機動戦士ガンダムSEED~逆行のキラ~   作:試行錯誤

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不器用な逆行者 1

 

 数日ぶりの拘束。

 独房に入れられたキラは、ベッドに腰を下ろし、そして肩を落としていた。

 また拘束された事にではない。

 自分のやり方の拙さにだ。

 そしてそれを、改めて指摘されている最中だった。

 

「なあヤマトよぉ。どんな事情があるかは知らないが。あんな言い方じゃ駄目だと思うぜ?」

 

「少し勝手すぎるな」

 

 檻越しにそう声をかけてくるのは、2人の保安部員だった。

 彼らは、キラがへリオポリスで独房に入れられた時の見張りであり、アスランにメッセージを送るのはどうかと提案してくれた二人でもある。

 アークエンジェル内でも、よく顔を合わるようになった者達。……記憶にあるよりも親しい、という言い方は妙だが、とにかく顔馴染みになってきた相手だった。

 

 本来、監視対象とこのような会話をする関係はあり得ない。しかしキラが妙な真似を何もしないために、退屈をもて余した結果だった。

 

 保安部も最初の内は最低4名から6名を、キラに張り付ける態勢を取っていた。

 実弾を装填した銃や防弾ベストに電磁警棒、閃光手榴弾やガス弾まで完全装備して、常に一部の隙も作らぬ勢いだった。

 しかしその内に「……スクランブル待機でモビルスーツに乗せる人間を、艦内でここまで警戒をして意味があるのか?」となり。

 

 他部署の忙しさもあって1人が他のシフトに回り、2人が他の部署に回り。

 実弾から電気銃になり、防弾ベストは重いと嫌がられ始め。最終的にゴムスタン装填の装備を持つ2名だけになったのが、今の監視態勢だった。

 

 その2名とて、格納庫で、食堂で、ブリーフィングルームで毎日キラと行動して見ているだけである。

 キラが艦外でのスクランブル待機に入っている間、それが彼らの休息時だが、仕事は暇になりすぎた。

 

 人手が足りない格納庫でのちょっとした雑務を手伝い始め、フラガの新米達への訓練指導を片手間に補佐。

 何ならキラへの兵士教育にも口を出し始めるくらいに暇だった。

 二人だけの雑談には遂に飽きがきて、キラにも話しかけ始めるのに、時間はかからなかったのだ。

 

「すみません。迷惑をかけて」 

 

 キラはその二人から先程の態度の失策を指摘されて、項垂れていたのだ。

 

「別に。仕事だからなぁ」

 

「謝るくらいなら、教えてくれた方がありがたい」

 

 艦の指揮に直接的な関係がない分、彼らの意見は客観的だった。

 最初の頃の刺々しさもそれほど強くはなく、ただ事実を話しているような態度だ。

 だからキラの方も、余計な感情が挟まる事なく話を聞けていた。

 

 教えてくれた方がありがたい、全くその通りだろう。マリュー達もそう思っているはずだ、と。

 

 しかし、何と言うべきだったのか。

 内容ではなく……内容もそうなのだろうが、姿勢の問題が大きいのだとは思う。

 事態をコントロールしておきたい、とまでは言い過ぎだが、自分の行動による影響を最小限に、と考えたのは否定できない。

 

 それがマリュー達にとって許容できない話だったのだろう。むしろ抑えてもらっていた疑惑を、抑えきれなくなってしまったか。

 やはり無理だろうか。ユニウスセブンへ行ってもらうのは諦めるべきか。

 キラの思考は堂々巡りをする。

 

 どうするか。

 

 アークエンジェルに同行して守るつもりだ。当然今後も。だが、少しは積んだと思った信用が先程のやり取りで揺らいだと思える。

 こちらからの協力は、もう拒否されるかもしれない。

 

 やはり話すべきなのか。あり得そうな身分でも作って。

 カガリとの縁を頼って、アスハ家の人間が無難だろうか? 

 しかしアスハ家ではオーブ政府との関わりをこちらから作る事になる。通信が確保されたら確認が入るだろう。

 そこで「違う」と言われれば、次はもっと不信感を抱かれる。後々のオーブに対する連合からの干渉も酷くなるかもしれない。

 

 キラが記憶を頼りに、どう動くのがいいかと床を見ながら悩んでいると、遠慮がちに声がかかった。

 

「なあヤマト。お前さ、シーゲル・クラインの部下なのか? ……プラントの穏健派なのか?」

 

 違う。と今まで通りに返しそうになったが、キラはふと気付く。

 

 その説明は……もしかして近いのではないか?

 今の段階では関わりはないが、未来ではラクスと一緒に居たのだ。そうと言えなくもない。

 それに、それならば経験した立ち位置だ。少しは自然に振る舞えるだろうか?

 

 しかし、それも結局は自分の首を締めるのでは、とも思えてしまう。

 いや、自分だけならば構わないのか?

 疑われるとしても、ザフトではなくプラントの、と言えばアークエンジェルには確認のしようが無いのではないか?

 

 事情を知っていそうな立場に納得してくれるのであれば、そうしてみるか? ……では、ラクスやその父シーゲル氏、さらに本物のプラント穏健派に被害が及べばどうする。

 キラは、その説明の後を想定してみる。

 

 立場としては、これから自分がやる事には悪くない気がする。プラント側の動きを知っている理由として適当だろう。

 しかし、現プラント評議会議長の部下と明言するのは、危険かもしれない。アークエンジェルを追う敵方の中枢とも言える立場だ。

 アークエンジェルを守るどころか、そのまま射殺される事も考えられる。

 やるとしたらその場合は、部下ではなく協力者、程度か? クライン議長とは近いがまた少し違う和平派、だろうか?

 

 キラはどう返答するかを数秒考えてしまった後に、答えるのが遅くなった自分に気付いた。

 

 二人が、やっぱりそうなのか? と言いたげな目をしていた。

 ただ、そこには敵意などはあまり見えず、納得と困惑が混ざったような複雑な感情が出ていた。

 

 だからキラは慌てる前に、否定の言葉を返す前に聞く事が出来たのだろう。

 

「……お二人は、言っても信じてもらえないって思ったら、どうしますか?」と。

 

 それを聞いた二人は呆れたように大きなため息をついた。

 

「……お前、そんな怪しい身元なのかよ。……分かった、あれだろ。穏健派の、過激派なんだろ? クライン様の為にーとか」

 

「後は革命家か? プラントを乗っ取るつもりの革命家と見た。それだな」

 

 真面目半分、冗談半分。そしてキラへの控えめな慰めがほんの少し混ざった追求。

 キラは苦笑いだ。否定したいが……未来ではそれに近い形で断罪された身だ。一瞬どきりとした。

 

「なあヤマト。聞いてもいいか? ……シーゲル・クラインは、何でニュートロン・ジャマーなんて落としたんだ?」

 

「何で……?」

 

 いきなり聞かれた内容にキラは戸惑った。

 何で自分に聞くのか? とのキラの反応を、男は消極的な受け入れと勘違いしたらしい。

 

「いや、聞いてみたかったんだ。何であんな凶悪な物を落としたのかってよ。……ユニウスセブンの事は、俺も気の毒とは思う。けど、だからってあれは……。ニュートロン・ジャマーはやりすぎだ。

 お陰で地球はボロボロ。プラントは戦争じゃなく殺戮をやったんだ」

 

「それを、ヤマトに言っても仕方ないだろ」

 

「だから責めてる訳じゃねえよ。聞いてみたいんだよ。

 何を考えてあそこまでやったのか。

 核への報復でやった事なのか、それとも本当にナチュラルを死滅させようと思っているのか」

 

 同僚が咎めるのにも負けず、彼は疑問をぶつけてきた。そこには悪意も偏見もない。ただの疑問しかない。

 

 どうやら明確に否定しなかった事でクライン派だと思われてしまったらしいが……聞かれても、困る。

 自分がそれを聞けた事はない、ラクスにも聞いた事がない。憶測で勝手に話していい事でもないだろう。

 キラは静かに首を振った。

 

「そっか。まあ言える訳もねーか」

 

 キラは、残念そうに退いてくれた相手に、申し訳ないと思ってつい言い訳をしてしまう。

 

 シーゲル・クラインさんにそういう事を聞けた事がなくて、と。

 

 解釈の違いや、言葉の選びを間違ったとは弁明の出来ない言葉、シーゲル・クラインを知っていると捉えられる言葉を。

 

「会った事は、やっぱりあんのか……どんな男なんだ? 危険な思想の持ち主なのか?  ナチュラルなんか皆殺しにしちまえって」

 

 キラは不用意な発言だったとは思いつつも、自分が知る限りはそうではないとだけ、返した。

 答えを欲する彼からは恨みを感じる、だがそれ以上に、何故? の方が強く感じられた為だ。

 

 だからキラも答えてしまった。

 少なくとも娘のラクス・クラインはそういった思想を持っていない、それをシーゲル・クラインが咎めた所も見えなかった。と。

 

 しかし、それを聞いて顔をしかめるのは、もう一人の方だ。

 

「……10億殺しの男も、家じゃただの親かよ」

 

 そこには憎しみというよりは、嫉妬か怒りと思える物が強く出ている。

 

「ニュートロンジャマーで、誰か……?」

 

 キラの少し無神経な質問に彼らは苦笑して答えた。あれで人生や家族を少しも狂わされていない奴がいるなら、幸運な事だと。

 キラは申し訳ないと自身の不明を詫びた。

 

「お前のせいって訳じゃねえよ。

 ただ、コーディネーターはともかく、悪いけどプラントはやっぱり怖えな。とんでもなくヤバい奴がいたりする。

 ナチュラルを虫みてえに見てたりするからな」

 

「地球連合軍の後方をぶち壊そうっていうなら、効果的な一撃だったとは思う。

 その結果としちゃ正直、今さらシーゲル・クラインが和平を言ってきてもな……って感情もあるのは覚えておいてくれ」

 

 本来はこういう事を変えるべきだったのか、とキラは感じた。自分が願うだけでは戦争は無くならない訳だ。

 こういう事を変えていかなくてはならない……のか。

 やるべき事が大きすぎ、多すぎる。

 本当に自分の力で何とか出来るのか。

 

 うつむいて考え込むキラの耳に、保安部の二人が慌てて向きを変え、靴を鳴らし敬礼する音が響いてきた。

 

 いつの間にかナタル・バジルールが姿を現して、彼らを見つめていた。

 

 

 

 雑談と言うには、踏み込みすぎている内容の話をしてしまっていた保安部の二人。彼らはナタルの姿を見てかしこまり、処罰を覚悟した。

 だが、ナタルは何も言わずに彼らから鍵を預かると、二人を拘禁区画の入り口まで下がらせての待機を命じた。

 不審者が通った場合のみ撃て、と。それだけだ。

 

 まさかナタルの方から来てくれると思っていなかったキラは、ありがたいと言葉を探した。

 しかし言葉を発する前に彼女の行動に驚いた。

 ナタルが檻の鍵を開けて、中へ入ってきたのだ。

 銃を携帯しているがホルスターに収まっている。おまけに檻の鍵をかけ直さない……彼女らしくない不用意さだ。

 

 いつもとは雰囲気が違う。

 それを感じ取りキラは、自分の射殺が決まったのかと考えたのだが、ナタルは断りを入れてから椅子に座り、黙ったままだった。

 

 互いに無言。

 

 一つの独房の中でベッドに腰掛けるキラと、椅子に座るナタル。二人は向かい合って座っているだけだ。

 睨む事もなく、殺意を見せる訳ではなく、腹の探り合いをするのでもない。

 ただ座っているだけだ。

 

 キラには、ナタルは自分から何かを話すつもりはないと見えた。

 では、こちらの話を聞いてくれる気なのかと思い、話そうとするのだが、上手く言葉が出ない。

 自分から話を始めるという事はつまり、これから彼女を騙す形になる……そう思えてしまうのだ。

 どうしても、それは違うのではないか? と、考えてしまう。

 

 プラントの和平派だと、どうやって切り出すか。

 いざナタルを前にすると、どう言ってみても不自然なのでは、と感じてしまう。頭の中で考える言葉はどれも違う気がした。

 信じてくれも違う。敵ではないも伝わらない。

 ナタル・バジルールという人間が、きちんと納得するに値するだけの、理由が必要だ。

 

 一方のナタルは、半ばキラを射殺するつもりでここに居た。マリューにもフラガにも釘は刺されているが、彼女はキラをここで排除するつもりだった。

 しかし、自分がキラを撃つのではない。

 

 ナタルはこれからキラに撃たれる覚悟でここに来たのだ。

 自分が撃たれて見せれば、軍人にあるまじき甘さを持つ上官達も、キラを排除せざるを得ないとの考えだった。

 

 キラは独房に入ってきた自分を見て驚きはしたが、まだ何の動きも見せなかった。

 何度も口を開こうと顔を上げては、迷ったように床に視線を戻してしまう。……まだ口先で何とかなると思っているのだろうか。

 

 だが、キラから感じる苦悩は本物だ。演技や技術とは違う気がする。

 それは、この静かな空間の冷たさと相まって、ナタルに少しの罪悪感を持たらした。

 ナタルは自分に言い聞かせた。厳しい目を崩すな、と。

 キラの行動が嘘かどうかはこれから分かる。

 

 死への恐怖はもちろんある、しかし、これは将校としてやらねばならない事だ。責任があるのだ。

 民間人を戦場に連れ回し続ける訳にはいかない。アークエンジェルの月への即時離脱は正しい。

 だからナタルは言った。

 

「アークエンジェルはユニウスセブンに向かわない、先程それが決定した」

 

 それを伝えに来たと。

 

 拒否の言葉だ。

 キラは顔を上げずに黙って聞いていた。聞こえたはずだ。

 ナタルの心臓の鼓動が早まる。目の前には恐るべきコーディネーターが居る。今さっき見張りの者と話していた。

 プラントのトップを知っていると、そう言ったのだ。

 保安部の者を懐柔しようとしていたのか……危うい所だった。

 

 だがここまでだ。

 後はキラに甘いあの二人に、明確に判断できる物を示してやれば決着がつく。

 敵である目の前の少年は、今の自分の言葉を聞いて反応を返すはずだ。

 

 自分がもはやこの艦に居る意味がなく、脅威と判断されたと考え、脱出を決行するはずだ。

 その際に自分を撃つか、人質にでもするはずだ。

 それで構わない。

 そこまでやればキラを信じる者は居ないだろう。

 キラの意見がアークエンジェルにとって、間違っている物だという証明になる。

 自分一人の命で艦を守れるなら差し引きとしては十分だ。そう思っていた、のだが。

 

 キラは動きを見せなかった。

 

 予想に反して鈍い動きだ。いや、動きも見えない。キラは黙って下を向いたままだ。

 まさか聞こえなかったのか? ナタルは緊張で手のひらに汗を感じた。

 

 何故動かない。何故? クライン派のはずだ。プラントの工作員だろう、アークエンジェルをミスリードさせるのが目的の。さっき言ったではないか。

 どうした? 見張りは遠くだ。

 私の力では貴様を抑えられんぞ。銃は見えているだろう。鍵は空いている、脱出をしろ。私を撃て、敵と証明してみせろ。

 何故動かない。

 

 ナタルがキラの挙動に思わず集中する。キラの口元が動いた気がした、いや、動いた。来る。

 何を喋る。ならこの艦は用済みだ、か。それとも、人の忠告を無視して、か。その後に私から銃を奪って……。

 

 

「……そう、ですね。それが良いと思います。済みませんでした、混乱させてしまって」

 

 

 終わりか……そう思い、身を固くしていたナタルに返ってきた反応は、キラからの謝罪だった。

 キラは動きもせず、下を向いたままアークエンジェルの航路に迷いをもたらした事を謝罪してきた。

 

「デブリベルトからの離脱は正しいと思います。無茶を言って本当に済みませんでした」

 

 

 予想外だった。

 ナタルの予想に反してキラは動かなかった、それどころかアークエンジェルの航路に消極的ながらも賛意を示してきた。

 

 違う。そうではないだろう。

 それは貴様のやるべき事ではない。聞こえなかったのか? ユニウスセブンへ向かわないと言ったんだ。

 

 混乱し始めるナタルにキラは続ける。

 バジルール少尉。一つお願いしたい事が、と

 

「さっき言った先遣隊なんですが、フレイのお父さんがいるかも知れません。

 大西洋連邦のジョージ・アルスター外務次官です。

 危険だと思いますので、戻るか、せめてザフトとの遭遇に十分な警戒をして欲しいと伝えてくれませんか?」

 

 民間人に居るフレイ・アルスターという少女の父親、大西洋連邦の要職にあるその人が、娘可愛さに無茶をするかも知れないから、警告をして戻すか、逆に速やかに合流して防御をできるようにして欲しいと。

 

 そう言われた瞬間、ナタルは立ち上がり銃を抜いた。

 

「何者なんだお前は!」

 

 

 

 

 向けられた銃口を見てキラは思った。本気だ。

 ナタルは脅しのつもりで銃を構えていない。引き金はもう絞られている。

 これから一つ二つ先、その受け答え次第では本気で撃つつもりだろう。疑心が目に宿っている。

 自分はナタルをそこまで追い詰めていたのかと思ったが、同時に、まったく唐突にキラは気付いた。

 

 ナタル・バジルールも苦しんでいる。

 

 自分のような人間からは、いつも冷静であり賢い人なんだと見えた彼女は、冷静である事を心掛けていただけだったのか、と。

 この人も自分なりに責任を果たそうとしているだけだ。マリューや、フラガと同じだ。

 違うのは弱音を表に出さなかった事だけだ。だったら、これは当然の事だ。

 

 キラは、ナタルの怒りは正当な物だと感じた。

 

 把握する限り、現在アークエンジェルの状況は切り抜けた時の物とそう変わりはないはずだ。

 ユニウスセブンに行かないのなら、おそらく余裕を持って離脱できると思う。

 

 しかし、今のアークエンジェルの混乱、その発端は敵かもしれない自分のせいだ。

 クルーに納得のいかない感情が生まれるのは当然で、だったらそれは自分が受け止めるべきと感じるのだ。

 出来るなら答えを返して、不安を和らげたいが……。

 

 過去に戻って来たからと言っても、今のナタルには逆効果だとしか思えない。

 何故過去に戻れたのかと問われれば、自分には分からないとしか言いようがないからだ。

 それは多分、またナタルを追い詰める。

 できそうな事は、黙るか、騙すか。それとも。

 

 ならばと、キラは続けた。

 ここに至っては小手先で何を言っても意味は無いだろう。自分は失敗したのだ。

 終わるのなら、せめて先を伝えておきたい。

 

 記憶を頼りにアークエンジェルの今後を伝えていく。

 

 先遣隊との合流は上手く行くと思う。ザフトには会わないはずだ。

 ただ、タイミングが分からないから、油断はしないで欲しい。第8艦隊との合流はできると思う。

 しかし、その後にザフトの攻撃を受けるかも知れない。

 アークエンジェルにはアラスカから命令が……そこまで話をした所でナタルに遮られた。

 

 それも根拠は無いのだろう、と。

 

「確実ではない情報をよくもそこまで話せる物だな……」

 

「どうしても可能性の一つとしか言えなくて、でもバジルール少尉ならこの情報を元に色々……」

 

「だったら確実ではない情報で貴様は動くのか! 沢山の人間の命がかかっている状況で! さっき自分で言っていただろう! クライン議長を知っていると! 敵だと言った相手の話で誰が動くというんだ!」

 

 その通りだ。

 恐らくそうなるであろう記憶頼りの話。未来の話だ。

 保証が無いと言われてしまえばそこで終わりだ。

 

 アルテミスは実際違った。

 デブリベルトでも海賊なんて遭遇するとは思わなかった。ジャンク屋だってそうだ。

 そして、これからも違うかもしれない。

 話した内容と違う事が起こる度に、自分は信用を失っていくだろう。

 

 では駄目なのか。言って混乱させるだけならば黙っているべきか。

 信用がない、根拠を話せない。人の命がかかっている、未来から戻ってきたなど信じてくれるのか。

 黙っているべきなのか。

 

 キラは頭を振る。

 だから。だからそれではまた同じだ。意味がないのだ、今ここにいる意味が。諦めるな、まだ。

 まだ死んでいない、口下手だろうがなんだろうが言葉を尽くさなくては。まだ諦める訳にはいかないのだ。

 

「バジルール少尉は……自分の判断で、たくさんの人の命が左右されるとしたら。どうしますか」

 

 ナタルは答えない。それこそ今味わっている所だと言いたげだ。銃口を向けたままキラの話の続きを促してくる。

 

「僕の立場は、不安定と言えばいいのか、厳密には所属が無いんです。……オーブの国籍はありますが、それは僕の行動にあまり関係がありません」

 

「……第3勢力は否定したと思ったが。さっきのは嘘か」

 

「プラントの和平派と言うのは間違ってないと思います」

 

 ナタルの構えた銃は一切ぶれない。

 キラは自分の話が終わるか、自分の命が終わるかの、どちらかになるかな。そう感じた。

 それでも口は止めない。

 

「この戦争を何とか終わらせたいと考えています。それが僕の目的です」

 

 言った。

 ナタルは無言だ。少なくともまだ撃っては来なかった。

 

 

 ナタルは今のキラの言葉を、口の中で繰り返した。

 戦争を終わらせる。終わらせる? 

 今、そう言ったか?

 目的は戦争終結。やはりプラント和平派か? その為に動いていたか?

 だが、一人の工作員が話すにはあまりに人間臭い言葉だ。言ってしまえば夢物語を言っているに近いが……。

 

 いや、初めてキラが自分の事を話している。チャンスだ。幾つもの疑問が浮かんでくる。話してもらおうではないか。

 

「何とかとは? 具体的にどうするつもりだ?」

 

 

「ニュートロンジャマーの効果を打ち消す物が出来上がります。おそらく年内には」

 

 

 一瞬。ナタルは何を言われたのか分からなかった。

 

 地球全土の地中深くにダミーと共にばらまかれ、もはや回収不能のプラント戦略兵器。

 ニュートロンジャマー。

 

 自由中性子の運動を阻害して、全ての核分裂を抑制する地球混乱の元凶。

 核やそれに類する兵器、原子力発電を使用不可能にし、深刻なエネルギー不足と飢餓をもたらした凶悪な兵器。

 地熱を利用して稼働するために、半永久的に効果を発揮するとまで言われている呪いのような代物だ。

 

 それの効果を打ち消す物だと?

 

「連合が……?」

 

 思わず聞き返したナタルの質問に、キラは首を振った。 プラント側が開発を進めているとナタルの疑問を否定する。

 ナタルの目がほんの少しだけ泳いだ。

 キラの話と言えども、さすがに出任せとするには話が大きすぎた。

 

 プラントがそんな物を? ……年内? 

 いや、これも嘘か? そうに決まっている。混乱させる為の。そんな物がそう簡単に……だが、万が一本当だったら。

 

「今すぐは無理ですが、理論としては既に出来上がっているのかもしれません……それが連合に流出します」

 

 連合に流出する? 馬鹿な!

 

 ナタルは我を取り戻す。そんなに機密があちこちで流出などする物か。

 

「また貴様は……! プラントが開発するなら何故連合に流出する! そんな物が本当に出来るのなら切り札どころか……!」

 

「それを望む人達がいるからです」

 

 連合はそれを元に、運用可能になった核を使用して攻撃を。

 ザフトは連合の使う核を大義名分として、建造中のガンマ線兵器を反撃に使う。

 戦略兵器の応酬が始まると、キラは話した。

 目標はプラントと地球だと。お互いが大量破壊兵器を撃ち合うと。そう言った。

 

「地球が焼かれると言いたいのか? そんな物を本当に地球に撃ち込むと?」

 

 ナタルは思わず考えてしまう。ニュートロンジャマーの効果を打ち消す技術。

 更にガンマ線兵器。連合とザフトの戦略兵器の応酬。

 それでは絶滅戦争だ。

 あり得るのか? あり得る訳が……。

 

 いや、可能性は……あり得る。むしろ高いのではないか? ナタルは予想できてしまう。

 

 プラントの対ナチュラル戦に対する姿勢はある種自殺的にまで過激だ。

 開戦前から今に至るまで、後を考えているか疑わしいやり方は自爆テロに近いとすら言える。

 ナチュラルや地球が死滅などすれば、彼らも無事には済まないはずなのに、全く考慮してない面が見え隠れする事が多々あるのだ。

 

 もう一度連合に核を撃たせて、傾きつつある世論をプラントに味方させ、なし崩しでガンマ線兵器を撃つ……。

 無茶苦茶だ。

 だが絶対にない、とは言えない。穏健派はともかく強硬派ならやりかねない。

 

 地球の反プラント感情も今は激烈だ。

 この戦争に負ければプラントは、比喩ではなく全員殺されかねないレベルの事をやって来た結果だ。

 死なばもろともで地球もナチュラルも死滅させてやる……そう考える者は居るかもしれない。

 

 ナタルの背筋が粟立った。何て事だ。キラの話が事実だと証明できる根拠は無い。

 

 しかし嘘だと証明できる根拠も無いのだ。

 

 事実なのか? まさか本当なのか?

 出任せと断じて撃ってしまうには、あまりにも内容が危険すぎる。

 

 銃口はいつの間にか下がっていた。

 

「……どうやって」

 

 止めるというのか。

 それが事実だとして何故、ここに居る? アークエンジェルに乗り込んでそれをどうやって止める。

 そこまで言えるのならプラント中枢に行くか、もしくは連合のアラスカ総司令部に行くべきではないのか?

 何故ここに? 何故アークエンジェルに乗っている?

 

「それは…………その、プラントの和平派を……助ける為と言うか……。アークエンジェルに乗っていると、都合が良いんです。

 色々な所に居る和平派、えと穏健派でしょうか。その人達と会うのに……そう思ってもらえれば……」

 

 これまでとは違い、またかなりの詰まりを見せるキラだが、衝撃が抜けきらないナタルは気にしていられない。

 それより聞かねばならない事が他にある。

 

「クライン氏からの命令ではないのか? 貴様はクライン議長派の人間だと思ったが」

 

「……クラインさんの命令と言うよりは、ラクスを……いえ、今は違うんですが。いや、違わないとも言えるんですけど。

 とにかく……ラクス・クラインはプラント市民に人気があります。彼女に穏健派の代表になって欲しいと考えている人間だと思ってもらえれば、それが近いと思います」

 

 ナタルは、どこかで気が抜けていく自分に気が付いていた。

 話してくれた。

 これが事実かは分からないが、とにかく聞き出せた。

 激しく困惑してはいるが、所属も目的も聞き出した。事実かは分からないが、とにかく聞けたのだ。

 想像を遥かに超える内容に衝撃が酷いが、とにかく。

 だが、まだだ。

 

「お前は、何でそんな事を知っている? 何故それを言える? ここで言ってどうする気なんだ」

 

「……力を貸して欲しいんです」

 

 何を馬鹿な事を……助けて欲しいのはこちらの方だ。

 むしろあれだけの力があって、それほどの情報を手に入れられる立場ならば。

 工作員というより、どこかの情報部の要職にあると言われなければ納得はし難い。

 そんな相手に何をやれと?

 

 これまでとは別の意味での不信が出てきたナタルに、キラは言った。

 ゆっくりと息をはいてから言った。

 

「……未来を知っていると言ったら、信じてくれますか?」

 

 

 


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