機動戦士ガンダムSEED~逆行のキラ~   作:試行錯誤

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アルテミス宙域策謀戦 4

 

 マリューはいきなりの危機に直面していた。

 

 ザフト艦の襲撃を受ける前に、アルテミスに入港できそう……というところだった。

 艦内からの一つの報告と、艦外から一つの電文、そして一つの音声通信がもたらした状況により、状況がおかしくなっていた。

 

 一つは、避難してきた民間人の間で、自分たちだけでもザフトに降伏の申し込みは出来ないのか、と言う意見が出始めていると言う物。

 中にはコーディネーターが混ざっているとの報告が。

 

 一つは、月の本部からの緊急電文。

 他国の民間人、未成年者への戦闘行為強要の事実確認と、事実の場合の即時停止命令。

 

 そして最後の一つは最優先の課題。

 いや、問題だ。

 何とか繋がったノイズ混じりのリアルタイム通信……アルテミス要塞との交信、その内容にマリューのみならずナタル、ブリッジ要員まで激しく困惑していた最中だった。

 

「……受け入れられない!? ビダルフ中佐、当艦の入港を受け入れないとはどういう事ですか。ジェラード少将は……基地司令はご存じなのですか!」

 

 マリューはモニターに向かって激怒していた。

 さっき送った通信には受け入れ可能と返ってきたのに。

 

 ザフト艦との位置関係は、微妙ではあったがギリギリで逃げ込めそうだったのだ。危険だが間に合う計算だ。

 なぜ、いきなり拒否になるのか。

 

《要塞指揮官ジェラード少将の判断による指示を、私が通達している。

 繰り返しお伝えするが、我がアルテミス要塞は地球連合軍の宇宙拠点である。現在は戦時であり、身元の不確かな人物、及び艦船の受け入れは許容できない》

 

「私たちは友軍です! ……当艦には識別コードも船籍登録もありませんが……ですが! 私の軍籍は」

 

《状況が変わったのですよ。貴女が、本物の地球連合軍所属、マリュー・ラミアス大尉と仮定してお伝えしましょう。

 他国籍の、コーディネーターの民間人を戦闘させるなど、正気とは思えん。正常な判断力を保有する軍人とは判断しかねる》

 

 マリュー以下ブリッジ要員は愕然とした。

 何故それを知っているのか? 月本部もアルテミスも何故それを知っている。

 いや、それより弁明を。

 

 マリューは苦しみながらも、それはあくまで緊急措置だと言い募った。オーブのウズミの電文は出せなかった。

 さすがにここでは出せない、軽々しく出すべきではない内容だ。

 

「……では月本部への照会をお願いします!  私のIDを送ったはずです。身元の保証なら第8艦隊のハルバートン提督にも……」

 

《IDは。確かにマリュー・ラミアス大尉の物だった。しかし、君がマリュー・ラミアス大尉本人とは断定できない。

 情報漏れや偽装を疑わなくてはならない状況でしてな。ヘリオポリスではザフトのスパイがいたと聞く。民間人として、そこに乗っていないと断言できるのかね?》

 

「なっ……」

 

 ビダルフ中佐の言うスパイとは正真正銘ザフトに属するスパイの事であって、別にキラの事を指した訳ではない。

 しかし、アークエンジェルのブリッジにはそう聞こえてしまい、マリューは言いよどんだ。

 ナタルが慌てて割って入る。

 

「待ってください、こちらにも事情があったんです! 説明は出来ます、弁明の機会を、今はザフトに追われているんです!」

 

《事情ならばこちらにもある。我々はここを防御する責任があるのでな》

 

「っ! ではせめて民間人の受け入れを! 臨検して頂いた上で民間人を降ろさせて下さい! 司令官にお話を。

 アークエンジェルは無事を確保できしだい即座に出港いたします。一時で結構です、アルテミス内に入港……」

 

《残念ながら、君たちの後方にザフト艦を確認している。奇襲を警戒していてね。

 繰り返すが、君たちの受け入れは、時間的な猶予も考慮された上でジェラード少将が却下した。我が要塞はこれより防御態勢に入る、以上だ》

 

「……軍の規定に違反しているではありませんか! 連合の規定では」

 

《少尉、いい加減、分からんかね。ここは大西洋でもオーブでもない、ユーラシアのアルテミスだ。

 規定というなら、自分達の行いはどうなのか。……戦闘終了後なら民間人の保護は考慮しよう。航海の無事を祈るよ》

 

 絶句するナタルの前で、最低の皮肉と共に通信が切られた。

 次いで光学モニターの中でアルテミス要塞の《全方位光波防御帯》……通称アルテミスの傘が展開していく。

 レーザーも通信も、実弾兵器も通さない強力な防御兵器。彼らは本気で閉じ籠る気なのだ。

 友軍を名乗る所属不明艦とザフトを残して。

 アークエンジェルのブリッジには重い空気が立ち込めた。

 

「何だよ、これ……」

 

「俺たち、見捨てられたのかよ」

 

「くっ……艦長、月本部へ連絡を! 本部からアルテミスへの命令を」

 

「無駄よナタル……傘が開いた状態で通信は……」

 

 ブリッジクルーどころかナタルですら焦りが見えた、そんな声を聞きながら、マリューは必死で何処へ向かうかを考える。

 頭が回転を始める、逃げなければ、ここにはいられない。しかし何処へ?

 何処へ向かう。何処へ。

 

 オペレーターからの報告がマリューの思考を遮った。

 

「レーダーに感あり! ナスカ級です、急速に接近中、距離は2000を切ります! さらに後方にローラシア級……」

 

「……だ、第1種戦闘配置! フラガ大尉とキラ君の出撃用意をさせて。バジルール少尉、ここから逃げるわよ。

 民間人にはしっかりした物に掴まるように伝えて!

 戦闘は最小限に……あ、いえ。キラ君は待って、彼は……」

 

 ナスカ級のタイミングは効果的だ、まるで狙ったかのようだった。

 少なくないデブリに紛れて近づいている。

 優位に立っている癖に徹底してこちらからの砲撃を警戒しているのだ。

 

 撃ち合いも無理だ。逃げなければ沈む。

 向こうにはただでさえ奇襲に向いた機体があるのだ。止まっているのは論外だった。

 

 とにかく指示を下したマリューだったが、しかし味方から拒絶されたショックなのか、対応はどこかちぐはぐだった。

 民間人の戦闘は……とストライクの出撃は思いとどまる。

 そんな事を言っている場合ではないのは分かるが、月からの通信がマリューの邪魔をした。彼女は一応軍属だ。

 一瞬、月本部に許可を求めようかと思ったが頭をふる。……民間人を戦わせる許可を求めてどうするのか。

 

「メビウスとストライクは発進させないで、アークエンジェルを後退させて、砲撃しながら撤退を……」

 

「艦長、どちらに向かいますか。フラガ大尉は出てもらえますが。ストライクは……」

 

 ナタルはマリューに答えながらフラガを呼び出している、状況の説明と打開策の模索に入ったのだろう。

 

 そうだった、何処へ向かう。いや、逃げるなら全速だ、機動兵器を出してる場合じゃない。振り切るしかない。しかし近くには友軍はいない。

 直接は月本部へたどりつけない。いや、そうじゃない。 アルテミスに入港するために、速度を落としてしまっているのだ。とにかく動かなければ、距離を詰められる。

 戦闘になる。

 アークエンジェルのラミネート装甲だって艦砲射撃は何発も耐えられない。

 早く動かなければ。

 

 だから、何処へ……?

 

「……ナタル、ザフト艦に一時停戦を! 民間人の脱出を」

 

「不可能です! 向こうが止まっていてくれるなら可能かもしれませんが、包囲された状態になったら……そこから、どう離脱されるおつもりですか! 相手の気まぐれで撃たれれば取り返しがつきません!」

 

 民間人を脱出させるために、一時停戦を申し込んでそれから離脱を……そんなに都合のいい停戦なんて、受け入れられないだろう。

 おまけに停戦の為として艦を止めれば、まず射程内に捕捉される事を受け入れる事になる。

 

 仮に民間人を回収させるにしても、その後、民間人を収容したザフト艦を撃つのか? 帰ってくれる保証は?

 それともアルテミスか。しかし確実に収容してもらえるのか。あの判断を下した者達に? 保証がない。

 盾にしていると言われれば終わりだ。

 それは避けたい流れだった。では抱えているしかないのか。あくまでも連れて脱出か?

 

 では出撃は、フラガ大尉だけを出すのか? 向こうには少なくとも残りの《G》3機が……。

 

「熱源探知、モビルスーツです! ナスカ級から2、ローラシア級より3……いえ、4です! 艦砲射撃来ます!」

 

「……回避!」

 

 アークエンジェルの進路を確実に邪魔してくる、嫌な砲撃だった。艦体が回避運動で揺らぐ。

 

「艦長!」

 

 ナタルの叫ぶ声を聞きながらマリューは絶望する。何が言いたいのかわかっている。無理だと。

 これは無理だ。

 その気になれば1機で艦艇を無力化できるのがモビルスーツという兵器だ。それが6機。

 囲まれれば終わりだ。しかし向かう先は……。

 

「対艦、対モビルスーツ戦闘! ノイマン曹長……デブリ帯へ逃げ込みます! 回避運動を取りつつ何とかしのいで! ナタル、アークエンジェルはアルテミス周辺のデブリ帯を使って逃げるわ、いいわね?」

 

 艦の操舵が仕事のノイマンは単純に了解をしたが、ナタルは難しい顔を返した。

 デブリを縫うように逃げれば行けるかもしれないが、しかしそれでは。

 

「それしかありませんか……ですが一撃を与えねば逃げ切れません。物資が不安です、ここでナスカ級の足を止めなければ、後々……」

 

「それは分かっているけれど……」

 

 また、艦が揺らぐ。

 アークエンジェルの横を砲撃が通り過ぎていった。

 有効射程距離にはまだ遠いが、だからと言って当たりたくはない。

 

 その砲撃を見ながらマリューは顔をしかめた。

 

 ナタルの言う通りだ、ここで叩いておく必要がある。

 アークエンジェルの速度についてこれるナスカ級を何とかしないと、じり貧だ。

 しかし6機のモビルスーツはどうする。下手に戦闘を開始すれば袋叩きにあう戦力差だ。

 

 マリューは必死で頭を働かせるが、役にも立たない思考が渦をまく。

 

 そもそも通信がおかしい。

 最初に月からの、民間人とその他は処遇を一任をする、という話と矛盾するではないか。

 キラの事が漏れているのは何故だ。本人が漏らしたのか? しかし、これでは一緒に沈むではないか。自分だけは脱出するつもりなのか? 月本部に何かあったのか?

 

 この時点でのマリューには分からない事だが、クルーゼの送った通信により、現在月の連合はユーラシア連邦と大西洋連邦の間で、結構なレベルの権力闘争が始まりつつあった。

 いや、元からあった火種が燃えた、というのが正しい。……面倒な事に、中立を表明しているはずのオーブも巻き込む動きがあって、両派閥の中ではこれを好機と動く者と、巻き添えを食いたくない者と、保身に走る者が入り交じり始めていた。

 

 マリューへの通信はその中の一つの結果として発露した物で、大西洋側の人間が慌てて送ってきた物だった。

 軍政をするレベルの者から下りてきた要請と言う名の命令。要は縛られたのだ。

 

 保身に走った一部の人間の浅ましさは、驚異的な早さでの決断と行動を可能にしていた。手順や手続きを守る良識的な者を無視して。

 

 一方のユーラシアはユーラシアで、自陣営の事を考えてアルテミス指揮官に指示を送った結果だった。

 アルテミス指揮官のジェラード・ガルシアはそれを元に判断し、リスクとリターンを天秤にかけて、そして、良いと思える物を実行したにすぎない。

 凄まじい指揮系統の乱れだが、それが現在の地球連合だった。

 

 ジェラード・ガルシアは野心に枯れていない年齢だった。だから今回の派閥闘争に乗ったのである。

 

 自陣営の上層部から下りてきた、関わるべからず、との通信に彼は判断をしただけだ。

 アークエンジェルに関わらない、と。

 

 識別コードはなし、船籍登録もなし。艦長のIDは本物だったが、ヘリオポリスにはザフトのスパイが入っていたという情報も送られて来たのだ。

 表向きの言い訳は十分にある。

 

 後は、可能性を考えて、アルテミスが沈むよりは門前払いの方がよいと判断した……そう言うだけで済む話だ。

 まして同じ派閥の者が利益を用意しつつ、守ってくれるというのであれば。

 

 ただ、それをやられるアークエンジェルは堪った物ではない。

 

「……投降……させれば。民間人をシャトルで……ザフトの足を止められるか……?」

 

 マリューはそんな言葉を耳に捉える。

 言った本人は、口に出している事に気づいていないのだろう。

 立場としてはどうかと思うが、マリューは聞こえてしまったその内容を検討せざるを得ない。

 たった今、ナタル・バジルールが口にしてしまった、民間人を囮にする手段をだ。

 

 いざと言う時のためだ……マリューはそう言い訳しながらナタルに検討を指示する。

 最低の行為だ。

 実際に声をかけられたナタルは、マリューがそれを至急、検討してくれと言ってきた事に驚いているのだから。

 

 離脱しながら、民間人をアークエンジェルから脱出させて、ザフト艦がそれを無視できない状況を無理矢理に作り出す。

 政治的に自殺するような作戦だった。

 

 

 格納庫でアスランへのメッセージを作成していたキラは、戦闘配置の警報が鳴っても驚かなかった。

 記憶ではアルテミス入港前に一戦あったのだ。むしろ、やっぱりかとの思いが強かった。

 

 保安部員に断りを入れてから、さっさとストライクに乗りこむ。しかし、回線をブリッジに繋いでみると、何か違っているようだと察した。

 出撃準備をしながら回線を通して、マリュー、ナタル、フラガ、キラの間に作戦会議が開かれる。

 

 そこでキラが聞かされたのは、アルテミスへの入港不許可、敵の戦力……そして、キラの戦闘行為を禁止する命令が出たとの話だった。

 

「入港拒否……入れないんですか? アルテミスに」

 

《ええ……キラ君は知っていたの? 拒否されるって》

 

 知っている訳がない。記憶とは違う流れだ。

 そんな予見なんて出来ない、入れるとは勝手に思っていたのだが。

 焦りを隠せないマリューに対して、キラは否定を返した。

 ナタルとフラガの声が割って入ってくる。

 

《艦長、ヤマトの話は後で。今はとにかく脱出を……》

 

《少尉の言う通りだな。それで、どうする?

 デブリベルトへ入れば姿を隠せるかもしれないが。ここはどう切り抜ける?》

 

《……被害は覚悟の上で、突っ切ろうかと思います。アークエンジェルは高速艦でもありますから……まずはアルテミス周辺のデブリ帯へ。

 二人は艦内待機を。デブリ帯の中では、フラガ大尉に出てもらうかもしれませんが……》

 

 マリューが迷いながらの判断をしているのは、表情から分かった。

 

 この周辺のデブリ帯から、デブリベルトと呼ばれる大規模な滞留物密集地帯へさらに逃げ込むというのだろう。

 

 しかし、デブリ帯へは行けるかもしれないが、いざ入っていくとなれば慎重な進入が求められる。

 速度を落とせば、モビルスーツの餌食だ。

 

 キラは自分も出るべきではないのか、と考える。

 なぜわざわざ禁止命令など来たのかは知らないが、死んでしまえば終わりだ。

 

《それと……手段を選ばないのであれば、ザフトへの投降を希望している民間人を放出する……という手が》

 

「それはダメです。マリューさん、それは止めましょう」

 

 キラはマリューの副案を最後まで聞かなかった。やっていい事と悪い事がある。そう感じたのだ。

 

 そんな事を口にしなくてはならないくらいに、マリューが追い詰められているのは分かった。

 ならばこっちでフォローするしかない。

 

 やはり出るべきだ。

 キラはストライクをカタパルトへ歩かせる。直後にナタルから制止する声が飛んで来た。

 

《ヤマト、では他にどうする? 待て、止まれ! 言っておくがお前は出さんぞ。司令部に露見している、お前をストライクに乗せるのは、もう誤魔化せな……》

 

「バジルール少尉……まずは生き延びてから考えませんか。死んじゃったら終わりです。

 司令部の人には後で話をしましょう。生きていれば謝れます。

 ストライクはアークエンジェルの直掩に入ります、発進シークエンスよろしく」

 

《おい坊主。やる気なのか? 6対2だぞ?》

 

《キラ君、何か作戦があるの?》

 

「ナスカ級の足を止めて、デブリ帯へ逃げ込めればいいんですよね? ……ムウさんに攻撃して来てほしいんです、ゼロなら速力と小回りが利く筈ですから。

 ダメージを与えておけば、しばらくは追ってこれないはずです」

 

 デブリに紛れて接近していけば、ナスカ級に対して、逆に奇襲を仕掛けられるはずだとキラは説明した。

 

 その作戦案に指揮官達は一瞬沈黙する、可能かどうかを計算し始めているのだ。

 出来ないとは言わずに、別の問題を持ち出したのはフラガだ。

 

《……アークエンジェルはどうすんだよ、モビルスーツが来てるんだぞ》

 

「僕が持たせます」

 

 はっきりと受け持ったキラに対して、指揮官達はさすがに口をひきつらせた。

 可能なのか? そんな事が。

 

 特にフラガの不安は他の二人よりも一段上の物だった。

 

《持たせるってお前……1機でやる気かよ。向こうのモビルスーツにはお前の……ああっくそ。

 艦長すまん、実は話さなきゃならん事があるんだが、ちょっと面倒でな》

 

《何です? 大尉》

 

 フラガはまだ、キラの友人の事を話していなかった。話す暇がなかったのだ。

 状況が落ち着いてから切り出そうと、迷っている内にこうなってしまった。

 

 キラがそれを遮って止める。

 

「時間がありません、ムウさん、マリューさん。まずはここを切り抜けましょう」

 

 キラが提案したのは、かつてこの空域でやった作戦の再現だ。

 状況は似ている。ナスカ級の足を止めておいて、逃げれば勝ちだ。フラガならやってくれるだろう。

 

 問題はアークエンジェルの防御だが……6対1で防御戦闘はさすがに苦しい物がある。

 落としてしまう訳にはいかない相手が多いのだ。

 だから相手をかき回して撃たせない事だと、キラは戦闘の流れをイメージした。

 マードックを呼ぶ。

 

「マードックさん、エールの補給って終わりますか?

 最初はランチャーで出ますから、途中で喚装するかもしれません」

 

 キラは頭の中で必要な攻撃力と継戦能力を計算する、後は工夫次第だ。

 マードックから了解が返ってきた。

 

 マリューが、キラの案を実行に移す気配を見せる。

 どうせストライクを出さなければやられてしまうのだ。 ならば、キラの言う通り、やってしまうかと考えたのだ、が。

 ナタルが、静かに疑問を問いかけてきた。

 

《待て、ヤマト。……お前が戦うのに、他の民間人は巻き込まないでくれと言うのは理屈が合わない。

 生きるために手段を選ばないなら、何でもやるべきだろう。それこそ卑怯な手段もだ、違うか》

 

 ナタルの声は真剣だった。しかし、迷いも含んでいる。

 当然と言えるだろう。

 キラの言動には矛盾が数多くある。そしてそれを説明できていない。

 それに加えてナタルも今、味方からの酷い仕打ち、理不尽と不合理を味わったのだ。

 

 感情が波打っている。納得させるのは難しいだろう。……だからキラは強引に押し通す事にした。

 

「じゃあ勝手にやります」

 

《んなっ!》

 

 キラには、ナタルのような生真面目な女性を説得する能力も時間もなかった。だから後回しだ。

 どうにでもなるはずだ。……生きてさえいれば。話し合えるのだ。

 

 そう思って開き直ったのだが、通信機ごしにフラガやブリッジクルーの笑いがこぼれる声が聞こえてきた。失礼な。

 キラは笑っている場合かと思ったが、落ち込まれるよりはいいかなと気を取り直す。

 

「……ムウさん、先に行きますよ。ストライク発進します! カタパルトを!」

 

《了解だ、バカヤロー。

 艦長! 俺がナスカ級を叩いてくる、アークエンジェルはこのバカと何とか持たせといてくれ。後で話さなきゃならん事があるからな。

 ムウ・ラ・フラガ、メビウス・ゼロ、出るぞ!》

 

 パイロット共はやる気だった。

 ナタルはムッとした表情だが、ストライクとメビウス・ゼロの発進シークエンスに手早く入らせる。

 マリューの見たところ、ナタルを含めブリッジクルーに不満の色は見えるが、怯えや躊躇いの表情は少ない。

 先程までと比べれば、戦うのに雰囲気は悪くないと思えた。

 マリューは自分も泥を被る覚悟を決めた。

 何とかして逃げてやる。その為には……。

 

 マリューは、ナタルに民間人を放出する準備をしておく事を伝える、ナタルは迷いを見せたが無表情で頷いた。

 さらにザフト艦への通信を指示する。少しでも相手が迷ってくれれば御の字だ。

 

 

 ヴェサリウスは足つき……アークエンジェルの側面からモビルスーツを展開させていた。

 そのブリッジではクルーゼが、アルテミスの防御を固めた姿を見て満足気な顔をしている。

 

 横からヴェサリウス艦長のアデスが報告を上げてきた。

 

「クルーゼ隊長。イージス、及びジン・ハイマニューバは出撃しました、ガモフからも鹵獲した機体とジンが出ました。……アルテミスは確かに籠りましたな……」

 

 アデスが報告する声色には、絡め手を使いすぎではないのか? との疑問が混ざっていた。一指揮官のやり方を完全に超えている。

 クルーゼはそれに気付いた上で無視した。

 

「内輪揉めにお忙しいらしい、お邪魔をしては失礼だからな。我々も、手早く仕事を済ませてしまおう」

 

 連合の失点は歓迎だ、そういう無能な指揮官はいくらいてもいい。おかげで国力に劣るザフトが戦えているのだから。

 心底愉快そうに笑うクルーゼに、通信が入ったとの報告があがる。

 

「……足つきから通信?」

 

「はい、怪我人を含む民間人を多数保護しており、戦闘を望まないと。できれば」

 

「あり得んな」

 

 クルーゼは通信担当からの報告を切って捨てた。

 対応不要でよいと。それにはさすがにヴェサリウスのクルーがざわつく。アデスの目にも動揺があるのだ。

 しかし、クルーゼはぶれなかった。

 

「民間人が乗っている……敵にそう言われたから逃がしました。それでは戦争に勝てんよ」

 

 あまりにも自信のある態度に、クルー達の不満はあれど表には出ない。

 ザフトでも有数のエースに反抗するには、狙っている獲物が危険すぎた。

 アデスしか、疑問を唱えられない。

 

「しかし、もし事実であれば、どうするのですか?」

 

「運が悪かった……そう諦めてもらうしかないな」

 

「それは……」

 

 さすがに顔に嫌悪が浮かんだアデスを、クルーゼは皮肉げになだめた。

 

「冗談だ。しかしユニウスセブンはどうだ? 20万の同胞は助けを求める暇もなかったぞ?

 何より、オーブは連合と共同作戦をやっていた、ならば敵だ。敵ならば、まずは叩いてからだ。

 訳の分からない不明瞭な文を気にやむ必要はない」

 

 クルーゼはアデスとの会話を切って、アルテミスの状態を再度確認させにかかる。

 

「アルテミスは防御帯を展開、艦隊の出撃は確認できず。沈黙を守っています」

 

「結構、足つきにレーザー通信。以下の通り打て。

 民間人がいるなら放り出せ。

 こちらで救助してやるから、宇宙に放り出して自分だけ逃げるがいい。以上だ。

 ガモフに打電、砲撃を開始させろ。足を止めればいいとな」

 

「味方が展開中ですが……!?」

 

「足つきの足を止めろと言った、味方を撃てとは言っていないよ。始めさせろ」

 

 逃げ道はほぼ塞いだ、戦力でも勝っている。

 まだ若いパイロット共の戦意も煽った。軽く暴走してくれそうなくらいに。

 足つきのクルーも多少なり動揺があるだろう。

 

 勝てるな。

 クルーゼは満足気に笑みを浮かべる。

 

「クルーゼ隊長……やはり一度、本国に指示を」

 

「アデス、できません分かりません、とはな。責任を放棄するという事だ。

 私の判断に問題があれば、後から本国が評価するだろう、今はあの艦を沈める。

 あんな危険な代物、合流させる訳にはいくまい。それを操る人員含めてな」

 

 クルーゼの言っている事は一見まともだが冷徹にすぎた。

 加えてアデスには、クルーゼの顔に狂気が見える気がしたのだ。隠れて見えないはずの目元から。

 

 そのクルーゼの感情を見てアデスは、さりげなくオペレーターの一人に目線を送る。

 互いに見知ったベテランだった。

 彼は、自然な動きでアデスの視線に気づいて、そして自然に仕事を始めてくれた。

 

 いつものクルーゼならば、そんな事をさせる程に強行策を取らなかったし、取らせる隙を与えなかった。

 

 しかし、今のクルーゼは既に次の戦局を考えてしまっていた。

 キラ・ヤマトが宇宙の塵と消えるのを楽しみすぎたのだ。

 

 


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