「な、何だっ!?」
ガンバレルストライクを操るフラガは焦りを強めていた所だった。
シグーとハイマニューバからの重突撃機銃、無反動による連携攻撃。
苦しい回避運動の連続で、弾丸と砲弾をかわしきれない。
幾度も盾と機体を叩かれ、その度に衝撃が伝わってくる。
機体へのダメージはほとんど無いが、代わりにエネルギー残量がその分減っていくのが嫌な物だった。
経験と数の差が大きいからという慰めは、むしろ苛立ちを呼ぶ。技量で覆せない悔しさ。
打開する取っ掛かりが無い。何とかしなければと。
その最中に、やっと出てきてくれた味方機……ストライクの姿を目にした。
これで何とか、と考えた直後に絶句。
いや、唖然とした。
ストライクの戦闘機動を目撃したのである。
アークエンジェル周辺に展開していた敵モビルスーツ……10機もの敵を1分かからずに葬り去った信じられない光景を。
アークエンジェルのカタパルトハッチが開いた直後、ストライクの出撃を察知したフラガは、まず合流を計ろうとしていた。
ところがこちらから向かう前に、向こうから突っ込んで来たのである。
単独でザフト機の大半を無力化したストライクが、だ。
あげくの果てにこちらを飛び越えるようにアグニを撃っており、何事かと思えばそのビームは射程範囲の外へ。
敵を引っ張る気かと見ていれば、遠くで交戦している先遣隊、彼らを襲っていたジンの何機かに命中。排除したらしいと把握できた。
でたらめな速度と精密さと攻撃範囲。
次から次へと敵を排除していく凄まじさに、フラガは思わず自分も撃たれるのではないかという冷や汗をかいたのだ。
味方の《はず》だと思っていても。
それほどに強烈な動きを見せつけられてしまい、強張った。
知っているあの少年の動きと違いすぎるのだ。
「キラ、だよな……!?」
シグー、そして2機のハイマニューバ。
ザフトモビルスーツ部隊、恐らくはそのエース格であろう連中の攻撃には、動揺が見え始めていた。
先程よりも鈍くなったそれらを防御、あるいは回避しながらも、フラガの意識はストライクに向く。
少しだけ出てきた余裕が、まずそっちに向かってしまうのだ。
どちらがより脅威を感じるかの単純な話。
フラガの本能的な心配をよそに、ストライクは通信可能な距離に接近してくる。
ガンバレルストライクの通信機が鳴った。
《援護します! ムウさん、話は後で……!》
通信機から聞こえた声は間違いなくキラの物。聞き慣れてきたあの少年の声だ。
フラガは思わず安堵する。大丈夫、味方だ。援護すると言ってくれた。……味方、だ?
フラガはそう考えた自分を勝手な物だと自嘲した。
身勝手な。助けてもらっておいて。
とは言え、確かに話は後にしなくてはならない。
色々言ってやりたいが、キラの言う通り、今はまず、だ。
動揺を強引に押さえ込んだフラガだが、シグーとハイマニューバが挟むように接近してきたのを見てとる。
先にこっちを落とす気か。全く舐められた物だ。
同時に直感が走る。……上へ。
「……避けろってのか!」
フラガは己の勘に従い自機……ガンバレルストライクを急加速させ、ストライクの直線上から外す。
それとほぼ同時に後ろからアグニのビームが走ってきた。
全速で進んできたストライクが、連携を取りつつあったザフト機……まずはフラガ機を葬るべく動いていた敵モビルスーツに対して、アグニを2連射してきたのだ。
二条のビーム光は1機のジン・ハイマニューバを挟むように直撃して大破爆散させる。
さらに回避の遅れたシグーが、左腕を巻き込まれ小破していた。
それがどういう意味なのかを理解したフラガの顔はひきつる。
キラから見て、直線上に重なる瞬間を少しでも見せた敵機は、アグニで纏めて撃ち抜くのに丁度いいらしい。
呆れた技量である。
「あのバカ、二枚抜きしてやがるのか……」
前の敵と後ろの敵を同時に抜く。
通りで、後方の敵があっという間に消え去ったはずだ。
味方の自分ですら目を剥いたのだから、ザフト側は更にショックを受けているだろう。
と言うか既に周りには2機しか敵がいない。
小破したシグーと無傷のハイマニューバが1機しか残っていないのだ。
残りは先遣隊側に4機。
敵の大半……いや殆どはキラが文字通りに片付けてしまった。
指揮官機であるシグーの動きには完全な警戒と動揺が見える。
流れが変わった。
それを見て取ったフラガは容赦なく攻めに転じる。シグーとハイマニューバを分断。
位置関係からキラ機はシグーへ、フラガはハイマニューバに当たった。
ここで指揮官撃破の手柄に拘る程フラガは狭量ではなかった。余裕を持って、しかし油断する事なく射撃戦に入る。
相手の動きは速いが負ける気はしない。これまであった重い負担がほぼゼロになったのだ。
アークエンジェル側に抜かせなければ良いのである。
だからこそなのだが、フラガは余計なお世話と分かっていてもキラを一瞬気にかける。
フラガの判断で、ストライクからアサギ機に盾を貸しているのだ。万が一にもフォローは必要だろうかと、ちらりと考えてしまう。
多くの新米を見てきたベテランの、癖のような物なのだが、その目の早さはフラガ自身にまたも呆れた光景を見せつける事になった。
片腕を無くしたとは言え未だ武装、運動能力は健在なシグー。敵の指揮官機。
その相手が後退と回避、そして撹乱機動を激しく織り混ぜながら、キラのストライクに重突撃機銃を浴びせていた。
それこそ、全弾を吐き出す勢いでばら蒔いている。のだが。
それが、当たらない。
恐ろしい事に、ストライクはシグーに対して《正面から接近をしていきながら》ろくに被弾をしていないのだ。
例えるなら螺旋機動と超短距離の三角跳躍を連発するような動き。
敵に向かって滑り回りつつ、最短距離を跳ねるように飛び込んでいく無茶苦茶な機動。
銃口に向かっておいて、攻撃のほぼ全てを回避する理不尽な代物だった。
だとしてもシグーが撃つのは機銃である。
連続性の高い攻撃は、数発とは言え命中弾を呼び込める物があるのも確かだ。
ところがその数少ない命中弾は、ストライクの左腕に付いているロケットアンカー……パンツァーアイゼンで防御され、弾かれてしまっている。
即席の盾代わり……頑丈でしかも対ビームコーティングが施されたロケットアンカーの、精密極まりない使用法。
結果、ストライクのダメージはゼロになっているとしか言いようがない。
機動兵器に乗る者からすれば発狂するような光景だろう。
それでもシグーは闘志を見せ続けた。
射撃戦を諦め近接戦闘に切り替えるべく機銃を破棄。
重斬刀を構えて近距離戦の距離に移行しようとした。
だがその直後にコックピットを撃ち抜かれてパイロットは戦死する。
間近に迫った格闘戦を意識してしまい、武器を変える際にほんの少しだけ動きが単調になった。
加えて、先程のアグニを被弾した事により左腕と盾を失っていた事。
その二つが決着を急がせる《固い》動きを彼に行わせてしまった。
シグーを操っていたクーザーの敗因はそれだけである。
ただ、クーザーのその動き。
鋭さを感じさせるその技量が、相対したキラに加減の選択肢を奪い去らせ警戒を発生させてしまっていた。
射撃戦ではエネルギーを浪費させられると判断したのだ。
問答無用で距離を詰め、相手の焦りを引き出し、その上で動作の《起こり》に撃ち込む……言葉に起こせば単純な話だが、実際には猛者同士の駆け引きによる結果だ。
何よりキラ本人は《確実に無力化しなくてはならない相手》とシグーを評価したからこその一撃。
だが、その攻防と心情は本人達だけの物であって、第3者の視点から冷徹に事実を表せばこうなる他にない。
ザフトの白服、クーザー・グシオンはストライクに敗北した。それだけだった。
キラの戦闘……ぞっとする手腕を間近に見てしまったフラガだが、彼に対して絶句させてきた本人から通信が入る。
《ムウさん、僕は向こうへ援護に! ここは……》
「……ああ、十分だ! 行け!」
お願いしますとばかりにストライクはスラスターを稼働させる。この空間から更に前方……先遣隊を救援に向かう動きに移った。
援護の為か、またもアグニを撃ちながらである。
まだセンサー範囲外のはずなのに、と言うフラガの疑問はよそに、ストライクは全速で飛んでいった。
「まったくよ……!」
恐ろしい物を見た。
一瞬だけだが、ようやく、キラ・ヤマトと言うパイロットの全力を垣間見た気がする。
自分だったら、あんな動きには体が付いていかない。
敵じゃなくてよかった。その一言に尽きる。
狩人の如く相手を始末して、そして抜けていったストライクの後ろ姿。
フラガはそこから目線を切って、自分の戦闘に集中する為に気合いを入れ直した。
目の前に残ったハイマニューバは仲間の敵討ちに燃えているのか無反動砲を連射してくる。
フラガはそれを盾で確実に防ぎ、破壊されずに残ったガンバレル2基を展開しつつ、相手の逃げ道を潰しに入った。
アークエンジェル周辺の敵は全滅。船は無事、新米達も無事。
ここまでやってもらって負けました、では流石にプライドが傷ついてしまう。
「さすがに意地って物があるんでな……!」
あちらにはナスカ級4隻とジン4機が残っている……さすがに単独では厳しい物があるだろう。
早く片付けて、こちらがキラの援護に行ってやらねばならない。
窮屈な防御戦から解放されたガンバレルストライクは、激しく動くジン・ハイマニューバを仕留めにかかった。
腕を頼りとし、どんな理不尽な状況でもとにかく受け止めて、動く……まず動かなくてはならないパイロットと言った人種は、立ち直りもその分早い。
割り切りが上手いと言っていい。
しかし、艦艇のブリッジという場所で、現実的に数字と結果、戦況を幅広く見なくてはならない者達にはパイロットとは違う物が求められる。
とどのつまりフラガとアークエンジェルのブリッジクルーは違うのだ。
最前衛の熱気の中で神業を目撃するパイロットと、後方から、恐るべき威力をデータと共に把握させられるオペレーター、指揮官達は感じ方が違う。
アークエンジェルのブリッジでは、無力化され周囲に漂うジンがモニターに映っていた。
同時に理解不能といった空気が流れ、クルーは一人の例外もなく呆気に取られている。
「なん……何だ……ありゃあ……」
「ヤマト、だよな……X105って……」
怪我してるんじゃないのかよ……等という呟き声が上がっていたのは当然の話だ。
多数のモビルスーツに集中攻撃を食らい、進退窮まってほとんど沈みかけていた先程までの状況。それとはうって変わっているのだ。
原因というか元凶は明確。
10機のモビルスーツを葬り、敵エースや隊長機を仕留め、さらには遠距離射撃による先遣隊への援護突撃に入ったキラのストライク。
片目の少年が残していった結果だ。
2分前まで行っていた対モビルスーツ戦闘の必要が無くなっている。
ブリッジクルーは半数が唖然としており、残る半数が夢でも見ているかのような表情。
遠ざかりつつあるストライクが映った前面モニターを呆けたように見るだけだ。
手が止まっているのだが、それでも叱責はない。
指揮官であるマリュー、ナタルが最も茫然として固まっているのである。
マリューはダメージコントロールの指示に使う艦内電話を手に持ったまま。
ナタルは戦域離脱の為、残しておいた最後の弾薬をばら蒔くその準備のまま。
彼女達が何とか復活するのは艦内各所からの被害報告が上がってくるのと、フラガ機がハイマニューバを仕留め、完全にザフトモビルスーツ部隊が全滅した後だ。
その頃にはストライクは先遣隊への接近を終え、直衛に入りつつあった。
フラガ機の交戦圏内を抜けたキラのストライクは、大事にアグニを撃ちながら前進を続けていた。
先遣隊に攻撃を加えるザフトの注意を引く為。負担を肩代わりするつもりである。
残っているハイマニューバ……エース格と断言できる相手をムウに押し付けるのは心苦しかったが、何とか1対1の状況に持っていけた。
ムウなら大丈夫だと信じる。
こちらはそろそろエネルギー残量が心配だった。
アグニは消費が激しいが、それだけ威力も見た目も大きい。……この距離からでも相手の警戒を引き出せる武装だ。
フレイの父親を助ける為には、まだ撃たねばならない。
援護射撃は続行する。
そう考えたキラは、相も変わらずストライクのセンサー範囲外に向けてアグニを構えた。
撃てて後4、5発。いや3発か?
近距離に移行してからの事を考えて、備えに少しでもエネルギーを残しておきたかった。
だが止める選択肢は無い……ならば撃ち方を考える必要がある。
キラは迷う事なく結論を出した。
牽制は止め、初弾での命中弾を生むしかない。と。
さっきとは違い、既にジンは遠距離砲撃を警戒しているが、それでも当てるのみだ。
遠くに見える火線と爆発。そしてスラスター光。
アグニの砲口を微調整……殺気を感覚で追いながら操縦捍をわずかに動かす。
引き金にかかるキラの指、それが少しだけ震えた。
先程から胸や頭の奥に嫌な感触が残っている、生まれている気がする……気のせいではない。
それが何なのかは、何となく分かっていた。
残っているザフトには、出来るならば降伏をして欲しい。だが、相手にはまだ勢いがあると思えた。
ザフト艦はまだ旺盛な砲撃を繰り返してモントゴメリを追っているのだ。
足の速さで負け、囲まれつつある艦を助けるのは難題だ。
現状でザフトを降伏させるなら、それこそ壊滅に近い打撃を与えないと話も聞いてくれまい。
なにより、自分には余裕がない気がする。左目の奥が熱い。息が切れてきた。
痛みも消えているのだが、妙な圧迫感がある。
今は撃つしかない。
『……化け物め!』
先程、自分が討ったパイロット達、そして間近で討ったシグーのパイロット。彼らの声が聞こえる気がした。
「……」
覚悟はしたはずだ。そのはずだろう。迷うな。
波打つ感情を抑えつけ、キラはストライクを前進させた。
後方に展開するナスカ級からの砲撃と、4機のジンによる攻撃を必死で掻い潜っていたモントゴメリ。
そのブリッジではコープマン中佐が指示に追われていたのだが、いよいよ限界が見えてきていた。
もうオペレーターからは嫌な報告しか上がってこない。
「左舷に直撃! 火災発生!」
「魚雷発射菅に被弾、艦兵装の40%が沈黙……!」
「第3区画、隔壁を閉鎖! 艦稼働率低下します!」
最後に聞いた良い報告と言えば、アークエンジェル側はザフトモビルスーツが減りつつある、らしいとの報告だ。
近距離レーダーを優先している現状は細かい確認など取れやしない。
上手くいっているならそれでいい。祈るのみだ。
追い込まれていたが、それでも何とか……何とか致命傷だけは避けていたモントゴメリ。
しかし指揮官のコープマン、彼が最も聞きたくない系統の叫び声がついに上がってくる。
「モビルアーマー隊! 残数3、いえ2機です!!」
身を盾として艦を守ってくれていた直掩のモビルアーマー隊。
それが残り2機にまで撃ち減らされ、防御網が崩壊したとの報告が上がってきたのだ。
防御火線が足りない。
ネルソン級であるモントゴメリの武装は豊富だが、さすがにモビルスーツ4機を相手にカバーは難しい。
既に対空機銃も所々損傷している。
つまり味方のチェックから外れ、フリーになる敵機が出るという意味だ。
事実、1機のジンが間髪いれずに後方エンジン部に回り込む動きを見せていた。
その姿はモニター、近距離レーダーでしっかりと捉えている。いるのだが迎撃手段がない。
迎撃しろとコープマンが叫ぶが、アーマーも火器も足りなかった。
「っ! ……総員退艦!」
せめてもの義務。
反射的に乗組員に退去命令を出したコープマンだが、1割すら逃げられないだろうとは分かっていた。
ギリギリまで退艦させなかったのは自分なのだ。
さっきアルスター次官をシャトルに押し込んだばかりだが、それすら間に合うかどうか。
ジンが無反動砲を構えた。終わりだ。ブリッジの空気が凍る。
衝撃に備えろ……そんな今更な言葉が喉まで出かかったコープマンだが、しかし声を出せずにモニターを食い入るように見ていた。
ジンから撃ち出された砲弾。それがモントゴメリのエンジン部に到達する前に赤いビームが走った。
光に焼かれて砲弾が撃墜されるその光景を、多くのクルーが艦をやられた事による爆発だと思い込み、悲鳴が上がる。
その位に際どいタイミングだった。
誰かが迎撃してくれた物と見えていたのは数人、内の一人は指揮官のコープマンだった。
確認しろ、と指示を下す間も無くオペレーターから声が上がる。「味方です!」との絶叫。
「友軍機です! ……X105ストライク、あれは味方です! アークエンジェルからですっ!」
モントゴメリのブリッジで呆けたような歓声が上がる、味方のモビルスーツが助けに来てくれた。
助かった。もしかしたらこのまま助かるかもしれない。
そう涙をこらえている人間は少なくなかった。
しかしコープマンは違った。
来てしまったのか……とでも言いたげに悔しげな顔をしていた。何故来るのか。
彼とてX105に対して感謝はしていた。ただ、本気でありがたいと思いながらも、複雑な所があるのだ。
助けてくれた事はクルー共々感謝している……だが。
「……大丈夫、なのか……?」
乗っているのは……確かムウ・ラ・フラガ大尉か?
彼は連合の誇るエースだが、敵のモビルスーツはまだ4機もいる。4対1だ。
こちらはもう戦闘力を失ったと言える程に疲弊しているのだ。来てくれた事には言葉も無いが、ろくに援護が出来ない。
もしあの機体が沈み、次はアークエンジェルが狙われる事になっても、こちらは何もしてやれないのだ。
自分達の事だけを考えて離脱してくれるのが、戦術としては正しかったのだが。
後は新米と、信用に不安のあるコーディネーターしか居ないはずだ。
コープマンは、それを今考えても仕方ない事だと頭の片隅に追いやった。まずは現状を何とかしなければと。
とにかく半ば呆けているクルー達に渇を入れ、復活させようとした。ジンがまだ飛び回っている。
残っている火器を全力稼働させ、残存モビルアーマー、そしてストライクの援護に全力を尽くせと。せめてやれる事をと。
そう叫ぼうとしたのだ。
だがその前にまたも赤いビームが走り、動き回っていたジン1機をあっさりと直撃した。
超高インパルスの赤い光条に飲まれた機体、そいつは一瞬だけ装甲表面を赤熱化させ、真っ赤になった直後に爆発する。
それを見たコープマンは目が点になった。
「……何だ?」
何だ今のは。いやにあっさり落ちたぞ。
そういえば、あれは先程からこちらを助けてくれた艦砲射撃か?
こちらの交戦範囲にいる味方は、モビルアーマーとストライクしかいないはずだが。
アークエンジェルからの超遠距離砲撃なのだろうか……それにしては精密すぎる。
何故この距離で当たる。
手強いジンをあっさりと食った理解不能の援護射撃。
コープマンは思わず止まってしまう。
戸惑った彼には幸運な事に、残った3機のジンはその動きを変えつつあった。
自分達を落とせる能力を持った相手。それが明確に接近して来ている事に気付いたのか、攻撃目標に迷うような動きを見せたのだ。
モントゴメリ、そして白いモビルスーツのストライク。
ザフトモビルスーツが迷ったのは数秒間。止まってはいない、もちろん回避運動をしている。
ただ中途半端なそれでは関係が無い、とばかりにまたも赤いビームが走った。
モントゴメリのブリッジ付近に動きつつあったジンが、赤い光に撫でられる。
今度はクルーもはっきりと見た。ジンの2機目が爆発に飲まれる瞬間を。
やったのはX105ストライク。連合製モビルスーツだ。
モニターに映るストライクは持っていた大砲を手放してビームライフルを構えた。高速でモントゴメリの交戦範囲に入ってくる。
戦闘距離。
ジンの1機が、ストライクを危険度の高い相手と評価したのか、目標を完全に切り替えた動きを見せた。
それが出来たのは、ほんの一瞬。
モントゴメリからストライクへ向き直り、前進した瞬間にジンはコックピットを撃ち抜かれて沈黙する。
まずは距離を詰めるべき……と、無造作に接近を始めた結果だが、撃ち抜かれたパイロットが自分の不用意さを自覚する事はもうない。
最後に残ったジンはその時点で狂ったかのように機銃をストライクに乱射しつつ、突撃に移った。
なりふり構わない全力射撃、しかしストライクはその尽くを回避する。
距離が詰まった事で通じるようになったのか、モントゴメリに通信が送られてきた。
余裕のある事だとオペレーター達は思ったが、聞こえてきたのは大人の声とは思えない物。
《……こちらはX105ストライクです、聞こえますか! アークエンジェル方面に向かってください。あちらにはもうザフトはいません、急いで……っ!》
聞こえてきたのは少年の物と思える声。
クルー達は困惑するが、コープマンだけはふと情報を思い出す。
そこから自分がX105のパイロットを誤解していた事を理解し、そして納得した。
現地徴用した民間人のコーディネーター、オーブ国籍の少年が協力している。
乗るのはX105、そんな報告が確か。……民間人。
「…………あれがか!?」
16歳のコーディネーター。モビルスーツパイロットを担当。
それを理解して、そして絶句したコープマンが見ているモニター上では、ストライクは最後のジンを攻めていた。
ストライクは左腕に装着されているアンカーを投げ込むように打ち出し、直後に鞭のようにしならせる操作。
ジンの機銃を弾き飛ばす。
弾かれた機銃に引っ張られるように態勢を崩したジンだが、近接戦闘を覚悟したのか重斬刀を取り出してきた。
だが態勢を立て直し、向き直ろうというその頃にはストライクは既に急速接近している。
伸びたままのアンカーを波打たせ、相手の動きを邪魔しながら超近距離へ。
次の手を打たせる前に、ストライクは腰から取り出したナイフを相手の頭部と胸部に叩き込んでジンを完全に無力化。制圧を完了してしまった。
その鮮やかすぎる動き……いや、圧倒的すぎる制圧行動はクルー達に歓声を上げさせる。
コープマンはナスカ級を忘れるなと怒鳴りつつ、回避運動を指示した。
少年の声がまたブリッジに聴こえてくる。息が荒い。
《聞こえますか……! このまま、アークエンジェルの方へ向かってください。
味方のモビルスーツが来てくれていますから、行ってください……!》
ナスカ級は何とかする、だからどうか無事で。
ストライクはそう通信を残すや否や、こちらへ砲撃しながら迫ってきているナスカ級へと向かってしまった。
それを見たコープマンは流石に慌てる。
オペレーターにストライクを呼び戻させるよう指示を出したのだ。止めさせろと。
パイロットの正気を疑ったのだ。
1機で艦艇4隻を相手する気なのか。
ナスカ級はまだ砲撃戦の距離にいる。むしろ間合いが狭まっていた。
危険だとは分かっている。そろそろ回避は難しいとも。
至近弾がいつ命中弾になるか分からない位置だ。
だが敵のモビルスーツ隊が、まだアークエンジェル側にいるだろう。
こちらを何とかしてくれるのは有りがたいが、いくらなんでも無理だ。彼は優先順位を間違えている。
ザフト艦の砲撃は、回避し続けられるように祈るしかない。後は退鑑して逃げるか、だ。
だからそれよりアークエンジェルへ戻りたまえ、と、声をかけようとした所でオペレーターから報告が来た。
中・遠距離レーダーに敵モビルスーツの反応が無いと。
その情報はコープマンを混乱させた。
「そんな……訳があるか。……よく探せ! あと16機は居たはずだぞ!」
「いえ、しかし……反応が……! アークエンジェルとの空間はクリアになっています。
ああ、いえ、いや……味方機の反応が、一つだけ……他は……他は確認できません」
ザフト機の反応無し。
大量の敵機が存在していた前方がクリアになっている。 何が起きたのか、全く訳が分からない。
だが砲撃に追い込まれていたモントゴメリは逃げ道を求めていた。
後ろが危険で、前はレーダー上で安全……ならば、危険を回避する為には早くそちらへ行くしかなかった。
こちらに向いていた艦砲射撃。
それが、今度はナスカ級に近づいていったX105に向き始めた事に感謝しながらだ。
ザフト艦、ナスカ級4隻の指揮を担当していたマッカラン・ダルバ。
指揮官クラスの証である、白服を着る一人。
常日頃から冷静さと豪胆さを誇っていたベテランであり、今作戦でも前衛のクーザーと役割を分担。
後方を十分に統率していた人物だった。
だが今の彼は、乗艦している船のブリッジ……その中心でクルー達が見た事もない姿を見せていた。
ただ呆けたように立ち尽くし、言葉になっていない言葉擬きの、かすれた吐息を漏らしているだけ。
頼りになるはずの指揮官のその醜態。
それを気にする者は誰も居ない。
同様にクルー達も真っ青になり、固まっていたからである。
十数分前までとはまるで違う、生気が吹き飛んだかのような表情……血の気がなくなっている顔がそこに並んでいた。
原因は全員の視線の先にあるモニター。その一つ。
そこに出ている恐ろしい内容のレーダー反応。
それがマッカランを含むブリッジクルーから、感情という熱を奪い去っていた。
いや、《出ている》というのは違う。
《無くなっていく》と言うのが正しい。
より正確に言えば《消えていった》だ。
前衛の反応が、一つ残らず消え去った。
送り出した前衛が反応を返して来なくなったのである。
相互通信により、戦闘中でも可能な限り更新される通信ログ。
更には光学観測、レーダー反応や熱感知などの併用により彼らは戦況を随時把握していたのだが。
数分前までの前方における戦況を表す各種データ、特にログが届いて以来、ブリッジはかつてない程の重苦しい空気に包まれていた。
《新手が出てくるぞ! 狙撃を……よ、避け!?》
《何だこいつは!? 連携を取……!》
《!? ふざけっ……!》
《グレゴリーが殺られた! 援護を……っ!》
《どこに行った!? 白い奴は……! 艦を狙え! まず足を……》
《正面だ、新手! 白い奴! 警戒しろ狙われて……!》
《当たら……攻撃が!? ロックオンしてるのに何で当たらな……!?》
《貰った! ……なっん……!?》
《砲撃! 遠距離からだ!》
《見えんぞ! 何処だ新手は! 各機、警戒……っ!?》
《後ろに目がついてるのかこいつは! 挟み撃ちに》
《やりやがったな! この……ぅおっ!?》
《化け物かちくしょう! 死にやがれぇ!! ……ぐっわっ!?》
《撹乱されるな! まずは先に! ……うっ!?》
《ナチュラル野郎! 仲間の仇……は、速!?》
《こいつ!? 俺の部下を……舐めるなあっ!?!》
《当たれぇ! 当たれ当たれぇぇえ! 当たれ糞ぉ! 当たれぇええ! 糞ったれがあぁあ!》
《この野郎! 隊長の仇っ!! どけえっ!》
《隊長何処ですか!? クーザー隊長! 合流を! 白い奴が!》
《マッカラン隊長聞こえますか!! 緊急です! クーザー隊長との通信が……っぁあ!?》
《味方は!? 味方は何処に行った!? 皆は何処だ! 何で俺しか居ないんだ!? 援護をくれ! 助けてくれ!》
ノイズが走っているが、人が必死に叫ぶ声は想像以上によく通ってくる。
同胞に対する警告だからか、それとも身を守る為に聞き取らねばならない内容だからか。
とにかく、彼らはしっかりと記録された声を聞き取っていた。
誰も口には出さないが、これは味方が次々と撃破されていく記録だった。
聞いているだけで血の気が引くような怖ろしさだ。それが再生されたのである。
誰かが生唾を飲み込む音がした。
マッカランである。
「全滅っ……! 22機のモビルスーツが全滅……!? こ、こんな事が……!」
化け物か。
その言葉を半ば呆然としながら呟いた。
エマージェンシー。救難信号すら一つも来ない。
このログと各種観測データが意味する所は明白だった。 行動可能な前衛はいない。全ての機体が機能を停止した。
つまり、やられた。
誰も残っていない。前衛が全て戦闘不能……信じられない事態である。
22機。22機だ。
3倍、その気になれば5倍以上の敵とも戦えるモビルスーツが22機。
開戦から今に至るまで、連合を狩りまくったザフトのモビルスーツが22機も居て。
負ける訳がない戦力を持っていたはずだ。
相手はたったの6隻である。
マッカランは指揮官という立場にある己を、よく戒めていた人物だった。
どんな状況だろうと事実を見極め、そして適切な指示を下さなければならない。多くの責任を要求される立場にあると。
それを今もしっかりと分かっている。
だが分かっていても、精神を立て直せない程の酷い損害だった。混乱している自分を自覚する。
クルーに向かって言い放つ「落ち着け」と言う言葉が、まず自分に届かない。
かつてない衝撃のあまり、指揮する艦隊に前進を一時停止させるか否か……と言う、まず考えるべき案すら出てこなかった。
だから警報が鳴り響く。
未だ砲撃を続け前進する彼らに、接近する機影があるとの警報が。
「……じ、状況報告!」
辛うじて出たマッカランの声と警報、それがクルー達を職務に戻らせる事に成功する。
「せ、接近する機影があります……いえ、人型……モビルスーツらしき機影! 味方ではありません!」
「データ照合、機種出ました! 連合機!
X105、ストライク! 敵です、連合のモビルスーツです! ……映像出ます!」
オペレーターの操作により望遠モニターに機体が映った。こちらへ近づいてくる機影……モビルスーツ。
連合が造ったというそれ。
マッカランはモニターに映ったその《白い機体》を見た瞬間、背筋を冷たい物が流れる気がした。
白い機体だ。
ログに何度か出てきた奴。
クーザー達の命に代わって送られてきた記録、通信ログにあった白い機体。
圧倒的優勢だった戦況、それを後から出てきて、恐らくは《単独の影響力》でひっくり返した怪物。
こいつなのか。
通信で初めに聞こえてきた内容は、被害を出しながらも足つきに攻撃をかけているという物。順調だと。
その次が分厚い防空火力とモビルスーツ3機に攻めあぐねている、少し時間が必要そうだという内容だ。
それでも順調だったと。
その後がこれである。
白い奴……恐らくクーザー率いるモビルスーツ隊の多くを撃破した機体。そいつが迫ってきている。
もう確定だ。圧倒的に有利だったはずのこちらが敗北寸前に追い込まれている。
いや、もう負けている。
マッカラン自身の生存本能が撤退を命じてくるのだ。かなり激しい警鐘が鳴っている。
それは側に立つ副長も同じらしく「隊長……ここは……」との怯えが目に映っていた。
言葉を濁しているが言いたい事は伝わってくる。撤退するべきだと言いたいのだろう。
周りのクルー達も、闘志よりは恐怖の方が高くなりつつあった。
本来なら叱責した上で、任務遂行に立ち直らせる所だが……マッカラン自身が逃げなくては死ぬと感じているのである。
ナスカ級4隻では将兵の数は1000人近い。
白服一人の判断で死なせていい数ではないのだ……撤退するしかない、と。
マッカランが無念を飲み込み、「撤退する」と言い掛けた所でオペレーターが叫んだ。
クーザー隊に所属するナスカ級、2隻が猛然と前に出始め、砲撃をばら蒔き出したと。
「隊長、エキュタリスとジディリウスが!!」
「なんっ……バカなっ! 呼び戻せ!! 撤退だ! 艦長に繋げろ、呼び戻せ!」
指示するのが遅くなったとマッカランは後悔した。
あの2隻はこちらと同じくログを聞き、データを集め、そして戦況を把握したのだろう。
その上で決断したのだ。クーザーの仇を討つと。
復讐する気だ。
しかし、モビルスーツに艦艇がどうやって。死ぬだけだ。逃げなければ。
「敵モビルスーツが交戦距離に入ります!」
マッカランは一瞬、ほんの一瞬迷った。協力して戦うべきではないかと。つい命令しかけて……そして直ぐに否定する。
出来るものか。
「迎え撃っ……! いや、反転だ! 後退機動を続行!
全速離脱! 戦うんじゃない!」
「し、しかしエキュタリスとジディリウスは……!?」
「だから呼び戻せと言っている! 足を止めるな! 反転しろ、撤収だっ!」
本音を言えば戦いたい。仲間の仇を討ってやりたい。
特攻して沈められるのなら、マッカランは体当たりをやれと命じただろうが、絶対に無理だ。
あの怪物が艦艇の体当たりを食らう訳がない。
ブリッジを潰されて終りである。
既に惨憺たる有り様だが、だからこそ、これ以上の損害は抑えねばならなかった。
しかし、マッカランの命令も説得も失敗に終わってしまった。
繋がった通信の向こうでは怒り狂った2人の艦長、ブリッジクルーが後退を拒否してきたのだ。
何としても、仲間と隊長の仇を討つと。
気の荒い若手が多いのが仇になっている。
ついには懇願するようなマッカランの言葉をも無視して、彼らは通信を切断。
連合を片端から沈めて仲間の慰めにしてやるとばかりに、全速での突撃を開始した。
狂ったかのようにミサイル、ビームを吐き出し突撃していく2隻のナスカ級……その後ろ姿を見るしかないマッカランだが、こちらからはもはや観測しかできない。
マッカラン隊が、離れながら捉えた映像と戦闘光。
モニターに映るそれには、まずX105が、連合艦艇側へ向かったジディリウスを別方面へ引っ張るような動きを見せていた。
奇妙な動きだと見えた。攻撃をしないのだ。
積極性がない。
対してこちら側の2隻は、手分けして片方はX105へ、片方は連合艦艇への突撃を続行していく。
進んでいく2隻の姿に、思わずマッカランに淡い期待が生まれた。
X105はひょっとして……ナスカ級を攻めあぐねているのではないか……? 当たり前だ、ザフトの誇る新鋭艦なのだ。
もしかすれば、戦えるのではないか。
そんな欲が。
活力とも言える何かが出てきたマッカランだが、そんな彼を地獄に叩き落とすかのごとく状況が激変する。
ジディリウスが巨大な光球に変えられたのだ。
X105がいきなり動きを変貌させてきた結果だった。
ブリッジを潰され、砲搭を破壊され。エンジンを撃ち抜かれ完膚なきまでに無力化。
ジディリウスはダメージコントロールどころの話ではなくそのまま大破、爆沈する。
余りに一方的なその攻め手。
マッカラン達がショックを受ける間も無く、今度はエキュタリスがX105にかかった。
結果は同じだ。
ブリッジ、砲搭。エンジン。それらを完膚なきまでに無力化。ダメージ過剰により大破爆沈。
一切の容赦がなく、手も足も出ない。
マッカランは、立て続けに巨大な光球が2つ発生したのを完全に現実として把握する。
エキュタリスとジディリウスの反応が無くなるのをオペレーター共々、確認したのだ。
両艦共に撃沈された。脱出挺も出ていない。
文字通りクーザー隊を全滅させたX105。
白い機体はこちらへの警戒に入ったのか、その場を動く事なく留まっていた。追撃には来ない。
それを警戒ラインができているとマッカランは判断した。
近づける訳がない。終わったのだ。
小さく遠くなっていく熱源。
ついに戦域を離脱したマッカラン隊……指揮官のマッカランは、そこで力を無くしたかのように艦長席に腰をおろした。
「……」
言葉が出てこなかった。
主任務である追悼慰霊団の捜索どころか、本隊との合流もできず、モビルスーツ隊を尽く失い、2隻のナスカ級を沈められ、戦死者多数。
戦力で劣る相手に完全に敗北したのだ。
ザフト史上に例の無い大失態である。
「隊長……これからどうされますか……?」
重苦しい雰囲気の中、副長からそんな気の抜けた問いが来たのはしばらく経ってからだった。
マッカランは肩を落としたまま答える。
「…………ボアズに連絡しろ。作戦失敗。
損害多数。本隊と合流できず帰還する……。
本国経由で捜索隊の本隊に……連絡を入れねばならん、本隊は……」
マッカランは億劫そうに本隊の総指揮官クラスを思い出す。思考が重い。
自分の指揮で数百の同胞がやられてしまった。酷い悪夢ではないかと倒れたくなる。
だが伝えねばならない。
確か10隻の大部隊だ、艦隊司令が置かれるはず……その相手に伝えねば。
マッカランを現実に引き戻すかのように、副長が本隊の指揮官を答えてくれた。
「艦隊司令クラスならば……レイ・ユウキ隊長、それか、ラウ・ル・クルーゼ隊長のどちらかになるはずです……」
マッカランはその名前を聞いて、ふと考え。そして何かに気付いたように顔を歪めた。
クルーゼ。クルーゼだと。
そう言えば、奴の隊が足つきを追跡していたんだったな。報告では二度、逃したと。
二度? 何を……何をやっていやがる!
「……せめて……! あれ程の危険物なら言ってくるべきだろうがっ!」
こんな戦力を保有しているなど全く聞いていない。報告にはモビルスーツは1機だけだと。
話が違う。
だいたいあの白い機体、X105。あれは何だ? あれは機体の性能じゃない。
間違いなくパイロットの能力だ。それも聞いていないのだ。乗せるべきだろう報告に。兆候はあったはずだ、気付いてない訳がないだろう。
極めて強力なパイロットだと。
デブリベルトに逃げ込んだから満足な補給ができていないはずだと? むしろ戦力を増強させているではないか。
あの野郎。……あの野郎……!!
「恨むぞ、クルーゼ……!」
今回の件、ただでは済まさん。自分は責任を取らされるだろうがクルーゼとて同じだ。
追跡していたのは奴だ。戦力評価を見誤りすぎている。
だが、その前にあのパイロットだ。あのパイロットだけは殺さねばならない。
あれはザフトの敵だ。
ボアズに帰還したら訴えねば。
あの船が捕捉できる内に、ザフトの総力を上げて沈めるべきだと。
バッテリー、推進剤共にほぼ枯渇。
もはやビームライフルの1発も撃てない状態。
最後の予備電力で稼働するのは、もうパイロットの生命維持関係のみ。
ストライクは完全に行動不能。後は漂うだけだった。
そのコックピットでは、キラが撤退していくナスカ級を見て泣いていた。
撤退せずに戦意を見せ続け、ついには沈める決断をするしかなかった2隻のナスカ級……その残骸。
それらが周りに散らばる中でだ。
沢山の命を奪った手応え。殺意が散っていく感覚が伝わってきてしまっていた。
それがこの辺りに渦巻いている気がするのだ。記憶にある自分の罪が更に思い起こされてくる。
人を殺めてきた記憶と、また殺した手応え。
ここから離れる手段が無いために、それらはキラの感覚を突き刺し続けていた。
「……うぐ……っ!?」
これ以上は必要無いと体が判断したのか、それとも限界だと悲鳴をあげたのか、鋭かった感覚が治まってくる。
代わりに強烈な目眩と吐き気、頭を殴られるような痛みが復活してきた。
さっきよりも酷い。
今度は指先が痺れて、呼吸が苦しい。体のあちこちが震えて痛みに強張っていた。
何でこんなに……。
被弾はしていないのに、自分の体が強烈なダメージを受けているのを何故かとキラは思考する。
だが限界だった。かすれる呼吸が意識を奪い去りにきた。もうすぐ倒れるのを自覚する。
ここまでか。
だが、その前に。倒れる前にもう一度確認をしなければならない、確認したい。せめて無事を。
キラは途切れる意識を叱咤し、一つだけ動かしていたモニターを確認する。
自分の後ろに居るモントゴメリが映っていた。
無事だ。モニターにはちゃんと映っている。
あちこち損傷しているが動いているのだ。もうすぐムウが直衛についてくれる位置。
フレイの父親が乗っている船が無事なのだ。
力が抜けていく。
約束を守れた。ようやくだ。
何年もかかってしまった。
代わりに沢山の命を奪ってしまったが、それでも申し訳ない事に、嬉しさがあるのだ。
沢山殺しておいて、助ける為と言いながら殺しておいて。
最低だな自分は。
キラはそう思いながらも、それでも守れてよかったと考え、そのまま意識を失った。
※ロケットアンカーの盾代わりの辺りをちょっと修正
※推進材、少ないのでは? とのご指摘を頂きました。
物資不足で積み込めた量が少ないとしておいてくださいませ。
後々何とか修正を致しますので。
お読みくださり、ありがとうございます。
お疲れ様でした。
何とか終わらせました。フレイの父親救援編。
次は長く書けていないアスラン側かその周辺をまとめて……かな?
読んで下さる方、感想を下さる方。一言評価を下さる方、
皆様ありがとうございます。
できれば一言評価にも返信したいけど、それはマナー違反なのかな?
なのでここでお礼です。感謝です。
最近プレッシャーがすごいですが、何とか続けていきたいです。