機動戦士ガンダムSEED~逆行のキラ~   作:試行錯誤

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※この話からガンバレルストライク、グレーフレームが本格的に動きます。
作中での呼び方ですが、面倒なので
「こいつはガンバレルストライクだ!」
「グレーフレームにしよう!」的な会話があった物としてお読みくださいませ。

後からガンバレル、グレー、とかって略すかも。




デブリベルト航行記録 1

 

 

 デブリベルト。

 コロニー《世界樹》の崩壊をきっかけとして出来た、地球圏の超巨大デブリ帯の通称がそれだった。

 それに加えて近隣の惑星・衛星同士の重力が影響して、どこからともなく様々なデブリが集まってくる宙域でもある。

 

 場所によっては高速でデブリが動く空間もあるため、極めて危険な宙域だが、隠れる先として見た場合、悪くない所だった。

 

 その中でも。比較的には通り易い場所を選びながら、慎重に進む艦艇の姿があった。

 地球連合軍所属アークエンジェル。

 アルテミス要塞に入港拒否をされてから数日が経っていた。

 

 アークエンジェルの周囲には3機のモビルスーツが展開していた。

 1機はガンバレルを背負ったモビルスーツ。

 1機はそれに似ている灰色の機体。

 

 さらにその2機を、ザフト製モビルスーツのジンがフォローするような位置にあった。

 

 ゆっくりと進行する3機のモビルスーツは、障害物の進路を変えたり、アークエンジェルの艦体に接地したり、逆に離床したりを繰り返していた。

 内の2機、ガンバレル付きと灰色の機体はたまに捻った運動をしている。

 通信のやり取りが頻繁に行われていた。

 

《おいキラ、俺のストライクはどうだ? 外から見てて挙動がおかしい所はあるか?》

 

 ガンバレル付き……EーX04ガンバレルストライクを動かすのはフラガだ。

 慎重に動いてはいるものの、どこかしら安定感を見せる動きだった。

 

《こちらから見る限りは大丈夫みたいです。

 変な反応とかはありませんよね? 何かあったらすぐに言ってくださいよ》

 

 答えるのはキラ。

 現在修理中のX105ストライクに代わり、ヘリオポリスで鹵獲したジンに乗っていた。

 モビルスーツに慣れているキラが他の2機を見ているのだ。

 訓練である。

 

《分かってるって。こちとら、モビルスーツはまだまだ初心者なんでな。よっと》

 

 軽く機体を動かして遊ぶフラガを見て、キラは苦笑する。さすがにムウ・ラ・フラガだと。

 

 しかし、キラの注意自体はもう1機、灰色の機体に向いていた。いや、ほとんどその灰色の機体にかかりきりと言っていい。

 そちらを見るキラの目は真剣そのものだった。若干……いや、結構な不安さが表情にある。

 

 何せワイヤーロープでキラのジンが常に掴まえているのだ。

 フラガと違いこっちは本物の初心者だ。絶対に気は抜けなかった。

 時間も余裕もないからやっているが、キラは《彼》を乗せるのは反対なのだ。

 

 案の定、何度めかの姿勢制御と艦の運動が重なった途端に、フラフラと機体が慌て出した。正確にはそのパイロットが。

 

《うわわわ、キ、キラ、ち、ちょっと助けて……!》

 

《トール、落ち着いて! 大丈夫、すぐ前に居るから。

 操縦桿は静かに動かせばいいんだよ、ちゃんと反応してくれるから。説明したでしょ?

 その機体は物がぶつかってきても簡単には壊れないから、とにかく慌てないで》

 

《お、おう》

 

《どうしても機体が落ち着かない時は? 覚えてるよね?》

 

《モ、モーションセレクトから、運動停止、待機を選んで、じ、実行……だっけ? 衝突回避?》

 

《うん、合ってるよ》

 

 キラの操るジンに面倒を見てもらっているのは、MBFーP05グレーフレーム。

 キラの友人、トール・ケーニヒが動かしていた。

 フラガが茶々を入れてくる。

 

《いいねぇいいねぇ! キラ、お前さん教官としてもやれるのか?》

 

《……ムウさん。そんなに飛び回ると危ないですよ》

 

《固いこと言うなって! あらよっと!》

 

 フラガ機はそこら辺のデブリの中をすり抜けて行く。

 高い空間認識能力を持つフラガだ。

 

 時間ができたのを見計らい、コンテナに入っていたシミュレーションマシンを引っ張り出してきて、あっさりとクリア。

 勢いそのままに、モビルスーツへ乗るようになってからここ2日、恐ろしい勢いで習熟度を上げている。

 一日中乗り回して、癖を身体に叩き込んでいるのだろう。

 

 キラはフラガの腕に心配はしていない。

 というかOSさえ合わせれば、後は放っておいても勝手に上達するような人だ。

 

 しかし、トールの目には毒なのだ。

 実際、グレーフレームのカメラアイはフラガ機を追っている。キラはため息をついた。

 自分が知るナチュラルの中でも、最強クラスのパイロットの機動なんて見て、勘違いして欲しくない。

 何度めかの説得を試みる。

 

《トール、やっぱり止める? 僕の事は気にしないで。むしろ乗って欲しく無いんだけど……》

 

《わ、悪い……キラ、でも俺……お、お前ばっかり戦わせたくないから……が、頑張るよ……ア、アサギさんと俺で、乗れるようになると、お前、や、休めるだろ?》

 

 言葉は立派だが顔色は悪い。

 それもそのはずでトールは今日、初めてモビルスーツで宇宙に出たのだ。

 カレッジでは作業ポッドを動かしていたとはいえ、複雑さが違う。

 兵器に乗っているのだ。強張るな、と言っても無駄だ。

 適正と、本人の強い意思が複合してしまった。

 

 フラガとトールに粘り強く説得され、後から無茶をされるよりは、と、手伝っているが、キラには不安が拭えなかった。

 トールが着用している、パイロット用のノーマルスーツが嫌な記憶を思い起こさせるのだ。

 もう一人のアサギという少女なら、どうなってもいいと言う訳ではないが……そういう訳ではないのだが。

 キラは自分の身勝手さに苦い顔をした。

 

 

 アークエンジェルのブリッジでは、ナタルとノイマンがモビルスーツの訓練風景を見ていた。

 

「もうあんなに動けるのか……」

 

「フラガ大尉はともかくとして、あのケーニヒってのが、あそこまで動けるのは驚きですよ……もたついているとは言え、一応動いてますからね……」

 

 その横ではオペレーターのチャンドラとロメロが、新米ブリッジクルーに仕事を教えながら口を挟んで来た。

 

「ヤマトがナチュラル用のOS、組み上げちゃったんですよね? たしか半日かかってないって……。

 ジンのセキュリティも突破して、そっちのOSも弄ったって言うし、どういう頭してんだか」

 

 キラが今さらジンを操って見せた所で誰も驚きはしないが、ナチュラル用のOSを組み上げた事……正確には記憶を元にした修正に近いが……は、さすがに呆れ半分だった。

 

「ですが、ちょっとは気が楽になりますよ、これで少しは寝れますから」

 

 チャンドラとロメロは手分けして索敵やら、通信管制を教え込んでいく。

 ミリアリア、サイ、カズイの3人が地球連合軍の訓練生服を着て一生懸命に覚え込んでいた。

 ミリアリアは頻繁にトールの機体を心配そうに見ている。どことなく膨れ面をしていた。

 

 さらには協力をお願いされたオーブの歩兵小隊から4人程、選抜された者達が同じくアークエンジェルの性能把握に努めていた。

 副操舵手、CIC電子戦、火器管制、索敵。

 少々不安そうではあったが、アークエンジェルの運用は基本、コンピューターの指示に従えば何とかなる。

 

 彼らの所属や交戦規定については、ウズミ代表の黙認と、誰からともなくの暗黙の了解、更には善意の協力という内容で、知らないふりをする事になっていた。

 ナタルですら何も言わなかった。

 

 大きな問題だと分かっているが、睡眠欲と過労と、倒れ始めるクルーの前では規則・規定は邪魔だった。

 アークエンジェルクルーは、デブリベルトに入ってから民間人やオーブ軍人達の協力を得て、ようやく交代で休息を取れ始めていたのだ。

 

 ただ、ナタルと正操舵手のノイマンだけはブリッジを離れられず、ここ3日程、それぞれの席で仮眠を取りつつしのいでいた。

 疲れからつい眉間を押さえるナタルに、フラガから通信が入る。

 

《こちらフラガ機。連合軍艦艇の残骸を発見した、これより物資の捜索に入る》

 

 ナタルは感情を殺して了解と返した。

 キラのジンはトール機を格納庫へ戻して、フラガの手伝いに行くところだ。

 

《こちらキラです。フラガ大尉の援護に行きます、よろしいですかバジルール少尉》

 

「ああ。構わない……ヤマト准尉。よろしく頼む」

 

《分かりました、行ってきます》

 

 キラのジンがフラガの後を追っていった。ナタルはそれを見送って思わずため息をつく。

 デブリベルト内での物資の探索をしつつ、友軍の勢力圏へ向かっているのである。

 キラの発案だった。

 

 

 アルテミス周辺のデブリ帯へ逃げ込んだ当初、アークエンジェルは友軍との連絡を諦めてでも、さらに奥へ進むしかなかった。

 宇宙はザフトのテリトリーだった、月の周辺まで行けばそうでもないが、それ以外はどこかしらザフト艦がうろついている。哨戒網にかかれば終わりだった。

 

 正直、キラとフラガで力ずくの突破はできないこともなかったが、弾薬類の欠乏と物資の不足、ヘリオポリスから全く休めていないクルー達の体調の問題が、それをさせてくれなかった。

 戦闘につぐ戦闘でついにダウンする者が出始めたのだ。

 

 ストライクは中破。

 すぐに使えるのはフラガのメビウス・ゼロのみ。

 民間人は不安を増大させており、どこでもいいから早く降ろしてほしいと声が増え、説明と説得にマリューとナタルの責任者クラスが出張る事になり、手間が増えた分、艦の方針決定に遅れを出した。

 

 物資の方は特に水の不足が深刻で、ザフトが待ち構えているのを覚悟で、アルテミスに引き返す案まで出た程だ。

 

 そこでキラが、このままデブリ帯からデブリベルトまで進み、そこで遺棄された艦艇や残骸を捜索、物資の調達をすればどうかと言い出したのだ。

 墓荒らしだ。

 誰もいい顔はしなかったが、結局はそれしかないと今に至っていた。

 

 民間人に混じっていたコーディネーター達は不安が強くなっており、これはキラが繰り返し話をして、何とか落ち着かせている最中だった。

 

 戦力的な不安に対しては、整備班と協力を依頼されたモルゲンレーテの技術者、それにキラが加わり、不眠不休で整えて稼働状態に持っていったモビルスーツ3機が解消。

 

 人員の不足をマリューとナタルとフラガで手分けして、民間人とオーブ軍人達にある程度話をした。

 さらには物資を管理する主計科とこれからの節制について話をした。

 そこで限界が来た。

 

 キラが一足先に戦力化したグレーフレームで、守りにつくと言ってくれなければ、安心して仮眠も取れないところまで追い込まれて、マリューが倒れた。

 すぐに目を覚ましたとは言え、軍医からは怪我と、強いストレスと過労と診断され、現在はナタルが艦長を代行していた。

 そのナタルとて、アルテミスでの出来事が尾を引いている。

 

 さらには別の話で、キラもさすがに疲れているのを見て、今度はキラの友人達が艦の仕事を手伝うと言い出したのだ。

 特にカズイは申し訳なさそうにしており、対してキラは、気にしないでくれ、軍属になんてならないでほしい……と念を押して言ったのだが、逆効果だったようだ。

 

 トールはトールで、キラにくっついてモビルスーツのOSを調整する助手をしていたら、興味本意でやったシミュレーションで結構な適正を出してしまい、フラガがパイロット候補にしてしまった。

 キラがフラガの為に、ナチュラルでも使えるOSを組んでいる最中では、止めるのは難しかった。

 オーブ軍人からは同年代の少女を一人乗せるのだ。

 何よりトール自身が望んでいた。

 

 きっかけはキラがナチュラル用のOSを組み上げた時。 民間人である事から、ついに目を背けられなくなった所からだった。

 

 

 

 整備班員やモルゲンレーテ技術者達のどよめきが格納庫に響いた。

 フラガが、ガンバレルストライクを歩かして見せたのだ。キラの組み上げたOSを使って。

 

「ムウさん! シミュレーションをクリアしたのは分かりますけど。早すぎませんか? いきなり実機なんて」

 

「我慢ができないのさ。……よーし! 歩いたぞ、いい感じだ! どうだ! 作動チェックしてくれ、キラ!」

 

 シミュレーションをさっさとクリアしたフラガが、意気揚々とガンバレルストライクに乗って見せて、そしてそれが、これまでにナチュラルが動かしたどのデータよりも、滑らかな物だと言うのが数字に出ていた。

 

 興奮したのは整備班員よりも、モルゲンレーテ技術者達の方だった。

 彼らはオーブ本国から、ナチュラルでも動かせるモビルスーツとOSの開発を命じられて、ヘリオポリスに居たのだから。

 地上用は多少の蓄積があるが、宇宙はお手上げだった。

 

 しかし今、アーマー乗りのエースが、という条件付きだが、確かにナチュラルが動かしたのを見たのだ。中には泣いている者も居る。

 

 技術者達はキラにOSの使用許可を求めてきたが、キラは元よりそのつもりだと返した。

 驚異的な早さで完成品を仕上げた事に驚かれたが、別にキラのオリジナルではない。

 

 元々、オーブに居た時に開発協力をしたモビルスーツ・M1のOSの数字と式を、ほぼそのまま打ち込んで、後はフラガ用に修正しただけだ。

 まだ、甘い所がある。特にガンバレル関係は更に修正が必要だろう。そんなレベルだ。

 

 加えて、グレーフレームは弄ったキラが驚いた。

 M1に似ているのだからオーブ系の機体とは想像したが、思った以上にオーブ系の特徴が出ていた。

 モルゲンレーテの技術者も薄々……と言った感じだ。

 

 おかげで調整は、楽勝とは言えないまでもさして手間取る事もなく進んだ。

 スペックは間違いなくジンより高性能だ。

 実験機か何かは知らないが、部分的にフェイズシフト装甲が備わっている。

 ストライクの代わりに使うのに何とかなるだろう。

 

 フラガはオーブとの件に関しては、知らんぷりを決め込むらしかった。キラを監視している保安部員もあさっての方向を向いている。

 

 ガンバレルストライクは目処が立った、グレーフレームもキラがOSを弄って取りあえずは動く。

 

 マードック率いる整備班は次の戦いに入った。

 X105の修理だった。

 少ない予備パーツと、ガンバレルストライクのコンテナに同梱されていた流用が可能そうなパーツ、それらを引っ張り出して来たのだ。

 

 さすがにローテーションで休むそうだが、キラは頭を下げて回った。

 全員疲れているために、数日は時間が欲しいと言われれば、キラは可能な限り手伝いますと言うしかない。

 

 加えて、フラガから感想を聞いて、キラとトールでガンバレルストライクとグレーフレームの、更なる微調整に入った所だった。

 

 フラガが呟いた。

 

「しかし、4機もあるのにパイロットが2人じゃな……まあストライクは修理中なんだが」

 

 それを聞いて「二人じゃダメですか」と目の下に隈を作りながら聞いたキラに「24時間のスクランブル体制を二人で取るか?」と同じく目の下に隈を作ったフラガが返す。

 

 人が宇宙に出てもならず者はいる。海賊や脱走兵達によるゲリラだっているのだ。

 デブリベルトはそれらが多い危険な場所だった。

 キラは前回の逃避行では遭遇した記憶がない。……運がよかったのだろうと思ったが、ラクスの事が心配になった。

 二人の話にトールが聞き耳を立てている。

 

「オーブ軍の連中には、パイロット適正のある奴は一人しかいなかったらしい。

 艦長が話して、これから訓練を始めるらしいが、誰だったかな。

 アサギとか言うお嬢ちゃんらしいが……。

 なあキラよぉ、誰か居ないのかよ? それでも3人しかいねーよ」

 

 アサギと言う名前に聞き覚えがあった。オーブ軍でモビルスーツのテストパイロットをやっていた娘だ。

 彼女も居たのか、何故だ?

 ただ、それらを顔には出さずに、キラはフラガの質問に聞き返す。

 

「何で僕に聞くんですか?」

 

「ヤマトは何でも知っている、だろ?」

 

 キラは笑った。

 そんな訳がない。もし、そうだったらどれだけいいか。分かっている、冗談だ。

 フラガもにやりと笑って見せる。

 

「ムウさんこそ、不可能を可能にするんじゃなかったんですか?」

 

「あ、やっぱ知ってんだ、その通り。俺は不可能を可能に……と、言いたい所だが、流石に自分を二人にはできんからなあ……」

 

 その言葉にキラはわずかに表情を曇らせたが、フラガは気がつく事もなく笑った。

 

 フラガはキラを気に入ったようだった。と言うか一度、一緒に戦って見れば妙に馴染んだのだ。

 これまで自分についてこれる人間が少なかったので、同等以上の技量を持つキラに、パイロットとして親近感を覚えたと言える。むろん最低限の警戒は怠っていないが。

 

 ただ、それでもそのやり取りが、友人の寂しさを刺激した事にキラは気づくのが遅れてしまった。

 遠い所へ行ってしまいそうな、行ってしまったようなキラを見てトールが立ち上がる。

 

「あ、あの! フラガ大尉! 俺を、違う、いえ、えーと自分をパイロットにしてください!」

 

 キラが目を丸くする。

 周りも一瞬シンとした。そして動き出す。整備班にとっては後回しにできる話だった。

 バイロットどもで何とかしろ、という態度だ。今さらキラ絡みで何が起きても彼らは動じない。

 フラガも寝不足で気分がハイなのか陽気に答えた。

 

「お? 元気がいいねぇ。じゃ、シミュレーションやってみるか?」

 

「はい! お願いします!」

 

 半ば冗談のフラガと、大真面目なトールがシミュレーションマシンに向かうのを見て、我に返ったキラが怒鳴った。

 

「ちょ、……ちょっと! ダメですよ! 何を言ってんですか!! トール! 遊びじゃないんだ! 止めろよ! ミリアリアはどうするんだ!!」

 

 思わぬキラの大声には、流石に格納庫は静かになった。しかし、マードックが怒鳴り返す。

 ケンカならよそでやれ。と。

 彼らは気がいいだけでストレスがない訳ではない。

 フラガがキラの代わりに頭を下げて見せた。

 

 フラガは、キラとトールを連れてロッカールームへ移動した。

 

「珍しいな、キラ。お前がそんなに怒るなんて。どうしたよ? 冗談みたいなもんじゃねえか、試すだけさ」

 

「ムウさん、ふざけないで下さい。この件は譲りませんよ。トール、パイロットなんてやったら死ぬよ。絶対にやらないで」

 

「そんな言い方ないだろ! 俺はお前を助けようと思って……」

 

 キラは気持ちだけで十分だと言い切った。

 トールが死んだ時の光景は今でも思い出す、冗談ではなかった。

 このまま進み、安全そうなら地球へシャトルで降りてもらうか、最悪でもオーブで降りてもらうつもりなのだ。

 志願したら、させたら終わりだと思っている。

 友人達にはアークエンジェルを降りてもらう、そのために戦っているのだ。

 しかしトールは引かなかった。

 

「何だよ、お前ばっかり! 自分がどんな顔してるか分かってんのかよ、カッコつけんなよ! 友達だろ!」

 

「友達だから。乗って欲しくないんだ……!」

 

 キラとしてはとても嬉しい話だが、だったら尚更受け入れられない。それこそ、友人達だけで逃げてくれればいいとすら思っている。

 しかし、フラガがやらせてみるべきとトールの援護に入った。

 

「ムウさん! 本気なんですか!」

 

「キラ、お前こそ本気か? 自分が殺られないとでも思っているのか? 俺もお前も絶対に殺られないって? アークエンジェルの守りは完璧だって?」

 

 フラガは、自分もキラも動けない時、やられてしまった時、そのためにアークエンジェルの防御力を、少しでも高めるべきだと言った。絶対はない、と。

 

 これまで幾つもの苦しい戦況を潜り抜けてきたフラガにとっては、パイロット不足で出せない戦力が、半分近くあるなど受け入れられなかった。

 工業カレッジの学生であるトールなら、一度やらせてみて損はないのだ。

 ダメならそこでストップをかければいいのだから。

 そう言われれば、落とされた経験のあるキラは、勢いを失う。

 

「トールは……戦争なんかするべきじゃない」

 

「そりゃそうだ。言いたい事は分かるぜ? だが今は非常時だ。できるとなれば俺は乗るように説得はする」

 

 加えてと、フラガは言った。キラの立場は微妙な物だと。

 アルテミスに入れなかったのはキラにも責任がある。

 事実はどうあれ、そう思われてしまいかねない状況でもある、と。

 勿論、大本をたどれば、それは大人である者たちの責任なのだが、非常時には常識など飛んでしまう。

 フラガに出来る事は、キラをストライクから降ろすか、またはキラに立場を与えてやる事だけだった。

 

 キラはフラガを睨んだ。

 

「どうしろって言うんです」

 

「志願すればいい、連合に。

 言っとくが今のお前は犯罪者だぞ? 頼っておいて悪いが、民間人だからな。……ばれちまってるし。

 ただ、誤魔化しが利かないでもない、だから志願するんだ。

 他の連中だってお前が連合軍人になりゃあ、とりあえずは治まるさ、こっちにだってコーディネーターはいるんだからな。あとは手柄なりなんなりで、大西洋連邦の市民権でも貰えばいい……」

 

 ザフトの友人の事はフラガは口にしなかった。

 

「……僕は軍人になりたい訳では。ただアークエンジェルを守りたいって、本気で」

 

「分かってるよ……参るぜ、我ながら。腕のいい奴はすぐ気にいっちまう。けどな、まだ信頼はしてないんだぜ。他の連中もな。

 ストライクは乗る、訳は話さない、でも自由にやらせてくれ、意見も聞いて欲しい……それが通らないのは分かるだろう? けじめをつけろよ、キラ・ヤマト」

 

 キラは目を伏せる。

 トールは自分が手伝いたいと言った事で、思わぬ方向に話が言った事に慌てた。

 そんな話になるとは思わなかったのだ。

 トールは発言を撤回しようとしたが、フラガに諌められた。

 今は誰にも頼れない、自分で何とかしようとするのは悪い事ではない、と。

 キラは口を開いた。

 

「僕が軍人を選ぶと、友人が付いてきかねません、それは嫌です」

 

 フラガは肩をすくめる。深刻になる前に対立を和らげるのは上手い人間なのだ。

 

「まあ、お前を味方にしておきたい、ってのが一番だがな。時間はあまりないぞ、その友人を説得するのも、この艦に居場所を作るのも、力を持っておきたいのも、全部が思い通りにはいかないんだからな」

 

「……戦争をしたい訳じゃないんですよ」

 

「俺だってそうさ、意味もなく、戦いたがる奴なんかそうはいない。戦わなきゃ何も守れねえから戦うんだ。

 で、トールって言ったな? お前はどうすんだ? 友達はこう言ってるぜ? 止めるか?」

 

 フラガから睨まれてトールは震え上がったが、それでもハッキリと言ってのけた。

 

「す、すいません、俺、考えが足りませんでした。志願するとか考えなくて……け、けど! やっぱり手伝いたいです! キラばっかり大変なのは、なんか嫌です!」

 

 フラガはトールの頭をがしがしと撫でる。

 

「よーし、よく言った! やってみろ。ただし! ダメなら俺はハッキリと言うぞ? そん時はお前は雑用だ、いいな!」

 

 ハイ、と元気よく返事をするトールに、キラの表情は重くなった。

 

「ムウさん! モビルスーツの整備やりませんよ!」

 

「じゃあ俺一人で戦う事になっちまうな」

 

「キラ、頼むよ! 俺、心配なんだよ。手伝わせてくれよ!」

 

 それからしばらくキラは粘ったが、シミュレーションをやったトールのスコアが、アサギという少女とほぼ同レベルの合格点を出してまった事で、何が何でも乗ると言い出したトールに根負けしてしまった。

 

 トールはかなりの速さでモビルアーマーの操縦を覚えるような、優れた勘の持ち主だ。数週間未満の訓練で実戦に出る程の。

 フラガからも、鍛えれば物になるかもと言われた事で、トールは完全にそのつもりになったらしい。

 

 キラは降りられる時が来たら、アークエンジェルを降りてもらうとの条件を出して、教える事にした。

 後からいきなりモビルアーマーに乗られるよりは、今からモビルスーツに乗せた方がマシと。

 トールを死なせないように鍛えるしかなかった。

 

 

 そうして、ナタルとフラガ、マリューの責任の下で、現地徴用の野戦任官を受けたのが先日の事だった。

 計ったようにサイ達までアークエンジェルのブリッジに入った事には、キラは完全に腹を立てたが民間人の何割かまでが、交替で艦の雑務に手を貸しているのを見れば流石に止めさせるのは難しかった。

 アークエンジェルも人手が足りないのは分かるのだ。

 

 キラがどこかの通路の壁を、1発だけ殴ったのを知る者は保安部員だけだった。

 

 

 

 

 艦艇を手早く探索したキラはジンを操って、フラガと一緒に使えそうなコンテナ類を運び出した。

 多少の弾薬と食糧が見つかっただけだった。

 無いよりはマシだ。

 

 戻ってからはまた、フラガとトール、そして交替でグレーに乗るアサギ・コードウェルの訓練に入るのだ。

 更にはフラガと手分けしてのスクランブル待機がある。機体の整備も手伝わねばならない。

 

 そしてラクスの乗る船の救助だ。

 やるべき事、考える事はいくらでもあった。

 

 

 




アークエンジェルの態勢を立て直そう。と思ったら一話じゃ終わらなかった。どれだけボロボロなんだよ、この船……。

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