機動戦士ガンダムSEED~逆行のキラ~   作:試行錯誤

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時系列的におかしくなるかもしれませんが、この辺りでこの話を入れとかないと展開させづらくなるので。
唐突ですが、アスランの話になります。




亀裂

 

 

 プラント本国へ帰還したクルーゼ隊の面々は、短い休暇を許可された。

 

 クルーゼとアスランの二人だけは、他の者と違い議会への出頭を求められ、今回の作戦の経緯をまとめておいた報告書、映像データと共にシャトルに乗った所だった。

 

 帰還するまでに既に奪取した機体のデータ、さらには作戦の報告も送ってはいるのだが、それに重ねて、口頭でも発言してもらう為とアスランは聞いていた。

 心当たりのある身としては従うのみだった。

 

 失態を糾弾されるのか、と。

 アスランは自分を戒める。

 

 父の立場を分かった上で志願したのだ。善きにせよ悪きにせよ、自分の言動にはそれが付いて回るだろうと。

 せめて見苦しい態度にはならないようにと、余計な思考を頭から消し去った。

 

 

 二人の為だけに用意された特別便のシャトル。キャビンに入るとそこには、5人の先客がいた。

 国防委員長パトリック・ザラ。

 彼がシャトルの中に1人座っていたのだ。側には警護の者が4人ついている。

 

 クルーゼはわざとらしい驚きを見せると、アスランを伴って彼のすぐ近くに座った。

 

「これは……こちらにいらっしゃるとは」

 

「私はここに居ない事になっている。そういう事だ」

 

 議会へ見せる前に、まず自分へ物を見せろという事だ。そして必要とあれば口裏を合わせる……特権というよりは強権だった。

 しかしクルーゼは承知とばかりに無言でケースを渡した。中身は二種類のデータだ。

 議会へ見せる方の報告書と、《事実を書いた》報告書の二種類だった。

 

 アスランは黙っている。自分には発言の資格などないし、父はここに居ない、と言ったのだ。

 ならば邪魔はできない。そう判断した。

 彼は、パトリックとクルーゼのやり方を不思議にも思わない。

 

 パトリックはしばらくデータに目を通してから、目線を前に向けたまま一言呟いた。

 

「失態だな、クルーゼ。何故沈めなかった?」

 

「泳がせるのも一つの手かと思いまして。偶発的な要素は否定いたしませんが、こうなるとザラ委員長に取っても利用価値は少なくないかと」

 

 クルーゼはまったく悪びれる事なく答えた。

 足つきの件だ。

 逃がした時から想定してきたやり取りだ。慌てる物でもない。

 失態を失態として認めずに、次の為の布石だとして報告すればいいのだ。この戦争が終わるまで動ける時間さえ手に入れば後はどうでもいい。

 今だけ納得させればいいのだ。続けて口を開く。

 

「しかし、ザラ委員長に余計なお手間を取らせてしまった事には申し訳なく思っております……クライン議長辺りは、やはり?」

 

「今さら、手を緩めろ……などとな。

 勝ってもいないのに何を言うか。まずは敵を叩いてからだ。

 そういう意味ではクルーゼ、今回の件は功績を考えても、完全には相殺できん。へリオポリスは中途半端な結果だった」

 

「分かっています。面倒をおかけしました」

 

 殊勝な言葉を吐いたクルーゼだが、パトリックとしては所詮は功罪を相殺するだけの話だった。

 ある程度は、対外的な面から厳しくしておかねばならない……が、だから早く次の功績を立てろと。

 その為の話だと匂わせたのだ。

 

 そもそもクルーゼ隊には評議会議員の子息が連なっているのである。

 クルーゼを公式に激しく糾弾するという事は、その下で戦った彼らの経歴に汚点を残す事になりかねない。

 

 だからへリオポリスを襲撃させた人員が彼らなのである。その為に若い赤服達を連れていかせたのだ。

 

 パトリック・ザラにしてみれば、戦争ごっこをしている他の議員を黙らせるなど簡単な話だった。

 彼らは戦争をしているのではない。ごっこをしているのだとパトリックは考えていた。

 ただ戦っていれば、中途半端にやっていてもいつか目的が達成出来ると思っている、ばか正直な連中だと。

 

 自分のように明確に敵を叩き潰す方策を取ろうとしないから、いつまでも終わらないのだ。それで戦死者をどうこう言うのだから笑えもしない。

 10億人を殺した自分達に交渉の余地など無い。する気もない。

 とっくに生きるか死ぬかの状況になっているのだ。

 

 自分以外の連中にはそれが分からないらしい。

 だから自分がやるのだ。連合の態勢が整う前に。

 必要とあればどんな犠牲を払ってでも、敵を討ちきってしまうべきだ。……パトリック・ザラはそう信じていた。

 

 その為にラウ・ル・クルーゼを使っているのだ。

 自分に近い考えの持ち主の彼を。今、彼を切り捨てる選択肢はなかった。

 

「クルーゼ。オーブを早めに表舞台へ引きずり出さねばならんぞ、分かっているな? それと……」

 

 クルーゼの返事を待たずにパトリックは話題を変える。

 

「こっちの件は明らかに問題だ。戦闘中に、知り合いに《よく似た敵》がいたから混乱したパイロットなど……話にならん。

 そのパイロットは貴様の権限内で厳しく注意しておけ……議会での説明が必要になるかもしれんぞ。どうするつもりだ?」

 

「その件につきましては私の監督不行き届きです。申し訳ありません……しかし、相手は極めて危険な情報工作員の可能性が強かったのです。

 ザラ閣下のお命を狙っていた可能性もありえました。

 そこで、アスラン・ザラは危険をかえりみず、機密漏洩の可能性を探り、さらには敵を撃破しようとしたのです。実際に敵は凄腕でした。

 あるいはオーブ特殊部隊の可能性も否定はできません。

 残念ながら討ち果たす事は叶いませんでしたが、彼が出撃していなければ被害は更に増していたでしょう……事実、複数名の戦死者が出た厳しい戦況でした」

 

 パトリックは黙って頷いた、クルーゼの《説明》と他の工作を組み合わせて、敵対する派閥からの追求をかわせるか計算したのだろう。

 

 アスランはいきなり変わった話題を聞き、少ししてからその内容が自分の事を話しているのだと気付いた。

 そしてショックを受けた。

 

 自分の独断先行での失敗がまるで、惜しい結果に終わった手柄のように会話がなされた事。

 キラがスパイだと断定されているような言い方。

 味方の犠牲を抑えたかのような話しぶりに。

 口を開きかけ、思い留まった。

 

 歯を噛み締める。

 クルーゼの立場としては、そう言うのが正しいのだとアスランは思い直した。自分をかばってくれたのだと。

 事実、自分でもキラをそう判断した。

 キラは確かに洗脳されてしまったのだろう。……しかし。

 しかし、今のクルーゼの言い方では……どちらかと言えばアスラン・ザラの失態を隠すためにやっているような印象があった。父、パトリックのそれも含めて。

 

 自分のミスから生まれた事だと恥じ入りながらも、アスランはどこか心に引っ掛かりを覚えた。

 咎められると思っていたのだ。

 なのに事実を塗り替えられるようなこの流れは……。

 

 アスランの思考には関係なくパトリックとクルーゼの会話は進んでいく。

 

「……ログは面倒だな。整備員は替えを用意するか」

 

「では、ヴェサリウスの整備員は、本国勤務へ栄転という事で?」

 

「それが良かろう、今回の件で次期主力機の開発に話が向くはずだ。それに合わせて機密エリアにでもしばらく行ってもらう。

 パイロットには今回の件で、余計な発言をさせないように指導をしておけ」

 

「分かりました」

 

 本来の歴史の流れであれば、成されなかった会話である。本来の歴史の流れであれば、アスラン・ザラは黙って聞いていた会話だった。しかし。

 

(……私の失態を隠すと言う事ですか、父上)

 

 味方を死なせたというのに。義務を果たせなかったというのに。他の者に不利益を押し付けると。

 

 母の為か? 自分の為なのか? それとも息子の失態をかばっているのか? ……プラントの為か?

 プラントの為と言って欲しい。

 そんな……まるで《悪意》を感じるかのような言動はその為にやっていると。必要な事なのだと。

 

 戦争を終わらせる為に。

 

 アスランはその言葉が頭に浮かんだ瞬間、声を発していた。パトリックとクルーゼの声が響いていたキャビンに、3人目の声が響く。

 

 

「父上……今回の作戦は意味があったのでしょうか?」

 

 

 キャビンの空気が変わった。

 パトリックは前を向いたまま、無言。だがパトリックのその態度は、アスランに何故か勢いをもたらした。

 クルーゼが静かにアスランを嗜める。しかしアスランは黙らなかった。

 

「アスラン、落ち着きたまえ」

 

「私はプラントの為に戦いました。そして失敗をしました。それが事実です。目を背けるつもりはありません、私への罰は私にお願いいたします」

 

「馬鹿者め」

 

 パトリックは眉をしかめてデータに目を落としている。苛立ちが見えた。言葉には黙れとの意思が強く籠っている。

 アスランはそれを感じた上でもう一歩踏み込んだ。

 

「納得をさせて下さい。……へリオポリスへ攻撃をかけたのはプラントの為なのですよね?

 必要な事だったと。この戦いの決着点に向かう為だと。

終わりが見えていると」

 

 決着点。何故かそんな言葉が口をついて出た。

 戦争終結。

 アスランはそんな事は考えた事もなかったが、何故か今、父に聞いてみたくなったのだ。

 ナチュラルに対する恨みも怒りもあるのだが、どうしてそんな感情になったのかは上手く説明がつかない。だが何故か今、父に聞いてみたくなったのだ。

 貴方は終わりが見えているのか? と。

 

 パトリックは無言だった。クルーゼも無言、ただ、クルーゼの口の端はわずかに歪んでいた。

 アスランにはそれを把握する余裕などない。パトリックしか見ていなかった。

 

「父上……お聞かせ願えませんか」

 

「馬鹿者が、立場を弁えろ!」

 

 ついにパトリックは息子を怒鳴りつけた。

 彼の言葉は正しい。

 

 パトリックとクルーゼの会話の内容が良い悪いは別にして、一兵士が口を挟んでいい物ではないはずの事だった。

 それを察して、弁えられるだろうからここに同席させてもらっているのである。

 職分を超えたのはアスランだ。

 この場に居るのがクルーゼだけなら、パトリックは黙ってアスランの質問を無視したろう。

 

 だが護衛に4人居る。パトリックが選んだとは言え4人も他者が居るのだ。

 知った話を漏らすような者は居ないはずだが、パトリックにしてみれば特別に便宜を計ろうとしたら、その息子から反抗されたなど大恥も良いところだ。

 肉親のコントロールも出来ないなどとは、避けねばならない噂の一つである。

 

 パトリックはこの場で、兵士であり息子でもあるアスランを納得させた上で黙らせる為に、言葉を放つ必要に駆られたのだ。

 アスランにとって望む展開だった。

 

「父上」

 

「ここは君の自宅ではない、アスラン・ザラ。……貴官は議会の決定に従いたくないから、そのような発言をしているのか? 違うのなら、黙って義務を果たして欲しい物だな」

 

「一兵士の疑問にも答えられないと仰るのですか? 作戦内容は敵対しつつある国の試作兵器の奪取。これは間違いなくプラントの為になるのですね?」

 

「それこそ貴官が口を出す事ではない」

 

「自分は何人も死者を出したはずです……ひょっとしたら民間人にも。

 父上はクルーゼ隊長との話の中で、それを許容しているように見受けられました。むしろ、被害の拡大すら許容するかのような発言を」

 

「……まるで責任逃れをしたいような口ぶりだな、アスラン・ザラ」

 

「私の責任は私が取ります。だから、納得させて頂きたいだけです。オーブは敵だった。それでよろしいですか?」

 

「当然だろうが……! 連合に与してからでは遅い、だから討つのだ! 必要な手を打った。それだけだ」

 

 パトリックは目線だけを動かし、ようやくアスランの顔を見た。

 

「これは議会での方針に従っての行動だ。

 事態は想定の内だ、決着点も見えている……息子だと言うなら、なおさら弁えて欲しいものだな……!

 もう一度言うぞ。貴官のレベルでは考えられない事を、評議会が考えている。以上だ。いい加減にしたまえ」

 

 そうではない、そういう言葉が聞きたいのではない。しかしアスランはこれ以上は言葉が出なかった。

 どう聞いていいのか、分からないのだ。

 自分でも分からない内に感情任せに放った言葉、それに返ってきたのは当然の内容だ。

 だが聞きたかったのはそういう事ではないのだ。

 

「……申し訳ありません、差し出がましい真似をいたしました」

 

 アスランは、自分でも何を発言していいのか分からない為に引き下がる。

 既に目線を外したパトリックは、これ以上は話す気がないのか前を向いてしまった。

 クルーゼが一言、なだめるように口を開いた。

 

「アスラン、そういった感情は悪い事ではないが。少し忍耐を覚える事だ」

 

「……はい」

 

 アスランは俯いた。

 終わってしまった。聞きたい事が聞けていない。しかしパトリックもクルーゼも黙ってしまった。

 アスランにこれ以上発言させない為に、発言を許さない空気を出していた。

 

 アスランは納得できていなかった。

 今までは考えなかった事柄が頭の中を回り始めていた。

 

 連合はモビルスーツを開発したのだ、オーブと共に。

 OSもその内に整うだろう、ならプラントはこれからは苦境に陥るのではないのか? 国力で負けているのだ。

 もしかして、オーブは敵にするべきではなかったのでは? 自分は間違ったのではないのか?

 

 兵士として、考えるべきではないと思っていても疑問が湧いてくる。

 

 何故父上は……対連合の為か? ならオーブは味方にする方が正しかったのではないのか? 潰してどうする。

 潰した方がプラントの為になるのか? 勝つ為に……ナチュラルを、さらに叩く為にか。

 

 どこまで叩くつもりなのだろうか?

 

 アスランはそこまで考えて、ぎくりとした。

 どこまで叩くつもりなのか。それを聞いた事がない。

 それは誰も教えてくれた事がない。

 

 どこまでやればいいのだ?

 

 それは戦略も何も考えていない、若者のただの思いつきだった。

 だが、だからこそアスランはこれでいいのだろうかと感じた。父の姿に、自分を見た気がしたのだ。

 

 キラと戦っている時の自分は、今の父のようなのだろうか、と。

 パトリックとクルーゼの話からは、失言や矛盾というものはアスランには感じられなかった。

 しかし命のやり取りをしながら叫んできた、キラ・ヤマトの言葉との違いは感じ取った。

 

 キラからのメッセージを思い出す。

 

(……煽られている? 父が? ……誰に?)

 

 小さな疑念が生まれた。

 騙されているのはこちらだと断じたキラの言葉が甦る。

 騙されている、クルーゼは危険な……。

 

 アスランは慌てて思考を打ち消した。

 

 違う、この思考はおかしい。間違っている。

 間違っているのは自分だ。いや、間違っているのはキラの方だ。

 くだらない妄想だ。

 自分は失敗して神経質になっているのだ。恥ずべき事だ。

 

 プラント評議会は、さらに連合を叩いてからと考えているのだろう。そうだ。ちゃんと考えがあるに違いない。

 自分が口を出す事ではない。

 自分は兵隊として本分を尽くすのみだ。

 若輩の自分が余計な事をしてはならない。

 

 無理矢理にそう決着させた。

 

 だが、アスランの心にはある価値観が生まれていた。

 一歩だけ引いて考えてみる、といった価値観だ。

 

 もう一度、キラのメッセージをよく読んでみた方がいいのかも知れない。

 そうアスランは考えた。

 

 

 クルーゼはアスランを見る事もなく。微笑を浮かべていた。目の奥には、新しい駒が手に入ったかのような喜色が滲み出ていた。

 

 

 






よし、一応フラグを仕込めたぞ。

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