一話10000文字は疲れるかと思いましたので。
デブリの隙間を縫うように飛び回るジン。それを操るのはキラだった。
2方向から機銃や無反動砲が撃ち込まれる、いずれも敵対するジンが撃ってきていた。
デブリの陰に潜んでいた海賊だ。
これで3度目の襲撃だった。
キラがスクランブル待機しながら、アークエンジェルの甲板上で、グレーフレームに乗るパイロットの訓練に付き合っている所だった。
艦の防御力を上昇させるために、フラガとともに苦しいローテーションに耐えていた。
待機しながら訓練をする、または指導する……責任は重かった。
現在のアークエンジェルに時間は貴重だった。
当初、キラにはグレーフレーム、またはガンバレルストライクでの待機が指示された。
しかしキラは、パイロット候補達にジンでの訓練をさせたくないと反論した。
グレーフレームで訓練をさせたいと。
ジンより安全性が高いのは確実だから、訓練生を乗せるならそっちだと主張したのだ。
加えて整備班より、ストライク系の予備パーツ、消耗部品の在庫の不安から、ガンバレルストライクの共用は怖いと主張が上がった。
過剰に稼働させると、交換部品が心細いのだ。
実際、キラ、フラガの両名は整備班から、「機体の損傷はともかく、各部分、武装の損失は勘弁してくれるとありがたい」と言われている。
無くしたストライクの左腕と右足、そしてエールのライフルとシールド喪失はやはり痛かったらしい。
そのためX105の修理が終わるまではと、キラはOSを弄った鹵穫ジンに乗っていた。
装備は元々くっついていた重斬刀と、最初に襲撃してきた海賊の機体から奪った突撃機銃だ。
武器はともかく、機体のセキュリティ突破にはそこそこ手間がかかった。
ただ、仕方ないとは言え、やはり対処に限界はある。
ある瞬間、不意にデブリの陰からジンが飛び出して来たのだ。
3度目の襲撃。
ジンを使うからと言って必ず敵とは限らないし、悪質な悪ふざけをする友軍の可能性もあったが、このデブリベルトにおいて明らかに危険な動きだった。
アークエンジェルのブリッジ部分に接近する動きを見て、キラは今度も即断で動いた。
海賊だと。
グレーフレームのパイロットに、シールドを構えて防御しているように指示すると最初の1機に突っ込んで行った。
OSを弄ったと言えどジン。操るキラには物足りない性能だが、相手のパイロットはキラの動きに心底慌てたようだった。
動きがぎこちない。
さらにはアークエンジェルの破壊ではなく制圧に来たのか、艦に対しての攻撃が甘いのも幸運だった。
まずはモビルスーツをと考えたのか、迎撃に出たキラに攻撃をしかけて来るのはありがたい動きだ。
キラは相手の油断や動揺につけこみ、海賊を排除にかかった。
遠くの敵に牽制射撃を加えつつ、自分に放たれる射撃を回避しながら難なく1機のジンに距離を詰め、そのまま容赦なくコックピットに重斬刀を突き入れ無力化。
機銃の弾が切れたので、ちょうどいいとばかりに無力化したジンから突撃機銃の弾倉を奪い取る。
さすがに弾倉にセキュリティは無い。
装填すると機体ステータス表示にはあっさり装填完了のアイコンが出る。
キラは残りの2機に牽制射撃をしながら、猛然と突っ込んで行った。
アークエンジェルにまとわりつこうとした2機のジンは、防空火力の高さに戸惑っている内にキラの接近を許し、あっという間に1機がコックピットを潰され無力化。
最後の1機が逃げ出した所で、キラは一瞬見逃したくなったが、追跡する。
ナタルからは、情報漏れを防ぐために制圧、または撃破しろと命令が出ているのだ。
デブリを必死ですり抜けていた海賊のジンを、キラはあっさりと先回りし追い詰め、制圧。投降させてしまった。
奇襲は許したが、結果としてはアークエンジェル側の圧勝だった。
グレーフレームに乗っていたアサギは、ジン3機を引っ張って収容するのを手伝った。
これも動作訓練になる。
操縦しながら、隣で同じくジンと武器を運ぶキラの機体に目が向いてしまう。
「すごいですねー、ヤマトさん……」
《いえ、まだ油断できません、早く運んでしまいましょう。グレーフレームは異常ありませんか? アサギさん》
「大丈夫! 良好ですよ、すっごいよく動きます」
彼女は、キラが手を入れたOSによるモビルスーツの動きを気に入っていた。
まだ固い所や引っ掛かる所はあるが、彼女が経験してきたハード・ソフト、どの組み合わせよりもよく動いてくれるのは本当だった。
アサギ・コードウェルは、オーブ軍の歩兵小隊所属ではあるが、実際はオーブ軍のパイロット訓練生だった。偽装してへリオポリスに派遣されていたのだ。
任務の内容は0G……宇宙空間でのモビルスーツ・OS開発計画におけるテストパイロット。と言っても未熟もいいところの腕だが。
同僚は地上で、同じくテストパイロットをしているはずだった。
へリオポリスに対して、ザフトがこれほどの強硬姿勢を取ってきた理由は彼女には分からない。
しかし、本国より《一時協力態勢への黙認》があったと言われれば、生き延びる為にこのアークエンジェルは守らねばならなかった。
詳細なデータと経験を持ち帰る必要がある。国防の為だ。
モビルスーツはあるがパイロットが居ない、と、頭を悩ませているアークエンジェル側に、パイロットをやる、と言うのは勇気が必要だった。
一応オーブでも有数のモビルスーツ経験者だが、それは開発もままならないオーブの中での話だ。
この艦はレベルが違う。
やることになったシミュレーションマシンで、適性がある、と喜ばれ、戦力強化の為にモビルスーツに乗ることを考えてほしいと言われたのだが。
この艦にはエンデュミオンの鷹……ムウ・ラ・フラガ大尉が居た。
地球連合軍でも屈指のエース。アーマーでジンを落とす凄腕である。
もう一人いるパイロットは同年代のコーディネーターだが、こちらも、ナチュラルのアサギにとっては異次元の動きをする存在だった。
動きを見たのはへリオポリス内で戦闘の時だが、4対1で止まっている艦を防御してのける怪物だ。
この二人に混じるのか……と気後れしたが、いざ、実機の動作訓練になると感動してしまった。
自国で開発中の機体・M1にやたら似ているグレーフレーム、とやらに乗った感触は最高だった。
とにかく動かしやすいのだ。
操作へのタイムラグが少なく、反応が良好。しかも操縦桿の過剰反応などは抑えやすい。
オートバランサーのフォローは優秀、選択できるモーションパターンは分かりやすく使いやすい。ときている。
これをオーブに持ち帰れれば、きっと役に立つ。
そういうOSだった。
ここまでM1に似ているという事は、やはりプロトタイプのあれに通じる機体かもと思う。……しかしながら、自分の直属の上司とは現状連絡の取りようもない。
ならば兵隊らしく、余計な事は知らない話さない、と考え、言われた事をこなそうと考えていた。
最近では、民間人から志願したと言うトールと共に、競争するように腕を上げていた。
不謹慎だが、充実感がないではない。
とは言えアサギは訓練生である自分を自覚していた。まずは最低限、この艦の防御を、一部でも出来るようになる事だと、気合を入れ直す。
起きている間は、シミュレーション、座学、実機訓練の繰り返しだ。
きつい事は確かだが、目の前で艦を守って見せたキラや、フラガの最近の顔を見ては弱音は吐けなかった。
現在、アークエンジェルには機動兵器の正規パイロットが2名しかいなかった。
フラガとキラだ。
場所が場所だ。
対艦戦闘はともかく、対機動兵器戦は二人に頼る事になる。
ブリッジではナタルが艦長席に座り、息をついていた。
今回も被害が0だ。助かった。
しかしこれで3度目だ。海賊相手に後手に回っている。
「また奇襲とはな……索敵班、反応はなかったのか?」
ナタルの問いに答えるのはサイ、トノムラだ。
「す、すみません、ありませんでした」
「いきなり現れました。今回も移動してきた痕跡は極端に少ないです、岩塊の陰に潜んでいたものと思われます」
ナタルは静かに了解と答えた。
キラ機やアサギ機が回収してくるモビルスーツや、武装に黙って目線をやっていた。
キラのジンは海賊のパイロットを手で握らずに、ワイヤーで縛って引っ張っている。
両手には奪った突撃機銃と無反動砲だ、新手を警戒している。油断が無くて結構。
もう放っておいても仕事をしてくれる。
しかし、ジンはいらない。もういらないのだ。
無傷のジンはこれで2機目だ。キラは襲撃がある度に何かしら機体を確保してくる。
アークエンジェルには今、8機のモビルスーツがある事になる。5機がジンだ。
ザフト艦かこの船は? 何の冗談だ。
ナタルはどうした物かと考える。
その気になればモビルスーツの10機ぐらいは収容できるが、多いと格納庫では邪魔になる。現実的には7、8機以下が妥当だろう。
どうするか。機銃と無反動砲も幾つか手に入った。
キラは、ジン用武装とその弾薬は多少集まりつつあると言っている。
弾薬はともかくとして、機体や武装のいらない分は投棄するか? 損傷機は甲板にでもくくりつけてカカシにでもするか、いっそ捨てるか。
ナタルが海賊避けにでも……と、そんな事を考えていると、マリューが慌ててブリッジへ入ってきた、先程ナタルと交替したばかりだったのだ。
病み上がりだ、顔色は良いとは言えない。
戦闘が終息している事に、マリューは安堵した。
ナタルが状況を説明する。
「ジン3機による無警告での先制攻撃を受けました。
ヤマト准尉がこれを撃破、機体を鹵獲。
内容は小破ジンを2機、ほぼ無傷のジンを1機。パイロット1名を連行中です。
味方に損害はありません。
幾つかのモビルスーツ用武装、及び弾薬を確保しました……制圧前に連絡をされたかは不明です」
「ありがとう、ナタル。……これで3度目の襲撃か……キラ君はもうすぐ休息よね?」
「はい、フラガ大尉のガンバレルストライクと交代させます。それと艦長……アークエンジェルのイーゲルシュテルンは残弾が25%を切りました、ミサイルは50%、副砲のバリアントは35%です」
実弾兵器の弾薬不足は既に危険域だ。
へリオポリスからナスカ級に追い回されたのが痛い。
元々積み込めた量が少ないのに加えて《G》を相手にした状況での弾幕は消費量が酷かった。
マリューは眉をしかめた。
ブリッジ要員が増えた事で、何とか休息が取れる態勢にはなった。
整備班にはモルゲンレーテの技術者が、オーブ軍の者達の内、ブリッジ要員ではない者は整備班と保安部に振り分け、手が回らない部署全般の支援をお願いした。
これでもまだ足りないが、そこは自動化の進んだアークエンジェルだ。
ようやく、何とか手が回るようにはなっていた。
しかし、今度は物が無かった。
指揮官達は声を潜める。
「……キラ君は、このまま進むべきと言っているのよね、ナタル、どう思う?」
「弾薬消費量から見れば、デブリベルトを出ようが出まいがそんなに変わりはないと思います……あのナスカ級に追われるよりはまだ……それに」
ナタルは言いにくそうにしているが、キラやフラガが時折、進路上から見つけて来る物資がありがたいと思っていた。
弾薬よりも、食料と水。正確には食料と氷だが。
マリューも同意見だった。墓荒らしなんて好んでやりたい事ではないが、こちらはじりじりと底が見えてきている。特に水は不安だった。
そこそこ減っては少し見つかり、大きく減っては少し見つかり……と言った所だ。
今日、明日ではないが、二週間は持たないかもしれない感触だ。
民間人を不安にさせたくないから話せもしない。
大規模な補給が必要だった。もしくは味方との速やかな合流が。
「……やっぱりデブリベルトから出て、通信を送る方がいいのかしら」
「できれば、今すぐそうしたいですが……」
状況は微妙に感じる。
その方法を取っても確実とは言えないから迷っていた。味方が先に来るか、ザフトに見つかるのが先か。
彼女達の躊躇いはキラの意見から来ている。
デブリベルトに入って、やっと一息ついた。苦しいが何とかなった。
そこで次は障害物だらけの、この場所を出て、レーザー通信で改めて月本部に救援を要請しようと言う話になった。
そこでキラが言ってきたのだ。
連合の援軍は遅れる、かもしれない。
助けはマリューの所属する第8艦隊からが一番早く、しかもその本隊と合流できるまでは、ザフトの哨戒網がかなり厳しくなっている、かも。
そう言って来たのだ。
デブリベルトも哨戒網はあるがまだマシで、こちらでは物資が手に入るからデブリベルトを出たくないとも。
それを聞いてマリューとナタル、フラガは気落ちした。
またか、と。しかも今度もまた厄介そうな内容を聞かされた。
とにかくデブリベルトを外れるのは止めてくれ、と必死に頼んでくるキラを見れば悩まざるを得ない。
行くしかなかったとは言え、アルテミスでは危うく沈みかけたのだ。今度はナタルを始め、誰も怒る事はなかったが、誰もが詳しく問い質したいようだった。
何故そこまで具体的に言えるのか。
しかし、3人とも新しい地雷を踏みたくなかった為に、結局はうやむやになってしまっている。
もはや訳が分からない。
「……ナタル。今すぐデブリベルトを出たとして、月から来る、いえ、来ているかも知れない、友軍との合流に高速で向かったら……行けると思う?」
「通常であれば何とか。ただ、もしヤマト准尉の言うように、救援が遅れて来るのであれば、間に合わない可能性が。
その場合、途中で物資を手に入れる場所がありません、戦闘に巻き込まれるとさらに厳しくなるでしょう……それに」
ナタルは少し考えてから、もう一度口を開いた。
「……月本部や、地球連合に何らかの混乱や乱れがあるのは見て取れます。
倫理的、道義的にはともかくとして、このデブリベルトで物資を探索しつつ、少しずつでも友軍の勢力圏に近づくのは悪い手ではないかと」
キラが嘘を言っている、間違った情報を言っている、と断定できる根拠がない……ナタルはそう結んだ。
最初にキラから意見を言われた時よりは、冷静に話していた。
「……キラ君の事をまだ納得できない……わよね」
マリューの問いにナタルは、少なくとも今は必要です、と、だけ返した。
キラが本気でアークエンジェルを守ろうとしているのは、分かってきた。それはまあ納得できなくもない。
だからちゃんと納得をしたいのだ。
何故なのかを知りたい。
一度、取り返しがつかなくなるのを覚悟で、腹を割っての話し合いをマリューもナタルも、フラガも望んでいた。
キラの方からも、何かを話したがっている節があると見ていた。
しかし、忙しすぎて艦の責任者達と、エース達が顔を会わせるのは現状不可能に近かった。
馬鹿みたいな話だが、アークエンジェルの艦内体制が整い始めた分、彼ら彼女らには信じられない量の仕事が襲いかかっていた。
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グレーフレームに対するアサギの感想をちょっと修正