機動戦士ガンダムSEED~逆行のキラ~   作:試行錯誤

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今回はかなり疲れる話です。ゆっくりお読み下さい。


不器用な逆行者 2

 

 

 何の冗談だ。

 またこちらを混乱させて切り抜ける気か。

 

 そう言いかけてナタルは思い留まった。

 キラの表情は真剣だ。

 苦悩と恐怖と、色々な物が混ざった顔。相手に何かを訴える目の色をしている。

 嘘だと切り捨てるには躊躇いを覚える何かがあった。

 

 それに心を動かされた訳ではない、そうではないが。

 ナタルは今の言葉の意味を考えてしまう。

 知っている、とはどういう事か?

 

 いいだろう、どうせ向き合うつもりで来たのだ。

 相手をしてやる。……未来を知っていると言ったな。

 まさか予知だのと言った、そういう類いの話ではあるまい。

 だとすれば。

 

「……今後の作戦や政治的な方針を、という意味か?」

 

 単純に考えれば、プラント中枢の戦略方針を知っていると判断するのが妥当だが……。

 または、機密と共に送り出されてきたプラント和平派か。

 それにしては、カバーしている情報の範囲が広すぎ、重大すぎ、曖昧すぎはしないか。

 キラに対しての支援が見えないのは何故だ。

 まさかこれほどの情報を持たせておいて単独行動なのか? それとも学生達が実は協力者なのか。

 考えられる可能性は他には……。

 

 ナタルがキラの意見を肯定する論を探してみるのは、彼女も苦しいからだ。アークエンジェルの状況は忘れていない。

 可能であるのなら、敵を抱えたくないのは同じだ。

 

 ただ、いかに優秀な彼女と言えども想定外の事はある。

 現実的な面からキラの言葉を理解しようと努めるが、まさか言葉そのままの意味で正しいのだと思い至る事は、さすがにできなかった。

 

 そのナタルの疑問はキラも分かっているのだ。

 キラが自分自身の状況に抱いている疑問と、半分は通じるはずなのだから。

 だから、何とか答えようとするのだが、難題を前に言葉が出ない。説明を考えると、説明できない矛盾点が幾らでも出てくる。

 

 言わなくては、分かってもらおう、何とか伝えなくては。

 そう思えば思う程に言葉を選んでしまい、結果、良くないとは思いながらも言える事が少なくなってしまう。

 その態度が新しい疑念を呼ぶのを分かっていてもだ。

 

「……ある意味では似てるのかもしれませんが、そうではなくて。そう言った物ではなくて……。

 どちらかというと、作戦的な方針を知っているというのが近い……とは思います。それも限定的な物で……」

 

 そこまで言った所でキラは、そうじゃないと自分の言葉を否定した。違う、そうじゃなくて……と。力無く下を向いてしまった。そうじゃないんです、と。

 

 ナタルは、キラが何を困っているのか分からなかった。

 キラは両手を組んで、きつく握り締めている。

 話せないのなら、それで構わない。

 それを隠したいと言うなら、その後を覚悟しているなら、何をいつまで隠そうと構わない。

 

 最後には射殺されようが隠すのはキラの自由だ。

 

 だが話したいと言うなら、こちらは聞くと言っている。事情を考慮するとも。何度も伝えた。

 そしてキラはもう話したのだ。事実かどうかは別として、あれだけの事を。

 あれだけ話した後で何を躊躇うのか。

 ナタルは面白くない感情を抱くが、爆発するのは抑えた。

 

「では、貴様の話を事実と証明する物は? 知っている内容が実行に移されるという根拠は?」

 

 キラの口振りからすれば、隠しているのは情報の入手経路に関わる事だろうとナタルは推測した。それで多分当たっているはずと。

 しかし、それがどうした?

 それが対ニュートロンジャマー兵器や、ガンマ線兵器、それ以上の機密になるとでも言うのか?

 

 情報の入手方法が、例えば非合法な方法だったのかもしれない。

 暴力を含む直接的な方法、ハッキング、情報の入手時に人を殺めた、実は本当は連合からの工作員で話せない。そんな事があったのかも、またはあるのかもしれない。

 

 しかしだ。そのいずれか、仮に全てだとしても、それがどうしたと言うのだ。

 内容に比べればその程度。

 どう考えても重要度は逆だろう。キラが情報の入手経路を晒す事を、ここで躊躇う理由が分からない。

 本人に目的があるのならば、ここで終わるのか、まだ望みを繋ぐかの瀬戸際なのだ。

 

 それでも本人には大切な事なのかと思い、キラがそれを話す覚悟を決めるのに少しだけ待った。

 待ってやろうと思った。質問に対する返答を少しだけ待ったのだ。

 しかしキラは無言だ、言葉を選んでいる。話したいが話せない、そんな態度。

 

 また少し、ナタルの怒りが募る。

 時間は無限ではないのだ。かといって拷問などは考えていない。

 多少は協力的になった。

 話をしやすいように誘導してやるような質問をしていけば、その内に矛盾点なり何なりが見つかるだろう。そう判断した。

 

「そこは黙秘か。では、貴様はその入手経路不明の、独自の情報に基づいて動いているということか?

 操縦技能についてはどう説明する? あの動きは経験者にしかできない物だ。

 どこかの組織に属し、正式に訓練を受け、そこから随時情報支援を受けていると考える方が自然に思える。所属が無いとは信じがたい」

 

 ナタルは信じがたいとは言ってはみたが、キラが単独行動をしている可能性はあると感じていた。

 確認の為の質問だ。

 各種情報をあらかじめ知っているにしては、その場での場当たり的な応用が感じられるし、逆に手を打っておくべき所に穴がありすぎる。

 組織として見れば不自然さが目立つのだ。

 

 そしてそれは幸か不幸か、キラに取っては何とか説明が可能な質問だった。

 キラは軽く考えた後で返事を返す。

 

「……それは、僕の出生に関係があると思います」

 

 育ての親とは違う、キラの個人情報に記載されていない実父・ユーレン・ヒビキ。

 彼の非人道的な実験により、自分は特に戦闘能力を重視した遺伝子型を付与された、その結果だとキラは話した。

 

 戦闘能力を重視されているタイプだと言った方が、納得してもらえるかと判断したのだ。

 電子工学系の技能は先天的な物と、後天的な所の半々の結果だと。……万能を目指したスーパーコーディネーターなどという話は、自身の行いを省みればとても言えなかった。

 

 ナタルは強い疑念の表情を隠さない。

 キラはそれを当然だと思った。

 我ながらそんな大層な遺伝子を付与されて、やっている事はただの人殺しだ。

 

 話しながら聞き及んだ実父の所業を思い返す。

 

 自分を作るために、何人もの兄や姉が命を弄ばれ声も上げられずに亡くなっている。

 実父のやったことは許されない事だ。

 資金と野望の為に勝手に弄られて、失敗作として産み出された挙げ句、世界を呪っている者もいる。

 止めるのは自分の責任だ。出来るならば、何とかしてやりたい。

 

「それが、この戦争を激しくした一端でもあると思っています。勝手な話ですが、責任を取らねばならないと思っています」

 

「その父上は……失礼した。ヒビキ氏は今は?」

 

 亡くなっています、と無表情に実父の死を言ってのけるキラに、ナタルは複雑な感情を抱いた。

 少しだけキラに自嘲と恨みの表情を見た気がしたのだ。

 一度ならず苦汁を味わった人間の顔。

 

 人に歴史ありか……ナタルはそう思い浮かべて慌てて打ち消した。

 気を引き締め直す。まだ油断はできないのだ。

 

 キラの話を何度も咀嚼して吟味していく。

 好意的に見たとしても……仮にそれが事実だとしても簡単ではあるまい。と。

 むしろ、ある意味ではさらに危険だとナタルは考えた。

 

 クライン嬢を和平派の代表にと言ったが。その場合、ラクス・クラインは最低でも父のシーゲル・クラインを全否定して見せなければ断罪されかねない。

 しかも強硬派に祭り上げられかねない危険性もある。

 今は穏健派と言えどもだ。

 連合とて、クラインと和平は結べるかと反発するだろう。

 

 何より、目の前のキラ・ヤマトが、コーディネイトされた結果というのは危険な話だ。

 本人には失礼で気の毒な話だとは思うが、同じような能力の持ち主が次から次へ生まれる事を意味する。

 非人道的と言ったが……それを明らかにして、明確に禁止する必要もあるだろう。

 

 だとすれば、和平自体は否定しないが、どちらかと言えば中立派や穏健派の評議員の後押しをして、連合との停戦、経済協力からの終戦に向かわせる方が現実的だ。

 クライン嬢にはまず、むしろ強硬派の長として立ってもらい、それを穏やかな派閥にしてもらうのが適当だろう。

 その上で影から後押しをしてもらい、次第に第一線から引いてもらうのが……。

 

 ナタルはふと我に帰った。

 プラント側の和平案を自分が考えてどうする。とでも言うかのように咳払いをした。

 だから、まだ事実と決まった訳ではない。

 キラに対して改めて口を開く。今度は元に立ち返る。

 

「戦争終結を図るのは結構だが、どうする気なんだ?」

 

 キラは少しだけ視線を上げ、話を再開する。

 

「……このままアークエンジェルに同行させて欲しいと思っています」

 

 まずはこの艦を防御する。その後。

 戦争を煽り主導している人間がいる。彼らを何とかしたいと考えていると。

 それはプラントの強硬派であり、地球の強硬派であり、ブルーコスモスの強硬派である者達だとキラは続けた。

 

「彼らが全て悪いとは言えません。

 あの人達を、間違っていると言う資格も僕にはないんです。

 けど、大量破壊兵器の撃ち合いは止めさせないと。

 戦いを望まない人達までが巻き込まれるのは。それは違うと思うんです」

 

 キラの言葉には多くの後悔が詰まっていた。それはナタルの人としての何かに訴えかけるには、確かに効果があった。

 事実、ナタルはキラの言うことは理解できなくもないと感じていた。理解をできなくもない。が、しかし。

 しかしだ。しかし単純に過ぎるのも事実なのだ。

 状況はもはや、誰々を排除して終わり、と言うような話ではない。

 

 そして強硬派の者達を排除すると言う、乱暴でシンプルなそれすらも簡単ではあるまい。

 

 ナタルからそう言われればキラは肯定するしかない。

 それでもだと。それでもそれが目的だとキラは繰り返した。その為にここに居ると。

 

 ナタルはキラの話を、頭の中で何度も反証して、あるいは賛同できるかと思考してみる。

 興味はある。正直に言えば……それは確かだ。

 しかし。

 また、しかしだ。

 

「話としては、興味深いが……だが問題がやはり残っている。貴様の身元は相変わらず確実ではないし、さっきも聞いたが、何故そこまで先が断定できるのかと言う点だ。

 貴様の出生の話だけでは納得は難しい。アークエンジェルに乗る必要もないだろう。

 個人的には護衛はありがたいが……ヘリオポリスから乗り込んでくる必要がない。別方面でもできる事はあっただろう」

 

 やはりそこになるのだ。

 厄介だった。

 信じる根拠がない。情報元は結局不明だ、出生という手がかりはできたが、それも話だけなのだ。

 仮にそれも事実だとして、それでどこまでの事が出来るのか。極めて優秀とは言え、戦闘員が機密を入手できる物なのか?

 

 モビルスーツの電子制御関連は、他の技術者が付いていけないレベルと報告を聞いている……あれならば高度な電子戦能力を保有するはずと。

 ならば情報戦・電子戦でも一流なのか?  戦闘能力だけ、というのが嘘か?

 

 限定的と言っていたが、ある種の未来予測を可能にするほどに情報分析でも一流なのか?

 断片的な情報を収集して、それらを元に事態を予測・把握する部署や技能者は、確かにいる。それを高いレベルでやるのか?

 では、予知に近い物ができるとしてそれはどのくらいの精度なのか? それともいっそ、人工的な予知能力でもあると言うのか? 非人道的な実験とはそういう事なのか?

 

「……先を予測できるのなら、友人達を避難させておけばよかっただろう」

 

 キラはナタルの指摘に、ヘリオポリスは本当に想定外の事だった、と返した。

 

「その……あの時は混乱したというか……」

 

「その前だ。さらにその前から、予め対応しなかった理由を聞いている」

 

 キラはそれも無言……いや、言葉を探している感じだった。ナタルは内心ため息をつく。

 それもどうやら引っ掛かるらしい。聞けば聞くほど分からなくなりそうだ。

 

 どうする。

 撃つには惜しいか? と思える話は引き出した。

 後は今、どうするのかだ。

 

 プラントを自称したキラと協力態勢を構築したとしても、それを緊急措置として押しきる事はできなくもない。

 結果を出せばいいのだ。

 月本部からは冷たい物だったが、ラミアス艦長に任せると言う電文は受け取った。

 

 乱暴に言えば、キラの対応力や情報力の正体が、出生に関する所から来る物であっても、そうで無くても構いはしない。

 アークエンジェルが無事に味方の勢力圏に入れるなら、最終的に問題はないのだ。

 面倒な事柄は後方の仕事だ。尋問でも何でも受けてもらえば済む。

 

 これまで通りキラを艦の防御に関わらせていいのか。それが今、考えるべき問題だ。

 常識で考えれば当然、否だ。

 とは言えフラガ大尉の言う通り、ザフトと遭遇する可能性は半々だとナタルは感じていた。

 離脱がより危険な状況も想定しなくてはならない。

 

 現在の宇宙はザフト・連合共に小競り合い程度だ。

 それは小康状態という意味ではなく、何かあれば戦力を動かせる余地がある……という事になる。連合は不明、ザフトも不明。

 デブリベルト内からでは把握は困難だ。

 

 やはり展開されていた時の為に、備えとして防御力は欲しい。数日しのげれば月の勢力圏に入れるのだ。

 だからこそ、その数日を万全にしておきたい。

 

 では協力してみるべきなのか? ラクス・クラインの保護とやらに。

 しかし冒険的な選択だ。安全を考えると、月への即時離脱が無難な選択なのに変わりはない。

 キラの意見を聞くだけの理由がやはり無い。根拠のない予測では。

 

 何か実積があれば、信じてみてもいいかと思えたろうが……。成る程、それがユニウスセブンなのだろう。

 こちらの信用を得ながら、プラント和平派の工作も行うと。

 行ってラクス・クラインが居るか、それとも居ないのか。または敵が待ち構えるのか。

 試してみるには、最初から賭ける物が大きい。

 

 アルテミスは微妙な結果になった。

 補給については本人も想定外だった様子はある。さりとて非協力的ではなかった。

 キラが墓荒らしを言い出してくれて助かった面は少なくない。汚れ役を引き受けてもらったのは借りだと言える。

 デブリベルトでも怪しい動きはなかった。この艦を援護するというのは本当なのか、とは思えるが……。

 

 だがもう少し、何かが欲しい。

 何かの根拠が欲しい。何か。何か無いのか。もう少しで信じてみても……いや、話を聞く価値くらいはあるかもとは思える何か。

 何か無いのか。あと少し、何かが。

 

 そこまで考えて、ナタルはふと気づく。

 聞いてみればいいのではないか?

 

 未来を知っている、分かるとまで言うなら。これからの事を聞いてみればいいのだ。これからどうなるか、それは何かの判断基準になるのではないか?

 

 まさか、的中する訳は無いが、キラからの情報をさらに聞き出す一因にはなるだろう。

 出任せだと判断できたなら追求して、崩せば馬脚を現すはずだ。

 

「……ヤマト。クライン嬢を保護した場合。どうするのか言ってみろ」

 

 戦局や状況の完全予測など、歴史上の名将達ですらなし得なかった難事だ。

 それでも《切り抜けると》説明してみせられるなら確かに、キラには何かが見えている事になる。

 そこからキラの根拠を推測する事ができるかもしれない。

 だからナタルは聞いた。

 これからどうするのか。

 

 キラは答えてしまった。

 これから何があったかを。

 

 キラは少し考えた後、記憶を探るように言葉を発する。

 

「ユニウスセブンには元々、足りない物資、特に水を補給する為に向かうつもりでした……だからどうしても必要なら水の補給が可能です。

 それから……ラクスを助けて、デブリベルトを離脱……してから。先遣隊と通信が繋がるはず、です。

 でも先に先遣隊と、あのナスカ級で鉢合わせる事になります。多分来るはずです。アークエンジェルはその場に一歩遅れます。

 先遣隊の人達は……その……やられてしまって。

 それで、ラクスを人質にして警告をして、ザフトを下がらせて状況を離脱する……という状況が想定できるかと」

 

 おぼろげな口調とは裏腹に、あまりにも具体的な内容にナタルは固まった。

 反応するのを忘れたとすら言える。

 

 思い出すのに苦労しつつ、思い出すのは辛い事でもある為に、キラはナタルの反応を察知するのに気が回らなかった。

 だから話を止められなかったキラは、さらに必要なのかと、その後も話してしまった。

 

「ラクスにはプラントへ帰ってもらう事になります。

 その……僕が個人的に、なんですが。連合に連れて行きたくないので、それで。アスラン……友人に停戦を呼び掛けて迎えに……バジルール少尉が考えてくれれば、もっと上手くやってくれると思います。

 その後は、それから……第8艦隊と合流して、民間人の人達を地球に降下させる準備を。

 僕達は除隊許可証をもらって、艦を降ろされる話になる、はずです。

 それから、アークエンジェルにはアラスカからの呼び出しがかかって、降下準備に入った所でザフトからの攻撃がある、かと。

 それで第8艦隊は被害を出して、アークエンジェルは離脱するために無理矢理アフリカに降下することになる……と、思います」

 

 不幸な事は、ナタルはただの参考程度にキラに《予測》を聞いた事だった。

 

 キラは今後の状況を変える為に、ナタルに少しでも詳細に伝え、記憶通りの《未来》を変える為に詳細を話してしまった事にあった。

 

 遠慮はしたが、話してしまったのだ。

 当然、真面目に聞いていたナタルは面食らった。

 自分達の命がかかった場面で、馬鹿な話を聞かされるとは流石に思わなかったのだ。

 何だそれは? どこまで、言えるのか。と。

 

 ナタルの目は、キラを理解不能な生き物を見る物になりつつあった。

 

 今のは予測ではない。

 予知や予言の類いだ。何を喋っているのか分かっているのか?

 そもそも穴だらけではないか。

 矛盾がいくらでも思い付く、そこを聞かれたらどうする気なのか。そんな程度の事にも気づかないのか?

 そんな話だった。

 これから助けに来るであろう味方がやられるとは何だ?

 不安を煽って、こちらの譲歩を引き出す気なのか?

 

 やはり敵なのか。

 

 ナタルは無意識に銃の引き金に指をかけながら、それでも、聞いていて妙だと思える所がある。そう感じるのも確かだと思った。

 キラは結果を話すのだ。

 

 こういう場合は断定を避ける物だ。

 相手を騙すときには幅を持たせた言い方をして、話を引き出しつつそれを元に広げて、また話を組み立てていくのが基本だ。

 だがキラは今、断定的に結果を話した。

 

 通信が繋がる。

 敵が来る。

 人質にして切り抜ける。

 その後に艦隊と合流。何故、言える。

 

 よほどの自信があるのか、大嘘つきか、……または本当に……。ナタルは頭を振る。

 そんな訳はあるまい。あり得ない。

 

「では、このまま離脱した場合は? そっちはどうなんだ」

 

 行かなかった場合。

 それが本命だ。むしろそっちだけでいい。

 キラの予測ではどうなるか。

 恐らくは……同じように不安を煽ってくるはずだとナタルは推測した。

 行かなければ良くない事が起こると、典型的な騙しの技術を使うと。

 それを言ったなら確定だ。敵だ。

 

 言ってみろ、と。そう聞かれキラは困った顔になった。

 そして大分迷ってから「そちらの場合は、分からないとしか……」と。そう返してくる。

 申し訳無さそうに、それだけだ。

 

 動揺したのはナタルの方だった。

 

「何故答えない……知っていると言っただろうが!」

 

 さっきユニウスセブンには行かないと伝えただろう。

 考えておくべきなのだ、疑われないようにするためには。当然だろうが。

 

 工作員なのにそれが分からないのか。

 状況から先を予測するのが貴様の技能だろうが。

 そんな答えでは疑ってくれと言っているような物だ。

 

 自分で話しているキラですら、滅茶苦茶な言い訳だと悩んでいるではないか。

 これでは信じてもらえないだろうと本人が気付いている。

 分からないのか? 何故そんな話し方をした。

 言えばいいではないか。適当に。行った場合と同じく嘘を並べて。不安を煽ればいいのだ。

 何故言わない? 何故だ。

 

 巧妙だ……ナタルはそう思った。

 

 非常に不自然だが、何かあるのではないかと思ってしまう。思わされてしまう。

 どちらか片方の結果を事細かに言うかと思えば、もう片方の選択肢は分からないとくる。

 まるで本当に見えている……いや、選んだ選択肢の先を『知っている』みたいではないか?

 

 実際に幾つもおかしな所がある。あるのだが。

 

 大西洋連邦のアルスター外務次官は何故、先遣隊についてくるのか。娘可愛さ? どんな情報を握れば、そんな予測ができると言うのか。

 

 ラクス・クラインを人質云々の所でもだ。

 人質にして切り抜けると言ったが、自分なら確かにその状況ではそうするだろうと思える。

 さっき指揮官達で話した時も話題にあげた。

 不愉快になったが自分であればそういう風にするだろうと。

 

 あの人達にはできないだろう。ならば自分がやるかもしれない、と。

 それが分からないのだ。

 あなた達は卑怯な手を使うと、目の前で言う物か? 予測できたとしても。

 逆上して撃たれるとは思わないのか?

 

「ヤマト……私の、家族の事を話してみろ」

 

「……そういう事は分からないんです」

 

「では私の未来は見えるのか? 言ってみろ」

 

「それは……」

 

 キラは迷った。

 知ってはいる。彼女の未来は。

 アークエンジェルとは道を違え、アークエンジェルの同型艦に乗り、そして命を終えてしまう。

 自分達が討つのだ。

 

 伝えられない。……彼女を刺激するのもそうだが、そんな話を伝えるのはどうしても心苦しく、言えなくなってしまう。伝えるべきだとは思うが、今は……。

 

 キラの一瞬だけ変化した態度をナタルは察知した。

 

 知らないのではなく、知っているのに黙っている態度だと看破されてしまい、それもまた彼女を激昂させる要因になってしまうのは、皮肉としか言えなかった。

 

「やはり言える訳か? 何故言わない? あり得そうな展開をそれらしく言えばいいだろうが!

 我々の個人情報を調べてきたのだろう! ふざけた予言紛いの真似事ができる位に! そうだろうが! 他に何がある!」

 

 ナタルは自分の事を聞いてみるが、それは分からないと答えが返ってくる。下手くそな隠し方、誤魔化し方だ。

 今、躊躇ったではないか。

 疑われているから、下手な事を言えないと引っ込めたのか。ふざけた真似をする。

 

 だがそれに迷う自分を自覚するのだ。

 これまでのキラの言動が邪魔をする……もし、という可能性を排除しきれない感情がどうしても出てきてしまうのだ。……巧妙すぎる。これを計算してやっているのなら。

 

 ナタルは歯噛みする。

 駄目だ。これ以上はまずい、と。

 

 ここまでだ。射殺する。

 撃つべきだ、キラ・ヤマトは洗脳をするための工作員だ、ここで始末するべきだ。という自分の声。

 だがそれとは別に。

 もし、もし万が一、本当に本当に少ない可能性だが、ありえないような事ではあるが。

キラ・ヤマトには何らかの未来が見えているとしたら。という声の間で、まだ迷いが出てくる。

 

 工作員だとすれば、こちらを調べあげるには半端な内容だ。だが予知だとでもいうなら対応力がありすぎる。

 戦闘能力に加えて予知だと? それでは本当にコーディネーターが言う新人類の類いではないか。

 

 やはり最も最初の質問に帰る事になってしまう。

 なぜ知っているのか?

 なぜ言えるのか?

 なぜ言えない事があるのか?

 未来は知っているのに分からない事があるのは何故なのか。

 

「それを教えてもらわねば、納得はできん。どちらにする……選べ」

 

 冷たい声色と共に改めて向けられた銃口。それを見てキラは悲しくなった。

 

 ナタルに対してではない。

 自分の馬鹿さ加減と、分かってもらう事の難しさにだ。

 やはり言うしかないのか。

 

 自分で、記憶と違う事が起こり得ると分かっているのに、どうやって分かってもらうのか。

 

 根拠はない。証明できない。

 見えているというよりは、戻ってきていると言うべきなのだが。経験しているからと言うのはやはりおかしいか。

 未来から戻ってきた? 未来の記憶がある? 未来が見える? どう言えば言いか。

 それでも言わなければ終わってしまう。

 

 もう他にできる事がない。

 キラは視線を落としたまま呟いた。

 

「記憶があるんです……3年後の74年までの記憶が」

 

 自分はこの戦争を過去、既に体験している。そういう記憶がある。同じように巻き込まれ、同じように状況を経験した記憶が。

 だから、知っているのだと。キラは言った。

 

 独房の中は少しの間、いや、かなりの間、沈黙が支配した。

 

 ナタルは、キラの最後になるかもしれない言葉は何を言うのかと身構えていた。

 大抵の事ではもう混乱はするまいと、そう思っていた彼女だが。しかし、さすがにその言葉を受け止めるには無理があった。

 

 キラの言葉は正しく認識していた。

 それでも今、何を言ったのか理解に苦しんだ。

 何を言っているのか。

 自分と相手の言語感覚は正しいのか? 何か妙な違いがあるのでは無いのか……?

 

 そんな事を考えながら、キラの身体検査の結果を思い返す―――薬物反応は無し。

 洗脳などによる思想・思考の極端な歪みも見受けられず。

 対話による目立った異常も見受けられない。ただし、精神的な衰弱の兆候は見受けられる―――そう報告を受け取っていた。

 目立つような異常はないはずだが……。

 

 だからナタルはもう一度、念のために聞いたのだ。

 自分が聞き間違ったか、キラ本人が慌てた為に言葉を言い間違ったのかと、そう思ったからだ。

 それはそうだ。有り得る訳がないのだから。

 

 未来を知っている。記憶がある。経験した事がある。

 馬鹿な話だ。

 まさか、未来から来た、などと……。

 

「済まないが、もう一度言ってくれ」

 

 確認の為のただの言葉。だが自分で思っていた以上の固い声が出た。否定してくれ。

 ここまで来て……そんな《錯乱しているかのような》ふざけた言い訳だけは止めてくれ。

 

 キラはもう一度口を開いた。

 

「僕はC・E74年の末に、命を終えました。次に目を覚ましたのが先日……71年の1月です」

 

「……」

 

「2度目なんです、この状況は。ヘリオポリスに居て、戦闘に巻き込まれて、偶然アークエンジェルに乗り込む事になって。ストライクに乗るのは、一度経験しているんです」

 

 内容に変わりはなかった。ナタルが否定してほしい流れをキラは突き進んでいる。

 見ようによってはこの光景は、少年が軍人に精一杯の言葉を連ねている光景になるだろう。

 あるいはほとんどの者は少年の姿に同情を覚える絵かもしれない。

 独房の中で銃を構える軍人に対して、少年が項垂れているのだ。

 しかし、その言葉を、内容を聞けばどちらに同情をするべきなのかは、かなりの人間が首を傾げる空間だった。

 

「……止めろ」

 

「僕にも何故こんな事になっているのかは分かりません。でも、他に説明のしようがないんです」

 

「止めろと言っている!」

 

「過去に戻って来たとしか言えません。……隠していたのはこれで全部です」

 

 キラは頭を上げなかった。抵抗する気はない。

 ナタルに命を預けるつもりだった。彼女を害してまで、ここを切り抜けてどうなるのか。

 

 しかしナタルはキラを撃つどころの話ではなかった。

 よろめきそうになる体を壁に手をついて支えている。目眩がしていた。

 

 何て事だ。まさか……まさかこんな事を言い出すとは。

 せめてまともな言い訳をして欲しかった。こんな無茶苦茶な、ホラ話を大真面目に言うなど。

 

 キラ・ヤマトは正常ではなかったのか。

 ナタルはぞっとする。

 

 そうでなければ、もしキラ・ヤマトがまともでないのなら。

 アークエンジェルはこれまで《狂人》の意見に命を握られていた事になってしまう。受け入れられるか。そんな話が。

 キラ・ヤマトは狂人の類いだった。

 

「……それを事実と証明する物は……?」

 

 キラはナタルの質問に黙って首を振った、自分が知っている事は限定的で、証明は難しいと。

 

 ナタルは混乱しながらも、内心で馬鹿馬鹿しいと切って捨てた。

 しかし、彼女の頭脳は説明としては筋が通ってしまう事にも気付いてしまう。

 ―――体験しているから分かる。

 体験しているが、した事しか分からない。

 体験したから、選ばなかった方の先が分からない―――

 

 キラの、これまでの言動にギリギリで納得が……。

 

「ふざ、っけるな……! 未来から戻って来た? 戻って来た!? 今そう言ったのか!」

 

 できる訳がない。納得など。

 コズミック・イラ71年の現在、そんな技術は欠片も聞かない。たった3年でそんな超技術が出来るとでも言うのか。

 だとしたら、何故送って来るのがこいつなのか。

 やるのなら、もし可能だと言うなら連合とプラントの上層部を送ればいいだろう。

 

 聞くのではなかった。

 いや、聞いても意味がない。

 キラの言ったそれが《事実》として起こらなければ、こちらには確かめようがない。その時に手遅れでないと誰が言えるのか。

 

 マリューやフラガに毒された。

 キラは敵かどうか。大事なのはこれだけだ。

 話してみた結果は不明。

 ならばこれ以上の状況の悪化を防ぐのが当然だ。と言うよりそれしかないのだ。

 

 キラ・ヤマトがまともでないのなら、当てにするのは危険すぎる。

 

「正気か貴様は……そんな事があり得るものか!」

 

「……だから! 分からないんですよ僕にも!」

 

 ついにキラの感情が揺れた。

 

「巻き込まれて戦って……! やっと終わったと思ったらまた……! また同じなんです!

 それでも変えないと、またあんな未来がやってくるんです! 他にどう言えって言うんですか!」

 

「黙れ!」

 

 銃声が独房に響いた。

 キラは体を強張らせる、だがそれだけだ。どこも傷ついてはいない。

 甲高い音と共に壁に弾痕が出来上がっていた。

 ナタルは壁に照準を外して撃っていた。だからといって安全ではない。跳弾だって人を殺せるのだ。

 何よりナタルは撃ったのだ。

 警告だ。これ以上は虚偽を許さないとの。

 

 だとしても、キラには他に言いようがない。

 

「キラ・ヤマト。もう一度言うぞ、事実を話せ。……さもなければ射殺する」

 

 ナタルはもう狼狽えていない、焦ってもいない。

 ただ、キラを真っ直ぐ見つめていた。銃口もだ。今度はキラの額をしっかりと捉えている。

 敵を見る顔だった。殺気が宿っている。

 

 キラは答えるしかなかった。

 

「……バジルール少尉、先遣隊に警告だけでもお願いします。アラスカでは自爆作……」

 

「結構だ。了解した」

 

 これ以上はふざけた話を聞く気はない。ナタルの目が細まり指が絞られる。

 その直前に制止が入った。

 

 

「少尉! 今の銃声は何ですか!?」

 

「……なにを、何をやっているんですか! 止めて下さい!」

 

 保安部の二人だった。銃声に全速で駆け付けてきたらしい。顔が真っ青だ。

 当たり前だ。独房の中で少尉が准尉に銃を向けているのだ。

 ナタルは苛立たしげに二人に命令を下した。

 

「何でもない。下がって待機していろ」

 

「そんな訳ないでしょうが! 落ち着いて下さい! 危ないから銃を下ろして!」

 

「少尉、ヤマト准尉は協力者ですよ……こいつを撃ったら艦の防御はどうすんですか?」

 

 ナタルは酷い渋面を作った。

 拘禁区画の、外に待機していろと命じるべきだった。

 空気が乱された。

 キラを撃つ覚悟が薄れてしまった。運の良い話だ。

 

 黙って頭を下げているキラを見やった。……キラは逃げようとしなかった。撃たれると思っていないのか。

 今からでも撃つべきなのだが……頭が悪い意味で冷えてしまっている。

 保安部員から声がかかった。

 

「少尉。銃を下ろして外へお願いします……このままだと艦長に連絡をする事になります」

 

「その必要はない。私が自分で伝える……以後ヤマト准尉とは食事の支給時以外の接触を禁止する。それ以外は拘禁区画の外にて警備をしろ」

 

「……は?」

 

 いきなりの事を命じられた保安部の二人は、それでも、復唱しろと言われれば従うより他にない。

 

「キラ・ヤマトは洗脳や懐柔を目的とした工作員の可能性がある。繰り返すが以後、接触は禁止する」

 

 独房から出ながら、この区画には誰も近づけるなと言われれば、二人には不満も出るのだが、それでも了解と返すしかない。

 

 一方、今後は話を聞いてもらえなくなるかもしれないと聞き取ったキラは、明らかに狼狽えた。

 

「待ってください、警告だけでも! お願いしますバジルール少尉!」

 

 ナタルはそれにも腹を立てた。

 銃を向けられても平気で黙っているのに、話を聞いてもらえないと狼狽えだす。……酷い話だ。

 価値観が狂っている。

 

 やはりまともではない。

 

「何をしている貴様ら。さっさと来いっ……」

 

 ナタルは戸惑う二人を伴い、キラの懇願を背中に拘禁区画の外へ向かった。

 何故か、まるで自分が悪人のように思えて甚だしく不愉快だった。

 

 

 

 







感情のぶつかり合いは疲れる……。
投げようかと思った……。

6/23
キラの、ナタルの未来についてのドミニオン関係のシーンをちょっと追加しました。

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