機動戦士ガンダムSEED~逆行のキラ~   作:試行錯誤

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アルテミス宙域策謀戦 5

 

 

 アスランが乗るXー303イージスは可変機だった。

 モビルスーツとモビルアーマー、二つの形態になれる機体である。

 高速性に優れるモビルアーマー形態で、ジン・ハイマニューバ……ミゲル機を掴まらせて移動していた。 

 足つきに接近をかけている最中だった。

 

 アスラン達の横を、ヴェサリウスからの砲撃が追い抜いていく。

 ミゲルから苦笑混じりの雑談が届いた。

 

《俺達がいるのに、隊長もやってくれるもんだ。

 アスラン、大したもんじゃないか、そのイージスってのは。俺のハイマニューバより、速度が出るなんてな》

 

「ああ」

 

《応急修理で出てくるとは思わなかったぞ、そんなに戦いたいのか?》

 

「そんなところだ」

 

《……親父さんの立場もあるか。いいぜ任せな、さっきの借りだ。イザーク達とまとめて援護してやるよ》

 

 アスランは申し訳なく思った。

 

 ミゲルと共に受けた命令は、確かに足つきとモビルスーツの撃破、撃墜だ。

 だが、アスランは他に許可をもらっている。

 可能であれば、ストライクのパイロットの説得を試みてよいと。

 自分はこれから戦場に私情を持ち込もうとしている。

 

 クルーゼに許可をもらえたが……罪悪感からは逃げられなかった。自分は何故ここにいる。

 損傷機で何をするのか。援護か。それとも説得か。

 

 バカな話だ。

 戦場で友と再会しました、殺したくないので説得します、だから撃ちません。味方がやられましたが戦いより説得を優先します。それでも出させて下さい。

 それは裏切り者のやり方だ。

 

 少なくとも向こうは撃ってきた。

 戦いたくないなら降伏すればいいのだ、武器を構えて撃っておいて。

 こちらの仲間を撃っておいて戦いたくないなど、狂っているとしか思えない。

 

 出るならば戦う義務がある、出た以上は戦う義務があるのだ。自分はザフトなのだ。プラントの守り手だ。

 それは志願した時に誓った責任と言うものだ。

 なのに。

 

(キラ……地球軍に志願するなんて、お前もナチュラルに味方するのか……コロニーに核を撃つような連中に)

 

 あるいはそういう作戦に利用されているのか。

 クルーゼの言葉が頭をよぎる、その為に近づいて来たのか。自分に近づいて利用しようとしたのか。

 あのナチュラル達に協力する、裏切り者のコーディネーター達のように。

 皆が父を悪く言う。追い詰めるように批判する。

 殺戮者、異常者、冷酷非道。

 

 ふざけるな。

 母を、レノア・ザラの命を先に奪ったのは連合ではないか。ナチュラルがコーディネーターを、父を追い詰めたのだ。

 食糧の輸入は絞られ、交渉しようとすれば評議員を暗殺される、そんな相手と何を話せと言うのだ? 父の言う通り、戦うしかないではないか。

 

 アスランはアカデミーでそう教わったし、周りの大人は皆そう言っていた。

 

 プラントの人々は《皆》そう言っているのだ。

 

 講義で教わった地球で起きているナチュラルからコーディネーターへの迫害……その内容は、まだ若いアスランにとって怒りの対象でしかなかった。

 

 プラントの姿勢に反発をするコーディネーターが大量にいるのは知っている、いや、プラントが少数派なのは知っているのだ。

 

 理解不能だが、地球に済むコーディネーターが圧倒的に多数で、地球連合に志願するコーディネーターが少なくないのも知っている。

 だから……だから、一致団結をしなければいけないのに……。何故、あんな目に会わされてまで地球に住むのか、ほんとうに理解不能だ。

 兵士となれば前線送り、だったらプラントのために戦えばいいのだ。

 

 そう思っていたのに。

 再会した友人すら、自分から離れていく。

 憎きナチュラル。

 母を奪い、父から優しさを奪い、自分から友まで奪う、許せるものではない。

 

 ナチュラル共め。

 

 アスランは未熟ではあるが、義務を果たそうとする人間だった。

 ただ、将校ではなく、政治家でもなく、そして、客観的な目を持つ大人でもない。

 だから。キラと戦うのか、説得をするのか。

 どちらも果たそうとしながら、どちらにも迷っている、中途半端な精神状態だった。

 

 不意に。 

 イージスの前方からビームが走ってきた。敵弾だ。

 だがアスランは動かない……当たるコースに無いのを把握している。

 事実、ビームは横を通り過ぎていった。

 

 かわすまでもない一撃だった。

 ミゲルが鼻で笑う。

 

《ずいぶん自由に撃ってきたな》

 

 その通り、照準が働いていない射撃だ。

 ロックオン警報が鳴らなかったのだ。つまりは、今のビームはただ手動操作で撃っただけの一撃だ。

 

 そんなものがそうそう当たる訳がない。ましてやこの距離で。

 しかし。

 

 それにしては近かった。

 

 艦挺からもモビルスーツからも、まだロックはされていない……はずだ。

 アスランは妙な胸騒ぎからイージスの速度を落とす。

 次が来た。これも横を通りすぎていく、警報なし。

 

 やはり微妙に近かった。さらに1発。これも、近い。

 アスランは確信する……間違いない。狙って、撃ってきている。

 

《……まさか、この距離で?》

 

 ミゲルも気付いたらしい。足つきかストライクかは知らないが、レーザーロック出来ない距離から砲撃戦を仕掛けてきているのだ。

 

 狙われていると把握してしまえば、どんな猛者でも警戒心は出てくる。

 

 5発目がきた。アスランは下手に動かない。またもビームは横を通りすぎていった。

 スラスターの光を目印にしていると、感じた。

 

 速度をさらに落とす。6発目は来ない。

 

(多分、イザーク達に狙いを切り替えたな……あのバカ……!)

 

 当てる気か、速度を落とさせる気かは微妙な所だった。

 だがどちらにせよ、こんな真似ができるのはアスランには一人しか思い浮かばなかった。

 

 

 ガモフから出た3機のG。

 Xー102デュエル、Xー103バスター、Xー207ブリッツ。そして1機のジンは勢いよくスラスターを噴かしていた。

 

《ヴェサリウスからアスランとミゲルが出ている、遅れを取るなよ!》

 

《303って壊れたんじゃないの? 大丈夫なのかねアスランは。なに焦ってんだか、あいつ》

 

《二人とも、少し速度を緩めてください。オルコフのジンがついて行けません》

 

《何、気にするな、俺はゆっくり行くさ。何ならお前らだけでやってくれてもいいぜ》

 

 イザーク、ディアッカ、ニコル、オルコフの4人は大して警戒もせずに足つきに接近をかけていた。

 分かりやすい手柄のチャンスに沸いていたのだ。

 

 軽口を叩いているとビームが不意に飛んできた。

 4機は軽く散開する。ごく軽くだ。

 レーザーロックされていない射撃……これは牽制にもならない代物だ。ちゃんと分かっている。

 

 それでも反射的に、ビームが飛んできた方向から射線をずらすためスラスターを噴かした。

 マニュアル通りでもあるが、一端のパイロットであれば撃たれた時の散開は本能のような物だ。

 

 次の瞬間。オルコフのジンにビームが連続で襲いかかった。

 彼は運の悪さに舌打ちしながら、とりあえずの回避運動に入る。

 ロックオン警報は鳴っていない。

 

《へっ! この程度……っは!?》

 

 ジンにビームが突き刺さり大爆発を起こした。

 

 何が起きたのかは明白だった。

 撃たれた。それだけである。

 

 しかし、少しだけ詳細を詰めると、それだけ、では済まない物があったと言える。

 

 まず回避した。その先でさらに撃ちこまれ、それを際どいところで回避した……その先に、さらにビームが飛んできた。

 いや、飛んできていた。

 回避しに行った先に、既にビームが走ってきていたのだ。どうしようもない。

 

 ストライクの撃った《アグニ》だった。

 

 オルコフは、自分が4機の内で最も大きくスラスターを噴かした……目立った事に気づく事なく、砕け散った。

 

《オルコフ! 足つきぃ……! よくも!》

 

《おい、待て! 今のレーザー照準されてたか!?》

 

《さらに来ます、艦砲射撃!? 注意を!》

 

 ガモフからの3機は、訳の分からない精密狙撃に速度を落とさざるを得なかった。

 

 

 アークエンジェルのブリッジでは、オペレーターのトノムラが呆けていた。

 アークエンジェルの甲板に立ちながら、《アグニ》を撃ったストライク。その戦果に仰天したのだ。

 かなり先の方での爆発を確認した。

 

「えと……恐らくは、今の爆発はジンです。……いや嘘だろ、レンジ外だぞ……」

 

 クルーが適当に撃っていると思えたストライクの《アグニ》が、当たったらしい。

 艦艇レーダーでの機種特定がようやく利き始める距離で。モビルスーツの攻撃がだ。

 

 理論上やってやれない距離ではないが、できるかどうかは別の話だ。

 ブリッジクルーはマリューを始め、全員、居心地が悪そうにしていた。

 

「そ、そう……了解」

 

「……はっ!? き、貴様ら、何を呆けている! 対モビルスーツ戦闘だぞ!

 艦尾ミサイル発射菅、コリントス装填、アンチビーム爆雷、及び両弦リニアカノン・バリアント起動! 敵の機種特定どうした!」

 

「あっ! は、はい! 敵は2方向から……第1群、デュエル、バスター、ブリッツ! 第2群、イージス及びジン・ハイマニューバです!」

 

「敵モビルスーツ群は接近速度を低下、散開しての包囲に来ています」

 

 キラの技量に戸惑ったものの、いち早く我を取り戻したナタルが切っ掛けで動き出す。

 

 モニターでは、ストライクが再び砲撃を開始している、爆発を起こした方向とは反対側に《アグニ》を撃っていた。

 これも牽制射撃だ。

 レーダー上でイージスとハイマニューバが別れた。その速度は落ちている。

 

 キラは見事に時間を稼いでいた。

 

 アークエンジェルから、各モビルスーツへのレーザー照準。迎撃が開始される。

 

 同時に、アークエンジェルの開けておいたハッチへ、ストライクがするりと入り込んだ。

 ストライクはランチャーパックを外すと、あっという間にエールパックへ喚装して再度出撃した。

 

 キラからブリッジへ通信が入る。

 

《マリューさん、アークエンジェルはこのまま進んでください。相手は絶対に艦へ取り付かせません。

 バジルール少尉、ストライクは危険な火力を持ってるイージス、バスターを最大限に警戒します。

 他も押さえるつもりですが、接近はされるかも知れません。すみませんが、近距離に来た時のための用意をお願いします》

 

「わ、分かったわ」

 

「……言われるまでもない! ゴッドフリート用意!」 

 

《……マリューさん、民間人は放り出さないでくださいね》

 

「努力……するわ」

 

 ストライクは通信を終えると、イージス、ジン・ハイマニューバに射撃をしながら、散開してきたデュエル、バスター、ブリッツへ突っ込んでいった。

 

 キラは本気で5機を相手にするつもりらしい。

 

 イージスはストライクの射撃に引っ張られていき、ハイマニューバもアークエンジェルを気にしながらも、ストライクにかかり気味だ。

 引きずり込むやり方が上手い。

 

 ブリッジクルーからするとストライクの動きは無謀にしか見えないのだが、もうアークエンジェルは援護射撃と、自己を守る為の迎撃しか出来ない。

 恥を忍んでザフトに送った通信には、屈辱的な返信が返ってきたのだ。

 

 フラガのメビウス・ゼロは、既に《アグニ》の射撃に紛れて、デブリ帯からナスカ級へ向かっている。

 後はキラに任せる他なかった。

 

 

 

「グゥレイト! こっちに来るかよ! 落ちな……うおっ!? うわ、ちょっ!?」

 

 砲撃戦用モビルスーツのバスターを操るディアッカ。その背中を冷たい物が走った。

 

 突撃してきたストライクに、バスターの収束火線ライフルをお見舞いしてやろうと、照準を合わせて放ったところだった。

 瞬間、ストライクがずれた。

 撃ったビームを、ごく軽く機体をずらして回避されたのだ。

 ロックオンして撃ったのに当たらない。

 必要最小限の回避。

 

 その動きにぞっとしつつ回避運動に入ると、反撃のビームが横を飛んでいった。バスターの肩が削れる。

 単純な直線の動きで誘っておいて、いきなりの超回避とカウンターだ。

 

 こいつは……。

 ディアッカは無意識に援護を求めた。デュエル、ブリッツから援護の射撃が飛んでくる。

 

 ストライクは、複数の方向から放たれるビームを滑るように避けながら、さらにバスターに向かって来た。

 

 ディアッカは反撃の射撃をしながらも必死の回避、かわしきれずにバスターの脚部にかすめたように当たる。

 態勢が崩れた。

 次は避けられない……やられると思う間も無くデュエルが、ビームライフルを撃ちながら飛び込んできた。

 

《このぉぉお!》

 

 ストライクはシールドでビームを受けつつ後退……しながらも、目の前に入ってきたデュエルではなく、回り込みつつあったブリッツに二発だけ射撃を送り込む。

 

 回り込もうとした機先を制されたブリッツは回避運動へ集中、追撃をかわしきれずにシールドで防御。

 

 直後に態勢を立て直し援護に入ろうとしたバスターにも、一発のビームが届けられた。操縦桿を倒したディアッカに嫌な振動が響く。

 危なかった。今度もバスターはかすり傷で済んだ。

 しかし攻撃に回れない。

 

 ストライクは、デュエルとブリッツからのビームライフル連射をシールド防御と、最小限のスラスター制御でいなしていく。

 大半、いやほとんどを回避されている。

 

 それを見て、イザーク達の攻撃をかわしながら自分を撃ってきたのかと、ディアッカは腹を立てた。

 片手間にやられた、屈辱だ。

 ストライクに反撃の気配。

 そこにイージスが突っ込んできた。ビームライフルを撃ちながら、あっという間にサーベルの距離へ。

 アスランの動きは鋭い。

 

 ストライクは格闘戦の距離から後退しながらもイージス、ブリッツ、デュエルにきっちり牽制射撃をしてきた。

 それを追ってさらに突っ込んでいくイージスはビームサーベルを振りかぶる。

 損傷しているとは思えない突っ込みだ。

 

 しかしストライクは、そのイージスの攻撃をシールドで防御しながら、ミゲルのハイマニューバに射撃。

 ミゲルからの反撃は自分にまとわりつく、デュエルとイージスで防いで射撃戦をしている。

 

 ディアッカはむかついた。

 何だこいつは、一人で俺達を相手する気なのか、と。

 反面、相手の技量は半端ではない、とも感じた。

 こんなのがいるのか……そう思っていると、イザークから通信が入った。

 

《ミゲル! ディアッカとニコルを連れて足つきへ行け! こいつは俺とアスランで……!》

 

《いいだろう、譲ってやる! 行くぞディアッカ、ニコル!》

 

 悔しいが5機で集っても互いに邪魔になるだけだ。

 たまたまだ、腕の差じゃない、そう思いながらディアッカは足つきへ向かった。

 ロックオン警報。

 

「うお!?」

 

 反射的に回避運動をする。ビームが横を飛んでいった。

 視界の端に映るブリッツ、ハイマニューバも同じらしかった。態勢を崩されている。

 ディアッカの頭に血が昇った、艦にも向かわせない気なのか。

 5対1で足止めされている。

 

「ふざけんな! この!」

 

 

 

 キラは、デュエルとイージス以外の3機がアークエンジェルへ向かうのを見て、とっさに邪魔した。

 さすがにきつい物がある。

 

 向こうに全機で行かれるよりはマシだが、5対1では、やはりダメージを与えきれない。精密な射撃も難しい。

 

 相手の動きを読めても手数が足りないのだ。

 アークエンジェルと近接距離で連携して戦うには、5体という数と相手の性能、特にイージスとバスターは危険すぎる。

 

 デュエルの攻撃をかわしながら、ブリッツがわずかに動きを止めるのを察知した。

 

 ミラージュコロイドの展開に入る……と見るや否やキラは乱暴にブリッツ周辺にビームを撃ち込んだ。

 撃たれたブリッツは回避運動に加えて、シールドで防ぎつつ慌ててフェイズシフトを展開し直した。

 ブリッツの態勢は整わない。

 

 腕か、足を狙って戦闘不能に……その前に横から飛んできたビームを回避する、イージスだ。

 やはり追撃をかけられない。

 イージスとデュエル、場合により他の機体がストライクに攻撃をかけてくる。

 そうかと思えばアークエンジェルに攻撃する態勢を見せる……やはり厳しかった。

 

 殺してしまう訳にはいかないのがさらに。

 

……先程撃ったジンのパイロットの家族は、自分を許さないだろうと思うが、体は勝手に動いていた。

 無意識に命を選別する罪悪感……キラは心を固くする。 今は考えていい事ではない。

 

 目前のイージスは間違いなく強敵、記憶にないジン・ハイマニューバも面倒な動きをする。

 他の機体も記憶よりも粗さが少ない気がした。

 予定では、2、3機を戦闘不能に追い込んで離脱しようと考えていたのだが。

 

 艦にとって厄介なバスター、ブリッツを回避に追い込むので精一杯だった。

 イージスのビームサーベルを盾で受け止める。

 アスランにメッセージを送らないと……キラはそのための隙を欲していた。

 その暇すら中々ないのだ。

 

 

 アークエンジェルではナタルが迎撃戦闘の指揮を取っていた。

 ナタルにとって心外ではあったが、ストライクはモビルスーツ5機を相手に、苦しい状況ながらも確かに捌いてみせていた。

 怪しい動きも見せずに健気に立ち回っている。

 

 ただ、さすがに回避に忙しいのは当然で、敵を落としきれないらしい。……まさか戦後を考えて殺さないようにしているなど、現時点では想像もできない。

 

 バスター、ブリッツ。そしてジン・ハイマニューバがストライクの攻撃を抜けて、こちらへ突破してきた。

 

「イーゲルシュテルン! 迎撃! バスターの展開する方面に対してアンチビーム爆雷の投射だ! 急げ」

 

 ビーム主体の《G》にはアンチビーム爆雷が有用だ。バスターからの高火力攻撃も低減できる。

 厄介な動きを取ろうとするハイマニューバ、ブリッツをストライクはビームライフルの狙撃で妨害、態勢を崩してくれる。

 イージス、デュエルを正面に置きながらだ。

 悔しいが、見事な物だと思わざるを得なかった。

 

 回避による振動と、撃ち込まれる攻撃による嫌な振動に耐えながら、マリューは民間人の脱出挺への誘導を指示していた。

 アークエンジェルへの攻撃をキラが妨害しているために、敵機に艦体へ取り付かれる事はないが、やはり時たまビームくらいは撃ち込まれる。

 ジン・ハイマニューバの重突撃機銃や無反動砲はアンチビーム爆雷が利かない分、厄介だった。

 

 希望する者のみと、話を伝えさせたはずだが、戦闘の最中に民間人を放り出す準備など、やはり思うようには……いや、マリューが思う以上に進んでくれなかった。

 やるなら、降伏に近いレベルか……沈む寸前の状況の話になってしまう。

 それでも万が一の時の為に止める訳にいかない。

 

 自分は何故、こんな最低の事をやっているのかと、司令部を恨む気持ちは拭えなかった。

 散々疑っている子供に守られているのだ。

 

 ザフト艦から撃たれる遠距離砲撃も邪魔だ。いちいち進路に気を使わなくてはならない。

 アークエンジェルは新鋭艦として恥ずかしくない火力を見せているが、そもそも相手が悪い。

 状況がよくないのだ。

 

 

 ストライクはイージスのビームサーベルを紙一重で回避していた。続けてライフルで反撃……する前に加えられた追撃を避けて下がる。デュエルだ。

 厄介な動きをする……パイロットの名前を思い出した。

 

「くっ! イザーク……ジュール……っ!?」

 

 イージスに通信文は送った。何とか送ったが、攻撃が緩まない。むしろ激しくなった気がする。

 機体を振り回しすぎて、呼吸も苦しかった。

 

 メッセージを戦闘中に読んでもらえるとは思ってなかったが、本気で容赦がない。

 むしろ、憎しみが強まっている気がする。

 

 振るわれるサーベルと撃ち込まれるビームライフルを機体を捻って回避……しかし後ろには更にバスターとブリッツからのビームが走っていた……距離に余裕がない。

 下がりきれない分、ストライクの右足、膝から下を切り飛ばされてしまう。

 

 キラは狼狽えない。

 

 腕は無事だ、ライフルもシールドもある。反撃を行いながらアスラン達をかき回し続ける事に集中する。

 

 しかし油断すれば、アークエンジェルに集中攻撃の動きを見せる3機を、辛うじて妨害している状態。

 彼らはエンジン部やブリッジを優先的に狙おうとするのだ。冗談ではない。

 

 運動するストライクの頭部をビームがかすめていった。構わずブリッツとハイマニューバに牽制射撃。

 自分の事よりもアークエンジェルだ。

 

 デュエルの攻撃はシールドで受け、イージスはビームライフルで押し返す……押し返しきれない。

 バスターを牽制射撃で妨害、イージスから蹴りを食らう。

 イージスの攻撃が緩まない。思わず音声通信を送った。

 

「アスラン……!」

 

 

 

《アスラン! 下がってくれ! 君とは戦いたくない!》

 

 アスラン・ザラは、ストライクの右足を切ったところで通信を送っていた。

 ようやく、まともなダメージを与えられた。

 恐ろしく手間をかけさせられたが、ようやく……これで止まってくれると思ったのだ。

 

 それは期せずして、通信を送ってきていたキラと似たタイミングだった。声が互いに繋がる。

 ノイズが走るが映像も出た。

 

 アスランは反射的に、味方との通信を封鎖していた。

 

「キラ、ここまでだ! 降伏しろ! そうすれば」

 

《なら、他の人達を止めてくれ! アークエンジェルを守らないと、あれじゃ降伏する前に死傷者が出るじゃないか!》

 

 ストライクは、ライフルとイーゲルシュテルンで弾幕を張ってきた。

 デュエルを捌きつつ、ハイマニューバ、バスターの対艦攻撃の妨害までやってのける。

 片足とは思えないその動きに、アスランは思わず舌を巻いた。

 動きが鈍っていない。

 

「お前が抵抗するからだ、地球連合に志願なんて何を考えている! 同胞を何人殺したと思っているんだ!」

 

《僕はそうする責任が……! アスラン、メッセージを読んでくれ、そうすれば!》

 

 メッセージ? 先程送られてきたデータの事か。

 アスランは苛ついた。そんな悠長な事を言っている場合ではないのだ。今、助けなければならないのだ。

 

「そんな事を言っている場合か! 目を覚ませ! 自分が何をやっているのか分かっているのか! クルーゼ隊長から許可はもらってきた!

 これはお前を助ける最後のチャンスなんだぞ!」

 

 アスランは、ストライクの動きが変わったと見えた。

 殺気が宿り始めたと感じたのだ。

 

《……クルーゼ……!? あの男が!?

 アスラン! 君はあいつがどんな男か分かっているのか!? 奴のせいで何人死ぬか! 君のお父さんだって、フレイだって死ぬんだぞ!》

 

 お前もなのか。アスランはキラをそう思った。

 

 誰が作ったのか分からない、洗脳のようなプロパガンダに乗せられて。

 ザフトの指揮官やエース、指導者は大概が酷い誹謗中傷に晒されている。中には露骨にコーディネーターを化け物扱いする物もあった。

 

 アスランはキラが、キラも……キラまでが、父を侮辱したと受け取った。プラントのために一生懸命な父を、何故分かってくれないのか。

 

「お前も父のやり方が異常だと言いたいのか……! 俺たちはザフトだ! プラントを守るために戦っている。

 お前だって同じだぞ! コーディネーターを裏切って、やっている事は戦争だろうが!

 俺の母を殺したナチュラルに付いて……! 騙されているんだぞ、お前は!」

 

《僕は自分の意思で戦っているんだ! 君は何でそんなに憎しみを……! プラントと連合は戦うべきじゃない!》

 

「……俺はまだユニウスセブンの仇を討っていない!!」

 

 憎しみ? その通りだ、憎むに決まっている。

 母親を殺されて笑って握手ができる奴がいるのか? いるなら、そいつの方がおかしいだろうが。そんな事も分からないのか。

 

 今のキラと話をしても無駄だ。

 

 ビームサーベルでコックピット以外を切り飛ばしてやる。アスランの目に凶暴な光が宿った。

 

 

「アスラン! メッセージを読め! クルーゼは!!」

 

 キラはストライクにビームサーベルを抜かせて、ライフルを左腕に持ち替えさせた。

 格闘戦の距離になるのを避けられなくなりつつある。

 

 デュエルの攻撃をシールドで受けながら、イージスをライフルとサーベルで押し返す。際どい攻防になった。

 態勢が苦しい。距離を。

 

 距離を取ろうとしたキラの目に、アークエンジェルの火線を抜けた機体が目に入った。

 底面に潜り込もうとするブリッツ、エンジンに攻撃をかけようとするバスター。

 さらにはハイマニューバが艦の前方に。

 

 キラは迷わなかった。

 

 イージスから下がるために作り出した隙で、高速の援護射撃。

 アークエンジェルに取り付こうとする3機を妨害してのける。ブリッツはスラスター部に、バスターの頭部を、ハイマニューバは腕に損傷を与えた。

 

 その代償に。

 正面の2機に対して致命的な間合いへの侵入を許してしまう。

 

 ストライクの後ろに回り込んできたデュエルのサーベル攻撃を、辛うじて機体を反転させて迎撃。蹴りでサーベルを弾き飛ばした。

 しかし直後にストライクの左腕が切り飛ばされる。

 イージスの攻撃だった。対応する前にシールドとライフルを失う。

 イーゲルシュテルンで迎撃、ビームサーベルでイージスの右手を切るが浅い。

 デュエルからのライフル射撃。かわしきるための空間的な余裕がない。

 あと一歩で直撃をかけられる程の際どい回避。

 

 間合いを完全に制されている。

 

 キラはストライクを操るが、態勢を立て直す間がなかった。距離を取れない。

 イージスのビームサーベルが来る。

 

 かわしきれない。

 

 

 

 ガンバレルによる全方位攻撃とメビウス・ゼロの主砲、リニアガンがイージス、デュエルに直撃した。

 それはストライクに切り込まれる寸前だった。

 

《坊主! 生きてるかーっ!》

 

 想定していなかったであろう衝撃によろめくイージスの姿、何が起きたのかをキラは考えない。

 起きた事態に反応する。

 

 ストライクはサーベルで、デュエルのライフルもろとも腰部分までを切った、爆発を引き起こす。

 そのままイーゲルシュテルンでイージスに弾幕を張りつつ、スラスターを全開。離脱。

 

 フラガが来てくれた。

 

「ムウさん!」

 

《ナスカ級は叩いた! 掴まれ、アークエンジェルに戻るぞ! 大したタマだぜぇ! お前は!》

 

 フラガのメビウス・ゼロは、リニアガンとガンバレルを乱射。すぐさま回収しながら最高速で戦域を離脱、ストライクを連れてアークエンジェルとの合流に入る。

 

 手負いのストライクに他の機体からの攻撃があったが、イージスからは無かった。……イージスがこちらを向く事もなかった。

 

 

 キラは大きく息をついた。

 危なかった。フラガが来てくれなければ終わっていた。

 デュエル、ブリッツ、バスター、ハイマニューバ。4機には損傷を与えた。

 イージスはほぼ無事だが……いや、へリオポリスでのダメージがなかったらやられていた。

 

 戦ってしまった。

 しかしメッセージを読んでくれれば、アスランは分かってくれるはずだ。

 だが。

 

「……ユニウスセブンの仇……」

 

 キラはアスランの言葉を思い出す。

 信じられないくらいの憎しみがあった。記憶にある彼とは全く違う。別人のような激しさだ。

 それとも、自分がよく知る彼も、心の中にはあんな憎しみが渦巻いていたのだろうか。

 

 最後のイージスの攻撃には、ストライク……自分を、撃っても構わないと思えるだけの気迫があった。

 友人と話しているのに、友人と話していないような感じだ。

 恐怖を感じた。それが正直なところだ。

 

 しかし、アークエンジェルはこれで何とか逃げれるだろう。民間人を放り出すのも、させずに済むはずだ。

 キラはこれで何とかなると思った。今回も何とかなった、できたと。

 

 この世界のアスランは、自分の知るアスランと同じだと、思っていたのだ。

 思い込んでしまっていた。

 

 

 






2018/3/8 戦闘シーンの修正、追加。

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