時間以内でたどり着けます」

 

「……ユーラシアの物だったわね。司令官の素性までは、調べようがないか。……まあ向かってしまっているんだから、今さら言っても仕方ないのだけれど」

 

 マリューの煮え切らない態度にナタルは努めて平静を装った。

 わざわざこんな確認をするのには理由がある。

 この、近い友軍の所へ逃げようとしたら、反対してきた者がいたからだ。

 

 キラである。

 

 おまけにその理由が、司令官が信用できないから、だ。

 別の所の方がいいです、とキラが続けてきたところでナタルが激怒した。

 

 貴様よりは百倍信用できる、と、保安部を差し向けてキラをもう一度独房に入れようとするのを、フラガとマリューが止めて今に至っているのだ。

 フラガは、マードックからメビウス・ゼロの修理が終わったと聞いて、真面目な顔で調整にいくとブリッジを出た。

 ブリッジクルーの全員がそれを羨んだ。

 

 

 アルテミスは、周辺に「アルテミスの傘」と呼ばれる全方位光波防御帯を発生させる事で高い防御力を誇り、それにより身を守って来たL3宙域の宇宙拠点だった。

 逃げ込むには丁度いい。

 

 一応、要塞とはついているものの、重要な位置にあるとは言い難い。

 おかげで助かった訳だが、それでも問題は無いではない。

 

「でも、この艦には友軍コードがないわ。

 キラ君の言葉とは逆になるけど、こちらが向こうに地球連合だと証明する物がない。味方だと信じてもらえるかしら?」

 

「少なくとも! ザフトに味方だと話しかけるよりはましです。

 それに補給も必要です。まだ確認中ですが乗艦人数は300名を超しました。

 民間人と避難してきたオーブの者達で、アークエンジェルのクルーを超えます。物資が足りません」

 

 420Mの全長を誇るアークエンジェルだが、元々各種機能の自動化により、最低限必要な運用人数が少なく済む艦だった。

 酷い話だが、少なかった人員が襲撃により減った事で、さらにスペースには空きがある。むしろ運用クルーが足りないほどだ。

 さすがに居住区や、プライバシーを保てる空間には限界もあるが、その気になれば千人位は収容できるだろう。

 

 とは言え収容ができるのと、快適に過ごせるか……養えるかは別の話だ。

 ヘリオポリスで積んだ物資量では、人数に対して単純に水、食料、医薬品が足りていない。

 

 優先して積み込んだはずの武器、弾薬、補修資材類ですら十分とは言い難いのだ。

 娯楽、嗜好品に至っては耐えろ、としか言えない程。

 

 アルテミスに行かなければ、飢えか渇きで死者が出るだろう。もしくは艦内で暴動の発生だ。

 もう、アークエンジェルは向かっている……月には到底たどり着けない。アルテミスに行くしかないのだ。

 

「止まっていられないのだから、行くしかない、か。ナタル、クルー全員の配置は?」

 

「配置は行っていますが、全部署で足りません。予備人員の不足による、ヒューマンエラーの可能性は少なくありません。いえ、想定すべきです。

 ブリッジは現状では各部署の持ち回り勤務になります、特に整備班員の不足は深刻です。

 ローテーションも組めません。……艦長、オーブ軍人達と技術者から人手を募りたいのですが。あとは……いえ、何でもありません」

 

「……わかったわ、私が後で話をしてみます。

 進路はこのままアルテミスに、速度を巡航以下には落とさないで」

 

「了解しました」

 

「パル伍長、アルテミスに通信を送って貰える? 文面は以下の通りで。

 こちらはアークエンジェル、艦長は大西洋連邦宇宙軍・第8艦隊大尉マリュー・ラミアス。現在ザフトの追撃を受けており……」

 

 マリューは通信の文面を伝えながら、ナタルが最後にぼかした言葉を理解していた。

 人員はそれでも足りないと、言いたいのだろう。

 アルテミスで人を下ろせるならば、または友軍が合流してくれるなら問題ない。

 

 だが、できなかった場合は。補給だけを行えた場合は。

 

 アルテミスは、敵の目を引かない位置にある事で持ってきたような拠点だ。

 厄介事を持ち込むアークエンジェルを受け入れるだろうか。

 加えて、アルテミスはユーラシア連邦、このアークエンジェルは大西洋連邦の所属だった。

 同じ地球連合だが、派閥どころか細かく言えば所属が違う。

 最悪、民間人を下ろせず、月本部へ向かわねばならないかもしれない。

 

 そうなれば航海は長期だ。クルーは協力者を募っても過労で倒れる者が出るだろう。

 

 ここは何名か、いや、できれば、民間人からも、大半の人には何かしらの協力をお願いしたい。

 ナタルはそう言いたかったのだろう。マリューも同感だった。

 

 幸いオーブの代表からは、黙認に近い物をもらった。

 生き延びるためと言えばオーブ軍人達から協力を得られるだろう。

 せっかくモビルスーツがあるのだ、パイロット適性のある者がいてほしい。

 技術者も混じっていると聞く、整備にだって人手は必要だ。

 艦内の保安を担当する者だって一人でも多ければ、それぞれの負担が減る。

 この人数では食事の手間も一手間だ。食材を備蓄庫から厨房へ運んでくれる……それだけでもありがたいのだ。

 

 ただ、マリューはさらに最悪の事態として……キラの言う通り、司令官が問題のある人物であればどうするかを考えてしまった。

 いざとなれば拘禁される事も覚悟するか?

 だとしても、ザフトに沈められるよりはましだろう。身元は後から月本部に照会してもらう事も可能だ。

 証明はできるだろう。

 

 ふと、考える。何て失礼な。

 

(……私ったら、仮にも友軍の基地司令を)

 

 考えるべきではない。基地司令だ、まともなはずだ。

 とにかく人員の配置だ。それは損にならない。

 マリューは頭を振る。

 

 先に片付ける問題があった。

 

「パル伍長、キラ君は? 休息を取っているかしら」

 

「いえ、キラ・ヤマトが格納庫を離れたとの報告は来ておりません。……まだモビルスーツの整備中……では、ないか、と」

 

 パル伍長の声には遠慮があった。

 キラの話題はナタルが酷く不機嫌になる。特に今のナタルはかなり神経が刺々しくなっていた。

 刺激する報告はしたくないのだ。

 

 

 マリューが月本部、さらにはオーブからの通信に悩むほんの少し前の事だが。

 

 ヘリオポリス脱出後、キラがブリッジにエールの整備、補給の許可、加えて即座にランチャーへの喚装を要請してきた事が原因だった。

 降りてくれと言うブリッジからの命令に、また敵が来るから、ストライクを降りない、と。

 さらに、そのタイミングで行き先に口を出してきたのもあって、ナタルは爆発したのだ。

 

 マリューがキラの意見を可能性に含み、検討を始めたから。フラガが事のついでに、他の機体も弄らせるか、と発言したから。

 

「……危険です! ザフトのパイロットを、逃がしたんですよ!」

 

「けど落とした奴もいるじゃん?」

 

「それは……とにかく、危険を忘れるべきではありません! 他の機体にまで触らせるなど」

 

「じゃあ、俺のゼロと、ヤマトのストライクだけだぜ?

 ヤマトがもし裏切ったときは、俺がゼロで相手するのか?」

 

「そっ! れは……オーブの軍人に協力を」

 

「あいつはハンパな腕じゃ止められない。

 とにかくさあ、味方と合流するまで不安な訳よ? 仕方ねえじゃん。

 あいつがもうザフトだったとしても、俺たちは頼るしかない。少尉だって分かってるだろ? 

 別に自由にさせるって訳じゃあないさ、協力させる。これならいいだろ? ちゃんと見張る」

 

 そんな調子で。

 民間人で、スパイの疑いがある者にいつまでストライクを任せるのかと。

 他のモビルスーツまで触らせるなど論外だと、最後まで大反対を叫んだナタルだったが、ついにフラガに真面目な顔で嗜められる。

 

「動ける機動兵器が増えると、戦闘指揮官は楽になるだろ? この艦のCIC指揮官は君だ。違うか」

 

 そう言われれば、ナタルはもう黙るしかなかった。

 

 それこそ、スパイに頼るなんて嫌だと、ナタルが言っているのだ。キラに頼りたくないなら、他に戦力を用意しなければならない。

 マリューもナタルの立場に気を使い、フラガにキラの監督を厳重にと伝えはしたが、後は任せるしかなかった。

 

 それがナタルの態度に鬱屈した物を出させているのだ。

 

 

 そんな事が先程あり、今は少し落ち着いてきたのだが。 ナタルの怒りがまだ治まっていないのは見ていれば分かる。

 しかし彼女をなだめなければ、ブリッジが動かないのも事実だった。

 

「バジルール少尉。ナチュラルでも使えるOSは絶対に、いえ何としても欲しいわ。

《G》はそのために作ったのだもの。ナチュラルでも、コーディネーターのモビルスーツと戦える物を。

 貴女なら分かるでしょう? 連合はこれまでにジンを何機も手に入れたけど、一度もまともなOSを作れていない。もし彼が……」

 

「……ヤマトがそれをザフトに流したらどうするんです」

 

 ナタルはマリューと目を合わせない。

 アークエンジェルの実弾火砲の残弾を確認しながら、人員配置表を調整している。器用な物だ。

 地球連合で作るOSが流れたところで問題はあるまい、……が、マリューはそれを言わなかった。

 

 ナタルはとにかく何でもいいから反論したいのだろうと、黙って受け止めた。

 

 ただ、ナタルがマリューの方を向かないのは、仕事のせいだけではあるまい。

 色々あるが、こちらも深刻だ。

 この艦でナタル・バジルールしか、軍人らしい軍人をやれるのがいないのも、マリューは分かっている。彼女は義務を果たそうとしているだけだ。

 納得させてやれないのは、自分の力不足だ。

 

 キラがまた、敵が来るからと言う。

 いっそ全部キラの言う通りになってしまえば、マリューもナタルも疑わしいと言えど悩まなくて済むのだが……などとバカな考えが浮かぶ。

 そんなバカな事ある訳がない。

 

 無言のブリッジは空気が重かった。

 まだ、第二種戦闘配置。皆、ヘリオポリスから休んでいなかった。

 

 





4/21
内容の修正。
ブリッツ対策と細々とした、描写の追加。

4/30
サブタイトルの変更

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